1-15:調査 1
いつもご覧いただきありがとうございます。
面倒なので関係する学科の生徒全員を大講堂に集め、話をすることになった。個別に通達することで情報のずれがあれば、それはそれで気になる生徒が躍起になって首を突っ込んできそうだとツカサが進言したからだ。年が近いだけに、自分ならそうする、といったツカサの一言は年上の教員三人をあっさりと納得させた。
大講堂には病室で休んでいたアレックスやマイカも参加していた。体の調子を尋ねられるマイカと違い、アレックスは腫れ物を扱うように誰も声を掛けない。数日前にまで取り巻きだった少年たちも気まずそうに目を合わせなかった。何かやってしまっても、その後の行動で受け入れられるかが変わる、のいい例だ。アレックス本人はあまり覚えていないようだが、周囲が覚えているというのを、今強く痛感しているだろう。それにこの場で寄り添えないことを視線で詫び、ツカサは並んだ教員連中を見渡した。三人から視線を注がれ、俺が説明するの? というのを聞くことすら許されない空気に溜息をついた。仕方なく前を向いて声を発した。
「先日、剣術科と魔獣生態研究学科の合同実技演習で起きた問題で、学園が奔走してるのは知ってるよね?」
ひそひそ、と生徒が隣同士囁き合い、ばらばらと頷く顔があった。
「ここにいる学科は、解決するまで授業を休講することになった。以上」
ざわっ、と声が大きくなる。よし、と大講堂を出ようとしたツカサの腕をゲオルギウスが掴んだ。
「ままままっ、アルブランドー先生、端的っ! 端的すぎます!」
「全部俺に任せるからでしょ! ちょっとは対応したらどうなんだよ! 一応は先輩教師でしょ!」
「わかった、静かに! 詳細は私から説明する! 諸君らも静まれ!」
わぁわぁやり始めた二人を怒鳴りつけ、ズィールが大きな手のひらを混乱した生徒たちに向けて制し、今日の教員会議で決まったことを告げた。今後も実技演習を組み込むにあたり、対策を講じねばならないこと、今回の納品魔獣に疑わしい点が多いこと、そしてそれを見抜けなかった学園と教員の在り方を詫びた。ここで教務課の単語を一度も出さなかったのはさすがだった。
ある程度の説明を受ければそれなら仕方がないか、と納得をする生徒もいれば、早い授業の再開のため、自分も協力します、と席を立つ生徒もいた。責任感と当事者意識、大変に素晴らしいことだ。だが、ツカサはそれが足手纏いだと知っている。
「気持ちはわかるけど、大人しくしていることが一番の協力だよ。何かあった時、生徒を守りながらなんて、こっちだって危ない」
かつての自分にも刺さる言葉ながら、本音だった。一人二人ならまだしも、それぞれの学科の生徒が我こそはと行動してしまえば保護する方に回らなくてはならない。それでは挙動が遅くなるどころか邪魔でしかない。しかし、でも、と前のめりに発言する生徒の姿に、声に、こちらの声が届かなくなっていく。ツカサは黙ってそれを見ていた。こういう時、ラングがじっと待っていたのがよくわかる。声を張り上げたところで自分の望む言葉しか受け取らないだろう人に対し、声を発することが億劫になるのだ。ラングはだからこそ冷静に声の届くタイミングや使える人というのを見極めていたように思う。本当に周囲の人物たちに恵まれていたなと教員になって何度目か、ツカサは小さく息を吐いた。すいっと腕を上げてパァッと弾けたのは癒し魔法だ。キラキラと降り注ぐその光に驚き、息を呑み、声を失う。なるほど、効果的だ。
「これだけの治癒魔法が使える人は?」
問われ、癒し手や魔導士である生徒たちがそっと座っていく。
「前にいる教員に勝てる剣士は?」
ぐっとまた生徒たちが不服そうに座る。
「君たちが安全にここに居てくれることが、どれだけ俺たちを助けるか。この言葉の意味をよく考えてほしい」
本当に過去の自分に突き刺さる。ツカサは内心で胸を押さえて盛大に血を吐きながら告げ、冒険者クラスの面々を見た。
「また少し放置することを許してほしい。それから、ロドリック、ディエゴ、コレット、悪いけど他の面子が変な行動をしないようによく見張っててほしい。特にディエゴには頼み事ばっかりで申し訳ないけど」
名指しを受けた三人が三者三様で反応を返した。一通り大講堂の中を見渡して他に意見がないのを確認し、ツカサは灰色のマントを翻した。ズィールは顔をしかめて声を掛けた。
「アルブランドー、どこへ行く」
「冒険者ギルドと伝達竜。手紙の送り先が忙しい人たちだから、なるべく早く連絡したいんだよね」
「私も、私も行きます!」
ゲオルギウスが、はいはいっ、と挙手をして同行を申し出、顔を見合わせたジークとズィールも頷いた。大講堂を出ていく前、ジークが振り返って学園内での待機を改めて言いつけ、解散を告げた。大講堂に残された生徒たちのざわめきはツカサたちの背中にも届いてはいたが、振り返らなかった。
とにかく早く対応をしておきたいツカサは、ルフレンを駆けて冒険者ギルドを先に目指した。体力のないゲオルギウスに合わせているとどうしても時間が掛かるため、学園の馬車で三人には後から来てもらうことになった。いつもとは違う道を駆けたため、多少人を避けるために減速したりと足止めも食ったが、ルフレンは文句の一つも言わずに配慮してくれた。いっそツカサの慌てぶりに落ち着きなさい、と言われるようだった。首を叩いてわかったよと示せば、ぶるんと呆れたように溜息をつかれた。まったく素晴らしい相棒だ。
冒険者ギルドはいつもと変わらない賑わいだった。ここではツカサも顔を知られているので、周囲の冒険者がよぅ、と手を挙げ挨拶をしながら道を譲ってくれる。それに返しながらツカサはカウンターに並んだ。こういう時でも順番を守るというのは、騒ぎを大きくせず、冒険者ギルドにいる【真夜中の梟】を嵌めた奴に気づかせないためだ。まぁ、顔知られているけど、と頬を掻く。などと考えていれば二階から声を掛けられた。
「【異邦の旅人】! ツカサ、ちょうどよかった! すまんが時間はあるか?」
顔を上げればツカサの教師着任に際し、様々なヒアリングに協力してくれたギルドマスターが引き攣った笑顔でこちらを見ていた。同じような顔を返し、手招かれるままに階段を駆け上がった。まずは手を差し出して握手、そこにお互い敵意がないことを示した。笑顔はそのまま、ツカサは声を潜めた。
「ギルマス、話があるんだ」
「こちらもだ。学園での魔獣騒動、だな?」
頷いた。学園から冒険者パーティが来なかった件は通達がいっているのだろう。その件を調査し、こちらはこちらで不測の事態が起こっているらしい。茶でも出そう、上部だけは平然とギルマスはツカサを応接室に案内した。
後から教員が三人来ることを伝え、職員が紅茶を置いて出て行ってから、ツカサは防音の魔法障壁を展開した。以前経験させているので魔法障壁についてはノーリアクション、二人して話の先を急ぐ様にテーブルに身を乗り出した。
「【真夜中の梟】に迷惑が掛かる、いったいどういうことなの?」
「こちらとしても精霊のいたずらだ。学園から事情が知りたいと連絡があって調べたら、まったく知らない間に契約が締結されていて、俺の署名まで勝手に書かれていた」
「で、それを対応しただろう職員は行方不明?」
「ということはそちらもそうなんだな」
お互いに頷き、ギルマスは腕を組んだ。一週間前に学園の職員は逃亡した。恐らく、同じタイミングで逃げたのだろう。生徒対応と始末書に追われている間にと思うと心底悔しい。しかしそれでわかることもある。違う場所で同じようなことが起きている。これは計画的な犯行だ。問題は、いつから、どこで、誰が、なぜ、何を目的として、どうやって潜り込んでいたのか、というところだ。消えた職員の情報については冒険者ギルドでも調べたらしく、報告書を見せてもらった。
入職したのは三年前、一年間の臨時職員雇用からそのまま本採用に至った。勤務態度に問題はなく、誠実な業務を行っていた。冒険者ギルド勤めの職員として見た限り、なんの問題もない経歴に見える。
「冒険者ギルドに入る前は?」
「言い難いんだが、【渡り人】だ」
「あぁ、じゃあ、経歴なしってことか」
何とも都合のいい【渡り人】だな、と思ってしまい、嫌な予感が浮かんだ。本当に【渡り人】だったのだろうか。ちらりとギルマスを見れば言いたいことがわかるのか、頷かれた。
「本人の自己申告をそのまま信用しての採用だった。イーグリスならではの緩さというか、そういった体制の見直しをしなくてはならない」
「【渡り人】じゃない可能性もあるんだね。まぁ、正直何も知らない、わからないふりをすればそう見えるよね。なんにしても逃げてるってことは犯人だと言ってるようなものだけど」
「間違いない。街の入出記録とも照会を掛けたのだが、この名での出門記録はない。入門の際に別名で入り、出門もまた別名か、それとも城郭を越えたのか、まだ街中に居るのか……その点は不明だ」
ううん、追えない。とツカサは腕を組んだ。その人物を前にすれば【鑑定眼】でいくらでも調べられる。ただ、その人物がどこかに雲隠れしてしまっては追い方がわからない。こういう時、理使いが居ればと思う。協力を仰ぐにしても印というものをつけていなければ、精霊にとって人は見分けがつかない、というようなことをラングから聞いた覚えがある。ツカサは知らない間に印をつけられ、そのおかげで手紙をタイムリーにやり取りができた身としては惜しい。とにかく、頼れる人には頼っておくか、とツカサは首を擦った。
「冒険者ギルドとしてはどうする感じ?」
「事態を重く捉えている。今後契約に関わる全ての文書、事柄においては俺の署名と、指印を使う。最初からそうすればよかったんだが、今まではそうする必要もなかったからな」
指紋を証明に使うということだ。まぁ、その方がいいだろう。署名は筆跡を真似られても、指紋は同じ人がいない。
「それから、調査には全力で協力する。ツカサも金級冒険者とはいえ、仲間が別行動中なんだろう?」
「そうだね」
「だから、応援要請をしておいた。少し遠方に居るというから合流まで時間が掛かるらしいが」
「失礼します。ギルマス、学園の先生方が到着しました」
ツカサが防音魔法障壁を解いてから、ギルマスが、あぁ、どうぞ、と声を掛けた。先程置いてきた面子がぞろぞろと入ってきた。どうも、ギルドマスターの、学園で剣術を、騎士科の、魔導士科の、と各々の自己紹介が済んで席に着く。先に会話してしまった部分についてはさくりと共有し、どちらも契約に関わっていた職員が雲隠れしたことを伝えた。何か手掛かりを得られるのではないか、という希望が打ち砕かれたジークの眉間の皴がとても厳しい。ズィールが唸りながら呟いた。
「結局振り出しだ、どうするべきか」
「俺、こういう事態の調査って専門にやったことないんだけど、それこそ魔道具とかないの? 痕跡を辿ったり、監視カメラ……動きが捉えられるようなものとか」
ツカサにしてみれば便利な道具に溢れているこの世界のことだ、原理の謎は置いておいて、マジックアイテムなどで調査ができないものだろうか。ギルマスが首を振った。
「そんな便利なものがあればもう使っているさ。【血明の板】も相手の血が必要だし、そもそも国の管理下だから申請に時間が掛かるしな」
【血明の板】とは何か、と問えば、一滴で一年、二滴で二年、と今時点からその人が、どうやって生きてきたのか、人生を明かすことのできるアイテムだという。ダンジョンで稀にドロップするもので、必ず冒険者ギルドに納品が義務付けられている。もし入手したら提出しろ、罪に問われるぞ、と初見の知識にツカサは頷いた。
とにかく、調べる術を、どこから調査するのかを決めなくては時間だけが過ぎていく。ツカサは紙を取り出して、今わかっていることを書きだした。ラングも、ヴァンも、こういう時、要点をまとめてくれていた。
「探さないといけないのは学園の職員と、冒険者ギルドの職員。それから教務課とやり取りして実際に魔獣を納品した魔獣商人。そもそも、その魔獣商人がどうやって【赤壁のダンジョン】のアルゴ・キングコボルトたちを捕獲したのか」
「それは恐らく冒険者なり、戦える奴が捕まえる依頼を請けているはずだ。スカイなら傭兵の可能性もある」
ズィールの言葉に、なるほど、と頷き、ツカサは冒険者、傭兵、依頼? と書き込んだ。ギルマスはそれを見ながら情報をぼやいていく。
「あぁ、そうだな。【黒のダンジョン】、いや、【旅人の温泉】だな、その件も切っ掛けで現在は各ダンジョンの入り口を徹底的に見張っているから、【赤壁のダンジョン】から魔獣を連れ出すなんて目立ちすぎる」
そうだろう。成人男性よりは大きい魔獣だ、大人しくついてくるとも思えない。ギルマスは独り言ちるようにぶつぶつと言った。
「ということは、【渡り人の街事変】の混乱の中、それに乗じたんだろうが……、俺は承認した覚えもない。……すまん、まだ調べ切れてなくてな。迷宮崩壊が起きた際、統治者は手練れを動員して対処していたから、冒険者が引き受けたとしたら、駆け出しか、銅か、銀だとは思うが。情報を集める、待ってくれ」
手練れ、それは筆頭がラングとアルなのだから、当然上手に収めていただろう。こうなると、二人に当時の様子を聞けないのは辛い。
『アル、手紙送るっていったいどうやって送るんだろ』
「何? 何ですか? アルブランドー先生」
「何でもないよ、独り言」
ペンの背で顎を撫でながらツカサは紙を真ん中に出した。
「魔獣商人の中でも情報網あったりしないのかな。別の業種だけど商人には当てがあるからちょっと俺も連絡を取ってみる。あとはベタに人相書きとか?」
「あぁ、それなら用意がある。すまん、出し忘れていたな」
ギルマスが数枚の紙を取り出して差し出した。そこには穏やかそうな顔の女性が描かれていて、人畜無害そうに見えた。名前はケイト。カラーではないので色を聞いた。髪は肩まで、ブロンド、目は淡い緑、イーグリスではよく見かけるカラーリングでこれもまた頭を抱える。ゲオルギウスがゴソゴソとショルダーバッグから手記を取り出し、挟まれていた紙を出した。
「そうだ、これ預かってきましたよ。学園側の行方不明になった職員の人相書きです」
こちらは明るい表情の青年が描かれていて、名前はガスパール。ツカサはまたカラーを尋ねた。茶色い短髪、茶色の垂れ目、目立つ特徴はなさそうに見える。
じわっと違和感が胸に広がった。なんだろう、この感覚。あと少しで言語化できそうなのに、形にならない。
考え込むツカサの横でズィールはギルマスに尋ねた。
「学園からは我々が主導で調査するわけだが、冒険者ギルドからは人員を借りることはできるのだろうか?」
「あぁ、ダメもとで応援要請をしたところ、二つ返事で応えてくれたパーティがあってな。どうやら随分忙しいらしくて、パーティメンバーの一人を寄越すと言ってくれてはいるんだが……」
「どうした?」
言い淀むギルマスに、ジークが首を傾げた。ううむ、とギルマスはガリガリと頭を掻いた。
「いつ来るか、わからんのだ。そう待たせない、とだけしか返事がなくてなぁ」
「使えん冒険者だな」
ツカサはそれだけで誰に応援要請したのかがわかった。となれば、ツカサからわざわざ詳細を書いて連絡をする必要はなさそうだ。
「俺、とにかく友達の商人に連絡を取るから、今日はこれで」
「あっ、ではでは私も! あまり根詰めてもですしね、よければ酒場などで是非、冒険者とは、という議題で盛り上がりながら、空気を楽しみたく!」
「えっ、行かないけど」
なに、とジークがなぜか驚いている。ズィールも眉を顰め、ツカサをまじまじを眺めていた。
「冒険者というのは、事あるごとに酒を飲む生きものなのではないのか」
偏見がすぎる。いや、かつてツカサも似たようなことを考えてはいた。ダンジョン帰りに酒場や飯処で生還したことを喜ぶ楽しさも知っているので、言いたいことはわかる。地べたではなく、椅子に座り、テーブルで食事を取るだけで人間になったな、といつも思う。だとしてもだ。
「ダンジョン帰りはそうするけど、別にここダンジョンじゃないし。暫く家に帰ってないから帰りたいんだ。……決起会という意味合いなら、店決めてくれたら、用事済ませて顔は出すよ」
「しかしアパルトメントだろう? 君が数日戻らなくとも埃がたまるくらいだろう。そんなにパーティメンバーは掃除ができないのか?」
「一軒家だよ」
なんだと、と次はズィールが驚いている。
「妻が、家族が家で待ってるんだ。もう十二日以上帰ってないから、ここいらで一回顔を見たいんだよね」
「アルブランドー先生……」
ごくり、とゲオルギウスが喉を慣らし、慎重に尋ねてきた。
「ご結婚されていたんです……!? そのおかしさで……!?」
「ねぇ、ゲオルギウス、喧嘩したいならはっきり言いなよ。買うから」
皆が皆、同じような顔でこちらを見ているのは本当になんなんだ。
面白い、続きが読みたい、頑張れ、と思っていただけたら★★★★★やリアクションをいただけると励みになります。




