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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
第一章 スヴェトロニア

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37:生き方と生かし方


 生き方の問題とはまた大きな議題だ。


 ラングが生半可な気持ちでそんなことを話題にするわけもなく、ツカサはぬるくなったハーブティーを飲み干し、まずはお代わりを強請った。

 ラングは瓶から茶葉をコップに入れるとテーブルポットから湯を注いで新しいものを作ってくれた。


『生き方の話と、俺のスキルがどう繋がるの?』


 ツカサがそう切り出せばラングは机に肘を突き手を組み合わせた。


『私は命を狙われることが多かった』


 その言葉から始められたのはラングがどうやって生きてきたのか、その半生の話だった。

 師事した男が処刑人(パニッシャー)だったこと、その弟子だからと奇異の眼で育ったこと。力を身に着けていけばいくほど命を狙われ、たくさんのストーカーに追いかけられたこと。

 その話の時点ですでにお腹いっぱいなのだが、まだ前哨戦らしい。


 いつでも死にますの証である冒険者証(ギルドラーカード)を得てからはさらにそういった襲撃が増え、最初は辞していた処刑人(パニッシャー)の任命もいろいろあって引き受けたのだそうだ。

 そしてラングが学んだことは一つだ。


『生かしておくと碌なことがない』


 命があれば改心をするなど現実にはあり得ない話であって、命ある限り別の悪行や迷惑を掛けられた。

 もしくは自身でなくとも他者へ害を及ぼした。ラングは若い頃、甘い考えや思想から見逃した者が別のことで他者を苦しめ、そして自身への見せしめにしてきたことを話して聞かせた。

 

『だから私は私に刃を向ける者は全て殺す。生かしてはおかない』


 はっきりと決意の含まれた声で言われツカサは言葉が出ない。

 ラングにそれだけの決意と覚悟をさせただけのことがきっとあったのだ。


『時にはパーティ全員を片づけたこともある。妻子を持つ者であれば妻子も』

『どうしてそこまで』

『私を狙うなら構わない。だが、敵わないと知った者は必ず周囲を巻き込んでいく』


 言わんとすることはわかる。


『復讐の芽は、摘むに限る』


 結論がそれなのだろう。だからラングは相手を生かさない、関わるのであれば妻子であっても手に掛ける。

 サイダルで犯罪歴を調べたとき、ラングは反応がなかった。世界を超えたからなかったのか、それともそれが【犯罪】ではなかったからなのか。


冒険者(ギルドラー)処刑人(パニッシャー)も、そういうものだ』


 ラングの生きた世界は、そうなのだ。ラングは常にその渦中に生きていた。

 ツカサにとって力を示すことも復讐に遭うことも遠い世界の話だ。


『冒険者としてお前が生きるのであれば、いずれ何かを捨て、何かを選ばなくてはならない時が来る。完全に息の根を止めることを私は推奨するが、お前は私にはない力を得ている』

『それが【変換】のスキル?』

『そうだ』


 ステータスウィンドウを開く。【変換】の文字をなぞる。


――― 変えることができる。


 詳細はそれだけだ。ツカサはラングへ顔を向ける。


『セルクスはこのスキルについて、なんて』

『あらゆるものを変えることができるスキルだと言った。だからこそ使い方を誤らないように導けと。それから、私があの女の始末を考えているのを見透かしていたようだ』


 恐らく、セルクスが何がしかをラングに言わなければ黙って片づけていたのだろう。

 急に頭が痛くなった。


『対処に困っているのならスキル使用者のツカサの気持ち次第だが、あの女に新しい人生を与えるのもいいのではないか、と』


 (セルクス)が言うのだ。ツカサにはそれが出来る。

 今までは物質と言語に対してしか使用していないこのスキルが人にも転用できる。だがそれは、もしかしてその人の人格を都合の良いように曲げることではないか。


『そんな大それたこと俺には出来ないよ!』


 人一人の人生を捻じ曲げる責任はあまりに重い。

 培ってきた人格も記憶も性格も、それを変えることが出来るのだと知って恐怖が湧き上がった。


『力の使い方は使用者による。剣が勝手に人を傷つけるか?違うだろう』


 いつになくラングが熱を持った声で諭してくる。常に冷静なラングの強い声は珍しくて、ツカサは不意に冷静さを取り戻した。

 物は使いようだという話はわかる。物はあるだけで、扱う人によって意味が変わるのだということも旅の間延々諭された。


『人の人生なんて、重いよ』


 高校生のツカサには人の人生を背負えるほどの度量はない。


『それが救いだとしてもか』


 俯いた顔をゆるりと上げる。ランタンに照らされたシールドがラングの顔を透かすような、透かさないような。見えることはないのだが輪郭の続きが見えるような気がした。


『あの女はこの世界には適応できまい。やがて自身が壊れるか、周囲を巻き込んで人を傷つける。お前とロナが巻き込まれたように』

『もしかしたら、そんなことにならないかもしれない』

『あれだけ言葉を重ね言い含められていたにもかかわらず、後を追い多大な迷惑をかけられているのが現実だ。夢を見るな』

『適応できないとか、傷つけるだろうとか、それを決めるのは俺やラングでもないでしょ!』

『あの魂は死に近いとセルクスは言った』


 どういう意味だ。ツカサは真っ直ぐに自分を見ているラングへ唇だけで問うた。


時の死神(トゥーンサーガ)は、近いうちにあの女の魂を還さなくてはならなくなるだろうと言っていた。このままでは死ぬという訳だ』

『なんでそんな話に』

『奴は自身が人の命を決めているのではなく、死んだら運ぶだけの船の役割なのだそうだ』


 そして、セルクスの眼には魂の軌跡が見えて、大鎌で誘い輪廻に還す。その循環を回すのが役目なのだそうだ。ラングは説明されたままにツカサに伝えた。

 だが目に見える軌跡は緩やかに伸びることもあれば、突然に切れてしまうこともある。それは生きる間に運命が変わるからだ。

 ツカサはその話を聞き、とにかく、人が自身の運命を良くも悪くも変えられるのだということだけは理解した。


『私がやらなくとも、今のままではあの女は死ぬ』


 それを変えられるのがツカサなのだ。

 あの一直線で人の話を聞かない性格を。この世界に適応できるような人格と柔軟さを。

 この【変換(スキル)】で与えることが出来る。

 奪うのではなく、与える。

 ラングはそこまで話して口を噤んだ。


 しばらく、ランタンの灯りだけが空間を支配していた。

 

 ツカサは言葉が出ず、ラングはツカサから視線を逸らさなかった。


『ちょっと、考える』


 立ち上がり、ドアへ向かうその背中にかかる声はない。

 外していた短剣のベルトを鷲掴み、部屋を出て階段を降りながら腰に装着する。


「お、ツカサ!なぁやっぱり一緒に飯食おうぜ?」


 手にたくさんの食事を持ったマーシが階下から賑やかな声をかけた。


「もう食べた」

「え、おい、どうした?」


 端的に返してその横を抜け、外へ向かう。とにかく今は一人になりたかった。




 当てもなく道を行く。

 夕飯時で屋台は賑わい、酒場や食堂からは良い匂いと共に酒の香りがした。

 吊るされたランプは火が入り足元を照らし、冷気を含み始めた風に本能的に体がぶるりと震えた。

 そういえばこの場所は雪が降るらしい。サイダルのような山間ほどではないが、それでも多少積もるのだそうだ。

 雪が降る前にジェキアに辿り着けるようにした方が良いとカダルから言われていたことを思い出す。冬支度は何が必要なのだろう。やはりマントのような物を準備した方がいいのだろうか。


「ツカサ」


 た、た、と軽い足音がして、名前を呼ばれ振り返る。


「ロナ」


 名を呼べば友達がほっと微笑んだ。癒し手らしい温かい雰囲気にツカサも肩から力が抜けた。


「どうしたの、ラングさんと喧嘩でもした?」

「違うけど、違わない」

「よかったらちょっと話さない?そろそろ肌寒いしそんな格好でうろうろしたら風邪ひくよ」


 ローブを着ているロナはある程度暖が取れる。ツカサの魔力の服は意匠こそ品が良いがその代わり見た目では薄地に見えなくもない。魔力を通すからなのか寒暖は丁度良く調整をされているものの、それを他者が理解するのは説明もなければ無理だ。

 はい、と渡されたのはマントだ。わざわざ持って追いかけてきてくれたのだろう。気持ちが嬉しくて有難く受け取って羽織、前で紐を結んだ。

 

「ツカサはもう食べたって言うから、僕の夕飯に付き合ってほしいな」

「戻っていいよ、ロナ。マントはちょっと借りるよ」

「良いから付き合いなよ」


 有無を言わさず手を引かれ、ツカサはロナに連れられて【ガチョウの鍋】に入った。

 珍しく二人だけの姿に店員も店主も驚いていたが、二階席へ案内してくれたのは助かった。

 ロナが食べたい物だけを注文し支払いを済ませる。食事が来るまで笑顔を絶やさずにこにこし、ツカサがやっぱり帰ると言い出すのを防いだ。


 食事と飲み物が揃うと笑顔を崩し、ロナは至極真面目な顔でもう一度尋ねた。


「何があったの?」




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