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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
新章 新しい生活
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1-17:経過観察

いつもご覧いただきありがとうございます。


 エール一杯で真っ赤になって途中で寝てしまったジークをズィールと協力して乗合馬車に押し込み、学園まで戻った。ゲオルギウスは魔導士にしてはよく食べよく飲んだ。そしておしゃべりで作法が汚く、ツカサが度々注意を入れれば、冒険者から食事作法について指摘が入るなんて! と無駄に感動していた。単純にツカサが共に過ごしていた冒険者が作法にうるさかったり所作が綺麗だったりするだけなのだが、一例であって全てじゃないと一言添えておいた。


 すっかり暗くなってから教員四人が戻ったもので目立ってしまったらしい。内一人が両側を支えられているのもあって、数人の生徒たちが心配の表情で駆け寄ってこようとした。

 全員が不味いと思った。酒場の肉のにおい、飲んだ酒のにおい、明らかに【どこかで飲んでいました】がバレてしまう。安全な場所で待機を言いつけておいて酒を楽しむ。なし崩しではあったし、決起の意味合いもあればこそ大人としてはそこに理由を見出せるが、待たされる側は何をしているんだと思うだろう。ちらりとズィールを見遣る。そちらはそちらでツカサのことを見ており、こくりと頷かれた。


「では、後は任せた」


 ずしりと剣術科の教員の体重が掛かる。驚きの声も上げられないうちにズィールはザクザクと教員棟に向かって歩き出し、ゲオルギウスもそそくさとその後を追った。


「嘘だろ、ちょっと! おい! 先輩方!」


 ジークはむにゃむにゃとご機嫌に唸っていて、ツカサは悪態をつきながら仕方なくその体を一度支え直した。それからジークの足の間に自分の腕を入れ、ジークの腕を掴み、体を下に潜り込ませてからぐんと起こし、背中から肩に掛けて重さを分散させて担ぐ手法を取った。これはラングに教わった人の運び方だ。肩に担ぐというのは余程コツを知らない限り不安定で運びにくい。試しにアルを肩に担いでみろと言われ、二人して地面に倒れて笑ったのがつい昨日のことのようだ。

 そんなことを思い出していれば生徒が駆け寄ってきてしまい、ツカサは覚悟を決めた。剣術科の生徒だろう、ジークの様子に慌てて声を掛けてきた。


「アルブランドー先生! ジーク先生は何か、お怪我でも……」


 スン、と生徒の鼻が鳴る。そこからじと、と目が半目になっていき、言葉が失われる。先頭にいた女子が眼鏡を正してはっきりと言った。


「先生方、いったい外で何をされてたんですか?」

「食事を……」

「お酒まで召し上がって?」

「冒険者だから、俺はいいの。冒険者だから!」


 生徒の軽蔑するような視線から逃げるようにその場を離れ、ツカサは、今日この日の出来事を絶対に許さないと決めた。教員室に戻ってから、締め出された犬のようにゲオルギウスが扉の前をうろうろしていたが、ツカサは構わずに寝た。

 

 食堂で朝食を取っていれば、昨夜のことが既に回っているのだろう、こちらに視線を注ぎながらひそひそと話す声が聞こえた。ズィールだってゲオルギウスだって酒と食事を楽しんできたというのに、なぜだ。酒でうとうとしていたジークには誰も文句を言わない。


「俺が飲ませたわけでもないのに」


 不名誉だ、けれど、酒を飲んでいた事実はあるので言い訳はしない。逃げ出した二人は今朝も許さない。


「おはようございます。……何やってるんですか、まったく」


 こと、と朝食を置いてロドリックが呆れた声で言った。おはよう、と返してツカサは目の前に座ったロドリックとディエゴに力なく笑った。


「先輩教師たちがあまりにも理不尽で、打ちのめされてた」

「ズィール教官とゲオルギウス先生も一緒だったって、今はみんな知ってますよ」


 ディエゴが慰めるように言ってくれて、じゃあ、あれ、何、とツカサが頬杖をつく。一部生徒の嫉妬か妬みか恨みか、睨まれ続けて右耳が痛かった。ディエゴが視線を追ってその先に気づいて頬を掻いた。


「ジーク教官はファンが多いんです。騎士科ほど固くなく、柔軟に剣術を教えてくれますし、面倒見いいですから」

「俺もその部類のはずなんだけどな」

「アルブランドー先生は、面倒見は、確かにいいですが……少し違います」

「納得いかないなぁ、なんでみんなそう言うんだろう」


 ロドリックとディエゴから引き攣った笑顔を返され、少し傷つきながらツカサは体を戻してハーブティーを飲んだ。これは私物だ。紅茶もいいのだが、酒を飲んだ翌日は飲み慣れたハーブティーの方がすっきりする。くぴりと口に含みながら目の前で親友同士食事を始める少年たちを眺めた。

 ロドリックとディエゴから前ほどの敵愾心を感じない。それどころか、きちんとした礼儀を持ち、敬意を払われている。先日の一件で何か受け止められるものがあったのか、ロドリックに関しては値しないと言った件が響いたのか、以前より素直に接してくれる。敬意に対しツカサが敬意を持って返すのは当然のことだった。

 アレックスとマイカの件をディエゴに尋ねれば、魔力を送るのは難しいが、少しずつコツを掴んだ、マイカの方はあと二、三日もすれば魔法の鍛錬に戻れそうだと保健医からも言われたらしい。アレックスは自己満足だけど、ごめんと一言謝った後は大人しくディエゴの指導を受けているという。なんだか別人のようで困惑します、とディエゴが言うので、魔力酔いというものの存在を話しておいた。昔から魔力と上手に付き合ってきた天才肌のディエゴにはわからない経験らしいので、ツカサのアーシャヴァエン(灰色のマント)を肩に掛けてやった。ぐるりと目が回って椅子から落ちそうになったのを支えてやり、こうして、なんだか気分が高揚し、気が強くなるのだと説明すると、ディエゴはマントをそっと返してきた。危険な状態だというのは理解できたようだ。勘が良い。

 改めて座り直してロドリックに尋ねた。


「昨日、あれからクラスはどうだった?」

「落ち着きはしませんでした。冒険者クラスだからこそ、冒険者として行動を起こすべき、という奴もいました」

「それで、飛び出ていった奴はいた?」

「いえ、冒険者クラスから移籍した面子がいるでしょう。あいつらが飛び込んできて、勢いだけで首を突っ込むことの危険性を、懇々と話し始めて、少しずつ冷静に。あんなに熱弁されるとは思わなくて驚きました」


 冒険者ギルドの職員になりたいと言っていた面子だろう。ツカサはふっと微笑んだ。


「いい職員になりそうだなぁ。冒険者を止めるのは、同じパーティメンバーか、冒険者ギルドのカウンターだから」


 ツカサの呟きを少しの間考えて、ロドリックはハッと息を吸った。その視線がディエゴを見て、ぎゅうっと拳が握られた。何かあったかな、とツカサはディエゴに声を掛けた。


「ディエゴ、いいものご馳走してあげるから、自分とロドリックの分、コップ二つ、それからスプーンをもらってきて」

「え、あ、はい」


 席を立ってコップを取りに行ったディエゴの背中を見ながら、ツカサは尋ねた。


「ロドリック、何かあった?」


 真摯に尋ねれば少し言い難そうにして、それでも隠すことではないとロドリックは呟くようにして言った。


「……ディエゴが何か間違えた時、俺はきちんと止められるだろうかと考えました。魔法は大きな力です、剣だけで渡り合えるかどうか。俺もまた、ディエゴの言葉を気をつけておかないと、と。……いろいろ、こどもだったなと思っただけです」


 驚いた。常に指摘される側だったツカサには本当に驚きだった。この少年は言動も大人びているが、内面も当時のツカサに比べて大人らしい。ツカサはプライドの高いエリートの鼻っ柱を叩き折った自覚もあり、ロドリックのこの冷静さには素直に感心した。

 その実、ロドリックがこうして気づきを得たのはツカサが出したあの問いかけの紙があったからなのだが、ツカサがその事実を知るのはかなり後になる。

 ツカサはほんの少しだけロドリックの天性の勘を羨ましく思いながら、笑みを見せた。


「それに気づけるだけ十分じゃないか? それに、こどもだったって、今、こどもだろ。俺が言われた言葉だけど、ロドリックにも贈っておこうかな」


 眉を顰め、なんです? と聞きたそうにロドリックが首を傾げた。ツカサはニコッと笑った。


「間違えることを恥じなくていい、反省して、同じことを繰り返さず、ただ、考えることをやめないこと。誰かを全てにしないこと。目の前のことにいっぱいいっぱいになると、周りの声が聞こえなくなる経験は俺にもあった。というか、俺はそんなことばっかりだった。だから、今はぼんやりでいいから、まずは冷静であることに努めて、そうだな、とにかく、背伸びするな」


 ロドリックは困惑の表情を浮かべながらも頷いた。そこにディエゴが戻りコップが差し出される。ツカサは空間収納から琥珀色の液体に葉っぱが漬けてあるものを取り出した。スプーンでとろりとした琥珀の液体と葉っぱを掬い、コップへ。水魔法で水を注ぎ、くるくるとよく掻き混ぜてから二人に差し出した。恐る恐る受け取った二人は少しだけそれを飲んだ。


「甘い」

「スーッとする」

「お手製のハチミツミント、これは元気が出るんだ」


 ツカサは自慢げに笑い、ロドリックが釣られて少し笑い、ディエゴはそれを見て笑った。


 さて、調査だ。ロドリックとディエゴには引き続きクラスを任せ、ツカサは学園を出た。

 昨日酒場で食事をして気づいたことがある。冒険者の目撃情報に頼るのはどうだろうか。冒険者はどこにでもいる。そして噂話が早い。ツカサがイーグリス学園の教員になるという話も、随分彼らが広めてくれた。昨日酒場で耳を傾けたところ、学園の魔獣騒ぎは既に市内にも広まりつつあるようだった。ということは、門を預かる門兵も傭兵も知るはずだ。冒険者ギルドからの照会はあれど、どういう話をしたのか確認してもいいだろう。どちらも利用した方がいい。モニカがじっくり話したいと言っていたので時間も掛けたくはない。ツカサはまず、顔見知りの門兵を探しに南門へ行った。


 運が良かったのか、自身の特性のおかげか、目的の人物は日勤で門を守っていた。軽く挨拶してから上司に会わせてほしいと頼めば、さくりと門横の詰所に通された。以前いろいろとやったことで門兵たちからも顔が知られていて、こういう時に細々した手続きを飛ばして対応してくれるのは助かる。顔見知りの門兵は俺は仕事に戻るよ、と席を辞し、南門の隊長と机を挟んで向き合った。


「学園であった魔獣騒動の件かい?」


 話が早い。どこまで認識しているのか確認すれば、冒険者ギルドから照会を受けた際、容疑者を探しているとは聞いたらしい。ツカサは冒険者ギルドと学園の職員が同時期に行方不明になったことで、その二名が何かを知っていると睨んでいる、と補足、人相書きを差し出した。


「全ての門にて確認しよう。報告はどこに送ればいいかな」

「今はイーグリスの学園で寝泊まりしてるから、そっちに送ってもらえたら。ただ、悪いんだけど教務課や他の先生を通さないで、合流まで待たせるかもしれないけど、俺に直接ほしい」

「改ざんを危惧しているんだな、わかった」


 ザッと立ち上がった隊長に、ツカサもゆっくりと立ち上がり、もう一つお願い事をした。


「あと、できればでいい、噂話にも気をつけてもらえる?」

「あぁ、書き留めておこう」


 ありがとう、と礼を言い、ツカサは詰所を出た。集めるだけ集めて、情報の質を高めなくてはならない。ラングが教えてくれたようにできているかはわからないが、今ツカサにできるのは習った方法をとにかく実践することだ。場所と人を選んで、集めて、情報を精査する。どの程度で集まるかは不明だが、やらないよりはやる方がいい。

 詰め所を出て次の行動を思案する。


『そういえば、魔獣商人って結局、どうやって魔獣捕まえるんだ? 詳しく聞きそびれてる気がする』


 ツカサはそもそも魔獣商人の在り方自体も詳しくないので、それが何なのかを理解もしなくてはならない。今回のアルゴ・コボルトが【赤壁のダンジョン】なのはわかっているが、イーグリス学園のためだけに捕獲して取っておいたわけでもないだろう。イーグリス学園の要望がなければ、いったいアルゴ・コボルトは何に利用されていたのだろう。一先ず、捕獲をしたのは誰か。目撃情報を集めよう。ギルマスからの声掛けに緊張し、発言できない冒険者も多い。こういう時は中に入り込むに限る。


『商人に関してはフィルの連絡を待ってからでもいいから、次は冒険者ギルドだな』


 ツカサは乗合馬車に乗り込み、冒険者ギルドを目指した。馬車の中、目を瞑り到着するのを待てばこちらでも噂話を聞くことができた。


「イーグリス学園で魔獣が暴れたって聞いた?」

「聞いた聞いた、すぐに魔獣を討伐したらしいけど、怪我人が出たんでしょ?」

「なんだか不安よね、街中の学園だし、それで魔獣が逃げ出したりなんてしたら……」

「ちょっとやめてよ! 怖いじゃない! でも、ほら、イーグリスには門を守る傭兵さんも、エフェールム様の騎士団もいるじゃない。あの変な生きものの時に冒険者が動いてくれるのもわかったし、大丈夫よ」


 そうね、そうよ、と女性たちはお互いを励ましながら乗合馬車を降りていく。学園の中のことと考えていたが、そうか、街の人からすれば街の中に学園があるのだからそう感じるのか。しかし、情報の巡りが早い気がした。

 食事を終えた冒険者や冒険者ギルドに依頼を出したい商人などがぎゅうぎゅう詰めかけ、気が散って考えごとがまとまらない。仕方ない、あとで考えるかと思いながら、冒険者ギルド前でぞろぞろと降りていった。

 冒険者ギルド入り口、このざわざわとした喧騒はやはり落ち着く。ふと思い立って物陰に移動し、アーシャヴァエン(灰色のマント)を外し、空間収納に仕舞った。代わりに水のマントを装備した。淡い水色、ぴちゃりと波打つような音がして収まり、ほんのりひんやりしている気がした。夏場には良さそうだ。さて、()()という印象は薄まっただろう、早速情報収集と行こう。



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