4-79:だからこそ単純で鋭利な
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エフェールム邸からアルブランドー邸に住居を移し、客室があるのをいいことにアルもこちらに移ってきた。シグレやカイラスから何か言われたらしいが、頭を下げてまでアルブランドー邸に居させてほしい、と言ったのでアルなりのけじめがあるのだろう。元々そのつもりで部屋を用意していたこともあり、モニカも快諾してくれてほっと胸を撫で下ろしていた。
だというのに、ラングは鍛錬の場所にいまだエフェールム邸を指定していた。アルブランドー邸からエフェールム邸まで早朝のジョギング、その後修練所を借りての鍛錬。こちらの方が何か都合がいいらしい。
その形式にも慣れた頃、ラングの鍛錬の内容にも変化があった。
剣ではなく体術が主の鍛錬に変わり、親指を握られただけで激痛が走り膝をついたことも、軽く叩かれただけなのに足から力が抜ける不思議な経験もした。ラングは、どこをどういう風に触り、押され、どういう結果になったかを覚えろ、と言った。一度ツカサに喰らわせた後、少しだけ速度を落としてもう一度やってみせてくれる。次にツカサがそれを真似し、ラングに防がれる。どこまでいっても実戦で学ばされるこのスタイルは時間がないからだという焦燥をツカサに覚えさせた。
武具の手入れに関しても教えられた。魔力を通すことで武器や防具の手入れができるツカサに、自分の手で手入れをする方法を教え込まれた。革鎧のメンテナンス、汚れの落とし方、修繕の仕方、金具の取り替え方。武具屋に行かなければできないような修理まで、ラングは厳しく指導した。ツカサは裁縫なども練習しなくてはと思う傍ら、何もできていなかったので指先をぼろぼろにしながら必死に教えについていった。ヒールがあってよかった。
そんなある日、アルも修練所で体を動かしていた日、ラングに呼ばれた、と【快晴の蒼】の面々も修練所を訪れた。今日も今日とて関節技を極められて汚れている姿を晒しながら、ツカサは彼らに挨拶をした。ある程度落ち着いてきたらしくヴァンの顔色もよく、とても機嫌がいいように見えた。
「やぁ、少し久々だね!」
「うん、元気…ご機嫌だね、ヴァン」
「わかるかい? 編成が終わったんだよ! これでツカサのイーグリス学園着任に向けてラダンと遊ぶ…考えられるよ!」
「数日後、時間をもらえるか? いい感じにまとまってきたんだ。推薦状についても一応確認してもらいたいしな」
遊びの一環で人の人生に影響を与えないでほしいのだが、軍の再編成を考えるよりも楽しいことなのだろう。そう思っておくことにした。浮かれたヴァンとラダンを置いておいてクルドが首を傾げた。
「それで、ラングから来てほしいって精霊に伝言があったらしいが、どうした?」
「わざわざ呼んだのか?」
アルがきょとりと尋ねればラングはシールドを館の方へ向けた。そちらではいつの間にかカイラスが控えており、視線を受けて近寄ってきた。ちらりとアルに一瞬の笑みを向けることを忘れず、カイラスはラングに礼を取った。
「本日、ということでよろしいのでしょうか」
「あぁ、すまんが頼む」
いいえ、とそれだけを返し、カイラスは踵を返して元の位置に戻った。その周囲に明らかに医者のような衣服を身に纏った者たちがいる。ツカサはごくりと喉を鳴らした。もしかして、ラングとアルだけではなく、【快晴の蒼】の五人も含めて袋叩きにでもされるのではないか、と考えた。これだけの手練れに囲まれ、その内の何人かが師匠で、理のプロというのは恐ろしいものがあった。
ツカサの困惑をそのままに、ラングが唇を開いた。
「お前に、教えておかなければならないことがある」
「なに?」
緊張から喉が掠れ、かさついた声で尋ね返した。ラングは小さく息を吐き、シールドを僅かにそらして言葉を選んでいた。それから、腰の双剣や背中の短剣、果ては太腿にあったナイフまで綺麗に空間収納に仕舞い、ツカサに武器がないことをその手で確認させた。空港や重要施設で体を叩いて確認するのと同じ動作を行い、ツカサはこうしてラングの体に触れることに謎の感動を覚えつつ、離れた。衣服の下、筋肉質なものを感じ、自分の手を眺めた。それから視線を上げればラングはまた少し言葉を選び、【快晴の蒼】を見た。
「お前たちも武器を置くなり、手放すなりしておいてほしい」
「ふぅん? まぁ、構わないけれど」
ヴァンが腰の剣を外し、ラダンは組み立て式の槍が入った筒を、クルドは剣を、アッシュだけは全て外すのに少し時間が掛かった。こそこそと隠し持った武器が多く、なるほど、ラングはこういったところに似たものを感じ、同族嫌悪があるのだろう。シェイはそもそも武器を持っていないのでそういった行動はなかったが、ラングが魔法障壁を張っておけ、と提言した。ぱちっと開いた金の目が何かを見定めるように細められ、すぅっと閉じられた。ツカサは澄んだ魔力が【快晴の蒼】を、カイラスたちを包むのを感じ、その素早く、的確な魔法展開をさすがだと思った。
「アル、お前もだ」
「俺も?」
何が起こるのかわからないまま、何か意味があるのだろうと理解してアルは槍を木に立てかけた。
「近い、もっと遠くへ」
なんだよ、と文句を言いつつも言われた通りカイラスに預けに行き、アルが戻ってきた。それからまた少し、ラングは沈黙を守り、大きく深呼吸をしてからシールドをツカサへ向けた。
「お前に、殺気というものを教える」
殺気、それは殺す、という威圧である。ツカサもここに至るまでに何度か感じたことがあり、その方向に盾魔法を展開することで難を逃れたこともある。それを教える、とはどういうことだろうか。ラングは指を折り曲げてツカサを呼び、修練所の真ん中に二人で立った。
『私は殺気を持たない剣を持つ。それはわかるな?』
『うん、カダルさんに、その、ラングは殺気とか感情のない剣を扱うから、気をつけろって、言われたことがあるよ』
『そうだ。それは私の剣の特性であり、強みだ。相手が手練れであればあるほど、殺気の筋というものを読む。その行き先に剣を置き、あるいは盾を、抵抗を置いて、防ぐことができるからだ』
それは経験がある。暗殺者たちに狙われた時もぞわりとした違和感を感じ、確かに防いだ。ラングの言いたいことが、わからない。ツカサは素直に首を傾げてその意図を問うた。
『ラングから殺気を教わるって、どういうこと?』
『言っておく。私はお前を殺さん』
『う、うん、わかった』
『真面目に受け止めろ。何度でも言うぞ、私はお前を殺さない。だが、殺すつもりで殺気を放つ』
目を見開いた。今まで一度として、イーグリステリアやシュンと戦った時でさえ感じなかったものをラングが放つ。殺気や感情を持たない剣はラング自身を無感情な人間と思わせる。だが、その実この人は見えないところで感情が豊かで、優しく、厳しい。その隠された一部、殺気を、放つ。言葉の正しい意図がわかりかね、ツカサは喉を鳴らした。
『殺さん。だから死ぬな』
真剣な声だった。怖くなってきたが、ラングは俺を殺さない、と自分に言い聞かせるように何度も呟いた。動悸が酷い。バクバクと煩く、胸を押さえて息を吸う。窺うように視線を上げれば黒いシールドの向こうから視線を感じた。
『死ぬなよ』
ラングが目を瞑ったのがわかった。シールドの中でそれが開かれ、ツカサは自分の首が飛ぶのを感じた。
鈍い感触がした。何かに体を揺さぶられる感覚が徐々に理解でき、頭を揺らすそれが頬を叩く振動だとわかった。わかっただけで指先が動かない。体全体が重くて、指令を伝えるための回路がまるでバラバラになっているかのようだった。
これまずいって 息もしてない 心臓は動いてるか 動いて、動いてない どいて、僕が診る――
音が遠い。もやもやとしたものが胸を撫でるような不愉快な感覚に声を出したかったが出ない。その苛立ちに叫ぼうとして、息が吸えなかった。そういえばさっき、息もしてない、と誰かが。頭が痛い。息、酸素が、ほしい。苦しい。
バンッ、と胸を叩かれた衝撃が全身へ走った。手足の先までビリビリと痺れ、その衝撃でハッと息が吸えた。ゲホゲホと咽込み、ひゅっ、はっ、と慌てて息を求めたもので、気道が、喉が潰れそうになった。目が回る。肺が痙攣して全身ががくがくと震えていた。
「いい子だ、ツカサ、ゆっくり息をするんだ。急に呼吸をしたから、体がびっくりしているだけだ」
ヴァンが優しく声を掛けて体をのたうち回らせたり起き上がろうとするツカサの胸を強く押さえていた。相手を理解するまでにも時間が掛かり、ツカサは何キロも全力疾走したかのような状態で、きょろきょろと目だけを動かした。手足をアルと【快晴の蒼】に押さえ込まれ、それぞれに心配そうな表情が浮かんでいる。涙か汗か、どちらも同じしょっぱいものが視界を滲ませ、ヴァンが微笑みながらそれを拭った。
「大丈夫、もう何も怖くない。名前はわかる? 君は誰? 僕は誰?」
「…つ、つかさ、ヴァン…」
「よぅし、いいぞ。ここはどこ?」
「あ、え、しゅうれん、エフェールム邸の…」
「うん、そうだね。何があったかわかる?」
何があったか。ツカサは呼吸が落ち着いてくるに従って周囲を見ることができた。右手をアル、左手をラダン、右足をクルド、左足をシェイが踏んで押さえ、ぼんやりとその向こうにラングがいて、その足元にアッシュが倒れていた。
そうだ、ラングが殺気を放って、見えない刃が一瞬のうちに首を刈り取り、と思い至り、ツカサは絶叫を上げた。両手両足を押さえられていなければなりふり構わず逃げ出していた。ヴァンはツカサの首元に腕を置いて抵抗を封じ、叫んだ。
「ツカサ、しっかり! 僕を見ろ! 大丈夫だ! 生きている! ラングは君を殺してない!」
首元を押さえられているので徐々に声が出なくなった。汗と涙と涎で酷い顔をしているだろうにヴァンはそんなことはどうでもいいとツカサの頬を叩き、顔を掴み、視線を合わせさせた。
「落ち着け! ゆっくり息を吸って、目を瞑って、開いて。よし、大丈夫だ、生きてる、生きてるよ」
放すよ、と言われ小刻みに頷く。ヴァンが退いてからアル、ラダン。その後にクルドとシェイが足を退けてツカサは体を起こされ、呆然と座り込んでいた。ぽた、と落ちる汗と涙、なんだかにおうな、と思いながらもそれ以上思考が追いつかない。ツカサの背中をアルが摩り続け、立ち上がったヴァンは叫んだ。
「ラング! 詳細を話してからやってよ! 突然の対処を求められても困る!」
「十分に対応してもらった。…アッシュも生きている」
「それはよかった! シェイ、アッシュの手当てを頼むよ…」
疲れ果ててヴァンがしゃがみ込み、なんなんだよもう、と髪をぐしゃりと混ぜた。
「シェイの魔法障壁がなかったら、俺たちも戦ってたなぁ」
「アッシュ、まったく、なんで武器を全部置かなかったんだか」
クルドとラダンの呆れた声、その後、引きずってアッシュが回収され、シェイが乱雑に治癒魔法を使い、頬を叩いて起こされていた。その横を通ってラングがゆっくりとツカサの下へ辿り着いた。肩に置かれた手がぐっと強められ、視線を呼ばれたと気づく。そうっと見上げればいつもの黒いシールドが小さく傾げられた。
「殺さんと言っただろうが」
「そ、そう言われても…」
「いや、あれほんときついって。槍を置かされた意味よくわかったわ。とりあえずツカサを風呂に入れてやんないと。立てるか?」
「う、うん」
腕を引かれて立ち上がり、足に力が入らずにたたらを踏んでアルの腰に抱き着いてしまった。抱き留めたアルに、だめだなこれは、と頭をぽんぽん叩かれ、恥ずかしいと思うより先に自分の体が思い通りに動かないことに混乱した。
「暫く動かさない方がいいよ。体を温めて、甘いものを飲んで、食べて、神経を休ませた方がいい。あぁ、でも、そうだねぇ、早くお風呂には入れてあげたいね…。シェイ、ここにお風呂を創ってあげてよ」
「仕方ねぇな」
修練所のど真ん中に土魔法で小さな小屋が建つ。それを一瞬で成し遂げる技術にもツカサはぼんやり顔を上げただけだった。ほら、とアルに引きずられてその中に入り、装備を外され、それをラングが引き取り、いつものテントに持ち込まれた。気づけば全裸にされていたツカサはそれでも反応が鈍く、焦れたアルに風呂へ投げ込まれた。一瞬何があったか理解できず、ブクブクと沈んでいき、ごぼっと息を吐いて苦しくなり、慌てて顔を出した。
「ぶはっ! 何するんだよ!」
「お、戻ってきたか? ツカサ、今の状況わかるか?」
「アルが投げ込むから! ゲホッ、鼻に入って痛い!」
「おーよしよし、そりゃ悪かったな! そうじゃなくて! 状況だよ!」
腰に手を当てて叫ばれ、ツカサは湯船の縁に腕を引っ掛けて逡巡、ラングが手にしたズボンを見てみるみるうちに真っ赤になった。
ラングが放った全力の殺気はツカサの全身を切り刻み、その首を刎ねる錯覚を覚えさせた。そのせいでツカサは自分が死んだと思い、死んだのだ。思い込んだだけでその実生きてはいたが、それが体に本当に死んだと思わせてしまった。その際、失禁したのだ。
「うわぁ」
情けない声が出た。ラングがあれほど言い含めたにもかかわらず、ツカサはそれを受けて昏倒した。悔しいやら情けないやら怖いやら、一言では言い表せない感情が溢れ、涙が溢れてしまった。誰にも見られたくなくて湯船にどぼんと沈み、嗚咽を殺す。湯の膜の向こうでアルが、俺も出ておくから体あっためてな、と言うのを聞いて、サイボーグの映画よろしく親指を立てて腕を湯から突き出した。はは、と笑う声の後、気配が離れていった。ツカサはちゃぷりと顔を出し、自分の体が氷のように冷えていることに気づき、シェイの用意した湯船で震えが収まるのを待った。
「で、ごめんなさいは?」
シェイの建てた土壁の風呂小屋の横でテントに装備と衣服を仕舞い、清浄して取り出していたラングを取り囲んで男たちは腕を組んだ。テントの端を持ち上げて手のひらサイズに戻し、それを片付けながらラングは肩を竦めた。
「すまん」
「軽いよぉ、謝罪が軽いんだよぉ!」
「いや、悪い。これラング、結構本気で言ってるすまんだぞ」
「嘘でしょ…」
ヴァンはがっくりと脱力して項垂れた。クルドは腰に剣を戻しながら口端を引き攣らせた。
「しかし、あんた本当に底が知れないな。あの殺気、出さないようにするのもかなり大変な鍛錬しただろ。日常生活から普通の戦闘まで、殺気も感情もない剣ってのは一番怖いからな」
「逆にあれだけの殺気を出せるってのも怖い…」
「アッシュ、言われた通りにしないから体が動くんだぞ」
「悪い…」
ラダンに睨まれ、アッシュは肩をぎゅっと縮こまらせた。アッシュは斥候として、工作部隊の隊長として、どうしても暗器が手放せず、ラングの殺気に反射で接敵してしまったのだ。するりとラングの腕がアッシュの腕に巻き付き肘関節を軋ませ、そちらに一瞬視線を取られた隙に膝の側面を蹴られ、体勢が崩れたところに硬いつま先が下から蹴り上げられ、脇腹にめり込み骨が折れた。流れるような動きだった。アッシュもそこで呻くだけではなく反撃するのはさすがだが得物と相手が悪かった。刃渡り十センチほどの小さな武器は上から振り下ろして刺す際、柄頭を親指で押さえると安定する。その定石を守りつつアッシュはラングの足がその一撃を避けた刹那、すぐに横薙ぎに変えようとしたのだ。だが、その前にラングのもう片方の足がアッシュの親指ごとそれを踏み、大地に縫い付けた。親指の骨が砕け、地面にめり込んだナイフに引きずられ薬指までがおかしな方向に折れた。あ、と思った時にはラングの鉄板入りのつま先が顎を軽く蹴り、意識が揺れた。
全力で蹴られていたなら死んでいたな、と自分の治癒力にも感謝しながらアッシュはもう一度ごめん、と謝った。
アッシュの謝罪にシールドを軽く揺らして、気にしてない、と示したラングへヴァンが唸るように言った。
「ラング、君も悪い! あれだけの殺気を受けたんだ、ツカサはこの後、どんな殺気を受けても大丈夫だろう。でも、君はもう少し下準備というものをした方がいいよ」
「そうか」
「あんないきなりじゃなくて、小出しにするとかさ」
「悪いが、それができないのでお前たちを呼んだ。師匠からの鍛錬で、私は殺気を消すか、出すか、それしかできん」
「嘘でしょ…、君ほど器用な人がそんな馬鹿な…」
ヴァンはついに空を仰いだ。左手に右手を載せ本を開くようにし、何かの祈りすら捧げてみせた。
一同の苦笑の中、シェイはゆっくりと振り返って声を掛けた。
「さっぱりしたか? とんでもねぇなお前の兄貴はよ」
「…ソウデスネ」
空間収納からとりあえずの服を着て出てきたツカサは、誰にも視線を合わせられずにもじもじと指先を揉んだ。気絶したことも、死にかけたことも、失禁も何もかもが恥ずかしくて堪らなかった。さすがベテランの冒険者と言うべきか、彼らが軍人だからか、誰もツカサの粗相に対して笑う者はいない。それが救いだった。
恥ずかしさを堪えてそろりと片目ずつ開いてラングを見遣れば、こてりとシールドが傾いていた。
「無事で何よりだ」
「死んだ気がする」
「実際死んでた」
アルの言葉にツカサは思わず自分の脈を確認した。ラングが唇を開く前にヴァンが素早く手を前に出して制し、そちらを睨んだ。
「今日はもう休ませること。これは医師としての僕の判断だ。今日は、もう、休ませろ。いいね?」
「わかった」
ラングは肩を竦めてから頷き、ツカサを含め皆から安堵の息が零れた。
「明日は違う鍛錬を行う。エフェールム邸で部屋を借りているのでな、今日はこのままこちらで世話になる」
「わかったよ」
容赦ないなと思いながら、こういう人だった、と改めて認識し、ツカサはちらりと地面を見た。あれは大量の水魔法で流しておこうと思った。向こう側で控えていたカイラスはラングのシールドが自身に向けられるのを見て、それだけで下がっていった。槍は館の壁に立てかけられ、アルはそれに軽く手を上げて礼を示した。あの医者たちはいざという時のための予防策だったのだ。
「ヴァン、明日も付き合ってもらいたいのだが、構わんか」
「【快晴の蒼】かい? それとも僕?」
「お前だけでいい。仲間が不安がるならばシェイも」
「全然気にしねぇよ。貸してやる」
ちょっと、とヴァンの文句は笑い声で搔き消された。ラングはツカサに歩み寄りその腕に装備と服を置いて肩を叩いた。
「あの殺気を忘れてくれるな。いつか、あの経験がお前を救うと信じている」
「うん、わかった」
とん、とん、と軽く肩を叩いてラングは修練所をあとにし、ツカサはその背中が見えなくなるまでじっと眺めていた。いつか追いつける日は来るのだろうか。たった数年しか戦いを学んでいない今は遠くても、いずれ、その隣に並んで、肩を並べる。そんな日を目指そうと思った矢先、生還した体が空腹を訴えて大きな音を立てた。笑われながらもツカサは促され、エフェールム邸で食事を取りに行った。
地面は思い切り水魔法で流したことは記載しておく。
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