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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
新章 新しい生活

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1-5:長かった初日

いつもご覧いただきありがとうございます。


 すっかり叱られて、格好もつかず解散を告げた時の生徒たちの目が忘れられない。ツカサはルフレンの背に揺られながら疲れ果てていた。

 誰かの実力を測る。誰かに必要なものを教え込む。鍛錬をつける。それがどれほどに技術を要することなのかを痛感していた。もちろん、初日から上手くいくとは思っていなかったが、やはり、師匠はすごかったのだな、と胸中で独り言ちていれば、ルフレンがしっかりと自宅まで運んでくれていた。ルフレンを降りて門を開け、敷地に入ってまた閉める。ガチャン、という金属音にモニカが玄関を飛び出してきた。


「おかえりなさい、ツカサ!」

「ただいま、モニカ!」


 ぱっと腕を広げて飛びついてくる温かく柔らかい妻を抱き留めて、ツカサはすぅっと息を吸った。少しだけ甘みを感じる石鹸の匂いに体の緊張が解れていく。ぶるる、とルフレンが存在をアピールしてツカサとモニカの間に顔を突っ込み、撫でることを強要した。それに笑って二人で撫でながらルフレンを労い、厩に促してツカサは水と食事を用意した。相変わらずツカサの水魔法がお好みだ。ルフレンのために新しい藁を敷きながらモニカが尋ねた。


「先生、初日はどうでした?」

「うーん、反省の多い一日でした」

「ふふ、みんなどんな話が聞けるのか楽しみにしてるよ」

「ぇえ? 困ったな」


 苦笑を浮かべルフレンの鬣を少しの間梳いてからモニカと共に家に入った。ツカサは正直、ラングにどうすればいいのか尋ねたい気持ちでいっぱいだった。故郷に戻った師匠であり兄は、名を呼べばすぐに振り返ってくれる距離にはいない。簡単に連絡も取れず、その在り方と声と存在だけが胸の中にあった。

 ――私を全てにするな。

 ピシャリと叱られる声が聞こえた気がして、ツカサは灰色のマントを脱いで入り口のコート掛けにばさりと掛けながら溜息をついた。


「まぁ、大きな溜息。早速大変だったみたいね」

「ツカサ殿、お疲れのようだ」


 キッチンで優しく笑う声に振り返れば皿を並べるアーシェティアとスープの入った鍋をテーブルに置くエレナがおかえり、と声をくれた。


「ただいま。そうだね、上手くはいかなかったよ」

「初めてのことだもの、暫くは失敗続きになることを覚悟しておくのね。さぁ、食事にするわよ」

「ありがとう、おなかペコペコ」

「ツカサ殿、座る前に手を洗ってこなければ」


 アーシェティアに指摘され、そうだね、と手を洗う。スカイに来てすぐの頃はアーシェティアの方が手洗いうがいに疎かったというのに、エレナとモニカに倣ってすっかり綺麗好きだ。二人の作る石鹸に魅せられたというのも大きいらしい。武器を空間収納に片付けて四人で席に着く。ラングのいない今、手を合わせて号令をかけるのはツカサだ。


「いただきます!」


 同じ言葉が違う音で前から隣からした。今日は鶏肉のミルクスープに鶏の香草焼きとトリ尽くしだ。それに柔らかい白パン。野菜はミルクスープにたっぷり入っているのでバランスがいい。疲れている体に優しい味が沁みる。食事の合間に初日がどうであったか尋ねられ、ツカサは入学式から全て話して聞かせた。最後、駆け付けた他の教員に叱られ、魔導士科の教員の質問攻めにされ始めたので、面倒になっていろいろ切り上げたところまで話せば、エレナが呆れたように言った。


「初日から怪我がなかったのは幸運だったわね。ツカサ、あなた本当に気をつけなさいな。少し自覚したほうがいいわよ? 今までツカサの周りが異常だったの。一般的に見て、あなたとても強い部類に入るのよ。あんまり怖がらせない方がいいんじゃないかしら」

「怖がらせるなんて、そんなつもりは」


 弱くないとは思っているが、そんなに叱られるほどのことなのか、とツカサはスプーンをもそりと咥えた。エレナに真面目に聞きなさい、と言われ、慌ててスプーンを置く。


「ツカサ自身の努力があってこそ、それだけの魔法と剣の技術を持ったのはラングからも聞いているわ。けれど、さらに教えたのがあのシェイでしょう? 魔法だけではなく、剣技にしたって、全て最高のものを学んだのでしょう?」

「うん、そう。たぶん、ただ生きてるだけじゃ得られない経験ばっかりさせてもらってる」

「周りのレベルが高すぎたのよ。でも、普通の人はあのレベルじゃないの、あれは異常な人たちの集まりなの。相手はまだ子供なのだから、自分の実力をちゃんと把握しなさいな。ラングにも言われていたでしょう? 体調と実力は把握しなさいって。魔導士科の教員の言うとおり、生徒に真似されると思うと、怖いわよ」


 うっ、と何かが喉に詰まる。いや、把握はしているつもりなのだ。ただ、うん、そうだ。ツカサは自分の戸惑いの答えを見つけた気がした。


「……手加減の仕方がわからないんだよね。俺も調整しないとだめなんだろうな」


 常に手加減され、常に自分が全力を出す側だった。だからこそ、力を抑えるということが難しく感じた。魔力調整や制御はできるというのに、相手がどこまでならできるのかを探るのが、立ち居振る舞い含め、本当に難しかった。すごい人だったのだな、と本日何度目かの感嘆を零し、スプーンを改めて手にした。


「これもまた鍛錬、これもまた勉強かぁ」

「ツカサ、頑張って!」


 隣のモニカに腕を叩かれて笑い返し、器を空にしてスープをおかわりした。しっかり食べて、少し体を動かしたかった。

 食事を終えて後片付け、食器を置いて乾くのを待っている間、女性陣が風呂に入る。その時間、裏庭でツカサは短剣を振るった。ねぇ、どうすればいいと思う? と鍛錬をしながら胸中で呟けば、記憶の中の師匠は眉を顰めてかシールドを軽く揺らすだけだ。そうだよね、と一人で笑い、一通り型を終わらせる。別に、ツカサが全力で壁になってもいいのだ。相手に対し全力で立ち向かうという点でそういう教育も間違いではない。器用な者であれば自然と力加減も身に着ける。ただ、それでは器用な者以外、その辺の【やりたい放題な冒険者】と何一つ変わりがない。それではいけないのだ。

 自分を律し、必要な時、生きる時にその実力を示す、使う。そんな凪いだ水面のような冒険者になってほしい。自分がそうでありたいと思うからこそ、目指すところだ。

 豊穣の剣、水のショートソード、風切の短剣、感ずるもの(フュレン)。今、ツカサが腰に置くものを入れ替えているのはこの四本だ。風切の短剣は腰の後ろに常にある。魔力制御と調整は上手にできているはずだ。今日のあれこれもマジックアイテムを使っているように見せたので、余程魔力を視ることに慣れていなければばれていないだろう。見抜く者がいればそれはそれで優秀なのでいい。

 それぞれの武器を振り終えた後、ツカサは拳を構え、次は体術の型をなぞる。僅かに自分より小さい師匠、それより大きい師匠を前に、拳を繰り出し、空を蹴り、打ち払う。昔はこうして体を動かすのがだるくて仕方なかったが、今では考え事をする時に動かしている方が捗るようになった。最後にもう一度感ずるもの(フュレン)を構え、月明かりの中で振り続けた。


 剣術、体術の鍛錬が終わって、ツカサは少しだけ上がった息をゆっくりと整えた。胡坐をかいて地面に座り、すぅ、ふぅ、と深呼吸。魔力をじわりと全身に巡らせ、調整と制御を行う。眼に魔力を込めてそっと開けば、肌の表面を薄っすらと包む魔力が視える。随分と綺麗になり、いつの間にか魔力の色は深い青に近い紫色になっていた。【渡り人】の魔力は赤。それがどこにいってしまったのかシェイに尋ねたところ、それもまた【変換】の影響だろうと言われた。草原での改名、ここで生きるのだと決めたことで、魔力が馴染んだ。その結果、赤は青に染められていった。生徒の中には真っ赤な色が周囲を染め上げている子たちも居た。


「【変換】はもう使えない。どうやってここで生きると教える? どうやって変える? ……【変換】って本当に便利だったんだなぁ」


 ばたり、と後ろに倒れた。家から零れる明かりで少しだけ空が見えにくい。目を瞑り、草原で見上げた星の海を瞼の裏に思い出した。静かな焚火の音、揺れる草のさざ波、苦しくない沈黙。美しい朝焼けと、魂に焼き付いて消えないあの日の光景。それを、どうやったら人に教えてあげられる?


「別に同じことをしなくちゃいけないわけじゃない、ただ、道筋だけは決めなくちゃいけないんだよな、きっと」


 教えるだけなら誰でもできる。そこに意味を持たせるのが難しいのだ。それに、今日、生徒を前にして思ったことがある。【第三の大人】だ。彼ら、彼女たちは十五、六だという。今日見た限り若者らしい万能感もあれば、子供らしい素直さもあるように思えた。ツカサ自身彼らとそう年は離れていないが、この一年、脱落さえしなければみっちりと付き合うことになる。ただの【年上】で終わるのか、ただの【先生】で終わるのか。それとも【尊敬する大人】となり得るのか。


「難しいなぁ!」


 わぁ、と裏庭で叫ぶツカサにくすくすと小さな笑い声が掛かった。ぱっと体を起こせばモニカがほかほかの湯気を立てながらそこに居て、こちらを見ていた。


「本当に大変だったんだね、お疲れ様。お風呂空いたよ」

「ありがと」


 恥ずかしくなって頬を掻けば横に立ったモニカが夜空を見上げながら呟いた。


「あのね、受け売りなんだけどね、よかったら聞く?」

「うん? うん、なんだろう」

「尊敬される人って、尊敬されようと思ってするんじゃなくて、自然体だから、尊敬されるんだって」


 自然体か、とツカサは腕を組んだ。そのままでいいよ、と異口同音に言ってくれた教壇に立つ男たちと、背伸びをするなと言ってくれた人たちが浮かんだ。ツカサは立ち上がってぱたぱたと砂を払い、モニカを真っ直ぐに見た。まだしっとりとしている髪に指を通したかったが自分の手が汚れていたので我慢した。夜空を見上げるその頬はほんのりと桃色で美味しそうに見えた。いや、真面目な話だ。ふるりと頭を振れば不思議そうなモニカと目が合った。苦笑を浮かべ、こほんと咳払い。


「自然体かぁ、確かにね。ラングもそうだし、周りにいた大人ってそうだったかも」

「そうでしょ? 素人の私の考えだし、受け売りだから偉そうなことって言えないんだけど。ツカサはツカサのやりたいようにやっていいんじゃないかなぁ、と思うの」

「怖がらせない?」

「ツカサ、顔が優しいから、顔に似合わず強くて、ちょっと気味悪いな、くらいじゃない?」

「モニカ?」


 砂だらけの両腕を広げてみせれば、きゃぁ、とモニカが笑って逃げる。ふふ、と笑いながら寝間着のワンピースをふんわりと揺らして振り返り、モニカは言った。


「難しいこと考えずに、まずはツカサが楽しんでみたら?」


 なんて、無責任かな、と苦笑を浮かべるその顔に小さく首を振った。


「ううん、ありがとう。気負い過ぎてたかもしれない。試行錯誤は必要だけど、もう少し肩の力抜いてみようと思う」


 うん、とモニカが笑い、その笑顔に救われる。ツカサは明日から改めて、自分らしく立ってみようと思った。自分は他の誰でもない、ツカサ・アルブランドーなのだから。

 ふと疑問が浮かんだ。


「ねぇ、モニカ、それ誰からの受け売りなの? ラング?」

「秘密! 早くお風呂に入りなさい! 鍵閉めちゃうよ」


 洗濯場への扉から言われ、怒られた生徒のように駆け足で、けれど笑いながら返事をしてツカサは家の中へ駆け込んだ。



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