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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
新章 新しい生活

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1-12:教師としての覚悟

いつもご覧いただきありがとうございます。


 イーグリス学園では魔獣を相手取る実技演習というものも存在している。ツカサが呼び出されたのはその実技演習中、魔獣が暴れて手がつけられなくなったからだ。対魔獣の最大の戦力は冒険者、というのは、どこでも変わらない。なんだったら専門家でもある。

 手がつけられないものを持ち込むなという文句も言いたかったが、長年続けてきた慣習で今まで問題がなかったため、これは初めてのことなのだという。ツカサにとってはすっかり顔見知り、向こうにしてみれば友人、同僚となっている魔導士がぜぇはぁ走りながら状況を説明してくれた。


「昨年終息した【渡り人の街(ブリガーディ)事変】があるでしょう? あの時にダンジョンの外に出てしまっていた個体だったようで、同種だと思っていたら希少種だったんですよ」

「【鑑定】しなかったのか?」

「お恥ずかしながら、慣れが生まれてしまって、その工程を飛ばしたらしく」

「生徒を預かる学園としてはあるまじき、だな」


 本当に、と大きく頷き、また足が遅くなる。急がねばならないのなら、そろそろ置いていった方がいいだろう。ツカサは端的に尋ねた。


「場所と学科は?」

「西棟の、外鍛錬場、剣術科と、魔獣生態研究学科との、合同です!」

「わかった、先に行くよ」


 ツカサはすぅ、はぁ、と呼吸を入れて、ぐんとスピードを上げた。あっという間に置いていかれた魔導士はお願いしますぅ! とどうにか叫んだ。

 今日、魔導士科は休みの日で、皆が出払っている。たまたま残っていたあの教員の元へ救援を求めて生徒が飛び込んできて、移動経路上にいたツカサも呼びに来たという流れだった。

 近づけば悲鳴と、逃げてくる生徒の波があった。手にノートを持っているので魔獣生態研究学科の生徒かもしれない。逆走をするツカサの道を阻むようにこちらに押し寄せてくるのでさすがに邪魔だった。外鍛錬場というのでいっそ出ることにした。

 生徒の波を遮って窓を開け、ツカサは外に飛び出してまた走った。魔獣の雄叫びと悲鳴、鍛錬場にパッと駆け込めば剣術科の教員が一人で魔獣と渡り合っていた。二足歩行のでかい角の生えたアルゴ・コボルトが十五体ほど。その内の何体かはダメージを与えられている。守ることに注力しているせいで攻めきれず、防戦一方になっている。

 アルゴ・コボルトは体つきこそファイア・キングコボルトを思い出すが、あれよりは小さく、成人男性より少し大きい程度。だが筋肉質。武器は扱わず、鋭い爪で冒険者を襲うタイプらしい。あとで報告書を読んだところによると、本来は他種のコボルトや他の魔獣に比べ臆病な性格をしており、その俊敏性と防御力から剣術科は魔獣への対策を練っていく想定だったという。剣術科の生徒の多くが街を守る傭兵団への所属を目指すからこそ、魔獣への慣れが求められた結果の施策だ。毎回違う魔獣を用いて生態の研究と訓練に充てられる。今回はアルゴ・コボルト、その中に希少種のアルゴ・キングコボルトがいたせいできちんと群れを成し、厄介なことになったわけだ。倒れている学生を庇う教員、クラスメイトを引きずって逃げる生徒、それを狙うアルゴ・コボルト。


「慣れって本当怖い、な!」


 ドンッ、と踏み出した足で一気に氷を広げ、器用に生徒と教員を避けてコボルトたちを氷漬けにする。アルゴ・キングコボルトはやはり知恵がある。足元の氷に何度も爪を立てて砕こうとしていた。そうはさせるか。水のショートソードに魔力を込めて一線を描き、その首をさっと刎ねた。怪我人の状態からして時間を掛けるのは得策ではない。

 群れのボスが斃れればアルゴ・コボルトたちはおろ、と困惑する姿を見せ、ツカサはもう一度地面を踏むと捕まえたコボルトたちの体へ鋭い氷を刺し込んだ。即座にヒールを唱え、怪我人を治す。一周見渡して他に怪我人がいないこと、逃した魔獣がいないことを確認して駆け寄ってくる教員を振り返った。たった一人で群れを相手取り、場を持たせていた教員も腕をやられていたのだろう。血の跡があった。それだけで耐えていたのだからさすがだ。


「アルブランドー! すまん、助かった!」

「いったい何があったんだ。準備不足じゃないの?」

「否定はしない。あとで調査が入る。生徒の手当て、本当に助かった」

「血はすぐに戻らないから、しっかりと療養は必要だよ。悪いけど俺も医者じゃないし、馴染みも悪いと思う」


 わかっている、十分に助かった、と胸に手を当てて深々頭を下げた教員の腕を叩いて、ツカサはクールダウンの息を吐いた。死者はいないようでよかった。少しの間を置いて冒険者クラスの生徒が駆けてきて、言いつけを守らなかったことに多少いらつきを覚えた。それに対し文句を言う前に、ぞくりと肩から首に掛けて悪寒が走った。先程まで自分が居たところで、凄まじい魔力を感じた。魔法障壁に包まれているからか感じるものは微弱だ。けれど、魔法障壁から漏れ出ていることから、許容量を超えていることは分かる。


「魔力暴走……!? 誰だ、マイカ!?」


 ざっと冒険者クラスの生徒を見渡し、ここにいない人物にあたりをつけてツカサは再び呼吸を入れて走り出した。

 かくしてどうにか間に合ったものの、ツカサは大きな課題を抱えることになった。


「――まさかアレックスだったとは」


 医務室にマイカを運び、後から運び込まれてきたロドリックやメアリーの怪我の具合を再度確認し、魔封じ(待ち針)を施し眠り続けるアレックスを前に、ツカサは腕を組んだ。思えば、あまり彼らの背景を知ろうとしていなかったかもしれない。どのくらい前にここに来て、膨大な魔力があって、と知ることはできている。だが、故郷でどう生きていたのかをツカサは聞こうとはしていなかった。深く関わろうとはしていなかった。

 そうだ、ラングはマブラでツカサから故郷の話を聞き、こちらに対しての認識を改めてくれていたように思う。その後のダンジョンでの行動も、鍛錬も、それを前提にいろいろ変えてくれていた。


 ――君は相手の理解に甘えている節がある。


 ドキッ、と背が揺れた。それは、君を預かる、とヴァンに言われた際、刺された一言だった。そうだ、歩み寄りが足りなかったのは俺もそうだったんだ。ツカサは深呼吸してがっくりと項垂れた。


「すみませんでした」


 隣のベッドからぽつりと掛けられた言葉にツカサは顔を上げた。カーテンの向こうからロドリックが呟いたのだ。そっとカーテンを開ければ中で傍についていたディエゴが小さく会釈し、ロドリックはじっと天井を見つめていた。かたりと椅子を持ってきて横に座り、大人びた顔をした少年の胸を叩く。


「どうしてロドリックが謝るんだ? ディエゴからも、コレットからも、ロドリックがマイカとメアリーを助けに動いたことは聞いてる。ありがとう、助かった」

「止められなかった、もっと早く動けたはずなのに、俺は、躊躇したんです」


 ぐぐ、と手の先から震えを感じ、ツカサはとん、とん、と撫でてやった。それを皮切りにロドリックの体温が上がった。あぁ、泣くな、とツカサは目を細めた。大人びてはいてもまだ子供、自分よりもまだ柔らかいその肉体と精神に触れて、ツカサはようやくこの背伸びをしている少年を受け入れられた気がした。


「ディエゴの、魔法障壁の中で、助けを待とうと……!」


 もっと早く駆けつけていれば、もっと早く魔法障壁を出ていれば、アレックスを止められたかもしれない。目元を腕で覆い隠しながら絞り出すように懺悔するロドリックに、ツカサはかつての自分を重ねる気持ちだった。わかるよ、というのは簡単だ。けれど、それを言ってはならないのだと今ならわかる。ラングも、きっとそうだったのかもしれない。


「それもまた正しい判断だった。マイカとメアリーを助けようとした行動だって、正しい。正解は一つじゃない。大事なのは、自分で何をするのか、どうするのかを決めて、覚悟を持つことだ。決めたならそれを受け入れることだ。……それだって、厳しくて、辛いけど」


 こうする方がよかった、次はこうしろと助言はしない。いつだって正解はなく、正しい正義など存在しない。だからこそ、自分で選ばなくてはならない。それを今伝えることの厳しさを自覚しながらもツカサは続けた。


「何かを選んだ時、絶対に手に入れられない結果も、未来も生まれる。選ばなかった道が消えていく。ただ、自分で選んだその結果をしっかりと受け止めることが大事なんだ。ありがとう、ロドリック。お前の決断があったからマイカもメアリーも潰れずに済んだ。ディエゴ、一瞬の判断で魔法障壁を張ってくれてありがとう。あとは俺に任せておいて」


 小さな声で、はい、とロドリックが答え、ディエゴは今になって体が震え始めていた。二人の肩をそれぞれ撫でてツカサは椅子を持って離れ、カーテンを閉めた。男子二人、今になって様々なものが追いついてきたのだろう、ぐす、と鼻を啜る音がした。それは聞かないでおくのが優しさだろう。

 隣のアレックスに戻り、ツカサは魔封じ(待ち針)がしっかりと刺さっていることを確認した。アレックスとも目を覚ましたら話さなくてはならない。故郷で何をして過ごしてきたのか。魔力酔いの症状について、自覚はあるかどうか。ごめんな、もっと早くそうするべきだった、とこちらもまだ子供の額を撫で、ツカサはカーテンを閉めた。

 周囲に大人ばかりだったからこそ、ツカサは自分が一番年下だった。もう、その感覚でいてはならないのだ。自分が誰かの前に立ち、背中を見せていることを正しく理解した。立つ場所を間違えないようにしなくてはならない。

 保健医の見解ではアレックスは今日はもう起きないだろうというので、このままここで休ませることにした。ベッドの周りに魔法障壁を張り、待ち針がもしも抜けてしまった時に備えた。保健医にもし起きたら呼んで欲しいと頼み、隣の女子医務室に向かう。

 こちらは花が生けられていたりと患者のリラックスが心掛けられていた。コレットがカーテンを掴んで中を覗き込んでいるところに合流した。あっ、とこちらに気づいたコレットは他の生徒とは違い特注のフリルのブラウスの襟を整え、んん、と喉を鳴らした。ツカサは小さく笑い、尋ねた。


「二人はどう?」

「メアリーは元気ですわ、とても疲れて寝てますけれど。マイカも頭から出血がありましたけど、大事には至ってないそうですわよ。……よかったですわ」

「あの状況でも冷静だったって? よくやった」

「ワタクシ、優秀ですもの」


 ふん、と腰に腕を当てて尊大に笑いながら言い、コレットはちらりとツカサを見た。


「ツカサ先生、あなた癒し手なんですの? それとも魔導士なんですの? ワタクシ、これでも魔力には敏感な方ですけれど、全然気づきませんでしたわ」

「治癒魔法も使える魔導士だよ」

「……剣も扱われるのでしょう? どういうことなんですの?」

「どっちも扱えるように鍛錬してるから」


 ずるいですわ、と言われ、努力したんだ、と真っ直ぐに答えた。コレットはウェーブの掛かった髪をふわりと払って、まぁ、いいですわ、とマイカに視線を戻した。


「魔力って本当に怖いものですわね。ワタクシの商会にももちろんおりますけれど、マイカやアレックスのように強い魔力持ちはいませんわ。ですから、ここまでとは思いませんでしたの」

「スカイの人は自然にそれとの付き合い方を覚えられるんだ。俺自身が【渡り人】だから言える話、【渡り人】にはそれに触れる機会がなかったから、わからないんだよ」


 ふぅん、とコレットはコツンと磨かれた革靴を鳴らし、ツカサへ体を向けた。


「ですが、先生とメアリーはきちんと扱えておりますわ。それをアレックスとマイカができないわけはないと思うのですけど」

「俺は状況が特殊だったからね。誰かができるから、誰かも、という考え方は危ないぞ」


 むぅ、と唇を尖らせ、コレットは扇子を開いた。ツカサはふっと笑って肩を竦めた。


「コレットも休んだ方がいい。魔力なしが魔力に晒されるのもきついだろ。兄さんが魔力なしだから、そういうのが辛いのはよく知ってる」

「お言葉に甘えますわ。もし、何かご入用でしたら商会から取り寄せますけれど」


 それは魔封じに関わるものや、魔導士科の鍛錬場の修理材ということだろう。ツカサは首を振り、コレットの肩を叩いた。


「気にしないでいい、学園側がそれを直すために、補修費込みで学費取ってるから。イーグリスの税だってそうだ。それに、魔封じは俺が使える」

「……そうですの」


 コレットは扇子をぱちりと閉じてくるりと扉に向かって歩き出し、出ていく前に振り返った。


「素朴な疑問なのですけれど、なぜ魔法が使えることを黙っていたんですの?」

「誰か気づくか試すためと、最大の能力は隠しておくべきだ、と教えてくれた人が居てね」

「性格の悪い方ですわね」

「【快晴の蒼】っていうんだけど」


 ぎょっとした後、コレットは視線を泳がせて小さな声で呟いた。


「……聞かなかったことにしてくださいまし」

「言わないよ」

「お礼を言っておきますわ。ごきげんよう」


 まったく、あの子はどういう目線でものを言っているのだろう。いっそ笑ってしまったツカサに、コレットはそそくさと医務室を出ていった。生徒との会話が終わったのを見計らってこちらにも居た保健医がそっとカーテンから顔を出した。目が合い、お互いに一度苦笑を浮かべてからマイカへ視線をやった。


「マイカとメアリー、どうですか?」

「メアリーさんは一晩眠れば大丈夫だと思います。マイカさんも、怪我自体はアルブランドー先生が治癒されていますし、頭をぶつけていたのも、内出血もなく、本当に不幸中の幸いでした。ただ、魔力圧に中てられて、マイカさんの魔力に大きな乱れが視えます。少しの間気をつけて、整えるようにしなくてはならないと思います」


 ツカサはじっとマイカを眺めた。基本、魔力というものは体の中心、ツカサは鳩尾あたりから広がるのを感じるのだが、マイカはそれがぐにゃぐにゃと歪んでいるように視えた。これはかつてツカサがサイダルで魔力を通された時の乱れに似ている。あの時、高熱を出したツカサと同じ症状がマイカにもこれから起きるのだろう。強い魔力を持つとはいえ、ツカサとは違い気を失ったマイカは無防備だった。アレックスの魔力に潰され、赤に赤が混ざり、拒絶反応が起きる。ツカサは自身のほとんど青になった魔力を眺め、そっとマイカの肩に手を置いた。


「アルブランドー先生?」


 すぅ、ふぅ、と深呼吸。手のひらに血液のように循環させた魔力をジワリと通し、マイカの乱れた魔力の流れを敢えて創り直す。ツカサの方に追いやられてくる赤い魔力の流れ、こちらに拒絶反応が起きることはないが、一気にやり過ぎてもマイカの体に負担だろうと本能的に察する。手をどかしもう一度確認、乱れてはいるが先程よりは多少マシ、といったところか。保健医はまじまじとそれを眺め、感嘆の息を零した。


「素晴らしいわ、魔力操作が本当にお上手ですね……」

「師匠がよかったんです」

「暫く、これ続けてあげられます?」

「もちろん、そのつもりです」


 そこに引いた一線を踏み越え、ツカサは今日、彼らと最後まで関わると決めた。




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