4-41:語り部
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ラングとヴァン、ラダンの三人がシェイの部屋に戻ってすぐ、話は端的に行われた。
【快晴の蒼】は軍人に戻り、歪みの生きものの出現に備えること。
【異邦の旅人】はイーグリスへ戻り、新しく出現したダンジョンに行くこと。
【真夜中の梟】は引き続き協力してくれたら有難いが、ここで離脱もできる、判断は任せること。
話をされた一同はそれぞれが顔を見合わせ、覚悟を決めた者もいれば困惑を浮かべる者もいた。前者は【快晴の蒼】であり、後者はまだ若い青年たちだ。それ以外は表情を変えずに見守っていた。
一通りの説明を済ませ、ヴァンは深々と【異邦の旅人】へ頭を下げた。
「力になれず、すまない。盾になると言いながらこの体たらく、竜の寝床で骨になりたいよ」
その沈痛な面持ちに言葉を発せないでいれば、ヴァンは【真夜中の梟】の二人にも同じように頭を下げた。
「ロナとマーシも、突然の依頼にもかかわらずここまで来てくれてありがとう。ヴァロキアではマナリテル教とそうでない者たちの争いも、少しずつ落ち着きをみせているだろう? 船の手配が必要ならば僕たちでしよう。報酬に関しても港へ届けさせてもらえないだろうか。直接渡せなくて本当に申し訳ない」
「いえ、そんな。おかげで僕らはヴァロキアに良い情報を送れていますから。沈静化したのもマナリテル教の幹部がスヴェトロニアを捨てた、と言えたからですし」
事実、ロナがもたらした情報はヴァロキアのマナリテル教に多大なショックを与え、その勢いを殺した。
アズリア王都のマナリテル教本部からの指示は、己の存在意義を示せ、魔法の恩恵を知らしめろ、というわかりやすくも詳細のないものだった。常日頃魔導士としての価値を証明したい者たちにとってみれば、ついに運命の日がきたか、と能力を発揮できることが純粋に嬉しかった。
最初はよかった、見知らぬ他人を魔法で脅し、傷つけ、魔法はすごいのだと声高に叫ぶだけで皆が命乞いをした。時に物を奪い、女を犯すことだって、見目の良い男を侍らせることだってできた。
だが、少しでも迷いのある者には疑問が生まれていく。本当にこれは正しいのか、本部は何故あれから何も言わないのか、と。
常に魔法を使って相手を押さえつける者は、寝首をかかれるようになった。魔導士であってもマナリテル教ではない魔導士からの反撃もあった。冒険者が徒党を組んで、同胞である魔導士がその盾となって全面戦争は起きた。
そこに投じられた本部のスヴェトロニア逃亡は、真偽はさておいても動揺を与え、一気に鎮圧できるだけの余裕を討伐隊にもたらした。
ヴァロキアではそうしてマナリテル教を排し、細々とした信仰すら処罰の対象とした。
フェネオリアでは国王によるマナリテル教の粛清が発令され、他国からの亡命を、他国への亡命を許さなかった。
ガルパゴスでは大きな被害はなかったものの、マナリテル教を危険視し、魔導士そのものへの冷遇が始まった。
エルキスでは滞在していたアズファルの魔導士の協力、水の加護があったおかげで被害も少なく、改心する者があればそれを柔らかな水の心と厳格な水の規律で受け入れた。
アズファルでは王都のマナリテル教が早々に戦闘意思がないことを宣言し、ローブを脱ぎ、フォーグラッドを筆頭に自己の内にある魔力を、魔力があっても精霊に愛されることを祈る新たな拠り所を創りあげた。それに追従した形でアズファルのマナリテル教は消えることになった。いずれこの集団がアルウィールという理魔導の新興宗教になるのだが、その名の由来になった槍使いが知るのは随分と後になってからだ。
アズリアではマナリテル教による暴動はなかった。他国のマナリテル教と自分たちは違うのだというかのような静観ぶりだった。その態度を何故だ、どうして、と叫ぶマナリテル教徒もいたが、分派のやったことだと我関せずを貫いた。
本来、魔導士による戦火で混乱しているうちに主要都市を落とすつもりでいたのだろう。その時にはアズリアのマナリテル教も動いていたはずだ。各国の鎮圧行動が早く、アズリアは一手を打ちきれなかったらしい。
おかげで国内に気を回せる、とヴァンは内心で胸を撫で下ろした。
「それで、君たちはどうする?」
「俺はそもそも、こっちのダンジョン楽しみに来てたわけだからなぁ」
マーシがロナに肩を竦め、それを受けてロナもうんと頷いた。
「だね。ダンジョン行くにしても、まずは状況を落ちつけないと。そういうわけで、僕らは引き続き協力します。とはいえ、できるならシェイさんの補助をさせてください。癒し手として治るまで傍にいたいですし、魔法を教わりたいという私利私欲もあります」
「こちらから頼みたいくらいだ、ありがとう。報酬については別途用意させてもらうから安心してほしい」
「また余裕ができちゃうな」
「ふふ、そうだね」
【真夜中の梟】ののんびりとした雰囲気はその場の空気を上手く中和してくれたように思う。ヴァンもようやく小さな笑みを浮かべ、ベッドで苦笑いを浮かべているシェイに肩を竦めた。
「すっかり病人扱いされているねぇ」
「ほっとけ、俺が一番の功労者だろ」
「違いない」
【快晴の蒼】が明るく笑った後、ラングは足音を立てて一歩を踏み出した。そこに視線が集まり、ラングはツカサとアルの前に立った。
「ツカサ、セルクスの宝玉を出せ」
「あ、うん」
ラングの持っていたものはラングが嚙み砕いたのだ。空間収納から取り出し渡せばラングはそこに向かって話しかけた。
「出られるか」
「もちろんだとも」
また突然の声に皆が振り返る。壁際に寄せられていた椅子に座り机に肘を置き、リラックスの姿勢で微笑を浮かべてセルクスがそこにいた。ざっと全員が怪我を確かめるように視線をやれば、セルクスは少しだけ驚いたようだ。
左腕は首からつり下げられているが顔色は悪くはない。足は二本あって椅子に腰かけられている。首筋に包帯はない。血は滲んでいるか、いない。それぞれが確認をしたうえでホッと息を吐いて微笑を浮かべた。
「心配をかけてしまったようだ、すまなかったね。もっと上手く立ち回れればいいのだが、如何せん私は戦うことが苦手でね」
「印がつけられたならば問題ない。それで、ダンジョンで間違いないな?」
「あぁ、イーグリスの南、新しい場所だ」
セルクスはよっこらと椅子に座り直し、ラングに頷いた。
「印があるので場所は見える、ダンジョンから動かない。やれやれ、ヒトも、神も、運命というものに縛られているのか、それとも弄ばれているのか。選択の連続だ、短くも、長くもなる。本当に、不思議なものだ」
ただ運ぶだけの船であるセルクスは、寄り添うだけの存在なのだと改めて釘を刺された。ラングがあのような事態になったことも、今ここにいることも、何も言うことはないと言いたいのだろう。
だが、とセルクスは右手を軽く上げて再び視線を集めた。
「吉報だ、重い腰を上げてようやく、ようやく、全ての理の神が動いた」
「…だれ?」
「はっ、はははは! だれ、ときたか! はははは! はっ、いた…っうぅ…ッ」
「セルクス、深呼吸をして」
マーシの呟きにセルクスは声を上げて笑い呻き、ヴァンがその背中を撫でた。
本来普通に生きている分には知る必要のない名前だ、当然の反応だった。マーシのことなので聞いて忘れているだけの可能性も十分にあるが、振り返りにはちょうど良かった。
この世界を治める理の神を生みだした親のようなもの。放任主義で世界に生きる命がどうなろうとも手出し口出しをしないでいたが、イーグリステリアをツカサの故郷からここに送り込み、そのせいもあって面倒の原因になっていること。ざっくりとだがセルクスはそのような説明をした。
「まぁ、俺も親の顔は知らないから親ってのがどんなものかはわかんないけど、なんか、面倒事になるなら最初から最後まで手ぇ出すなよ、とは思う」
マーシの生い立ちを知らないツカサは少し驚いたが、言っていることには頷けるものがある。ロナから孤児が多いと聞いたことも思い出し、マーシの人生の軌跡もいずれ尋ねたいと思った。
聞きたいことばかり増えていくが、そのためには終わらせなくてはならない。
アルは耳を掻いてから肩を竦めた。
「それで、重い腰を上げた神様がなにをするんだ? イーグリステリアを片付けてくれるのか? だとしたら助かるんだけどな」
「理の神の父であるからこそ、あれはあれで決まりごとの中の者だ。直接の手出しは世界が終わる時でなければ出来ない。彼の神がするのは、人の手により輪廻に戻されるその魂を、もしくはその力を消滅させることだ」
つまり、イーグリステリアは二度と復活しない。
「最初からそうしろ」
ラングの言葉に全員が頷く。セルクスは表情を変えずにそうだな、と肩を竦めた。
「ただ、親である私は少しだけ気持ちがわかってしまう。彼の神は愛し方を知らない、だからこそ、新しい世界で生かすことが、きっと愛であり償いだったのだろう。…とはいえ、それで人様に迷惑をかけていれば目も当てられんがね」
各方面から非難を受ける前にセルクスは理解と諦観を示した。
親の顔を知らない者もいれば、親を失った者もいる。目の前で死を見届けた者もいれば、生きている親を見限った者もいる。
それでも生きている、生き続けている。この命が続く限り、選択と覚悟の連続のこの生を、死を隣人として共に歩んでいる。
自分で選んだこの道を、居場所を、生を、今ここで止めるわけには、失うわけにはいかない。
各々何かを思い黙った。セルクスはそうした目の前の勇士たちに目を細め、もぞりと再び位置を直した。
「ある程度私の制約も幅が広がったのでね、舌が落ちない程度に情報を出させてもらおう」
「助かるけど、本当に気をつけてよ。君はやりかねないんだから」
ヴァンからの一言を受けてセルクスは穏やかな微笑を浮かべた。ラングはツカサから受け取っていた宝玉をセルクスに放り、返し、そして言った。
「帰れ、もう用はない」
ラングの言葉にセルクスは驚き、唇をぽかんと開いてしまった。これから力になろうというのに協力を拒絶され目を瞬く、それは他の者たちも同様だった。
ラングが何故そんなことを言うのかツカサは考えた。答えを貰うだけではなく、常に考えることをやめないように、床を眺めた。
ヴァンは困惑してラングへ足を踏み出した。
「ラング、セルクスは厚意で言っているんだ。今後僕たちが協力できないのもあってとても心強い申し出じゃないか」
「だからこそだ」
どういう意味だ、と皆の視線がツカサに向いた。誰もが通訳を求めているのがわかり、ツカサは間違ってもいいから言ってみた。
「…えっと、そうだな、…自分で、考えたい、やりたい? 毎回、怪我してるし…」
あぁ、うん、近いような気がした。
そうだ、ラングは常に自分で決めて、自分で歩んで、結果を受け止めてきた。セルクスが大怪我を負ったのもセルクスの選んだ結果だが、既に一度や二度ではないだろう。
自分が愛する人を失ったからこそ、妻子がいるというセルクスの家族へ配慮をしたのだ。そういうわかりにくい優しさをみせる人でもある。
それに、ラングが自分を神の下に置かないのはあの日知ったことではないか。
「ラングは神の僕じゃないから」
ちらりとそちらを見れば表情こそ変わらないが、否定もしないラングの沈黙があった。
ツカサはぎゅっと拳を握り締め、頷いた。
「相手が神だろうと、戦うと決めたからには戦う。俺はラングの背中を蹴って、守って、隣に並ぶ」
へへ、と笑ったのはアルだ。
「なんだかんだ神様に振り回されてるし、もうそろそろ主導権は返してほしいよな」
【異邦の旅人】は頷き合った。
セルクスはゆっくりと藍色の目を伏せた。口元には嬉しそうな微笑を浮かべ、机に手を突いてそっと立ち上がる。
「ならば人の子よ、死の誘いを担う我が名において、最後に一つだけ伝えておこう」
同じようにゆっくりと開かれた目が全員を見渡した。
「死が汝らの頬を撫でるその時まで、たとえ苦しみがあろうとも、確かにその胸で感じる幸せを糧に、生きるのだ」
右手に乗った宝玉を握り締め、開く。さらりと細かな粒子となった宝玉は一節の美しい音色を奏で、天井を目指し、ぱぁっと降り注いだ。
それを追った視線を戻せば既に時の死神の姿はなく、光の粒子だけが残っていた。
ツカサは自分の肩を撫で、握り締め、それから自然と頭を下げていた。
微かな音色の余韻が消え去って顔を上げ、ヴァンが切り出した。
「【快晴の蒼】はオーリレアの冒険者ギルドを収めた後、まずは各地に散っている二軍以下すべての軍と調整を行う。私はそちらへ注力せねばならない。【空の騎士軍】の各部隊長はこの後軍議を行うので協力を頼む。【真夜中の梟】は先ほどの申し出、有難く受けさせていただきたい。軍議が終わるまで暫く時間がほしい。それから、【異邦の旅人】の三名」
ザッと軍人たちが並び、軍式の礼を取った。その先頭で軍師は右手を差し出した。
「任せた」
「いいだろう」
軍師の手を強く、短く握り返し、ラングは手を引いた。
「お前たちはそれで構わないか」
「何度も言わせるなよ、リーダー」
「そうだよ」
アルと、ツカサに言われ、ラングはふっと息を吐いた。
おい、とシェイが呼んだ。
「いろいろまとまったところで悪いが、話がしたい。…できるなら、ラングとサシでな」
いつぞやエフェールム邸でもシェイは同じことを言った。その時よりも気を遣う言い方に何か嫌な予感がした。つい、ラングの胸板を見遣ってしまった。
今はマントそのものを羽織ってはいないが、同じように胸当てもない。マントの一部は胸を貫かれた際に穴が開き、ラングはそれを繕っているのだと言っていた。あの銀糸の蜘蛛の糸で一針一針修復しているのだろう。
何故だか喉の乾燥を感じて、んん、と喉を鳴らしただけなのだが、それが場を動かした。
「聞かせにくいことか」
「あんたの体のことだ」
「なるほど」
ラングは顎を撫でて思案した後、ツカサとアルを見た。
「残れ」
言われた言葉に驚きながら、それでもここにいろと引き留められたことが嬉しい。ヴァンは他の【快晴の蒼】と【真夜中の梟】を廊下へ促し、最後にシェイに向かって頷き、扉を閉めた。
いまだ黒い雨がぱたりと窓を叩き世界を汚す。それが命の成れの果てとしても、到底美しいとは思えなかった。
あぁ、これも【変換】しなくてはならない。どうやって、どういう【変換】をするのか。ツカサには答えが出なかった。
ふわんと自分を通り過ぎていく感覚に防音の宝珠が起動されたことがわかった。
シェイは背中に枕を置いて壁に寄り掛かり、胡坐をかいた。
その姿は天幕の中、運命を告げるジプシーのような神秘性があった。この人はどこか人間離れしているものがあるのだ。
「これから進もうって時に、悪いな。だがあんたにとっちゃ大事なことだ」
「構わん、話せ」
一度瞑目、次に開けばシェイの左目は金と、金の混じった透明な紫のような、時に水色を映しながら煌めいた。その目を怖くて、綺麗だと思った。
「あんたの体に入ったものを理解しているか?」
「ツカサがヴァロキアで持っていたファイアドラゴンの心臓だと聞いた」
「その通り、そしてそれが上手いこと収まっている。ツカサの【変換】であんたの体に合うように変えているからだ。礼を言っとけ」
シェイは一度そこで言葉を区切り、じっとラングの胸を見つめ、そこから全身を隈なく調べた。
暫くして、ふーっと深い息を吐いて壁に後頭部を預け、諦観を浮かべた表情にツカサはアルと顔を見合わせた。何か、まずいのだろうか。
「あんたに蹴り飛ばされる前、俺はツカサに尋ねた」
「あ…、人の心臓に、変えたかって」
「で、変えたのか?」
「…無我夢中で、水の属性に、ラングに合うように、と、考えたことだけは覚えているんだけど。思い出してみても、やっぱり変えて、ないと思う。ラングにも謝ったけど…」
「結論から言えば、それはドラゴンの、竜の心臓のままだ」
「ドラゴンの心臓ねぇ」
やはり想像がつかないのだろう、アルはラングを頭の先から足の先まで確認し、腕を取って撫でて振り払われた。
ふーっと一仕事を終えた体で額を拭いながらアルが言った。
「鱗とかはないな」
「いや、たぶんそういうことじゃないんだと思う」
笑ってしまって、アルになんだよ、と睨まれる。ドラゴンの心臓などというものはダンジョンにドラゴンがいたとしても、本当にファンタジーだ。ツカサだって故郷の知識がいろいろなければ同じようにしていたかもしれない。
ラングはアルにそうされて改めて気になったのか自分の腕を眺め、撫で、首筋を確かめた。肌の変わりがないか、脈があるかを確認したのだろう。肩を竦めて小さく首を振った。
「何も変わりないが」
「俺も初めて見たもんだし、初めての事例だ。これは本当に俺の所見になる、参考でいい」
「くどい、話せ」
「…あんた、長い人生は、耐えられるか?」
ツカサがぽかんとしてしまった。
アルは首を傾げ、ラングは本当にゆっくりと腕を組んだ。
すー、ふぅ、とシェイは深く息を吸ってから古い物語を語った。
「これもまた魔導士の口伝だ。魔導士という生き物はこの世界のはみ出し者なだけあって、何か書物に遺そうだとか、後世のために、なんてことは考えない。書物に書き記し遺そうと考えたのは、ここ二百年程度。ダンジョンが生まれ、魔導士の在り方に変化が起こってからだ。もっと、ずっと昔からある物事や大事なものはすべて胸に秘められていることが多い」
はるか昔、遠い昔、世界各地に国が成り立つより前、世界は旅人を愛していた。
今は地を走るコアトルは高く飛び、今は伝達竜と呼ばれるニルズは声を人に届けていた。
そして古の知識、竜がそこに生きていて、大地の実りを創り出していた。
人は敬意を払い、竜は慈愛を返し、命はそこで満ち溢れていた。
「――― そう、かつては竜がいた」
シェイは預けていた頭を元に戻し、ラングを見た。
「だが、人の手で殺された」
「…不老長寿、不老不死?」
「ツカサ、なんて?」
ツカサの呟きを拾おうとしてアルは思わず腕を伸ばした。ツカサが倒れそうなほど真っ青になっていたからだ。
そっと背中に当てられたアルの手が温かくて思わず寄り掛かってしまった。
「人は強欲な生き物だ。慈愛を受け育まれ、大地の実りと生だけでは満足できなくなった。そうして行きつく先は、お前の世界でも同じようだな」
「ふろう、なんて?」
「不老長寿、不老不死。長い生、もしくは老いず死なずだ」
ようやく思い至ってアルの手からも温もりが消えていく。
「だがどうなるかはわからねぇ、俺も初めて目にしてる。太古の昔、竜を狩って殺してその血を、心臓を、肉を食らった奴が永遠に生きた話は残っていない」
「でも、ラングは状態が違う…でしょ?」
「そうだ。自然発生した天然の竜でなくとも、確かに生きているドラゴンの、竜の心臓をそのまま体に、その血肉になっている。肉体こそ大きな変化はないようだが…」
シェイの目が難しそうに細められ、やがて眉間を揉んで瞬きをした。
「紛い物と言えなくはないが、少なくとも、人の一生を三倍は生きると思う」
この世界の寿命がどれほどのものかわからないが、四十代で冒険者を辞し、余生を過ごすような場所だ。そう考えてもラングは百五十年は生きるというのか。
人生百年時代と呼ばれていたツカサの故郷であればこそ、たった五十年と思わなくはない。ただ、ラングはそれをどう受け止めるのだろうか。
「ちょうど旅をしたい、世界を見て回りたいと思っていたところだ」
かつて夢見師・アイリスに時間を渡された時、それを返そうと世界を越えた人が言った言葉に息を吸った。
腕を組んだまま、ラングはシールドの中で視線をツカサに向けた。
「なんだ、そんなに驚くことか?」
「だって、ラング、時間とか、うるさいから」
ふっと零れた息を聞いて、泣きそうになったのは何故なのだろう。
アルはうーん、と唸った後、うん、と一つ頷いてから明るい声を出した。
「とりあえずさ、今すぐ何かがあるってわけじゃないんだろ? ラングがどれくらい生きるかも結局わかんないしさ。じゃあ生きられるだけ生きればいいだろ」
アルがあっけらかんと言う言葉は不思議と答えになっていることが多いな、と思った。
ラングは肩を竦めて返した。
「そのつもりだ」
脱力感が襲ってきてシェイの隣のベッドにどすりと座り込んでしまった。ラングにどうしてくれるんだと言われたらどうしようかと思っていたが、本人はそれを受け入れて変わらぬ在り方でそこにいてくれた。
いつだってその泰然自若な姿に救われている気がしてならない。
ほうっと肩から力を抜いたのはシェイも同様だったらしい。自分の手で繋いだ心臓が人の一生を狂わせる、その危険性を知っていたからこそ、今この時の会話には覚悟を持って臨んだのだろう。
「まぁ、故郷で生きるのが辛くなったら、逃げ場はここにもあると覚えておけ」
「留意しよう」
「どういうことだ?」
アルがそれを逃さず問えば、シェイはまたとんでもない秘密を明かした。
「俺の左目、特殊だろ? これは代々世界を見守る者が引き継いできた目だ。この目を持つ魔導士は後継者を見つけるまで長い時を生きる。少なくとも、ラングが生きている間は友でいられるだろうぜ、なにせ師匠は四百年かけて俺を見つけたからな」
「その師匠とやら、世界を見守る者・デラ・リスタはリーマスの友だ。私のシールドを作り上げた張本人でもある」
ちくしょう、ついていけるか。
ツカサはそっと、目を閉じた。
次回更新後、少し秋休みをいただきます。
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