4-59:歴史に残らないもの
いつもご覧いただきありがとうございます。
ダンジョンの中、【異邦の旅人】と【執行猶予中の男】を見送って、アッシュは居心地悪そうに何度も座り直した。
ダンジョンのこどもはべったりとシェイの左腕に、くっつかれている方はじっと目を瞑り瞑想のような体勢で動かなくなってしまい、話し相手を失ったアッシュは不謹慎とはわかりつつもとにかく暇だった。ガーフィ・ネルも沈黙を貫き、場違いなのは自分だけらしい。
どのくらいそうしていたのか、よいしょ、と紙から声がした。開きっぱなしだった通信魔道具がようやく話し相手を連れてきてくれたようだ。
『シェイ、アッシュ、無事かな? 魔道具も預かってる?』
「ヴァン、こっちは無事だ。よかった、シェイが動かなくてさ」
『稀によくあることじゃないか、何をいまさら。それより無事に渡せたのかい?』
「渡せた。こっちが提案をしなくてもヴァンの言っていたとおり、どうすればいいのかは気づいてくれた。一応策は伝えたけど、機転は利かせてくれるはずだ」
『そうか、よかった』
ほっ、と微かな息の音を拾い、こちら側も息を吐く。アッシュは話し相手万歳と言わんばかりに【異邦の旅人】とどんな話をしたのか、報告を求められる前に話した。元々聞こうと思っていたのだろう、ヴァンはそれに相槌を打ちながら聞き役に徹した。少しでも長く話そうとしたのが早々にバレてしまい、要約しろと注意は受けたが話せればそれでいい。
【異邦の旅人】を見送り、シェイが微動だにしなくなったところまで報告を終えれば、ヴァンがうん、と最後にもう一度頷いた。
『背負わせる形になってしまったことは、なにかの形で僕も償いと恩返しをしなくちゃなぁ』
「国からもだよな、こんな大ごとになってさ」
『国からはなにもないよ。ラングが首突っ込むなって蹴ったからね。だから【快晴の蒼】のリーダーとして、僕個人で対応するつもり。クルドは俺もやるとか言ってたけど、どうするんだろうね』
驚いた。スカイ王家といえば所有するマジックアイテムの数も、それ以前のアイテムも秘蔵の品が多いと言われているのだ。国からとなれば好きなものを得られるだろうに、と考えた後、しかしそれで関りを持ってしまうのは確かにあの男が嫌がるだろうな、と納得した。それに、ラングは元の世界に戻るのだ。となれば残されたツカサが巻き込まれる。それを避けたいのだと気づき、ラングの配慮に触れた気持ちでなぜか照れくさくなった。
少しの間をおいてアッシュがそういえば、と紙へ身を乗り出した。
「ヴァン、今どこに?」
『【黒のダンジョン】の外だよ。ようやく、諸々、どうにか形になったからね』
光苔で埋め尽くされた天井を眺め、そうか、と呟く。軍を一時離脱する前、報告書と指示とで睡眠すら取れずにいたのを知っているが、これからは少し休めそうだ。ラダンもクルドも、そして【空の騎士軍】の部下たちも尽力してくれた結果だ。
猫のように昼寝がしたい軍師は、余裕ができてくる頃、駄々をこね始める。軍師が駄々をこねると平和に感じる習慣はどうにかしたい。
もう少し雑談を続けようとしたところで突然シェイがダンジョンのこどもを突き放し、ぶわっとアッシュは魔法障壁に包まれた。理由もなくこうした行動をとる男ではない、アッシュは通信魔道具を手に立ち上がって警戒した。
「シェイ?」
「終わった、戻るぞ」
ダンジョンの床に転がったこどもはきょとんとしていたが、シェイが一瞥をくれてやれば敵意を剥き出しにして魔法障壁に取り付いた。こどもの腕がオークのような太いものに変わり、拳を振り上げて何度も叩いてくる。シェイの魔法障壁がその程度で壊れることはなく、その変貌にアッシュはぎょっとしたが逆の手に素早く帰還石を持った。
終わった、ということは、向こうは片がついたということだ。なるほど、ダンジョンのこどもは主に戻るために、正式なダンジョンに成るために栄養が必要なのだ。相手を倒すまで持たせるのではなく、ここからは自分のために遠慮なく奪い始めたわけだ。見た目につい騙されそうになるが、ここにいるのは命を喰らうものだ。
どすりとシェイがアッシュの肩に手を置いて、にやりと笑った。
「じゃあな、消滅までの数分を大事にしろよ」
どうしてそう悪役めいたことしか言えないんだ、と言いたい気持ちを堪え、アッシュは帰還するを唱えた。最後の一瞬、こどもが踵を返して消えたことだけは気づいた。
足元の感触が変わる。目がちかりとした。午後の青い日差しが目に痛い。長い間待機しているように思っていたが、そうではなかったらしい。空を見上げれば青と淡い緑が混じったような、美しいスカイの空があった。光に目が瞬く。ふわっと顔を打つ新鮮な空気が心地良い。
「おかえり、お疲れ様」
目が光に慣れてきて周囲を見渡せば後ろ手に腕を組んだ軍師がじっと【黒のダンジョン】の入口を眺めていた。陽光を浴びる横顔はそのままに柔らかな微笑を口元に湛え、ふぅと一息吐いてからこちらを見た。
「部下とイーグリスの騎士、冒険者たちの撤退を。戻ってきて早々に悪いけど、協力頼むよ」
どうしてとは問わない。軍師が言うのだからそうすべきなのだ。アッシュはまた何度か目を瞬かせ明かりに慣らし、こちらに駆け寄る副隊長にハンドサインを送った。それだけで副隊長は来た道を全力で戻り、部下や他の隊へ指示をし始める。走り去るアッシュとは違い、シェイは悠々構えて軍師の隣に立った。
「どうだった? ティリ・カトゥーアを通して見られたかい?」
「問題はない。が、釘を刺す必要はあるだろうな」
「そうか。じゃあそれは僕がやろう」
「また嫌われるぜ?」
シェイが揶揄うように言えば、ヴァンはふふっと可笑しそうに笑った。
「それが僕の役回りってやつだよ」
ゴォン、と、穏やかな会話を轟音が遮った。【黒のダンジョン】の扉がざらりと砂になって消えた。それを皮切りに地面が崩落し始め、天幕を残したまま逃げる人々の声すらも飲み込んでいく。地響きが襲い掛かり全身が揺れて走っているのかすらわからない。胃の腑を、肺を直接震わせる音は息すらもままならなくなっていく。ざらりと足元が大波のようになって人々を押し流し、安全な場所まで転がした。振り返ればぽっかりと大きな穴が空いていて、その上に風の精霊の力を借りた軍師とシェイだけが浮いていた。大地を波立たせたのも軍師なのだが、気づいたのは何人だっただろうか。
ガラガラ、ゴオォ、ズズズ、巨大な空洞に空気が吸い込まれていき、やがて収まる。軍師は一瞬ぐらりと揺れ、シェイが肩を支えた。目の色が翡翠色に変わり、体勢を整え、周囲を見渡した。
「理が歪んだ…、大丈夫かな」
「ダンジョンそのものが潰れて、拮抗して支え合っていた魔力構築された体内部分も崩れたんだろうな。混ざって、乱れてやがる。…ま、奴ら、そう簡単には死なねぇさ」
そら、とシェイが上を指差した。軍師は笑顔を見せた。
「あぁ、なるほど。ウィゴール、僕らの友達を迎えてあげるとしよう」
ついと両腕を持ち上げ、一陣の風が吹いた。
――― ツカサは帰還するまでは聞こえていた。その後、足元が無くなる感覚がして無事に帰還できたのだと思った。こんな状況になるとは思いもしなかった。
眼前に広がったのは気持ちがいいほどの快晴。全身に風を浴びるのも気持ちいい。しかしいつまで経っても地面に足がつかない。それどころか落ちている気さえした。いや、落ちていた。遥か彼方、下方に真っ黒い大穴と大地が見えた。見覚えのない景観に混乱に拍車がかかった。
とにかくここは、空だ。空中だ。落下している。
「うわ、うわあぁぁ!」
理解すれば悲鳴が上がる。真っ直ぐに足から落ちていた自重が、頭の重さに負けてぐるんと位置が変わる。その勢いもあって体中を捻るようにして回転し始め、落下の速度が上がる。止め方がわからない。自由が利かない。鼻血が球体の赤い粒になって震えながら置いていかれた。
状況を理解し、即座に両腕を広げたラングとアルが叫んだ。
「風よ!」
「ウィゴール! 助けて!」
いつもなら、はいよ、と応えてくれる声がなかった。
「ラング! ウィゴールがいない!」
「理が乱れているようだ」
「んん! ツカサが不味い!」
っち、と舌打ちを零し、ラングは腕を畳んで落下に速度をつけた。ぐるぐる回転しながら落ちていくツカサの腕を掴み、何度か回転に巻き込まれた後、水平にまで体勢を持っていった。ようやく回転が収まりそれでもまだ目が回っているが、腕を掴む腕を掴み返した。横並びになってバタバタとマントがうるさい中、ラングがいつもと変わらない声で言った。
「腕を広げて、体勢を整えろ」
「う、うん、でも、これ、どうする!? 精霊は!?」
「どうやらおかしくなったらしい」
「どうするんだよ!?」
ふむ、とラングはこんな時でも冷静に息を吐いた。
「下は見えるか?」
「怖いから無理!」
「では突風に備えろ」
理由を、と叫ぼうとしたところで凄まじい風に煽られた。体がまた遠心力を持って回転しそうになり、ラングが腕を引いてそれを押さえてくれた。
「冷静になれ。風に身を任せろ。腕を広げ、力を抜き、抗うな」
「腕を広げて、力を抜いて、抗わない」
言われたことを復唱し、ぎゅうっと目を瞑った。徐々に落下の速度が緩やかになった気がした。手を離されたが怖くて目が開けない。地面に叩きつけられる寸前はこんなにも緩やかに時間が進むものなのだろうか。これもまたセルクスの加護の片鱗か、と覚悟を決めたところで、自分の体が浮上するのを感じた。
死んだな、と思った。ついに肉体から解き放たれたか、と意味のわからないことを考えたところでごつりと後頭部に拳が当たった。いて、と言いながら振り返ればラングがいた。
「ラングも死んだの?」
「なにを言っている」
わはは、と笑ったのはアルだ。
「ツカサ、落ち着けって。周りをよく見てみろよ」
言われ、ハッと見渡せば風を受けて体が空中にあった。落下する体を支えられるだけの風だ、風速にしたらとんでもないはずなのに、穏やかで柔らかく、ふわふわと浮いていた。テレビで見たことのあるインドア・スカイダイビングとやらの風速はいくつだったか、とぼんやり考える余裕すらあった。
前後左右から誰かの手のひらで支えられるような不思議な感覚が少しくすぐったい。徐々に、ゆっくりと体が下がっていく。またいつ体が落下していくかと思うと怖いが、その恐怖はそれ以上の感動によって吹き飛んでいった。
わあぁ、と誰かの歓声のような風が通り抜ける。全身を叩いて通り過ぎていく風が歓喜に満ち溢れていて、冷たくて、温かい。感動にぞくりと鳥肌が立った。涙が出て、撫でるように風がそれを払った。
青い空と緑の大地、遠く見える山々、どこまでも広い世界。陽の光を受けてきらきらと輝いているのはなんだろうか。湖か、家々か。なだらかな曲線を描く地平線が見える。左から右、右から左、上、下、何度も何度も首を巡らせて世界を見た。ツカサは、自分の立っていた大地が本当に丸いのだと知った。目の前でちかちかと火花を散らすような、きらきらとしたものを感じた。
今、自分が世界と一つになっているのだと感じ、声が震えた。
「すっげぇ!」
「感動しているところ悪いが、ゆっくり、急いで降りるぞ。同化とやらで力を借りているはずだ」
あっ、と声が出た。確かに、ラングが精霊に力を借りられない状態でそれを成せる人がいるとしたら、他には一人だけだ。負担がかかると言っていたやり方だ。ツカサは頷き、ラングはするりと先導をし始めた。大穴の上を通り、大地がある場所を目指す。そちらに体を向けようとするより先に、風に連れていかれる。
いまだ感動に打ち震えながらきょろきょろとしていれば、無事に体勢を整えたらしいヴァーレクスをみつけた。口元を押さえて顔色を悪くしていたのでどうやら酔ったらしく、覇気がない。確かにこの浮遊感、慣れがなければそうなることもあるだろう。
「あんまりきついなら、吐いた方が楽になるらしいよ」
「…さすがにそれは無様でしょう」
元貴族としての矜持か、それとも人としての見栄か。ツカサは苦笑を浮かべてそれ以上触れないでおいた。
ツカサはヴァーレクスに対して奇妙な感覚を覚えていた。一度は自分の命を奪おうとした相手だというのに、忘れられない後悔を刻みつけられたというのに、今は前ほどの悪感情がない。同じ戦場を同じ立場で立ったからこそ、背中を預け、預けられたからだろうか、この男の実力を心の底から認めることができていた。
地面が近づき、最後にふうわりと持ち上げられ、着地。目の前にいる二人に歩み寄った。いつものようにポケットに手を突っ込んだ格好ではなく休めの体勢で待つシェイと、白い正装に身を包んだヴァンが到着を待ってくれていた。
会話の届く距離に近づけば、軍師がゆっくりと目を開き、透明な水色が優しくこちらを捉えた。
「やぁ、おかえり。無事でよかった」
地面を踏んで確かめて、軍師に微笑み声を掛けられ、ツカサはドッと来た疲れに座り込もうとした。それをラングの双剣の鞘が止めた。胸を下から押さえられ、ぐっと堪えて背筋を伸ばした。座るなということだ。
ふっと小さく笑い呟いたのはシェイだ。
「正しい」
どういうことかと横目にラングを見遣れば、シールドが小さく揺れた。それが指し示す方を見れば軍師がすぅと息を吸ったところだった。
「【異邦の旅人】、及びペリエヴァッテ・ヴァーレクス、此度の事変に対しての尽力、大儀であった」
ビリッと緊張感のある声がツカサを吹き抜けていった。肌が粟立ち、思わず拳を握って耐えてしまうほどの威圧だった。
「スカイの民を守る者として、また、一人の国民として、この世界の住民として、貴殿らの勇気とその実力に敬意を払う」
ザッと軍師が礼を取れば、いつの間にか一歩下がっていたシェイも礼を取る。
離れたところからここまで響くほどの音で、ザッと【空の騎士軍】の者たちが一斉に倣ったことがわかった。
軍師はその姿勢のまま続けた。
「歴史には残らない。ゆえにスカイ王家からの言葉はなく、代わりに私がここにいる。ただの天変地異として、一つのダンジョンの発生と消滅、それに付随する不幸な事故、そして幸運な結果として記録される」
真実は公にはならない。名を残すことはない。守るための死闘は人々の記憶からなかったことにされる。かつてこの世界を救った五人の英雄のように、誰にも知られることはない。
ツカサはそれでいいと胸を張った。自身を英雄たらしめるものは、もう胸に、心にある。
軍師は滲むような微笑を湛え、ゆるりと腕を下ろした。シェイが続き、遠い場所でザッと整った動きが見えた。帽子を外して胸に置き、ヴァンが言った。
「僕たちが覚えている。それで勘弁してね」
「それで十分だよ。ね、ラング」
隣に話題を振れば、腕を組んで尊大な態度で話を受けていたラングがシールドを揺らした。
「どういたしまして、だって」
「そのくらいは言葉でもいいんじゃないかな」
「俺もいっつもそう思ってる」
笑い声が上がった。一頻り笑った後、ヴァンはツカサの肩をぽんと叩いた。
「ところで、大変なものを持ち帰ってきたね?」
「あぁ、うん」
ツカサはずっと握り締めていた手をそっと差し出した。虹色に輝く美しい宝玉。あの場所を離脱する寸前、牙を剥いたダンジョンのこども。シェイが覗き込んでから呟く。
「ダンジョンコアか、よく思いついたな」
「どんな理由であれ、あの子、っていうともういろいろ語弊があるけどさ、生きてたわけだし、生きようと抗ってたし、そのまま置いていくのが少し忍びなくて」
皆から一身に視線を感じ、ツカサは慌てて弁解をした。
「同情とかじゃないよ! ただ、ちょっと勿体ないというか、発想をもらったってだけ」
「ふぅん、説明してもらえるかな?」
「一度、受け入れて、創りなおすことができるかなって思ったんだ」
「…まさかイーグリステリアから発想を?」
アルが驚いて問えば、ツカサは頷いた。ふむ、とラングが顎を撫で、ヴァンを見た。
「ヴァン、判断は任せる」
そう言われたヴァンはそっと指先をダンジョンコアに触れさせた。
「…理ではあるね、特に変な混じり物は感じない。持っていたものは消化されているみたい」
「どうしよう?」
「持ち帰ったのは君だ。ちょうどそこに良い大穴があるから、塞ぐつもりでどうにかしてくれると嬉しいな」
「すごい、ぶん投げられてない?」
「だって、こんなの僕も初めて見るんだもの」
両腰に手を当て不服そうに言う姿に笑いが零れる。シェイがツカサの肩を叩いた。
「ついでにあの辺りに充満してる魔力も使っちまえ。…これが最後のつもりでな」
首を傾げれば苦笑を浮かべられ、背中を撫でるようにしてラングの方へ押しやられた。シェイから揶揄うような声が続く。
「ダンジョン制作、お手並み拝見だ」
口端を引き攣らせつつ促された方へ行けば、ラングは大穴に向かって歩き出した。その横をアルもついていく。
「とはいえどうしたらいいんだろう」
「あんま難しいこと考えないでいいんじゃないか? ツカサが行ってみたいダンジョンをイメージするとかさ」
「なるほど」
「報酬が美味いのにしてくれよな!」
行ってみたいダンジョンなどあるだろうか。そうすると階層は、とか、魔獣の種類は、とか、考えることも変えることも増えてきてしまう気がした。王道ファンタジーとしてそこにドラゴンをイメージしてしまえば、シェイから聞いた話の切れ端が混ざりそうで怖い。
ふと顔を上げた。最後のつもりで、もしかして【変換】を使う最後として? ハッとシェイを振り向こうとしてラングの声に視線を取られた。
「お前がしたいこと、やりたいことを思い浮かべるのも良いだろう」
「俺がしたいこと、やりたいこと…。…あ!」
ある。やってみたいと思い、結局実現できていないことがあった。それならできる気がした。くるりと振り返って大声で叫んだ。
「ヴァン! なんでもいいんだね!?」
「いいとも、なにかあれば即座に攻略してみせるよ」
言質は取った。ふふん、とツカサは鼻血でカピカピになった人中を拭った。実はとても気になっていたのだ。
さて、と腕まくりをした。ダンジョンコアを前に、触れられる空気を伝ってこの場に揺蕩う魔力の残滓を、よくないものをまずは純粋なエネルギーとしてそこへ入れられるように【変換】を使う。次いでダンジョンコアそのものに【変換】を使う。ぎゅうっと何かが収まった後、少しだけ怖かったが、そっとダンジョンコアを大穴へ落とした。
それをツカサと共に覗き込んだアルが恐る恐る尋ねた。
「大丈夫なのか、あれ」
「まぁ、見ててよ」
ダンジョンコアが落下しながらきらりと光ったのが見えた。
ゴゴゴ、と地鳴りを上げながら足元が揺れる。不安げなアルに無理矢理笑ってみせれば気味の悪いものを見たような顔をされた。失礼ではないか。鳴り止まない大地の叫びにアルがツカサの肩を掴む。
「ツカサ、どんなダンジョン考えたんだよ」
「俺、憧れてたことがあるんだよね。その機会に恵まれなかったからさ、じゃあいっそ創っちゃおうかなって」
「質問に答えろ」
ピシャリと背後から叱られてツカサは肩を小さくしてから、ラングを手招いた。ついでにヴァーレクスも来たがまあいいだろう。その様子にヴァンとシェイも駆けてくるのがちらりと見えた。
崩落した時とは違い大穴の底から土がせり上がってきた。ダンジョンがそこに自身を創りあげる過程で大穴は塞がっていく。ざわざわ、メキメキと木々が生い茂り根を張り大樹が枝葉を広げ空へ伸びていき、呆気にとられるアルの顔を木漏れ日が照らした。最後はとても静かにすぅっと扉が大樹の幹に現れた。
「いや、実はさ」
黄壁のダンジョンを閉じたのとは逆、扉を閉じていた蔦がしゅるしゅると解けていきツカサは一歩を踏み出し、振り返って笑った。再び手招かれたアルとラングが、その後ろをヴァーレクスが首を傾げながら階段を下りていけば、ふわっと湯の匂いがした。
ざあぁ、と水の流れる音がして、一階層に足をつけてアルは唖然とした。
ほかほかの湯気、ジュマのダンジョンのように空があり、天気があり、木々があり、岩に囲まれた窪みになみなみと湯が湧いていたり、川を眺めながらの木枠の箱に湯が注がれていたり、景観素晴らしく滝があったり、間仕切りがあったりと明らかにこれは。
「憧れてたんだよね、異世界での天然露天風呂。天然かって言われるとあれだけど、ほら、ダンジョンは理のものだからいいかなって。テレビで見てたのとか想像で組み込んじゃったけど、わぁーこうなるんだ、すごくない?」
ツカサは照れくさそうに頬を掻いて振り返り、背後の男たちの反応に困惑した。
ぽかんと口を開いたままのアル、全く理解のできない顔をしているヴァーレクス、ダンジョンに入る一行を慌てて追いかけてきていたヴァンは目を丸くしていて、シェイは呆れたような目でツカサを見ていた。
「お前らしい」
ラングの一言だけが救いだった。
面白い、続きが読みたい、頑張れ、と思っていただけたら★★★★★やいいねをいただけると励みになります。




