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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
新章 新しい生活

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1-6:新米教師の悩み

いつもご覧いただきありがとうございます。


 一先ず、生徒たちの実力の把握だ。いろいろ仕切り直し、翌日から数日かけ、騎士科の鍛錬場と魔導士科の鍛錬場を借りて各々思うように実力を見せてもらった。そうしてわかったことがいくつかある。生徒間であまりにも実力差がありすぎる。それに、冒険者クラスが合わない生徒もいる。あれだけ入念なふるいにかけてもこうなるのかと思うと、新しいことを始める難しさを痛感した。ヴァンからは半分くらい離脱があってもおかしくはない、とは言われてはいたが、どうするべきか。故郷でやったこともないが、新入社員から退職願いを出された上司の気持ちで、ツカサはバインダーに挟んだメモを胸に抱いて自分の執務室へと足を向けた。


 着任して一か月も経っていないが早速の困りごとに見舞われ、ツカサは執務室に入ると一直線に椅子に向かい、座り込んだ。思わず深い溜息まで零れた。

 冒険者クラスが合わない生徒の対処もそうだが、その中でも頭を悩ませるのは純粋な【渡り人】の三人だ。若者であること、渡って来た日付が新しいこと。それから鑑定の結果、大きな力を持っていると判断され、優先的にこのクラスに選ばれた三人である。一応、冒険者クラスとは、という説明も他の生徒より多く時間を割かれ対応されている。その上でやってみるかと尋ね、厳しい条件に了承を受け、学園側が入学を許可した子たちだ。

 三人以外にも同じような条件の【渡り人】が多い中、声を掛けたのがこの三人というのは、その内包された魔力からしても理解できる。これがぽんと爆発でもしたらイーグリスなど丸ごと吹き飛ぶだろう。そういった爆弾の解除をツカサは任されているのだ。


 社会人であったり、ある程度年齢のいっている【渡り人】の場合、そもそも冒険者ではなくデスクワークや今までの経験を生かす方に流れる傾向があるらしい。

 この機会に()()()したいなど、夢を叶える人もいるというので、環境の変化は誰にとっても、良くも悪くも大きいのだと思った。この世界での成功もそれはそれで難しいのだが、言っても仕方がない。どの職業でも、冒険者でも同じことだ。

 かつてイーグリステリアでそのために資金を貯めていた者には悔しい出来事でもある。元手がゼロになっての再スタートに心折れる者もいた。故郷で店舗を既に押さえていたり、様々な準備を整えて、さぁやるぞ、というタイミングの人もいた。ツカサは話を聞いて、彼らの再出発がどうか上手くいくようにと祈ることしかできなかった。


 このクラスに選ばれなかった若者たちにも学業と就労支援は用意されている。その点においてはスカイの民、【渡り人】に差はない。裕福でない家庭の子でも、勉学の合間、街で仕事をすることで給金を得て、そこから学費に充てる仕組みもある。そのまま正社員よろしく、引き抜きの話を持ち掛けられることだってあるのだ。

 学生にならない人に対しては相談所がある。【渡り人対応要員】という新たに設立されたスカイならではの国家職で、実際にツカサも体験させてもらったが、対応がとても丁寧だった。少々細かすぎるほどだ。

 いつ来たのか、不調はあるか、スキルの確認希望はあるか、かつてどういう仕事に就いていたのか、得意は、不得意は、など、様々なことを問われる。同じ部屋で同じように問われる人々の中には素直に話す人もいれば、疑心暗鬼になり叫ぶ人もいた。ツカサはすっかり慣れてしまっているが、突然見知らぬ場所に来て、突然あなたのできることを教えてください、と尋ねられれば混乱するだろう。

 イーグリステリア戦の最中、ここに辿り着いた者、新たに渡ってきた者はざっと百名ほどで、スカイの統計からしてもかなり【渡り人】の多い年だったらしい。他国に現れる【渡り人】は数えられていないので、実際には世界全体にそうした人々がいたはずだ。今回の事変だけではなく、長きに渡り命が喰われ、魂が減ったから順次補充されたのかもね、とヴァンが呟いていた声が耳から離れなかった。

 【渡り人対応要員】に最後まで対応してもらったところ、冒険者がいいかもしれませんね、と言われた時は少し嬉しかった。そもそも、既に冒険者なので自分でそうなるように答えた気もしたが、体験が目的だ、結果は大きな問題ではない。暫く【渡り人対応要員】たちの仕事を眺め、状況だけ受け止めてそこを後にした。


「対応要員の給料だってスカイの国庫とかイーグリスの予算からが出てるんだもんな。手厚すぎると思うけど、あぁやって把握しておかないと何をするかわからない、って思われてるってことなんだ。実際やらかしたもんな」


 二百年前の【渡り人事変】を思い出す。あれはスカイに【渡り人】への悪感情を植え付けた。

 穏やかでのんびり屋の多いスカイで風化し始めていたところ、【渡り人の街(ブリガーディ)事変】が記憶を、歴史を呼び起こしてしまった。そして、当代の軍師が切れ者なのも不味かった。あの人はラングと同じで、敵と定めれば容赦はしない。決して逃がしはしない。透明な水色の冷たい眼差しを思い出し、ぶるりと震えた。温かい紅茶を淹れようと深く座り込んでいた椅子から立ち上がる。水を温める魔道具を起動するのが面倒で、旅で使っている鉄製のポットを取り出し、水を入れ、手の中で器用に温めた。自分でやっておきながら熱くなって慌ててしまい、一人部屋だというのに誰にも見られていないことを確認してから茶葉を入れた陶器製のポットにそっと湯を注いだ。茶葉が開くまで少し待機だ。また少し思案に耽る。


 教師として立つまでの間、ヴァンからは【渡り人】の今まで、という題で講義を受けた。いわゆる歴史の勉強だ。ここに至るまでに何があったのかを教えられた。

 ツカサのように不可思議な現象に憧れと期待を抱いていた者の多くは、上手く馴染む者と、好き勝手にやる者、憧れはあるが挑戦の怖い者など、それだけでも幅が広かった。一番大変だったのはそうした環境の変化についていけない者たちだったという。彼らの中には現実を受け止められず、自分で命を、という者も多かったのだそうだ。それは過去も今も変わらないとヴァンは言った。


「その点、ジェームズたちは独自ながら、ギリギリの状況でよく抑えていたと思う。同じ世界、同郷というだけで強い結束力を持つし、そこに対峙すべき敵を作り上げれば、一方向に意識を向け、自害という結論から目を背けさせることができる。これもまた根本の解決ではないけれど、文句のつけようがない対処の一つだ」

「ジェームズ、そこまで考えてのあれを?」


 ツカサが驚き、そんなジェームズを軍部に引き入れたヴァンに首を傾げれば、すぅっと軍師の目が冷えた。


「いや、ジェームズはいい旗頭にされただけだね。()()()()()()は役割と立ち回りが違うものだよ。後者はさすがに危険分子として判断させてもらった」


 それは極刑に処されたということか。ツカサは教材として渡された紙に視線を落とし、それ以上踏み込むのをやめた。暗い話はここまでにしよう、とヴァンは雰囲気を和らげ、そこからはどのようにして【渡り人】とこの世界の人が協力し合ってきたかを教えてくれた。これは少しだけ復習の範囲だった。


「技術と知識の【渡り人】、それを形にする実績のこの世界(リガーヴァル)、良いことも悪いことも含めて歩んできた道。それが今のイーグリスの繁栄と、人々」


 ううん、と唸っている鼻に紅茶の強い香りが届いた。しまった、かなり置いてしまった。ティーカップに注いで一口飲めば渋くて苦くてぎゅっと眉間に皴が寄った。空間収納からミルクとハチミツを取り出して足し、混ぜながら机に戻った。いろいろ思い出し考えてしまったが、目の前の問題をどうにかしなくては。甘くなった紅茶が美味しい。


 数日かけて実力テストをしただけなのに「戦闘は向いていないと気づきました」と別の学科に移りたいと希望している生徒が現れ始めた件だ。周囲を巻き込むような戦闘も困るので、戦いから離れるならそれはそれでいい。戦闘が苦手でも今からまだ別の得意を見つけることもできる。特にスカイでは魔導士が魔力石(エネルギー)を作る仕事もあるので、魔力の扱いさえ上手くできれば仕事に困らない。

 移籍を止めようとは思わない。ただ、その際、移籍先での扱いが問題になる。冒険者クラスから違う学科に移った先での厳しい扱いは逃れられないだろう。

 ふるい落とされた者の中には前述の学業支援を受ける者、勉学、鍛錬の合間に、冒険者の準備として装備のために働く者もいる。仕方なく魔導士科や剣術科などに入り、技術を得て自力で冒険者を目指す者たちもいる。学費も寮費も食費も免除、一年、歯を食いしばり耐えるだけで銅級から始められる優位性を捨てた【選ばれし者】の離脱を許せない者は必ず出てくる。

 加えて、メインの学科以外にも時間割さえ合えば自由に別の授業に参加することもできるのがこの学園だ。そのために専門科目は実習時間がずれているなど、有難くて迷惑な配慮がされている。どの学科に行こうとも、戦闘系だろうが、製作系だろうが、事務系だろうが、職に関係なく技術を求めるのならば、他科のそうした実習の見学はある程度必要になる。興味外のことを知っておくことは、視野を広げるのに多大な影響を与えるのだ。

 冒険者クラスも同じ扱いで見学自体は許されており、ツカサの座学には人数制限はあるものの、見学が許されている。質問はできず、実技指導が直接受けられないだけだ。目的が冒険者の育成なのでこれは仕方がない。やる気ある者に機会を、というイーグリス学園の根本の方針でもある。


「ま、それも人生経験にしてくれればいいんだけど。あの制約はどう考えてるんだろう」


 冒険者クラスに入学した者は途中離脱をした時点で、二度とスカイでは冒険者ができない。たとえ他国で冒険者登録をしたとしても、国に入る際、その資格は剥奪される。勝手にダンジョンに入って素材を得て、売ろうとすれば牢に入れられる。間に人を入れて物を売ることも、奴隷紋を刻まれるくらいには重罪だ。

 この選択が自分をどう追いやっていくのか。選択を変えた際、その先で起こるものを想像ができるかどうか。このクラスにはそうした覚悟を問う項目が多い。


 だからこそ、覚悟を持ってここに来いと書いたはずだ、言ったはずだ。なんのために死亡同意書を書かせたと思っている。死なせはしないが、本人に強くなるのだ、冒険者になるのだ、何より、本人に生きる意志がなければ助けることなどできない。本人に多少の心得があるのとないのとでは、生存率が変わるのだ。

 む、とツカサは腕を組んで椅子に寄り掛かった。


「俺、思った以上にラング思考に染まってるのかも」


 生き方を教えてくれた師匠だ。その影響が大きいのは仕方ない。かつて自分に掛けられた言葉がまるで自分の言葉のように出てきたことに笑ってしまった。もしかしたら、ラングが話してくれた言葉の中で同じようなものもあったのかもしれない。

 閑話休題、本題へ戻る。悩み事は移籍だけではない。

 この一年弱、【渡り人の街(ブリガーディ)事変】およびイーグリステリア戦の最中、この世界(リガーヴァル)に渡ってきて、このクラスに入った三人の少年少女の生徒名簿を眺める。どの子も魔力が強く、コントロールを覚えさせなければちょっとしたことで誰かを殺すだろう。実際、初日の実力テストで魔力を放出するだけだった少女は、ツカサが実力者でなければ既に殺人を犯している。

 ファミリーネームは要らない、とツカサが言ったので名前だけ書いてある生徒名簿をめくり自分のメモを見る。


 マイカ(女)。【渡り人】、一年くらい前に渡ってきた。初日、魔力暴走しかけた。魔力が強く、やる気は高い。ただ、常に何か注意力散漫、魔力の制御、調整が苦手。剣術などにも挑戦はするが、その手で直接何かを傷つけるのは魔獣でも嫌そう。魔法一本にすべきだけど、制御、調整がやはり難点。夢中になりすぎる性格か、魔法を使うと周囲が見られなくなるので、制御、調整が身につかなければ対処をシェイさんに相談。要経過観察。


 アレックス(男)。【渡り人】、半年くらい前に渡ってきた。魔力が高く、センスもいい。だけど、少しだけシュンみを感じる。魔法が使えない人、自分より下手な人を見下す態度に危険視。でも、友達にはすごく気さくで、仲がいい。他の冒険者に迷惑を掛ける可能性は拭えない。魔法を使って他者を脅すことに迷いがないところに危険を覚える。考え方、在り方を変えられないのであれば、冒険者資格は与えられない。要模索、要経過観察。


 メアリー(女)。【渡り人】、二か月くらい前に渡ってきた。魔力が高く、制御、調整についてもある程度素直。が、依存体質。自分で何かをするよりも、誰かに指示をされるのを待っている。様々なことを思考する冒険者としてやっていける……? 冒険者を希望したのは本人らしいけど、実際の現場と気質が合うか心配。要経過観察。


 それから、とツカサはまた三人分を取り出す。こちらは【渡り人】ではないが、ツカサに対し探りを入れてきたり、試すようなことをしてきた面子だ。冒険者適正に問題はないと思う反面、対処が厄介だなと思っている三人だ。


 ロドリック(男)。初対面から嫌われているらしい。剣術、体術、元々何か習っているのか基礎がある。その分少し教えにくいけれど、敵愾心から奮起してる様子は嫌いじゃない。ただ、やりにくい。クラスメイトとも距離を置いていて、ディエゴとだけ仲が良い。視野の狭さが気に掛かる。要経過観察。


 ディエゴ(男)。魔導士、センスがいい、というよりほぼ形になっている。魔力総量を考えるとあまり大きな魔法を連発はできないけれど、もしかしたらロナと同じようにサポートタイプかもしれない。そちらの方に興味がないか尋ねる。ロドリックとつるんでいる。【観察眼】【旧鑑定】など面白いスキルが見えたので、そのうち個人面談。


 コレット(女)。商家の娘。思ったよりも剣が上手い。本人にもその自覚があるのでかなり自信過剰。あなたと違ってお金があるのよ、のセリフは痛烈。魔力がないので総称である理使い(ナーラー)の素質がある。そちらの専門、魔術士科ではなく冒険者クラスなのは、冒険者が稼げるから、らしい。ただ、金をばらまき周りにやれ、というのは冒険者ではないと教えるのが面倒。お嬢様気質。要経過観察。場合により個人面談。


 癖が強い。いや、冒険者なんて本来そんなものなので指導さえ素直に受けてくれれば構わない。ただ、教師として敬われないのはやはり困る。あの初日をもってしてもロドリック、ディエゴ、コレット、それからアレックスはツカサに敬意を払うことがない。

 どこかで叩き潰さないとだめだろうな、その機会をどう作ろうか悩みながら、ツカサは立ち上がった。


「とりあえず今日は帰ろう。夕飯なんだろうな」


 ぐぅっと伸びをして灰色のマントを羽織る。生徒名簿を棚に戻し、執務室を出た。鍵を閉め、最近練習している鍵魔法を掛けてみた。鍵穴に魔力の錠前をイメージし、そこに魔力で作った鍵を差し込んで回すのだ。普段通り鍵を掛けるのと同じ動作を魔力でも行う。こうすることで各々がイメージする鍵だけで開くようになるわけだ。これもまた練習、鍛錬、とツカサは廊下を歩き、ルフレンの元へ向かった。



活動報告でも記載させていただいておりますが、書籍の書影、発売日がついに発表されました。

web版では先を急いで書き切れていないシーンや、ラングの配慮や苦労なども加筆されています。

TOブックス様のオンラインストアにて予約はもうできるようなので、ぜひお手に取っていただけると嬉しいです。

発売日は8/10です。

よろしくお願いいたします。


面白い、続きが読みたい、頑張れ、と思っていただけたら★★★★★やリアクションをいただけると励みになります。

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