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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
終章 異邦の旅人

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4-55:槍とタルワール

いつもご覧いただきありがとうございます。


 シェイとアッシュはそのまま癒しの泉エリアでダンジョンを持たせると言い、【異邦の旅人】とヴァーレクスをあっさりと追い出した。いってこい、とも、またな、とも声を掛けず、ただ【空の騎士軍】としての無言の敬礼のみで無事を祈られた。彼らにとって声を掛けない見送りこそが、再び再会するためのジンクスなのだろう。


 ダンジョンのこどもはホーンラビットを創りだすとそれを道案内にとツカサに差し出した。受け取り、癒しの泉エリアを離れてからそっと下ろせばウサギはぴょんとジャンプして道を示し始めた。白いウサギを追いかけて走る、まるで不思議の国のアリスだ。では先ほどの時間はいかれ帽子屋のティータイムか。それを御馳走してくれたラングがそのポジションかと思うと、ふふっと笑いが零れた。確かに見た目だけなら一番いかれている。


「また楽しそうだな?」

「あぁ、うん。故郷に不思議の国のアリスって童話があってさ、こうやってウサギを追いかけるんだよ。それでおかしなお茶会に紛れ込んだり、花が歌ってたり。イーグリスにないかな、ありそうだけど」

「ウサギを追いかける話かぁ、違う名前であったような気がするな。あれだろ、急に出てきたり消えたりする猫がいるみたいな、女王様が怖いやつ」

「それそれ」


 こんな状況下でウサギを追いながら楽しく会話をできるとは思わなかった。ダンジョンの石畳を蹴って記憶にあることと、この場所でのすり合わせをして、笑う。故郷のものがこの世界でどう表されているのか、この戦いの後にそれを探すのも楽しいかもしれない。

 背後の賑やかな声にはぁ、と息を吐いたのはヴァーレクスだった。


「いい気なものですねぇ。パニッシャー、あの状態であの女と戦えるのですか?」


 少し前の自分ならば、そうだな、とでも返していただろう。


「明るい未来の話というのは、活力になるそうだ」

「はぁ、意外ですねぇ」


 シールドは前を向いているが、僅かな気配で何がだ、と問いかけてくるこの男が、そんなロマンチストなことを言うとは思わなかった。ヴァーレクスは走る速さを少しも落とさずに会話を続けた。


「あの日、王都でやり合った相手はもっと厳しい男だと思っていましたのでねぇ」

「視野の狭い男だ」


 カチンときたのかじろりと上から睨みつけてくるヴァーレクスに、ラングは鼻で笑って返した。


「悪いが、私はあの時よりも強いぞ」

「ぬかしましたねぇ、貴様の首を早く刎ねたいですよ、パニッシャー」


 話の内容は聞き取れないが、ピリッとした空気が前方から漂ってきてツカサは苦笑を浮かべた。しかし、こうして見ているとなぜか相性はいいように思えるから不思議だ。強者同士、何か通ずるものがあるのだろう。それは隣の青空のような男も同じだ。


「なんだよ、また年寄り臭い顔してる」

「俺どんな顔してんの」

「全てわかってます、みたいな悟り顔」

「なにそれ」


 わはは、と笑うアルに釣られて笑みが浮かぶ。前方がゆるりと足を緩めたので倣って傍に寄った。ウサギは黒い通路の前で止まり、振り返って鼻をひくつかせた。倒すべき魔獣と考えなければ愛らしいウサギだ、最初に抱っこした温かいふわふわ感を思い出して手がもぞりとした。それにしても、行きよりも早く着いた気がする。


「ダンジョンを動かしたのだろうな、随分と近かった。代わりに私たちが通った後は遠くしたようだ」


 そうすることで長くダンジョン側を持たせるつもりだろう。ツカサはマントを整えるためにその場で二度ジャンプした。こうすると収まりがよく感じるのだ。

 ラングが振り返り全員を一度見遣った。


「ツカサの言う、いわゆる最終決戦というやつだ。ここから先は昨日とは違い、ダンジョンからの邪魔は入らない」


 だが、とラングは珍しく言葉を長く続けた。


「イーグリステリアはヴァーレクスに与えた加護でこちらがわかるだろう。あいつからの邪魔は入るかもしれん。足を止めず、一気に居城に攻め入り、使えるものを使い、それぞれができることをやる。単純だが、それが一番無難だと私は考えている」


 双剣に肘を置いてゆったりと構え、ラングは小さくシールドを傾げた。


「意見を貰おう」


 あぁ、ラングだ。押し付けることはなく、必ず意思を確認してくれる。それは覚悟を決めさせられ、逃げ道を塞がれることでもある。ただ、ツカサはもう知っている。自分で行動することの責任は、自分で背負うからこそ胸を張れる。顔を上げられる。


「俺は賛成。魔法障壁と治癒魔法、実際に状況も見ないとだけど、マール・ネルとの連携も頑張るよ」


 ぽん、とアルがツカサの肩に手を置いた。


「俺もそれに賛成だ。ここまで来たら全力を出すだけだ。オルファネウルもよく声が聞こえるようになって、やりやすくなったし」


 にっと笑うアルと頷き合う。ラングのシールドはヴァーレクスを見た。馬鹿馬鹿しいと言わんばかりに肩を竦め、鼻で笑い、ヴァーレクスは髪を掻き上げて整えた。


「いいでしょう、お付き合いするとしましょうかねぇ」


 態度は置いておいて、腕だけは知っているので助力は有難い。ラングはついと拳を差し出した。きょとんとそれを見ていれば、シールドが傾げられた。


「こうするものなのだろう?」

「ぶはっ!」


 アルが吹き出すように笑って、ツカサはラングの行動に驚いた。いや、悪い悪い、とアルは笑い涙を拭って同じように拳を突き出し、それに当てた。


「柔軟だな、ラング」

「騙された気分だ」

「悪いって、その吸収の速さは見習いたいわ」


 なるほど、アルが教えたのだろう。この世界で初めてラングがやったこの動作、なんだか嬉しくなった。ツカサも差し出してごつっと二人の拳に当てた。一応、ヴァーレクスを見遣るが、ラングは手を下ろしてしまった。ヴァーレクスは両手を上げて軽い拒否を見せたのでそれでよかったのだろう。


「パニッシャーとの契約もありますからねぇ、私が見てきたあの女というのを多少情報共有しておきますよ」

「人間性を知っていられるのは有難いね」


 ツカサがしゃがみ込んでウサギを撫でながら挑発的に言えば、ヴァーレクスは肩をわざとらしく竦めた。

 ヴァーレクスは黒い通路へ足を踏み入れ、歩きながら話す意思を示した。ツカサはアルに呼ばれ、ウサギに別れを告げて後を追いかけた。


「世俗的なことはヴォルデイアが全てやっておりましたがねぇ、あの女、狡猾ではありましたね」

「たとえば?」

「私は神というものに祈ったことがないもので、己の命すら塵芥に帰すものだと思っていましたが、どうやら違うようで」


 命が生まれ還る場所がどこかはツカサにもわからない。だが、その命を還す人がいることは知っている。


「あの女、その神だけは気をつけているようでした」


 そのため、食事の場所を毎回変え、細心の注意を払っていた。そのやり方は功を奏し、ラングの情報があるまで、セルクスは深く首を突っ込めなかったのだ。

 イーグリステリアはいくつもの予防線を張っていたらしい。形にしたのはヴォルデイアらしいが、冒険者がポーションを必要として離れられないようにしていたことも、何よりも、命を回収する神の仕事を増やすために、わざわざ戦争の準備までしていたのだから恐ろしい。エルキスの事変も、理を乱しスヴェトロニア大陸の混乱を呼び込むためだったと聞いた。

 スヴェトロニア大陸を餌にオルト・リヴィアへ。こちらで理の片鱗と合流し、傷ついたリガーヴァルに取って代わるはずだったのだろうか。自爆魔法を仕込み、黒い雨を降らせ器として奪うため、その可能性に賭け、ダンジョンを無理やり生みだして。

 確かに、あれこれと自分にとって有利なように策を講じている、その規模も大きい。

 そう考えるとヴァンという人間が、たったあれだけの情報で的確に動けたことが恐ろしく思えた。被害は大きく見えていたが、ヴァンがいなければもっと酷かったのかもしれない。あの人も人間離れした何かがあるのだろう。味方であったことに今更ながら感謝した。

 そして、何よりもラングだ。ツカサはヴァーレクスの話を聞きながら黒い通路で見え隠れする深緑のマントを見つめた。

 ラングはその決断で、行動で、イーグリステリアの思惑を悉く潰している。

 エルキスで精霊離れが起きていた事態でも間に立って仲を取り持ち、精霊は戻ってきた。エルキスの姫巫女は感謝を永遠に忘れないだろうとアルは言った。

 王都アズヴァニエルで直感に従いマナリテル教本部へ忍び込み、その実態を捉え、ヴァロキアの友にそれを報せ、マナリテル教への警戒をさせた。あれはラングでなければ暴けなかっただろうとアルは言った。

 ヴァロキアはそれを真摯に受け止めて、ロナからは早々に鎮圧されたと聞いた。そうなったのもラングがその在り方で、行動で信頼を勝ち取っていたからに他ならない。

 ラングが見聞きしたことをヴァンに伝え、ヴァンからセルクスに伝わり、ついにイーグリステリアが避けたかった神が戦に介入することになった。

 そしてイーグリステリアを女神たらしめた聖杯を、その身を以てして打ち砕いた。

 きっと、恐らく、イーグリステリアはラングを最大の障壁と考えているだろう。【変換】だけは気をつけなくてはならないが、だからこそツカサが、アルが動ける。

 ヴァンという経験と知恵が予測を立て、ラングという強さと覚悟がそれを実現させる。いくらでも考えつく不安を、懸念を、着実に潰す二人だからこそ大丈夫だとついて行くことができる。だが、それを一人に背負わせるつもりはない。

 ここにいるのはツカサの覚悟があってこそのことだ。背負うならば、ともにだ。

 大丈夫、この足は確かに地に足をつけている。前を照らすトーチは自分のものだ。


「まぁ、障害は覚悟しておくべきでしょうねぇ」


 ヴァーレクスの声に僅かな不快感が混じった。黒い通路が終わり脈打つ壁が広がっていた。戻ってきたのだ。たった一日だというのににおいが変わったような気がした。昨日は生温かい風は感じたものの、こんな、ゴミ捨て場のような臭いはしなかったはずだ。


「向こうも気づいているようだな。ヴァーレクス、最短距離はいけるか」


 ラングが双剣を抜いてゆったりと構えた。


「可能ですがね、道中の雑魚はどうするつもりです?」

「邪魔は排除する」

「うふふ、大変わかりやすいですねぇ」


 ぬらりとタルワールを下ろして構えたヴァーレクスの声にツカサは深呼吸して集中した。周囲が脈動でうるさく、空気の振動や微かな音で探るのは難しかった。

 ラングから指導があった。


「息を静かに吸い、まずは自分を落ち着けろ。大きな音の間隔を捉え、隙間を縫って違う音を探せ」


 こんな時でも実践、小さく口元に笑みを浮かべながら、ツカサは言われた通り感覚を研ぎ澄ませた。ごぅん、ごぅん、という音の間に、何か、粘着質な音をみつけた。そこから別の音の間隔をさらに数えた。じっと、耳の奥が熱を持つ感覚を覚えた。


「三つ、足音がする」

「上出来だ」


 ほっと胸を撫で下ろした。アルが槍を立てて準備をした。


「魔法は温存した方がいいんだよな? 使えば使うだけ食われちゃうし」

「うん、そのつもり。ショートソードと短剣で乗り切る予定」

「パニッシャーの温存もすべきでしょう」


 ヴァーレクスの言葉にツカサとアルは驚いてそちらを見てしまった。なんです、と言いたげに眉が顰められた。


「オーリレアでの戦いで、あの女に手が届いていたのはパニッシャーだけだと思いますがねぇ? であれば、万全の状態で辿り着かせることが重要だと、私にもわかることです」


 くい、とヴァーレクスの顎が揺らされ、アルが、はっ、と笑って足を踏み出した。


「お前、意外と話がわかるな。道案内、遅れるなよ」

「その槍がどこかに引っ掛からないことを祈りますよ」

「やるわけないだろ、何年の相棒だと」

「雑魚ほど吠えるものですねぇ」

「いいから行け」


 ラングに促され、ちくしょう、とアルは悪態をつきながら走り出した。その隣を並走するようにヴァーレクスが続き、ツカサの背が押され、ラングが殿(しんがり)という珍しい陣形で突入した。

 トーチの明かりが体内を照らし、アルが強く地面を蹴って前方に鋭く飛んだ。槍は一突きでその生きものを壊し、抜きながらもう一体を真っ二つにする。ヴァーレクスのタルワールは低いところから上に向かって邪魔者を払った。ぐずりと融けていく肉の塊。人の姿ですらないそれを通りすがりに【鑑定眼】で覗けば【失敗作】と出ていた。


「あれ、たぶんだけど、イーグリステリアが練習にした奴だ! 【失敗作】って出てる!」

「悪趣味! 命をなんだと思ってんだ!」


 同感、と胸中で返しツカサは走り続けた。ヴァーレクスの誘導に従って進み続ければそうした生きものとは何度か遭遇した。全てアルとヴァーレクスが倒してきたが、突然ぴたりと足が止まった。ひときわ生臭いにおいが鼻についた。少しだけコツが要ったが、ツカサは展開していた魔法障壁に臭いを遮断できるようにした。すぅ、とアルがわかりやすく息を吸った。無事にできたようだ。


「なんだあれ、厄介だな」


 呟きを聞いて前方の少し広いエリアにトーチを掲げれば、それ目掛けて三メートルはあろうかという大きな肉人形が飛びついてきた。魔法障壁に包まれているトーチがふっと消えるのを感じた。【鑑定眼】を使って叫んだ。


【女神の守護者】

 いらないもの詰め合わせ

 レベル:表記不可

 魔力吸収 侵入者を排除する


「女神の守護者! ひどい、いらないもの詰め合わせだって。魔力をそのまま吸収できるタイプだ! 食われた!」

「物理は!」

「記載なし、通る!」

「守護者、うふふ、元女神の剣としては、ぜひとも試したいものですねぇ」


 くつくつ笑いながらタルワールがずいっと守護者の向こうの通路を指した。


「パニッシャー、あの通路の向こう、北に向かって走っていけばあの女がいます。方向感覚は如何ほどで?」

「問題ない」

「では、引き受けます」

「任せる」


 ヴァーレクスがあれを相手取るということか。とんと肩を叩かれて見遣れば、にっと笑う顔があった。


「ツカサ、合図したらトーチを目的の通路側から強く光らせてくれ」

「わかった」


 アルに頷いてみせれば強く頷かれた。ラングが柄頭を叩くとん、とん、とん、という音がした。三回目で走り出し、トーチを強く光らせた。守護者に目はないので目くらましにはならないだろうが、振り返って結果を確認する余裕はなかった。

 ぐおぅ、とどこから出たのか鈍い音がして肉の体からずるりと生えた無数の腕がラングとツカサへ襲い掛かる。その腕が届くことはなかった。


「行け! こいつ片付けてから合流する!」


 トーチの明かりで明瞭になった影に影縫いのナイフを突き刺して動きを止め、二人が通路の先に消えるのを確認した。その間にヴァーレクスが生えた腕を一本切り落とした。ツカサの置いていったトーチの明かりが消えるまで、アルは影縫いのナイフを突き刺すつもりだった。壁からぬぅっとおたまじゃくしのような肉が現れるまでは。


「あっ! こら!」


 ばくんっとトーチを食べて咀嚼され、それが何匹も現れてあっという間に魔法障壁付きのトーチを食らってしまう。体に噛みつかれでもしたら、ツカサがこの身に張ってくれている魔法障壁も齧られるだろう。とにかく真っ暗闇に陥るのは避けたい。最後の一つが食われる直前、振り下ろされた肉の腕を左右に避けた。バツンッと明かりが全て食われた。


「お前、目は見えるか!」

「ここまでの暗闇は少々厄介ですねぇ。何かないので?」

「ラングとツカサならランタンを」

「使えませんねぇ」

「お前が言うな!」


 ふぉ、と自分に振り下ろされる何かを感じてその場を飛び退く。びだんっと叩きつけられる音がしてひやりと汗が流れた。宵闇程度ならばどうにか見えるが、ここまでの暗闇は不利だ。音で判断しようにも脈動が先に拾われ、今まで培った危機感知頼りになってしまう。旅の道中月明かり、星明り、焚火で困らなかったので持たなかったこともあり、常に明かりをツカサやラングに頼っていたことがこんなところで。

 くそ、と悪態をつきながらポーチを探り当て、ハッとした。


「おい! ちょっと時間稼げ!」


 わかった、と返事はないが、舌打ちが聞こえたのを了承と受け取り、貰ったポーチに手を突っ込んだ。カイラスのことだ、きっとある、必ずある。指先がそれらしきものに触れて、灰色の目を細める兄の優しい笑顔と、その横で少し胡散臭い笑みを浮かべるもう一人の兄が見えた。ありがとう、と大きな声で叫びたかった。精霊の呼び笛にしても、こういう時、兄たちが助けてくれることに感謝した。


「あった!」


 パッとアルはランタンを掲げた。ふわっと闇が払われて元の明るさを取り戻した。魔力を求めないランタンはマッチを擦るように側面を撫でればさらに明るさを増した。ラングの持つランタン同様、消費を必要としないものはかなりの貴重品だ。それに気づいてさぁっと血の気が引く。


「ばっ、馬鹿なのか!? これだけで一財産だぞ!? 何してんだ兄貴ども!?」

「楽しそうで何よりですがねぇ!」


 どすりと蹴り飛ばされて前方へ飛ぶ。今居た場所にどしゃりと肉が降ってきて舌打ちをし、ランタンを腰に吊るした。


「悪い! 視界の確保はこれでいいな」

「十分です。しかし斬っても斬っても減りませんねぇ」

「少なくとも動いてる、こういうのはコアがあるはずだ。それを狙う」

「それは構いませんがねぇ、この肉壁、どうするおつもりで?」


 ヴァーレクスは飛んでくるおたまじゃくしを叩き落として接近を防ぎながらアルに尋ねた。こいつ、意外と会話できるんだよなぁ、と場違いな感想を抱きながら、アルは影縫いのナイフを投げて持たせた。


「俺がひらく、その間にお前がトドメを刺せ。そのために俺が影をつくるからさっきみたいにやれ。コアを剥き出しにさせてやる」

「…いいでしょう。ダンジョンは初心者ですからねぇ、経験者のお手並み拝見です」


 守護者という肉の腕が振り下ろされて再びの開戦、アルは槍を下から上に振り上げた。斬られた肉片がどんと落ちる。床で融けるそれは再びイーグリステリアの血肉となるかもしれない。いや、とにかく今は相手取るものを減らすことに注力しなくてはと無駄な考えを追い出した。ラングとツカサがイーグリステリアに集中できることが大事だ。これを創りあげるのにどれほどの労力が必要かはわからないが、いらないもの詰め合わせなら、これだけでもかなりのものだろう。大きさだってとんでもないのだ、そうであってくれと祈った。

 壁から飛んでくるおたまじゃくしを薙ぎ払いながら守護者の肉を削いでいく。手の中でオルファネウルが少しずつ研ぎ澄まされていく。何か、力のようなものが溜まるような、自分の腕の一部になっていくような不思議な感覚だった。

 ふと、相棒の声が響いた。


 ―― お前に足りないのは貪欲さと言える。集中するのにも時間がかかるようだ。集中した後に呼吸を忘れるのも気になる。

 

 おっと、そうだった。食いしばっていた歯を緩め息を吸い、息を吐く。それだけで体のキレが違う。力む際にはどうしたって息が止まるのだが、自分が動いている時はそれに合わせて呼吸をしなくてはならない。

 おたまじゃくしが邪魔だ。明かりを持つアルを狙いわさわさと牙のある口を開いて飛び掛かってくる。槍を短く握って右に、左に、縦に、斜めに器用に打ち払う。守護者を斬って時折気を引くヴァーレクスもおたまじゃくしには嫌な顔をしている。

 このままでは埒が明かない、ちらりと向けられる視線にわかっていると視線を返す。必ず視えるはずだ。守護者の腕を避け、生えて伸びてくるものを振り払い、おたまじゃくしを叩き潰し、そうして暫くの攻防の末、すぅ、と線が視えた。ここだ。おたまじゃくしを一気に叩き潰して明かりが一直線に守護者を照らした。


「ヴァーレクス!」


 ダンッ、と黒いナイフが床に刺さり、びくんっと腕を振り上げ胸を開いた形で守護者の動きが止まった。


「うおおおぉ!」


 頼むぞ、オルファネウル。雄叫びに合わせて手の中で槍を滑らせ振り下ろし、斜めに白い一線が描かれた。

 そう、ひらくのだ、それでいい。

 自分の瞬きすらスローモーションに動き、もどかしい。槍が落ちきる前に握り締める右手がゆっくりと握力を増していくのがわかる。ラングの双剣の真似をして、ぐるりと体を回転、ぐぅっと持ち上げ直すために腕全体に力が入り、体を大きくしならせる。守護者に向けて下から斜め上へ、もう一撃開くための一撃を入れる。クロスに入った傷口が、ばくんっと音と立てて肉を開きコアが露わになった。

 ヴァーレクスがタルワールを手に動いた。おたまじゃくしがランタンの明かりを遮って影がずれ、守護者が動けるようになる。だが、開いた胸はその形を保って閉じることは叶わなかった。これがネルガヴァントの力なのかと思いながら片足を軸にぐるりと体を回転させた。守護者から伸びた大量の腕がヴァーレクスを捕らえようと伸びる。それを斬り落とすために槍を振り下ろした。

 槍を守護者に向ければ自分を守るための動作はなくなる。脇腹に、肩に、腕に、脚に、おたまじゃくしの牙が刺さり、じゅるりと身を包む魔法障壁の魔力が吸われる。ツカサが今なお守ろうとしてくれるのを感じながら、それが一瞬の抵抗をみせて砕けるのを感じ、アルは叫んだ。


「やれ! ヴァーレクス!」


 守護者の触腕を避けその脚力を使って前に出たヴァーレクスは、ラングが逃走時見せたあの走り方で壁を蹴って飛び上がり、タルワールをその中心に振り下ろした。槍で斬り開かれた中心にあった丸い何かが怯えたように震えたのを見たが、それがどうした。長い腕を使って膂力を得たタルワールは容赦なくそれを砕いた。甲高い声が響き渡り、最期の抵抗で振り抜かれた腕が空中で避けられなかった。生温かい壁に叩きつけられ、肩が砕ける激痛を感じながらも即座に立ち上がる。

 守護者はどろりと融けて死んだことを示していた。


「やれやれ、なんとも気色悪い生きもので…」


 くるりと振り返れば、その先で大量のおたまじゃくしに全身を齧られて暴れる槍使いがいた。槍を振り回し、いて、やめろ、と抵抗をしている男を興味なく一瞥し、自身の怪我を確認した。利き腕は潰されずに済んだ。痛みは激しいが骨は皮膚を破ってはいない。槍使いを放ってあの女のところへ行こうと足を向けたが、おい、ヴァーレクス、と呼ばれ逡巡、仕方なく踵を返した。

 タルワールでおたまじゃくしを斬り、潰し、槍使いから払ってやれば、睨みつけられた。この程度の怪我で死にはしないだろうが、処置せず、長くここに置いていけば死ぬだろう。タルワールを背負い直し、ひぃひぃしている槍使いをまた眺めていれば、おい、と呻き声と共に怒りの滲んだ声がした。


「助けるのが遅い。誰のおかげで倒せたと思ってんだ」

「ランタンだけ貸していただければいいのですがねぇ」

「誰が貸すか、もっと平身低頭頼め…いってぇ…ッ! もっと気遣え!」


 はぁー、と長いため息だった。ヴァーレクスは黒いナイフを拾ってから槍使いの腕を掴み、ぐいっと無造作に肩を貸してやった。



第12回 ネット小説大賞 様で二次選考通過しました!

二次まで残れるとは思わず、驚きと感動がすごいです…。


面白い、続きが読みたい、頑張れ、と思っていただけたら★★★★★やいいねをいただけると励みになります。

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