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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
終章 異邦の旅人

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4-50:あなたへ

いつもご覧いただきありがとうございます。


 レースカーテンを照らす朝日に瞼が震えた。薄っすらとした明かりを感じて目を覚ます。


 ぐぅっと伸びをして引っかかるものがなく寝相でぐしゃぐしゃになった布団を剥いだ。装備が解かれていた。あの後、ラングかアルが運んで休ませてくれたのだろう。一人用にしては大きいベッドからごろりと転がって端に移動し、足を下ろした。サイドテーブルに胸鎧や短剣が置いてあったので装備し直し、ブーツを履いた。靴まで脱がされて転がされていたと思うと少し恥ずかしい。

 寝室から出ればソファで足を放り出して寝ているアルと、すっかり身支度を整えたラングが中庭を眺めていた。マントも着けていつでも発てる様相だ。僅かにシールドが傾いてツカサを認識していることを教えてくれた。


「ラング、おはよう」

「おはよう」


 ついとシールドが揺れ、顔を洗って来いと示される。頷いて自分の身支度を整えてから戻れば、アルが頬を叩かれて起こされていた。それも軽いぺしぺしではなく、バシリと容赦のない一撃だ。それが昨日夢の中で気づいたことへの多少の八つ当たりだとツカサにはわかった。


「いってぇ…。その起こし方、よくツカサに矯正されなかったな…、今からでもいいから直せって…」


 ぶつくさ言いながら起き上がり、洗面所貸して、とアルは手櫛で髪を整えながらツカサの横を抜けていった。ツカサは諦めなよ、と声を掛けながら灰色のマントをぱさりと両手で払って馴染ませた。

 コンコン、とドアがノックされ動く気配のないラングに代わり扉を開けた。胡散臭い笑みを浮かべてカイラスが胸に手を当て、ツカサに挨拶をした。


「おはようございます。朝食と、ご指示の通り食料をお持ちしました」

「おはようございます、ありがとう」


 カラカラとカートで朝食が運び込まれ、そこに乗ったのが海苔なしのおにぎりと味噌汁と緑茶だったことに驚いた。戦を控えた武将か何かなのか。けれどいい匂いだ。じわっと唾液が滲んでラングを見れば、するりとソファに座っていただきます、と言った後、おにぎりに手を伸ばした。それを見てからツカサも座り、倣い、片手におにぎり、片手に味噌汁を持つ。行儀悪だが許してほしい。

 炊き立ての白米を握ってくれたのだろう。指先がじんと熱くなって慌てて一口食べれば、まず塩がしゃりっと感じられ、ほくほくつやつやの米と混ざって甘みを強くしてくれる。塩が強めなのはこの後の運動量を見越してのことだろう、有難い。大きめのおにぎりは一口では中の具材に辿り着けず、左手に持ったお椀を啜った。火傷をしそうなほど熱い味噌汁が口内で米を潤し、はふはふと息を逃した。出汁の味、味噌の香り、つるんとしたわかめと熱を持った豆腐が紛れ込んで、ごくりと喉を通った。思わず、はぁ、と幸せな息を零してしまい、モリーンが微笑んでいた。

 もう一度大きな口で齧れば中からほろりと塩鮭が姿を現した。上手に焼かれていて鮭の脂もたっぷり、おにぎりの中心からじわりと滲んで白米が輝いていた。この少しオレンジがかった白米がまた美味しいのだ。塩鮭の塩味と身の独特の香り、脂多めのほろほろとした身を味わう。唇についた鮭の脂を舐めとり、熱々の白米が喉に張り付きそうになって、慌てて熱々の味噌汁を啜る。寝起きの体が喉から、胃から温まるのを感じた。それを繰り返して塩鮭おにぎりを一つぺろりと平らげれば、モリーンがそっと皿を差し出した。


「こちらもいかがですか?」


 モリーンが差し出したのは焼き海苔だ。なるほど、まずは白米の美味さを味わってもらってからのこれか、憎い演出だ。ぱっと手が伸びて、二つ目のおにぎりを挟むようにした。パリパリした感触に期待が溢れる。これが湿気る前に食べなくては。

 バリッといい音を立てて大きく頬張る。鼻を抜ける海苔の香り。咀嚼し、パリパリとした食感が減ってくると少しだけ口内の水分が持っていかれるこの感じ、また味噌汁を啜れば調和がとれる。磯の香りを強く感じて風味が変わり、贅沢だ。こちらのおにぎりの中身はそぼろだった。醤油の利いた濃い味が若いツカサには嬉しかった。ぎゅっと詰まったそぼろは噛めば噛むほど味が滲み出てくる。米に甘辛い醤油、そこに海苔の香りだ。最高だった。

 ラングはツカサの食べ方を見て海苔を巻き、うん、と一つ納得したように食べていた。ここでも変わらず必要な量を、必要な分だけ大事に食べている。


「お、いいな、おにぎりと味噌汁かぁ」


 諸々身支度を整え終わったアルが合流し、カイラスに恭しく皿を差し出され、苦笑を浮かべてそれを受け取った。


「なんか、(いくさ)前って感じ」

「はは、だな。ばあちゃんが大事の前には凝ったものを食うよりも、力が出るものがいいってタイプだったんだよ。なんかそれから、こういう時の飯ってこれなんだよな」


 アルの祖父曰く、大和撫子だったそうだが、随分とこう、力強い人だった印象に変わった。


「俺の槍も、ばあちゃんが教えてくれたナギナタが元なのかもしれないなぁ」


 薙刀女子、それだけで固まるイメージというものもある。ツカサは興味深そうな反応はしたものの、今は味噌汁を啜る方が大事だった。

 薙刀と槍では似通った部分はあっても技術が全く違う。祖母に教わった技術を元に、槍に昇華させていったアルだからこそ、槍でのオールラウンダーというスキルが生み出されたのだろうか。教わった技術以外に疎いツカサはそういったことも学んでいきたいと思った。


「全部経験、かぁ」


 久しく呟いていなかった感想が零れた。首を傾げるアルになんでもない、と笑って、ツカサは味噌汁をおかわりさせてもらった。

 食後の濃いめの緑茶をもらって一服、じわりと体に汗が滲んだ。ぽかぽかしてマントを一度空間収納に仕舞い込むほどだった。


「御馳走様、美味かった」

「うん、美味しかった!」

「腹いっぱいだ、ありがとなみんな」

「ようございました」


 ラングが緑茶を飲み切って机に置き、それぞれが礼を言えばカイラスを始め使用人たちが頭を垂れる。ゆるりと頭を戻し、カイラスがちりんと鈴を鳴らせば朝食のカートと入れ替わりで何台ものカートで食材が運び込まれた。


「四人前、二か月分をご用意しております」

「あぁ、礼を言う。ありがとう」


 ラングが言えば、いえ、とカイラスは笑みを浮かべた。立ち上がりツカサに視線をやって、同じように立つことを要求しラングは言った。


「半分ずつだ」

「わかった」


 はぐれた時のためだろう、ツカサはラングと並んで食材を空間収納に入れていった。そうだ、と思い出したようにラングに手を出してもらい、水も撃ちだしておく。なんだかんだツカサが入れておいた水を、エルキスや向こうの大陸(スヴェトロニア)での旅路で使っていたと聞いた。補充をしておこうと思ったのだ。ツカサが水魔法を撃つのをやめれば、ラングはツカサにもありがとうと礼を言った。感謝をきちんと伝える人なのを再認識して、自分もそうであろうと思った。


「アル様、こちらを」


 そのやり取りの横でカイラスがベルトのついたポーチを差し出していた。アルは首を傾げながら受け取って腰にベルトを着け、カイラスへ視線を戻した。


「時間停止機能付きのアイテムバッグです。シグレ様が冒険者時代に愛用していたものになります」

「それなら、これ、俺じゃなくてユズルにやった方がいいだろ」


 ユズル、というのがアルの甥っ子、シグレの息子の名前だろう。ツカサはラングと共にやり取りを見守った。

 アルは着けたポーチを外そうとしてカイラスに手で制された。


「アル様はこのエフェールムを出て、立派に冒険者として独り立ちされております。それはつまり、貴方様には継ぐものがないということでもございます」


 跡を継ぐのはシグレ、出奔したアルには継ぐものがない。それは当然、本人はそれでよいと思っているので言いたいことがわからずにまた首を傾げた。


「これから、ユズル様、また、第二子がお生まれになった際も、シグレ様は御子に多くのものを遺せるようになさいます。もちろん、アル様がいつお戻りになっても大丈夫なようにお部屋はいつだって整えておきます」

「はっきりと伝えろ」


 ラングがぴしゃりと口を出し、カイラスはおや、と笑みを浮かべて小さく会釈をした。一度瞑目、カイラスはアルの肩を叩いた。そして、執事ではなくカイラスとして言った。


「アル、私にとっても、貴方は弟なんだ。シグレとの思い出の品、私たち二人からアルに贈りたい。どうかこの先の冒険に役立ててくれないだろうか」


 アルは言葉を失って、優しい眼差しのもう一人の兄を見ていた。ぎゅうっと目を瞑ったその横顔が、いつもの精悍な青年ではなく少年のようで、ツカサはじわりと滲んだものを抑えるように自分の胸を握り締めた。

 小さな深呼吸の後、アルはカイラスににっと笑った。


「わかった、ありがとう」


 ふ、とカイラスも微笑んで手を離し、執事に戻って背筋を伸ばした。


「贈り物がいろいろと入っておりますので、お役立てください」

「いろいろって、何が入ってるんだ?」

「邪魔にはなりませんとも。さぁ、ラング様もツカサ様も、収納が終わったようです」


 ポーチをひっくり返そうとするアルを留め、カイラスはラングの方へ手をゆるりと揺らしてみせた。首を摩ってため息を吐き、アルはラングとツカサと合流した。


「世話をかけたな。シグレによろしく伝えてくれ」

「かしこまりました」


 従僕やメイドを手の動き一つで下がらせ、最後にカイラスも部屋を辞した。とん、とラングが柄頭を叩き二人の視線を集める。


「イーグリスの南門、もしくはダンジョンの入り口にヴァーレクスがいれば、そこで合流する。思うことはあるだろうが、堪えろ」

「わかってる。いなかった場合は?」

「後から来るだろう。待たない、待たなくていいと話はついている。私たちはそのまま南下、【黒のダンジョン】へ入る」

「攻略本なしの初見、未予習だな。陣形は?」


 元々自前のポーチからずるりと槍を取り出してホルダーに納めながらアルが問い、ラングはそちらを見た。


「斥候と先陣は私が、居ればその後ろにヴァーレクス、ツカサ、殿(しんがり)はアルでいく」

「ヴァーレクス、ここにいないけどそういう陣形も協力してくれるのかな」

「問題ない」

「理由」


 間髪入れずにアルが言い、ラングは続けた。


「あの手合いは自分以外の手で獲物が殺されることを嫌がる。部下の配置が終われば必ず来る」


 物騒だ。ツカサは自分でも白い目でラングを見ているのがわかった。アルは苦笑を浮かべてから肩をぐるりと回した。


「んじゃ、行くとするか」

「待て」


 ラングが扉に向かおうとするアルを制して窓をシールドで指した。


「窓から行く」

「え、なんで?」

「…ラングさぁ」


 アルが頭の後ろで腕を組み、呆れたように言った。


「マジでエレナから逃げようとするよな、何があった?」

「どういうこと?」

「廊下の先の方からエレナの気配がするから、ラング、会わないようにして出発したいんだろ」

「なんでよ。ラング、いいじゃん、行ってきますって言おうよ」


 ラングを振り返れば腕を組み、喉の奥から唸るような音を出して息を吐いた。


「送り出されることに慣れていない」


 きょとん、としてからツカサとアルは顔を見合わせ、両手を前に出してラングににじり寄った。


「いやこれは、いってらっしゃいを言ってもらった方がいいだろ」

「俺もそう思う、ラング、腹をくくろう。一緒にいてあげるから。いってきますを言おう?」

「くどい」


 ラングが両手を振ればひゅるりと何かが二人の体に巻き付いた。少し前に聞いた師匠の武器というやつか。なんだろうと思ってラングを見れば、こてりとシールドが傾いた。


「抵抗はするな、すれば四肢が千切れるぞ」

「おいラング! 実力行使はどうかと思うぞ!」

「エレナ! エレナ―!」


 ラングがベランダに向かって走っていき、ぐいっと引っ張られる。装備に、服に食い込む感触に慌ててその後を追いかけるように走りながらアルとツカサが叫んだ。

 バンッと扉を開けて勢いよくベランダを飛び降りたラングと、引きずられるようにして落ちた二人の悲鳴と、エレナの声が重なって、締まりのない出立になってしまった。

 だが、怒ったような、仕方ないような、笑ったような声でいってらっしゃいが聞こえ、ラングが軽く手を振り返したことだけは気づいた。もうそれでいいのかもしれないと思った。

 着地はウィゴールの協力もあって無事にできたとだけ記載しておく。


 イーグリスの南門まではエフェールム家の馬車で行くことができた。馬車に乗るのは久しぶりだ。街中を歩いて、もしくは軽く走ってもよかったのだが、そうするとツカサが食べ物を買ってしまい時間が掛かるのでその方法が選ばれた。

 正門に用意された馬車に押し込まれ、先ほどの件には触れさせないラングに苦笑をしつつ、大人しく揺られることにした。

 南門は入ってくる者を受け入れていて忙しない空気があった。南側から逃げてきた人、商人、新しいダンジョンや既存のダンジョンを目的にした冒険者たち、様々な目的と理由が人の流れとなっていた。エフェールムの紋章が入った馬車が停まれば、門を預かる門兵がガシャリと鎧を鳴らして敬礼を取った。


「現在、【黒のダンジョン】は時折中から魔獣の声が響いている状態です。魔獣暴走(スタンピード)の恐れがあります」

「わかった。掃除はするが、あとは任せたい」

「ハッ、そのように伝えます」


 ジュマのダンジョンであったこと、黄壁のダンジョンであったことがここでも起こるのか。ツカサは拳を握り締めてから解いて緊張をやり過ごした。

 用意されていたコアトルに初めて乗る。ラングとアルは慣れた様子で鐙を踏んで騎乗し、ツカサを待った。乗り方はルフレンと同じなのだ、怖がる必要はないと自分に言い聞かせて鐙を踏んだ。ややぐらつき、コアトルから不機嫌な身震いもされたが、首を撫でてやれと言われてどうにか宥めることができた。ぷすん、と仕方ないと言いたげな息に笑い、そうしてようやく落ち着いた。視線が少し高くなって周囲を見渡し、門兵と、騎士たちの敬礼を見た。


「行くぞ」


 はぁっ、とコアトルに声を掛け、先頭を走りだす。アルもそれに続き、ツカサも続こうとしたがコアトルはやる気のない走り方で二人と距離が開く。背後からくすくすと聞こえるのも恥ずかしい。そういえばハーベル(フェネア)でコアトルの気質について聞いた気がする。頭が良くて足が速い、だが、気に入らなければ振り落とす、といったような我儘な性格だったはずだ。


「お前どうして、何が気に入らないんだよ」


 首を叩いて問いかければふすっとやる気のない鼻息が零れる。とてとてと走るコアトルは、進んでやっているのだからいいだろうと言いたげだ。ツカサは【黒のダンジョン】の場所を正確に把握していないので先導の二人を見失いたくなかった。ルフレンにするように腹を蹴れば、苛立ったコアトルが上体を起こし、ツカサを振り払おうとした。

 慌てて腰を上げて鐙だけで体を支える。ぴょんぴょんと跳ねながらくるくると回り、降りろと暴れるコアトルの手綱を引き絞る。まるでロデオだ。

 前に進んでいるのか、後ろに下がっているのかわからなくなってきた。


「どうどう! はぁはぁ! いい子だ、いい子! よーし落ち着け、いい子だ!」


 アルの声がして揺さぶられる体が落ち着いてきて、暫くして鞍に腰を下ろすことができた。横からコアトルの手綱を持ってアルが苦笑を浮かべていた。必死の抵抗で息切れを起こしながら、ツカサはほうっと息を吐いた。


「助かった、ありがとうアル」

「いや、悪い悪い。ツカサはコアトル初めてだったよな、コツとか何も教えてなかった」

「コツあるなら先に教えてほしかったよ…」


 ごめんって、とアルはもう一度苦笑して、自分のコアトルの目の下を撫でた。


「まずは敬意を持って接すること。馬もそうだけど人の考えてることにすぐ気づくからな。ほら、真似しろ」


 言われた通りまずは胸中でコアトルに謝る。協力してほしいと思いながら目の下を撫でれば、零れていたグゥゥという不機嫌な音が徐々に止む。それから顎と首の境目を掻くようにしてやれば、溜飲が下がったのかぷすっと鼻息の音がした。


「大丈夫そうだな、とりあえず追いつかないといけないから最高速度の出し方教えてやるよ。腹は蹴らないぞ、蹴ると怒るからな。手綱は短く握って、最初は上体を少し後ろに引いて、軽く肩のところを叩くようにするんだ。それで、こう!」


 アルはわかりやすく上体を引いてつま先でコアトルの肩を叩き、コアトルが走り出した瞬間、ぐっと体を前に倒した。そうしてから鐙で体を支えコアトルの揺れに体を合わせるのだ。


「すっごいコツ必要じゃん! ええと、よろしく頼むよ」


 もう一度コアトルの目元を撫で、顎と首の境目を撫で、ツカサは手綱を短く持ち、上体を後ろに引き、コアトルの肩をつま先で叩いた。

 あと少し身を起こすのが遅ければ普通に落ちていた。どうにかタイミングを合わせて上体を起こすことができ、コアトルの揺れに必死に自分を合わせる。ルフレンとはまた違う揺れ、二本の足で地面を力強く蹴る振動が全身を上下させる。速い、けれど、これは気持ちよかった。

 一歩が大きいコアトルは滞空時間も少しだけ長いのだろう。地面を蹴るまでの間、自分が飛んだような気持ちになって、流れる景色の速さに、顔を打つ風の強さに目が乾く。だが、感動した。

 かつてコアトルは空を飛んでいたらしい。少しの間だけなら飛べるとも聞いた。


「すごい」


 思わず零した感想に応えるように、コアトルがぐいっと速さを上げた。グエーという鳴き声の後、少しだけ空を飛んでくれたような気がした。


 最高速度を落としてツカサを待ってくれたアルに追いつき、そこから【黒のダンジョン】を目指した。ラングはさらにその先で先導を続けていた。隣に並んだツカサにアルは笑った。


「上出来、最高速度にさえ慣れればそれ以外は楽だろ?」

「そうだね、でも乗る前に教えてくれても良かったよ」

「ははは! ごめんって! 乗ったことあると思っちまってた!」


 明るく笑うその顔に毒気が抜かれ、ツカサは小さく首を振って笑い返した。ラングを見失わない程度に前を確認しながら少し会話した。コアトルの背を押すように、風が吹いていた。


「ラングはすぐに乗れたの?」

「残念なことに」


 深く頷くアルに可笑しくなって笑う。流石にこの距離だ、叫ぶほどの声量で話さなければ届くまい。秘密の雑談をすることにした。


「ラング、故郷でも愛馬がいるって言ってたから、騎乗することに関しては上手いのかも」

「あぁ、そうなんだ? 俺としてはラングが何かに躓くところも見てみたいけどな」

「わかるよ。あれだよね、今のラングってある意味で完成形だもんね」

「完成形かぁ、まぁ五十路だし、ある程度人生を生きてるしな。失敗はもっと前にしてるか」


 うん、と頷き、ツカサは気になっていたことを尋ねた。


「アル、この世界じゃみんなどのくらい生きるの?」

「どのくらいって、あー、そうだな。冒険者は四十越えた辺りで引退が多くて、そこから二十年ゆっくりできたらいいなって印象はある。四十過ぎたって、五十になったって、ダンジョンに魅せられてる奴もいるけどさ」


 踏破もそうであるし、そこで出る宝も、そもそもダンジョンという謎に挑み続ける人もいるのだという。シェイがダンジョンの成り立ちや存在意義について黙っておけと言ったのは、そうした人の願いや夢を挫くことにならないようになのだろうか。世界の真理の一つでもあるので、世にばらまくには怖い情報でもある。


「ラングの故郷だと、どうだったんだろうね」

「…どうした? なんか、感傷的(センチメンタル)だな」

「あ、いや、生死にかかわることじゃなくてさ」


 ツカサは少しだけ言葉を選んで続けた。


「俺、まだラングの半分も生きてないけど、故郷の人口が多かったのもあって、基本は学校の中の世界だけど、いろんな年代の人を見てきたような気はするんだ」


 アルはどういう反応をすればいいのかがわからず、ふぅん、と相槌を打つ。


「でも、ラングみたいな人はいなかった。俺が関わっていないだけで故郷にも居たとは思うけど、俺の周りにはいなかった」

「うん」

「覚悟と責任を常に背負うって、辛くて苦しいけど、なんだろうな」

「ゆっくりでいいさ」


 アルに言われ、ツカサはじっくりと考えてから呟いた。


「ラングの生き方を尊敬してる。俺も、自分で選んだ道は、覚悟は、責任を持って果たせる人間になりたい。ラングみたいにかっこいい男になりたい。そう思うんだ」


 ぐっと顔を上げた。ずっと遠く、前を走り続けている深緑のマントを見つめ、ツカサは今自分の言った言葉を必ず果たそうと誓った。

 アルはそれに目を細め、コアトルを寄せるとツカサの頭をわしゃわしゃと掻き混ぜるようにして撫でた。


「それ、いつか面と向かって言ってやれよな」

「それは、なんか恥ずかしいよ」


 唇を尖らせて言ったその言葉も、後ろから吹いた風が運んだことをツカサは知らない。


 


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