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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
終章 異邦の旅人
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4-67:一流の師匠

いつもご覧いただきありがとうございます。


 早朝、修練所で鍛錬を行い、ラングに転がされた怪我を治し、土を払っていればメルファスに来客だと声を掛けられた。これから朝食をと思っていた矢先のことで、正門に辿り着いてそこにいた二人に驚いた。

 もしやラングと戦いに来たのか。ツカサはごくりと喉を鳴らし、呼ばれずともそちらへ近寄ったラングとヴァーレクスという二人の猛者を固唾を呑んで見守った。シェイがため息を吐き、しゅるりと書状を開いた。


「ラングには事前に伝えておいたが、ペリエヴァッテ・ヴァーレクスの願いを【空の騎士軍】としては、ラングが了と言えば叶えることに異論はない。それで、どうする」

「願いってなに?」


 ツカサが気になって問えば、じろりとこちらを見遣るヴァーレクスの視線と、ラングのシールドが同じタイミングで動いた。


「私としても異論はない。ただし、事前に出してある条件の通りだ」

「それについては俺が対処した。奴隷紋だ」


 シェイが顎を揺らせばヴァーレクスは両腕を前に出した。手首には鎖のような紋様が刻まれていて、手枷のように見える。奴隷紋ということは、ヴァーレクスは奴隷に下ったというのか。またツカサの視線に聞きたいことが含まれているのがわかるのか、シェイはがりがりと頭を掻いて、書状を畳みラングに渡した。


「ツカサ、今日、ここにこいつを連れてきたのはお前に会わせるためだ」

「俺? どうして」

「お前に教えたいんだと」


 シェイの視線が面倒そうに振り返り、お行儀よく立っている長身の男を示した。教えるというのがなんのことかわからず混乱したが、背中にタルワールもあることから、もしかして、と呟いた。


「まさか、鍛錬?」

「御明察」


 一度は自分を殺しかけ、ダンジョンで実力を認めた男からの申し出に有難いやら困惑するやら、ツカサはラングを見遣った。言外に知っていたのかと問えば肩が竦められたので、どこかのタイミングで既に話がまとまっていたのだろう。確かに、長刀であるタルワールを持つ武人と戦ったのはあの一回だけ、どこまで通用するのか、どのような技術なのかを体得しきれていない。それをよもや、ヴァーレクスから提示されるとは思わなかった。ラングはするりとマントを翻してその場を離れていく。


「ラング!」

「ツカサ、学べるだけ学べ。その男もまた、一流の武人だ」


 それだけを残してラングはエフェールム邸の中に行ってしまった。アルは暫く状況を窺っていたが、ふぅと息を吐いてこちらもエフェールム邸への階段に足を掛けた。


「アル」

「大丈夫だろ。思う存分やってこいよ。飯は先食っとくわ」


 そんな、とさっさと館の中に消えていった二人に伸ばした手を所在なく引き戻し、ツカサは振り返った。面倒そうなシェイと、その横でじっとツカサを眺めているヴァーレクス。とりあえず、話を改めて聞くところからお願いした。ヴァーレクスはぬるりとシェイの方を向き、鎖骨あたりに手を置いて視線はそのままにゆっくりと会釈をした。二人で話したいということだとツカサにもわかった。ふん、とシェイは鼻を鳴らしてツカサを見た。


「まぁ、ティリ・カトゥーアをつけている間は俺も魔法障壁を手伝ってやる。奴隷紋に刻んだ制約もあるから、他人を傷つけることもない。五日間、じっくりやっとけ」

「五日!? シェイさん!」


 ひらっと手を振って門へ向かうその背中へ叫んだ声は、門兵の視線だけを呼んだ。隣に残された長身の男は目だけでツカサのことをじっと眺めていて、薄気味悪い。ヴァーレクスは両手を腰の後ろに置いて小さく首を揺らした。


「柔軟とあの男からの手解きは、今日は終わっているな?」

「…終わってるけど」

「これから五日間、私がお前を預かることになった。鍛錬できる場所へ案内しろ」


 随分と口調に差がある。これは下の者に接する際の線引きだと気づく。つまり、ツカサを弟子の位置に置いた。納得はいかないがラングも文句を言わず、むしろ了とし、その場を離れたのは全てをヴァーレクスに任せたということだ。ツカサはその判断を信じるしかなかった。

 先ほどまでいた修練所に戻りヴァーレクスと向き合う。なにをされるのかが見えずじっと警戒を続けていれば、ヴァーレクスはまず場所の確認を始めた。目視で広さを測り、つま先で地面を蹴り、ぬらりと下ろしたタルワールの切っ先で軽くつつく。足裏でざり、ざり、と何度か撫でて感触を確かめると満足気に頷き、タルワールをツカサに差し出した。


「取れ」


 手を揺らし促され、ツカサはタルワールの柄を握り、受け取った。実際にこうして持つと思ったよりも少し重く、柄は手に馴染みやすいように布紐が巻いてある。長さはダヤンカーセの持つ剣よりも長く、ツカサには初めての長さだ。刀身には波紋のような美しい柄がついており、切っ先の方だけが両刃になっている。構えるように示され、湾曲した面を相手に向けるようにして持てば拳頭を守るように手元の飾りが向いた。手指を守るための装飾なのかと想像し、軽く、ショートソードを扱うように振ってみた。上から、切り返して下から斜め上、手首を返し右から左へ、最後に右へ振り抜く。違和感が腕に走った。手の中にあるタルワールを上下左右から眺め、ツカサは最後にヴァーレクスを見た。


「短剣かショートソードを。私はそれ以外、持ち出すことを許されなかった。お前が渡す分には問題ないと契約されている」


 求められたものを空間収納から取り出し、どうぞ、と渡す。黄金にぼんやりと輝くショートソード、豊穣の剣だ。これなら魔力を込めたとしても小麦や小豆が出るだけだ。ヴァーレクスは軽く振って重さを確かめた後、それを前に構えた。


「まずは一撃、振り下ろせ」


 言い方にムッとするものはあるが文句を言わずに振り下ろしてみせた。足を踏み出して一撃、それなりに思い切り振り下ろしたのだがヴァーレクスは豊穣の剣の中腹より前で受け、柄頭を上に向けるだけでそれをいなした。


「横から」


 言われた通り、構え直して右から真っ直ぐに振り抜く。これもまた剣の腹で一度受けた後、柄頭を上に向けてシュッと音を立てて抜けた。他の角度も指示をされ、その度に受け流される。また違和感を感じ、眉を顰めた。


「もう一度上から」


 頷いて同じように上から振り下ろした。ヴァーレクスが次は下から打ち返してきた。先ほど同様、様々な角度から打ち込まされ、打ち返される。手に響く力の振動と剣の動き、今まで触ったことのないものにツカサはこの謎を解きたくて仕方がなかった。

 一定の試し打ちが終わり、ヴァーレクスは豊穣の剣を一度鞘に収め、指を下から折り曲げてツカサを呼んだ。大人しく近寄れば背中の鞘を下ろし、それも差し出した。受け取り、タルワールを鞘に収め、その重さを手を揺らして確かめるツカサに声が掛かる。


「いくつか打ち込んで違和感はわかったか」

「…意外と重い。全体じゃなくて、ほんの少しだけ刀身の中心が、そんな気がする。横に振るよりも縦の方が動かしやすい気がしてる。あと、よくわからないけど剣自体が衝撃を逃がすような、変な感触がする」


 ヴァーレクスは満足気に頷き、鞘のままタルワールを横に持たせ、まずは刀身の真ん中あたりに指を置いた。


「素材は知らない、祖父はこれを未知の鉱石と称していた。鑑定したければしてもいいが、私は興味がない。ただ、衝撃を逃がしやすく、欠けず、歪まず、刀身が力を吸収するような造りになっていることは確かだ」


 ちら、と見れば聖ミスリル製と出ていたので一応存在はしている鉱石なのだろう。聖がなにを指すのかがわからず、ツカサはそれを伝える野暮はしないでおいた。ヴァーレクスは続けて剣の特徴を説明し始めた。


「パニッシャーやお前の持つ武器は直刀が多く、湾刀は扱いが少ない。このタルワールは斬ることを得意としていて、それも、振り下ろすことに特化している」


 抜け、と言われ鞘から抜いてまた横に寝かすように手に持った。柄から先半分をいくかいかないかで緩やかなカーブを描く剣の腹を指でなぞり、湾曲した部分のさらに半分をいくか、というところで指を止めた。


「ここだ、ここを相手の斬りたいところに、少し手前に置く」


 ふと、脳裏にミリエールと共に斬り捨てられた時の映像が流れた。ミリエールが追いかけていったあの男、小盾の合わせ方は上手かったが、その後叩き割られた。あの時はタイミングが合っているように思えていたが、こうして剣を持ち、触れれば、ヴァーレクスは敢えてそこを当てたのだとわかる。相手のタイミングとずらすことで威力を殺させず、逆に相手の力を吸収しずらし、叩き割った。剣の特性を最大限生かしたのだ。ツカサが盾魔法を砕かれたのもそのためだ。守護の腕輪はどうしても腕輪を起点に盾が展開される。それが形になる前に端の隙間を、振り下ろし、斬る剣の特性に負けたのだ。


「振り下ろした剣の湾曲部分で相手の支点を崩しながら、切っ先までを通す。そうすることで、剣や盾で防がれたとしても、額か、腹を斬れる。手首をずらせば足も狙うことができる」


 タルワールをもう一度構えさせられ、上から下に振り下ろす。直刀と違い振り下ろす時に湾曲部分が綺麗に相手をなぞるのだとわかる。ほぅ、と感嘆すればヴァーレクスはタルワールを寄越せと手を揺らした。そして、つ、と上に構えた。


「待ってやる。盾とやらを出せ。斬ってみせよう」


 ツカサは瞬時に円形に魔法障壁を張り、その前に目視可能な盾型の障壁を出した。いつでも、と言えば、ヴァーレクスは二歩下がってから一歩を踏み出してタルワールを振り下ろした。

 長身であることはタルワールを扱う上でかなり有利らしい。ダンジョンで見た体のつくりも見事だったが、振り下ろすだけではなくそこには技術と鍛え上げられた基礎があった。前方に出していた盾はまるでチーズを斬るように上から真っ二つにされ、円形の魔法障壁は切っ先で火花を散らされた。

 斬られた盾の方にもそれなりに魔力を注いだのだが、するりと入ったあの剣は見事だった。ラングの剣とは形も重量も違うというのに、違う剣で似たような技を見て思わず笑みが浮かんだ。技術だ。ツカサはぞくりと背筋を駆けたものに喉を鳴らした。

 ヴァーレクスはツカサに短剣を構えさせ、タルワールを軽く手に馴染ませた。


「最初はゆっくり振ってやる、受け続けろ」


 五日間、たった五日間だ。懇切丁寧に教えるだけの時間はなく、頭で理解するよりも体で感覚を得る方を優先されたのだと理解した。ツカサは自分に魔法障壁を展開し、ショートソードを構えた。


「魔法障壁とやらは外せ、殺しはしない。それもまた契約だ」


 ツカサは首を傾げながらも素直に魔法障壁を取り、構え、頷いた。

 存外、教え方が丁寧なことに驚きながらツカサは重い一撃を受け続けた。上からの一撃は特に重く受けることができず、先ほど見せられたように柄頭をぐいっと上げて相手の剣を下に滑らせて逃がす方法を取った。なるほど、あの流れもこのためだったのかと納得している余裕もなく、ヴァーレクスは次々と剣戟を叩き込んできた。角度を間違えれば足を裂かれそうになるので、ツカサは具に目に、体に焼き付けていった。腕を振り下ろす際の足の運び、片足を軸にしてワルツのターンのように回転を加えた動き、手足の長さを利用した一撃の重さ。いなしきれず、勢いを殺しきれず、距離を測って喉仏を薄皮一枚ギリギリで抜けていく一線にひやりとしたものが流れることも少なくなかった。調整はしているのだろうが、誰かに修行をつけるという観点でラングほどの経験がないのを感じられた。


「遠慮せず打ち返せ」


 防戦一方でタルワールをやり過ごすことに集中していればそう挑発され、ツカサは前に踏み出した。タルワールの懐に入ればその手足の長さを利用した一撃も繰り出せないだろうと目論んでのことだが、甘かった。剣を振るのではなく、握った手でそのまま拳を繰り出され、拳頭を守っている装飾品で殴り飛ばされた。これが顔面の急所に入り、ツカサは鼻血を噴きながら地面に倒れ、顔を押さえ、のたうち回った。ざっざっ、と近寄ってくる足音にヒールを使い、距離を取りながら立ち上がれば涙で歪んだ視界でヴァーレクスが再び剣を構え、飛び掛かってきていた。後ろに逃げながら剣戟を避け、どうにか打ち返し、ツカサはようやく立ち上がった。


「遅い、パニッシャーはなにを教えているのか」

「すぐに立てと習ってる、今のは、俺が悪い!」

「生温いことで」


 ふん、と鼻を鳴らして血を抜く。さっと目元を拭い生理現象を払い、ツカサはすーはー、と呼吸を入れた。拳を傷めずにあれだけの威力を持つ一撃を繰り出せるからこそ、懐に誘い込まれたのだ。加えて、ヴァーレクスの体は四肢が長く筋肉が多い。腰から回転をつけて思い切り入れてきたのだ。拳であの威力、もし蹴りなども加えられたら非常に不利だ。ツカサよりも身長の高い男は、同じ攻撃をする際、リーチで負ける。

 手足の長さは恵まれた素質だ。ツカサは槍を扱うアルの動きも思い出しながら、ヴァーレクスの類まれなる剣士としての才能に嫉妬を覚えた。体の仕上がり方は努力だけではどうにもならないと今のツカサにならわかる。だが、これだけの動きはタルワールを扱うためだけに鍛え上げたヴァーレクスの努力があってこそだろう。とんでもない世界に来てしまったなぁ、と場違いな感想に一人笑い、ツカサはまた殴り飛ばされた。

 時折、深く斬りつけられ咄嗟のヒールを使いながらもヴァーレクスとの鍛錬は四時間も続いた。


「飯、ちょっと休憩! 止めろ止めろ! そこまで!」


 アルの叫ぶ声にヴァーレクスは掴んでいたツカサの胸倉を離し、タルワールを背に戻した。ツカサはぜぇはぁと息を切らし、汗だくになってふらつき、一気に空腹を認識してアルの下へどうにか辿り着いた。ヒールで怪我を治し、差し出されたスポーツドリンクもどきを一気に呷った。冷たくて、甘くて、酸味が美味しい。木の根元に座り込んで息を整えていればアルがおかわりを注いでくれたのでそれもあっという間に空にした。お前も、と差し出されたものをヴァーレクスも飲み、おや、美味い、と目を見開いた。


「軽く挨拶代わりに少し動いて朝飯食いに行ってるかと思ったら、延々やってるって言うから、びっくりしたわ」

「俺もだよ」


 おなかすいた、と呟けばアルはバスケットを開いて大量のサンドイッチを差し出した。さっと手を突っ込み、一つ、すぐにかぶりついた。シャキシャキのレタスに熱々の照り焼きチキン、この甘じょっぱさと醤油の少し焦げた香りは日本人には堪らない。ライ麦パンに染みてじゅわっとするところも良い。


「ゆっくり食べろって、よく噛んでおかないと、胃がびっくりして吐いちまうぞ、それ」


 言われ、少しだけ食べる速さを落とした。こちらもまた、お前も、とアルがバスケットを差し出し、ヴァーレクスはハムとトマト、レタスの挟まったものを選んで大口でばくりと食べた。


「良いパンですねぇ、アズリアにも負けません」

「だろ、ダンジョン産のライ麦を使ったパンだ。美味いんだよ」


 アルもまたスライスされたゆで卵とハムのものを食べた。ぼんやりとエネルギーを摂取しながらアルを見て、ふと思い出したことを謝った。


「アル、ヴァンの提案勝手に引き受けてごめん。アーシェティアにも相談しないで決めちゃったな」


 アルは大口でサンドイッチを食べ、口の中がなくなってから笑った。


「いいって、ツカサの人生なんだし、ツカサのやりたいようにやれよ。それに、文句あればヴァンの提案時点で口出してるさ。ほら、ツカサが先生してる間、俺は俺でダンジョン行ったりいろいろやるし。アーシェティアだって今も自由にやってるだろ」

「まぁ、確かに」

「別にさ、仲間だから常に一緒に行動! 毎日顔合わせる! ってしなくたっていいだろ? 困った時にちゃんと助け合って、よっしゃ行こうぜ、でダンジョン行って、背中預けて預けられて、それでいいんじゃないか?」


 俺、そもそもやりたいことに正直で家飛び出したし、と胸を張る姿につい笑ってしまった。けれど、言うことも尤もだ。こちらがなにをしていようとこの男は風の向くまま自由に世界を広げるであろうし、アーシェティアもやりたいように行動している。冒険者が自由な生きものだというのはよくわかっていたのに、いや、これはアルの配慮か。ありがとう、と礼を言えばにかっと笑う顔が眩しい。

 ヴァンに預かると言われた時はツカサの甘えをなくすためというのが前提だったが、【快晴の蒼】として金級冒険者でもある軍師は、ツカサの集団行動心理についても一石を投じたかったのかもしれない。集団を是とする軍人として立つ傍ら、冒険者の在り方にも詳しいからこそ、気になっていた可能性はある。周りの先達に恵まれているなと思うのは毎回のことながら、相手の気づきに任せた教えの多さにも厳しさを覚えた。

 暫く無言でパリパリ、ざくざく食べていれば、アルはバスケットと水筒をそのままに立ち上がった。


「んじゃ、食休みは取ってから続けろよな。ヴァーレクスに部屋も用意してやったから、悪さはすんなよ」

「契約上余計なことはできませんのでねぇ」

「どんな契約なの?」


 ツカサが問えば俺は聞かないぞ、とアルはその場を離れ戻っていき、二人残されてからヴァーレクスは小さく肩を竦めた。


「パニッシャー以外の人間を殺さない、という契約だ。細々とした、タルワール以外を持てない、ただしお前が差し出す武器は持ってよい、など、多岐にわたるが、あの魔導士は随分と腕がいい。一つ項目を刻むだけでもかなりの力を労するというのに、あれも、これもなどと珍しい」


 ラングのことは殺していいのか、と不安ながら、とどのつまり、ツカサを殺す気はないということでもある。奴隷紋について詳しくないと言えば鼻で笑われてから説明があった。軽度の契約は奴隷証、生殺与奪を握るほどの契約は奴隷紋。奴隷紋の場合、眠るなと言われれば眠ろうとするだけで激痛がはしり、それも許されないという。今回ヴァーレクスに刻まれたものは後者であり、本人も了承してのことだという。ツカサは信じられないものを見る顔でそれを聞いていた。

 ではどのような内容なのかと問えば、ツカサが知りたいと言えばそれを拒むことができない契約もあるらしい。小さい頃どんな人間だった、と揶揄う気持ちで首を傾げれば、殺してやると言いたげな顔で睨みながら血を吐きそうなほどぎちぎちと歯を食いしばっていたので、やっぱり、いい、と断った。なるほど、シェイの手腕はこうして発揮されたわけだ。たっぷりのたまごサンドを頬張り、逆側から落ちないように手で支えながら少しだけ会話を続けた。


「ここから先、答えたくなかったら、答えなくていいけど。ラングの出した条件ってなに?」


 一応の逃げ道を用意しながらサンドイッチバスケットを挟んで座るヴァーレクスを見遣れば、バリバリとレタスとハムだけのサンドイッチを噛み切ったところだった。元々貴族だったというが、所作は冒険者だ。


「もう話した、パニッシャー以外を殺さない。あとは軍人からの要求ばかりだ」

「どんな?」


 ヴァーレクスはバリバリとレタスとハムを食べ終え、ツカサから飲み物を受け取りながら答えた。

 余計な武器を持たない。これがタルワールのみ持つことのできる理由で、そのままでは鍛錬時困るからとラングが、ツカサからの武器はよい、と条件を加えた。行方をくらまさない。脱走や逃げを許さない。部下である暗殺部隊への指示はさせない。滞在場所など、所在を移動する場合は必ず軍人が付き添う。生理現象や寝食は制限を課さない。など、行動を指定することから息をすることまで、かなり厳しく決められているという。あんまりではないか、と眉を顰めたが、ヴァーレクスから逆に眉を顰められた。


「私に一度は斬られておきながら、随分と甘いことを考えているようだな、小僧」

「小僧じゃない、ツカサだ。ダンジョンでその実力にも納得をしたし、同じ敵を前にして、ちょっと、気持ちは変わってきてる」


 変なものを見るようにして目を細められ、ツカサはスポーツドリンクもどきを飲んで誤魔化した。それに、なぜヴァーレクスがツカサに鍛錬をしたいと言い出したのかがわからない。


「なんで俺に教えるんだ? それこそ、一度は雑魚として斬って捨てたわけでしょ」


 ヴァーレクスはふん、と鼻を鳴らし、答えたくないと口を噤んだ。答えなくてもいいと言った手前、無理に聞きだすのも憚れてツカサはもう一つたまごサンドを手に取った。ヴァーレクスは照り焼きチキンを食べ、味が濃い、と文句を言ったが、それがいいんだ、とツカサは勝ち誇った。


「俺の故郷の味なんだ」


 左様で、とさして興味もなく答えがあり、少し不満だった。


「食休みは取れと言われたのでな、食後、二十分時間を空けてからもう一度私が打ち込む。お前はそれを防ぎながら攻め込んでこい」

「わかった」


 ヴァーレクスが二つ目の照り焼きチキンを手に取ったことを、日記に書いておこうと思った。

 


面白い、続きが読みたい、頑張れ、と思っていただけたら★★★★★やいいねをいただけると励みになります。


そういえば、今回の入賞を受けてXのアカウントを持ちました。徒然思いついたことをぼやいていたり、多目的と化しています。きりしまのおやつがわかります。

書籍化進行中についても、情報分かり次第そちらに書かせていただく予定です。

よろしければ見つけてみてください!

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