表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
終章 異邦の旅人

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

317/474

4-46:灰色のマント

いつもご覧いただきありがとうございます。


 どうして何も言わずに出ていってしまったのか理解に苦しむ。置いていかれる者の気持ちなど何も知らないで、よくもそんな真似ができるものだと腹立たしさに五日も苦しんだ。


 六日目には少しだけ落ち着いてきた。エフェールム邸の主であるシグレがあれこれと心を砕いてくれて、できる限りの説明と、変わらぬ生活を提供してくれたおかげだ。なんだかんだお世話になってしまっている。

 ここに滞在を続けられるのもシグレの弟のアルや、【異邦の旅人】のラング、そしてツカサが功績という恩を売っていたからだ。気にしないでいい、ゆるりと過ごしてくれと言われても、肩身は狭い。

 イーグリスの街の宿へ移動しようかという案もあった。リーダーも弟もいない中、客分として滞在を続けることにも前述の理由で気が引けた。それに首を振ったのはアーシェティアだった。曰く、合流が難しくなる、と。

 伝言を残すにしても、ツカサたちが一度エフェールム邸に戻ってから聞くのも二度手間になり、如何にこちらがお構いなくと言ったところでシグレが護衛を置かないはずもなく、守る場所が増える危険性があること。加えて門兵への言付けは人だからこそ完璧はないと言われ、それも確かに、と頷いた。

 それに、モニカはエレナが心配だった。

 ラングとツカサが出立してすぐ、冒険者証から【異邦の旅人】を抜いて離脱しているエレナだが、心配で堪らないらしく、食事も進まず少しずつ、少しずつ弱っていっているように見えた。あの日の怪我はエレナの心の糸をぷつりと切ってしまっていたらしい。

 そこに追い打ちをかけるように置いていかれたのだ。モニカはあいつらをどうしてやろうかと胸の奥底で怒りを燃やしながら、毎日エレナに石鹼作りの奥義を強請った。

 もう十分に作れるでしょう、と微笑むエレナに、まだだもん、とつい唇を尖らせてしまい、頬を撫でられた。その温かさが亡き実母を思い出させて、ぎゅうっと抱きしめてしまった。

 エレナさん(おかあさん)、ご飯しっかり食べて、男どもをボッコボコにしよう、と叫び、楽しそうなエレナの笑い声が響いた。


 シグレの下には情報が来るらしく、時折慌ただしく騎士たちが動いている時があった。

 できれば外出しないでほしいが、もし出るならば必ずアーシェティアを共に連れていくことなど、カイラスから注意もあった。黒い雨が降った後は特に厳しかった。騎士の随行が必須と言われ、迷惑をかけるわけにもいかず、エフェールム邸に引き籠った。石鹸はエフェールム邸を訪れる商人に、エフェールムを通して卸してもらった。商売なので手数料はきちんと支払った。

 長雨は多くないというスカイで黒い雨はしとしと降り続き、皆の不安を煽った。不気味な黒い雨は水溜まりも黒く、日中でも闇に紛れているのではないかと思うほどだった。

 南側から逃げてくる人たちが一時的な休養を求め、ついでに観光をしてから王都を目指し去っていく。そのおかげで石鹸がよく売れたのはよかった。

 それでも、答えのない不安に押し潰されそうで苦しかった。なにせシグレは【異邦の旅人】の安否を告げてはくれないのだ。


 数日後、石鹸を作っていたら風が吹いた。南側から吹いたその風は薄くなりつつあった黒い雲をざぁっと払いのけ、晴天を贈ってくれた。皆が空に見惚れていたので足元の水溜まりもなくなっていると気づいたのは、少し時間が経ってからだった。

 そこでシグレに呼ばれ、エレナ、モニカ、アーシェティアは執務室を訪れた。

 毎回慣れない。本の匂いとインクの匂い、重厚な机の向こうにいる人がソファへ丁寧に促してくれるが、これもまた柔らかくて座り心地が慣れない。アーシェティアはいつもソファの後ろに立つ。

 もぞもぞと何度か座り直すモニカが落ち着いてから、エレナがゆったりと尋ねた。


「何かあったのかしら」

「えぇ、実は。とはいえ少しだけ良い報せだ。【異邦の旅人】が戻ってくる」

「本当ですか!」


 思わず身を乗り出せば微かな皺を口元に描いてシグレが頷いて返した。隣を見ればエレナはふぅーっと脱力していて肘置きに寄り掛かっていた。心配事の一つが解消され、気が抜けたのだろう。

 視線が合って小さく笑いかけられてほっとした。アーシェティアが言った。


「少しだけ良い報せと言われたな、良い報せ以外にも何か?」

「落ち着いて聞いてほしい、命に別状はないが、怪我をしたそうだ」

「それは、誰がかしら」

「全員、アルも、ツカサも、ラングもだ」

「ラングまで?」


 エレナはぎゅっと膝に置いた手を握り締め、姿勢を正した。


「生きてはいるのね」

「そのように聞いている」

「四肢は?」

「無事だ」

「そう、じゃあ後は本人たちに尋ねるべきね」


 モニカはその言葉に深く頷いた。それから、とシグレはぎしりと椅子を鳴らして寄り掛かった。


「今しばらく外出は禁じさせていただく。軍と王太子殿下より連絡があり、先日の黒い雨が原因で、新しいダンジョンができている。その影響を見定めたい」

「ダンジョンが? どこにできたというの」

「イーグリスの南側に。冒険者からの報告で発覚した。そして、【異邦の旅人】はそのダンジョンに用があり、一度態勢を整えるために戻るそうだ」

「多少なりとも話す時間があるようにしたいわね」

「同感だ」


 シグレとエレナの冷たい声にモニカは少しだけ気圧された。その肩をアーシェティアがそっと撫でてくれて息ができた。戦斧を扱う大きな女性は、凛々しくてとても優しいのだ。

 引き続き行動を制限し申し訳ない、とシグレは胸に手を当てて礼を尽くし、女三人石鹸作りの作業部屋へ戻った。

 生きている、戻ってくる。様々な不満も怒りもあったけれど、それがとても嬉しかった。


 それが起こったのはよく晴れた日のことだった。

 黒い雨も雲も散ってなくなって、青い風が吹いた日からそう時間は経っていなかった。朝食を済ませて石鹼作りをして、メイドの人に困った顔で笑われながら洗濯を手伝い、騎士団に石鹸を卸し、庭師に花の育て方を習う。

 エフェールム邸の花を使った石鹸はエフェールム邸で消費されていたが、モニカのその勤勉な態度に、エフェールム邸の花を使用した石鹼作りの契約を本格的に結ばないか、とシグレが持ち掛けてきたのは、ツカサたちが旅立ってすぐだった。

 本来そんな条件で契約をしていいのかわからなかったが、仕入れ値なし、売り上げの二割を納めることで話がとんとん拍子にまとまって、モニカは意外と忙しくなっていた。仕入れ値なしなのは、どの花が石鹸の色付けや香りづけに使えるかをモニカが勉強中だからだ。咲き誇り間引きされる花もあるため、エフェールム邸には引き取り手があることが有難いらしい。

 後々考えてみれば、廃棄品を押し付けて、かつ売り上げの二割を手中に収めるのだから上手な契約をされたものだ。それでもエフェールム邸の花を利用した石鹸はモニカだけの専売特許、上手に売り込めばそれだけ価値は上がる。

 日課となった庭の手入れ作業を終えて庭師と共にお茶をする。故郷でも触れてこなかった草花の香りはとても心地よかった。石鹸屋もいいが庭師も目指さんかね、と誘われて少し本気で考えてしまった。

 あぁ、でも、家で草花を育ててそれを石鹸にするのもいい。こうして帽子を被って陽に当たり、水をやって雑草を抜き、綺麗な花を摘んで、ご飯ができたよ、と呼ぶツカサを振り返って。

 ハッとした。恥ずかしくなって自分の頬を手の甲で撫でた。これはこのスカイの爽やかな夏のせいだ。

 その時、少しだけ地面が揺れたような気がして慌てて立ち上がる。庭師の老人も孫娘と共に立ち上がっていた。


「今、揺れました?」

「そうじゃな」

「なんでしょう。風、ではないよね、地面が揺れたよね、おじいちゃん」


 きょろりと見渡したが庭はいつもと変わりなく美しい。


「スカイって、地震は多いんですか?」

「いえ、少ないです。本当に珍しくて」

「道具を片付けるより前に、お嬢さんはお仲間と合流しなさい。スカイでは地震は不吉の兆しなんじゃ」

「わ、わかりました、すみません!」


 ぱっと走り出して館を目指した。中庭の裏口から駆け込もうとして、ぬるりと何かが目の前に立った。

 びくっと震え足を止め、後ろに下がる。これはいったい何なのか。呻き声を上げて前にどちゃりと倒れ、腕を突いて上体を起こし、地面に零れた何かは綺麗な芝を焼いていく。


「モニカさん! こっち!」


 庭師の孫娘、リンダに呼ばれ慌てて元の位置に走った。年老いた庭師が前に立って腕を広げ二人を庇った。


「これは、なんじゃ」

「おじいちゃんがわからないんじゃ、あたしにもわかんないよ!」

「ともかく安全なところを目指す、ついてきなさい」

「はい!」


 庭を知り尽くした庭師コーネリスの先導で移動を始める。あの黒い何かは動きがそう早くはなく、歩いては転び、起きては歩きを繰り返していた。

 コーネリスはざかざかと庭を進んだ。時折目の前に黒いものが現れ道を変え、正面玄関に辿り着いた。そこでは騎士たちが大盾でそれを防ぎ、対峙していた。

 一人がモニカたちに気づいて叫んだ。


「コーネリス! 客人は無事か!」

「無事じゃ! こいつらはなんじゃ!」

「ナェヴァアースとかいう、厄介者らしい! くそ、盾が!」


 じうじう音を立てて大盾が融け、騎士は素早くそれを捨てた。剣もじくりと融けて捨てざるを得なかった。騎士は魔法を使い、黒い何か、ナェヴァアースが燃えるのを見た。


「情報通り魔法が有効だ! 至急伝達せよ! 効果確認、魔法を使え! 武器は消耗するだけだ!」

「ええい庭を焼くな!」

「緊急事態だ、あとでシグレ様に直訴しろ! コーネリスは早く館へ!」


 騎士はナイフを手甲に当てて音を鳴らし、ナェヴァアースの気を引いた。コーネリスは振り返り二人を促した。


「今のうちじゃ!」


 声を出す余裕もなく頷いて正面玄関へ走った。コーネリスはその手に持ったスコップで器用にナェヴァアースの腕を払い、道をつくってくれた。長年使ったスコップが融けて野太い老人の怒りの声が響く。

 あと数十歩というところで目の前にぬっと現れたものがあった。ナェヴァアースだ。


「モニカ!」


 客人を、友を守ろうというリンダの体がモニカの視界を遮った。スカイでできた友達が自分を庇う、それを理解してモニカはリンダの服を掴んだ。


「だめ! リンダ!」


 黒いの、お願い来ないで、動かないで、どこかに行って!

 モニカは胸中で叫びながらリンダと位置を入れ替えようとした。そうして二人の力が拮抗し、地面に倒れてしまった。

 その音はナェヴァアースの気を引いて、顔らしきものが向けられた。


「立つんじゃ! ええい! わしの孫たちから離れろヘドロめ!」


 コーネリスが投げたスコップの柄がパキンと何かに弾かれた。

 ざぁっと何かが吹き抜けて、モニカとリンダの目の前にいるナェヴァアースが球体の膜に包まれて浮かんだ。

 滑るように駆け込んできたのは灰色のマントだった。


「こういう時ラングならどうしてた、いや、こういう場合ならヴァンの方!」


 はぁはぁと背を揺らして石畳に落ちる汗を拭うこともせず、大きく息を吸って叫んだ。


「魔法障壁を使え! 歪みの生きもの(ナェヴァアース)は魔法が有効だが、もっと効率がいいのは閉じ込めることだ! 時間が経てば消える! 消えるまで捕らえろ! 燃やせ! 捕まえられないものだけを一時的にその場に留めるんだ!」


 おう、と騎士が応え、魔法を使える者が魔法障壁を展開する。捕らえられなくとも、自分に魔法障壁を張って四方向を押さえればそれで檻になる。

 灰色のマントを揺らし腕を振るえば、その先で対応されていない歪みの生きもの(ナェヴァアース)がパキン、パキン、と檻に入れられていく。

 その手をぐっと握ればその中で炎が巻き起こり、耳をつんざく悲鳴に顔色も変えずに燃え尽きるまで確認をやめない。

 その横顔に胸が跳ねた。


「ツカサ!」

「間に合ってよかった! なんでどうしては悪いけどあとでね!」


 一瞬ちらりと向けられた目がにこりと笑ったのを見てモニカは泣きそうになった。

 あの日、自分を助けてくれた血まみれの青年だ、ツカサだ。

 縋りつきたい気持ちを堪え、モニカはリンダと立ち上がった。それを気配で感じ取ってツカサは叫ぶ。


「誰かシグレに伝令を! イーグリスの街にも同様の生きものが出てる! 対処は叫んできたけど街中に広がるまでに被害が出る!」

「私が!」

「エフェールム邸の対処は任せて、街を頼む!」

「しかし、正面で十五匹はいます!」

「エフェールム邸なら、隅から隅までお邪魔してる! それに、もう()()()()!」


 ツカサは杖の代わりにショートソードを前に構え、すぅ、ふぅ、と深呼吸の後、魔力を展開した。

 ぶわっと先ほどよりも圧を感じる何かがツカサを中心に広がり、四面を防がれていた歪みの生きもの(ナェヴァアース)も、まだ視認されていないものも全てが魔法障壁に捕らわれて宙に浮かんだ。


 ―― 魔導士の弱点は、見えないとどこまで魔法を使えばいいかわからないことだ。


 歩き回っていてよかった、そしてオーリレアを守る魔法障壁を経験していてよかった。オーリレアの街ほどの大きさはないエフェールム邸をすっぽりと包む。その中に感じる歪みの生きもの(ナェヴァアース)を捉えることなど、イーグリステリアを捉えるより簡単なことだった。

 自身の魔力を用いて、そこにエレナとアーシェティア、シグレやカイラスの無事を感じた。

 ぐっと丹田に力が入った。魔力は筋肉じゃねぇんだぞ、という声が聞こえた気がした。


「燃えろ!」


 ティリ・カトゥーアが、マントが魔力の巡りを展開を補助する。なんだかんだ言ってティリ・カトゥーアに込めていてくれたシェイの魔力が爆発力を上げた気がする。魔力の感覚が違う、澄んだ何かが自分の体を巡っていた。

 魔法障壁の中でごぅっと燃えていく歪みの生きもの(ナェヴァアース)、甲高い悲鳴の声が響き渡り、そう時間を置かずに魔法障壁の中は空になり、ツカサは宙にあるそれを解いた。

 がくりと膝が折れて汗がどっと噴きだし、癒しの泉エリアの水を取り出して飲んだ。すぅっと何かが回復していくのがわかり、足に力を入れてもう一度立ち上がった。

 無事を喜びたいが、手の届く範囲はもう少しだけ広い気がした。振り返ればまた少し、女っぽさの増したモニカがいて、いろいろ話したい気持ちにさせられた。

 僅かな迷いを見せたツカサにモニカは叫んだ。


「ツカサ、行って! なんでどうしてはあとにするから!」

「ありがとう!」


 尻を叩かれた気持ちでツカサはエフェールム邸を駆けて出ていった。その背中を見つめ、モニカはリンダに抱きしめられた。


 ――― イーグリスの街では数名が犠牲になった。市民を守ろうとした冒険者が主で、救われた市民は、イーグリスの街は冒険者へ敬意を払った。

 魔術師と呼ばれる人々が大地を隆起させ、風を起こし、魔法を使える者が来るまで持たせてくれたこともあり、市民に怪我人はいても死者はいなかった。エフェールム邸から騎士と共に対処に現れたツカサが魔導士としての力を発揮したのもまた、沈静化が早かった理由だ。

 ツカサはシェイにしてもらったように、その場で魔法障壁のコツを魔導士に伝授して回った。今は一人でも同じ技術を持つ魔導士が必要だった。相手の対処法さえわかれば慌てることもなく、怪我の手当てや次の出現に備えられた。

 イーグリスの外でも同様に歪みの生きもの(ナェヴァアース)は現れたらしい。残してきたラングとアルは魔法を使えないが、きっとどうにかしているだろう。冒険者の列の中には魔導士もいたので連携を、きっと、取れていると思いたい。ラングは無理でもアルならできるはずだ。

 今後、昼夜を通して対処せねばならないだろう。降り続いた雨と同じ時間はかかるかもしれない。それ以上にじわじわと続くかもしれない。冒険者ギルドにも傭兵団にも、シグレにも伝えて、ようやくツカサは座り込むことができた。

 魔力が回復するどころの話ではない。オーリレア程ではないにしろ、消費してしまった。走り通し、ヒールを使いっぱなしだったこともあって随分減った。癒しの泉エリアの水で、もうおなかはいっぱいだった。

 エフェールム邸に入ったところ、正面ホールの壁際に座り込んだツカサにそっと紅茶が差し出された。ティーカップ、腕、顔を見ていけば、カイラスだ。


「お疲れ様でございました、大変素晴らしい差配でございます」

「ありがとう、シグレさんは?」

「軍からの情報と、貴方からの指揮を引き継ぎ、今は魔導士を含む冒険者たちと会議を行われております」


 手配の速い人だ、イーグリス周辺はこれで大丈夫だろう。他の街もヴァンが手腕を発揮するはずだ。

 差し出されたままの紅茶が申し訳なくて、受け取り、一口飲む。たぽたぽの胃に入るか心配だったが、紅茶の柔らかい香りが胸を満たし、一口含めば爽やかな味が緊張を解いていく。思わず呟いた。


「美味しい…」

「ようございました。以前と同じお部屋をご用意しております。一息つかれたら、お話をしてはいかがでしょうか」


 立ち上がるカイラスのスムーズな動きを眺めていれば、その視線の先でエレナとモニカ、アーシェティアを見つけた。

 飲みかけで申し訳ないがことりとティーソーサーに戻し、壁を支えに立ち上がった。

 再会したらいろいろ話そうと思っていたが、なんて声をかけようと思っていたのかわからなくなった。ひと月も経っていないというのに自分が成長した実感もあれば、変わっただろうと思うこともある。

 たった一日の戦いが重すぎて、半年は会っていない気持ちになっていた。

 少しだけもじもじしてしまったがこつりとエレナが、モニカが歩み寄って来てくれた。アーシェティアは向こうで腕を組んでいた。


「あの、エレナ、モニカ」

「叱るのは後にするわね、一つだけ聞かせて頂戴」

「はい」

「その右目、どうしたの」


 あっ、と小さく声を上げて自分の右瞼に触れた。どう説明したものか、最初から話した方が良い気はするが、結論だけ先に伝えた。


「色は白くなってるけど、見えてるから大丈夫。これは【変換】を使いすぎたせいなんだ、でも俺は覚悟して使ったし」

「見えているのね?」

「うん」

「…そう、ならいいのよ」


 左目を眼帯で覆っているエレナの心配に胸が痛くなった。あの事件でエレナの視界は右目だけになった。慣れるのにも時間を要したので、今後のツカサの冒険者生命にもかかわると思ったのだろう。

 ツカサはエレナの肩をそっと撫で、もう一度言った。


「大丈夫」


 それ以上は何も言わずにエレナは微笑んだ。それからモニカの背を押した。


「さぁ、あとは思う存分やっておしまいなさい」

「エレナさんは?」

「ラングにぶつけるわ」

「わかった、でも」


 モニカは少しだけ眉間に皺を寄せて呟いた。


「先にお風呂もらったほうが良いかも、ツカサ、気づいてないと思うけど、汚れてる」

「え、そんなに?」

「ちょっと…汗臭いかも」


 もしかしたらこの世界に来て初めて、一番ショックな一言だったかもしれない。



面白い、続きが読みたい、頑張れ、と思っていただけたら★★★★★やいいねをいただけると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ