1-20:襲撃
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冒険者クラスの教室には暇を持て余した学生が、なんとなく日常を過ごしたくて半分がそこにいた。二週間の休息が過ぎれば緊張の糸も切れるのだろう、トーチでお手玉をしたり教室の中でそれを投げてキャッチボールしたりと、慣れと緩みを見せる様子に頭が痛くなった。子供だもんな、という感想と共に、引き締めねばと呆れが浮かぶ。ツカサは眉間を揉み、遊びに使われている魔法を魔力圧で全て掻き消し、冒険者を目指すなら常に緊張感を持て、と苦言を呈した。
ロドリックを筆頭にクラスのまとめ役がおらず、ここに居るのは魔法を主体とする生徒ばかり。いつもは学級委員よろしく仕切る面子がいないので、羽目を外していたらしい。
冒険者は周囲に迷惑を掛ける行動をとると冒険者証の停止、最悪、免許取り消しがあるぞと言えば、多少反省した様子で気まずそうに目を逸らしていた。そこは受け止めろと思いつつ、改めて教室を見渡す。
「コレットも鍛錬場か?」
「先生、コレット探してます? だったらディエゴと一緒にアレックスのところですよ」
「あぁ、この時間も行ってくれてるのか。わかった、ありがとう。頼むから行動には気をつけてよね、冒険者クラスがなくなることだって視野に入るんだから。その場合、ナンバースリーみたいに拾ってくれる人がいればいいけどね? 俺は拾わないよ」
生徒たちは顔を見合わせ、そっと席に座ったり、図書室に行こうかな、と言いながら出ていったりした。ふぅ、と息を吐いて病室を目指した。
病室ではディエゴがアレックスに指導をしていて、なんだか感慨深い。ツカサはディエゴから進捗を聞き、アレックスのところに顔を出して確認をするたびに少しずつ待ち針を抜いていたのだが、なかなか調子がよさそうだった。向き合って両手を握り、ディエゴが魔力をゆっくりと流す。アレックスはそれに抵抗しないように気をつけつつ、その流れを真似する。
「今少しぶれた」
「わかってるよ」
「ディエゴくん、次私ね」
「マイカもコツは掴んだだろ、今忙しい」
そんなぁ、と駄々をこねるマイカと、その制服の裾を掴むメアリー。おほほ、と笑うコレットに腕を組んでじっと見守っているロドリック。なんだかんだ、この六人でつるむようになっているらしい。もしかしたら、ロドリックとディエゴにそのつもりはないだろうが、まぁ、結果論だ。ロドリックがこちらに気づいたのを合図にツカサは声を掛けた。
「いつも頼ってて悪いな、ディエゴ」
「先生、どうしたんですか」
ガタ、と立ち上がるディエゴとアレックス。マイカはメアリーと手を繋ぎ、コレットは扇子を開いた。
「調査を進めながら、冒険者クラスの授業の準備も勧めなくちゃいけなくて、コレットの商会に品物を依頼したいんだよ」
「まぁ、なんですの? なんでも仰って!」
「親御さんと相談したいから、家庭訪問したいなって」
「そう言われると怖いですわね」
まぁまぁ、と宥め、その場にいる他の五人を見渡した。
「コレットを借りていくよ」
「誰に対しての許可なんですか、それ」
「いやぁ? パーティメンバーを借りるならと思って」
「違います」
「そうですわよ、違いますわ」
ツカサは笑い、じゃあ、行こうか、とコレットを促した。
学園の馬車を借り、ツカサ、アッシュ、コレット、それにゲオルギウスが乗り込んでブロリッシュレート商会を目指す。道中、ゲオルギウスのツカサへの態度についてが話題になった。
「私、学園の魔導士教員をしながら、魔力の波長と増幅について研究をしているんですよ」
学園は研究機関でもある。魔獣生態研究学科というそれそのものもあれば、ゲオルギウスのように教員の傍ら研究室を持っている教員もいる。ツカサはそういった研究レポートを読むつもりではいたのだが、いろいろあってまだ目を通せていないのが現状だ。
魔力には色やにおいがあることは知られているが、その中でも相性があって、波長の合うものは響き合い、増幅すると仮定し、ゲオルギウスは研究しているらしい。実際、オーリレアでシェイがツカサとロナの魔力をまとめ上げ、大きな魔法障壁を創り出したことから、増幅という観点では思い当たりがある。研究テーマにされるということは、普通の魔導士にはできないのだろう。あれは成し遂げた人が規格外だったのだ。もしかして、それを支え続けたロナも化け物なのではないか? 仲間が居そうなことに少しうれしくなっていれば、ゲオルギウスの講義は続いていた。
「では、波長が何か、という点なんですよ。こう、なんとなく、この人とは合うな、この人とは合わないな、という人間の感覚的なものってあると思うんですけど、私は魔力にもそれがあると考えているんです。それが性格的なものに由来するのか、そういったことに関係なく合うのか、それが紐解ければ魔法の可能性はさらに広がると考えていまして」
「相性ってことだな、俺は魔力がないから不思議な話だ」
「ワタクシもですわ」
魔力なしのアッシュとコレットが興味深そうに首を揺らしている。ゲオルギウスはうんうん、と反応に満足気にしてから続けた。
「教員にも生徒にも魔力を持つ人は多いので、研究材料には困らないんですけど、波長という観点で惹かれる人がなかなか見つからなくて困っていたんですよね。それ自体、既に研究の糸口ではあるんですが。波長が合わない人と友人になれる人もいれば、波長が合わなくて性格的にも合わずただの知人、同僚で終わる人もいるので。と、そんな中、そこに現れたのがツカサ先生……ツカサというわけでして!」
隣に座っていたゲオルギウスは当然のようにギュッと手を繋いできたのでツカサはそれを即座に剥がした。気にもせずにゲオルギウスは捲し立てた。
「いやぁ初めて見た時はびっくりしましたよ! 冒険者ですよ? 魔導士として専門的に長期間訓練をしたこともないでしょうに、こんなに整った魔力なかなか見ませんよ! 魔法障壁のコツを教える、なんて言いながら魔力の展開方法を他者の体を使って教えるなんて高等技術、経験したこともありませんでした! それにこの人、じっと体の周りを包み込むように魔力が収められていて、それもまた見事な制御と調整で! かつ、私にはすごくいいにおいに感じるんですよ! 爽やかなハーブというか美味い酒というかそんな感じで! なのでついついそばに居たくなるんですよ、心地よくてうっとりとろけそうになるんです! だというのにこの人剣術だの体術だの使うじゃないですか! おかしいんですよ、魔導士って特性上魔力の制御と調整に体力と神経を無意識に持っていかれるのでそもそも体を鍛えるっていう方向では体が防衛本能を働かせて機能が向かないはずなんですがしっかりと筋肉がついていて武器を扱えて長距離走れてかつあれだけの魔法を集中目的の詠唱無しで扱うこともできるなんていつ暴発するのか私はハラハラしているんですが今のところそういった兆候も一切なく本当にただの化け物なんですよこの人!」
あまりの早口に聞き取れない。ゲオルギウスは一人はぁはぁと息を乱し、言ってやった、という高揚で目がギラギラしていて怖い。その視線が自分の横からこちらに注がれているのも嫌だった。こほん、と咳払いをしてツカサは一つだけ言った。
「俺はたまたま運が良くて、魔法のコツを教えてくれるパーティメンバーがいたり、上手な癒し手の友達もいたり、シェイさんに少し習うことができたからってだけで、そこまで化け物扱いされる謂れはないんだけど」
ゲオルギウスは、ッカァー! わかってない! とツカサの膝を叩いた。自分の膝を叩け、と文句を言う声を遮って叫ばれる。
「わかってませんねぇ! ツカサほどの魔力を持ちながら、それをさも魔法は扱えません、と振る舞うこと、魔力をぐっと押さえ込める人がそもそもいないんです。本来それは溢れて、巡って、外に出さなくては体の内側から爆発してしまうような大きな力なんですから。だというのにツカサの体はそれを平然と受け入れて、こなしているんです。それに、いいですか、ツカサは【渡り人】でしょう? ご存じかもしれませんけど、そういう方たちって魔力の色が【赤】なんですよ。けれど、私が視るツカサの魔力は青に近い、いや、もう青と言って差し支えないほどのふかぁい青い紫なんですよ。【赤】から【青】に変わる過程で何があったのか、そのにおいの元がその過程にあるのか、それともツカサの元々持っていたものなのか、興味が尽きません! あなたみたいな化け物大好きです! ぜひ研究させていただきたい!」
ツカサは目の前で荒い息を零し、なんだったら少しよだれすら垂れていそうなゲオルギウスに引きながらも感心した。性格や言動に問題はあっても、ゲオルギウスは本当に腕がよく眼のいい、実力ある魔導士なのだ。
しかし、なるほど、ツカサの周りがおかしいと言われた理由も、自分がそう言われる理由もなんとなくわかった。師匠であるシェイが平然と、普通にやっていたので気づかなかったが、他の魔導士はそれができず、だからこそ変なのか。
「研究はごめんだし、ベタベタくっつかれるのも勘弁。でも理由はわかったから次からはもっとちゃんと振り払うね」
「なんでですかぁ! 受け入れてください! 一緒に研究しましょう!? 大事にしますよ!」
「研究者ってこういう奴多いよなぁ、頑張れ」
アッシュの他人事な声にツカサはがっくりと肩を落とした。移動の時間だけで心底疲れた。
イーグリスの商人通りを進み、中腹、中堅の商会の並ぶ通りにコレットの実家はあった。シェフィール商会を見たばかりでもあって、こちらは少しだけ見栄の感じられる装いだ。大きな扉、賑やかな呼び込み、店頭販売。ショーケースには冒険用品とマジックアイテム、なるほど、仕入れは冒険者、売り手は冒険者や利便性を重要視する商人か。そういえばコレットは稼げるからという理由で冒険者クラスに入ったのだったか。親の商売を見ていたからなのだ。
品格よりも財力、目を引くことに注力している、そんな感じだ。それだって活気があって良い。少し手前で馬車を降り、ブロリッシュレート商会の停留所に置き、御者にあとを頼んだ。入り口を目指して歩み寄れば、店頭販売していた女性がパッと振り返り笑った。
「いらっしゃいませ! あれ、コレットお嬢様!」
「よい挨拶ですわね、ごきげんよう」
ごきげんよう、と女性スタッフがコレットに返し、後ろにいるツカサたちを見て首を傾げた。
「お嬢様、そんなに男性を侍らせて、学園でちゃんとお勉強なされてます?」
「あなた本当に失礼ですわね、クビにしますわよ」
「冗談です、冗談! 旦那様にお声掛けてきます! おかえりなさいませ!」
慌てて店内に駆けていくその背に笑っていれば、コレットに睨まれた。
「いつもはもっと敬われてますのよ! あの子が特別なんですの!」
「わかった、わかったって。紹介頼むよ」
ふん、とコレットは不満げに鼻を鳴らし、店内へ案内をしてくれた。中の品揃えはとてもよかった。マジックアイテムがふんだんに使われた店内は窓も大きいが天井に吊り下げられたマジックアイテムのランタンも多く、夕方を迎えればあれは実際の使用感を教えるものになるだろう。収納系マジックアイテム、店員へお声掛けください、の貼り紙は冒険者としては気になった。【空間収納】があるのでそれを求めることはないが、商人などが問い合わせをしている姿もある。客層はある程度余裕のできた、けれどドロップ運の悪い冒険者たちと、店舗を構えるには至っていないが遍歴商人としてそれなりに成功している者といったところか。シェフィール商会が地元に根差す商売であれば、こちらは流れ者も客にしているように感じた。
ゲオルギウスは、おぉ、これはなんだ、とわさわさしていたが放っておいた。何かやらかしたら自分で責任を取ってもらおう。
「コレット! おかえり我が娘!」
「ただいま戻りましたわ、お父様!」
品の良いシルク地のシャツにオーダーメイドのベスト、少し恰幅のよい男性がコレットと抱き合う。冒険者クラスの学生は基本的に家には戻らない、戻れない。今回も外出許可証をツカサが取ってのこの家庭訪問だ。こちらに気づいて男性は胸に手を当て、礼をしてくれた。ツカサはそれにきちんと返す。向こうではしゃぐゲオルギウスの背中とその教員服、ツカサとアッシュを見てから声を掛けられる。
「学園の先生と、冒険者の方々ですかな?」
「お父様、冒険者のクラスの教員のツカサ・アルブランドー先生ですわ。お隣は……えっと、ツカサ先生のお友達、あちらが魔導士科の教員のゲオルギウス先生」
「おぉ! お噂はかねがね。コレットの父、ブロリッシュレート商会の会頭をしております、ノルヴと申します」
手を差し出されてツカサも、少し虚無顔でアッシュもそれに応える。どんな噂かは気になるがさくりと本題に入らせてもらおう。
「突然すみません。授業で扱いたい品があって、相談したくてお邪魔しました。時間、ありますか?」
「もちろんですとも、さぁ、どうぞ! 君、お茶とお菓子を頼むよ」
はい、と先程コレットと掛け合っていた女性がパタパタと奥に行く。もっとお淑やかに、と店主が声を掛け、向こうでそっと音が小さくなった。苦笑を浮かべる店主の案内を受け、ゲオルギウスを呼び、商談に使っているらしい応接室に通される。中に入る前にツカサはコレットを振り返った。
「久々の実家だろ? 同席はしなくて大丈夫だよ。束の間の帰省だし、夕方まで自由にしてていいよ」
「そうですの? でしたら、お母様にご挨拶してまいりますわ」
コレットは子供らしい様子でそわそわと踵を返し、廊下を走っていった。それを見送り中に入り、促されて渋々上座に座った。ここに座るとラングのような対応を求められそうで嫌なんだよな、というのは胸中だけに留める。お茶と菓子が届くまでコレットはどうですか、よくやってますよ、面倒見がよくて、と雑談に興じ、それが届いて店員が下がれば、ツカサは防音魔法障壁を張った。ゲオルギウスの興奮は最高潮だったが、時と場所は弁えたらしい。ぎゅうっと膝の上で手を握り締め、ぶるりと震えていた。店主は困惑した様子で周囲を見渡し、ツカサはその視線が自分に来るのを待った。
「これは、なんです?」
「単刀直入に尋ねる。一昨年、それから去年の始め、迷宮崩壊中にもかかわらず【離脱石】を求めてきたのは誰? どこの商会、誰に売った?」
店主の顔色が一瞬、サッと青くなったのを見逃さなかった。それでも一介の商人だ、すぐさまにこりと微笑み、余裕を見せてきた。
「確かに、当店は【離脱石】の取り扱いもしております。しかし先生、売った先、納品した先というのはお話しするのは難しいですな。当商会の信用問題になってしまいますよ」
「イーグリス学園の魔獣騒動知ってるよね。その時、魔獣を納品した魔獣商人、商会を探してる。一歩間違えればコレットが実技演習中に起きる事件だった」
ぴく、と店主の指先が揺れた。親心に訴えるのは卑怯かもしれないが、夕方までと時間を区切ったのは自分だ。手段は選んでいられない。アッシュも身を乗り出してそっと援護をしてくれた。
「ブロリッシュレート商会、迷宮崩壊中、取引先を失う商会が多い中で、売り上げが右肩上がりだったらしいな。従業員の給料、商会の固定資産税、品物の保管費用。運営するだけで掛かる費用は他にもあるけど、冒険者がギルドの依頼を優先している間、この店の売り上げはかなり落ちたはずだ。【離脱石】は言い値で買ってもらえたんじゃないか?」
ツカサは、そういう視点もあるのか、とこっそり勉強しながら、そうだぞ、という顔で店主に頷く。なぁ、とアッシュは寄り添うように親し気な声で続けた。
「別にブロリッシュレート商会を摘発しようとかそういう話じゃない。ただ協力してほしいだけだ。この件、【快晴の蒼】も首を突っ込んでるんでね」
つ、と出された金色の冒険者証。アッシュがちゃんと偉い人をしていることに若干驚きつつ、店主の動向を窺った。店主はツカサとアッシュを何度か見比べた後、じっと顔を俯かせ、暫く沈黙し、覚悟を決めて顔を上げた。
「先生、お話しします、ですからどうか――」
その時、ツカサは首筋にぞわりとしたものを感じた。反射で体が動いた。その横でアッシュもまた椅子から跳んだ。バシンッと盾魔法がツカサから展開され、アッシュは店主を庇い椅子ごと向こう側に倒れた。その一拍後、ガシャンッと窓が割れて内側に散らばった。パキンッ、と魔法が相殺される音が盾魔法に響く。
「アッシュ! 魔法だ! 怪我は!?」
「無事だ! 怪我無し! 生存! ツカサ、【鑑定眼】は!?」
「視えた! 屋根の上!」
「任せた! 魔法障壁だけは頼む! こっちは任せろ!」
パッとツカサは身に纏う魔法障壁をその場にいる全員に展開した。なんだったら商会全体を覆う範囲型も置いた。えっ、えっ、とおろおろするゲオルギウスと、アッシュの腕の中でガタガタ震える店主を置いて、ツカサは窓を蹴り開けて屋根の上に跳んだ。
屋根を走るのは初めてだ。レンガの綺麗なはめ込みも、劣化が進めばズレるのだなと初めて知って、それを手入れする職人がいるのを理解した。細い屋根の棟、いっそ立ち止まっては逆に怖い。足元を見るなよと言い聞かせながら、ツカサの眼は魔力の痕跡を追い、向こうの方でぴょんぴょんと屋根を渡り逃げていく人影を捉えていた。
大きく開いた屋根と屋根の間も軽々飛び越える人影に、ツカサは負けじと風魔法を器用に足に纏わせて、それを飛び越え、後を追った。逃げる人物が敢えてバキッと足場を壊し、落ちる破片に下で悲鳴が上がる。魔法障壁を工夫して歪みの生きものをその場に留めたように破片も留める。屋根の凹凸を上手く使い視界を遮られるが、魔力の痕は消せていない。追える。ツカサが迷いなく後を追いかけてくることにその人物は逃げる方向を変えた。
「くそ! どこまで行くんだ!」
止まれと叫んで止まるような相手ではないだろう。もう少し接敵して、ヘクターの足を氷漬けにしたようにして捕まえたい。あれがアッシュやラングのように斥候の部類ならば、自害もあり得る。せっかく向こうから来てくれた手掛かりを殺したくはない。
「まぁ、ブロリッシュレート商会の会頭を殺そうとしただけでも、マジで後ろめたいことたくさんあるんだろうとは思うけどさ」
すぅはぁ、すぅはぁ、と息をして、ツカサはラングの走り方を真似た。魔法障壁をホーンラビットのように置いて空気抵抗も減らす。徐々に距離を詰めてきたツカサに対し、ついに魔法と投げナイフの抵抗も始まった。弾いて下に落下するのもなと冷静に考え、魔法は相殺、ナイフは一旦勢いをショートソードで殺した後、空間収納に仕舞った。待てよ、これはもしかしていい手なのではないか? そのまま空間収納に入れられれば、弾く手間も省ける。いや、そこまで手間を惜しんでいいものか。
「後で考える!」
一人結論を出していれば、ざわりとした気配が増えた。なるほど、仲間のいる方へ逃げていたのか。全身に纏った魔法障壁を貫ける相手は今のところいなさそうだが、全員を捕縛するのは難しい。逃すのも面倒だ。どうするか。
『簡単なのは、とにかく意識を奪うことだけど。そうだ、魔法障壁で捕まえて、でも自害は困るから、工夫して』
ツカサは自分が床に押さえ込まれた際、エレナやアーシェティアを魔法障壁で捕らえたシェイのやり方をここでも真似ることにした。接敵してきた相手の短剣を走りながら避け、手を向ける。
「お試し!」
パチッ、と小さな静電気のようなものが走る。イメージは胸元で輝く紫色の小石、そのいかずち。魔法障壁でぐるりと捕らえた襲撃者がシビビッと震え、がくりと倒れるのを見て走りながらガッツポーズ。コツは掴んだ。
「よし! どうだ! 練習させろ!」
楽しくなってきた。相手からしてみたらその場に留めるこの魔法が魔法障壁には見えないらしい。魔法障壁というものは設置型が基本なので捕らえるために使われるとは思い至らないのだろう。短剣を、ナイフをこちらもショートソードで防いでいるので最終防衛ラインに魔法障壁があるとは考えていないらしく、向こうから近づいてきてくれるのは有難い。同じ手法で捕まえていればさすがに不味いと思ったのか、それぞれが違う方向へ逃げ始めた。やばい、弱点を見抜かれた。慌てていかずちの魔法障壁に捕まえようとして二人逃した。これだからぶっつけ本番、練習不足は、逃げられる、と思った瞬間小さな、フォンッ、という音がした。いかずちの魔法障壁で捕らえ損ねた二人が、突然体勢を崩して屋根に転がる。落ちる軌道さえわかれば捕まえられる。いかずちが上手く発動できず、もしかしたら自害したかもしれないが、最終的に逃がすよりは仕留める方がいいはいい。しかし誰だ。いや、これもあとで解消しよう。自分が狙われていない今、その誰かは敵ではない。ツカサは屋根を走り続けた。
最初に追いかけていた最後の一人は屋根を渡り、城郭を越えようとしているのだとわかった。忍者でよく見る鎖鎌のようなものを走りながら振り、それを壁に投げた。させるか、とツカサがいかずちの魔法障壁を撃ったのと、耳元をフォンッと音が抜けたのは同時だった。
ターンッ、と矢が器用に襲撃者の衣服を城郭に縫い留め、ツカサのいかずちの魔法障壁がその意識を奪った。そうか、あの音は弓矢だ。それも長距離を射れる、腕の良い射手の。ツカサはそれを三人だけ知っている。
ラングと、アッシュ、それから。
「ヤン……?」
「いえ、残念ながら違います」
ひょこっと横に顔を出したのは、糸目の男だった。手に持った黒い弓の弦が、小さく震えていた。
「スー!」
【空の騎士軍】の斥候・工作部隊の副隊長、草原生まれのスーが糸目をにっこりと笑わせていた。
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