4-62:生き残ったほう
いつもご覧いただきありがとうございます。
活動報告にお知らせがございます!後書きにも書かせていただきます。
エフェールム邸で短い会話と求婚を済ませ日常の歯車が回りだした。
その翌日、ツカサは一日何もするな、それも鍛錬だ、と言われ部屋でぼんやりと空を眺めていた。数日前まで黒い雨が降り注いだ曇天はどこにもなく、気持ちの良い快晴がカーテン越しに感じられた。
今日は修練所で自己鍛錬も禁止、食事は部屋に運んでもらえと指示を受け、本当に鍛錬なのかと疑いながら午前中を過ごした。
時折、モニカが顔を出して結婚式について楽しそうに話してまた忙しそうに出ていく。モニカの故郷では結婚する側が食事を用意し、お祝いに来てくれる人々に御馳走を振る舞い、これからよろしく、と新婚夫婦をお披露目するものらしい。そのお返しに、参列者は生活に必要なものを贈るのだ。
モニカはエレナやモリーンに聞いてスカイ方式の結婚式をしたいと言った。
「ここはほら、お借りしている場所だから、厨房をお借りするのもね」
以前ラングが占拠した時は、ラングがきちんと料理人や屋敷の者へ配慮を見せていたので問題がなかった。それと同等のことは難しいとわかっているからこそ、モニカは現実を見て、その中で理想に近い方法を模索しているようだ。
どのような結婚式がスカイ方式なのかと問えば、開催日時を近しい人にお知らせし、来てくれたら歓迎する、見かけてお祝いを言いに来る人も歓迎する、というとてもシンプルなものだった。それは声を掛けても来てもらえない可能性もあるものだが、各々都合があることは重々承知の上、細かいことを気にしないスカイの気質だからこそできることだ。日本人のツカサからすれば出欠席をしっかりと取りたい気持ちになるが黙っておいた。モニカは指折り数えながら呼びたい人を並べた。
「私が来てほしいのは、エレナさんとアーシェティアさん、リンダにおじいちゃん。それに、エフェールム様とカイラスさん、モリーンさん、メルファスさん…。とにかく、このおうちでお世話になった人たちなの。お仕事に問題なければ、だけど。ツカサも来てほしい人がいたら時間開けておいてほしいって、声を掛けておいてね。ラングさんとアルさんは絶対ね」
「わかった。場所とか、日時はどうするの? それに合わせて【赤壁のダンジョン】からも戻るよ」
「うん、日時はちょっと遠いんだけど、雪花の月の後半にしたいの。そのくらいでイーグリスに居てもらえたら、みんな来れるんじゃないかなって」
雪花の月、十一月だ。今からだとおよそ三か月以上は後だ。【赤壁のダンジョン】は攻略本も出ているので早ければ一か月で攻略ができるとも聞いている。面子的にも攻略はその半分を見込み、十分に間に合うだろう。現状、シグレの都合などを考えれば納得はいく。だが、十一月後半とそこをピンポイントで指定するのはなぜなのかと疑問に思い、尋ねてみた。モニカは少しだけ指を揉んだ。
「私の故郷だと農作業が少し落ち着く時期だから、冬前の贅沢を思い出して、なんだか心に余裕を持てる気がするの。それに、ツカサ、私たちずっとここにいるわけにはいかないんだよ? 新生活の準備もしなきゃ。整ってからお客様をお迎えしたいんだもん」
「そうか、家とか探さないといけないんだ」
そう、と頷いたモニカは苦笑を浮かべた。スカイの結婚式は前述に加え、自宅に祝詞を読める人を呼んで行うらしい。教会は礼拝をする神聖な場所なので、故郷のような使い方はしないのだそうだ。ただ、二人きりでの誓いなど、ほんの僅かな時間で行う式は祝詞をもらえるのだという。これは急いでいる場合や家族がいない人など、事情がある人のための救済措置なのだ。無宗教であるツカサはどの神様にそれを頼めばいいのかわからなかった。こだわりがあるかと問われ、ないと答えればモニカは少し思い悩んだ様子で自分の髪を揉んだ。考える時の癖だ。
「私は村が小麦と狩りで収入を得てたから、豊穣の女神ハルフルウスト様を信仰してるの。でも、スカイじゃ信仰がないから祝詞を読める方もいないだろうし…アズリアの国教だもの、あんまり良くないよね」
「そうかな、いいんじゃない? 聞いてみないとわからないけど、考古学者と民俗学者に聞けば、当てもあるかも」
「そうかな? だったら嬉しいな」
「聞いておくよ」
お互いに頷き合って笑う。しかしそうか、家か、とツカサは腕を組んだ。宿暮らしと居候には慣れているが、そもそもこの世界でどうしたら家を得られるのだろうか。アズリア王都アズヴァニエルでは、モニカは恩人の行商人に家の手配をしてもらい、その後親方の案内でアパルトメントに移ったのでツカサも自力で借りた覚えがない。今ならまだ西街に空きもあるかもしれないが、そうした土地家屋の話をどこで聞けばいいのだろうか。役所か、それとも不動産を扱う商人がいるのだろうか。
困ったようなモニカの視線に気づいてにこりと微笑んだ。
「シグレさんにもだけど、ちょっと知り合いに当たってみようかな」
「伝手があるの? 私も探すけど、ツカサもじゃあ、気にかけておいてね」
「うん、話を聞いたらモニカにも話すね」
家くらいは良いところを見せたいものだ。ツカサはモニカの手をそっと手に取り、ぎゅっと握り締めた。
「俺にできること、本当、なんでも言ってね。俺、初心者だから的外れなこともすると思うし」
「ふふ、うん、わかった。そしたらまたエレナさんと話してくる!」
ぱっと笑って部屋を出ていくモニカの背に、ツカサは自分も浮かれているのを感じた。指の太さを忘れないように小さな輪っかを指で作り、慌てて切れ端でその輪を作り直した。
午後に入れば同じように暇を持て余したアルが部屋に来た。こちらもラングに引き籠れと言われたらしい。その手にはノートとペンがあって、ツカサは紅茶を淹れながら訪ねてきた用を確認した。
「アルがペン持ってるの珍しいじゃん、どうしたの?」
「いやぁ、俺もラングの故郷の文字とか言葉を勉強しようと思ってさ。お、美味い」
「ありがと。アル、勉強なんてガラじゃないでしょ」
「失礼だな、俺もツカサとラングと秘密の会話がしたいんだよ!」
ほら! とアルがノートを開き机に置いたので覗き込む。驚いた、そこにはラングの世界の文字とこちらの世界の文字で単語などが並んでいて、なんとなくの発音もフリガナが振ってあった。どうやらオーリレアで合流するまでの旅路があまりに順調で、言い方を変えれば暇だったのでラングに言語を習っていたらしい。ラングと二人だけの秘密の会話もできなくなるだろう、けれど、【異邦の旅人】で共通の秘密を持つのも面白い気がした。ツカサはどんと胸を叩いた。
「いいよ、俺結構厳しいから、がんばって」
「えぇ、優しくしてくれよぉ」
あはは、と笑い、ツカサもノートとペンを取り出した。
翌日、一日休んで頭の中の整理もでき、ツカサは様々なものの確認することにした。
まず【真夜中の梟】の所在。シェイの補佐をすると言っていたロナは駐屯地にはおらず、マーシも見当たらなかった。決めること、話し合うことが多すぎて切り出せなかった件をはっきりさせようと思った。あの二人がなんの連絡もなしにどこかへ旅立つこともないだろうが、居場所がわからないのは不安だった。
今日は外出をして情報収集をしようと装備を整え、モニカに【真夜中の梟】の所在を確認に行ってくると伝えてからエフェールム邸を出た。見つけたら結婚式の時期は伝えておいてね、と指示を受けて頷いておいた。ラングにはゆっくりしてほしくて、アルには昨日宿題を出しているのでサボる口実を与えないように声を掛けなかった。
エフェールム邸を徒歩で出て、のんびりとイーグリスの街へ降りていく。石畳の修理はかなり進んでおり、魔導士らしい人が石を創りだす場面にも遭遇した。土魔法をもっと硬くしたもので、それをさらに風魔法で器用に形を整え、職人がはめ込んでいく。職人が線を引いたとおりに魔導士が形を造ったりときちんと仕事になっていた。恐らく、【魔導士】という枠組みではなく、石工の中で【魔法が使える人】なのだろう。ここでは魔導士が特別な存在ではないことが、なぜか少し寂しくて、嬉しかった。マナリテル教は主を失い、どう形を変えていくのだろう。ツカサはあの魔導士たちにも幸せになってほしいと思った。できれば、相手を傷つけない方法で、この大陸のように共存の道を見つけてくれればいい。それは彼らが、彼らと関わる人々が作り上げることか、とツカサは一度小さく息を吸った。
なんにせよ、この道が様々な人の協力の下で出来上がったのだと思うと感慨深い。
歩き慣れた市場への道、二百年、このイーグリスが歩んできた道も容易ではなかっただろう。スカイの者と【渡り人】との間で相容れないこともあっただろう。ここまで共に歩むための覚悟もまた、今のツカサだからこそ感じられることだった。
途中買い食いをしながら広場まで来た。標識を見上げ、どこから調べようかと腕を組む。冒険者ギルドに行くか、軍の駐屯地に行くか。
「しまった、ルフレンを頼るんだったな」
軍の駐屯地まではコアトルで約四時間、足で走れば七時間、徒歩ならもっと、といった距離だ。せめてルフレンがいたならばもう少し楽に行けただろう。となると今日の行き先は冒険者ギルドか。ロナのことだ、何か伝言を残している可能性もある。ツカサはくるりと振り返って市内馬車を選んだ。
市内馬車の中、あの時はありがとう、と声を掛けられて、冒険者、騎士、みんなのおかげだと返した。実際、やり方を教えその場を投げてツカサはエフェールム邸の仲間を優先したのだ。ここで戦った者たちの中から死者も出た。そちらの方を労わってあげてほしかった。
冒険者ギルドに到着して市内馬車を降りる。元【黒のダンジョン】は置いておいてもイーグリスはダンジョンが多い。ここは相変わらず冒険者で賑わっていた。さて、カウンターはどこが空いているかな、と視線を巡らせたところで探していた人物を見つけて手を振った。
「ロナ! マーシ!」
「ツカサ!」
わぁ、とお互いに駆け寄って抱き止め、背中を叩いて無事を確かめ合う。マーシとは手を打ち合って強く握った。
「無事でよかった! シェイさんのところにいなかったから心配してたんだ」
「ツカサこそ! 事態の収拾がついたって冒険者ギルドにお達しがあったのに【異邦の旅人】の話題がないから心配してたんだよ。今話せるの?」
「もちろん、ご飯食べながらにする? それとも会議室借りる?」
「飯! 飯がいい! 俺は腹が減ったよ」
マーシがぐぅと腹を鳴らしたので、三人で笑いながら冒険者ギルドを後にした。
昼食は個室の選べる店にした。冒険者向けの酒場の一つでいくつかあるコースメニューから選んで持ってきてもらう、今までにも経験したことのあるシステムだ。個室に通されまずは食事が届くのを待つ。お待たせしました、と運び込まれたのはステーキと野菜たっぷりのワーテルーイ、バターたっぷりのマッシュポテト、バケット、果実水と紅茶のセットだ。ごゆっくり、店員が部屋を辞してツカサは魔法障壁で防音を発動した。ロナがハッとしてツカサを見た。
「ツカサ、これは」
「シェイさんに習った防音魔法障壁、まだ練習中だけど」
「すごいなぁ、どんどん先に行っちゃうね」
「俺ができたんだから、ロナもできるよ。それより食べよう! いただきます」
「頑張る。いただきます!」
マーシも大きな声でいただきますを言って、ツカサと共にステーキを取った。ロナはワーテルーイから食べてゆっくりと胃を落ち着けていく。今日はラングがいないので少しマナー違反をすることにした。カチャカチャとナイフを動かし、くぐもった声で問い、答え、笑う。食事しながらの会話を楽しむ。気心の知れた友達だけだからできることだ。時間も少し惜しかったので許してほしい。
「それで、早速だけど、どうしてイーグリスに? 駐屯地にいるかと思ってた」
「話せばそんなに長くないよ」
ふふ、と笑うロナに会話を任せ、マーシはバクバクと肉を頬張っていた。あまりにも肉ばかりなので途中でロナがステーキの皿を遠ざけ、ワーテルーイをずいと差し出していたのは面白かった。
ロナ曰く、【異邦の旅人】が旅立った後、一日置いてシェイが起きたらしい。ラングへの文句と罵詈雑言を吐きながら降りてきて状況をヴァンから確認し、即座に軍人として立つことを宣言したそうだ。他軍との連携を王家から任命され、対応し始めていたヴァンは苦渋の決断を下すかのようにシェイに礼を言った。
そこからの動きは歴史の濁流に飲まれるかのように忙しく、正直あまり覚えていないのだという。
「あの隠れ家にいろんな人が出入りして、冒険者ギルドのギルドマスターなんかも来るようになって、黒い生きものの対応策とかを周知したりしてた。僕はシェイさんの体調が心配だったけど、魔力も満ち満ちて問題なさそうだったから、できることがないかってマーシと尋ねたんだ」
「そしたら、イーグリスに行ってくれって言われてさ」
黒い生きものの出現に伴い、各地で混乱が生じていた。ヴァンは下軍に指揮を飛ばしスカイ各地での防衛活動に従事させていた。中には民に迷惑をかけている軍もあったらしく、取り潰し、罰則を与えるための準備を進めたりと両の手では足らない仕事を対応していたという。メルシェツの件が発端か、とツカサは果実水を飲んだ。
【真夜中の梟】に依頼されたのはイーグリスまでの道中ですれ違う冒険者への対処法の伝授、それから、イーグリスの冒険者ギルドへの書状を持っての派遣だった。シェイの魔力操作を身をもって経験しているロナは、本人が思う以上に癒し手として、魔導士として技量が上がっているらしい。お前に任せる、とシェイから直々に言われれば、魔力を持つ者ならば誰でも高揚を覚えるだろう。ツカサにはそれがよくわかる。
道中、数回歪みの生きものと遭遇したが、ロナの魔法とマーシの剣があれば難なく倒すことができたという。すっかり魔法剣という響きが気に入ったのかマーシは何度もその呼び方を口にしてツカサはこそばゆい思いをした。
そうして、イーグリスに辿り着いたのは実のところツカサが到着した翌日で、ロナたちが街でいろいろやっているうちにすれ違うようにして【異邦の旅人】は【黒のダンジョン】に行ったのだ。かなり早い段階で【空の騎士軍】と離れていたと知り驚いたが、彼らが軍人として立つならば秘匿すべきことも多かったはずだ。その点を考慮しても他国の冒険者である【真夜中の梟】に対し、妥当な配置のように思えた。
ここにいることにも納得し、ツカサはバケットを切ってワーテルーイに浸し、ロナは果実水を飲みながら微笑んだ。
「これで僕らの依頼も終わり。ついさっき【快晴の蒼】からの依頼報酬をカウンターで受け取ったところなんだ。それで、これからの準備をしていたらツカサが来たんだよ」
「じゃあ、今日冒険者ギルドに居たのは今後の準備?」
「そう! ついにオルト・リヴィアのダンジョンに入ろう! ってことで、情報収集だ」
マーシがワーテルーイをごくりと飲み込んで笑った。元々、ツカサに会いに、ついでにダンジョンに行くことを目的に来ていたのだ。港に到着して早々に声を掛けられ事変に巻き込まれたため、今、ようやく念願叶っての冒険者活動が再開できるというわけだ。ツカサたち【異邦の旅人】もこの後ダンジョン攻略に乗り出すので楽しみな気持ちはよくわかる。
「どのダンジョン行く予定なの?」
「まずは【緑壁のダンジョン】、五つある中で一番初心者向けなんだって聞いてね。僕たちヴァロキアを出てから移動を優先して、もう半年以上ダンジョンに行ってないから、また体を慣らさないと」
「俺は難易度高くてもいいんだけどなぁ、リーダーがこう言うからさ」
マーシがぼやいてロナに睨まれる。さっと目を逸らしてその顔を見ない仕草がまるでエルドとカダルのようで、とても懐かしくなった。ロナはステーキを頬張って逆に尋ねた。
「ツカサはこの後どうするの? いろいろ終わったんでしょう?」
「うん、【異邦の旅人】は明日から【赤壁のダンジョン】に行く予定」
「わぁ、いいね! じゃあ、ツカサも調べに来てたの?」
「今日はロナたちのことを調べに来てたんだよ。そういえば全然情報入手してないや、帰りに見ていこうかな」
「攻略本出てるけど、何も見ないで行く初見攻略も【異邦の旅人】じゃいけそうだけどね」
あぁ、とラングとアルを思い浮かべ、三人で笑った。そうだ、今話しておけば来てくれるだろうか。
「ロナ、マーシ、雪花の月の後半、イーグリスに居られるかな」
「いるだろうな、ここにある五つのダンジョン、少なくとも三つは攻略したい気持ちでいるし。な、ロナ」
「うん、そうだね。どうかした?」
「合同パーティか?」
わくわくと二人が顔を輝かせ、それもいいけど、実は、とツカサは頬を掻いて照れた。
「そのくらいに、イーグリスで式を挙げようかなと」
ロナとマーシが顔を見合わせ、にんまりと笑ってからワッと飛びつくようにして祝われた。
「おめでとう! 本当に結婚するんだ! どんな子?」
「うわぁー! 順風満帆ってやつじゃん! 冒険者の嫁ってどんな子ならなってくれんだ!?」
「そもそも出会いは!?」
「紹介は!?」
「一つずつ! 一つずつね!」
惚気やがって、とマーシに肩を組まれ頬を拳でぐりぐりと抉られ、ロナは興味津々に目を輝かせ、ツカサは男友達とワイワイ語り合った。
出会いが護衛依頼の失敗であったことを伝えれば、ロナからツカサも失敗をするんだね、と意外そうに言われて驚いた。ツカサからしてみればジュマのダンジョンで短剣を奪われたことも失敗だ。たまたま、運良く友人を失わなずに済んだだけだ。
【真夜中の梟】からすれば、ラングと共にいて、ツカサは大きな失敗をしているようには見えなかったのだそうだ。失敗ばかりだと言えばマーシが安心した、と言った。
「お前さ、最初会った時から物分かりが良くて、何が正しいかわかってますって顔してたもんな。変に慣れてる感じもあったからさ。カダルも言ってたんだよ。ツカサはどこかで大きな失敗を経験しておかないと、何かあった時に起き上がる術を身に着けられないんじゃないかって」
「うん、言ってた。エルドさんもカダルさんも、いろいろ失った人だからこそ、ツカサにその経験がないのが心配だって言ってた」
「そうなんだ」
エレナが夫を失った迷宮崩壊であの二人もいろいろあった、と大枠だけ聞いている。あの二人が気に掛けてくれていたことが嬉しい。人生で言えばたった一瞬ともに過ごしただけだというのに、こうして心配や想いを受け取ると、人生の大事な一部にしてもらえているような気がした。
「ま、失う経験なんてしない方がいいに決まってるけどさ。ただ、まぁ、失った時、いざという時に動けるかどうかって、生死を分けるからな」
「マーシが大人なこと言ってる」
お前な、とまた頬を拳で抉られて笑う。マーシは真面目な顔になって、こつんとツカサの二の腕を叩いた。
「真面目な話だぞ、何かを失う時、人間ってほんっとに折れるからな。その時に冷静な判断ができるかどうかで生存率変わるんだぞ」
常に冷静であれ、それが強みになる。折れるな、堪えろ、受け止めろ。ラングの声が聞こえた気がした。ツカサはぎゅっと表情を引き締めてマーシに頷いた。その顔にマーシはうんと一つ頷いた。
「失えって言ってるわけじゃないんだぜ? ただ、いつだってそれが起こり得るってことを、覚悟しとけってこと。ラングもそんなことうるさく言ってただろ? 改めて、な?」
「わかってる。護衛依頼は失敗しても、それ以外で俺は運良く失っていないだけだ」
「それがわかってるなら十分だろ」
年は近いがそれでも年上。ツカサより冒険者歴も長いマーシがそこまで言ってくれたことに感謝を示した。胸に手を当て、ゆっくりと目を瞑り少し頭を下げた。よせよ、とマーシの照れた声がして、ツカサも微笑みを返した。ロナがふふっと笑った。
「ツカサのそういう素直なところって、本当に貴重だよね。美徳っていうのかな」
「そうかな?」
「冒険者でも、市民でも、農民でも、珍しいと思うよ。知らないことを知らないから教えてほしいって言って、素直に受け止められるのはなかなかないと思う」
「だな、なにせ冒険者ってのは我の強い奴らが多いし、プライドたっけぇもんなぁ」
ふと、そういう点ではシュンは冒険者向きの性格だったのだろうな、と思った。続きを求められ、ツカサはそれをそっと自分の隣に置いた。もしかしたらどこかで道が交わっていたかもしれないその男に語り聞かせるように、ツカサは顔を上げて話した。
第12回ネット小説大賞様にて入賞いただきました!
作品名の前につけさせていただきましたが、書籍化進行中です!
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