1-18:調査 2
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「魔獣商人かぁ、そうだな、たまに依頼が出ているのは見るな」
ツカサは依頼ボードの前で今後の獲物を相談していた冒険者パーティに声を掛け、魔獣商人からの依頼がないかを雑談の体で尋ねた。男二人女二人のそのパーティは思い出しながら、そちらはそちらで雑談のノリでよく話してくれた。
魔獣の捕獲の仕方? 魔獣商人って独自の檻を持っているのよ、中には魔獣を愛玩動物のように扱える人もいるらしい、ホーンラビットなんか毛皮が人気だからって家畜化の研究がされてるって噂、檻代も餌代も掛かるだろうによくやるよな、ホーンラビットは野菜でも育つからだろ、でも餌を与えられるだけすごいわよダンジョンじゃ冒険者がご飯だもの、怖い怖い。
愛玩動物か。魔獣使い、いわゆるラノベでいうところのテイマーのようなスキルを持つ人がいたりするのだろうか。ここまでの旅路では魔獣、イコール、制御不能なもの、分かり合えないもの、と思っていたが【渡り人】の中にはあり得るスキルでもあるな、とツカサは思った。などと思案していれば声を掛けられた。
「あんた、魔獣を捕獲する冒険者になりたいの? かなり大変だって聞くわよ」
「まだ検討中というか、友達が困ってて、何か手伝えないかなって」
「あぁ、ドロップで落ちない部位が欲しいとかそういうあれか」
そうそう、と相手の思い込みに乗っておく。
「イーグリス近郊じゃ小麦の品種改良と酪農と畑が盛んだけど、確かに肉とか魚はダンジョンドロップに頼ってるもんな。いやぁ、脂ののった牛肉も、近海でとれる魚も美味いけどさ。養鶏場のトリだってぷりっぷり、コリコリ、美味いし……なぁ、昼飯トリにしねぇ?」
いいよ、と笑って冒険者たちが頷く。こちらの会話を聞いていて興味を惹かれたらしい別の冒険者がそういえば、と参戦してきた。
「知ってるか、イーグリス学園で魔獣騒ぎがあったってよ。今学園は大騒ぎなんだろ?」
「あったな、あれ、魔獣を納品した魔獣商人がバックれたとも聞いたぞ」
「何の魔獣だったのかしら」
「確か……アルゴ・コボルト……?」
ツカサが思い出すようにわざと呟けば、なんだなんだ、依頼ボードの前で邪魔だぞ、とまた冒険者が集まってきて、いや、今あの騒ぎの話を、と誰かが言えばそれが広がり、すっかり大きな井戸端会議ならぬ依頼ボード前会議になっている。
喧々諤々話しているのを聞いていれば、アルゴ・コボルトは【赤壁のダンジョン】で出るよな、と誰かが言い、ツカサはそれにも学園が【鑑定】した結果、そうだったらしいよ、と声を差し込んだ。
ふと、そういえば【赤壁のダンジョン】を踏破をした際、一度も遭遇しなかったなと思った。攻略本を開き直していれば、横から冒険者がほらここ、とページを指し示してくれた。アルゴ・コボルト、討伐の目的ではなかったから読み飛ばしていたらしい。そうだ、臆病な性格だとも魔獣生態研究学科から報告もあったはずだ。失念していた。
「見た目に反して、ほかの魔獣と違って好戦的じゃないから、冒険者の気配を感じると逃げるんだよな。その分討伐したらレアっていうんで、少し買い取り額が高いんだぜ」
「筋肉質で結構美味いんだよなぁ、焼くと固いんだけどな、シチューとか干し肉とか、いい味になるぜ」
興味が沸いた。学園で討伐したものはどうなったのか改めて聞こう。シチューに合うと聞いていればラングも追いかけたかもしれないが、まあいい。礼を言いながら攻略本を閉じていれば、気になる話が耳に入った。
「そういや、去年の始めだったか、アルゴ・コボルトの捕獲依頼って見た気がするな」
「実際にあったの? それがイーグリス学園に納品された?」
「納品されたかは知らないけど。迷宮崩壊中は街にも学園にも魔獣なんて入れないさ。だから、なんでこんな時にって思って、なんか覚えてたんだよな」
「詳しく知りたい、他に覚えてることは?」
そうだな、と冒険者はパーティメンバーとも話してこちらも思い出しながら話してくれた。
あれは去年の始め、まだ空気の冷たい頃、【黄壁のダンジョン】が迷宮崩壊し、渡り人の街とイーグリスが膠着状態だった頃。ツカサの行動を思い出してみれば、それはちょうどイーグリスを目指して移動をしている間のことだった。もう何年も前のような気がしていたが、まだ去年の話か、とツカサは時間の経過の早さに一人慄いた。
その間も話は進む。迷宮崩壊中は攻略できるダンジョンが限られるが、街の周辺警護の依頼を冒険者ギルドから依頼されたりと、意外と冒険者は忙しかったらしい。ツカサは今までの迷宮崩壊時、ダンジョンの中に入っていたり、即座に逃げていたりしていたので、そういった外の動きを知れるのは有難い。渦中でも依頼は貼りだされる。その中の一つに魔獣捕獲依頼があったのだ。こんな時に請ける奴なんていないと鼻で笑っていたが、いつの間にかなくなっていたので誰が請けたんだと気にはなっていたという。ツカサはその依頼自体もギルマスの認識外で貼られたのだろうと思った。
「誰が請けたんだろう、迷宮崩壊中とはいえ、魔獣を捕獲して戻るなんて目立ちそうだよね」
「そうなんだよなぁ。誰か見てないのか? 捕獲にしたって、触ってる奴を丸ごと連れ出す【離脱石】すごい使うじゃないか」
魔獣に首輪をつけるわけにもいかないのでそうして連れ出すのだ。【帰還石】は仲間に触れて使うものだが、もし魔獣が触れていても判定外なのだそうだ。やったこともないので知らなかった。その点、【離脱石】は叩き割る際に触れているものを丸ごと外に出す。
【離脱石】の使用用途の幅が広い。待てよ。ツカサは思いついたことを後で考えるために手記にメモをした。その横でまた冒険者が言った。
「そういや、遅い時間帯にでかい檻持ってガチャガチャやってる奴らいたなぁ。あんまりにも魔獣が静かだったから、でかい魔獣だとは思ってなかったけど、それか?」
「眠らせてたんじゃねぇか?」
「でもよぉ、それをイーグリスに持ち帰ってたりしてたら話題になってるよな」
「ばか、持ち込み自体その当時は禁止だろ、迷宮崩壊中だぞ」
「……【赤壁のダンジョン】はイーグリスの北側だよね、迷宮崩壊してた【黄壁のダンジョン】は北西」
ツカサが呟き、あぁ、うん、そうだな、それがどうした、と冒険者たちが首を傾げた。その内の一人がハッ、と顔を上げ、手を叩いた。
「そうか! イーグリスの街じゃなくて、迷宮崩壊している【黄壁のダンジョン】側に運んだんだ! イーグリスは当然、渡り人の街側に運んでも、統治者様の監視に引っ掛かるから! 統治者様、厳しいからな!」
おぉ! と歓声が上がる。ツカサも同じ考えだ。当時の監視体制についても確認していいかもしれない。いや、機密だと断られる可能性もあるので、あまり期待はしないでおこう。ある程度次に調べる事項についてはまとまってきた。
「でも、結局誰が引き受けたんだろうな?」
「さぁ……、アルゴ・コボルトってまぁまぁ下層だしな、銅ではないだろうけどよ」
「誰か知らねぇのかよ」
さぁ……、と皆が首を傾げる。冒険者であれば上手くいった仕事を酒場で自慢げに話す人も多い。その成功譚を聞いた人がいないというのもまた不安要素になる。ここにいる冒険者が知らないだけで、俺は知っているぞ、という者もあるかもしれないが、現状ではなんとも言い難い。
「もし依頼を請けた人を知ってる奴がいたら、カウンターに伝言残しておいてほしいな、俺も友達の力になりたいからさ。お礼も……」
「ははは、お前駆け出しだろう? こんなちょっとした噂話くらいで誰も金は取らないだろ」
「そうそう、それにこれは思ったよりも冒険者の沽券に関わる話だぜ」
「ちょっと俺らも気をつけておこうぜ」
おう、と冒険者たちが一致団結したところで、ツカサはにっこりと笑ってお礼を言った。カウンターに話しておくよ、友達にも、とその場を離れ、カウンターに向かいながら遠い目をした。駆け出しかぁ、と泣きそうになった。ラングとは違い、装備を晒すようにした方がいいのかもしれない。最大の能力が魔法であればこそ、剣士としての風体を見せる。いや、これはこれで便利ではあるが、うん、考えよう。一先ず、カウンターに【水色のマントの駆け出し】に伝言があれば、【異邦の旅人】に頼む、と言えば、対応してくれたカウンター統括者が眉を顰めた。
「【異邦の旅人】のツカサさんですよね? いったい何があったんですか?」
「実は、その……」
【灰色のマント】で覚えられているらしく、と肩を落としながら話せば、笑いを堪えたスタッフが委細承知いたしました、と後を引き受けてくれた。
いろいろ悲しかったり恥ずかしかったりしながら冒険者ギルドを出て、手紙はまだないが商人通りに足を向けた。歩きながらマントを変えれば、あいつ灰色のマントに憧れてるんだな、と囁く若い冒険者の声が聞こえ、本人だよ、と内心で返した。意外と街の人々、それ以上に門兵と傭兵の方がツカサを認識しており、冒険者は逆に似たような風体を見慣れているせいか、見分けがつかないらしい。面白い差だ。
もちろん、冒険者の中でもきちんとツカサを見分けられる人もいる。先程の集まりでも、敢えてそうしているのだろう? わかっている、と言いたげな冒険者たちも居た。銀級から金級にかけて、やはりそこまで上がれる冒険者は何か鋭いものがある。そうした冒険者があの場に居てくれたことも幸運だった。今後、情報収集はやりやすくなる。
商人通りはイーグリスの中でも少し空気が違う。荷馬車が通りやすいように他の通りよりも幅が広く、真ん中に馬車道、その横に歩道、さらに店先のスペース、といった様子でなんとなく移動レーンが違う。ガラス張りの店先はディスプレイもしっかりしており、当店のお取り扱い、がよくわかるようになっている。ここではウィンドウショッピングができるので、ツカサもそれなりに楽しめる通りだ。モニカやエレナはアーシェティア連れてここによく来ると聞いた。何かお土産でも見繕おうかな、と目で楽しみながら目的地を目指す。
途中小物を購入し、暫くして目的地に着いた。発色の良い青で描かれた商会名【シェフィール商会】。不動産から家具まで、幅広くお客様のお力になります、といった貼り紙がされている。直接来るのは初めてだが、立派な店だ。漆黒の柱が扉を支えていて、艶出しのされたこげ茶色の扉にも装飾が彫られ、けれど、華美ではない。ガラス張りの窓からはシルバニアファミリーのような小さな家の模型図が飾られていたり、家具、カーテンのサンプルが置かれている。家具職人との間も繋ぎます、ということか。実際、それで依頼をした身としてはこうして改めて見ると面白い。ほぅ、と顎に手を添えて眺めていれば、カラン、と静かなベルの音と共に扉が開き、女性がにこりと微笑んだ。
「いらっしゃいませ、よろしければ中でご覧になられてはいかがでしょうか? お疲れでしたら、足休めにでも」
「あ、すみません。お邪魔しようと思って」
どうぞ、と促され店内へ足を踏み入れた。入って真正面にコンシェルジュのような受付があり、天井が高く、広く感じた。左右を見渡せば家具のサンプルがそのままお客様対応の席になっており、何組か接客中だった。奥には螺旋階段があり、二階もまた接客スペースか、ウキウキとした楽しそうな声が聞こえる。
「お茶をご用意しますので、ご案内させてくださいませ」
「ありがとう」
こちらへ、と促され奥の扉へ。素性がバレているな、と思った。それもそうか、ここはあの王太子の隠れ蓑、上客であり、友人であるツカサのことを周知していないわけがない。奥まったところにある調度品のランクが高い部屋に通され、ツカサは上座に促された。ここはラングの席なんだよな、と思いながら座り、ぎゅっと背筋が伸びた。顔が映るほど磨かれたテーブル。レースカーテンを揺らす風は少し開いた窓から入ってきて、銀糸模様の壁紙が時折きらりと輝くようだった。
「めちゃくちゃ良い部屋に通されてない……?」
買い物に来たわけではないので少し気まずい。とにかく、姿勢を正し、けれどゆったりと構え、と教えを思い出し、ゆっくりと椅子に背を預けようとしたところでドアがノックされた。思わず立ち上がりながら、はい、と答えればカチャリと先程の女性が入ってきて微笑まれた。
「お待たせしました、紅茶ですが、ミルクなどはいかがなさいますか?」
「いただきます」
ぎこちなく座り直したツカサの前にティーセットをセッティング、お茶菓子のケーキまで出してもらって恐縮するばかりだ。ミルクを注いでまずは一口、ふわ、と鼻を抜ける柑橘系を思わせる香り。フレーバーではなく茶葉自体の鮮烈なものだ。ミルクに負けていない。
「美味しい……」
「よかった、ティー担当者が喜びますわ。辺境伯領、フェヴァウルで採れる茶葉を利用していますの」
各領地の名産品に興味を持ったことはなかったが、ヴァンの有する領地では茶葉栽培が盛んなのだろう。辺境というと勝手なイメージで魔獣が跋扈していそうだが、この世界、道中でそれを見かけることはあまりない。そういえばヴァンは紅茶の淹れ方が上手かった。自領の特産でもあるからだったのか。何やら来るらしいので今度会った時にでも聞こう。ケーキはふわふわのショートケーキだ。いちごまで乗っていて、甘さ控えめなのがまた紅茶に合う。ケーキは完食、一通りいただいてひと息つき、ツカサは紅茶のおかわりを注がれながら礼を言った。
「ありがとう、とても美味しかったです。突然来てすみません」
「とんでもございません。会頭からお話はお伺いしておりまして、いつ来てくださるのかと一同楽しみにしておりました。会頭が本当に嬉しそうにお友達の話をしてくださって……、ありがとうございます、アルブランドー様」
気恥ずかしさに頬を掻く。こほん、と咳払いをし、ツカサは気を引き締めた。
「フィルには伝達竜を送ったんですが、ちょっと教えてほしいことがありまして」
「伺っております、魔獣騒動の件でございますね。会頭は現在他国におりますので、当方が対応するようにと、ちょうど指示を受けたところでございました」
「伝達竜って直接届きますよね、大丈夫だったのかな」
「問題ございません。会頭はいつも慌ただしく伝達竜に追われておりますから、他国でもよくある光景の一つです」
ならいいか。ツカサは再び気を取り直した。どこまで把握しているのか確認をすれば、イーグリス学園であった騒動と、冒険者ギルドが動いている件、商人の情報網を利用して魔獣商会を運営する商人に当たっているところだという。ある程度目途がつけば声が掛かったのだろう。
「冒険者ギルドで聞き込みをしてきたんだけど、【離脱石】の購入経路って調べられるのかな」
「可能でございます。しかし、理由をお伺いしても?」
「魔獣商人がどうやって魔獣を仕入れているのか、それについて気になることを聞いたんだ」
魔獣を眠らせ檻に入れ、それを持って【離脱石】で一緒に出る。となれば、一度に持ち込める檻と持ち出した後の移動含め、少なくとも十五匹、十五回分必要になるだろう。よく使われる手法だったとして、それでも目立つのではないか。女性はじっと考え込んだ後、顔を上げて頷いた。
「承知いたしました、お調べいたします。【離脱石】は少々畑違いの商売の位置にありますので、少しだけお時間をいただければと思いますが、構いませんか?」
「お願いします。情報は直接俺に届けてほしいんですが、できますか?」
「もちろんです。信頼のおける者に届けさせます」
ありがとう、と再び礼を言い、紅茶を空にして立ち上がった。女性は先に扉を開け、見送りに外まで来てくれた。そういった丁寧な対応にもこそばゆくなりツカサは頬を掻きながらご厚意に甘えた。
「またのお越しをお待ちしております。是非、奥様ともいらしてください」
「ありがとう、お礼も兼ねて、また今度」
是非、と微笑み、深々と頭を下げられる。じゃあ、また、とツカサは慣れない様子で足早に立ち去った。
ある程度は調べた、布石も打った。ラングほど鮮やかな手際ではないだろうが、それでもできることをやった。あとはいろいろ情報が集まるのを待って、詳細と共に来る適任者と相談をして、今後どうするかを決めることになる。
『うん、よくやった方じゃないかな』
ぐぅっと伸びをしてすっかり夕方のオレンジと紫の中を歩きながら学園の門を潜る。向こうから三十五歳の犬が走ってきて、ツカサは思わず逃げ出した。
「ツカサせんせぇ! どこに行ってたんですか! あちこち探しましたよ! 連れて行ってくださいよ! 竜の前で死を待つ餌でしたよ!」
「自業自得だろ!」
もうゆっくり休ませてよ、とツカサは教員室まで全速力で駆け、背後で追いつけないんです、止まってください! と叫ぶ声を無視した。呆れた生徒の笑い声にまた頭を抱えたものの、もう知ったことではなかった。
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