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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
新章 新しい生活

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1-4:叱られる灰色の男

いつもご覧いただきありがとうございます。


「さて、お待たせ。じゃあやろうか、実力確認テスト」


 騎士科とのひと悶着の後、ツカサはにっこりと笑い、生徒たちを振り返った。ツカサは笑顔でこそいるが、内心では危なかったと自分の胸を押さえ、バクバクとうるさい心臓を必死になだめていた。

 教務課から、騎士科がいい顔をしていないとは聞いていた。代々この鍛錬場は騎士科が占有していて、今回の申請は異例なのだと教えられていた。実戦を多く取りたいツカサとしては、剣を振れる、魔法を使える場所がなければ困る。魔導士科は二つ返事で許してくれた。歪みの生きもの(ナェヴァアース)が出没した際、イーグリスでツカサから魔力操作や指導を受けた者がおり、話が早かった。魔導士は狭い界隈でもあり口伝などが残りやすい業種だけに、そういった話の巡りもよくあるようだ。魔法、短剣とショートソードに体術を扱うツカサは実のところ職種としては宙ぶらりんで、騎士にも剣士にも魔導士にも属さない。なんだったら暗殺者ゾーンだよな、と師匠を思い浮かべ、すべてを悟った顔で空を仰いだ。

 騎士科の件をヴァンに相談した時には、やっちゃえよ、と軽く返ってきたものだった。埒が明かないとラダンにも問えば、やっていいんだぞ、と微笑まれ、念のため師匠であるラングにもお伺いを立てたところ、殺さねばいいだろう、何が問題だ、とまるで今日の夕飯、米にする? 麺にする? くらいの軽さで言われ、正直腹は括っていた。

 とはいえ、場を収める方針をまったく考えていなかったことは問題だった。次からの課題だ。そうして、先程ツカサは喉に正面からショートソードを突きつけた後、ズィールに素直に言ったのだ。


「ごめん、どうにか場を上手に収めてくれない? 騎士科と冒険者クラスが、交流できる形だと助かる。なんて言えば丸く収まるかなぁ……」


 こういうの絶対ヴァンが得意なんだよなぁ、と悔しそうに言えば、ズィールがその後に無理やり笑って収めてくれた。決して全面的に許したわけでも、分かり合ったわけでもなかった。それでも騎士の誇りを完膚なきまでに砕きはしなかったツカサの強さと態度にあの男は敬意を払ってくれた。ツカサの技術が冒険者のそれではないと向こうも気づいたようだった。だから、ツカサも敬意を返した。

 閑話休題。ツカサは空に向けていた顔を正面に戻した。


「さっき見せたけどこの豊穣の剣は人を斬れない。だから俺はこれを使う。君たちの中にはまだ帯剣していなかったりする人もいるだろうから、騎士剣、いわゆるロングソードも借りてある。借り物であって、もらったわけじゃないから、必ず戻すんだぞ。騎士剣が使い慣れない人は自分の得物を申請するように書類にあっただろ? やっといてくれた? 今日はちょっともう諦めてね。一先ずロングソードはあっち」


 ツカサが指差す方向を生徒たちも一斉に見て、小さな小屋に数人が足を向けた。


「魔法を使う人は、今回は俺がどうにかする。さっきズィールとも話していたけど、魔法が使える鍛錬場も借りてある。今日以降はそっちを使うから、生徒手帳に書いてある地図を確認しておくこと。地図はダンジョンで必須だから、これもまた練習」


 ちらほらと頷く顔があった。早い者は胸ポケットから手のひらサイズの手帳を取り出し、折り畳まれた地図を開いて確認をしていた。懐かしいなぁ、とツカサがそれを眺めていれば挙手があった。


「何かな?」

「ディエゴです。俺は魔導士なんですが、どうやって、どうにかするんですか?」


 確かに。小さなざわめきが起こった。イーグリス学園の魔導士用鍛錬場は、その魔法が外壁を砕かないよう、炎が延焼しないよう、魔法障壁が展開されている。それを稼働させているのも魔石だ。ツカサは首元から紫色の石が付いたネックレスを取り出した。別に取り出す必要はないのだが、腰の後ろに装備している風切の短剣がそうであるように、魔法を使えるというのを誤魔化すために利用させてもらうことにした。


「ちょっといいマジックアイテムを持ってるんだ」


 ぐっと力を籠めるふりをしてツカサは自分から魔法障壁を広げてみせた。ぶわっと広がった、可視化された薄っすらと白い膜がドーム状に辺りを包んだ。向こうで騎士科がどよめいていたが、ズィールの指導があり、すぐに静かになった。ロングソードを持って戻ってきた生徒たちも光景に驚き、そうっと手を通してみたりと反応が新鮮だ。全員が揃ったところでツカサはショートソードの柄頭に手を置いて口を開いた。


「ここにいる全員、何かしら目的があってここにいると思ってる。全員、死亡同意書にサインはしてあるよね?」


 数人が納得のいかない顔をしているのを確認し、ツカサは肩を竦めた。


「冒険者してて死なないわけがない。今こうして俺はみんなの前にいるけど、斬られて死にかけたこともある。ほんの少し行動が違っただけで、簡単に人は死ぬ。……いつだって死が隣にあるってことを、忘れて欲しくない」


 命は生きればこそ必ず死ぬ。絶えず死を友として生きるのだ。そうであってこそ、あの人間臭い神様が誘うことができる。胸に手を当てて僅かな瞑目をするツカサに思うところがあるのか、ただ倣っただけなのか、数名、同じように胸に手を当てていた。


「ダンジョン研修もある、俺は精一杯君たちを守るけど、言いつけを守り、指示を守ってもらってこそだ。よく覚えておいてくれ」


 まぁ、実際に危ない目に遭わないと分からない奴もいるだろうとは思いつつ、じゃあ、とツカサは豊穣の剣を抜いた。にっこりと笑ってツカサは言った。


「納得したら、ちゃんと先生って呼んでもらうからな。誰からでもいいよ」


 わぁ、と襲い掛かってくることはなかった。先程ズィールとの戦いを見ていただけあって慎重だ。これは評価できる。お互い隣同士、なんとなく顔を見合わせているのを観察した。こういう時、自然と組める相手というのは土壇場で連携がしやすく、気質が似通っていることが多い。ツカサはパーティ分けのためにもその動向をじっくりと探っていた。最終的には自分たちでパーティメンバーを選別してもらうつもりではあるが、一応だ。卒業してそのまま同じパーティになってもいい、だが、もし一から探すのなら経験がある方いいだろう。この世界に渡って来たばかりで右も左もわからない子もいると聞いているので贔屓はしないが配慮はしたい。

 暫くじりじりと待たされた後、勢いよく前に出てきたのは黒髪の少女だった。眉のところで切りそろえられた前髪、後ろは上の方でぎゅっと結んであって、動き易そうに見えた。


「お願いします!」


 素手、魔力が溢れている。魔導士か、とツカサは豊穣の剣をくるりと回した。少女はキラキラした目でこちらを見ていて、何やら興奮状態だ。何かそういうバフでもあるのかと小さく首を傾げた。【鑑定眼】は最初は使わないことにしているので注視した。じっと目が合っていた。最初は大丈夫だったのだが、徐々に少女が目を泳がせ、真っ赤になっていった。それから腕をブンと振った。


「そんなに見ないでください!」


 ゴォッ、と炎の波がこちらに迫ってきた。調整もされず、ただ勢いだけで撃たれた炎は想像以上の高火力だった。常に魔法障壁を張っていなかったら冷静に対処できなかった。ツカサは豊穣の剣を振り、氷魔法をこっそり、そこに当てた。ツカサを避けて通る炎はその後ろ側の魔法障壁に当たり、跳ね返り生徒の方へ襲い掛かっていく。ディエゴが慌てて少女に駆けていった。


「おい! 魔力を止めろ!」

「え? きゃあぁ!」


 頬を押さえて横を向いていた少女は声を掛けられて気づき、うねり、迫りくる自分が撃ち出した魔法に悲鳴を上げた。それが引き金になって同じように悲鳴を上げて逃げようとする生徒の中、ディエゴは魔法障壁を展開し、自身の周囲の者を庇った。ロドリックが落ち着いて叫んだ。


「離れるな! 魔法障壁に入れ! ディエゴの魔法なら問題ない!」


 何人か、その声に転びながら駆け込む者もいれば自分にできることを思い出して水魔法などを撃つ者もいた。咄嗟の対処はその時、自分に何ができるか判断ができる指標になる。

 ディエゴの魔法障壁まで炎が届くことはなかった。冷たい風が突然ぶわりと吹いて渦のようにうねっていた炎が白い風に掻き消されていく。真っ赤な炎に汗をかくほどの熱風はあっという間に消えてしまった。


「うーん、ちょっと驚いた。なるほど、制御と調整ができないとこうなるんだなぁ。誰かに教えるって難しいな……」


 白い煙となって消えた元炎だった何かを水のショートソードで斬り裂いて、灰色のマントを揺らしながらツカサが難しい顔をして姿を現した。そうだよなぁ、俺の周りってレベル高かったんだもんな、やっぱ恵まれてたからなぁ、とぶつぶつ言う姿に、生徒たちはぽかんと口を開けていた。ツカサは一つ頷き、大きな声で言った。


「前言撤回! 魔導士は別途実力テストすることにしよう。俺が()()()()()()()()を使うだけじゃなくて、制御と調整できるようにしないとだめだ」


 魔法障壁の中でもくもくと揺蕩う煙を、いつの間に持ち替えていたのか、もう片手で持っていた緑色の短剣を振って風で吹き飛ばした。ぱちんと魔法障壁自体も消えて風にさぁっと靄が消えていった。灰色のマントに焦げ一つない姿にディエゴがぶるりと震えた。


「あいつ、バケモンか……? 装備が良いって言ったってこれは……」


 いったいいくつマジックアイテムを持っているんだ。少女に自覚があるかどうかは別として、魔力を送り続けられた炎はただの炎ではない、焼き尽くし、殺すための炎だ。その炎が魔法障壁を跳ね返るということは魔法障壁自体がかなり頑丈で、熱を逃がさないしっかりしたものだった証拠だ。その中で焼けるはずだった生徒側へ水か氷か、あの青いショートソードと緑の短剣とを合わせて消火活動と保護を同時に成せるだけの技術は簡単にできるものではない。汗一つ流さず、驚いた、の一言で終わらせるこの男はいったいなんなのだ。

 ツカサはけろりとした様子で手を叩き、場を仕切り直そうとした。


「それじゃ、魔法を使う子はちょっと離れてて、剣とか近接の子の実力を測ろうかな。並んで……」

「アルブランドー先生!」


 バタバタと駆けつけた魔導士科や護身術などの教員が駆け付け、ツカサはやべ、という顔をした。


「アルブランドー先生! 魔法は魔法用の鍛錬場で使ってくださいと言ったじゃないですか!」

「いや、なんとかなるかなって……」

「いけませんよ! あなたの真似をして生徒が同じことをやろうとしたらどうするんですか! あなたはご自身がちょっとおかしいことをよくよく理解なさってください!」

「すみません……、いや、おかしいって酷い……!」

「アルブランドー先生!」

「すみません……」


 黒い魔導士用のローブを羽織った教員にガミガミ叱られる姿に、ロドリックはまた困惑した。こいつは実力者だ。それは間違いない。ただ、本人がそれをまるで自覚していないように思えた。それでも力の扱い方を知っているアンバランスさに、拳を握り締めた。こいつの真意が、真の実力がどこにあるのか、必ず見極めてやる。

 その日、結局実力を測る時間などなく、冒険者クラスの生徒は戸惑いだけを抱いて眠ることになる。


 ツカサ・アルブランドー。その気味の悪い男と明日から共に過ごすのだという不安と共に。



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