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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
終章 異邦の旅人
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4-75:交流

いつもご覧いただきありがとうございます。


 攻略は順調そのもの、六日目には三十八階層を越え、七日目には四十一階層に到達した。ダンジョンは徐々に階層が広くなり、群れを成した魔獣に襲われることも増えた。加えて、一時の肉ではなく別のダンジョン攻略のために肉を求めてここにいる他の冒険者とすれ違うことも増えた。【異邦の旅人】同様、時間停止機能付きのアイテムバッグを持つパーティは、食材を買わず、自力で集める傾向が強い。元手をかけずに攻略を楽しみ、結果を得たいと考える冒険者は多いのだ。そうなると癒しの泉エリアに滞在するパーティも半数が温かい食事を食べているので、こちらも気にせずに美味い食事にありつけた。それでも目立たないよう、ここでドロップした食材を選ぶあたり、ラングの警戒心は相変わらず高い。


 八日目の今日、四十一階層のボス部屋を難なく越え、四十二階層に足をつけた。この階層で行きたいところがあった。


「マジェタ以来だよね、ビースト・ハウス」


 あの時はミノス肉が欲しくて行って、厳しいことを言われもした。自分の手抜きを指摘され拗ねたこともあった。今回も同じような目的で行くのだが、前回とは違う。事前情報もしっかり仕入れている、実力も伴っている。怖いものはない。

 この階層のビースト・ハウスで出現する魔獣は、名前自体はミノタスだがミノスと変わらないらしい。多少の差異は発音の違いなのだろう。そう、すっかり使い切ったミノス肉の補充に来たわけだ。これはツカサも自分の分を欲しいと思い、ラングもまた、故郷で家族に振舞う分を欲しいと言った。アルは便乗する、と笑って、今回このビースト・ハウスを複数回攻略する方針だ。

 ただ、想定していた以上に混み合っている。出現頭数は百頭近く、クールタイムは三十分程度と回転率は良いものの並んでいるパーティの数は前に七組もあった。討伐にどれだけの時間が掛かるか不明だが、待機組のクールタイムだけで計算しても三時間半にもなるだろう。となれば、討伐時間を多く見積もって七、八時間は待つことになりそうだ。他のパーティを観察すれば、入れ替わりで列を離れ休む冒険者もいた。冒険者の多い場所は魔獣が少ないことを利用しての時間の潰し方だ。通路が広いからこそできることでもある。


「かなり待ちそうだな」


 頭の後ろで腕を組んでアルが欠伸混じりにぼやいた。ツカサも懐中時計を開いて、閉じて、開いて、と手持無沙汰にしていたので頷いた。ラングだけは双剣に腕を置いてリラックスした状態で待てている。アルはぼんやりしながら呟いた。


「別行動するか?」


 マジェタのダンジョンのように、別階層の目的を狩りつつ、ビースト・ハウスの順番を待つ。ビースト・ハウスの順番が来ればそこに残っているメンバーが狩る。百頭近い数のミノタスが出る場所での少人数狩りは推奨されていない。だが、【異邦の旅人】ならばそれも可能だ。ツカサの魔法があれば広範囲攻撃の一撃でかなり数も減らせるだろう、ラングの急所を狙う攻撃と、最近よく使う鋼線もあれば一気に殲滅することも、アルの槍で複数まとめて一振りで屠ることも難しくはない。ただ、ツカサには不安があった。


「ラングを一人にさせるとダメな気がする」


 別行動をするとなると必然的に空間収納を持つ二人を分けることになる。ダンジョンと相性の悪いラングのことだ、命の危険はそこまで心配していないが、厄介ごとに巻き込まれる可能性が見えた。見慣れてしまっているが見た目も奇抜、本人の認識は置いておいても絡む奴は必ず出てくる。ツカサとアルがそっと視線を送れば、ラングはこてりと首を傾げた。


「ラッツルフの狩りに戻って良いのか?」

「ダメだなこれは」


 大人しく待とう、とアルが壁に寄り掛かり、駄弁ることにした。魔獣も来ないこの場所で時間を無駄にすることもない。ラングの帰る日が決まっているのなら、有効活用しなくてはならない。

 【赤壁のダンジョン】の攻略には三週間程度を見込んでいるので十八日間の予定だ。ふとツカサは気になった。故郷では週七日で慣れていたので今も時々一週間の計算を間違えることがある。なぜ六日なのかと尋ねれば、アルはとても真面目な顔で答えた。


「えーっと、なんか女神だったような? なんだっけな」

「聞く人を間違えたよ」

「このやろ」


 がっしりとヘッドロックを掛けられて揺さぶられ、笑いながら謝った。じゃあツカサは故郷で週七日の理由はわかるのか、と問われ、もう一度謝った。


「週六日なのは、女神が六人だからだ」


 後ろに並んでいた冒険者が声を掛けてきた。筋骨隆々で不愛想な表情ながら、こちらの反応を待ってくれているのは親切に思えた。体をしっかりと向け直してツカサは目を輝かせた。


「理由知ってるの?」

「受け売りだけどな。それでもよければ、俺も暇なんでね」

「もちろん、教えて」


 仲間にも小突かれて揶揄われながら冒険者は少し照れ交じりに頬を掻き、喉を鳴らしてから話してくれた。

 世界には六人の女神がいるという。一人目は春を呼ぶ女神。二人目は夏を連れてくる女神。三人目は豊穣を歌う女神。四人目は冬の試練を与える女神。五人目は太陽を輝かせる女神。六人目は月を抱え込む女神。

 なるほど、春夏秋冬、太陽の昇り沈み、月の満ち欠けを女神に当てはめているのだ。週初め、これは太陽の女神、そうして一年を通して春が来て、夏が来て、秋が来て、冬が来る。最後に月が夜空を照らすことで終わりを示している。それで六日なのだ。一か月が三十日なのはこの世界での月の満ち欠けが三十日周期だから、だそうだ。故郷での週七日の理由も知りたくなってきた。イーグリスで調べれば誰かがまとめているような気もしたので探すことにした。


「浪漫感じるね、女神様が六人だから週六日かぁ。じゃあ、休みは月の女神?」

「あぁ、月の女神が休息日としている奴は多いな。逆に、飲食店は冬が多い」


 あまり気にしたことはなかったが今度からいわゆる曜日も気にして周囲を見てみよう。曜日について尋ねれば、それは前のパーティから返ってきた。


「太陽がサーリ、春がメレディア、夏がファッシャル、秋がトゥーリ、冬がロウロヴァ、月がディティアだったか?」

「サリ、メレ、シャル、トル、ウル、ディタ、で呼んでた。俺そういうもんだと思って、正式名は知らなかったわ」

「ガキの頃学院に行っていても、今は短いんじゃなかったか? 今日はディタだから一日休みにしよう、とか、ウルだから飯処やってるとこ少ないな、とか」


 言う言う、とアルも混ざって笑い、ツカサは新しいことに目を輝かせた。最初に話してくれた冒険者を振り返り、尋ねた。


「どうやって知ったんだ? 冒険者になる前に知った?」

「いや、うちのパーティは休業期間があるんだがな、その間に短期でイーグリスの学院に。あるんだよ、大人向けの、こう、ちょっとした雑学みたいな講義が」

「自由行動とはいえまさか勉強してるとは思わなくてびっくりしたんだぜ」


 再びパーティメンバーに小突かれ、冒険者はおかげでこうやって暇つぶしになっただろう、と笑った。


「それに、講師がよかった。【快晴の蒼】のラダン殿が教鞭を執ってくれていて」

「マジかよ! それなら俺も行きたかった」


 パーティメンバーからまた違う絡みを受けながら笑い、話の邪魔をしたな、とツカサに軽く手を上げた冒険者へ胸に手を置いて礼を示した。ツカサは関わった人の名が出たことにじわりと感動を覚えていた。教壇に立つというラダンは学生からも、冒険者からもこういった方面で一目を置かれているのだ。


「ラダンさん、やっぱりすごいんだ」

「そのうちツカサもそっち側になるんだぞ」


 アルに言われ、顔を上げた。


「だって、ツカサもイーグリスで教鞭を執るんだろ? 【快晴の蒼】に推薦されてさ」

「なんだって? 詳しく聞かせてくれ」


 先程の冒険者やその後ろ、前の方から覗き込まれ、ツカサは突然の注目に気恥ずかしくなって頬を掻いた。アルはにやにやと笑っていてその顔に苦笑を浮かべたが、ラングの言葉に冷静になった。


「噂話は冒険者が一番早い」


 これもまた宣伝というわけだ。ツカサはそうとなれば下手な話はできないと思い、【快晴の蒼】から持ち掛けられている問題解決のための授業を引き受けたのだと話した。まだ詳細は決まっていないが、これから冒険者になる人たちの生存率を上げるために尽力したいと言えば何人かが深く頷いていた。中には駆け出しの頃、ダンジョンを舐めてかかり仲間を失った人たちもいた。あの時、もう少し危機感を持って行動していたら、体調管理の仕方を知っていれば、人に話して聞かせるには辛い記憶を持つ人もいて、空気が重くなったりもした。

 加えて、ダンジョンへ挑む冒険者の減少は確かに問題視されている、と一人が言った。


「登録する時、ギルドでかなり言うようにはなったんだけどな。一歩ずつ、慌てるな、死に急ぐな、ってよ。でもよ、ダンジョンに入れる等級になった瞬間、よくわかんねぇけど変な万能感があるんだよなぁ」

「あぁ、わかる、わかる。今ならなんでもできる! って思うんだよな」

「それで駆け出しが死んでいくんだ」


 そうして育つ前に数が減る。それが防げるというのなら良い施策だ、と冒険者たちは期待の眼差しでツカサを眺め、それぞれが肩を叩いてきた。その内の一人がふと尋ねてきた。


「ところでお前ら、ラングとかツカサとか、もしかして【異邦の旅人】?」

「そうだよ」


 声の質が変わり、ざわっと違う音が響いた。ツカサはアルと顔を見合わせ何事かと周囲を見渡した。


「なに?」

「イーグリスの変な黒い化け物、お前が討伐方法広めたんだろ? 魔法障壁の底上げもしたって聞いた」

「灰色のマント、これかぁ! マジで灰色じゃん、素材なんだこれ」

「本当に黒い仮面着けてんだな、あんたのことも聞いてるぞ。すげぇ強くて、そっちの槍使いと一緒に【紫壁のダンジョン】の停止をしたとか。街道で化け物を叩き伏せたってのはその槍か」


 人の口には戸が立てられないとはこのことだ。実際にやったことで認められるのはこそばゆく、一方的に知られている形ではあるが称賛を受けるのは恥ずかしくも嬉しい。


「あんたが若い奴らに教えてくれりゃ、きっと生存率も上がるよな。期待してるぜ」

「学生の募集はいつから?」

「まだ詳細は詰められてないんだ、今度【快晴の蒼】のラダンさんと話す予定」


 広めておくよ、と言ってもらえ、よろしく、と答えた。


『下手な真似はできんな』


 ラングに故郷の言葉で言われ、ぎゅっと丹田に力が入った。そうだ、もうここでツカサは教壇に立つ教師として見られているのだ。その立ち居振る舞いが今後の評判にもかかわると思うと肩に力が入った。そうして話は盛り上がり、結局周囲の冒険者と食事を取りながら、話ながらじわじわと進むことになった。

 想定していたとおり、八時間近く、入れ代わり立ち代わり、食事やトイレに離席したり仮眠を取ったり、冒険者たちは自由気ままに時間を潰し、順番を待った。前のパーティが中に入って四十分ほど、少し時間が掛かったが全員が生きた状態で扉を出てきた。多少怪我も負ったようだが、アイテムバッグも満杯、これで攻略を止めて外に出ると聞いて安心した。じゃあ、頑張れよ、と声を掛けられて帰還を見守り、クールタイムが終わるのを待った。中にいた冒険者が出て扉を閉めると、ガチャン、と鍵の掛かる音がして開かなくなるのだ。ツカサはこの状態でダンジョンがエネルギーをチャージするのだろうなと思った。

 三十分ほど待てばカチャンと鍵の開く音がして、アルの肩を叩いて起こした。ふわぁっと伸びをして首を左右に揺らし、アルは頬を叩いた。


「んじゃ、行きますかね」


 後ろのパーティに軽く手を振って中に入り、扉を閉めた。マジェタのダンジョン同様燃え続ける松明と床に魔法陣が描いてあった。こちらの準備がどうあれ魔法陣は容赦なく光り、小型のミノタウロスがずるりとその中から現れた。誰かがなにかを言ったわけではない。アルが先陣を切ってミノタスの前列を槍の穂先で斬り払い、ラングが壁を蹴って宙を舞い首を的確に斬りつけていく。ツカサはドンッと足を踏み出して床へ氷を走らせ、ミノタスの体を氷で貫いていく。置いた氷を刈り取るように風魔法を放てばその風圧を利用してまたラングが宙を舞う。アルは器用にジャンプしてツカサの風魔法を避け、平らになった氷の断面を蹴って何匹ものミノタスの首に槍を突き刺し、その隊列を後ろに押していく。そうして、あっという間に片が付いた。

 戦闘中ぼとぼとと床にドロップする肉は適宜回収、角と、ミルクの入った革袋も落ちた。こういった便利な状態で出てくれるのは有難いが相変わらず不思議だ。


「やっぱ魔法ってすごいよな」


 槍を軽く振って改めて腕に馴染ませてから背中のホルダーに戻し、アルがしみじみと呟いた。


「武器一本であんだけ突っ込めるのもすごいと思うけどね」


 へへ、と笑い、アルは扉を押した。あっという間の十五分、怪我一つなく戻ってきた【異邦の旅人】の軽い挨拶に驚きのあまり口を開いたまま、冒険者たちは一行を見送った。少し離れたところで背後がざわめき、ツカサはしっかりと聞いた。


「あんな子供なのに実力しっかりしてんだな…」

「あれ噂じゃなくて本当だったってことか…」

「いや、仮面の男と槍使いのおかげの可能性も…」


 ぽん、と両側から肩を叩かれ、ツカサはそれを思い切り振り払った。




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