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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
終章 異邦の旅人

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332/471

4-61:吹き荒れる嵐

いつもご覧いただきありがとうございます。

2024/12/23 後書きにてお知らせあり


 クルドと別れた後、【異邦の旅人】はそのままダンジョンを出て帰路についた。正式に馬車を出すと言われたが忙しいのはわかっていたのでやんわりと断り、イーグリスの騎士が世話をしてくれていたコアトルを利用して駐屯地を後にした。彼らはイーグリスの騎士として軍人たちと共に冒険者の対応に当たるのだという。労い、ラングの後を追うようにしてその場を離れた。次は問題なく乗ることができた。


 コアトルを駆けながら考え事をする。【真夜中の梟】がどうなったのか、兵士に囲まれて連れていかれたヴァーレクスがどうなったのか。尋ねようとすると誰もが目を逸らすので聞くのが怖い。【真夜中の梟】は無事だとは聞いたものの、無事だからこそ他に優先すべきことがあるのだ。そして、そうすることに彼ら自身の許可を得ているのだとラダンが補足してくれた。ヴァーレクスのことは微笑んで誤魔化され、結局わからないままだ。


 夕方を目前にイーグリスの門へ戻ってきた。早速エフェールム邸に報せが送られ、コアトルを引き受けてもらい街へ足を踏み入れる。毎回ここに来る度に心持ちが違い、不思議で小さく笑みが浮かんだ。

 イーグリスの街に戻ればあの時の功労者としてツカサは助けた人々から、冒険者から声を掛けられ嬉しい気持ちと恥ずかしい気持ちで道を行った。顔を覚えられて一端に金級冒険者だな、とアルに言われ、銀級だよ、と返せばきょとりとされた。

 道すがらワッヘルを購入し、油紙に包まれたものを三つ受け取って分ける。


「ツカサ、お前まさか、その実力でまだ銀級でいるつもりか?」

「そんなこと言われても、俺金級のなり方知らないし、どうしたらなれるものなの?」

「マジかよ。【赤壁のダンジョン】行く前に冒険者ギルドも行かないとだな」

「金級冒険者は面倒ってイメージがあるんだけど」


 生地にハチミツが練り込まれているのかふわりと香った甘さとカリカリとした外の食感が嬉しい。ザクザクと齧ってぺろりと平らげたアルは次に串焼きに手を伸ばした。また三つ配られる。歩きながらということにラングは少し難色を示したが、平気平気、とアルが押し切った。がぶりとかぶりつくアルとは違い、ラングは必ず串を横にして肉を引き抜く。人とぶつかった際の怪我を注意しているのだ。あれだけ警戒するのだから、ラングが経験したわけではなくとも、何かあったのだろう。そんなことを考えていればアルが話し続けていた。


向こうの大陸(スヴェトロニア)じゃ確かに面倒だったけど、こっちで冒険者として活動するなら金級のが楽だぞ。こっちは査定が厳しいから金級の方が身分証としても、立場としても保証されるからな」

「そうなんだ? ラングがこっちで金級にしたのってそういうこと?」

「私はパーティメンバーのアルが元々こちらで金級だったから選べただけだ」

「よく言うぜ、ラングは金級にさせておかないと逆に怖かったんだって。一度作り直したんだぞ、ダヤンカーセが上げとけって言ったのもいい後押しだった」


 ヴァンドラーテの港は海賊ダヤンカーセの港。仕事を手伝ったらしいラングの実力は、そのお眼鏡に適うものだったのだ。実際に行動し、実力を見せ、ラングはいつもその土地の権力者のお墨付きを勝ち取る。そうした姿に憧れて背を追いかけたのだが、さすがだ。

 ではどのようにして金級になるのかというと、冒険者ギルドで功績を確認、ギルドの担当試験官と手合わせをするらしい。串焼きを平らげたアルは次の獲物を探しながら言った。


「ただ、それって俺がガキの頃の話だから、ツカサは違うかもな。ダンジョン攻略はしたものの、ガキがどのくらい戦えるかってなって、じゃあやろうぜって流れだった気がするんだよな」

「そっか、アルは十五で家出したんだっけ」

「その言い方やめろよ、見聞を広めに行ったんだ」


 むすりとアルが拗ねるので笑い、ほら、とたこ焼きを買って渡した。ラングの呆れたため息が聞こえたが気づかないふりをして差し出せばすんなりと受け取られ、シールドが揺れてベンチへ促された。男三人ベンチに並んで座る光景は他人からどう映るのかなど気にも留めず、たこ焼きをスプーンで掬った。箸や楊枝でないのは過去扱いに慣れず落として火傷をする人が多かったことと、器を返却した際に片付けやすいからだ。

 たこ焼きソースはかかっていない。イーグリスのたこ焼きは、【青壁のダンジョン】でドロップする鰹節と、スカイから北上した海で採れる昆布を利用した出汁が生地に入っていて、ソースなしで食べるものだ。店によって出汁の種類も違うらしいので、これも食べ比べてみたい。

 香ばしく懐かしい出汁の香りが鼻孔をくすぐり、食べてもいないのにじわりと唾液が溢れる。一口で放り込むのは危険だ。端を齧ってみれば周りはさくり、中から熱々のとろりとしたものが溢れてくる。そこからもう少し齧って半分、歯で千切って顔を上げ、はふはふと転がして熱を逃がした。出汁の塩味が美味しい。良い香りが鼻を抜けていく。舌をじゅっと焼くような熱さは出来立てならではだ。ごくりと飲み込めば熱い塊が食道を撫でていき、胃がぽかりと温まる。お目当ての中身には到達しなかったので、ふぅふぅと少し息を吹きかけてからもう半分を口に放り込んだ。コリコリするような、もちもちするような不思議な食感、外国人は苦手な人もいるらしいが、しっかりとタコを感じられるのが嬉しかった。これは【青壁のダンジョン】で似たような魔獣からドロップするらしい。スカイの海にもいるというが、食べるのは海辺のごく一部だそうだ。

 カリカリの外側は時間を置くとしっとりとしてくる。それもまた美味しいのだが、出来立てを逃すのは惜しい。結局三人無言でたこ焼きを食べ、なんとはなしにツカサが器を回収し、返却に行った。


 いろいろと食べれば喉が渇く。果実水を買ってコップに入れてもらい、三人で飲みながら歩く。いつもなら座れというラングも諦めたのかツカサとアルに付き合ってくれて、今回の出来事が如何に大変だったかを話しながらイーグリスの街灯とランタンの明かりの中を進んだ。アルコールは入っていないのにふわふわとした気持ちになってきて、ツカサはぽつりと呟いた。


「実感がないんだよね」


 つい先ほどまで陽気に話していたツカサのトーンが変わり、笑顔だったアルもゆっくりと真面目な顔になった。速度はのんびり、一歩一歩を大事に、まだ修繕個所の残る石畳を踏んだ。


「ほんの数日、一か月と少し? 怒涛で、今もまだ、やり遂げたって感覚がない」


 君を預かると言われここを飛び出し、道中で先達の傷を見てこれから行く道の厳しさを知らされ。

 嬉しい再会もあったがそれ以上に失うものの多い戦いで、終わってみれば大団円だが、何をしたのかわからなくなりつつもあった。

 世界を救った、敵を倒した。それだけなら胸を張ることもできよう。だが、敵には敵の目的があって、ツカサにとっては悪だったが、それを望むものからすれば悪だっただろうか。お互いに、己の目的を達成するためにその手は、この手は多くの命を屠った。夕闇の紫の空がランタンで照らされ、カクテルのような色合いを見せていた。この複雑な色は、今の自分の心と同じだ。


「随分前、ラングに、答えのある生活をしていただろうって言われたことがあるんだけど、それがどれだけ楽な生活だったのか、今になって身に染みてる」


 何度だって心の中で繰り返す。正しい正義など存在しない。ただ一つの答えなど人により変わる。

 足掻き、苦しみ、悩み、泣き叫んで蹲り、暗闇に溺れ優しい誘惑に身を任せ、傷を撫でられればそこに顔を埋めたくもなる。逃げたくなる。

 取り返せない後悔も、払拭できない呪われた過去も、ただ歩くしかない人生に残った轍は、自分のしたことを消すことはない。

 それでも、自分をつくりあげたこの自信は、覚悟は、この軌跡があったからこそ得られたものだ。

 ゆっくりと胸を張った。意識して足を前に出した。二人より少しだけ前に行って振り返った。


「生きるって難しいなぁ」


 もう一度くるりと回り、行き交う人とぶつかりそうになって謝った。柄にもないことを言ったかもしれないと誤魔化すように空になったコップを齧っていれば、どすりとアルに肩を組まれた。どうしたと問う前に逆側にラングが並んだ。


「小難しいことを考える前に、お前はもっと目の前のことをよく見るべきだな」

「どういうこと?」

「前、前」


 ほれ、とアルが組んだ腕で前を指した。エフェールム邸に続く道の先から、走ってくる人がいた。ゆるりと腕が退いて、ゆっくり、それからツカサはついには走り出した。


「飛びついてくるか、張り手が飛んでくるか、どっちだろうな」

「後者だ」


 わぁっと両腕を広げて抱き留めようとしたツカサに、モニカのスナップの利いた一撃が見舞われた。


「エレナの娘だぞ、やらないわけがない」


 アルは目元を押さえ、星の瞬く夜空を仰いだ。



 ―― どうして、と思いつつも駐屯地で五日も連絡なくいたのだから仕方ないと自分を納得させ、ツカサはなんとも言えない気持ちでソファに座った。むっすりとご機嫌斜めのモニカは泣き腫らしたのか目は真っ赤、ぱんぱんになった瞼は、なにをするんだ、と文句を言う口を閉じるには十分だった。

 珍しく応接室にはシグレとカイラスも同席しており、良い香りの紅茶がそっと前に置かれた。上座のソファにシグレ、右手側にラングとアル、向かいにエレナとモニカに挟まれたツカサが居心地悪く肩身の狭い思いをしていた。アーシェティアは相変わらずソファの後ろに立っているが、カイラスから紅茶を手渡されて大事に持っていた。

 こほん、と咳払いをしてからシグレが切り出した。


「無事の帰還、なによりだ。おおよそのことは軍師殿や国王陛下、王太子殿下からのご連絡で把握はしている。共有できることに関しては彼女らにも私の方から伝えさせてもらった」


 ちらりとエレナを見て頷かれ、そろりとモニカを見て小さく頷かれた。どの程度のことが共有できることだったのかがわからず、最後にシグレを見た。あまりにも情けない顔をしていたのだろう、シグレが少し笑いを堪えたのがわかった。その態度でこの対談が公式的なものではないのだとわかる。


「全て終わったということ、事態の収拾には今しばらく時間を要するが、今後は国とイーグリスで話し合おう、と」


 大枠だが大事なことは伝令や魔道具を通して伝えてくれたらしい。ただ、【異邦の旅人】の帰還については何一つ触れていなかったのだろう。聞きたいことがわかるのかシグレは小さく頷き、言い難そうに低く喉を鳴らしてから続けた。


「君たちの帰還は今日の昼頃、報告があった。次いで夕方にイーグリスへ到着したとも、門兵から届いた。なんにせよ無事かどうかも連絡のない五日間を、女性陣は過ごしていてね」

「ヴァン、一緒に言ってくれればいいのに」

「ツカサ、【異邦の旅人】の三人に共通するところだが、まず自分たちで連絡をする努力をしなさい」


 文句にピシャリと叱責が飛んできて、ツカサはぐっと喉が詰まった。ただのシグレではなく、イーグリスの為政者としての姿勢で真っ直ぐに灰色の目がツカサに向けられた。


「彼は君たちとある程度距離が近くなっているようだが、軍師殿の仕事は君たちの伝言係ではない。彼らにとって今優先すべきはスカイの安全、国政、そして恐らく本来彼が担う必要のない折衝だ。現場に立つ者として、すぐに視察にいらっしゃれない国王陛下に代わりよく間を持ってくれている。街一つ預かるだけでかなりのものだと私は苦労しているが、君はなにを見ていたのか?」

「…甘えていました、すみません」


 指摘される前に気づくべきだったが、きっと連絡してくれるだろうという甘えがあった。勝手な期待で戻ってきたため、事が終わったにも関わらず戻ってこない【異邦の旅人】の全員の安否に心配させたのだ。前回もこうだったことに気づいて、居た堪れなくなって首筋を擦った。

 シグレの視線はラングとアルにも向いた。


「そもそも、ラング、アル、君たちには精霊という心強い味方もいたのでは?」


 それもそうだ。黄壁のダンジョンから戻る際には風の精霊に頼んで伝言を届けていた。同じことができなかったのだろうか。ラングははっきりと言った。


「忘れていた」


 アル以外の全員から盛大なため息が零れた。いつも細かいことに気づき先回りして手を回すラングは、本当に時々こういうところがある。

 いや、本当にそうだろうか。ハッとしてツカサは顔を上げた。黒いシールドの奥から確かな視線を感じる。その隣のアルは目を合わせない。間違いなく、この二人はわざと連絡を取らなかったのだ。

 シグレの言う通り、頭を下げて軍師に依頼するなり、ラングに伝えてほしいと頼むなり、方法はいくらでもあった。自分をすべてにするな、は誰に対しても該当する言葉なのだ。そうしたフォローに甘えていたのが手痛い張り手として返ってきたのだ。

 そうだ、ラングは違う場所へ帰る。そのための違う鍛錬が始まったのだと感じた。じわりと寂しさが胸に広がり、気持ちから目を逸らすようにしてラングから視線を外した。

 ツカサはまずは素直に謝ろう、次はちゃんとやろうと思い、両隣へそろりそろりと視線をやって、呟いた。


「ごめん、安心しちゃってたんだ。その、戻る時もいろいろあって気が動転して、誰かが連絡するだろうって甘えてた、ごめん」


 居場所が崩れて死ぬかもしれなかったことも、ダンジョンに喰われかけたことも、大空を落下したことも言うつもりはなかった。余計に心配をかけるだけだろう。それに、もっと言い訳に聞こえる気がした。視線が痛い、ぎゅっと肩に力が入った。少しだけ間をおいて、ふぅ、とモニカのため息が聞こえた。


「おかえり、ツカサ」


 掛けられた言葉にホッとして、ただいま、と返した。エレナからも同様に声を掛けられ、許された、と安堵が胸に広がった。モニカはそれに続けて真剣な声で言った。


「冒険者のお嫁さんに冒険者が多い理由、わかった気がする。心配だから隣に居たいんだね」


 声色の変化に恐る恐るそちらを見遣れば、やはり目がぽってりと腫れた痛々しいモニカの顔があった。氷を創り出し、布で巻いて渡せば、ふふっと笑われた。


「懐かしい、って思うには早いのかな。アズリアの王都でもこうして氷出してくれたね」

「あぁ、俺が思い出した日、あったね」


 思い出して微笑めば、モニカがそっとツカサの手を取った。


「ツカサ、結婚しよう」


 ぴた、と空気が止まった。それからゆるゆると顔が緩む人が数名、にまにまと笑う人が数名、微動だにしないのが一名。ツカサは真っ赤になって思わず立ち上がり、もう一度座った。


「モニカ、そういうのって普通俺の方から」

「結婚式、いつにする?」

「モニカ落ち着いて! そういうのも二人きりの時で!」

「私は冒険者になれないから、なったとしても足を引っ張るってわかってるから! 誰かにツカサを奪われる前に、ちゃんと約束がほしいよ!」


 切実な声だった。いくら口で必ず帰ると言っても、冒険者はひょんなことで死ぬ。誰かの家に居候をしている肩身の狭さも、いつ戻るのかもわからない不安も、その小さな体にいっぱいいっぱい詰め込まれていたものが溢れたのだとわかった。状況を報せること、連絡すること、何があったのかを話すことの大事さを痛感し、ツカサはモニカの手を両手で包んだ。


「できれば二人きりの時に話したいというか、先を越されたというか、こんな視線を感じながらしたくないんだけど、たぶん、スカイじゃ普通のことと思っておくね」


 地震が起こる前、目にした青年のようにソファから降りて膝をつく。ささっとカイラスとアルが机を寄せてくれたことには胸中で感謝をしておいた。


「モニカ、遅くなってごめん。結婚してください」

「はい」


 即答で了承が返ってきてホッとしたのも束の間、モニカはぼろりと泣き出してしまい慌ててその涙を拭った。エレナがその少女の肩を優しく抱いて、モニカはそちらに抱き着いてわんわん泣き始めてしまった。そこはこっちに抱き着くんじゃないのか、と思ったことは秘密だ。泣かれるとどうしていいかわからない。嬉しくて泣いているのか、安堵して泣いているのか、はたまた両方か。顔を上げたモニカは涙と鼻水でびしょびしょで、その顔がやはり不思議ととてもかわいくて笑ってしまい、怒られた。


「この世界、妻は一人か?」

「一人だ」


 差し込まれたラングの言葉にひんやりとしたものが流れ、即座にシグレが言った。


「スカイとイーグリスは一夫一妻制だ。南のウォーニンは商人から一夫多妻制が許されていて、レテンダは貴族から上に関して妾も許されている」

「だそうだ。おめでとう」

「確認する言い方ほかにもあっただろ。先におめでとう言ってやれよ、俺も言い損ねたわ」


 アルが脱力してぼやき、本当にそうだと思った。けれど、そうであればモニカの不安も軽減されるはずだ。ちらりとシグレの指、エレナの指を見る。そこに無いということは、そういう文化なのだろう。だが、だからこそ用意したいと思った。

 考えていればマントを引かれ、モニカに視線を合わせる。


「この後、ツカサたちはまたどこか行くの? いつ戻る?」

「いろいろ落ち着いたら【赤壁のダンジョン】に行こうかって話になってるけど、結婚式、先だよ」

「え? どうして?」

「え? だって、準備が」


 ふふっとエレナが笑った。


「ツカサ、あなたの故郷だと結婚式は一緒につくり上げるものなのね?」

「ここは違うの?」


 手伝うことで株を上げたいという邪な気持ちも、今まで一緒に居られなかったからこそ傍にいるつもりでいた気持ちが首を傾げさせた。エレナはモニカの膝を叩いて宥めながら教えてくれた。


「結婚式は花嫁が主役なのよ。だから、花嫁が自由にできるものなの。男がやるのは、はいはいと頷いて全てを任せて従うだけよ」

「それはもちろん! ただ、俺の故郷だとドレスとかタキシード、だったっけ、そういう衣装合わせみたいなことをしてたからさ」


 あぁ、とシグレが得心を得たと言いたげに頷いた。


「イーグリスではその風習も多いが、この世界、という意味では美しく着飾るのは女性側で、男性はそれを如何に叶えられるかだな。もちろん、私のように権力者であったり、貴族、王族であればどちらかというと君の故郷の傾向が強いが、君がそうした()()になりたくないのであれば、モニカに任せた方がいいだろう」


 初めて知ることばかりだ。文化風習についての知識が足らず、故郷でこうだったから、と思っていたものが違うのだと知って少しの困惑もあった。ただ、モニカがやる気に満ち溢れているので任せようと決めた。


「じゃあ、お願いしてもいい? 俺に手伝えることがあればなんでも言ってほしい」

「うん、ありがとう! あぁ! 楽しみ、どんな結婚式にしようかな、お花も服も決めなくちゃ!」

「まずは時間と場所を決めなくちゃね。私も結婚式はしていないから、お手伝いさせて頂戴」

「ありがとうお母さん! そうと決まれば早速考えよ! アーシェティアさんもお手伝いお願いしていい?」

「モニカのためなら」


 きゃあ、と楽しそうに女性陣が嵐のように部屋を出ていき、取り残された男性陣はソファに深く座り直した。

 僅かな休憩、カイラスが新しい紅茶を淹れ始めた頃アルが呟く。


「女性って元気だなほんと、気持ちの切り替えが早いっていうかさ」

「いいことだ」


 薫香の香る紅茶を楽しみ、美味い、とラングが言う。ゆったりとした会釈を返して、カイラスがツカサににんまりと笑みを浮かべ、腰を折った。


「おめでとうございます、心よりお祝い申し上げます」

「おめでとう。是非私も参列させてくれ」


 えぇ、ぜひ、と照れながら言えば、アルもまた身を乗り出した。


「おめでと! いろいろ考えなくちゃいけないことも多いけどさ、手伝えることは俺もやるから」

「うん、ありがとう」


 ちらりとラングを見ればシールドの中で視線が動いたのがわかる。


「おめでとう。お前は失うなよ」

「ありがと、肝に銘じる」


 ならばいい、とラングは言い、その横でアルがそしたらさ、と手を叩いた。


「【赤壁のダンジョン】は行っていいってことだし、準備整えて行っちまうか。食糧だってカイラスに貰った分がまだあるだろ?」

「見込んでた日数いなかったしね」

「二日休んでから行くとしよう」


 ラングの言葉に頷いて返し、ツカサはずるずるとソファを滑り、ぽつりと零した。


「怒涛だ、終わっても戻っても毎日こんな感じなのかな」


 シグレとアルが大笑いをして、カイラスが苦笑いをして、ラングはふっと湯気を少しだけ揺らした。



面白い、続きが読みたい、頑張れ、と思っていただけたら★★★★★やいいねをいただけると励みになります。


追記:2024/12/23 本日、【第12回ネット小説大賞】様にて小説部門、入賞しました!

旅路にお付き合いくださる皆様のおかげでここまで来れました、本当にありがとうございます!

大変ありがたいことに書籍化もしていただけるとのこと、なおいっそう努力してまいります。

レビュー、いいね、評価、感想…。どれが欠けてもここには辿り着けませんでした。

心からの感謝を込めて。

ありがとうございます!

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