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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
終章 異邦の旅人

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4-87:若きアルブランドーの幸せ 2

引き続き結婚式をお楽しみください。


 慌ただしい挨拶もありながら、門扉から長身の男が退けば、賑やかさに釣られてご近所さんたちも結婚式に顔を出してくれた。ツカサたちがどういう人物と繋がりがあるのか、それは良い人、悪い人を見極める材料の一つとなる。


 ツカサは招待客たちに紹介をしていいかと許可を得たうえで、近隣の住民に友人たちを紹介していった。

 遠くスヴェトロニア大陸を旅していた時に出会った金級冒険者パーティ【真夜中の梟】。

 酒場で意気投合した、という真実を多少混ぜた【空の騎士軍】の副隊長たち。

 この街の統治者(オルドワロズ)とその家令と家人。

 スカイの有名どころの金級冒険者パーティである【快晴の蒼】。

 そして、自身の家族でありパーティである【異邦の旅人】。

 内心でこっそり、今はもういないけれど敏腕の商人王太子もね、と呟いた。

 近所の人々は冒険者のランクの高さや統治者(オルドワロズ)がいることに顔を引き攣らせていたが、その分、ツカサがおかしな冒険者ではないとも理解してくれたらしい。ラングの格好に眉を顰める者もいたが、顔に傷痕がある、と相変わらず嘘か真かわからないことを言えば、興味を惹かれながらもそれ以上問う人はいない。

 こういう時、権力者や相応の対処を知っている人が居てくれることは身分証明の一つなのだと知った。感想を言いたくてラングを見れば声を出さずにラングの故郷の言語で唇を動かし、上手く使え、と言われた。一つ頷いて返せばラングは少しだけ離れた位置に立った。そこに山盛りの食事を持ったアルと、赤ワインを持ったヴァーレクスが合流し、一角に物騒で腹ペコなおかしい空間が出来上がる。

 一通り挨拶を済ませた後、ツカサも果実水を手にそこへ合流した。アルが二皿空にしてから尋ねてきた。


「おい主役、モニカの横にいなくていいのか?」

「警護もここに居ていいの? 正直、ごった返しててどこに居ればいいのかわからないんだよね」


 あぁ、まぁ、とアルは賑やかな会場を見渡した。モニカはモニカでエレナとアーシェティアと一緒に、エフェールム邸の庭師とその孫娘と楽しそうに話しており、【真夜中の梟】は【快晴の蒼】と盛り上がっている。シグレは【空の騎士軍】の若き副隊長たちと何か興味深い話でもしているのか、それはそれで楽しそうだ。近所の人たちもホッとした様子で食事や酒を楽しみ、時折ツカサに向かって手を振ったりと心を許す様子を垣間見せた。今一歩そこに馴染もうとできないのは、この場所の居心地が良すぎるからだろうか。

 そんなツカサの様子に、赤ワインを飲んでいたヴァーレクスが眉を顰めた。


「スカイ式などで行うからだ。アズリアの形式でやればよかったのだ」

「モニカの故郷じゃ、結婚する側が食事を用意して、お祝いに来てくれる人たちに御馳走を振る舞う形式って言ってたけど。それってこと?」

「それは北部の形式だ。南部のものでやれば、こうもうるさくはならなかった」

「どういう感じなの、それ」


 空いたグラスを差し出されたので赤ワインを注いでやった。ヴァーレクスはなんだかんだで話してくれた。アズリアは広い国なので南北で形式が違い、北部が自ら人をもてなすもので、南部では祝う側が全てを用意するのだという。どちらかというと厚意に甘えるものではなく、半分祝うことが義務のようなものだそうだ。それはそれで気を使いそうだな、と思い、ツカサは腕を組んだ。


「じゃあ、中央は?」

「半々だ」


 ふぅん、と返せばまたグラスが差し出された。顔色は変わっていないので、酒は強いのだろう。それならいいかと再び注いでやれば、ヴァーレクスは机に置かれていた新しいグラスをラングへ差し出した。


「飲めるので?」

「好きではない」

「一口も?」


 ヴァーレクスがグラスを揺らせば、ッチ、という舌打ちの後にラングがそれを受け取った。ラングがホットワイン以外で酒を飲む姿は、今までのことを振り返っても片手で数えられる程度だ。強いのか弱いのか判断に困る。本当に飲むのか、と様子を窺ってしまい、シールドが早くしろと揺れた。多く注ぐのは憚られ、二センチほどにしておいた。ヴァーレクスはそれを確認してから自分のグラスを軽く掲げた。


「では、祝福を」

「私は祈りを」


 それぞれ言っている言葉は違うが、意味合いは同じだ。ツカサの前途を祝し、グラスを掲げてくれたのだ。


「あー、じゃあ俺は健康を?」


 アルが果実水のコップを掲げ、ツカサは慌てて空のコップを置き、周囲を見渡して一先ずグラスを持って赤ワインを手酌で注いだ。


「俺は、じゃあ、ええと」

「お前はいい」

「受けておけ」

「そうそう」


 カチカチ、コン、とグラスやコップを当てられ、四人で一口ずつそれぞれを飲んだ。たったこれだけだが、繋がりが強くなったような気がするから不思議だ。この中の二人は、いずれ片方が死ぬんだよな、と恐ろしく冷静に考え、自嘲気味な笑みが浮かんだ。その考えは赤ワインでごくりと流し込んだ。

 時折沈黙を挟みながら小さな話題を話していれば、空の色は緩やかにオレンジを抱き始めた。結婚式の開幕は昼前だったというのに、時間の経過はあっという間だ。雪花の月なのでもう日が短いのだ。


「ツカサ、少しいいかな」


 声を掛けられて空から振り返れば【快晴の蒼】の面子から離れ、ヴァンが一人でそこにいた。首を傾げながらも輪に誘い、グラスを差し出せば果実水を貰おうかな、と主役の酌を強請った。嫌ではない強請り方だ。喜んで、と笑い、注いでやった。


「ヴァン、どうかした?」

「いや、祝詞をいつ読もうかなと思ってさ。事前に、夜にやりたいことがあるとは聞いているけれど、君の希望を聞いておこうかと。夕方の温かいオレンジの中でやるか、星が瞬いてからやるか」

「あぁ! そういえばその件、お願いするだけしといて、全然話してなかった」

「事前準備が必要なものではないから、君たちが今、という時、いつでもいいよ。読んで欲しい時に声を掛けてね」


 依頼しておいて今まで忘れていたのは申し訳なかったが、そう言ってもらえると助かる。ただ、できれば関係者だけが残っている時にやりたいと思っていることだ。近所の人たちにも酒が回り、いつ帰路につくのかわからないのが困りごとだった。ツカサは近所づきあいというものを深くやってこなかったので、こういう時、どうすればいいのかがわからないのだ。その視線を追ってなんとなく察したのだろう、ヴァンが優しい笑みを浮かべてツカサの肩を叩いた。


「今回、僕らも含め、参列者が多忙な面子だからスカイ式にしてくれたんだろう? 招待客以外、今は立ち入らないでね、って時は、門扉を閉じていいんだ。あと、お帰りは招待客である僕らが促すから大丈夫。こういう日に、主役に悪役はさせないよ」

「そうなの? じゃあ、お言葉に甘えてそろそろ閉めようかな。その、シグレさんとかも物珍しさで、すごい人だかりできちゃってるし。行政の文句を聞かせたいわけじゃないし」


 そうだね、とヴァンが苦笑し、振り返って部下たちへ視線をやった。ツェイスが頷き、副隊長たちが門扉の前に陣取り、ゴホン、と咳払いをした。ルーンが両手を上げれば、小さな花火がパチパチと弾け、視線を集めた。


「御歓談中失礼、そろそろ門扉を閉じる頃合いとなっております」

「友人たちを主役に返し、祝福を受ける時間を差し上げてください」

「お手元のグラスは空にして、心地よい気分でどうぞ花を追ってください」

「御参列の皆様にも、祝福がありますように」


 四人の口上が済めば、ヴァンがふぅっと息を吹いた。空中で舞っていた花びらがふわりと道を描き、門扉から出て広がっていく。それを追って大人や子供たちがわぁ、と歓声を上げながら素直に門扉を出ていった。それから、改めておめでとう、ご馳走様、これからよろしく、と笑顔でツカサたちに手を振って帰路についた。素晴らしい手腕だ、相手に嫌な思いをさせることなく、すんなりと敷地内には元の招待客だけになった。なるほど、このために花びらを舞わせていたのか。


「すごいね、さすが」

「用意というのは、こういうことを言うんだよ」

「策士だな」

「軍師ですから」


 ヴァンはラングに対し、ふふん、と胸を張った。向こうでシェイが空を見上げ、ぱちりと瞬きをしたのが見えた。ぽっとオレンジ色の明かりが等間隔で灯り、会場は夜会へと色合いを変えた。明かりの色だけで印象ががらりと変わることにも感動を覚えた。わぁ、すごい、とモニカがくるりと回っている姿に皆が目を細めていた。


「いい子だね」

「でしょ? それにすごく強いんだ。心も、ビンタも」

「あはは! それはいいね! 冒険者の妻はそうでなくちゃ!」


 ヴァンは本当に楽しそうに笑って、ツカサの肩を叩いた。ひぃひぃと涙を流すほど笑った後、ヴァンは果実水で喉を潤してから言った。


「いい結婚式だよ。自由で、気楽で、純粋に楽しい。素敵な光景だ、なかなか見られるものじゃない」

「ありがとう、それこそみんなのおかげ。エフェールム邸のみんなが居なければ、こんなに上手く食事も飲み物も回ったかわからないし、招待客もさばけなかった。ヴァンが指揮を執ってくれたから、始まったし。問題なくご近所さんも帰路についたしね」

「……君のそういうところ、本当に貴重だね。ラングもそう思うだろう?」


 ツカサの向こうを覗いて問うヴァンに、ラングはゆっくりとシールドを向けた。


「そうだな」


 シールドはまた会場に向けられ、黒曜石のようなシールドにオレンジの色が映っていた。その明かりの元を探してツカサの視線も賑わう友たちの方へ向いた。誰も彼も、ツカサであったり、ラングであったり、アルであったり。様々な色を持った糸がここで紡がれ、美しいタペストリーを創りだすような、そんな感覚があった。この中の誰か一人でも欠けていたなら、この光景はなかっただろう。ツカサは自然と自身の胸を押さえていた。今になって守れたものの大きさを痛感し、込み上げる感動をじっくりと受け止めて、それが自分の熱に変わる。こうして刻まれていく物語を、今日の日記にどう書き記そうか。そう考えていれば、また一色飛び込んできた。


「とんでもねぇ遅刻をしちまいやしたが、まだ入れやすかね?」


 飄々とした声に顔を上げれば、門扉を覗き込むようにしてヘクターがいた。やつれていた顔はすっかり元通り、とはいえ、それでもひょろりと細いのだが健康的な顔色を取り戻していた。ツカサが門扉へ駆け寄る前に、カイラスが門扉を開き、どうぞ、と促してくれていた。そちらへ会釈をしてからツカサは歓迎を示した。


「ヘクター! もちろんだよ」

「へへ! ありがてぇ、ツカサの坊ちゃん、おめでとうございやす!」

「坊ちゃんはやめてよ、ありがとう! それにしても随分遅刻してたね。どこにいるかわからなかったから声も掛けられなかったんだけど、来てくれてよかった」

「いやぁ、ちょいと雇い主からの依頼がありやしてね! ようやく戻ったところだったんで。エフェールムのお館で聞いて、慌てて来たってとこでさ! 間に合ってよかったっすよ」


 ぽりぽりと頬を掻いたヘクターに果実水を差し出せば、すいやせん、と首を揺らした後一気に飲み干した。おかわりを手酌しながらヘクターは声を潜めた。


「セリーリャのお嬢を王都の孤児院に届けてきたんすよ。【快晴の蒼】のラダン殿が手を求めて、あっしの雇い主が挙手したんでね」

「そっか、いつの間に。見送り行けなかったな……」

「決まったのは旦那方が【赤壁のダンジョン】に行っている間のことだったんで仕方ないっすよ。あっしも暫く王都で遊んできやしたんで」

「仕事を終えて戻ってきたところ、だったんじゃないのかよ」


 ん? とアルが眉を顰めれば、ヘクターは慌てて取り繕った。


「おっと! あぁーっと、セリーリャのお嬢は、えぇ、そりゃあもう、元気で! 孤児院にも世話焼きなガキんちょたちばかりなんで、すぐに馴染みますって!」


 ヘクターの緩さ加減に変な意味で救われ、ほっと胸を撫で下ろした。様々なことを聞いているが、あの少女の命が尽きるその時まで、幸せを願わない日はない。そうそう、とヘクターが身に着けたポーチをあさり、ひょいと差し出した。


「どうぞ、お祝いでさ」

「いいの? ありがとう。なんだろう」


 手に乗った四角い箱、今日は箱が多いなと思い開いてみたら、丸い石が入っていた。持ってみればオパールのように七色に輝いていて綺麗だ。覗き込んだヴァンが、わぁ、と声を上げた。


「珍しい、仮初の記憶石だ。短い時間、ほんの一瞬を切り取って、これに残しておけるんだよ」

「へぇ、そんなのがあるんだ……! 短い動画かな、写真かな」

「試してご覧よ。記憶石を持って、光景を映せばいいはずだ。……ところでヘクター、これ、かなり希少なものだけれど、君、いったいどこで手に入れたんだい?」

「な、なんのことですかね……」


 ヴァンから尋問を受けるヘクターは放っておいて、へぇ、とツカサはワクワクした気持ちで石を手に会場をぐるりと見渡した。それを箱に戻せば石の中で皆が笑う姿がキラキラと再生され、目を輝かせた。これは、最高の贈り物かもしれない。


「ありがとう、ヘクター!」

「へへ、そう喜んで貰えると盗った甲斐がありやす!」

「今、なんて言った?」

「いやはははは! なんでもねぇんで! あっしはあちらで食事をもらいやしょうかね! おめでとうございます!」


 ささーっと素早く離れてエフェールム邸の従僕から皿を受け取り、ヘクターは空腹を満たすことに集中し始めた。その背を眺め、ツカサは手元の品の扱いに困った。


「持っておけ、知らん顔でいい。どこかで見せびらかすような真似をしなければ問題ない」

「う、うん。ラングがそう言うなら」

「僕は何も聞かなかったし見なかったよ」


 諦めたヴァンも両手を上げ、アルの笑い声が響いた。そっと空間収納に入れ、出すのは家の中だけにしようと思った。これもまた、書斎の棚に飾りたいものだ。

 夜の帳が下りる。時間経過に伴ってシェイはトーチの色合いを調整してくれて、今は足元が見える程度、輪郭が明確にならない程度の絶妙な明かりの下、談笑が続いている。ロナとマーシに詳細を聞き損ねていたカダルの王配への道や、エルドのギルマス就任の経緯など、懐かしく新しい話に終わりは見えない。

 ツカサが創ったあのダンジョン、最終的には【旅人の温泉】という名に落ち着いたらしいが、その街の建設についてヴァンがシグレと真面目な話をしている場面もあった。非公式だからこそ話しやすいこともあるらしい。じゃあ次の会談ではそう言っておこう、わかった、頭出ししておくよ、と根回しをするような会話も聞こえていた。

 ラングは全体が見渡せる場所で様々な組み合わせで会話する皆を眺め、シールドの中で目を細めていた。アルはすっかり腹を満たし、ツカサに出してもらった椅子に座り込んでいる。


「ラングともみんな話したがってるぞ、混ざらないのかよ?」

「警護をせねばならん」

「心配ないだろ、シェイの魔法障壁は探知の目的もあるし、その外だって精霊が飛び回って見てくれてるんだからさ。新郎の兄として、ちゃんと挨拶回りしておけよ」

「私が話すと終わりそうでな」


 自覚はあるのか、とアルは意外そうに目を見開いた。ラングは肩を竦めて動作だけで、ある、と答えた。声を発すれば次の言葉が待たれる。培ってきたものと、生来のものと、幾重にも理由があるのだが、それが良くも悪くも場を動かすことは理解している。


「終わらせるのが、少し、惜しい」


 素直な感想だった。このところ、ラングがこうして柔らかい感情を言葉にすることが増えたような気がする。それをくすぐったく思いながら、アルは言った。


「終わらせなきゃいいんだよ。続ける努力ってのが大事。お前もそう思うだろ、ヴァーレクス」

「さぁて、私は部外者なものでしてねぇ」


 くそが、とアルは吐き捨てて立ち上がり、ラングと肩を組んだ。これを振り払われないのは特権だと思う。


「ツカサとモニカが揃ってるところで、おめでとう、言うんだろ? 機会をなくす前に、行ってこいよ」


 とん、と背中を押され、ラングは抗わずに歩き出した。音もなく歩いているのだが、皆が気になっていたからか、自然と道ができる。ツカサは歩み寄ってくる兄に姿勢を正し、モニカと顔を見合わせ、嬉しそうな笑みを浮かべた。目の前にやってくれば皆がそれをじっと注視した。


『野次馬が多いな』


 故郷の言語で話したラングにいくつか、くそぅ、そう来たか、と悔しそうな声が響く。ツカサは笑い、少し端の方に移動を促した。【防音の宝珠】を使われることはない。ツカサも防音障壁は使わなかった。少しの間を置いて、ラングは唇を開いた。


「ツカサ、モニカ。おめでとう」

「ありがとうラング」

「ありがとうございます、お義兄さん」

「言われ慣れない言葉だ。少々、くすぐったく感じる」


 ふふ、とモニカは笑い、繋いでいたツカサの手をぎゅっと握った。照れる気持ちをそこで示され、ツカサも握り返す。


「モニカ、冒険者は突然死ぬ。共に過ごす時間を大事にすることだ」

「はい」

「ツカサ、残される者の苦しみをよく理解しておくことだ。常に備え、そして守れ」

「はい」


 厳しいラングの実体験からの激励を受け、若きアルブランドーたちは頷き合った。ラングはシールドを僅かに傾け、顎を撫でた。


「もう少し気の利いたことでも言えればいいのだが」

「ラングらしいよ。それに、大事な言葉とか、想いとか、今までにもたくさん貰ってる。全部、大事にするから」

「そうか」


 ふっ、と小さな息の音。それだけでツカサは嬉しかった。次いで、ごそりとラングがポシェットを叩き、手紙を取り出した。封をされたそれをモニカに差し出す。


「約束の贈り物だ。子の顔を見てから決めることだ」


 ぱぁっと笑い、それを受け取ったモニカは大事そうに胸に抱いた。そういえば名付け親になってほしいと強請ったのだったか。ツカサは中身が気になったが、顔を見るまでは開けるな、と言われたのでぐっと堪えた。モニカはそっと前に出て声を掛けた。


「お義兄さん、腕、広げてください」


 腕? とツカサが声を代弁し、ラングは首を傾げながら腕を広げた。そこにモニカが飛び込んで、ぎゅうっと抱きしめた。マントが緩衝材になって痛くはないだろうが、突然のことにツカサの方が固まってしまった。


「ツカサも、早く」

「え? あ、うん」


 恐る恐る近寄って、モニカも抱きしめるようにしてラングに抱き着く。ラングの腕は未だに開いたまま、微動だにしない。


「お義兄さんも、ぎゅってして!」


 む、と小さく唸った後、ラングはツカサとモニカの背に腕を回し、とん、とん、と叩いた。違うそうじゃないのぎゅってするの、とモニカがマントに対しもごもご言っているのに笑ってしまい、ツカサは二人を揺らすように腕に力を入れた。やめろ、とラングが身じろぐのを無視しながら一頻り笑った後、周囲の温かい視線に耐え切れなくなりツカサが離れ、満足気なモニカも離れ、ラングはマントを正した。モニカはにっこりと笑い、ラングに言った。


「最高の贈り物です」

「そうか」


 モニカは自分を眺めている兄弟の姿に、雰囲気がそっくり、と笑い、ツカサはシールドの方を向いた。光の加減でわかりにくいが、ラングが確かに微笑んでいるのを見て、この子が妻でよかった、とツカサは何度目か胸中で呟いた。


「幸せでいてくれ」


 ラングの言葉は真摯な願いだった。再び二人で頷き、胸に手を置いて応えた。ツカサはゆっくりとヴァンを見た。


「ヴァン、祝詞をお願いできる?」

「いいとも。では、僭越ながら」


 大地よ、と声を掛けずとも、ヴァンが一歩、二歩、三歩、と踏み出したその先に階段が現れ、その人は少しだけ高い位置に立った。慣れと連携の差か、と真面目にラングが呟いた声に笑いそうになってしまったのを小さな咳払いで誤魔化し、壇上の読める者(リデラスタル)を皆が眺めた。

 一度瞑目、すぅっと開かれた透明な水色は荘厳な声を持って役割を示した。


「人が神を呼び、想い、いつからか数え始めた始祖の名を持つ、エミス時歴。時にして、七九八八年、雪花の月、二十五日」


 左手の上に右手を載せ、ヴァンは一同を見渡してからそれを開いた。


「今日、このよき日にて、一組の夫婦(めおと)が皆の前に誕生する。祝い、見届けよ。遠い大陸の友も駆けつけ、この地を治める統治者(オルドワロズ)、その家人にも慕われ、また、空の国を守る守護者たちとも交流を持ち、生死の境を生きている冒険者の友、嵐のように駆け抜けた空の風、そして、鋭いタルワールの切っ先すら呼び寄せて、今、こうして縁ある者たちが一堂に会している奇跡を胸に抱き給え」


 ヴァンは手に載った本を見せるように、一度左右にその掌を見せた。


読める者(リデラスタル)、我が名はヴァラシス・フェヴァウル。またの名をヴァン・リージュ・リジェータリア。祝福の祝詞を伝える者なり」


 すぅ、と息が吸われ、紡がれたものはまるで歌だった。


「黄金の小麦、芳しい香り、揺れるさざなみは幼子の子守唄。穂先は触れれば痛かろう。されど、それは汝の糧となる。水の流れ、風の動き、黄金の粒は砂となり、汝の命を満たすだろう。その手を赤くするものは、ただ、黄金の穂先だけであれ。豊穣の女神、ハルフルウストは願う。汝の空腹が柔らかなパンと、愛する者の想いで満たされんことを。とこしえに、願う。若きアルブランドーの二人に、幸いあれ」


 右手が左手に重なり、瞑目したヴァンに合わせ、皆が胸に手を置き、それに倣った。ヴァンは再びこつりと足を鳴らし、皆が目を開き、笑顔を浮かべた。


「さぁ、あと少し、宴を続けようか。クルド、アッシュ、音楽だ!」


 任せろ、とクルドがリュートを、アッシュが笛を吹いて一気に賑やかになった。手を繋ぎくるくる回るだけのダンス、腕を組んで走り回るだけのダンス、もはやそれはダンスなのかと言いたくなるようなものもあった。ヴァンの詩吟も混ざりながら、友と、家族と手を取って踊ることの楽しさをツカサは知った。アルはアーシェティアの海賊の踊りに付き合い、歓声を受けた。穏やかな気候で海を渡って来たので、そういった酒盛りなどもあったらしい。粗野だがキレのいい動きは海賊らしく、ここに来られなかったトランペットのような声の男と、静かな凪を思わせる男に少しだけ思いを馳せた。

 ふと、端の方でエレナがラングを誘い、穏やかなワルツを踊っているのを見た時はにやけてしまった。踊れるのか、という驚きと、何を話しているのかは気にはなるが、見ているだけでも野暮だろう。ツカサは素早く視線を逸らした。その先でとんでもない人を見つけ、ツカサはマーシの手を離してそちらへ駆け寄った。赤ワインのグラスを軽く掲げ、藍色の目が微笑んだ。


「おめでとう、ツカサ」

「ありがとう、セルクス。怪我は?」

「すっかり元気だ、問題ない。いい式じゃないか、少しだけだが、混ざらせてもらうよ」

「もちろん、ラング呼んでくる?」

「いや、邪魔をしないでおこう」


 手で制され、藍色の視線の先を追った。エレナにもう一曲、と強請られて溜息をつきながらも付き合う姿に、そうだね、と呟いた。ツカサ、と名を呼ばれそちらを見遣れば、神としてその人が言った。


「命は生きればこそ必ず死ぬ。絶えず死を友として生きるのだ。さればこそ私は導くことができる」

「……その言葉も魂に刻んであるよ」

「ならばよいのだ」


 とん、とツカサの胸を叩き、セルクスは立ち上がった。


「その祝福を生かすも殺すも君次第。易々と私に導かれぬよう、しっかりと道を歩きなさい」


 強く頷いた。セルクスは祝福を、と囁き、光の粒を残して消えた。赤ワインの少しだけ残ったグラスが、その人が確かにそこにいたことを証明し、ホッと息を吐く。


「おいツカサ! 途中でパートナー置いていくとか、俺は泣いちゃうぞ!」

「ごめんって、マーシ。ロナに返却するね」

「ぇえ? もう少し預かってていいよ」


 おいこら! とマーシの抗議に二人で謝り、三人で輪になって回ってみたりして、楽しかった。

 十曲も演奏されただろうか。リュートと笛の余韻が消える頃、最後にゆっくりとした曲をお願いして、ツカサはモニカと共にヴァンが創っていた壇上に上がった。主役の二人がそこに立てば、皆が視線を上げてくれる。ラングのシールドににっこりと笑いかけ、向かい合ったモニカへ手を差し出し、ぎゅっと握り合った。右に三回、手を変え、左に三回。最後に、お互いの右手の小指を食んだ。指先に揺れる柔らかい感触、自分が食んだ細く温かい体温。守ろう、と思いながら唇を離した。それから、空間収納から指輪を取り出して、モニカの左手の薬指にそっとはめた。細い金色の指輪は緩やかなウェーブを描き、埋め込まれている小さなダイヤモンドがきらりときらめいている。サイズもぴったりでホッとしたところに、一生懸命背伸びをして、モニカがキスをしてくれた。咄嗟に抱き留めた体をそのままぎゅうっと抱きしめて、全身でその温もりを感じた。

 ひゅぅ、と口笛を鳴らされ、拍手を受け、幸せにな、おめでとう、と温かい祝福を受け、ツカサとモニカは真っ赤になりながら幸せな笑顔を浮かべた。シェイが指先を空に向け、ぱぁっと美しい花火が弾けた。真っ白な光がさらさらと降り注ぐ美しい光景。手に降れれば温かい雪のように残らずに消える、神秘的な光。宴の終わりには最高の幕引き(カーテン)だった。足元の土がふわぁっと大地に戻り、ツカサとモニカは大地の手のひらを受けて皆と同じ位置に戻った。


「では、我々はお暇しよう」


 まず動いたのはシグレだ。手早くエフェールム邸の人々が動き、ケータリングの跡形もなく綺麗に片付けられた。食事や飲み物を出しながら随時片付けてくれていたのだろう、見事な連携だった。長居をせず、跡を濁さず、シグレはおめでとう、と最後にもう一度言うと、あっという間に皆を伴って立ち去った。

 見送っていれば肩を叩かれた。


「休み、二か月後だ。来年の頭を過ぎた頃、正確な日時は冒険者ギルドにメモ預けておくからな」

「よかったら私ともダンジョン行きましょう! スーもいますし」

「ヤンの話も聞けずじまいですしね、また」

「せっかくだから新婚旅行も兼ねて王都にも来てくれ。騒がしいだろうが、部屋はある」


 副隊長たちが軽い様子で声を掛け、駆け足で立ち去っていく。それは上官が居るからでもあり、残らないためだ。手を振って見送れば金級冒険者連中と家族がこちらを見て笑っていた。アルが伸びをしながら大きな声で言った。


「さーて、飯食うかな! 騒いでまた腹が減った! 【真夜中の梟】も行こうぜ」

「もちろんだ! ロナ、今日は飲んでいいんだろ?」

「お世話はしないからね、記憶失うまで飲むのはだめだよ」


 マーシが、ちぇ、と言いながらまず三人が出ていき、次にアーシェティアがモニカの髪を直してから笑った。


「良い夜を」

「ありがとう、アーシェティア! エレナさんたちをお願いね」


 胸を叩き、アーシェティアは先に門扉へ行った。次にヘクターがへらりと笑い、それだけで帰路につく。ヘクターは皆とどこかに行くことはないらしい。それを眺めていれば【快晴の蒼】が並び、ヴァンを筆頭に礼をし、微笑んだ。


「お招きありがとう、本当に、幸せにね。来年からは先生としても、よろしく」

「そうだね、よろしく」


 それじゃ、また、と門扉を出て、彼らは立ち止まった。ヴァーレクスを待っているのだ。ツカサの前に出て、ぬらりと身長の高い男は視線をやってから顔を動かした。


「氷竜の月、十日だ」

「わかってる」


 ならばいい、とヴァーレクスは【快晴の蒼】と共に立ち去った。視線を呼ぶように、エレナがふわりとモニカを抱きしめた。


「あぁ、よかった。この日を夢見ていたのよ。本当に、夢のようで」

「現実だよ、お義母さん。でも本当によかった!」


 モニカもぎゅうっと抱きしめ返し、女同士で笑い合う。ラングの手がエレナの肩を撫で、ツカサにシールドが向いた。


「ではな」

「うん」


 他に言うこともあるでしょう、とエレナから叱責を受けながら、その歩調に合わせてラングは歩き、外に出て門扉を閉じた。ラングはこの後、きゃあきゃあと楽しそうなエレナとアーシェティアの保護者として過ごすのだろう。ふつ、ふつ、とシェイのトーチが消えていく。探知にもなるそれはここに若きアルブランドーだけが残ったことを既に知っているのだろう。トーチが全て消えて星空に目が慣れてくる頃、ふわりと魔法障壁が解かれ、冷たい風に晒された。二人してぶるりと震えあがり、そろそろ中に入ろうか、と苦笑を浮かべながら言えば、モニカがそうだね、と笑った。


 この幸せな日のことを、どれだけ必死に書くことになるのだろう。

 言葉を並べてみても、重ねてみても、到底足りない、及ばない。

 こういう時、人はもっと多くの言葉を知りたがる。

 この幸せな日は、俺に読書という趣味を与えるきっかけにもなったのだ。

 ただ、今は、精一杯、心からこの言葉を書こうと思う。


 幸せだ。



かつて少年であった者よ。

いずれ青年となり前を向いた者よ。

ただ、願う、幸せであれ。

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― 新着の感想 ―
幸せとあたたかさに柔らかく包まれた”自由で、気楽で、純粋に楽しい”お式の様子を読んでふわっふわになった心に、ラングの、真摯な願い。万感の思いを見た気になって、読む度に泣きます。号泣、に近い。 ヴァーレ…
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