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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
終章 異邦の旅人

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4-77:赤壁のダンジョン 踏破

いつもご覧いただきありがとうございます。


 ぴったり十八日目、午前十一時過ぎ、昼前。途中寄り道もしたが最下層まで予定通りに攻略は進み、最後のボス部屋前にいた。


 これで終わってしまうのかと思うと寂しくて口数も少なくなった。いろいろと話したいことはあるのだが、それを出すのも惜しくて灰色のマントの中で腕を組む。待機列は前に二組、後ろに二組。そういえば、特定の人数で攻略するとダンジョンが眠りにつくというが、それは常日頃からそうなのだろうか。こっそりアルに尋ねれば、あれは迷宮崩壊(ダンジョンブレイク)の時だけ適用されるものらしい。そっか、と礼を言ってツカサは再び前を向いた。その肩にのしりと腕を載せて、アルは尋ねた。


「なんか拗ねてないか?」

「拗ねてはいないよ、ただ、もう攻略が終わるんだなって思って」


 あぁ、と理由が察せられたのだろう、アルは肩を組む形に変えてツカサの腕を叩いた。


「なんだってそうだろ。始まりは常にあるけど、終わりも常にある」

「わかってるよ、少し、寂しいだけ」

「そういう時はいつものやつ、これが終わったら何をしよう、って考えようぜ。なんかないのか?」


 何かって、と苦笑を浮かべ、ツカサは素直に考え始めた。ぽつりぽつりと口から考えていることが零れ落ちる。


「家は見つかったし、家具はモニカに頼んでるし、戻ったらやること…。そういえば、アクセサリー作れる店とかあるのかな」

装飾品(アクセサリー)? なんでまた」

「指輪を作りたくて。俺の故郷だと結婚すると、大半の人は左手の薬指に指輪を着けるんだ」


 自分のそこを指差しながらツカサが説明すれば、アルは鼻から悩むような音を出した。暫くして、あるな、と言ったアルを、ツカサはぱっと振り返った。


「本当? じゃあ、そこに行きたいな。指輪に着けるダイヤとかは、ほら、マジェタで採掘したやつを使いたくて」

「あったなぁ。あの時の原石はその後の旅で重宝したよな、ラング」

「そうだな」


 ツカサも旅費の足しにしたりしたので非常に助かったことを思い出した。指輪をどう作るのか、素材は、と話していれば少しずつ気が紛れてきた。ツカサも指輪を着けるのかと問われ、そのつもりだと言えばラングからは必要なのかと意見が出てきた。防毒の指輪はサイズぴったりになるので邪魔にならないが、そうしたマジックアイテムではないものはどうしても人の手による調整が必要になる。緩い、きつい、ずれる、その結果気になる、武器に引っ掛かる、などの問題点を挙げられ、ツカサはそれなら指輪をネックレスにする、と妥協案を出した。それにはアルが落としたら怖くないか、と別の問題点を挙げてきたので頭を抱えた。こうなると空間収納一択だ。


「それじゃなんのために作るのか、意味ないじゃん!」

「そもそも、その指輪はどういう意図があるんだ」


 ラングからの問いに目を瞬く。なるほど、ラングはそれを夫婦共有のお洒落の一部か何かだと考えているのだろう。


「そうだなぁ、俺は結婚してます、とか、この人は俺のものです、とか。所有者宣言みたいなところもあるのかも…?」

「あぁ、それならモニカは安心するかもな。ツカサが誰かに奪われる前に、なんて熱っぽいこと言ってたし」


 そうそう、と同意を得られて安堵の表情を浮かべるツカサの前でラングは腕を組み、顎を撫でた。


「今までの道中で、マジックアイテム以外を指に着けている奴はいなかったように思う。その意図は他者に通じるのか?」

「ラング、こういうのはな、モニカの気持ちに寄り添ってやるってところが大事なんだろ」

「そうだよ、俺が離れてる間も心配しないでってこと」

「そういうものか」

「そういうものだよ」


 肩を竦めたラングにツカサはふん、と鼻息荒く頷いた。ふと気になった。


「ラングの故郷では、結婚して、それだけ? どんな結婚式なの?」


 ツカサが尋ねればアルも興味を惹かれ、ラングを見た。マントの中で腕を組んで小さな溜息、これは話してくれるやつだ。少しの間を置いてシールドがツカサの方を向いた。珍しい格好のラングが話す故郷の話は他の冒険者も興味を抱いたらしく、そっとラングの背後から覗き込む冒険者の顔がツカサからは見えた。ラング自身、それに気づいているだろうがきちんと話してくれた。隠すことでもないということだ。


「私の故郷では、王族や貴族以外、司祭や祝詞といった大仰なことはしない。節目節目の祭りなどで、まとめて行われることが多く、街の広場で踊り、歌い、飲み、食い、様々な祝福を皆が授ける」


 ラングが腕を解いて両手を前に出した。


「手というのは、もっとも簡単に、そしてもっとも近く、人に触れられる部位だ。死者を弔う時の所作もそうした考えからきている」


 右手の親指に唇をあて、その手の人差し指、中指の甲を死者の体へ。いつもの葬送儀式を思い出して頷く。


「結婚する者たちが祭りの最後に壇上へ上がり、夫と、妻と満月の明かりの下で向かい合い、手を握り合わせる」


 ラングの前でゆっくりとその両手が、指が組まれていく。


「音楽に合わせ三度回り、手を変え逆に三度回る。そうすることで、お互いの手が、生きる温もりが一つになると示されている」


 組まれた指が解かれ、ラングは右の小指を立てた。


「最後に、互いに相手の、右手の小指を食む」


 ラングの小指に視線が集中し、ゆっくりと下ろされたその軌跡をツカサとアルだけではなく、その場にいる冒険者全員で追った。


「これで終わりだ。身に着けるものなどはない」


 しん、と静寂が流れた。遠くで魔獣の唸り声や、冒険者の戦う音がしていたが、頼む、今だけは静かにしてくれと願った。今聞いた話がとても神聖なものに思えたのだ。お互いの温もりを分け合い、一つになり、そうしてともに生きることを誓う一連の動作が、美しいと感じた。そしてそれを語るのがラングというのが大きい。しんしんと降る雪のように静かな声は不思議と胸に響き、目を潤ませる冒険者までいるほどだ。

 特別感あっていいな、と小指を立てて話す冒険者もいれば、陽気な歌を歌いながら手を握り合わせぐるぐると回る冒険者もいる。恋人同士なのだろう男女の冒険者はお互いの小指を食み、イチャイチャしている空気に苦笑してしまった。


「こいつら結婚してます、って街中に知れ渡る方法だな」

「そうだ」


 空気を読まずにアルが言えば、ラングが頷く。


「そもそも、私の故郷では冒険者や商人以外、あまり街を出ないからな。昔から顔を知っている幼馴染と夫婦になる者が多かった」

「幼馴染も浪漫だよね」


 幼馴染の可愛い女の子とギャグめいた毎日を送りながらラッキースケベにドキドキする、そんな漫画を思い出して少し顔がにやけた。そのピンクめいた空気に冷水をぶちまけるのも相変わらずラングだ。


「だからこそと言うべきか、結婚後、旅の冒険者や商人に一目惚れして、妻がいなくなる、夫が別の女を連れ込む、などといった馬鹿げた事件も少なくはなかった」


 賑やかな空気から一転、ごく、と周囲の冒険者たちとともにツカサは息を飲んだ。シールドがゆっくりと傾いた。


「一つの場所しか知らない者は、それだけで視野が狭い。騙されやすく、違う生き方に憧れやすく、そうした者に声を掛けられれば特別なのだと思い込む。…街を出た女の多くは、売られ、殺された」


 ラングは再びマントの中で腕を組んだ。


「形あるものを贈っても、人々に知らしめても、結局はお互いの理解と努力だ。指輪を贈ることに異論はないが、それだけは忘れるな。お前の分は空間収納(アイテムバッグ)にでも入れておけ、どうせ戦闘中、気になるだろうからな」

「はい」


 頷いたのはツカサだけではなかったが、もはやつっこむ気にもならない。ゴトン、と最下層ボス部屋の鍵が開き、先頭に並んでいたパーティに視線が注がれる。


「こ、この空気で俺らボス行くん?」


 斥候らしい男の困惑した声に小さな苦笑があちらこちらから零れ、動揺が酷くてヘマしそう、と言った先頭パーティの恨みがましい視線に晒され、【異邦の旅人】は責任を取って先に入ることにした。扉を覗き込めば事前調査通り翼の生えた双頭の黄金の獅子がいた。イーグリスの外で遭遇したものより立派で、鬣が風もないのに揺らめき、同じような黄金の四つの眼差しがこちらを見据え、ゆったりと座った姿勢で待ち構えていた。


「なんか知らないけど結婚するんだろ、死ぬなよ」


 先頭のパーティから憐憫を含んだ眼差しで見送られ、ツカサは首を摩りながらボス部屋に入った。アルが中から軽く扉を押し、バタン、と閉まった。抜刀は済んでいる。獅子はようやくか、と言いたげな様子で立ち上がった。それを視線で追えば随分と首が痛い。かなり大きいなと思った。天井も高く、広いボス部屋にしては松明が少なく、ツカサはまずトーチを展開した。トーチの明かりが獅子の鬣や毛皮の反射で瞬く間にボス部屋中に広がり、明るくなった。


「んじゃ、いきますか」


 前衛にアルが立ち、その左後ろにラング、右後ろにツカサが立った。タイミングはラングが決めた。硬いつま先でこつ、こつ、こつ、と三回、アルが床を蹴って飛び出していった。相変わらず良い脚力だ、一足飛びに距離を詰めながら鷹の眼で獅子の挙動を確認、相手が前に出てくるのを見れば即座に横に逸れ、相手の視線が向く前に上に跳ぶ。槍を突き立てるのは基本的にトドメや距離を取りたい時が多く、相手をまず削る場合、柄を長く握り穂先で斬ることが多いアルは、今回もその定石を守った。体を回転させながら手の中で柄を滑らせ、威力をつけて振った槍の穂先で獅子の羽を狙い、バキバキ、という硬い枝葉を掻っ切るような音がした。振り抜いた槍の遠心力に身を任せ、その穂先の重さを頼りに逆側で着地、あれもオルファネウル・ネルガヴァントとやり取りのできるアルだからこその技術だ。以前、ジェキアでラングが槍を持った際、重いな、と言い、アルが俺にはちょうどいいんだけどな、と答えたやり取り。あれはオルファネウル・ネルガヴァントがラングに持つことを許さなかったからだ。


「うーん、思ったより硬い。あの辺り斬れるかと思ったんだけどな」

「メネールス、物理、魔法、通る。知恵を司るのが右の頭、力を司るのが左の頭、だって」

「物理が通るなら耐久の問題か、ラングならどうするんだ?」


 一向に前に出てこない遊撃手に問えば、双剣で肩をとんと叩いて首を傾げた。


「私が手を出せばすぐに終わるが、それでいいのか?」

「パーティ攻略しようぜって話。参加しろよ」

「そうだよ」

「ふむ」


 とん、とん、と双剣で肩を叩き、ラングはゆらりと前に出た。黄金の獅子は双頭の頭を寄せ、まるで相談し合うかのようにふんふんと鼻を引くつかせていた。


「目だな」


 シールドを軽く揺らして二人の視線を獅子に向けさせ、ラングは続けた。


「生きものというのは」

「余程気配を読むことに長けていなければ、目に頼る」


 昔言われたことを繰り返せば、そうだ、とラングから首肯が返ってきた。


「はっはぁ、なるほどな。とはいえ、目を潰したらやぶれかぶれになる魔獣もいるぞ?」

「そこは立派な魔導士殿がいるだろう」


 俺? とツカサは自身を指差し、二人からの視線に背筋を伸ばした。


「パーティ攻略、なのだろう?」


 へへ、と笑い、槍を、ショートソードを構えた。

 改めてアルが飛び出していった。先程、羽に槍を入れ一部を傷めてくれた冒険者を獅子は許さず、左の頭が怒号を上げた。右の頭は冷静に息を吸うと、口から炎を吐いた。おわぁ、と間の抜けた声を出しながらアルは槍を振るい、その炎を振り払い、()()()()。駆けていった勢いが殺せず、アルは滑るようにして獅子の下に潜り込み、そのまま向こう側へ抜けた。相手が大きく腹の下に隙間があるからできた、黄壁のダンジョンでラングの見せた移動法だ。踵が削れる、と叫んでいるが無事のようだ。しかし、右側が炎を吐くとは思わなかった。

 獅子の左頭はアルの叫びが気になったらしく、後ろを向こうとし、右がガァッと唸ってそれを留めた。司令塔は右の頭なのだ。ふわっとその右側へ深緑のマントが揺れた。いつの間に移動していたのか、獅子の背に着地と同時、右目に短剣が刺しこまれた。敢えて双剣でないのは腕を振った勢いで刺すならば、短剣の方が威力がでるからだ。そのまま奥まで押し込めれば上々と思ってのことだろう。獅子が両腕でラングを引き裂こうとし、本人は軽いジャンプでそれを避け、さらにそれを追って獅子が右を向いた。ツカサに対して左側が晒されたことになる。


「アイシクルランス!」


 パーティ攻略だ、何をするかわかった方がいいだろう。もはや久々ともいえる詠唱を行い、鋭い氷が弾丸のように飛び、左頭の左目に突き刺さった。そこへ魔力を込めれば刺さった場所がビキビキと音を立てて凍結していき、左頭の内側からガシュッと氷の棘が現れた。ぐぅ、と左側は首をだらりと落とし、数歩たたらを踏む。それを右頭が堪えたように見えた。右頭は翼を広げ咆哮を上げた。ぶわっと風圧を感じマントがはためく。魔法障壁でそれを防げば床が風で切り刻まれていく。あの咆哮は風魔法なのだ。


「おらああぁぁ!」


 ツカサの魔法障壁に助けられ、風をものともせず斬り開き、アルが全身を大きく回転させて獅子の真上にいた。視線がラングに、そしてツカサに意識が向いた隙を縫ってこの位置を取った。振り抜かれた槍の後にズバンッ、と音がした。こちらにまで圧が届くほどの一撃、双頭の首が、ず、とずれて、床にどさりと落ちた。じわ、と羽の先から灰に変わっていくのを眺めながら、三人合流を果たした。


「いい連携だったんじゃねぇの?」

「パーティ! って感じだった!」

「悪くない」


 ツカサとアルが笑い、ラングは消えていく灰の中から短剣を拾い上げ、腰の後ろに戻した。魔獣そのものの素材、最下層攻略の宝箱がすうっと現れ、その横に淡く輝く球が浮かぶ。最下層踏破報酬を前に、気持ち的にはここで記念写真の一枚も撮っておきたいが、スマホもカメラもないので無理な話だ。この光景と気持ちをしっかりと日記に認めようと思った。

 一先ず素材と宝箱を空間収納に入れ、これは後で中身を確認する。そして踏破報酬、誰も手を伸ばさないのでツカサはそろりと二人を見遣った。


「あのさ、これ、同時に触ったらどうなるんだろう?」

「記念にやってみるか。ほら、ラング来いよ」


 ふぅ、と小さく溜息をつき、ラングも光り輝きながら宙に浮いている球の前に立った。


「合図はどうする? せーの?」

「一、二、三、とか?」

「私が鳴らす」


 ラングが双剣の柄頭を示し、それでいいと二人が頷く。

 とん、とん、とん、と三回目で踏破報酬に手を伸ばす。誰が先ということもなかったように思う。上に載せるのではなく添えるように、それぞれが手を触れさせた。ふわぁっとマシュマロを摘まんだような柔らかい感触の後、ひゅるりと光る何かが手を這い、思わず腕を引いた。三人が三人ともざっと足を引いたので感じたことは同じなのだろう。ふあっと靄が晴れ、手首を確認した。手首に一周と半分巻かれた金色の細い腕輪。柄も形も、唐草のような洒落たデザインだ。手首を取りまわしてみても不思議と邪魔にならない。アルはまじまじとそれを眺めてからツカサへ首を傾げた。


「これは?」

「鑑定するよ、えーっと」


 ――絆の腕輪。赤壁のダンジョン、踏破報酬を皆で分けようとした冒険者に与えられる、祝福の腕輪。遠く離れていても、どこにいるかなんとなくわかる。


「なんとなくって…」


 はは、とツカサは笑い、右腕の腕輪を掲げた。倣って、アルも右腕を、ラングは自身の胸の前で左手首を眺めていた。その腕をアルがほら、と掲げさせた。トーチの明かりの下できらりと輝くその金色が、とても眩しかった。ツカサはアルとラングの腕を見て小さく首を傾げた。


「ラング、右利きだよね? なんで左で触ったの? 力の腕輪があるから?」

「利き腕を失うわけにはいかん」

「ほんと、そういうところだぞ」


 アルがゾッとした顔で言っていてツカサは思わず笑う。


「ラングだなぁ。…これさ、異世界にいてもわかるものなのかな」

「さぁなぁ」

「わかるといいな、ラングが元気なの、わかるから」


 そうだな、とアルの明るい声を聞きながら、ツカサは体が溶けていく不思議な感覚に目を瞑った。




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