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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
終章 異邦の旅人

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4-91:時の死神の報酬


 良い日々だった。和やかで賑やかで、ある意味代り映えのない日々。食事の度に笑い、次は何を食べようかと先の、さらにその先の予定を相談したりして、まるで永遠に続くかのようだった。気に入りの椅子で体を休め、暖炉の火を眺めるラングと静かな会話をして、小さな息を吐く音に目を細める夜も幸せだった。


 スカイの短い冬がついに雪を運び、じわりと大地を冷やして雪化粧の準備を始めていた。ちらほらと降っていたものが時折吹雪となり、薄い雪に楽しむ者もあれば暖炉前から動かなくなった者もいた。どうやら迷子になっていた間の冷たさが忘れられないらしい。

 毎朝の鍛錬以外、ラングは本当に余暇を楽しんでいた。家でのんびりと書き物をしたり、茶を飲んだり、薪割を引き受けたり、楽隠居のような生活だった。

 ツカサとモニカと三人で出掛けたりもした。イーグリスの幅広い食事を楽しんだり、故郷への土産、自分への土産としてラングが塩を求めたのには驚いた。ラングの持つ調味料棚の一番下の引き出しは多種多様な岩塩が入っており、それを料理によって変えていたりする。こだわりが強いなと思っていたら、どうやら塩コレクターだったらしい。各所で塩を得ては料理に使い、その味の違いを楽しんでいたのだそうだ。ラングにもそういう収集癖があるんだね、と笑えば、塩は料理の味を変えるからな、とこだわる部分が出てきて頷いた。ツカサはそのうち、岩塩を舐めて味の違いを確かめようと思った。


 ラングが在宅の際は狙いすましたかのように来客もあったので、適度に話し相手にも困らない様子だった。

 話し相手の一人であるヴァンたち【快晴の蒼】は様々な手土産を持ってアルブランドー邸を訪ね、ラングとの時間を少々貰っていた。ついでにツカサも学園関連の話ができるのはよかったが、それにしても随分と親しくなったものだ。どちらかが優位に立つのでもなく、対等だからこそ気楽なのだろう。


「今日はこれを渡したくてさ。たぶん、喜ぶかなと思って。ちょっと専門用語もあるけど。医学書を持ってきたよ」


 ヴァンの差し出した何冊かの書物にラングが椅子から身を起こし、その内の一冊を受け取った。


「あれだけの暗殺術だ、壊すために詳しく学んでいるかもしれないけど。聞いてる感じ、【渡り人】の知識を含めればスカイの方が医術は高いと思うんだ」

「事実だな。故郷の街こそ師匠の知識もあり向上しているが、他国では場所により未だ祈祷などを治療とする地域もある」

「お、それはそれで興味深い。ちょっと聞かせてよ」

「今話したことが全てだ」


 ツカサもキッチンで湯を沸かしながら会話に耳を澄ませた。ぱらりと書物を捲り、ラングはほぅ、と感心したような音を零した。


「挿絵があるのは有難いな」

「うん、そういうのをいくつか選んだ。君は勘もいいからさ」

「助かる。ありがとう」


 ラングはそのままヴァンとラダンと医学について盛り上がり、ツカサはそれに飽きたクルドとアッシュに絡まれた。この二人、本当にああいった会話が苦手だなぁと思いつつ、ツカサも小休止によかったので付き合った。アッシュは本人の立ち位置の問題もあり、あまり暗殺術にかかわる話をしたくはないのだろう。同族嫌悪か、とツカサが微笑めば、気持ち悪いものを見る顔で首を傾げられた。失礼すぎる。

 結婚式の日に貰った名剣、感ずるもの(フュレン)。これはもらった帯剣ベルトの右側に差した。とても軽く持ちやすく、利き手で逆手に持っても、持ち替えて順手で持ってもよし、使い勝手のいい剣だった。水のショートソードは左に差した。これは逆手でも扱い慣れているので安心して置いておける。それから、腰の後ろには風の短剣を置いた。魔法としても得意な属性だからこそ、最大の力である魔法を隠すためにそれを選んだ。これであれば短剣を鑑定されたとしても、短剣の性能として魔法を誤魔化すことができる。クルドに良い判断だ、と褒められたが、実のところ、これはラングの進言があっての決定だった。剣先を親指側に向ける順手の持ち方、剣先を小指側へ向ける逆手の持ち方。その得意、不得意を指摘されて指導を受けたうえで決めたのだ。


「シェイ」


 ラングが不意に声を掛け、黒い破片を革紐で括ったものをぽんと投げた。ぱしりと受け取ったシェイは金目を見開き、素早くラングを見た。古代石(エンシェントストーン)の破片。ラングの胸当ての一部だったものだ。


「礼だ」

「……有難く貰っておく」


 ぎゅうっとシェイがいつになく神妙な面持ちでそれを握り締め、ツカサは首を傾げた。そういえば、ラングのシールドはシェイの師匠が創ったのだったか。であれば、胸当ての部分もそうだったのだろう。師匠の魔力を感じ取り会話をした二人だ、魔力の残滓はシェイにとって懐かしいものということだ。様々な礼をきちんと返すラングの行動にツカサは自分もそうであろうと思った。


「それじゃ、そろそろ帰ろうか」


 話すだけ話して楽しんだヴァンはすっくと立ち上がった。ヴァンのすごいところは決して相手に負担を掛けないところだ。絶妙に会話を切り上げ、無駄な時間は奪わない。特に、ラングの時間が残り少ないことを分かっていての配慮だ。ツカサや仲間からその時間を奪い続けるようなことはしない。ヴァンが立ち上がれば他の仲間も順次立ち上がり、軽い挨拶をして玄関に向かう。ラングは立ち上がって胸に手を当て礼を尽くした。


「書物、感謝するぞ」

「いいよ、僕とラダンのお古で悪いけどさ」

「ラングの耳を診た時のも書いてあるから、実用性は実証済みだ」

「じゃあ、またな!」

「今度はアップルパイでも持ってくるぜ」


 わらわらと男たちが出ていけば、リビングはまた静かになった。息抜きもできたので作業に戻るか、もう少し休むか悩んだところでラングの視線を感じた。振り返ればシールドが真っ直ぐにこちらを見ていたので、用があるのだろう。


「話せるか」

「もちろん」


 ハーブティーをお代わりして二人分を机に置き、専用の椅子に座るラングを眺めるようにソファへ腰掛けた。暫しの沈黙。ラングは何かを話そうとする際、話す内容をまとめてあるはあるのだが、一言目を発するまでに時間を要する時がある。そういう時はあまりいい話ではないことが多く、沈黙が怖い。やがて一つ息を吐くとラングは呟いた。


「今夜、私は少し出掛けてくる」

「どこに? っていうのは、聞くなってことなんだよね?」

「そうしてくれると助かる。もしかしたら、明け方まで戻れないかもしれん」

「わかった。夕食はみんなで取れる?」


 あぁ、とラングから肯定を得てツカサはにこりと笑った。ラングはじっと動かず、まだ言葉を選んでいるように思えた。話が終わった場合、ラングは以上だ、と言いたげに動く。ツカサは首を傾げ、ハーブティーを飲みながらゆったりとそれを待った。三分程か、静かな間を過ごした後、ラングは椅子に寄り掛かった。


「お前を連れていきたいのだが、どうなるか状況がわからない」

「危険ってこと?」

「そうだ」


 いったい、ラングは何をするつもりなのだろう。明確に言わないのは理由があるということはわかる。行き先も告げず、ただどこかへ行くとしか言わないのは場所を特定されるのも困るからだろう。かつ、場合により危険。ツカサはううむ、と一人腕を組んだ。気にはなるが、暴こうと思うほどではない。しかし、興味はある。好奇心は機会を逃すと一生残る。


「一緒に行ってもいいかな」

「構わん、では、今夜二十一時に家を出る」

「わかった」


 会話が済んだところでタイミングよくモニカたちが帰宅した。もう夕方も過ぎて少し冷え込んできている。暖炉に薪を足し、夕食の支度を手伝うことにした。ふらりと出掛けていたアルも戻り、夕食を取りながら今夜は出掛けること、戻りは朝か昼だと伝えれば、アルも興味を惹かれていたようだがラングが断った。弟だけを連れていく行動に秘伝の何かがあると理解したのか、結局わかった、とアルも頷いていた。


「アルはどこに行ってたの?」

「防具屋、ちょっと加工頼んでてさ」


 ふぅん、とツカサは内容を尋ねるために首を傾げたのだが、アルはまだ秘密、とにっかり笑うだけだった。


 二十一時、まだ眠るには早い時間だが、ラングもツカサもいないとあっては男一人は暇なのだろう。アルは早々に自室に入り、槍の手入れをしてから眠るらしい。女性陣は少しだけ酒を飲んでから眠ると言い、リビングからいってらっしゃいと見送ってもらえた。実際、飲むのはエレナでモニカはストッパー、アーシェティアはエレナを運ぶのだろう。あの怪我はエレナの様々なところを弱くしてしまっているように思え、労しい。

 雪はちらちらと降り続けていた。街中の明かりが照り返されほんのり灰色の中、同じような色のマントを羽織ってラングと道を行く。白い息がラングを通り過ぎるのを見ると、この人も体温があるのだと思い、当たり前のことなのに感動してしまう。ジェキアで過ごした冬のことや、そこまでの道中を思い出し、一人懐かしさに目を細めた。

 イーグリスの東門を出てさらに東へ。街道はかなり早い段階で逸れ、木立から森に変わる境目を越えていく。見通しの悪いところまで来れば、ラングは大地よ、と声を掛けてその森を少しだけ寄せて、広場をつくってもらった。何をするつもりかと見ていれば、おや、と聞き覚えのある声がして振り返った。白く美しい装束に身を包んだ時の死神(トゥーンサーガ)が微笑を湛えていた。


「セルクス?」

「やぁ、ツカサ。……一人ではなかったのだな、ラング」

「居ては不味いか?」

「いや、君が困らなければ問題ないさ」


 セルクスは笛を振って大鎌を取り出すと、その石突で地面を突いた。とーん、と音が響き、空間が切り取られるような感覚を覚えた。周囲を見渡してから視線を戻せば、セルクスとラングが向かい合って立っていた。さて、と切り出したのはセルクスだ。


「理の神に応えし勇者よ。汝の望みを、我が時の死神(トゥーンサーガ)の名において叶えることとする。望みに変わりはないな?」

「あぁ」

「では、これより汝に時を与えよう」


 すぅっと持ち上げられた大鎌は一度円を描き、それから、何もないところを斬り開いた。そこから白い何かが現れた。歩み出てきたようでもあり、引きずり出されたようでもあった。

 今日は氷竜の月十五日。もっとも月が丸い、満月の夜。その白い月光の下、現れたものの白い光が取り除かれ、ツカサは息をのんだ。


 ざんばらに切ったやや青みがかった黒髪、後ろの長いところを一つに結び、尻尾が背中へ垂れ下がっている。深緑のマントは長く、その長身を隠すように揺れていた。ゆっくりと開いた目は血を煮詰めたような濃い赤色。やや垂れ目の涼やかな目元は、あの日、ラングの夢の中で見た男だった。

 リーマス・アルブランドー。

 ラングの師匠であり、父である男がそこに居た。



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