表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
終章 異邦の旅人
352/470

4-81:約束は守るさ

いつもご覧いただきありがとうございます。


 それから三日、礼儀作法を集中的に学んで実際に街や冒険者ギルドでそれを実践、ツカサは周囲の対応の変化に戸惑いを覚えた。姿勢を正し、歩き方を直しただけだというのに、今までとは視線が違う。

 街中を歩く際も前を見ずに歩いている人はこちらが避ける必要もあるが、気づきさえすれば一瞬、はっ、とこちらを見た後、そっと避けていくのだ。中には女性の視線も感じてくすぐったくなってしまう。だが、よく見ればその視線の多くはラングを追っていた。


「なんでだろう、見た目?」

「いや、あれはな、本気出してんだよ」


 こそ、と隣のアルが言う。何が本気なのかと眉を顰めればよく見てみろよ、とアルは少し足を緩め、ツカサも釣られてラングの後ろに下がった。ラングは少しだけ顔を傾けて二人の様子を確認したようだが、何も言わず、意図をわかってか足を速めて前に出てくれた。ツカサは前を行くラングの歩き方を眺めた。

 マントでよく見えない。けれど、ツカサに教えてくれた基本を忠実に守りながら、迷いなく足を進める。するすると人混みを抜けながら、おかしな格好をしているラングなので眉を顰められることも多いのだが、堂々としているからかそれ以上の不快感は与えないらしい。今日は敢えて鼻筋を晒して歩いているのだろう。シールドからそれが覗くだけで、薄い唇と形のいい鼻筋からその先を想像させられる。それで、女性の目が集まるのだ。すれ違う人は一瞬の驚きの後、半々の確率で特異な格好は腕の良い冒険者としての在り方、と良い方向に理解もされるらしい。この街がダンジョンありきだから、というのも利用しているのだ。

 なるほど、本気か。ツカサはううむ、と唸って顎を撫でた。その在り方で相手に忌避感も抱かせるラングが、シールドの中からわかりやすく視線を向け、目が合ったのを示すために小さく会釈、それから、すぅっとわかりやすく視線を外す。興味深そうに女性が通り過ぎた後も話題にしているのを聞きながら、ツカサは遠い目で空を見た。変わった格好だけど、悪くない雰囲気だよね、という言葉にわかる、と内心で同意を示した。ツカサ自身シールドの中身は知らないが、勝手に()()()()()()()()と思っているのだ。


「本気かぁ…」

「あの格好であれできるの、ほんと意味わからないよな」

「うん、いや、立ち方かっこいいしな…、三日間やってみて本当、痛感した」


 確かに、ラングは所作も装備も綺麗なのだ。マントも、フードも、シールドも、ブーツも、時折見える手先や双剣もそうだ。手入れをしっかりやれ、手を抜くな、解れは直せ、と口うるさい言葉の意味を正しく理解すれば、これにも納得だ。それらの全てと一挙手一投足を使い、あの在り方が許される。


「何をしている」


 少し先で待っていたラングがさすがに声を掛けてきた。その声に従って若干人波が割れ、ツカサとアルは視線を受け、慌てて駆け寄った。声の使い方も上手いんだよな、とツカサは一瞬思考に引きずられ、ラングのシールドが傾いたので誤魔化すように姿勢を伸ばした。こそりとアルが耳打ちしてきた。


「あれは五十年生きてる重みもでかいな」

「それもあるかも」


 聞こえているだろうが、ラングからお咎めはなかった。

 冒険者ギルドでも違う反応があった。元々【異邦の旅人】という名で知られ始めていたこともあるが、あれ、とか、あんなだっけ、とか今まで受けたことのない反応があった。こうして実体験するとラングが重要だと言った意味もわかる。どうだ、言っただろう、とラングがその佇まいで二人に示していた。故郷でこの手法は通じるかな、と好奇心で一言零せば、ラングは誰を相手にするかで在り方を変えればいいと言った。それはツカサの故郷を夢の中とはいえ見たからこその言葉だった。


「目的を違えるな。人混みを割って歩くことが目的なのではない。よそ見をする者もいれば、他のことに夢中でこちらに気づかない者もいる。そもそも、他者を気遣うという配慮がなければ道など殺し合いばかりだ。私はそれを避けているだけに過ぎん。対峙する相手に自分を対等、もしくは格上だと認識、理解させるために教えているんだ。自らを誰かの下に置くな」


 ツカサにはそれが非常に重い言葉に思えた。かつての自分がラングに避けられる側だったか、それとも、対峙してもらえる側だったか、自信がなかった。それと同時、ラングがずっと昔、必要最低限だ、と言った短い言葉の意味を知った。この人は道を行くだけで常に戦いを視野に入れていたのだ。その生き方の厳しさに、ここまで来た道を思い、少しだけ憐憫を抱いたのは傲慢だろうか。小さくこくりと頷いて返したその日、ツカサたちはアルブランドー邸に帰った。


 夕食、食事をいただき、落ち着いた頃、ラングが不意に尋ねた。


「明日の予定はあるか」


 誰に話し掛けたものかわからず、皆が皆顔を見合わせ、視線を交わす。ラングはハーブティーで喉を潤した後、全員だ、と言った。困惑しながらもそれぞれが特にない、と答えれば、そうか、と再びハーブティーを飲む。


「え、何? 何が言いたいんだよ」


 何がしたいのか明確に続かず、アルが意図を測りかねて軽くガタリと椅子を鳴らした。

 今夜の食事はモニカがアズリアの食事を作ってくれた。買ってきたパスタを使って作ったアラディータ、少し辛いトマトベースのパスタだ。ラングは以前、辛いものが苦手だとツカサに零していたが、文句を言わずに食べ、美味い、と答えていた。それをさすがだと思いつつ、もう一つの袋状にして中にひき肉を詰めたトルテーニというかぼちゃのクリームスープで煮込んだ料理をゆっくり食べていたのは、少しだけ笑ってしまった。ツカサの視線を感じてラングがシールドの中でこちらを睨んだのがわかった。


『わかるよ、辛いものって舌に残るもんね』

『野暮な奴だ』


 肩を竦めて苦笑を返し、それで、とツカサは咳ばらいをしながら話を促した。


「ラング、さっきの質問の意図は何?」

「食べ歩き、石鹸、イーグリスの散策。マントはもう済んでいるようだが、別の目的もあるだろう」


 少しの間を置いて、全員が小さな声を出した。


「あぁ! あれだ、ラングが厨房占拠して、あの時、そうだな確かに言ったわ」

「鍛錬落ち着いたらって話してたけど、結局慌てて飛び出しちゃったから…」


 皆で出掛けようという約束が果たされないままだった。正直忘れていたが、ラングは覚えていたのだ。


「約束しただろう」


 その一言だけで皆に笑顔が浮かぶ。


「なんだ」

「いや、なんでも」

「なんでもないよ、ねぇ?」


 不満げに腕を組んだラングに皆が明るい声を上げた。ツカサは食事が終わっても誰も席を立たず、笑い合う食卓にじわりと、不思議な安堵感が胸に満ちた。明日の予定がこんなに楽しみなのは、生まれて初めてかもしれない。


 遠足前の子供のような気持ちでそわそわしてしまい眠れず、ぱらぱらと皆が上階へ上がり眠りに向かうのを、早く寝なさい、先に寝るね、まだ寝ないのか、そろそろ休むんだぞ、と声を掛けられながら見送った。暖炉前、ソファに腰掛け、ツカサは睡魔が来るのをじっと待っていた。


「いや、いつまでも寝れなそう」


 寒くはないが暇なので暖炉に火を入れてみることにした。クズ魔石を下に、上に太めの材木。これはアルが砕いた箱類だ。クズ魔石を置かなくとも魔法を使えば火はつけられるが、久々に火打ち石を使いたくなった。クズ魔石を狙い、カッ、コッ、と火打ち石を叩く。火花が散らず、首を傾げた。横から音も気配もなく腕が伸びてきて変な声が出た。振り返れば風呂上がりのラングがツカサの手から火打ち石を取り上げていた。


「忘れたのか。火打ち石は横から打つものではない」


 あ、と小さな声を喉で潰し、頬を掻いた。ラングの手が滑らかな動きで上から下へ落ちていく。そうだ、火打ち石は縦に擦るようにして打ち合わせるのだ。火打ち石が打ち金に当たり、パシュンと火花が散り、何度か繰り返してクズ魔石に火が移り、ボッ、と音が鳴った。一瞬勢いよく燃え上がった後、クズ魔石は固形燃料のようにじっくりと燃えていく。その間に太い木に火が移り、じりじりと木の燃える焦げ臭いにおいの後、炎が見えてくる。ラングがふぅー、と息を吹きかけるようにすると、精霊の力を借りたのかボボッと勢いを増して、落ち着いた。暖炉による暖かみのある色合いが広がり、なぜかほっとする。人は遺伝子上、炎に癒される生き物なのだとテレビで見たことを思い出し、ツカサは暖炉へ向き直ると絨毯の上に胡坐をかいた。ラングはその横に立膝で座り、黙って炎を眺めていた。

 ぱちっ、と弾けた音に、小さく肩が揺れてしまった。


「なぜ眠らない」


 ラングからの問いは突然だが驚かない内容だった。ツカサは首を摩り、苦笑を浮かべた。


「明日の予定が楽しみ過ぎて、なんだか寝るのが勿体ないっていうか」

「冒険を前にした子供だな」

「悔しいけど否定はできないかな」


 素直に受け入れてみせれば隣から小さく、ふっ、という音が聞こえた。常の癖は変わらず、口元に笑みは無いがその音だけで十分だ。ふふ、とツカサが楽しそうに笑えば、ラングに軽く頭を掴んで押された。兄弟二人きりの時だけ、ラングはこうしたスキンシップを時々してくれる。取り留めもないことはいくらでも話せる。


 モニカに辛いものが苦手だと伝えておくか。

 どちらでも構わない。

 明日はどこに行くんだ。

 特に考えてはいない、目的地を定めない散策というものも、たまにはいいだろう。

 朝ごはんの散策からだし、喧嘩にならないといいね。

 大喰らい共は屋台物も食わせておけばいい。

 指輪、作りに行けるかな。

 いっそ本人を連れていって形を決めさせてはどうだ、後で争いにはなるまい。


 そうか、好みもあるかと思い至り、サプライズというものの難しさを感じた。ラング自身がそういった行動をしないこともあるだろうが、ラングと話しているとサプライズにしり込みしてしまう。ツカサの迷う様子にラングは小さく息を吐いた。


「…本人に聞けばいいだろう、驚かせたいのだが、いいか、と。モニカのことだ、こだわりがそこまで強いとは思わんが、私は石鹼作りとやらを詳しく知らん」

「そうかもしれないけど。言ったらバレるしなぁ、でもなぁ」

「悩ませたようだ、余計なことを言ったな」

「あぁぁ待って、待っていかないで、大丈夫、今夜考えるから! 置いていかないで!」


 立ち上がったラングの足に縋りつき、気持ち悪いと言いたげにシールドから出ている口元が歪む。ふくらはぎに腕を回して離れないツカサに深い溜息をついて足を戻し、ラングは再び座った。


「明日行くにしても、その時までには決めるから。あの、それよりもさ、ラング、自室はどうだった?」


 二階に用意した自室について問えば、ふむ、とラングは顎を撫でた。


「いい部屋だ。ありがとう。だが、いいのか?」

「うん、もちろん。ずっとラングの部屋だから。モニカともそうやって話してる」

「そうか」

「だから、帰るまで居てよ。帰った後も、あそこはラングの部屋だよ」


 だから、戻ってきてね、とは言えず、言葉を飲み込んだ。もっといろいろと教えてほしい、ギリギリまで話したい。タイムリミットがそこまで来ているからこそ、そばにいてほしい。


「そうだな、結婚式の夜以外はそうしよう」

「え、なんでよ。別に居ればいいじゃん」

「お前…」


 ラングがここまで呆れてシールドの中に手を突っ込むのは初めて見るかもしれない。思い切り膝に肘を置いて体を折り、本気で脱力を見せた。その姿に困惑しつつも少し身を寄せた。


「何、なんだよ?」

『本気で言っているのか』

『待って、本当にどういうこと?』


 ラングはゆっくりとシールドから手を抜いて、姿勢を戻し、立膝を胡坐に変えた。


『今、アーシェティアが寝言を言った。もう食べられない、と』


 ツカサはぽかんと口を開いた。寝言が今関係あるのだろうか。


『アルは階段の上で聞き耳を立てて座っている』


 えっ、と階段の方を見ながら声を上げ探りを入れれば、確かに人の気配を感じた。それがそぅっと立ち上がり、小さなパタン、という音を最後に消えた気がする。


『右隣の家には夫婦と子供が二人、左隣の家には夫婦だけだが、この家が騎士の保養所から冒険者の所有物に変わったことに、不安な声を上げている』

『…もしかして聞こえてるの?』


 返答はないが沈黙は肯定。ツカサは身を引いてまじまじとラングを眺めた。今まで、気配や音に対し凄まじい感知能力を持っているとは思っていた。【黄壁のダンジョン】でも通路先の戦闘や魔獣の存在を誰より早く感知し、それを知らせてきた。【赤壁のダンジョン】から戻った時も、遠くにいたモニカたちの帰還を察してみせた。五感の優れた人だとは思っていたがそれほどとは思いもしなかった。


『リーマスの訓練のせいで聴覚には自信がある。だが、聞くことは耳を塞ぐ以外に方法がない。だからこそ私は【防音の宝珠】を重宝しているんだ』


 思えば、ラングのシールドの右、【防音の宝珠】は内側の音を外に漏らさないようにするだけではなく、外の音も遮断していた。それはラングの耳からのストレスを軽減させ、気配に集中できるようにするためでもあるのだろう。なるほど、そういうことだったのか、と一人納得して、それでもラングが()()()()()()()()と言った意味を図りかねた。それもまた察せられたのだろう、ラングは長い溜息をついて頬杖をついた。


『私は耳も良いが気配も読める。呪い品(ロストアイテム)を使ったところで、動きは気配で分かる。…私は知りたくもない。お前も知られたくはあるまい』


 ツカサは少しの間考えてからぶわっと顔に熱が回り、素早く暖炉へ視線を逃した。言われた言葉を理解して、ラングが気を使った意味を知り、ツカサは両手で顔を覆った。ぽん、と慰めるようにラングの手が肩に置かれた。


『安心しろ、他の奴らもその点は気を回すだろう』

『…ありがと…』


 明日の楽しみよりも羞恥が上回り、ツカサはその後、そそくさと布団に潜り、眠ることができた。ラングはツカサが眠るまで暖炉の火を守ったようだった。



 翌朝、ラングだけが平常運転、それ以外の全員がいそいそと準備を整えてリビングに集合した。男性陣はいつものフル装備、モニカは萌黄色のワンピースにショルダーバッグ、エレナは淡い紫色のロングスカートに帽子、アーシェティアが意外にもきちんとお洒落をし、戦斧を背負ってこなかった。モニカとエレナに服を指定され、戦斧を置かされたらしい。鎧を着けないことに不安そうだったが、高身長のアーシェティアはパンツスタイルがピシッとよく似合っていた。そして男性陣はそれらを褒める力量を試された。

 ツカサは素直に似合っている、可愛い、そういうのもいいね、かっこいいよ、と褒めた。屈託のない素直な感想に女性陣は顔を見合わせ、ふふっと笑った。

 ラングは悪くない、と返し、らしさにまた笑いが零れた。

 アルはとても苦慮していた。似合う似合う、いいじゃん、とは言ったが、それらは既にツカサから出されたコメントだ。捻りが足りない、と批評を受けていた。


「全部言うなよ」

「ごめんって、次はそういうのもいいね、とか残しておくよ」

「何してるの? 早く行こ! 鍵閉めちゃうよ」


 モニカに呼ばれ、二人は大きく良い返事をして家を出た。

 六人で連れ立って歩くのは初めてだ。隣同士様々な組み合わせで雑談をしながら進み、朝食に何を食べようか意見を出し合う。ラングは殿を守って歩き、前の五人の賑やかな光景を眺めていて進んで会話には混ざらない。モニカがくるりと振り返り尋ねた。


「ラングさんは何か食べたいものありますか?」

「そうだな、今朝は少し甘いものが欲しい気分だ。種類は任せる」

「甘いもの、かぁ、じゃあパンケーキとか? ワッヘルもあるよね」

「ワッヘルは昨日の朝食で食べちゃったから、パンケーキの方が嬉しいわね」

「そうだな、私もしょっぱいものが欲しい。パンケーキならベーコンも合う」

「よし、パンケーキで探そうぜ! 俺もあれがいいな、ベーコンとかたまごが上に乗ってるやつ」

「あぁ、いいね! パンケーキ屋さんってどの辺だったっけ」


 右か、左か、直進か、店の多いイーグリスではどの店を選ぶかで道も変わる。ふわふわか、薄い生地か、もちもちか、多岐にわたる好みの方向性は話題が尽きない。今朝の好みでは若干薄い生地が優勢だ。その中でさらに朝食を用意している店は、となればようやく対象が絞れる。モニカが胸を叩いた。


「それならこっちのお店にしよう! ワッヘルもあるから、甘いのがいい人も困らないと思う!」


 歩いて二十分、その間アルとアーシェティアは屋台でもサンドイッチを買い食いしながらついてきた。到着したパンケーキ屋は朝もまだ八時だというのに既に席の半分が埋まっていた。そこに六人で押しかけたので隣席に移動を依頼し、テーブルを寄せて場所が用意された。周囲の客に礼を言いながらラングが端に座ろうとしたので無理矢理真ん中に座らせ、その両隣をエレナとモニカが埋めた。対面にアーシェティア、アル、ツカサという並びでメニューを見ながらまた盛り上がる。ラングの前にメニューを置いて、エレナとモニカが身を乗り出すのを少し面白い気持ちで眺めてしまった。存外、ラングも真面目に会話に参加してメニュー選びを楽しんでいたように思う。ツカサはすぐに決まったが、アルとアーシェティアが足りない、二、三品頼みたいと言い、また笑い声がテーブルに響いた。

 ベーコンとスクランブルエッグのパンケーキ、フルーツのたっぷり乗ったパンケーキ。ベーコンとサラダが乗ったパンケーキなど、それぞれの好みが出た。それに加えてベーコンの追加とワッヘルまで頼んで、テーブルの上はいっぱいになった。

 美味しい、楽しい、こっちもいいぞ、と感想を言い合う。大皿以外の皿をシェアしないスカイだからか、一口食べてみるか、一口ちょうだい、という声はない。文化だけでなく生理的に嫌がる人もいると思い、ツカサも控えておいた。

 たっぷりの朝食を済ませた後、食後の紅茶まで楽しんで店を出る。支払いはラングが引き受けてくれた。今日の分は屋台の買い物以外は出す、と宣言してくれたのでお言葉に甘えることにした。アルは屋台も強請っていたが、分配はした、とにべもなく断られていた。アーシェティアにも護衛料として常に分配しているので、そちらも買い物に支障はない。

 二時間もかけてゆっくりと食べたのである程度店は看板を出し始めていて、ツカサはふとモニカに尋ねた。


「ねぇ、モニカ。贈りたいものがあるんだけど、モニカってそういうのどう思う?」


 あまりにも漠然とした問いかけにモニカは首を傾げて、足を止めた。往来、まだ午前中とはいえ人は多い。今日はディタ(休み)なのだ。端に寄ろうぜ、とアルが腕を広げて促して、屋台の隙間に収まった。モニカはもう一度首を傾げて尋ねた。


「贈りものって?」

「あの、俺の故郷だと、結婚したら左手の薬指に、指輪を着けるんだけど。…石鹼作りの時に邪魔、かな?」


 昨夜ラングに言われたことをよく考えた。その結果、聞くことにした。


「ツカサの故郷の風習なのね? うん、指輪、欲しい」

「ほんと?」

「うん、どうすればいい?」

「え、っと、それじゃ、一緒に…作りに行こうか」


 そろりと手を差し出せば、モニカがぱっとそれを掴んで、二人で笑い合った。

 こほん、とこういう時咳払いをするのはアルだ。手を繋いで振り返り、皆で笑う。するりとラングのマントが翻り、人混みへ入り込んでいく。


「夕食は鐘が四つ、東通りにある【ワダツミ】でな」

「まぁ、これは別行動がいいよな。ところで夕飯海鮮なのか? 俺肉がいいんだけどな。大通りで肉食おうぜラング」


 ラングの後をアルが追い、二人は賑やかな喧騒の先に消えていった。


「アーシェティア、よければお部屋の飾りを見に行かない? あなた、お部屋がまだ殺風景よ」

「私には十分すぎる」


 足りないわ、とエレナはアーシェティアの腕を取ってこちらも人混みに笑いながら混ざっていった。

 屋台の人にいいのかい? と尋ねられ、うん、と笑い返した。


「ねぇモニカ、俺、欲しいものもあるんだ。指輪の後にさ、ちょっと、そっちも買い物付き合ってよ」

「ふふ、いいよ」


 あの日、アズリア王都の祭りで手を繋ぎ、花びらの舞う通りを二人で笑いながら楽しんだ時のように。

 ツカサはその前を歩き、良く晴れた青空の下、モニカの手を引いて一歩を踏み出した。



面白い、続きが読みたい、頑張れ、と思っていただけたら★★★★★やいいねをいただけると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
【第一回好き・ツボ発表会】 >ふふ、とツカサが楽しそうに笑えば、ラングに軽く頭を掴んで押された。兄弟二人きりの時だけ、ラングはこうしたスキンシップを時々してくれる。 兄弟でじゃれ合ってるところが…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ