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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
新章 新しい生活

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1-13:先達の苦労を知る

いつもご覧いただきありがとうございます。


 授業は少しの間休みになった。魔導士科の鍛錬場にヒビが入り建物自体が歪んでしまい授業に支障が出たこと。剣術科に提供された魔獣の納品についても調査が進められたため、教師陣はそちらに時間を取られたこと。様々な状況から生徒たちには二週間(十二日間)の休暇が与えられた。


 剣術、体術などの自主鍛錬は許されたものの、魔導士は魔法を使う場所がなければ鍛錬が生活魔法となる。魔法が使えることを正式に公開したツカサが、照明魔法のトーチへの魔力制御と調整だけでも良い鍛錬になると進言し、採用された。トーチを置いて、それが消えるかどうかギリギリ小さなものにしたり、基本的にオレンジ色のそれを白くしたり、青くしたり、様々な工夫ができると言い、実際それを見た生徒たちは楽しそうだと夢中になった。ただし、魔法の暴発だけはしないでくれよ、と教員たちは厳しく言いつけていた。

 これはルーンに教わった鍛錬方法だ。食事を共にしたあの夜、軍人たちが見せてくれた色とりどりの魔法花火。これはその基礎なのだ。絵の具を混ぜるイメージとルーンは軽く言っていたが、ツカサもやってみたところなかなか技術が要る魔法なのだ。さすが、それを扱う軍人もまたプロなのだと感心したものだった。


 対応に追われた二週間(十二日間)で、朝の時間、昼を取りながら、寝る前の時間、ツカサは生徒たちと面談を改めて行った。それは二週間(十二日間)というそれなりに長い時間冒険者クラスとして勉強や鍛錬ができないことを丁寧に伝えるためでもあり、一部の生徒にどう生きてきたのかを聞くためでもあった。

 その対象者の内の二人、アレックスとマイカは治療が必要と判断され、医務室の上、病室に移動させられていた。


 魔封じ(待ち針)の刺されたアレックスは目を覚ましてからも暫く呆然としていて、食事すら取れない状態だった。もう魔法が使えないのだと思い込み、そのショックは言葉すら奪っていた。魔法が使えない状態を受け入れてもらってからでないとまた違う事態に陥りそうで、ツカサは根気強くアレックスに付き添った。毎日顔を出し、おはよう、おやすみ、言葉を多く掛けることはなく、ほんの数分滞在し、それだけを言い、病室を出ていく。自分がどうしようもない感情を抱えた時、吐露するのを待ってくれたあの人のように、それがアレックスにとって正解かはわからないが、アレックスがどういう状態でもそばにいるのだと気づいてもらえればいい。これには時間を掛けるしかなかった。


 メアリーとも話した。魔力に乱れはないがショックはあっただろう。そのケアも含めて保健医の同席の下、故郷でどう過ごしていたのか、と問えば、彼女は普通に話してくれた。


「ママが全部、選んでくれた」


 メアリーにとって一番いい服。メアリーにとって一番かわいい髪型。メアリーにとって一番体にいい食事。メアリーにとって一番いい友達。メアリーにとって一番いい環境。

 全部あなたのためよ、とメアリーのママは毎日髪を梳かしてくれたらしい。


「だから、次は先生が、メアリーにとって一番を教えてくれる、でしょ?」

「どうかな、俺はメアリーのママじゃないから」


 ツカサはどうすればいいのかわからなかった。メアリーの髪は毎日ふわふわだ。


「今、髪は自分で梳いてるの?」

「ううん、マイカが、やってくれる。マイカがいない時は、コレットが」

「……自分で好きな髪型にしたいとは思わない?」

「……どうして? ママが、メアリーはこれが一番、って言ったよ?」


 ここにママはいないんだよ。ツカサはそれをどう伝えようか困った笑みを浮かべた。


「冒険者クラスに、冒険者になりたいって言ったのはメアリーなんだってね。どうしてそう言ったのかな」

「メアリーの手を繋いでくれた人が、魔力があるなら冒険者になれるって、言った」


 そこも誰かに言われたからなのか。うん、そっか、とまずは受け止めて、ツカサは言った。


「メアリー、いつか君は自分で選ばなくちゃいけない時が来る。誰かがそばにいなくて、メアリー自身が考えなくちゃいけない、そんな時が来る。俺はその時、君がただ震えて死を待つことだけは避けたい」

「じゃあ、先生が決めてくれればいい」

「俺はずっと一緒には居られない。ゆっくりでいいから自分で決める練習をしよう。まずは、そうだね、髪を自分で梳かすところから」


 なんで、と理解ができない様子で、メアリーはぎゅっと唇を結んでそれ以上は話さなかった。ツカサはコレットにも手を出さないように頼み、翌朝メアリーは少しぼさぼさの髪で過ごしていた。見かねたコレットが櫛の使い方とヘアオイルの使い方を、自身の髪で教えたと報告があった。手は出しておりませんわよ、と胸を張るコレットを思わず撫でてしまい、失礼ですわ、と怒られた。コレットは本当に面倒見がいい。手を出さず、やり方だけ教える姿にツカサは目を細めた。


 アレックス同様、ツカサはマイカのところにも毎日顔を出した。これは乱れた魔力を元に戻すための治療があるからだ。もちろん、保健医の同席はある。むしろ居てもらわなければ困る。ツカサを前にすると大きく乱れてしまう魔力を前に、保健医が間に入って時々違う空気を入れる必要があった。マイカは自分でも困ったように笑った。背中を向けてもらい手を置いて、マイカの呼吸に合わせて魔力を馴染ませる。


「呼吸はゆっくり、今、魔力を巡らせてるのはわかる?」

「は、はい、なんだかじわぁっと温かいです。変なの、お湯が体の中を流れているみたい」

「本来はこうして循環をさせることで、体が魔力の出し方と、制御、調整を覚える。マイカはそれをせずに魔力を外に出しているだけなんだ。根本の乱れが落ち着いたら、この感覚を辿るようにやること」

「はい。……なんだか気持ちいいです」

「治療だから、そうかもね」


 魔力を注がれる感想をもっと話そうとするマイカに、集中して、とツカサは声を掛けて魔力の循環に集中させた。人に魔力を注ぎ込むのは本当に大変なのだ。シェイがいとも簡単にツカサの魔力を引き出し、魔法障壁を教えてくれたのがどれほどにすごいことだったのか。あの人は本当に人間離れしているよな、と一人思う。

 その治療を朝晩三十分ずつ、ツカサはディエゴにコツを教え、後を引き継ぐつもりだ。純粋な青の魔力を持つディエゴなら、マイカが拒絶反応を起こすこともないだろうし、生徒とはいえ少しずつできることを誰かに渡さなくてはツカサが他のことをできない。特に今のような状態では一人でも手が欲しい。一定量の魔力を注ぎ終わり、治療が終われば少しずつ雑談もできるようになった。


「マイカは今までどうやって過ごしてたんだ? この世界に渡ってきて一年くらいは生活してたんだろ?」

「はい、たまたま【渡り人(故郷の人)】に拾ってもらって、パン屋さんに住み込みで」


 じゃあ、朝は強かった? いえ、全然。そっか、と短い会話が少しずつ。マイカが何かを話したがっているのはわかるのだが、それが出てくるまでにはまだ時間を要するらしい。ツカサも急かすようなことは言わず、引き留められたら話を聞こうくらいでいた。だからその日もおやすみと伝えて病室を出た。明日はディエゴを連れて行き、そのまま頼むことになるだろう。


 十日目、ディエゴに夜から引き継ぐ日の朝、マイカの治療の後に顔を出した先で、アレックスが久々に声を発した。


「もう魔法使えないのかな」


 ツカサは立ち上がろうとしていた腰を下ろして、椅子に座り直した。じっと見つめていれば不安そうな子供の顔がこちらを向いた。にこりと微笑み、ツカサは布団を握り締める手に手を重ねた。


「使えるよ、でも、アレックスがいろいろ制御と調整をちゃんとできるようにならなければ、使えない力だ」

「……どこにもないんだ、このへんにあったのに」

「今は眠ってるだけ。覚えてる? それを思い切り外に出したから、マイカも、メアリーも、それを助けようとしたロドリックも怪我をした」


 こくり、頷く横顔がまるでアレックスではないかのように素直だった。なんとなく、険のある顔つきが丸みを帯びたような、そんな感じだ。実際のところ、食事もままならず痩せてきているのだが物のたとえだ。魔力酔いは気を大きくする。


「アレックス、魔力と向き合おう。その方法は教える。でもその前に、アレックスのことを教えてくれないか。何か手掛かりになるかも」


 ツカサの問いかけに暫く沈黙があった。重ねた手のひらから柔らかく癒しの魔法を注ぎ込む。アレックスだって全力で魔力を放出し、体が傷つかないわけがない。これからはこうして回路を直す必要があるだろう。これも、ディエゴに協力してもらえたらいいのだが。少々頼りすぎか。せめて報酬なりなんなり、用意する必要はありそうだ。


「俺、いじめられてた」


 ぽつ、とアレックスが呟いた一言にツカサは次の言葉を待った。アレックス曰く、よくある話らしい。気の弱い同級生を小突いたり、何か気に入らないからと軽い暴力から、時に痛いものまで。辛かったのは裏路地のごみ箱に放り込まれたことだったそうだ。そんなある日、アレックスは逃げている最中、ふっと足元が消えて落ちたことだけは覚えているという。気づけば草の上に座り込んでいて、遠くに建物が見えた。それがイーグリスだった。

 イーグリステリアの世界が消滅したのは恐らく、ツカサが転移したタイミングだ。アレックスはアーサー同様、世界が重なり合った時に渡って来たのだろう。落ちた時間、世界の消滅の時間、どこでどう時間が重なり合い、ズレたのかはわからないが、答えを持たないツカサには考えることしかできない。アーサーと違い魔法の力に目覚めていたのは、渡った先が理の強い場所(オルト・リヴィア)だったからか。今なら考えつくことも多いが、どれも今思案することではない。向き合えと言ったからには、自分も向き合わなくては。ツカサはアレックスにうん、と頷いて続きを促した。


「スーパーヒーローに憧れてたんだ」

「わかるよ、俺も英雄になりたかった。すごい力を手に入れて、悪い奴をやっつけたりな」

「わかってくれる? やっと選ばれたって、思ったよ」


 あぁ、わかるよ、ともう一度伝えて手を離した。アレックスは少し笑っていた顔から、また覇気が消えた。


「あんまり覚えてないんだよ。最後、体中が痛くて、向こうの方でロドリックが叫んでて、それで」


 ちら、とこちらを見るアレックスにゆっくりと頷き、聞いていると示した。


「……()()が、大丈夫、って言いながら、俺の体を支えてくれたことだけ覚えてる」


 魔封じ(待ち針)を施した瞬間だ。ツカサはアレックスの肩を優しく叩いた。


「悪かった、もっと早く教えてあげればよかったと今は思ってる。気づくだろう、気づいてほしい、と勝手に、試すようにしてた。アレックス、君の状態は魔力酔いって言って、大きな魔力を持つ人がなりやすい高揚状態なんだ。俺もなったことがあるよ」


 単語を繰り返し、アレックスは小さく頷く。


「それは制御と調整をできるようになれば起こらなくなる。それに、きちんと自分の力にすることができれば、スーパーヒーローにはなれなくったって、誰かのヒーローにはなれる」

「先生は? 誰かのヒーローになれた?」

「どうかな。ただ、俺のことを鍛えてくれて、見捨てないでくれた人たちのために、恥ずかしくない生き方をしようと思ってる。アレックスにはまだ難しいかな」


 俺にも難しいから、と付け加えれば、アレックスが少し笑った。


「アレックス、君はどうしたい? 君がよく覚えていなくても、君のしたことをみんなが覚えている。その中でもう一度立つのは辛くて厳しいと思う。ただ、それでも、君が覚悟を決めるなら、俺は手を貸すよ」


 決めるんだ、とツカサは続けた。いつだって決めるのは自分自身、まだ困惑している少年に畳み掛けるようで申し訳なかったが、それでも問いかけた。答えはいつまでも待っているなどと優しいことを言う気はない。アレックスはそろりと顔を上げた。


「誰かのヒーローになれるなら、頑張りたい。……でも俺なにしたんだろう?」

「ちょっとかなり乱暴者で自信満々で、態度がでかくて口の悪い、いわゆる悪ガキ、クソガキって感じだった。どっちも、君なんだろうけど」


 強く見せたいアレックスも、今ツカサの前で素直でいるアレックスも、どちらもアレックスだ。恥ずかしさと後悔で赤くなったり青くなったり忙しいアレックスをとりあえず横にならせて、ツカサは布団を掛けてやり、そのまま胸をトントン叩いて寝かしつけた。


「今のうちに覚悟を決めておくんだ。どんなヒーローだって、失敗はしてきただろ?」

「……ありがと、先生」


 面映い気持ちを抱きながら、ツカサはアレックスが眠るのを待ってから保健医を振り返った。


「食事を取らせてやってくれますか」

「えぇ、もちろん。対応します」

「ありがとう」


 先生とは、前に立つとは、本当に大変だ。ツカサは病室を出て、自分の前に立っていた師匠たちの背中を思い浮かべながら廊下を行った。

 


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