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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
新章 新しい生活

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1-8:学生の姿

いつもご覧いただきありがとうございます。


 イーグリス学園の寮は一人部屋と二人部屋がある。金額的にも差があり、働きながら通う学生の多くは二人部屋で、ベッドと机、クローゼットがそれぞれにあるような部屋だ。一人部屋は同じ設えで少しだけ広い。

 冒険者クラスの生徒は二人部屋だ。部屋組は学園側が勝手に決めて、ツカサは関わらなかった。とはいえ勝手に入れ替えをする生徒もおり、仲良くなった人と同部屋にするため、交換している者も多い。トイレと風呂は共用だがどちらも綺麗だ。使い方のマナーは厳しく言いつけられ、扱いの悪い者には罰則がある。他者に迷惑を掛けるな、という規律はここでも学ぶことになる。


 その日、休憩を挟みながら朝から午後四時まで続いた座学で、話の終わりを眠そうに待つ者と、真剣に耳を傾ける者で大きな差が表れた。移籍をしたいと言った生徒の中に、もう少し頑張りたいと目に力を灯した者たちがいたのだ。あとは個人面談だから解散でいい、と皆が寮へ仕事へ促された後、個人面談をした生徒たちが前よりも顔を上げて戻ってきたことをロドリックは訝しんだ。洗脳か何かかと、思わず呼び止めて面談の内容を問い詰めてしまったほどだ。

 捕まえたのはクラスの中でもそれなりに内気な少年、名をシモン。イーグリスで実家が飲食店をやっていて、仕入れのためにダンジョンへ行くことを目的に冒険者クラスに入学を希望し、それが通った。ただ、魔法が使えるほどの魔力はなく、その手に武器を持たなくてはならず、実際にそれの扱いが難しいことに心折れかけていた。鍛錬とはいえ武器を相手に向けること自体怖いらしく、教師であるアルブランドーは人を斬れない不思議なショートソードを貸してまずは試し斬りをさせたりと心を砕いていた。そうした時間の掛け方すら、ロドリックには無駄なことのように思えた。そのシモンが面談の後からやる気に満ち溢れているようだったので不思議だったのだ。

 意図せず壁ドンの形になり、シモンは自分より身長の高いロドリックに困惑し、肩を縮こまらせて怯えた表情でそれを見上げていた。横で見守るディエゴの姿もあり、まるでカツアゲだ。


「あいつと何を話した」

「え、え……、何……?」

「ツカサ・アルブランドーと何を話した」


 寮の廊下での壁ドンに、興味津々にそれを見ながら通り過ぎていく生徒たちに救いを求め、見捨てられ、シモンは震える声でええと、と答えた。


「何って、進路について……、冒険者クラスを続けるか、どうかの」


 本当か? と問うように眉が上がり、シモンは何度も頷いた。ディエゴが横から口を出した。


「で、移籍するのか?」

「しない、よ。冒険者クラスの狭い門を潜れた幸運もあるし……。俺だって、きっと」


 ぎゅっと腕に抱えた参考書。経営学と書かれたそれに、逃げ道はしっかりと持っているじゃないか、とロドリックに呆れが浮かぶ。視線に気づいたシモンはカァッと赤くなり俯いた。その様子に壁についていた手を退けて腕を組んだ。


「あいつは恵まれていただけだと言っただろう。よそ見をするくらいならすっぱりと諦めたらどうだ」

「君には、関係、ないだろ」


 ムッとした顔で小さく文句をつけ、シモンはロドリックを押し退けて自室に駆け込んだ。はぁ、と溜息をついたのはディエゴだ。


「アルブランドーの奴、厄介な話をしたな」


 本当にそうだ、とロドリックは思い出して腹立たし気に拳を握り締めた。

 アルブランドーが話したのは、かつて自分が戦う力を持たなかったただの少年であったこと、本当に運に恵まれただけではあるが、よい師匠を得て、力の使い方を学び、今こうして皆の前にいるということだった。選択と行動に責任と覚悟を持つこと、それが如何に難しく、厳しいことかを学んできたこと。自分ができるのはそうした小さな道標のお裾分けと、生き残るための術だと語った。

 大事なのは覚悟だと言葉を変え、何度も口にしていたことからそれが本題なのだろう。自身の経験談を皮切りに、自分の全てに責任を持て、他者に委ねるな、と、移籍を考える者や力の扱いに自信のある者、様々な葛藤への楔も忘れず、アルブランドーは語りを切り上げた。

 そこからパーティを組む際の注意点に戻り、逆にどんな人物と組みたくないかを想像させ、自身がそうならないようにするようにと気づきを与えたり、なかなか口が上手かった。


「俺がそうしてもらったように、教えられることは教えてやる。でもそれは、覚悟を持って求める者にだけ与えられると思ってくれ。これは俺の大事な時間を使っていることであって、俺が君たちに頼んで時間を貰っているわけじゃない。ただ、まぁ、できれば、この機会を生かしてほしいとは思う」


 その言葉は移籍を考えていた者の心を打ったらしい。学園がどういう基準で選んだのかは開示されていない。アルブランドーもはっきりと知らないと言った。だからこそ、確かにこの場と機会を得ている自分たちは運がいいのだと気づかせた。それがシモンのように残留を決めた理由だ。

 ロドリックとしては、適性のない者を引き留める行為がわからなかった。腕は悪くない、アイテムにも恵まれたのだろうあの男は、なぜこんな無駄なことをするのだろうか。自身の評価のためか?


「冒険者の生存率を上げたいのなら、腕の良い冒険者をただ育てればいいだけだろうに。移籍するなら空いた席にもっと適性の高い奴を入れればいい」

「同感だな。シモンだって、あんな調子じゃ冒険者になった途端死ぬだろ」

「そうだろうな」


 考えていることがわからない。非効率だ。【快晴の蒼】は何を考えてあいつに教師を任せたのだろう。考えても答えは出るわけもなく、ロドリックはディエゴに促されて夕食を取りに食堂へ向かった。


 学園の食堂は大きく、そして美味い。学費として既に金を払っているので、ここでは注文するだけで食事が出てくる。そのため、学生は食べねば損とよく食べる。特に育ち盛りの若者であればこそ、夜食だって食べても足りないくらいなのだ。体を動かす学科の生徒は日に何度も足を運び、エネルギーを求めた。ただし、残したら二度と大盛とおかわりは頼めない。食事を大事にすることを口酸っぱく料理人から注意される。小さなことかもしれないが、言うことを聞かずに何度も残して食事を無駄にして退学になった不名誉な奴もいたらしい。それは俺だよ、本当に仕事探しに困ったんだ、と今は厨房のナンバースリーが実体験を交えて忠告してくる。興味がある奴は全部聞かせてやるから声を掛けろとナンバースリーは胸を叩き、遊んでる暇があれば芋の皮を剥け、と上司に怒られる光景もこの食堂の名物だ。あまりにも哀れで料理長がわざわざ拾いにいった本当の意味でどうしようもない奴、と言われているが、だからこそ恩返しの意味でも腕を磨いた変な経歴の男だ。


 この食堂ではイーグリス近隣の五つのダンジョンでドロップする素材が使われ、メニューも豊富である。この素材は間引きパーティが納品したものが多く使われている。

 スカイの食事、ワーテルーイから【渡り人】の故郷の食事を再現したものまで幅が広く、日替わり定食もある。厨房に声を掛けて注文し、お盆でもらい、食堂にずらりと並んだ横長のテーブルに座り、食べる。今日の日替わりは魚介のスープだった。エビ、ムール貝、ジャガイモ、トマト、ニンニク、それにハーブ類と白ワインで作るものだ。これにパンが基本二切れ、ロドリックは四切れに増やしてもらっている。トマトの赤みと酸味、魚介の濃厚な出汁と白ワインの少し大人な味付けが好き嫌いを分けるが、ロドリックは好きな方だ。ディエゴは海鮮が苦手なので緑色のスープにパンをつけている。これはジャガイモ、玉ねぎ、ニンニクを使い、緑の葉をたっぷりと入れ、輪切りにしたソーセージが入っている。どちらもニンニクが使われているのでいい香りで体力がつくような気がした。少しだけ塩味が強いのも食事が進む。ちょうど夕食時、わいわいと学生の声で賑わう中、美味い食事に舌鼓を打つ。ディエゴが食事の合間に呟いた。


「そういえば、アルブランドーは教員寮に住んでいないらしいな」

「あぁ、教員室だけだとか。イーグリスに家があるとは聞いているが、西街以外で空きなどあったか?」

「さぁ、冒険者が引き払って、運が良かったとか?」


 アルブランドーは食堂に興味は惹かれているようではあったが、弁当を持参しており教員室で食べている。それを手に、食堂で一緒に食べよう、と生徒に声を掛けてくるほどの歩み寄りはない。親しいように思えて突き放すところは突き放し、自分の懐に入れようとはしない態度が絶妙に思えた。


「なに? ツカサ先生の話?」


 ことりとお盆を置いてロドリックの隣に座ったのはマイカだ。今日も黒髪を上の方でぎゅっと結んでいる少女は首を傾げていた。


「座っていいとは言ってないぞ」

「同じクラスでしょ、それにツカサ先生の話をしてた。私ツカサ先生の話が大好きなの」

「俺たちは別に、好きで話してるわけじゃない」


 ディエゴが疲れた様子で言えば、マイカはきょとんとしてスプーンを持った。ディエゴと同じ緑のスープだ。堂々と座り込んでぱくりと食べ、美味しい、と顔を綻ばせる。


「なんで嫌なの? ツカサ先生。良い人じゃない?」

「良い人? どこがだ」

「真っ直ぐで、いろいろ教えてくれてるじゃない。自分の失敗談とか、頑張った話とか」

「そんな上っ面だけで良い人だなんてよく言えたもんだな」


 ディエゴが信じられないと言いたげに鼻で笑い、マイカに睨まれる。


「ずっと不思議だったんだけど、君たちはどうしてツカサ先生にそんな態度なの?」

「関係ないだろ」

「あるよ、クラスメイトでしょ? 教室の中の空気は悪くない方が嬉しいよ」


 そのスープ美味しい? と問われ、ロドリックは美味い、と答えた。


「教室の空気の件なら、俺たちに絡むよりも先にアレックスに注意したらどうだ」


 【渡り人】の中でも魔力が高く、魔法の威力もあり、それを効果的に人を脅すことに使う少年。向こうの方で他科の生徒を押しやって広々とテーブルを占拠し、取り巻きと大声で笑っている。食事だけは無駄にしないので、食堂から出入り禁止などにはされていない。そういう許されるラインを見極めているところもまた質が悪い。マイカは困ったように息を吐いてスープをぱくりと食べた。


「やめなよ、とは言ってるんだけど。ほら、私なかなか制御と調整ができなくて、聞いてもらえないんだ」


 あぁ、とディエゴが小さく頷き、ロドリックは最後のパンで器の中を綺麗に撫でた。確かに、技術的な面で言えばマイカはアレックスに劣る。ただ撃つだけ、ただ出すだけではそれは災害であって魔法ではない。アルブランドーは随分頭を抱えていたように思う。だからさ、とマイカが少し身を乗り出した。


「ディエゴくん、私に魔法教えてくれない?」

「なんでだよ、アルブランドーに聞けよ。そのための教師だろ。腕のいい魔導士の知り合いを謳ってるし、言葉だけでもちゃんと指導はしてるだろ、あいつ」

「そうだけど、私はそのシェイって人を知らないんだもん。それにほら、ツカサ先生だって教え方上手くても、受け持ってる人数多いし、私だけに時間を割いてもらうのも……。私、びっくりさせたいんだ」


 もじもじとマイカはスープを混ぜて小さく微笑む。


「憧れの人だから、褒められたいっていうか」

「前に会ったことでもあったのか?」

「秘密! 私だけの思い出」


 言葉の真意を知りたくて問えば、マイカは笑って誤魔化した。それで、どう? と改めて問われたディエゴはロドリックを見た。どうする、親友。そう尋ねたいのだと分かりロドリックは腕を組んだ。


「このままだといつ巻き込まれるかわからないしな、アルブランドーの手が回っていないところを助けるのは癪だが、ディエゴが大変でないならいいんじゃないか?」

「ロドリックがそう言うなら、まぁ、じゃあ、少しだけ」

「ありがとう! よかった! いつからやろうか!」


 パッとロドリックの腕を叩き、向かいのディエゴの手を取って握手し、ぶんぶん振り回し、マイカはわくわくと忙しなく次を求めた。


「落ち着け、そうするにしてもアルブランドーに一応の声掛けは必要だ。そういうことを蔑ろにすると、あとでディエゴに迷惑が掛かることもある」

「それじゃあ、秘密の特訓にならないよ」

「あいつがどうなろうと知ったこっちゃないが、最終的に学園に迷惑が掛かるのは嫌だ。お前の特訓もそういう理由だぞ。学園を壊されては困る」


 ロドリックの言葉にディエゴも頷き、望む形ではないがマイカも頷いた。


「明日、アルブランドーに話してから特訓日を決めよう。魔導士科の鍛錬場も申請をしないと使えないからな」

「あ、そうか、それもあったね。忘れてた、ありがとう!」


 違う意味で不安を抱いたが、ロドリックとディエゴは二人、顔を見合わせて肩を竦め合った。



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