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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
終章 異邦の旅人
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4-45:仮初めの平穏

いつもご覧いただきありがとうございます。


 操られていた人々の治癒が終わり、気絶したままのその手に金貨を二枚ずつ握らせてきた。


 これは帰るための路銀だ。本意ではなかったにしろ知らない場所まで来させられて、痛い思いをして、治療こそ済んでいるが帰路にも金が必要だろうとアルが言い、それに頷いたのでそうなった。それに、怪我をさせた負い目というものもあった。ここがどこであるか、近くに街があることを伝えるメモも手の中に残し、道を示す目印も造り、そうした気配りを終わらせてからその場を後にした。

 セシリーはツカサが、ヘクターはアルが背負ってルフレンの下に戻れば、ウィゴールとディルバが出迎えてくれた。


「理の違和感が消えた、上手くいったんだな」

「おう、あとはダンジョンだけだな」


 ウィゴールとアルが笑い合い、ヘクターをルフレンの背に乗せた。

 道を行く冒険者は変わらない。森から出てきたツカサたちを気にも留めず、冒険の期待に明るい顔で歩いていく。今、真横の森であった出来事など、誰も知らない。


「お前」


 ウィゴールに声をかけられて振り返る。じっと見つめられてどうしたのかと首を傾げれば、そぅっと手を取られた。


「ありがとな、ありがとう」

「えっと、なにが?」

「ううん、なんでもないんだ。でも、ありがとう」


 泣きそうな顔で笑われ、ツカサは困惑しながらも頷いた。ラングは空を見て、懐中時計を確認し振り返った。


「イーグリスへ移動を開始する。途中ダンジョンの位置を確認していくぞ。触媒が失われ、神の片鱗が消えた今、イーグリステリアは慌てる相手でもないはずだ」

「了解。ツカサ、セシリー俺が持とうか?」

「ううん、大丈夫。でも、腕が疲れたら頼むかも」

「わかった」


 子供を抱え続けた経験はなく、今も少し重いなと感じてはいる。ただ、ツカサはこの命の重さを、温もりをもう少し抱きしめていたいと思った。


 ――― ウィゴールとディルバとあっさり別れ、街道に合流、冒険者に不思議な顔をされながらイーグリス方面を目指し再び歩き始めた。

 途中宿の女将からもらったサンドイッチを頬張り、先ほどの緊張を解す。時間が経てば経つほど心臓がうるさく鳴り始めた。また移動はしたもののツカサが不調を訴え、早めに野営をすることになった。

 キャンプエリアには辿り着かなかったが移動をする冒険者が多く、キャンプエリアも人が多いだろうと判断してのことだ。【異邦の旅人】に釣られ、近くで同じように野営を始めるパーティも現れ始めた。

 ラングは簡易竈を取り出して早めの夕食を作りだした。これも久々に見る気がしてつい見守ってしまう。

 アルは毛皮を置いて寝床を作り、セシリーとヘクターを横にならせた。ルフレンはツカサの用意した水と食事で英気を養っている。

 アルはつん、とヘクターを突いた。


「なぁ、そろそろこいつ起こしたら?」

「もう起きている、移動が面倒で寝たふりをしているだけだ」

「まじかよ」


 ゴッと音を立ててアルの拳がヘクターの頭に落ちて、いっ、と痛みに呻く声が零れた。へへ、と悪びれずに笑ってヘクターは体を起こした。

 ラングはツカサに桶と鍋を差し出し水を入れさせた。火にかけられた鍋に肉が投入されていく。真っ赤で色が濃い、牛肉に近いミノス系の肉だろう。ナイフで切り込みを入れ、丁寧にハーブで揉まれていたので柔らかいだろう。そのまま焼いて食べても美味しいはずだ。期待して喉がごくりと鳴った。

 よく洗って芽を取った、ごろっとしたジャガイモを入れようとして鍋の上で悩み、それは戻した。玉ねぎと人参、ポロネギのようなものと塩を入れ、赤ワインの瓶を半分、それで少し煮込むようだ。

 入れなかったジャガイモをどうするのかと見ていれば二ミリほどの厚さにスライスをしていった。胡坐(あぐら)をかいた膝に置いたまな板の上で器用なものだ。


「お前いつから起きてた!」

「へへ、いや、そんな前からじゃねぇですぜ? 馬に乗せられてからなんで」

「かなり前だなそれは」

「いっ! アルの兄貴ぃ、暴力は反対っすよぉ」


 スライスされたジャガイモはラングの取り出した鉄製のフライパンにオイルを引いてそこに綺麗に並べられていく。一巡、二巡と重なって綺麗な模様を描いたそれは、簡易竈の火の中に直接置かれた。焦げてしまうのではと心配していたが、フライパンを一気に温めるためだったらしく、そう時間をかけずに取り出された。あれはスキレットという種類だった気がする。取っ手を持つ際に布を巻いていたのでそこまで熱いのだろう。

 ツカサが持っていた簡易竈を横に並べれば、ラングは感心した様子でシールドを揺らし、薪を、炭を移して竈を広げた。


「しかしここはどこなんで? あっしはオーリレアで防衛組にいたはずなんですが」

「お前な、女神の片鱗に操られてあの子を連れて行方不明だったんだぞ! 世話かけやがって」

「そんなことになってたんで? それはすみませんでした。…そいじゃぁその子、危ないんじゃ」

「もう平気だ、そういうことのできない、ただの子供になってる」

「いや、はは、本当にご面倒かけやして…」


 新しく作った竈の上にスキレットが置かれ、ラングは調理ナイフで軽く周りを浮かせ、つい、つい、ぽん、と器用に芋をひっくり返した。ナイフをフライパン返しのように使うとは思わず、おぉ、と声が零れた。茶色の綺麗な焦げ目がじりじり音を立てていて唇を少し舐めてしまった。オイルをもうひと差しして、ラングは芋の上で岩塩を削りパラパラとハーブを落とした。ラングの好きなハーブ、ローズマリーだ。そこに黒コショウも砕いて振りまかれたら深呼吸してしまう。いい匂いだ。

 ラングは鍋の方の焚火に薪を足し、風の精霊に頼んで強い風を入れた。火がしっかり熾ったところで煮立った鍋の灰汁を掬う。それを焚火に捨ててじゅっと音を立てさせる。最初は火が弱くなるのではと思っていたが、これは不要な灰汁を捨てるついで、火加減を敢えて調整しているのだ。自分で料理をするようになって気づいた意図だった。


「ところで、どこを目指してるんで? ここはどこなんでやすか? イーグリスに行くって言ってやしたけど」

「オーリレアを出て、北上、メルシェツを出て一日ってところだ。明日にはイーグリスが見えるはずだから、その途中でダンジョンを確認する」

「イーグリスの南にダンジョンなんてありやしたかね?」

「新しいのができたんだ。それを調査に行くのが次の仕事だ」


 ラングがきゅぽっと栓を抜き、残りの赤ワインをとくとくと鍋に注いだ。もうそろそろかな、とツカサは器を用意し始めた。ラングは鍋をひと回しして火の通りを確かめ、塩とハーブを追加した。

 空間収納から籠を取り出して渡されたのでツカサは同じようにパンを取り出し、じりじりと音を立てるスキレットのある竈のほうでパンを炙る準備を始めた。ナイフで切り分けて籠に入れておけば、食べる直前に炙るだけでいい。そうだ、ハーブティー用のお湯も必要だな、とポットに水を入れて焚火に少し埋めるように置いた。


「ダンジョンが新しくできた!? ということは、あのへんの冒険者たちも同じ目的で?」

「今は兄貴が国の要請を受けて閉鎖してる。イーグリステリアが逃げ込んでるからな」

「ははぁ、そこで最終決戦ってやつなんすね。巻き込まれたくねぇんで、もうそれ以上は聞きやせんよ」

「ここまで聞いてたら手遅れだと思うぞ」


 少しだけ焚火の火が強められ、アルコールが飛んでいく匂いがした。完成した赤ワインシチューの味を思い出し、舌の裏側にじわりと唾液が滲んでしまった。赤ワイン独特の香りと多少残る酸味、ちょうど良い塩味と甘い人参の調和、肉と野菜の出汁、そこにとろっとろの肉があると思うと、ぐぅと腹が鳴るのも仕方のないことだ。

 遠くの冒険者パーティの声、料理が出来ていく音、空には星があって、ツカサにとっての()()になった光景に目を細めた。

 暫く沈黙が続いたが苦しくはなかった。一部非日常で少女の寝息が聞こえていたが、それにも少し慣れてきた。

 鍋の様子を確認し、もう一度塩で微調整、つ、と味見をしてラングは言った。


「器」


 さっと差し出した。器によそうのは任せ、ツカサはパンを炙り、人数分のコップにハーブティーも用意した。

 ヘクターはもじもじしていたがラングに顎で呼ばれ焚火に近寄った。予備の器で赤ワインシチューを渡され、ハーブティーを渡され、ぱっと破顔一笑する。

 ラングは念を入れてから手を合わせた。


「慌てて食べるな。いただきます」

「いただきます!」


 アルと二人元気に手を合わせて競うようにさらっとしたシチューを一口。

 あぁ、これだ。期待通りの味にまた唾液が溢れる。赤ワインの質で味に多少の差はあれど、口腔に残るハーブのいい香り、野菜の仄かな甘みの出汁、肉の旨味がたまらない。赤ワイン色に染まった人参は外は香りを纏い、中は甘い。この差もいいのだ。待ちかねたように肉を拾い、はぐっと口に運んだ。とろ、とも、もち、ともする赤身の心地良い抵抗力。中心部はぎゅっとした繊維質を感じて肉を食べているという赤身の主張もしっかりとある。酒で煮こまれた肉の柔らかさはどうしてこんなに美味しいのだろう。ごきゅっと飲み込み、スープだけを飲んで流しこむつもりが、柔らかくなった玉ねぎとポロネギも拾ったらしい、トロリとした野菜が一緒に流れていった。ほんの少しシャクリとした歯ごたえが玉ねぎに残っていて、これも甘い。

 炙ったパンを手に取って浸し、スープそのものを楽しんでいれば、ラングがごとりとスキレットを真ん中に置いた。調理ナイフで八等分にされた芋の上には山羊のチーズが掛かり、ピザのようなものになっていた。パッと手が伸びた。オイルで揚げ焼きされた芋の土台がカリカリほくほくで、上のチーズはとろりと伸びた。芋を上に持ち上げてチーズを口に誘い込んではふはふと熱を逃がす。さく、かり、ほく、とろり。美味しくないわけがない。時々奥歯で噛み砕かれるハーブと黒コショウの香りも油の香ばしさを軽減してくれる。

 シチューもある、パンもある。そう考えれば十分な食卓なのだが、ツカサはちらりとラングを見てしまった。足りない。

 ラングは小さく息を吐くと食事の手を止め、芋を取り出した。わぁ、と笑うツカサとアルの横で、ヘクターは青い顔をしていた。


「ヘクター、どうしたの?」

「い、いや、なんですかね、旦那の料理の上手さは知ってるんですがね…」


 口に合わなかったのだろうか。ハーブティーを促せばヘクターはしょんぼりした様子でそれを啜った。

 ラングは芋を水で洗いながら鼻で笑った。


「口に合わないのは当然だ。しばらくまともに食事も取っていなかったのだろう、体が弱っているせいだ。言っただろう、慌てて食べるなと」


 ハッとしてアルと共にヘクターを見た。魔獣除けのランタンを取り出して明かりを増やす。元々ひょろりとした体ではあるのだが、よく見れば前よりも痩せこけているように見える。ずっと食べていないと胃腸が弱り、食事に体が驚くものだ。胃が受け付けずにへばっているのだろう。

 ラングが、酷使したものだ、と言った言葉の意味を理解した。


「少し待て、そこの娘のものと合わせて柔らかい食事を用意してやる」

「面目ねぇです」


 ヘクターは自分の手元の、美味いとわかっている赤ワインシチューを未練がましく両手で抱え続けた。

 ラングは水と塩と小さく切った野菜でスープ多めのリゾットを作った。少しだけミルクを入れて口当たりを柔らかくする配慮つきだ。

 自分が食べられるものがわかるのか、セシリーもむにゃりと目を覚ました。

 右耳は熱くない。ぼんやりとした顔で自分の周囲の大人を見渡すと、そのまま空を見上げて動かなくなった。それからじわっと涙を浮かべ、ええん、と泣き始めたのでぎょっとした。離れたところから冒険者の視線と、聞こえないがひそひそ声がするような気がした。

 慌てて撫でて宥めようとして改めて気づく、あの時、ツカサに敵意をみせた少女でないのは確かだ。そこにセシリーがいないと思った。ツカサにはそれが明確にどういうことなのかわからないまま、伸ばした手が止まる。

 ラングにも思うところがあったのか、ゆるりとセシリーを持ち上げて胡坐をかいた足に座らせてやった。それに驚いていれば、ラングはよそったリゾットを掬い、そのスプーンをセシリーに向けて待った。


「どこまでこの娘の中に残っているかは知らん。だが、ただの人になったというのならば、与えられた生を必死に生きることを誰かが教えねばならない」


 ぐす、としゃくり上げたセシリーは空腹には勝てなかったのかラングの差し出したスプーンをぱくりと食べた。


「名を与えてやった方がいいかもしれないな」

「名前を? セシリーってだめなの?」

「お前がここで生き直す時を忘れたのか」


 草原での改名、確かに、あれから心持ちや様々なものが自分の中で変わったように思う。名は体を表すとも言うが、その影響力は計り知れない。

 アルはうーん、と唸り呟いた。


「で、誰が名前をつけるんだ?」


 沈黙、誰も答えない。

 幼子のこれからの人生に寄り添う名前など、はい、と挙手して提案できるものでもない。ここは言い出しっぺのラングに任せたいところだ、と視線がシールドに集まった。

 ラングはセシリーである少女に強請られるままスプーンを運び、誰にも視線を返さなかった。

 ややあって、ラングは言った。


「セリーリャ。家名はラダンの孤児院に倣えばいい」


 お、と目を見開く。

 セリーリャ、セシリーの名前をラングなりに元にしたのだろう。ラングがつけるにしては可愛い名前だ、とツカサは思い、横でそれを口に出すアルに眉間を揉んだ。ラングは相手にもしなかった。


「故郷マフィリカの名を失わせることにはなるが、それは【快晴の蒼】の記録に残せばいい」


 セシリーだった時の過去を捨てさせるということか。セシリー、改め、セリーリャはぐすぐす言いながらもリゾットを食べ、途中でかっくりと眠りに落ちた。アルが苦笑を浮かべ、口元を布で拭いてやった。案外、アルも子供の面倒みはいい。もしかしたら甥っ子と顔を合わせた影響かもしれない。

 ふと、ツカサはブルックに熱弁を振るわれた時のことを思い出した。本との出会いは人と出会う数だけ人に影響を与えるのと同じ。人との出会いが自分に及ぼす影響を、ツカサはこの旅を通して実感していた。

 考え方、ものの見方、言い方、立ち方、生き方、戦い方、言葉に言い表せない覚悟の決め方。それ以外にも思い当たる細かいことがたくさんある。相手を一人の人間として扱う、そうした敬意もそうだ。

 故郷でも大人たちは口にした。責任、周りとの協調性、相手を思いやる心、人の痛みをわかる優しさ。今思えばできていたとは到底思えない。それはそうだ、それを経験していなかったのだから。

 明日死んでいるかもしれないこの厳しく残酷な美しい世界の中で、ツカサは一人の人間として扱われてそれを知ったのだ。

 いや、もしかしたら故郷でも自分が視野を広げさえすれば、自分の足で立って、道を進むことに責任を持つことができれば、そうした出会いも経験もあったかもしれない。そこに至るきっかけが故郷でもあったかもしれない。ただ、思う。今の自分がここに在るのは、この人たちのおかげなのだ。

 短い間でいろいろと考えたような気がした。ぱちんと薪が呼んだ音で手にしたままのスプーンを落としそうになった。その間にセリーリャはテントの中で寝かしつけられていた。


「ヘクターを操ったせいで憔悴してるみたいだな」

「あっしのせいですかい…」


 小さな笑いが零れ、薪がもう一度ぱちりと音を立て、その明かりが、温もりが少しだけ人に寄り添っているように感じた。


 ――― 翌日、ヘクターとセリーリャの胃にも優しい朝食も用意し、食事が済めばイーグリスへ移動を開始した。

 昨晩、ヘクターの体臭が気になって風呂を創り入らせていれば、向こうの大陸(スヴェトロニア)と同じように風呂を強請る冒険者たちが現れ、ツカサは魔力に無理のない範囲で小遣いを稼いだ。ツカサってそういうところ本当にたくましいよな、とアルに笑われた。なんだかんだアルも風呂に入っていたくせにと文句を言えば、肩を組んで髪をくしゃくしゃにされた。誤魔化されたのだとわかった。

 ルフレンには本調子でないヘクターとセリーリャが乗り、ゆっくりと進んだ。

 もうすぐモニカに、エレナに再会できるのだと思うと少しだけ浮き足立ってしまう。自然と足が速くなるツカサをアルが何度か呼び止め、呆れた様子でラングは言った。


「先にイーグリスに戻れ。途中ダンジョンの情報収集はこちらでやっておく」

「いいの?」

「その状態で居られる方が邪魔だ」

「そんな言い方しなくても、でも、ありがとう!」


 ツカサは文句も短く、パッと走りだした。ふぅっと背中を押す風を感じて思わず顔が緩む。

 【変換】について気づいた時、いろいろと不安要素も思いついた。それについての確認もしたかった。エレナに、マリナと会えたことも報告したかった。イーグリスを目指すと言っていたあの人たちが先に辿り着いているかも気になった。

 再会の喜びと不安を胸に、ツカサは道を行く冒険者たちをどんどん追い越していった。

 ツカサの灰色のマントが遠くなっていくのを眺めながら、足を止めずにアルがラングを見た。


「んで、この場合は善意と取るべきか、裏があると取るべきか?」

「お前は私をなんだと思っているんだ」

「腕の良い相棒だけど、意外と悪だくみの多い男だと思ってる」

「はっきり言いやすねぇ、アルの兄貴」


 ルフレンの上でヘクターが笑い、ラングに肩越しに見られて咳払いをした。アルは少し先に出てラングと向かい合い、後ろ向きに歩き続けた。


「それで、どういう意図があるんだ?」

「エレナが少しは落ち着くといいと思ってな」


 エレナ、とアルは視線を空に置いて考えた。あの曇天が嘘のように今日もいい天気だ。


「あぁ、なるほど、ツカサを先に叱らせるわけだな」


 ヴァンは、ツカサに仲間への挨拶をさせずに連れ出したらしい。もしかしたら最後の別れになるかもしれないというのに、かなり厳しいことを強いたようだ。

 ラングとアルもシグレにこそ挨拶をしたがエレナとは話す時間はなく、シグレに押し付けた。

 アルはちらりとラングを見て呟いた。


「ラング、ツカサを生贄にしたな?」

「そうだ」

「悪びれねぇなぁ! ラング、結構エレナに弱いよな」

「女の涙と怒鳴り声が得意な男など、この世にはいないだろう」

「っはは! 確かに」


 ツカサがいないからこその発言に、アルは楽しそうに笑った。


「それに、面倒な男が追いついてきている」


 ゆるりと振り返ったラングの視線を追ってアルは、あぁ、と肩を落とした。



 ――― イーグリスの南門が見えて、ツカサは自分にヒールを使いながらさらに走った。 

 あの日、誰にも挨拶できずに出て行った門が、屋台通りが、エフェールム邸がすぐそこにある。礼を失してしまっていたが、エレナたちはまだ館にいるのだろうか。まさか追い出されたりはしていないと思うが、近づけば近づくほど不安になってくる。

 こういう時はいっそ、早く結果を知るに限る。ツカサは冒険者たちから奇異の目で見られながらヒールを使い全力疾走をした。

 イーグリスの南門で手続きをすれば門兵がおかえりなさいと言ってくれた。それに礼を言い、汗を拭ってまた走った。乗合馬車を利用するにも列に並ぶ時間が勿体なくてとにかく走った。

 ヴァンの背中を見ながら出ていった道を一人で戻る。前を歩く人はいない。屋台通りは昼を少し越えたところでいまだ賑わっており、食事の香りに胃袋も誘われる。

 大通りに出てエフェールム邸への道を行こうとして、ふと嫌な気配を感じた。まるでここがダンジョンの中であるかのような、そんな身の危険のサインだ。


「なんだ?」


 思わずゆるりと足が止まり、周囲を見渡した。僅かな間を置いてことことと石畳が音を立て、それをじっと眺めてしまった。地震とはまた違う、下から小刻みに叩くような、そんな振動だ。同じように異変に気付いたイーグリスの民が、通りすがりの冒険者がざわめき始める。こと、と音が止んで誰もが口を噤んだ。

 一瞬の沈黙、バゴッと音を立てて石畳を壊し、黒い何かが立ち上がった。悲鳴が上がり、ツカサはショートソードを抜いて構えた。何かは一度四つ這いになって苦しそうな息をした後、ぴたりと動きを止め、ゆっくりと顔を上げた。

 どろり、ぴちゃ、じゅぅ、と体から零れた何かが地面を焼いていく。

 ハッとした、見たことはなくてもこれがそうだ。


歪みの生きもの(ナェヴァアース)!」


 ぱっと魔法障壁の檻に閉じ込め、宙に浮かせた。おぉ、と周囲で感嘆している声がして呆れと焦りが募った。


「魔導士! 魔法が使える人はいるか! これは、魔法しか届かない!」


 冒険者が顔を見合わせ、ツカサの声に首を傾げた。ツカサは足の裏に再び振動を感じた。


「まだ来るぞ! 魔法障壁を構えろ!」


 ツカサの声に被るように、石畳が人を跳ね飛ばし、黒い雨が形を以て人々に襲い掛かった。




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