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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
終章 異邦の旅人
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4-73:赤壁のダンジョン

いつもご覧いただきありがとうございます。


 諸々の手続きを委任し、冒険者ギルドの口座に金を入れ、口座証明書なるカードをもらい、モニカに預けた。これでツカサの冒険者証がなくてもモニカが口座の金を使えるらしいので、家具と結婚式の準備に思う存分使ってくれていいと伝えた。真っ青な顔で受け取っていたが大丈夫だろうか。

 痛い思いをさせてしまったが、モニカの血も登録済みだ。そうでなければ落とした際、誰かに使われてしまう。血で管理される財産というのは有難いものだ。そういえば、ロナが両親の口座について話していたことを思い出した。


「そもそも、王子様に手続き依頼してよかったのかなぁ。忙しいんじゃ…」

「ツカサ! よそ見すんな!」


 ぶぅん、と耳元をなにかが通り過ぎる音がして、目の前にいた狼型の魔獣の頭蓋に槍が刺さった。槍が横に振り抜かれ魔獣を払い、血が飛んですぐに灰になった。


「見えてたよ!」

「ほんとかぁ? 随分ぼんやりしてたけどな」


 揶揄うように言われ、ムッとした。続けて文句を言う前に魔獣の雄叫びに振り返り、懐に素早く潜り込んで内腿に短剣を刺した。一部突き刺せば相手の動きがそのまま裂いてくれる。ようやく、ラングがやってみせてくれたジャイアントスネークへの対処法と同じ技術のコツを掴み始めていた。致命傷にはできなかったので通り過ぎた狼を振り返り、氷魔法を突き刺してとどめを刺した。ぼろ、と灰に代わり、残ったのは赤身肉の塊だ。


「狼型も慣れてきたな。でも、イーグリスウルフの落とす肉はちょっと硬いんだよなぁ」

「ほう、そうなのか」


 するりと双剣を収め、ラングが軽く手を振ってドロップした肉を空間収納へ入れ、一つを拾う。ツカサ以上に空間収納を使いこなしているようだ。周囲を見渡し、他に魔獣がいないことを確認し、ツカサは同じように肉を手に持った。

 赤い壁、広い通路、肉を落とす魔獣。いろいろあったがようやく【赤壁のダンジョン】へ来ることができていた。


 わぁっと冒険者が詰めかけた結果、肉の価格は一時的に暴落。稼ぎが美味くないとわかれば冒険者たちの足は遠のく。結果、今はがらがらになってどの階層も歩きやすい。時々見かけるのは間引きパーティだ。彼らはドロップ品を定額で買い取ってもらえるので、自分の仕事をこなしてさえいれば生活は問題ないらしい。そうでもなければ専属など引き受けないだろう。上手くできているシステムだ。

 そういった状況なのもあり、混雑がないのであれば寄り道をしてみようということになった。転移石で目標階数に移動するのではなく一階層から地図を広げ、最短ルートを行きながら踏破を目指す方針でダンジョンに挑んでいる。ここはアルのダンジョンの歩き方を踏襲し、出会う魔獣全てを狩っていく。

 そうして得た、手の中の固い肉を前に、ツカサは首を傾げた。この肉はどう食べるべきなのだろうか。


「使ってみるか」


 空間収納に入れず、じっと肉を揉んでいたツカサに、ラングが小さく首を傾げて問うた。アルは意図に気づき、にっと笑った。


「んじゃ、ツカサ、四階層のボス部屋越えて、次の癒しの泉エリアでそれ使って飯な」

「えぇ、できるかな」


 失敗も経験、と背中を叩かれ、それを前提にしないでほしいと文句を言いながら先に進んだ。

 ボス部屋は大きな狼が三頭。それぞれが得意をもって討伐し、報酬の狼の茶色い毛皮に臭いと文句を言いながら五階層へ降りた。

 ラングとアルが攻略したヴェレヌのダンジョン、そこで討伐したベアドラドという狼は見事な毛並みだったと聞いた。美しい銀糸、松明の明かりに照らされて黄金に見紛うほどの柔らかな毛皮は、今もまだ二枚残っていると、癒しの泉エリアに着いてから一枚取り出して見せてくれた。毛足の長いふわふわした毛並み、高級羽毛布団の中身に手を突っ込んだような不思議な多幸感。思わず頬ずりしてしまい、価値が下がるやめろ、とアルに半分本気で怒られた。キングサイズのベッドの布団にできそうな大きさだがそこまで重さを感じない。最上級の鞣しを行われた後の状態でドロップするのならばこれは人気だっただろう。


「そういえば、エフェールム邸でセルクスを座らせたの、これ?」

「そうだ」


 座り心地もよかっただろうなと思った。こういうものをさっと出して、相手に差し出せる。物や金を与えるエゴではなく気配りと決断、ツカサはまだ到底追いつけそうにもないな、と頬を掻いた。


「まぁそこも徐々に、徐々に」

「なにぶつぶつ言ってんだよ、ほら、飯! 俺は空腹だぞ!」

「わかったよ」


 ベアドラドの毛皮を返し、ツカサは簡易竈で火を起こした。ジュマのダンジョンでラングがやったように、まずは肉を削いで火で炙り、味見をすることにした。焼けていくと赤身がさらに黒く、ぎゅうっと縮まっていく。焼けたものの見た目はハラミ肉だ、齧ってみた。硬い。少しにおいもある。筋がどうのこうのいうよりも、これは肉自体がそもそも硬いのだ。どちらかというとジャーキーにした方が美味しいかもしれない。アルの腹がぐぅと鳴って食事を求める情けない視線を注がれ、とりあえず鍋を出して泉の水を入れ、火にかけた。肉の味としては鹿寄りの牛が一番近い気がした。どう調理するか悩んでいれば、ぱちりと爆ぜたクズ魔石に呼び戻された。こういった肉質ならばラングの得意を真似し、赤ワインで煮込んでもいいだろう。


「でもな、それじゃ面白味がないんだよな」


 なにか工夫をしたい。様々な調理法を身に着けているラングを唸らせてみたい。こういう時は食べたことのあるものを思い出す方がいいだろう。硬い肉を柔らかくしつつ、美味しいもの。ツカサはとりあえず万能の神、酒を取り出した。赤ワイン、白ワイン、米を原料にした酒、いわゆる日本酒、果物を発酵させたもの。イーグリスはこういったものも豊富に置いてあり、飲むものとしても、調味料としてもツカサは重宝している。エレナが美味しいお酒を飲ませてあげる、と言っていたのは本当だった。魔導士が多いスカイでは温度管理もしやすく、品質の高い酒が多いのだ。

 後ろで、ぐぅ、と再び音がした。前後左右、前衛と遊撃手としてフットワーク軽く動き回るアルは消費するカロリーも多く、よく食べる。あまり待たせても仕方ないのでツカサはまず硬い肉を細切れにした。筋を切るように、繊維を断ち切るように切り刻み、沸かしていた湯を空間収納に仕舞うと、そこに白ワインを注いだ。ふつふつと沸騰を始めた頃、刻んだ肉を入れ、まずはそれだけで煮込む。灰汁が出てきたので丁寧に取り除き、火を消さないようにしながら捨てた。白ワインの香りが漂う。少しだけ酸味を感じるアルコール混じりの葡萄の香り。鼻の奥がむずりとしてしまう。スプーンで掬って一口、臭みはましになった気がするが、白ワインが強いかもしれない。どうすればいいのか火にかけたまま腕を組んで首を傾げた。そういえば、あれはどうだろう。たまに食卓に出ていた、飯の友の一つ。


「なんだっけ、どんな味だっけ、でも上手くいきそうな気がするんだよな」


 ええっと、と日本酒を持ち、追加。白ワインに日本酒、味のごった煮感には目を瞑り、醤油を取り出し、さらに追加。しゅわぁ、ことこと、音を立てる鍋から香る匂いは想像と近い。


「ラング、米炊いてもらっていい?」

「あぁ」


 ラングは癒しの泉エリアの水で米を研ぎ、さっと計って自分の簡易竈を出し、クズ魔石で焚火に火を点け、その上に置いた。本当は水につけ置きした方が米がふっくらと炊けるのだが、アルの様子からそうも言っていられないと判断したのだろう。

 ツカサは鍋の中を何度も味見して、足りないものを必死に考えた。もう少し甘みがあったような気がする。甘じょっぱいというか、米が進む感じで、お弁当の米の上にあったの美味しかったな、と脱線もしながら調味料を広げていく。


「ツカサ、ラングみたいに棚買ったら?」

「イーグリス戻ったら探してみる」


 横にも後ろにも調味料を広げるので振り返った肘が当たったらとハラハラし、アルはそっといくつかを離れたところに移しながら作業を見守った。

 ツカサはぶつぶつ言いながらハチミツの瓶を手に取り、とろりと注いだ。醤油に酒に砂糖、これだけで随分味は決まるはずだ。少し混ぜにくかったので日本酒を足し、スプーンで混ぜる。なんだっけ、この料理名、と思い出せないまま、鍋底の火をずらして焦げないように置いた。


「できたよ」

「待ってました! で、米は?」

「もう少しだ。その間に別の料理も作っておけ。食材はこだわらん。スープがいい」

「わかった」


 そうとくればもっと気軽に料理を楽しめる。ツカサは葉野菜を取り出して一度仕舞っておいた湯を別の鍋に入れ、野菜スープを作った。こちらは野菜と塩、鶏肉を入れて仕上げにミルクを注ぐ、あっさりしたミルクスープだ。今度時間のある時に、チキンストックやフォンドヴォーにチャレンジして作っておくのもありかもしれない。イーグリスはそういったスープも用意している店が多いので、味にコクがある。

 米が炊ければいつものように器に米をよそってからその上に煮込んだ茶色の細切れ肉を載せた。醤油の匂い、ハチミツの甘い香り、ふわっと鼻孔をくすぐるのは酒だ。最後は味見をしていないのでいざ実食といこう。


「いただきます」


 三人で手を合わせスプーンで一匙。ツカサは自分の口の前でスプーンを止めたまま、二人の様子を窺ってしまった。アルは首を傾げ、ラングはふむ、と顎を撫でた。


「どう?」

「まぁまぁだ。発想はいい、確かにこれは酒で煮こむ方が食べやすいだろう。もしくは干し肉だな。この甘辛い味は米にもよく合う」

「だよね、ジャーキーにしたらいけそう。アルは?」

「うーん、これあれだな、兄貴の名前と同じやつ。うちじゃ兄貴煮って、揶揄って言ってた。うん、美味いよ」


 そうだ、しぐれ煮だ。すっきりした。ラングが、シグレの名は食事の名前なのかと尋ね、アルが違う、別の言葉の意味らしい、と話すのを聞き、ツカサはたぶん時雨だよな思いながら一口食べた。口内に広がる香りは想像通りだったが味が想定と少し違う。酒の種類の違いもあってどちらも主張があり、まあおかずとして問題はないが、最終的に肉の臭みが僅かに残るのが気になった。


「あれ? なんかちょっと違う。まだ臭い…」


 不満そうに言えばラングが鍋に向かって座り込んだ。


「イングェがあった方がいい」


 言いながら空間収納から取り出し、皮ごと薄切りしてから千切り。すぅっと香るいい匂い、喉にも鼻にも利きそうだ。手元をよく覗き込めばイングェは生姜のことだった。いわゆる針生姜を用意し、ラングは鍋にツカサが広げていた酒を足すとたっぷりの生姜を入れ、水分がなくなるまでゆっくりと混ぜ続けた。針生姜がくったりとして醤油に染まる頃、改めて器を求められてそこによそってもらった。生姜一つで、と思っていたが、臭みがなくなっていた。しかもしゃくしゃくと歯ごたえも残っており、甘辛い肉をさっぱりとさせ、美味しかった。こういう工夫一つで味が変わることに感動し、料理ってすごい、とツカサは呟いた。ばくりと大きな口で食べたアルは、にっと笑った。


「あぁ、もっと美味くなったな」


 アルはがつがつと器の中をご機嫌に空にしておかわりを求め、ツカサはスープを飲みながらむすりと目を細めた。結局ラングにお株を持っていかれてしまった。アルは目に見えて食いつきがよくなってしまった自覚もあり、苦笑を浮かべて声を掛けた。


「経験の違いだって、ツカサ。相手は料理歴ツカサの数倍だぞ」

「でもさぁ、しぐれ煮は俺の故郷のなんだよ? ラングに負けた気がして悔しい。生姜も買っておかなくちゃ」

「しょうがも使い勝手がいい。それに、私は故郷でよく扱っているハーブの一つだ」


 だから臭みが取れると知っていただけだというのだろう。だとしても、すぐに醤油との相性などを考えられるのは腕を見せられた気がして堪らなく悔しい。


「次は美味しいって言わせる」

「いいだろう、期待している」


 ツカサは深く頷いて意気込んだ。食事の後はそのまま食休み。上階なので間引きパーティしかおらず、癒しの泉エリアは現在貸し切り状態。くだらないことを思いつくまま徒然と話した。向こうの大陸(スヴェトロニア)で食べたフォウウルフの肉は先ほどの肉よりゼラチン質が多く、煮込みに合っていたことを言えばラングはあれが欲しいのだという。近い肉が落ちるといいね、と言えば、そうだな、とラングからハーブティーを差し出された。礼を言いながら受け取り、そういや家どうなった、とアルに聞かれ、フィルの手配で無事に決まったこと、二億リーディだったことなどを話した。


「二億!? たっか、マジで? よく払えたなそんな額」

「ジュマで迷宮崩壊(ダンジョンブレイク)に巻き込まれて、思わぬ収入が多かったんだよ。確かに高いけど、高いけど良い家なんだよ。それに、細々した手続きも引き受けてもらえたし」


 家の規模や庭に薬草園や花壇を造るための良い土、スカイ国民としての国籍を得る手続きや、家の名義変更、税金の支払い口座の設定や家具職人や商人の紹介。そういった手続きの詳細をまとめた手引書などもフィルの持つ商会で作成し、届けてくれることにもなっている。ツカサの説明にアルは徐々に納得をみせていった。手続き面倒だもんな、と一応は統治者(オルドワロズ)の家の者だからこそ、理解できるところがあったらしい。


「だけどさ、所属をイーグリスにするなら、兄貴に頼めばさくっとやってくれたと思うぞ」

「いや、シグレに頼まなかったのは正解だ」


 ここまで沈黙を貫いていたラングがはっきりと言い、二人で顔を見合わせてから姿勢を正した。ことりとハーブティーのコップを置いて、ラングは言葉を待っているらしい二人に小さくため息を吐いた。それだけで、少しは考えろ、と言われているのがわかり、二人の視線が泳ぐ。


「モニカはシグレと契約があり、イーグリスにある意味で縛られている。ツカサもヴァンたちの依頼があり、学院関連でイーグリスに縛られる。これ以上シグレに介入させるべきではない」


 言いたいことがわかるようなわからないような、ツカサは首を傾げ腕を組み、ふと思った。ヴァンはツカサを信じて目を逸らしてくれた。シグレはツカサのスキルの全容は知らないが魔法の力などは知っている。アルが言っていたはずだ、イーグリスは国にならないよう、王家と遠回しな取り決めもあると。なるほど、わかった気がする。住む場所、生活力、なにより自身の籍のこと。その全てをシグレがやってくれたならばツカサは恩を感じ、国とイーグリスでなにかある際はシグレに力を貸しただろう。そうしたことにならないように対応を分担されたのだと気づいた。ゆっくりと顔を上げて、逆側に首を傾げてラングに尋ねた。


「取り決めでもあったのかな」

「恐らくな。お前の存在は様々な意味で特別で危険だ。どこに所属されても厄介だろう」


 ラングのシールドは相変わらずその奥を映しはしないが、こういう時、しっかりと目が合う気がした。自分の知らないところで多くの人の思惑が動いている。ただ、悪いようにならないよう、配慮をもって誰かが守ってくれている。きっと、その盾の一つはヴァンなのだと思った。そして背後を守っているのはラングなのだ。

 権力を持たずともその存在を認めさせたのは、行動と責任を果たし信頼を勝ち取ったラング。

 権力を持ち真っ向から意見を言い押し通せるのは、この国で実績を積み上げてきたヴァン。

 二人の理使い(ナーラー)が、その仲間が、友がツカサを守ろうと行動してくれたからこそ、どこかに比重の傾いた恩を持たずに済んだのだ。とはいえ、エレナやモニカ、アーシェティアの滞在を許してくれていたり、今までの細やかな気遣いもあり、シグレに力を貸してくれと言われればやぶさかではない。【快晴の蒼】にも恩を感じているが、彼らは【冒険者】であり【権力者】ではないと思っておこう。

 アルはハーブティーを啜ってからツカサの髪をぐしゃぐしゃに混ぜた。


「ツカサの人徳だな」

「そうかな、そうだといいな。情けないところばっか見せてる気がするけど」

「そういうのが新鮮なんだろ」

「どういう意味?」


 わはは、とアルは笑って誤魔化し、ラングはコップで口元を隠し少しだけ微笑んでいるように見えた。取り留めもない話はいくらでも脱線し、アルの諸国漫遊記に質問を重ねたり、ラングの語学力の理由を尋ねたり、ツカサは覚えている範囲で故郷のイベントについて話したりした。新年から始まり、成人式、節分、バレンタインデー、ひな祭り、ホワイトデー、エイプリルフール、端午の節句、ゴールデンウィーク、母の日、父の日。これでもまだ一年の半分、挙げればキリのないイベントに、随分と節操のない国だったのだな、とラングが顎を撫でていた。イベントの詳細をこちらもわかる範囲で伝えれば、アルが似たようなイベントがある、とイーグリスでのそれを教えてくれたりもした。

 ラングの故郷では節目ごとのものが多く、レパーニャでは春と秋に祭りがあるという。春は冬の寒気を払うための春の女神を呼ぶ笛の音が、秋は豊穣への感謝を込めて盛大に屋台が盛り上がる。その合間に冒険者は品物の売り買いをしたりとなかなか賑わうらしい。ツカサはそれも行ってみたい、と素直に笑った。


「いずれ、来ればいい」

「うん、そうだね」


 どのくらい掛かるかはわからないが、行こうと思えば行けるのだ。この世界のどこかにある正規の手順で渡れば、そちらへ行くことができることは知っている。ツカサは可能性を示してくれたことを喜んだ。生活自体はこちらの方がいいだろう。けれど、遊びに来るのなら歓迎する。ラングがそうした意思を示してくれたことが嬉しかった。

 たっぷりの食休みをとった後、再び【赤壁のダンジョン】を進み直した。五十四階層まであるうち、今日は九階層まで進む予定だ。通路で遭遇する魔獣を狩りながら、話題は【黒のダンジョン】でのことになった。


「そういえば、ラング、もしあの時ヴァーレクスが来なかったらどうするつもりだったの? たまたま合流できたからよかったけど、ヴァーレクスと離れてた可能性もあるよね」


 猪のように突進してくる眉間に小さな角の並んでいる魔獣は、風魔法でスパリと足を斬り落とせば簡単に狩れる。一回につき四、五頭の群れになっているのも肉を集めやすくて有難い。向こう側に冒険者がいないことを確認できればツカサの独壇場だ。ラングもアルも武器すら構えなかった。


「あれをダンジョンだと思っていたからな。本来ならば、私の理を感じる力と、お前の魔力を感じる力で進むつもりだった」

「ダンジョンじゃなかった、っていうのがまぁ、予想外だったわけだ」


 そうだ、とラングはドロップした肉と毛皮を空間収納へ入れた。再び歩き、先を目指しながら雑談は続く。


「ヴァーレクス、追いついてよかったよな。あれ、はぐれてたらかなり時間掛かってただろ」

「そうだね」


 運がよかったと言えばそれまで、あの状況でよく合流ができて神が生まれる前に間に合ったものだと、今になって安堵の息を吐いた。ラングは少しだけ唸るような声で言った。


「こちらの世界のダンジョンは本当に厄介だ」

「ラングはイレギュラーに遭遇し過ぎなんじゃないかな…」


 ツカサが苦笑交じりに言えばラングは首を傾げた。時々、【変換】はラングに優しくない。言語を合わせてイレギュラー(予期しない出来事)と言い直せば、あぁ、とラングは頷いた。癒しの泉エリアで文字を書いてくれと言われ頷く。

 ツカサはぼんやりと思い出を振り返った。ジュマやジェキア、マジェタのダンジョンなど、ラングは故郷での経験を生かし、ツカサをしっかりと引率してくれていた。迷宮崩壊(ダンジョンブレイク)魔獣暴走(スタンピード)、果ては生まれたてのダンジョンなど予測不可能だったものは置いておいて、ダンジョンそのものは慣れていなくとも不得意だとは感じなかった。カダルにいくつか指摘を受けたとも聞いているが、今なら、基本的なことは問題もなかったように思う。


「ヴァンたちが居てくれてよかったよな。ネルガヴァント含めて」


 アルが少しだけラングを詰るように言えば、ラングは不服そうに返した。


「ギルドラーを殺している方が楽だ」


 物騒な物言いにツカサは苦笑を浮かべ、アルは盛大にため息を吐いてズバリと言った。


「ラングさ、経験でやり繰りしてるけど、やっぱ根本的にダンジョンと、壊滅的に相性悪いよな。ダンジョンかかわると結構後手なところあるし。俺知ってるぞ、そういうの確か、ポンコツって言うんだ」

「物理はすごく強いけどファンタジー弱いもんね。そもそも魔法がない世界で生きてきたわけだし、経験なかったからっていうのはあると思うけど」


 対人戦や対魔獣戦でその身一つで戦うスタイルならば右に出る者はいない。だが、ダンジョンや魔法、不思議なことに対しては経験や知見が多くないからか、ラングは少しずれていたようにも思う。ちらりと兄を見ればシールドを傾けて言葉の意味に悩んでいた。


「ポンコツとは?」

『いくつか意味合いがあるけど、たぶん、アルが言いたいのはポンコツ(役立たず)、かな』


 ラングはツカサの通訳に肩を竦めた。アルはじろりとそれを睨み、腕を組んだ。


「ちょっと一回謝っとけよ。ヴェレヌでのこと、俺は忘れてないぞ」

「すまん」


 いったいヴェレヌのダンジョンでなにがあったのか。全く感情を込めずに言われた一言にツカサは思わず笑ってしまい、アルはむっすりと言った。


底なし沼はわからない(好奇心は猫をも殺す)んだぞ」


 あぁ、ヴェレヌのダンジョンでも躊躇なく、なにかに指を突っ込もうとしたのだなと察した。



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