表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
終章 異邦の旅人

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

336/479

4-65:会話を重ねて

いつもご覧いただきありがとうございます。


 参考になったかならなかったか、結論から言えば参考にならなかった。


 冒険者であり軍人でもある彼らの相手は同様に貴族なので、そもそも出向で王都につめていて領地にいなかったり、不在が常というのが前提にある。そのため、ツカサが家を不在にしがちになりそうなことをどうすればいいかと問えば、普通じゃないか、と首を傾げられ、冒険者として活動している間に死んでしまったらという不安を零せば、冒険者でなくともいずれ人は死ぬ、備えればいいだろう、と返ってきた。定職というものをどう探せばいいかと問えば、冒険者というもっとも稼げる職業があるのになぜそうする必要があるのか、と驚かれた。

 そうなのだが、聞きたい経験則や話ではなく頭を抱えた。結局のところ、ラングの言うとおりモニカとすり合わせるしかないのだ。仕事に関してもイーグリスで誰かに聞いた方が早いかもしれない。

 使えないなぁとぶすくれて言えばヴァンとアッシュからそれはそれはもみくちゃにされた。アッシュの怖いところはくすぐるようにじゃれてきて、そのまま装備をするりと奪われたことだ。ふっと体が軽くなって自分の体を素早く確かめればショートソードと短剣を下げていたベルトがなくなっていた。こんな冒険者もいたりするぞ、気をつけろよ、とにんまり笑って返すあたり【快晴の蒼】の面子だ。ツカサはふと尋ねた。


「それラングにもできる?」

「もしかして、俺に死ねって言ってる?」


 どっ、と全員が笑い、引き合いに出されたラングは小さく肩を竦めた。友人や仲間とのじゃれ合いはいいが、初見の冒険者や最初から少し距離が近い冒険者は気をつけようと心に決め、装備を直した。アッシュのように手先が器用であれば、ものが入っていなくともポーチを盗られでもしたら困る。エレナの鍵魔法が掛かっているとはいえ、腕の良い魔導士が開けた際、中身が空なら収納系のスキルがバレるので厄介だ。

 そのまま夕食に招待されたのでエフェールム邸へは精霊に言付けを頼み、軍の食事にも興味があったのでお招きに与ることにした。

 ツカサが調理風景を見てみたいと言えばクルドが案内をしてくれた。【空の騎士軍】では刃物に慣れる目的や、いざという時に自分で自分の食事を作れるように、担当者が毎回変わるのだそうだ。トーチで照らされた調理場はとても明るく手元が見やすそうだった。今日の面子はどうかと問えばクルドはやけに真剣な顔で不味いかもしれねぇな、と呟いた。美味しいものが食べたい身としてはそれは困る。ぽん、とツカサの肩を叩き、そのまましっかりと握ってクルドが笑った。嵌められたと気づいた。


「んじゃ、手伝いよろしくな」

「俺、客人じゃないの?」

「客? いやいやダチだろ? じゃあ手伝ってもらわないとなぁ!」


 文句を続ける前にツェイス、とクルドが名を呼んで、そばかすの青年が手に芋を持ったまま駆け寄ってきた。お互いに、あ、と口を開いた後、ツカサは背を押されてたたらを踏んだ。


「手伝ってくれるらしい、美味いもん頼むぞ」

「了解です」


 振り返ろうとしたツカサの腕をがっしりとツェイスが掴み、問答無用で参加させられたのは言うまでもない。料理は好きなので構わないのだが、嵌められるのは気分がよくはない。差し出されたナイフを受け取り、ツカサは目の前の野菜の山を見た。くっくっとツェイスが隣で笑い、眉を顰めれば悪い、と謝られた。


「隊長が悪いな、たぶん、一応、あんたのためを思ってのことだ。あそこは年齢層が高いからな」


 言われ、クルドが戻っていった先を眺めた。ラングを筆頭にツカサよりも年嵩の大人たちが様々な組み合わせで話しており、中には随分と真剣な顔をしている男たちもいた。ラングとヴァン、シェイとラダンだ。二組で会話をした結果を四人で共有するような姿に、難しい話は確かにつまらなさそうだ、と思い、ツカサは自分の周りを見渡した。年齢層が近い青年たちが苦笑や親しみを込めた笑みを浮かべて小さく頷いてくれた。そういうことなら感謝しておくべきだろう、ツカサはこちらも頷いて返した。


「それで、今日の献立はなんなんだ?」

「軍ではだいたい大鍋でスープを作って、パンか米か、時に小麦粉を練った麺を出す。今日は米だ」


 ツェイスは芋、ニンジン、セロリ、玉ねぎ、芽キャベツのような丸いもの、それから違う机を指差して肉の山を見せた。食材のバランスは良いように思う。


「味付けは基本的に塩だ。時々ミルクスープにもするが、それはパンの時が多い。体を動かすからどうしても塩分が要る。それに、器は一人一つだから米にスープをかけるんで、スープで食べられる必要があるからな」

「なんか雑炊みたいな感じなのかな」

「イーグリスで鍋食べた後の締めの一つだな?」

「知ってるのか」


 食べ歩きが趣味なんだ、と笑うツェイスに意外だと答え、ツカサは芋を手に取り調理を始めた。ツェイスにどうして軍人になったのかを尋ね、最初は顕示欲や名声欲からだったことに驚きながら、今に至るまでに気持ちが変化していったことなどを聞いた。【空の騎士軍】は他の軍とは違い、軍師による完全な試験制で、いくつかの組に分け腕を競わせられたのだという。お互いがライバル、潰し合い、当然のように組は減る。最後に残った数組がヴァンを筆頭にした隊長たちと直接やり合ったのだそうだ。


「軍師殿が既に隊長を選んでいたことも知らされていなかったからな、そりゃあもう、俺たちは文句を言いながら襲い掛かった。…あっという間に返り討ちにされたけどな」


 ツェイス、フォクレット、ルーン、スーの四人が副隊長になっているのは、その時に残った組で、最後まで立ち上がり、諦めず、気を失うまで戦い続けたからだ。でも、と隣でセロリを刻んでいたルーンがぽつりと零した。


「あの試験のおかげで、僕たちは隊長を認められました。同じように、今僕らの部下になっている仲間からも一目置いてもらうことができました。僕は、元々隊長を尊敬してはいましたけど! 隊長は神童と呼ばれたすごい方なんですよ!」


 いろいろと思惑のあった試験で、ヴァンはそれを上手く収めたのだろう。あの軍師ならやるだろうなと思った。皮を剥いて刻んだ野菜を次々と大鍋の湯の中にどぼどぼと落とす。二人がかりで混ぜる鍋が二つ、その量に圧倒されながら再び野菜の皮剥きに戻る。六百人程度だったか、体を動かす青年たちの数を見れば、あっという間に無くなるだろうことも容易に想像ができた。


「そういえばあんた、ツカサだったか。父親の処遇は聞いたのか?」


 どさりと追加の野菜籠を置きながらフォクレットに問われ、ツカサは首を振った。


「自分のしたことの責任を果たしていると信じてるよ。…知ろうとはしてない」

「望むなら教えることもやぶさかではないんだが、どうする?」

「いや、いい。これは俺にとってもけじめの一つだから」

「…そうか、余計なことを言った。すまない」


 フォクレットが真摯に謝るので苦笑を返し、気にするな、と頷いてみせた。大きな鉄製のピッチャーを持ってきたスーがそれを机に置いてふぅと息を吐いた。


「まあ、ご無理はしないでいただきたいですけどね。血の繋がりより心の繋がり、心の繋がりより血の繋がり、こういうのは時と場合により、優先される度合いの変わる不確かなものでもありますし」

「スー、失礼だぞ」


 ツェイスが咎めればスーは悪びれずに肩を竦めた。ツカサはにこりと笑ってみせた、


「言いたいことはわかる、言っていることもわかる。でも、覚悟をして前を向いたことだから、大丈夫だ」

「…いい顔です。すみませんね、私もそこそこ年上なので、老婆心を」

「いや、ありがとう」


 スーは右耳、左耳、喉の礼をしたのでツカサもそれを返した。


「ヤンの一族なんだな」

「ヤンをご存じで? …これは食事の際にゆっくり聞かせて頂かねば。一先ず、ルーン、すみませんがこちらに水を貰えますか」

「あ、はい!」


 水魔法でなみなみと満タンになったピッチャーをよっこら抱え、スーはまた後で、と鍋の方に向かった。味の調整や、米を炊くのに使うのだろう。スーはそうして何度か水を求めにやってきてはツカサを試すようなことばかりを言った。副隊長の中でスーがそういう役回りなのだろうと思えばこそ、ツカサも真摯に返すことにした。

 せっせと調理をしながら、ツカサが今後どうするのかという話題にも飛んだ。

 近々結婚することを伝えればそこで共に調理している青年たちから歓声が上がり、他の作業をしていた者たちも集まってきた。祝福の言葉を受け照れながらも礼を言い、ツカサは冒険者として生きる場合の不安をこちらでも話して聞かせた。

 中には結婚し子供のいる者もおり、やはり軍人として長く家を空ける不安はあるという。その代わり、軍の社宅のようなところに妻子が居られるので身の安全、自分に何かがあった際の保障もされているらしい。基本、交代で二、三か月の休暇と任務を繰り返しているので年の半分は家族と過ごせるのだ。今回全員が招集されているが、普段【空の騎士軍】は四百人程度の軍で、残りの二百人は休暇を取れているのだという。その妻子がいるという青年は深く頷きながら言った。


「機密事項が多いから話せることも少ないんだけど、できるだけ仕事に理解を得るのが家庭の平和を守る術だとは思う。社宅だから同じように残された妻たちで事業をやったり、市に店を出したり、結構いろいろやってくれてたりするしな。あんたの嫁さんになる子は大人しいのか?」

「あぁ、そういう意味ならモニカは石鹸作りをしてるから手に職を持ってるよ。エフェールム家の庭の花を使って、特別な石鹸作ってるんだ」

「いいじゃないか、ならきっと忙しいだろうな。先輩の俺から言えるとしたら、ちゃんと話し合っておけよってことかな。冒険者だろうが、軍人だろうが、商人だろうが、相手に理解を頼みつつ、求めるならこっちもきちんと寄り添う、これが大事だ」


 やはりモニカと話し合うということに落ち着くのだと思った。ツカサは自分がモニカの仕事を詳しく知らないことに気づき、だからこそイメージがぼんやりしているのかもしれないと思った。戻ったらそこも聞かねばならないだろう。

 そんな話をしていればスープも完成し米も炊けた。ツカサは米を入れた器を持ってきた人にスープを注ぐ仕事も頼まれ、具材の偏りがないように気をつけた。なかなか難しかったがほぼほぼ配り終わると残った米とスープを調理担当と隊長たちがもらった。普通真っ先に上官に配るものだと思うのだが、【空の騎士軍】は部下が優先なのだそうだ。それもまた理由がありそうだと思い、勝手に推察することにした。それはそうと、共に作った青年たちとトーチの明かりの下、湯気の立つ食事にスプーンを差し込んだ。

 塩味の強いスープに刺激を受けて舌の裏側から唾液が溢れる。炊き立ての米が入っているからかスープが非常に熱く、はふはふと息を入れても舌が痺れる。野菜と肉の旨味が出汁となったスープはじゅわりと食道を自己主張しながら下っていく。最初の一口で上顎を火傷してしまい、そっとヒールで治した。二口目で拾ったしゃくりと良い歯ごたえのセロリ、丸ごとでたっぷりの熱を持つ芽キャベツらしきもの、これはモルルという薬草らしい。こちらもシャクシャクとした食感が楽しく、少しだけ苦みがあった。薬の一種で体調を整える薬効があることから、週に二度は必ずこうして入れるのだそうだ。医食同源という言葉があったことを思い出した。芋はほくほく、ニンジンはやはり甘い、玉ねぎはとろりとしていて、まだしっかりと粒の立っている米がスープを含み始め、また美味しい。


 休みの日はなにをしているのかという話題を出して楽しく会話をしていれば器の中はゆっくりと減っていく。ツェイスは先ほど言っていた通り食べ歩きや鍛錬、ルーンは読書やダンジョン、スーは馬で狩りに出たりルーンに付き合ってダンジョンに行ったり、フォクレットは家に帰るという。幼い兄弟が多いため手伝いに行っているのだそうだ。詳しく聞けば、下に弟が二人、妹が三人いる大家族だった。両親を失い大黒柱のため、他に時間を割いている暇がないらしい。


「軍の社宅の一軒家を借りられているから住む場所には困らないんだが、心配は心配だからな」

「でも、すぐ下の弟くんはとてもしっかりしてるんですよ。定職にも就いてフォクレットと二馬力ですから、妹ちゃんたちのお洒落も気を回せるようになりましたしね」

「一番下だっけ? 二番目だっけ、スーのことが好きで、お嫁さんになる、って引っ付いてたの」

「…スーは二度とうちに来ないでくれ」

「ははは、子供の言うことですよフォクレット」


 いいな、と思った。お互いの家族のことや、長く付き合っているからこそある多くのエピソード。目の前の副隊長たちのやり取りにスープに視線を落とした。ツカサがここに来るために捨ててきたものの一つなのだ。目的地が遠かったことや、いずれ帰るのだと思っていたので深く考えてこなかったことを、今少しだけ寂しく思う。ツカサにとっての彼らのような存在はラングとアル、【真夜中の梟】だ。ラングは故郷に帰る。【真夜中の梟】もオルト・リヴィアでの冒険に一区切りつけば帰るだろう。残るのはツカサとアルだけになる。アルが嫌だという話ではなく、人が減ってしまうことがどうにも物悲しいのだ。


「ツカサも今度一緒に行こうぜ、あいつら体力が有り余ってるから生贄は多い方がいい」


 ツェイスに声を掛けられ一瞬理解できなかった。どうした、と眉を顰めるツェイスに誘われたのだと気づいて滲むように笑った。


「あぁ、お邪魔したいな。どうやったら連絡取れるんだ?」

「そうだな、冒険の拠点はどこにするんだ? 冒険者ギルドに休みの日程が出たら送っといてやるよ。一か月前にはわかるから、それだけ猶予があればあんただって気をつければ気づくだろ」

「確かに。今のところはイーグリスを拠点にしてるから、変わるならまた言うよ」

「わかった、そうしてくれ」


 いつだったか読んだなにかで、友達はなろうとしてなるものではなく、気づいたらなっているのだと叫んでいる主人公がいたような気がした。それがクルドの配慮なのか、ツェイスが指示を受けていたのかはわからないが、大事にしたいと感じた。

 食事も一頻り楽しみ、新しい友人たちとの会話も落ち着いた頃、思い出したように気になったのはラングたちだ。夜の闇の中、トーチを置かずに焚火を囲み、そこだけ違う空間のようになっていた。椅子を置いて座っているのでちょっとしたキャンプ状態だ。ゆったりとリラックスした様子でハーブティーを飲みながら語っている姿が大人な空間になっているのか、ツカサはそこに足を向けて混ざりに行った。


「お、ツカサおかえり。美味かったよ」


 アルに手招かれてそちらへ行き、空間収納から自分の椅子を取り出して座る。ご苦労さん、とクルドに労われ、ありがとうと返せば少しだけ驚いた顔をされた。それからにかりと笑い、クルドは酒の瓶を掲げてから傾けた。あれはダヤンカーセのところで飲んだことのあるラム酒だろう。ツカサは穏やかに自身を眺めてくる一同を見渡し、首を傾げた。


「なに話してたの?」

「いろいろ。今はセリーリャの引き渡しについてかな」


 セリーリャ、ツカサはハッとしてラングを見た。


「言っておくが、私は毎日顔を出していたぞ。エフェールムに預けたのは私だからな」

「そうなの?」

「関わるのならば責任を取るのは当然だ。体調に問題がなくなれば、早々にラダンの孤児院に移すべきだろうと話していた」


 エフェールム邸に慣れ過ぎるとセリーリャが孤児院に馴染めなくなることを懸念しているのだろう。故郷を失い、兄を失い、名を失った少女が幸せになれる場所であることを心の中で祈った。ラダンが運営するのであれば問題ないだろうが、この人の不在時、留守を預けている人物を知らないので不安もあった。そうしたツカサの不安は表情によく表れる。ラダンは穏やかな笑みを浮かべて言った。


「孤児院を任せているヒルダはしっかり者だ。シェイに借りた影が一人、二人、孤児院の護衛にもついてくれているし、俺が信頼して任せている通いの手伝いもいる。いつでも会いに来ればいいさ」


 頷いて返せばラダンはまた微笑を浮かべてハーブティーを飲んだ。そうだ、とヴァンが膝に肘を置いて身を乗り出した。


「君にも話しておかないといけないね。セリーリャの寿命が四十年程度だってこと」


 突然の余命宣告にぎょっとして少し腰を浮かし、そうっと下ろした。


「どういうこと? 俺は、別に寿命の指定なんて」

「わかってる、ごめん、切り出し方がよくなかったね。君がどうしたかったのかはラングから聞いているよ。それとは別で、セルクスからそう言われているんだ」


 曰く、魂は約束通り回収された。力の残滓があの幼い少女を今も生かしている。成長はするだろう、だが、残滓がなくなるまでの時間が四十年ほどだという。ヴァンは優しい声で続けた。


「君の故郷はかなり長命だと聞いたことがあるけれど、四十年もあればここでは十分に生きられると思う。その中で、幸せを得てくれることを僕は切に願うよ。もちろん、本人に知らせてはならないことだけれどね。自暴自棄になられても困る」


 そうだろう。ほんの数日前、そうして神を産み落とそうとした女の顔が浮かんだ。


「それもあって、体調がある程度戻り次第、ラダンがセリーリャを連れて王都に行く。セリーリャが悩んだ時、苦しんでいる時、話ができる相手の一人として、君もその姿や名前を彼女に覚えておいてもらえると助かるよ」

「ラダンの孤児院に会いに行くよ、場所を教えて。最後まで俺も関わる。たまに来る、冒険者のお兄さんとしてでも」

「ありがとう」


 少しだけ申し訳なさそうなヴァンの顔に、セリーリャに対する見張りを増やす意味合いが込められていることを知った。仕方ないのだ、ただ、そうせざるを得ない状況にしたのはツカサなのだから、その責任は果たそうと思った。

 空気を変えるようにアッシュが殊更に明るい声で言った。


「そういや、【赤壁のダンジョン】が混みすぎてて行けなかったって?」

「そうなんだよ。身動きも取れなくてさ、それでこっちに来たんだ」

「ははは、まぁ仕方ない。この辺のダンジョンは一か月もすれば落ち着くって。規制は解除されつつあるし、街道の護衛も手配ができてる。王都に向かった避難民も六日、七日もすれば帰路につく。そうすりゃ徐々に空いてくるさ」


 となると一か月後に日程を変更する必要があるだろう。ラングを見れば肩を竦めていたので同じ考えのようだ。アルがぎしりと椅子を鳴らして寄り掛かった。


「となると暇になるよな、なにしよう」


 そうなのだ。ここに来るまで慌ただしくしていたもので、ぽかりと時間が空くと手持ち無沙汰になってしまう。アルにラングの故郷の言語をみっちり指導してもいいが、と考えたところで思い出したことがあった。


「ヴァン、ラダンさん、あのさ、ハルフルウストの祝詞ってわかる?」

「あぁ、結婚式のかな? わかるよ」


 ヴァンがあっさりと肯定し、あっさりと見つかった。モニカがアズリア出身のため、ハルフルウストの祝詞を聞きたがっていることを言えば快諾が返ってきた。


「いいとも、僕でよければ務めさせてもらうよ」

「ヴァンは正式に教会から免許も貰ってるから、本物だぞ」


 シェイが言い、すごさがわからずに首を傾げればラダンがこほんと教鞭を執る姿勢を見せた。


「スカイでは戦女神ミヴィストを国教に置いているが、軍人などの役職に就く際、軍師は経典を読めることもまた必須資格となっているんだ。そうしたミヴィスト教に属さない外部の者に与えられる資格をスカイでは読める者(リデラスタル)と呼ぶ」

「読むことができる人、ってことだね」

「ではなぜか?」


 きた、テストに出るやつ、と内心で思いながら考える。


「ええと、軍の中で結婚する人もいる? それに…死ぬ人もいる」

「どちらも正解だ。前者は分かりやすいから説明を省くが、祝詞の手配をしている間に死体は腐る、それは待ってくれない。魔導士の魔法で氷漬けにするなど、死者に寒い思いをさせたくもなく、疫病の恐れもあるからこそ、遺髪を取ったら迅速に死者の魂を送る必要がある。そのために軍師は司祭を務めることがあるんだ」


 そろりと視線をやればヴァンは左手に右手を重ね、本を開く所作を取った。そこに経典があるということだ。ヴァンは言葉を引き継いで話した。


「送るのはスカイの民だけじゃない、敵国の兵士だって送ることがある。だから、僕は他国の宗教の祝詞も諳んじる。…結婚式の祝詞を頼まれるのはすごく嬉しいよ、ありがとう」

「うん、こちらこそありがとう。よろしくね」


 ヴァンの泣きそうなほどに目を潤ませたその目に少し気恥ずかしくなりながら、ツカサは素直に笑ってみせた。



面白い、続きが読みたい、頑張れ、と思っていただけたら★★★★★やいいねをいただけると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ