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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
新章 新しい生活

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1-7:座学に挑んで

いつもご覧いただきありがとうございます。


 ルフレンに揺られながら帰宅すれば、その日の夕飯はアーシェティアによる豪快な魚料理だった。大きなフライパンに魚と貝がどんと入れられ、白ワインとハーブで作ったアクアパッツァのようなものだ。軽く焼かれた魚の香ばしさと塩味が利いていて美味しかった。これをパンにつけるとスープをしっかりと味わえる。

 食事の席の話題は学校であったこと、今日家であったことなどのもはや日課の情報共有だ。だが、今日の食卓には三人しかいない。ツカサは空席になっている席に困惑し、モニカに尋ねた。


「エレナは? 出掛けてるの?」

「ううん、今、寝てる。夕飯も要らないって。……エレナさん、何も言わないけど少し体調悪いみたいなの。明日お医者様を探そうと思ってる」

「そうだったんだ、俺、日中出てるから気づかなくて。明後日は休みだから、もし見つからなかったら俺も手伝うよ。あとで何か食べられるもの持って行こうか。何がいいかな」

「シチュー類はやめた方がいいかもしれない、酒のにおいがきついと言っていた。これはエレナの好きな料理だと思っていたのだが」


 腕を振るったアーシェティアは少ししょんぼりとしている。お酒好きのエレナに食事を断られたことが堪えているらしい。粥でも作って持って行ってみるよ、とツカサが言えば二人から頷かれた。


 夕食後、ツカサはパン粥を作った。ミルクでとろとろに溶けたパン、ジェキアでも、旅の道中でも、エレナが好きでちょくちょく食べていたものだ。ハーブ水と共にお盆に載せ、エレナの部屋をノックした。


「エレナ、起きてる? 体調悪いって聞いたから、パン粥作ったけど、食べられそう?」


 暫く返事がなく、悩んだが心配が募り、もう一度ノックした。ぱた、と物音がしたのはベッドから降りた音か、寝ていたらしい。倒れていなくてよかった、と安堵した後、起こしてしまったな、とツカサは申し訳なく思い眉尻を下げた。状態だけは確認しておきたい。カチャリと鍵が開いて顔を見せてくれたエレナはとても眠そうに笑った。


「ごめんなさいね、体がだるくて堪らないのよ。アーシェティアのご飯も惜しいことをしたわ」

「起こしてごめん、みんなエレナのこと心配してた。どうしたの? もしよかったら、フェネオリアで作ってた薬湯、いる? パン粥は食べられそう?」

「あぁ……薬湯はいいかもしれないわね。試したいわ。それからツカサ、ごめんなさい、眠くて、パン粥も食べられそうにないわ。……でも、ハーブ水はいい香りだわ、もらっておいていいかしら」

「もちろん」


 ぐったりとしている様子に立たせているのも不味い気がして、ツカサはお盆を片手に持ち替え、エレナを部屋の中に促してベッドに座らせた。横になるように声を掛ければ、エレナは大人しく従ってくれた。


「重症だね、明日、モニカが医者を探すって言ってるから、素直に診てもらってよ? なんだったら俺も家に居るようにするよ」

「あなたは先生になったばかりでしょう。だめよ、いろいろ悩んでいるのでしょうし、今が耐え時」

「わかったよ、じゃあ、おやすみ、エレナ」


 叱られ、苦笑が浮かぶ。そっと布団を掛けてあげればエレナはあっという間に眠りに落ちた。あまり寝顔を見ているのも失礼だろう、それは旦那の特権だ。ツカサはハーブ水に氷を入れサイドテーブルに置き、静かに部屋を辞し、一階へ戻った。心配そうに階段下で待っていた二人に首を振る。


「だめ?」

「ハーブ水だけ。食べるより寝ていたい、って。モニカ、前に飲ませてあげた薬湯あるでしょ? あれ、材料を置いていくから、明日エレナに作ってあげてくれないかな。気圧……天気とかで体調を崩したなら、効くかもしれない」

「いいよ、作り方今のうちに教えて」

「エレナ、大丈夫だろうか」


 ツカサは食べる人を失ったパン粥を置き、何とはなしに三人で二階を眺めた。


 翌朝、薬湯をモニカに頼み、何かあればすぐに連絡をもらえるようにアーシェティアに頼み、ツカサは弁当を持った。朝食の席にもエレナは降りてこず、あとで何か食べてもらう、とモニカが意気込んでいるので任せて出勤した。何かあった時のために今日はルフレンを残していこうと思い、鬣を梳いて鼻面を撫でてやった。


「ルフレン、何かあったらみんなの足になってあげて。何かあったら、呼びに来て」


 ルフレンはぶるんっとやる気のある声で嘶き、ツカサの髪を齧った。モシャモシャされ少し湿った鼻息が可愛くてルフレンの頬を撫でる。さて、今日はどうやってイーグリス学園に行こうか。乗合馬車だと時間が掛かる。ルフレンに乗らないのであれば、選択肢は一つ、走る。ツカサは準備運動を玄関の前で行い、ぐいっと体を伸ばした後、いってきますと言いながら走り出した。

 イーグリスの街中を走るのは歪みの生きもの(ナェヴァアース)が現れた時以来だ。あの時はラングに先に行けと言われ、諸々の事態に間に合った。その時に魔法障壁を伝授した魔導士が、まさか同僚になるとは思いもしなかった。そうして実力を示していたからこそ得られる助力。これが、そうなのだろう。信頼、信用というものだ。おはよう先生、と市場の人に挨拶を受けながら軽く手を振って答え、学園まで走り、途中、屋台でおやつのワッヘルを購入し、午後の甘味を得てから学校の門をくぐった。


 今日の授業は座学が八割だ。冒険者とは、というとても基本的なところからになる。その後の二割が移籍を望んでいる生徒との面談だ。いずれダンジョンに備えた持ち物や装備なども実習を交えて行うことになる。ツカサは座学なら得意だと思った。これは手加減をしなくてはならない事項がない。

 事前に申請を受けた見学の人数も多い。他科の学生も、なぜか教師陣も申請があって、そのうちのどのくらいが本気で求めているのかがわからず、それが怖い。ズィールを始め騎士科の生徒たちからも申請があるのは何か思惑がありそうだなと思った。

 せっかくだから大講堂でやっていいよ、とこれまた緩い感じで学園長に言われ、すり鉢状の講堂へ案内をされた。講堂の外までざわざわした音が響いている。ツカサは緊張を覚え、すーはーすーはー、呼吸を入れた。まるで戦闘に臨むような心地で扉に手を掛けた。

 がちゃり、ツカサが入ればざわめきが静まる。全身に注がれる視線に講壇に立つまで顔をそちらに向けない。体を正面に向け、深呼吸をして顔を上げる。何対もの眼差しが好奇心と敵愾心、尊敬と畏怖に染まってこちらを見ていた。そういう時、まずはゆっくりと全体を見渡すんだ、とヴァンの声が聞こえた。


『すぐに応えてはならない、どちらが上なのかをまずは時間を掛けて教えるんだ。その場を動かす権利を持つのは自分であると忘れてはならない』


 左から右、右から左、下から上、上から下。ツカサはそこに集った者たちの顔ぶれを確かめた。冒険者クラスの生徒は最前列が許され、その他、ふるい落とされた生徒、騎士科のズィールとその生徒、噂を聞いて興味本位に来た他科の生徒、教師陣。ツカサは灰色のマントの中で感ずるもの(フュレン)の柄を握り締めた。ラングがいつもそうしていたように水のショートソードに肘を置いてゆったりと構えた。何も話そうとしないツカサに対し、小さな声がいくつも上がり、それが再びざわめきとなる。ただ沈黙しているだけなのに勝手に盛り上がっていく光景に少し面白くなってきた頃、ツカサは感ずるもの(フュレン)から手を離し、片手をマントから出した。


「思ったよりも冒険者に興味のある人が多くて嬉しいよ。若干、ここに居ていいのか? って疑問な人たちもいるけど」


 ちら、と教師陣に視線をやれば目を逸らす者となぜか親し気に笑う者と、睨み据えてくる者がいる。ズィールからするりと視線を外し、ツカサは、さて、と切り出した。


「冒険者クラスで座学って何をするんだ、って人もいるだろうから、さくっと始めよう。冒険を始めるにあたって最初に話しておきたいのは、パーティを組む時の心構えだ」


 隣同士相談をする姿に手を制し、その音が止むのを待った。君たちが静かになるまで、なんてことは言わないが毎回話を遮られるような音は望ましくない。相談し合うのは後でいい、その時には、この時間でもっとも残ったことが話し合われるだろう。全てを一度で持って帰れとは言わない。ツカサは自分が何度も言葉を変え、シーンを変え、しっかりと教え込まれたことを、ここは同じように教えていくつもりだった。


「パーティを組む時、大事にすることってなんだろう?」


 首を傾げて問いかければ、開幕から質問が飛んでくるとは思わなかった参加者が困惑を返してきた。もちろん、ここで発言権があるのは冒険者クラスだけだ。ッハ、と馬鹿にしたように笑ったのはアレックスだ。【渡り人】でシュンみのある、ツカサには少し懐かしい相手だ。


「一緒に組む奴が使えるかどうかだろ」

「それもまた正しい仲間の見つけ方だ」


 ツカサが否定しないことにアレックスは自信満々に鼻を鳴らした。ツカサはにこりと微笑んで問いかけた。


「じゃあ、アレックス。お前は使える奴か?」

「はぁ? 使えるも何も俺がいたら怖いものなしだよ」

「どうして?」

「魔法が使える! それも俺は魔法の制御だ調整だできない奴らと違って優秀だしな」


 ふぅん、とツカサは教壇に肘をつき、頬杖をついて笑った。


「それだけ? そんなの冒険者には多いだろ。アレックスだけじゃない。特別ではないね」


 ぴく、と眉が動いたのを見てツカサはにんまりと目を細めて体を戻した。他には、と手のひらを動かして促せば、そろりと手が上がる。どうぞ、と当てればいくつか意見が出てきた。

 相性、性格、知識、知恵、連携が取れる、相談ができる。一つ出てくれば芋づる式に、呟くようにして様々な声が続き、ツカサは一つ一つに頷いた。


「全部正しい、全部検討すべき項目だ。相性だってあるだろうし、相手の性格だってそう。今君たちが知識を求めて、使える知恵を求めてここにいるのもそう。同じことを相手も君たちに求めているのだと忘れないでほしい。全てが生存率に関わってくる。その中でも俺が大事にしているのは信頼だ」


 お友達かよ、と揶揄ってきたのはやはりアレックスだ。ツカサはそちらに一瞥もくれなかった。


「俺には兄がいる。血は繋がっていないし正直顔も知らない。こう、黒い仮面を被っていて、一度も素顔を見たことがないんだ」


 何の話だ、と皆が眉を顰めた。その反応にそうなるだろうなと笑ってしまい、咳払いで誤魔化した。


「ひょんなことから出会った人だった。最初は利害関係だったし、弟子入りしたのも自分のためだった。向こうだって俺に利用価値があったから行動を共にしたんだろう。……ただ、俺にとって幸運だったのは、その人が、兄が、最高の仲間になってくれたことだ」


 ツカサは自然と自分の胸に手を置いていた。


「信頼とは、背を預けるとはなんなのか。冒険者になるのならば、この言葉を覚えておいてほしい。自分の命に責任が持てないのなら、冒険者など辞めてしまえ。パーティメンバーの命に責任を持てないのなら、パーティなど組むな」


 ヒリ、とした緊張感が走った。ツカサは顔を上げて、少しだけ自分の旅立ちを話すことにした。


「俺はかつて、剣も使えない、何の力もない、ただの酒場の店員だった」




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