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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
新章 新しい生活

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1-9:問いかけ

いつもご覧いただきありがとうございます。


 三十人中、五名が離脱することが決まった。戦闘の得手不得手は仕方がなく、やれると思っていた者でも自分が叩かれ、泥まみれになることで越えられない壁があることに気づく。そういう者たちの良いところは想像力があることだ。叩かれる、斬られる、怪我は痛い。炎は熱い、焼ける。風は鋭い、切れる。その先に明確な死をイメージできるからこそ、体が震え、動かなくなる。冒険者として立てる者は、それを克服できる者だ。


「それは大事な気づきだ。何に対しても最悪の事態を想定しつつ行動できることは、生存率を上げる。ただ、それが強すぎて体が強張って動かないとか、足が固まって逃げられないとか、そういう事態は防ぎたい。時間と慣れ、できるところからやっていく、そうした方法でも恐怖を和らげることはできるけど、そこまで理解しているなら移籍は止めない」


 ツカサがそう伝え、五人が悩んだ末、移籍願いを提出してきた。移籍先の多くは経営学や歴史学で、戦闘から離れたものを選んでいた。二度と冒険者ができないことは納得しており、ただ、冒険者の空気感は好きだから、冒険者ギルドの職員を目指したい、と違う夢を見つける子もいた。ツカサは自分の道をぼんやりながら定めた生徒に対し、座学の席は空けておく、いつでも参加しなさい、と笑った。冒険者ギルドの手は常に足りていないので、冒険者への理解を持つ者が入れば、それはそれで助けになれるだろう。気づいた恐怖心や死の危険性を伝えられるところもまた、冒険者を見送る職員としては重要な素質だ。

 ただし、このクラスを捨てるのだから、先は厳しいぞ、と釘も打った。わかっています、と返ってきた言葉に、一人になってからそっと胸を撫で下ろしたものだった。


 新学期が始まって一か月、友達グループもある程度固まってきた頃、ツカサは一つテストめいたものを出した。あなたは冒険者です、こういう時、どうするか? といった形式の、正解はないが傾向と発想と機転を確かめるものだ。項目は多く、特に相談することも止めなかった。ツカサはそれをやっておいて、と教室を出ていき、後を任せてみた。教室の外で懐中時計を開き、二時間後に戻ることを決める。せっかくなのでこの時間で食堂を経験してみようとのんびり足を向けた。


 午前十時頃、食堂は人がまばら、生徒よりも朝のひと仕事を終えた職員や、午後の授業に備える教員ばかりだ。ツカサは天井が高く、窓からの明かりだけでもとても明るい食堂に居心地の良さを感じた。先生、初めてだね、と声を掛けられ、ティーセットを頼んでみた。スカイの紅茶にワッヘル、小さなパンケーキのセットだ。なかなか豪華だなぁと思いながらそれを手に日当たりの良い席に座り、手を合わせる。外はカリッとしたワッヘルは、中はふんわりもっちり、ミルクの香りが強くて小麦粉の甘さを感じる。ストレートの紅茶が舌に残った甘みを流していけば、鼻を抜けるミルクの香りと相まって心地いい。パンケーキは薄型のもっちり生地、こちらはぽふっと載せられていたクリームといただく。さらっと溶けていくあっさりとした生クリームだ。じゅわっとパンケーキに沁み込んでしゅわっとした舌触りが不思議だ。どちらも美味しい。家にいる三人にも食べさせてあげたくなった。後で持ち帰りができるか聞いてみよう。


 ぺろりとティーセットを平らげて二杯目の紅茶で一息つく。まだ一時間半ほどあるので少し思案に耽ることにした。

 先日の座学の講座の翌日、ロドリックとディエゴ、マイカという珍しい組み合わせで話がしたいと声を掛けられ、何事かと別室で時間を取った。

 曰く、マイカの魔法の練習に付き合うことになった。魔導士科の鍛錬場を借りたいのだがどうすればいいか。いったい何があってそうなったのかはわからないが、人を変えて教えてみるのはありかもしれない。とはいえ、突然の魔力暴発でロドリックとディエゴの二人が怪我をしても困る。ツカサは鍛錬場の貸し出しはこっちで手配する、週に決まった曜日、時間でやってみること、と三人に言いつけた。そうすれば、ツカサがその時間の前に、もう一枚魔法障壁を鍛錬場に張れる。いざという時に備え、教員室に残ればいい。これが部活動の顧問の先生かと一人考えながら、目の前で淡々と了承を返す男子と、シャキリと返事をする少女に頷いた。魔導士科の教員に確認をしたところ、二つ返事で許可は出たが、授業外で鍛錬する者も多いので、調整に少しだけ時間が欲しいと言われている。初日のあの暴発は誰から見ても危険なのだ。


「魔導士科の生徒と交流もできれば、技術的には助かるんだけどな」


 ロナ、エレナ、シェイとそれぞれ得意の違う魔導士から教えを受けた身として、多角的に習うことの重要さは知っている。それもまた、まずは暴発の危険がなくなってからだ。ぼんやり考え事をしていれば残り三十分程度まで時間が経っていた。厨房に声を掛け、持ち帰りが可能かを尋ね、アイテムポーチに時間停止機能が付いているかを確認された。食中毒が心配されているらしい、付いていると答えたら許可が出たので、三人分頼んだ。


「先生、そんなに食べるのかい? 甘党なんだなぁ」

「家族が三人、家に居るんだよ」


 あぁ、パーティメンバーか、と笑って、授業終わりに持って帰れるようにしておいてくれると言ってくれた。


「もしよかったら先生の授業の見学にも連れてきたらどうだ? 結構いるぞ、遠方からご両親を招待したり、子供たちに自慢したり、臨時職員になって仲間にご馳走してる冒険者先生。それもまた特権だからな」

「なるほど、聞いてみるよ、ありがとう。また後で来るね」

「はいよ、頑張れ先生!」


 ここで時間を潰して授業から逃げているように見えたのか。ツカサは苦笑を浮かべ、教室へ戻った。

 気配を消して扉の前に立てば、中では様々な議論が交わされていた。狙い通りだ。見張りがいなくなれば必ず隣同士相談が始まり、最後は教室中でやり取りがされるだろうと思っていた。敢えて席を外す、これはヴァンとラダンから教わったやり方の一つだ。

 話の内容からして【あなたから見て、確実に勝てない相手・魔獣に対し、仲間が突撃して行こうとする。どうするか】という項目だろう。どうやら、止める派、見捨てる派に分かれているらしい。


「相手の力量が見極められないのは、冒険者としては致命的だ。その面倒を見て巻き込まれるのは、物事を見極めている方に不利益になる」


 お、これはロドリックだな。現実的な見解で何よりだ。ツカサはよっこら廊下に座り込んで壁に背を預けた。


「――それって、仲間を見捨てるってこと? それこそ冒険者としてどうなの?」


 教室の中、半数以上が席を立った状態で答案用紙すら置いて声が飛び交っていた。マイカはロドリックの発言に対し疑問を問いかけた。見捨てるという言い方には眉を顰めたものの、否定はないらしく肩を竦められ、さらに問い詰めようとしたマイカの声を、小ばかにしたような音が遮った。


「そもそも、ワタクシならそんな頭の悪い冒険者とは組みませんわ」

「それには同感だぜ」


 お嬢様な話し方はコレット。同意はアレックス。


「俺だってロドリックだってそうだ。ただ、この質問、組んだ後を想定して問いかけられている項目だろ。その前提でどうするかって話をしてるんだ、論点をずらすなよ、馬鹿か」


 ディエゴが呆れたように言えばアレックスが何だとテメェ、と机を叩いた。コレットはふん、と腕を組んでそっぽを向いた。喧々諤々意見交換は続く。マイカは冒険者なのだから手を取り合う必要があるだろうとロドリックに詰め寄り、ロドリックは冷静に見極められないことが悪いと譲らなかった。ディエゴはアレックスに絶対お前潰してやるからなと宣戦布告され、雑魚がうるさい、と煽り、周囲のクラスメイトに引き剥がされていた。コレットは如何に自分が厳しい条件で仲間を募るかを朗々と語り、ちょっと、聞いていますの? と空気を読まずにアレックスの肩を扇子で叩くなどしていた。


「なんで、こういう質問を、ツカサ先生がしたのか、だよ」


 ぽつ、と呟いたシモンの声が、小さな波紋となって広がった。じりっと視線を注がれて、シモンはぶわっと汗をかいて顔を俯かせた。


「どういうこと?」


 マイカの問いかけに、シモンはえっと、と言い淀んでからぽつぽつと話した。


「だって、あの、質問がちょっと、変だから。【迷宮崩壊(ダンジョンブレイク)が起きた、あなたはどうするか】とか【魔獣暴走(スタンピード)に巻き込まれた、どうするか】とか。【あなたから見て、確実に勝てない相手・魔獣に対し、仲間が突撃して行こうとする。どうするか】とか。……あの、全部、何ができるか、じゃなくて、どうするのか、って書いてあるのが、気になるんだよ」

「……言われてみればそうだな」


 冷静に受け止めてみせたのはロドリックだ。議論の方向性が変わってきた。

 その質問を作成した張本人は、そろそろかな、と懐中時計を確認し、立ち上がって深呼吸、消していた気配を戻して扉を開けた。


「はい、お疲れ。集めるよ」


 議論するだけして書いていない者もいた。書いて提出したいと素直に言った生徒に関してはそれを了承し、今日中に提出に来るように言いつけた。それを集めて、ついでにディエゴも連れてこいと言えば、指名されたロドリックは心底嫌そうな顔をしながら頷いた。マイカが私も、と挙手したが君の鍛錬のことでディエゴと話しておきたいのだとツカサは断った。ロドリックはマイカを断る意味もわからなかった。


 夕方、授業が全て終わり解散となった後、答案用紙をまとめてロドリックはディエゴと共に教員室のある棟へ向かった。学生向けの棟とは違い、こちらはカーテンの質が高かったり、足元に敷かれた絨毯が柔らかい。教えを与える者に対し、学園が敬意を払っているのだ。アルブランドーと書かれた表札に親友と顔を見合わせ、ドアをノックした。


「どうぞ、鍵は開いてるよ」

「失礼します」


 一応の敬意を持って礼をしながら入れば、教員室の中も綺麗だった。かなり上等な宿というか、ロドリックは見たことはないが貴族の部屋っぽいというか、それほどに整っていた。本棚にしっかりした執務机、コの字に置かれたソファ、ローテーブル。夕陽の差し込む光の中で紅茶を淹れるアルブランドーがいた。


「座って、紅茶をご馳走してあげるよ。味は保証しないけど」


 促され、ソファに座った。カチャリと紅茶を置かれ、冒険者がポットやティーカップの扱い方を知っていることに驚いた。冒険者というのは、地べたに座り、落としても割れない木製コップで白湯や酒を呷るような人種のはずだ。持ち運べる荷物の関係性でそうなるのも仕方ないのだが、これは意外だった。


「まずは答案用紙預かろうかな」

「……どうぞ」

「ありがとう」


 枚数を数え、全員分あることを確認すると執務机の上に置き、アルブランドーは上座の一人掛けソファに座った。斜めの位置にいるのでロドリックたちは少し右を向く形になる。アルブランドーはゆったりと紅茶を飲み満足気な様子で頷き、ちらりと二人が持たないティーカップに視線をやってから紅茶を置いた。


「マイカの鍛錬に付き合ってくれるって話、あっただろ。魔導士科から使用許可が正式に降りた。メレの夕方十七時から二時間だ。その間、俺もここで作業してるから何かあれば駆けつける」

「わかりました」

「鍛錬場で一緒に見ない理由は?」


 淡々と答えるロドリックの横から窺うようにディエゴが尋ね、アルブランドーは目を細めた。


「マイカが俺に対して緊張感というか、そういうのを感じているから、クラスメイトの気安さに頼りたいのと、本人が選択したことを邪魔はしたくない。鍛錬場には居なくても把握はできるから問題ないしな」


 とにかく、メレの十七時から二時間、時間は把握した。話は終わりか、それなら部屋を辞すと口を開く前に、アルブランドーはとんでもないことを言った。


「ディエゴ、今度一緒に冒険者ギルドに行かないか? 会わせたい冒険者がいるんだ」

「冒険者ギルド? 誰ですか?」

「【真夜中の梟】っていう、向こうの大陸(スヴェトロニア)の金級冒険者。そのリーダーのロナって人。俺の友達なんだけど、腕の良い癒し手で、魔法も上手い。鍛錬を怠らないから杖術とかも扱える。ディエゴにはいい刺激になると思うんだよな」


 思わぬ提案だった。素直に喜んでいいのか、困惑すればいいのか、ディエゴは分からない様子で一瞬腰を浮かせ、座り直し、アルブランドーとロドリックを交互に見遣り、最後にティーカップに視線を置いた。なるほど、ディエゴは魔導士として実力がある。そのため、一人次のステップに進めるわけだ。ロドリックは親友の実力が認められたことに強く頷いた。加えて、マイカを呼ばなかった理由も察した。マイカの実力では紹介ができないのだ。アルブランドーはゆっくりとした口調でさらに続けた。


「旅慣れしているし、海を渡って来るくらい行動力もある。ディエゴは杖とか使わないけど、それが一つあるだけでどう違うのか、聞くだけでも変わると思ってさ。それに、剣士のマーシと二人パーティだから、どうやって魔法をやり繰りしてるのか知るのも、視野を広げられる」

「剣士がいるのなら、俺も、ぜひ」


 ロドリックが身を乗り出して名乗りを上げた。クラスの中でも剣術のレベルが高い自覚はある。今後ディエゴとパーティを組むにしても、いい参考になるだろう。そう思った。それに対し、アルブランドーは冷ややかに微笑んだ。


「君は、俺の友人を紹介するに値しない」


 ピシャリと叩きつけられた拒絶に少年二人は絶句した。




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