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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
終章 異邦の旅人

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4-69:星空の下で

いつもご覧いただきありがとうございます。


 ラングと鍛錬を行い、体を解すとヴァーレクスが現れる。ラングは何も言わずその場を離れていき、残るのはヴァーレクスだ。そして打ち合いと技術を叩き込まれ、ツカサはこの変則的な鍛錬の時間に不思議な充足感を覚えていた。


 ラングはヴァーレクスの技術を視ようとはせず、ヴァーレクスはツカサにただ己の技術を叩き込むことに注力し、ラングの片鱗を潰すような教え方をする。ツカサの体がどこまで仕上がっているのかを確認し、それを利用して教えられる技術を選別されているような、おかしな状況だ。

 タルワールはそのまま、受ける武器、受けさせる武器を変え特徴のある感触を捉える努力を続ける。自分より身長の高い男の繰り出す一撃の重さにも少しずつ慣れてきた。剣を殴る道具にする発想はなかったが、あの剣はそれができる。ツカサの持つ短剣でそれをやろうとすると、拳頭が潰れてしまうのだ。剣を握っているせいだ。武器そのものの在り方が違うのだと納得をした。

 朝食はいつもより遅い時間になった。アルがなにかしらの食事を運んでくれるのを合図に鍛錬を一度切り上げ、多少の会話を交えながら食事を取る。

 強者との戦いを貪欲に求めている、という点を除けばヴァーレクスは博識な男でもあった。元々貴族だったこともあり、国と貴族の在り方であったり、本人が発揮しないだけで人の扱い方にも一家言を持ち、冒険者としてその腕一本で生き抜いてきた知恵と実力があった。ラング以上に様々な武器を持つ相手と剣を交えてきた男はツカサに多種多様な武器との交戦を想定させ、極まった一つの技術を真正面から与えるラングとは、また違う刺激を与えてくれた。

 一度はその剣で死にかけていたというのに、単純だとは思うが、ツカサはこの男のことが好きになってきていた。ぶっきらぼうで失礼な物言いをするが、嘘は言わない。加減は下手くそだがその分体に技術を叩き込まれる。あの時殺した男は、と武勇伝は逐一物騒だがタルワールを振って見せてくれる動きは素晴らしかった。

 ラングとの鍛錬が朝の二時間だとして、その後のヴァーレクスとの鍛錬は休憩を除き十時間ほど。真っ暗闇になればトーチで明かりを確保し、毎日どろどろになるまで動き続けた。


「やはり時間が足りない」


 五日目の夜、ぜぇはぁと息を切らすツカサの横で木に寄り掛かり、ヴァーレクスが呟いた。何度か深呼吸を入れて息を整え、ツカサはそうだろうね、と呟いて返した。


「ラングとの鍛錬だって、俺、一回別れるまで一年近く付きっきりでやってたんだ。その後独学入っちゃったけど、矯正だって時間かけられてる気がするよ」

「もう五日欲しいものだ」

「…ヴァンたちに言えば? ラングは多分、いいって言うと思う。俺だってもう少し技術学びたいし」


 ふん、とヴァーレクスは鼻で笑い、地面に座ってから夜空を仰いだ。今日は快晴だ。トーチを小さくして数を減らせば、徐々に目が慣れてきて星が見えるようになってきた。

 じわりと季節が動いている。風は少しだけ冷たさを含み、動き回って汗をかいた体がぶるりと震えてしまった。放られた上着に驚きながら、大丈夫だよ、と返そうとしたが、その男はこちらを見なかった。まぁ、肌寒いし、と自分に一言掛けてからツカサはその上着を肩に羽織った。エフェールム邸の洗剤の香りの中に多少汗の臭いを感じてなんとも言えない気持ちになったが、冷えた表皮に風が当たらないだけで全然違う。自分でマントを出せばいいとか他の対処法もあったが、野暮なことは言いっこなしだ。有難く汗が乾くまで借りていることにした。

 遠くでカチャカチャと食器の擦れる音がした。もう夕食も終わり、シグレや、ラングたちが夕食を取り、仕える者たちがその日の疲れを労いながら食事を終え、片付けているのだろう。じっと無言で星空を眺め続けた。会話を切り出せばそこから時が動いて、最後の夜が早く過ぎ去ってしまうような、そんな惜景があった。ツカサはラング以外にもそう感じる相手がいることに小さな感動を覚えていた。


「小僧、お前は恵まれている」


 ツカサが怖くて進めなかった時間を、ヴァーレクスが動かした。お互いに星空を眺めたまま、視線を交わすことはない。


「確かに恵まれていると思うよ。師匠にも、環境にも」

「わかっているならばいい。私は気づけなかった」


 続きを尋ねていいものかどうか、一瞬悩んだ。肩に掛けた上着をぎゅっと握り覚悟を決めて、ツカサは一つ息を吐いてから会話を続けた。


「なにに、気づけなかったの?」


 んん、と低く鼻に掛かった息が抜けた。長い腕を星空へ上げて、言葉を選んでヴァーレクスは言った。


「私は自由なつもりだった。この腕一本で戦い、相手を屠り、ただ技術を磨き、それをもってして敵を降す。そうした時にこそ、今まで培ってきたものが証明されるのだと、考えていた」

「今は違う?」


 少し難しい、とヴァーレクスは星空を掴んだ。


「パニッシャーに言われた言葉が引っ掛かっている。人に扱われることに慣れている、と」

「ラング、また思わせぶりなこと言ったなぁ」

「脳裏に浮かんだのはヴァーレクスの家と、特殊部隊の奴らだった」


 揶揄うような言い方をしてしまったが、ヴァーレクスの声色の真剣さに反省するように膝を抱えた。それで、と促せばまた鼻に掛かるような息の後、ヴァーレクスの声が零れた。


「実力で成り上がったとはいえ、その力は誰かに使われてこその力、在り方。忌避していた家の在り方は、特殊部隊の奴らもそれをなぞるまま、そして私もまた、変わらなかった」

「…もう少し噛み砕いてほしいかも」


 素直に言えば、ヴァーレクスの腕がゆるりと戻った。


「私はマナリテルに使われることで力を発揮していた。特殊部隊の奴らを使うことができなかった私は、私自身が奴らと同じ、ただ駒で終わるだけの存在だった、ということだ」

「それが気づけなかったこと?」

「もっと早く気づいてさえいれば、こうはなっていなかった」


 こう、と前に差し出された両腕、その手首の紋が重く見えた。実は、ツカサはその奴隷紋を解けないだろうかと試みたことがあった。相手があのシェイだからこそ成せなかったが、構造の勉強にはなった。ヴァーレクスは無駄なことをするなと一笑に付していたが、少しだけその顔は嬉しそうだった。


「私が勘当されたことは話しただろう」

「手下を殺し過ぎて、だったね」


 頷き、ヴァーレクスは自分の両手を眺めた。


「あれは、残したかったのだろうと思う。父祖がつくりあげたものを、恐らく、家でもっとも技術を求めた私を生かし、あいつらに追わせ、継承させたかったのだろう」


 兄共はただの雑魚だったからな、とくつくつ歪んだ口元に釣られて引き攣った。ヴァーレクスが気づけなかったと言ったのはそういうことだ。勘当し、敢えて家から追い出したのは少しでも系譜を生かすため。特殊部隊の残党が主を求めたのは、そうすることでしか生きられないこともあっただろうが、ヴァーレクスを長としてその技術を残すためでもあったのだ。

 だが、ヴァーレクスはそれを率いることをせずマナリテルに与し、使われる側に立ってしまった。そうして、奴隷紋を刻まれる今に至っている。


「あのさ、ヴァーレクス、聞いていいかな」


 ツカサはヴァーレクスの方へ体を向け、意を決して尋ねた。


「ヴァーレクス、本当にラングと戦うの? ヴァンとかシェイさんに、それこそ女神と戦った戦功を考慮してもらって、情状酌量っていうか、罪の軽減、減刑っていうのか、そういうの、頼めないのかな。そんな奴隷状態なんて外してもらってさ。俺の分のそういう戦功を使ったっていい、そうしたら、もっとヴァーレクスからも学べるし…同じパーティにだって…」


 くっくっく、と喉で笑い、ヴァーレクスはその後に大声で笑った。


「小僧、お前は本当に甘い。本来即座にパニッシャーと戦い、それにより処刑を行われるはずだった私が、お前に五日も技術を教える時間を与えられた。それこそが戦功に対する褒賞であるとなぜわからない」


 いっそのこと清々しい笑みを浮かべるヴァーレクスにツカサは言葉を失った。期間の延長を申し出ないことも、それをよくよく理解した上でここにいるからなのだ。そんな、と震えた声の後、ハッと顔を上げた。


「【変換】しよう、ヴァーレクス。奴隷紋の魔力を書き換えることはできなくても、それそのものを変えてしまえば、ヴァーレクスなら逃げられる」

「やめておけ。お前もまた、試されている」


 とん、とヴァーレクスの指が左耳を叩いて示した。ツカサは自分の左耳に触れ、そこにあるティリ・カトゥーアにひゅっと息を吸った。なぜ、魔力が戻った後もシェイがそれを回収しなかったか。シェイは魔法障壁を手伝うと言ったはずなのに、ヴァーレクスは魔法障壁を使うなと言った。それは、そこに監視の意図があることをヴァーレクスが知っていたからだ。左耳に防音魔法障壁を張り、ツカサは項垂れるようにして座り直した。


「【変換】を使うかどうか、ヴァーレクスを通して試されてるんだね」


 あれも、これも、自分に都合の良いように変えられる力だからこそ、堕ちるスキルだ。それを前にしてツカサが【変換】を乱用するか、留まれるか、試されている。教員の職を斡旋されたことも、どこにいるのか把握をするための布石だったのだと気づき、悔しさと苛立ちが浮かぶ。アルの、外堀から丁寧に埋められちまって、という言葉が鼓膜に蘇った。ぎち、と握り締めた拳を眺めた後、ヴァーレクスは深い息を吐いて、小僧、と呼んだ。


「私はお前が奴らとどんな会話をしたのかは知らない。だが、もし本当にお前が手練手管に嵌められただけならば、あの男が黙ってはいないだろう」


 拗ねたような顔でヴァーレクスを見れば、情けない面だ、と吐き捨てられた。確かに、ラングは乗せられたな、の一言で終わった。けれどそれは、ツカサが今後自分で自分の道を判断していくための鍛錬でもあったのだから物申すことはないとも思えた。ヴァーレクスは再び盛大なため息を吐いた。


「お前が利用してやればいい。パニッシャーが奴らを利用し、私をここにやらせたように。お前が使われる側になるのではなく、使う側に立てばいいことだ」

「ラングがヴァンたちを利用して?」

「当然だ。私の言葉だけで奴らが動くわけがない。お前に技術を教えたいと言ったのは確かに私だが、パニッシャーからの申し出があってこそ実現している。形式上、軍の連中が間に立ってはいるが、優位なのはパニッシャーだ」


 そこまで聞いて、ツカサは胸を張った。さすがラングだと頷いてみせればヴァーレクスは呆れたように首を振った。

 共闘、協力、それは相手と対等であるから成り立つものでもある。なるほど、ヴァーレクスはその点で自分を誰かの下に置いてしまったがために、使われる側だった、ということか。百戦錬磨の軍人連中を相手にどこまで渡り合えるかはわからないが、ツカサは頑張ってみようと決意した。

 一つ納得をしたところで、また一つ気になることがあった。ヴァーレクスは先ほど、パニッシャーと戦い、処刑されるはずだった、と言った。


「ヴァーレクス、死ぬの?」

「また生温いことを考えているな」


 ヴァーレクスはいい加減うんざりだと言いたげに頭の後ろで腕を組み、木に寄り掛かり直した。うっそりと星空を眺め、穏やかな笑みを口元に湛えていた。


「勝手についてこい、と言った手前、奴らの所業の責任は私にもある。実際、ヴァンドラーテのことなど私は知らぬことだが、誰かがその責任を負わねばならないのだ」

「それは、イーグリステリアでいいじゃん」

「海賊がそれで納得をすればいいがな。物事にはけじめというものが必要なのだ」


 ツカサの胸倉を掴んだあの気風の良い、琥珀の目の男が見えた。話せばわかりそうなものを、ヴァーレクスは抗う気もないらしい。なぜなのかと理由を問えば、ヴァーレクスらしい答えがあった。


「パニッシャーを殺した後、あれほどの男には一生見えられないだろう。ならばもう、死んでもいい」


 次はツカサが盛大なため息を吐いた。


「俺だってすごい強敵になるかもよ」

「小僧の大成を待っている間に私が老衰で死ぬ」


 ムッとしたがあながち間違いでもなさそうで話を切り替えた。


「アルだっているし」

「槍使いは、なにかが違う。戦いたいとは思わない。飄々と、危なくなれば逃げるだろう」


 言わんとすることはわかる。アルはダンジョンでもそうだが人相手であれば、やむを得ずにやる、というタイプだ。戦いたい、と進んでその槍を手に取った姿は見たことがないかもしれない。相手が武器を向けてくるならば受けて立つところもあるが、ラングのように殺すことを常とはしていない。在り方が違うのだ。


「ラングより強い人がいるかも、とか思わないの?」

「あれより強い人間がいると思うか、小僧」

「いないと思う」


 一瞬の間、次いで声を上げて二人で笑ってしまい、星の照る修練所に暫くけたたましい笑い声が響いた。明かりのある窓から数人、首を傾げるように外を見ているのがわかる。笑い声は徐々に収まり、最後は、はぁ、と息で消えた。

 この男はラングと戦うのだろう。

 そうして、どちらかが死ぬ。


「どっちにも死んでほしくないなぁ」


 素直な願いを口に出せば、じわっと涙が滲んできた。本当に単純だ。たった数日共にいただけで失いたくないと思ってしまう。自分が結局生きているのだから、と甘いことを考えてしまう。護衛対象を殺されたのにだ。

 だが、こういうのは理屈ではないのだと知った。剣を交えれば分かり合えることも、短い時間で知己となれることも、初めて知った。


「お前の甘っちょろい考え方は、嫌いではない」


 ヴァーレクスの言葉に顔を上げ、そちらを見ればにんまりとした笑みがこちらを向いていた。


「そのままでいるがいい。それがいずれお前を殺したとしても、後悔はするまい」


 殺すって、と文句を言う前にヴァーレクスは立ち上がり、ツカサに貸していた上着を剥ぎ取った。ひゅうっと吹いた風に少しだけ鳥肌が立ったが、軽く摩って収めた。ヴァーレクスは上着をばさりと腕に持ち、タルワールをベルトごと持ち上げるとゆっくりと視線を違うところにやった。


「迎えが来たようだ」


 視線を追えばその先に居たのはクルドだった。軽く手を上げて挨拶を示し、剣の柄に腕を置いてヴァーレクスを待っていた。ツカサはよろりと立ち上がり、なにかを言わねばと思ったが、形容のし難い感情に言葉が出てこなかった。

 ヴァーレクスはぬらりと右手を差し出してきた。その手と顔を交互に見て、ツカサは一度瞑目し、腕で目元を強く拭い、右手を同じように差し出して強く握り締めた。


「ありがとう、教えてもらった技術は、もっと磨いていく」

「そうでなくては困る」


 ヴァーレクスの手がゆっくりと離れていった。


「お前は、私が生涯唯一技術を教えた男だ。そう簡単に死ぬようなことにはなるなよ」


 もう一度手を伸ばして握手したい気持ちを堪え、ツカサもゆっくりと手を引いた。


「言われるまでもないよ。…ラングとの戦いは、俺も見届ける、見届けてやる」


 っは、と笑い、ヴァーレクスは踵を返してクルドの方へ歩き出した。ツカサはぐっと深く頭を下げた。


「ありがとうございました!」

「励むことだ、ツカサ」


 最後の最後に名前を呼ぶなんてずるい、とツカサは涙で歪んだ視界で、黒い染みを増やしていく地面だけを見ていた。



面白い、続きが読みたい、頑張れ、と思っていただけたら★★★★★や応援をいただけると励みになります。

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