4-34:ロナとマーシ
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ヴァロキアの新体制はスムーズな滑り出しだった。
この日のためにサスターシャが根回しを徹底したこともあり、大きな混乱もない。
幸か不幸か迷宮崩壊で結果を出したカダルに対しての評価も人気も上々。大変な最中、お互いに寄り添うような姿を見せていたのもよかったのだろう。実直に冒険者をしていればこういった幸運にも手が届くのだと、夢を見せることが出来たのも大きい。
王配として忙しい日々を送るカダルとは容易に会えなくなった。エルドも冒険者ギルドの仕事を覚えたり、他拠点のギルドマスターたちとの魔道具を利用した会議が多く、顔を見られない日々が続いた。
王都マジェタがお祝い一色のうちにロナとマーシは旅に出ることに決めた。忙しいところに時間を割かせるのも嫌で思いの丈を綴った分厚い手紙を冒険者ギルドの受付に預け、カダルから譲り受けたアイテムバッグに食料や必要なものを補充して準備万端。最後の夜を酒なしで過ごすことにした。
「オルト・リヴィアって遠いんだなぁ」
「そうですね、フェネオリア、ガルパゴス、アズリアからさらに海を越えてですもんね」
果実水とミノス肉、移動中新鮮な野菜がどれだけ食べられるかわからないので野菜炒めとポタージュのよくあるメニューを頼み、それをテーブルの端に寄せながら二人は地図を開いていた。マジェタから国境都市キフェルを目指し、ツカサが辿ったのと同じ道を行く予定だ。
ツカサからの手紙は船に乗る、を最後に途絶えていた。スカイから手紙を送るには時間が掛かるため、こちらに届いていないだけかもしれないが、見たこともない海で何かあったのではないかと心配にもなっている。確認しようがない今、無事であると信じて行くだけだ。
「途中ダンジョンどうする? 俺はオルト・リヴィアのダンジョンのほうが興味あるなーって感じ」
「僕は移動を優先したいなぁ、と考えてます。アズリアは真っすぐに抜けたほうがいいでしょうし、正直手持ちは余裕なんですよね、エルドさんとカダルさんからも餞別にってかなりのアイテムと額を譲り受けましたし、王家からも功労者にって報奨金が配られて…」
「今回のことで四十辺りの奴らは引退多いらしいもんな」
「そうですねぇ」
しみじみと果実水を啜り、一息。改めて地図を眺めた。
「マジェタからアズリアの港までどのくらいなんだろうな」
「街での滞在日数が二日ほど、移動は乗合馬車を使う、ということであれば、だいたい三か月程度、というのがゲイルニタス乗合馬車組合の見解でしたね。雪が少ないうちにファネオリアを抜けて、ガルパゴスまで行ければもう少し早いかもしれないとか」
「ツカサはダンジョン攻略してて時間かかったんだっけ」
「そうみたいです」
マーシはふぅと頬杖を突いた。
「ロナ、そろそろ敬語やめねぇ?」
「あっ」
【真夜中の梟】のリーダーになった際、マーシから敬語は禁止、と言われていたことを思い出し、んん、と咳払い。
「気をつけるね、マーシ」
「がんばれよ、リーダー」
へへ、と笑い合うところに、ドン、と革袋が置かれて何事かと顔を上げれば、ギルドマスターと王配がいて二度驚いた。
「エルドさん! カダルさん!」
「なんだよ、水臭いぞ二人とも」
「声をかけてくれればいくらでも時間は割くさ」
「おいおいどうしてここがわかった?」
椅子にどかりと座って笑う二人に嬉しさが顔に出る。
「手紙を届けてくれた奴がここにいるだろうとな。全くお前らと来たら顔も見せないで出発するつもりだったのか?」
「初めての王配としての権力が【真夜中の梟】の追跡なのは困るんだが」
ほれ、とエルドが革袋を押し付け、カダルがそら、と小箱を差し出してきた。顔を見合わせてマーシが革袋を、ロナが小箱を受け取る。革袋は両手から少しはみ出る大きさ、箱はロナの片手に収まるサイズだ。
「なにこれ、開けていいのか?」
「おう、開けろ開けろ」
マーシが革袋を開ければ中にはたくさんの素材が入っていた。今まで倒してきたようなものから、触ったことのない革や毛皮、角やよくわからない様々なものだ。これだけの量を収められるということは、この革袋もアイテムバッグなのだ。
これが何かと問うように顔を上げればエルドが苦笑を浮かべて顎で革袋を指した。
「押し付けるようで悪いんだがな、旧【真夜中の梟】が今まで溜めてた素材だ。お前らが合流する前から、ずっとな」
「ジュマの迷宮崩壊の素材もあるってことか?」
「そうだ。結局出すに出せず、使うに使えず。ただまぁ、後生大事に抱えておくわけにもいかないからな、悪いが必要な時に使ってくれ」
「…いいのかよ?」
「カダルともそう決めた」
カダルが頷いて返し、マーシは革袋をぎゅっと掴んだ。姿勢を正してロナが小さく頭を下げた。
「必ず役立てます」
「そんな気負うようなもんでもねぇさ、道中でばらまいてやってくれ」
「任せとけよ、そいで、こっちの箱はなんだよ?」
ロナが大事に持っている小箱を指さしマーシが首を傾げた。カダルは二人分の酒と食事を頼んで、ゆっくり持ってきてくれと依頼してから小箱を指で叩いた。
「通信の小箱と言って、情報のやり取りが出来る品だ。開けてみろ」
ぱこりと開ければ中に紙が入っていた。カダルはもう一つの小箱を取り出し、中に入っている紙に文字を書いた。
「そっちの紙を開いてみるんだ」
「わぁ」
中には見慣れたカダルの字で【秘密の話をしよう】と書かれていた。ロナは唇を閉じてカダルを見遣った。その手元を覗き込んでマーシは口を手で押さえて頷く。カダルは声を潜めた。
「王家にある数少ないレアドロップ品らしい。ロナに渡したほうは紙で情報を受け取れて、俺が持つこちらはロナたちの声を聞くことが出来る。こちらの小箱に入っている紙に文字を書くと、ほら、さっきとは文字が変わっただろう」
「すげぇ! ということは」
「離れていても、定期的に連絡を寄越せよ。お前たちはまだまだ心配だからな」
微笑を湛えたカダルにじわりと目頭が熱くなった。こんな貴重なものをくれて、海すら渡ろうという二人と変わらぬ関係を続けようとしてくれることが嬉しかった。
「でも、貴重なものなんですよね?」
「これは下賜だから受け取らないと不敬罪で捕まえるぞ、と言っていた」
「女王陛下…」
戦装束に身を包み、悪戯に笑うサスターシャの姿が瞼に浮かびロナは胸に手を当てた。サスターシャが共に最前線で戦ったロナとマーシへ配慮をしてくれたことが有難い。
エルドはくしゃりと二人の頭を撫でた。
「俺たちは海を渡らねぇ、だからいろいろ聞かせてくれよ。海の話も、その先の悪魔の国の話も、ラングの旦那やツカサのことも」
「はい…!」
「どちらも譲ったアイテムポーチに入るだろ、小箱のほうは絶対に無くすなよ」
「大丈夫、ロナに持ってもらうからな!」
「あぁ、最初からマーシに持たせる気はなかった」
「おい!」
わはは、とエルドが笑い、顔を見合わせて四人で笑う。目元を指で拭って落ち着いた頃合いを見計らって酒が来た。もちろん、これはエルドとカダルの分だ。
「新しい【真夜中の梟】の前途を祝して」
「王都マジェタのギルドマスターと王配を祝して」
木製のコップが温かみのある音を立てた。
――― 翌日、見送りは寂しくなるからと断って出門手続きをした。
予約していた乗合馬車には帰郷する冒険者や素材を仕入れた商人が同乗していた。ガタゴトいうのは変わらないが遠くなっていく王都マジェタの城郭に郷愁を感じるのは滞在期間が長かったからか、大変だったからか。きっとどちらもなのだろうと思い、見えなくなるまで眺めようと顔を上げた。
ふと、城郭の上に見慣れた姿を二つ見つけ、思わず手を振った。大きく手を振り返してくれる人と、小さく手を上げて応えてくれる人。腕が痛くなっても見えなくなるまで手を振り続けた。
王都マジェタに着いてから城郭の外に出るのは魔獣討伐の時くらいで、道を走るだけで久々だった。
キフェルまでの道中の安全はすでに確保されていて道も柵が建てられたりとわかりやすくなっていた。
迷宮崩壊が終わったことを受けて商人が活発に動くせいだろう、途中物取りを目的とした盗賊の襲撃に遭った。乗り合わせた冒険者とマーシが、頑張った成果を横取りする不埒者めと血気盛んに襲い掛かり返り討ちにし、逆に荷物を奪ってやった。きつく結ばれて道端に取り残された盗賊は見回りに来た兵に見つかるか、生き残った魔獣の餌になる。
数日後キフェルには無事に到着、【異邦の旅人】の武勇伝を肴に少しの酒を楽しみ、馬車続きだった体を休めた。フェネオリアのことを調べ、小箱を開いてカダルに報告し、窓から夜空を見上げた。
「楽しみだな、どんな旅路になるんだろう」
ロナは夜空に目を細めて明日の楽しみに備え早めに休んだ。
――― 楽しみに心躍らせ入国したフェネオリアの旅路はとても辛かった。
国境都市キフェルを抜けてすぐ、山で気候が変わったのかしとしとと雨が降り続き、湿気が二人を苦しめた。そしてそれにダウンしたのはマーシの方で、エイーリアに着いた際、煎じ薬を教えてもらった。三脚コンロを購入し、考案者の名前にふふ、と笑いながら、その後かなり活用させてもらうことになった。
こうして経験をするとヴァロキアの気候が如何に過ごしやすかったのかを痛感した。雨は少なく、山々の抱えた水が川となって国中に注がれていて、今のところ枯れたこともない。冬場は雪が降るのでそれが一年を通し雪解け水になるのだ。毎朝、毎晩の煎じ薬はマーシにとって苦痛な習慣だった。
早いところ抜けたほうがいいだろうと宿の滞在日数を減らして乗合馬車での移動を優先することにした。
途中、入門税を支払う際に【真夜中の梟】の名前で驚かれることもあった。金級パーティとして知られる【真夜中の梟】が二人だけなことはある程度の噂になった。【異邦の旅人】が二人で旅をしていたこともあって、もしやと問われることもあった。その際は素直にギルドマスターと王配に収まったことを伝え、違う話題性を呼んだ。
フェネオリアの王都オルワートでは少しだけ不穏な噂話も耳にした。第三王女が冒険者として王籍を抜けたあとも、第三王女であることを名乗っているらしい。しかもその王女はダンジョンを求めヴァロキアに行ったという。ヴァロキアで聞いたことのない噂にマーシと顔を見合わせ、ロナはその日の夜、カダルに報告をした。カダルからは調べると返事がきたので任せることにした。ヴァロキアを出ているロナたちには噂を伝えることしか出来ないのだ。
フェネオリアとガルパゴスの国境が近づけは湿気と雨から解放され、橋の様相で建てられた街を通るのは面白かった。
道中少しずつ、預かった素材を換金した。古くなってしまって素材としての価値を失っている毛皮もいくつかあった。時間停止機能がついていなければこうなるのも当然で、そういった素材は火にくべて弔いと着火剤にさせてもらった。時間による劣化はエルドとカダルの苦しい過去を垣間見るようで、煙を見上げながら少しでも軽くなりますようにと祈らざるを得なかった。
大橋の街ルフネールを越えてガルパゴスへの国境都市に辿り着く。ガルパゴスはフェネオリアと違い湿気が少ないと聞いてほっとした。
ガルパゴスの滞在は最も短く、あっという間にアズリアに行くことになる。
アズリアとの国境、ガルパゴス側のゲイルニタス乗合馬車組合に道を尋ねた。後ろめたいことがないのならば真っすぐに王都を抜けてから港を目指すことを推奨された。乗合馬車のルート自体も王都を目指すため、勧められたとおりのルートで行くことにした。
ヴァンドラーテを目指したいと言えば、前にも同じ港を目指していた冒険者がいたと言う。ツカサだ、と顔を見合わせて笑う二人にスタッフは少しだけ声を潜めた。
「ヴァンドラーテは海賊に襲われてすごい被害に遭ったらしいですよ、本当に行くんですか?」
「え!? それはいつ頃?」
「ちょうど新年祭の頃です、浮かれていたところを狙われたんじゃないかって。商人とうちの組合員の噂ですけど」
「っていうとどのくらい前だ?」
「今が萌木の月の中頃のはずだから、三か月くらい前だね。僕らファネオリアをかなりの速さで抜けたし」
「ツカサから返事が消えたのも、そのくらいだよな?」
「やめてよマーシ、窓枠にいる妖精だってそんなこと言わないよ」
ロナに睨まれマーシはぽりぽりと頬を掻いた。ロナは女性に振り返った。
「今はどうなっているんです?」
「復興が進んでいる、とは聞いていますけど、船があるかはわかりませんよ」
「いいんです、僕たちが知ってる港はそこだけだから。だめならヴァンドラーテで別の港を教わります」
「そう、じゃあ、王都を通ってから緩やかに北上して目指すルートを地図に書いておいてあげますね」
「ありがとう」
印をつけてもらい時間料金を支払う。礼を言って席を立ち、次の人に場所を譲る。
足早に宿に戻ってマーシは剣を降ろすとベッドにどかりと座った。
「どういうことだよ、港が襲われるなんてあるのか?」
「わからない、僕だって内陸育ちだもの、詳しくないよ」
「まぁ、そうだよな、悪い」
ばふっとベッドに倒れるマーシと椅子に座って腕を組むロナの沈黙は暫く続いた。先になぁ、と声をかけたのはマーシだ。
「ロナは気づいた? ヴァンドラーテの名前を出してから見られてたよな?」
「うん、三人か四人か、宿まで見られてたね」
「あれなんだと思う? 俺はアズリアの諜報だと見たね」
「うーん、アズリアかなぁ」
「ロナの考えは違う?」
「いや、だってさ、マーシ」
腹筋を使って体を起こしロナに首を傾げて続きを促せば、腕を解いて唇に人差し指を当ててぼやく。唇に指を当てるのは考え事をしながら話すときのロナの癖だ。
「剣士のマーシならともかく、僕も気づくほどの視線と監視だよ? アズリアの諜報がそんな拙い真似するかなぁ」
「いやロナはカダルの英才教育があるだろ…、いや、うん、でも言われてみればそうだな。ロナは人数もわかったもんな」
「マーシは何人だと思ったの?」
「四人、そこまで合うのは確かにおかしいな」
ふむ、とマーシは再び剣を背負い、よっと肩を回した。
「とりあえず晩飯買ってくる。ロナはこれからどうするか考えといて」
「一人で大丈夫?」
「新【真夜中の梟】は俺が行動、ロナが計画、だろ? 飯の好みは俺が選ばせてもらうからな」
「いいよ、お酒はなしでね」
「はいはい」
んじゃ、と軽く手を振ってマーシは宿を出た。ばたばたと遠ざかる足音が消えてから、ロナは小さく息を吐いた。
「ツカサ、手紙が来ないのは遠いからだよね? 冒険者なんだからもしもがあるのはわかってても、不安だよ」
癒しの杖を握り締め、ロナは冒険の女神に祈りを捧げた。
暫くしてマーシが両手に食事を抱えて戻ってきた。
トウモロコシで作られた練り物や煮込み料理などガルパゴス最後の食事を楽しみながら話題は買い物中のことだ。
「接触してきた? あ、僕これ好きだな、美味しい」
「おぉ、来た。これ全部そいつらの金で買ってきた。それは牛の胃袋が煮込んであるやつだな」
「これ胃袋かぁ。何か言ってた?」
「アズリアかって聞いたら違うって。じゃあなんだって聞いたら、魔導士を勧誘したいだけのマナリテル教ときた」
「マナリテル教?」
おう、とマーシが頷き、ロナはトウモロコシ料理をもぐりと食べる。マナリテル教が人を勧誘するのはいつものこととして、人を監視するなんてことがあるだろうか。勧誘ならすぐにでも声をかけてこないとおかしい。
「勧誘以外で何か話した?」
「俺が剣士で魔法使えないって言ったらすっげーバカにされたかな。ムカついたからちょっとこう」
「ちゃんとバレないように縛って捨ててきた? 明日国境越えるまではバレたくないよ」
「ロナもすっかり染まっちゃってさぁ。大丈夫、ちょーっと被害者面して憲兵に差し出しておいた」
「そしたら今夜くらいは大丈夫そうだね、早朝に出ようね」
「はぁい」
ばくばくと料理を平らげていくマーシに笑いながら、ロナはマナリテル教か、と胸中で呟く。
ラングがヴァンドラーテに着いた、と端的な手紙を送ってきた際、カダルが少し難しい顔をしていたのを思い出した。
ラングは短い文章の中、マナリテル教を警戒するように書いていたのだ。アルの補足文がなかったそれは詳細がわからず首を傾げるだけだったが、今回のことで少し考え直す必要がありそうだ。
「ロナ、ロナ」
「なぁに、マーシ」
「飯が冷めるよ、考え事はあとにしたら?」
「あ、そうだね」
ほら、と勧められてロールキャベツを食べる。美味しい。
「ヴァンドラーテに行くまで、ヴァンドラーテの名前を出さないようにしようね」
「ん? おお、わかった」
なんで、どうしてを聞かないのはラングの方針を見てきたからだ。ツカサへの教育と特訓は二人の意識も成長させていた。どうしてなのかをマーシも考えるようになったのでこれにはカダルが有難いと笑っていたことも思い出した。
マナリテル教のこともカダルに報告し、明日に備えることにした。
――― 早朝、挙動不審にならないように注意しながらアズリアへ入国した。
さっと乗合馬車に乗って王都を目指し、国境都市を離れた。
道中少しだけ盗賊に襲われたが他の冒険者とマーシが頑張った。もちろん、ロナもだ。
癒し手が狙われるのはいつものこと、剣を向けられたロナは杖をゆっくりと向けてえいやと呟いた。
バコンッと土壁が前を遮り盗賊が激突する。側面から襲い掛かってくる盗賊は軽く杖で顎を殴り飛ばした。
「癒しの杖って名前」
「敵対するほうが悪いんです」
「ロナもラングの旦那とツカサに会って変わったよな」
「生き残るために様々な術を身に着けただけ!」
不満だと言いたげにロナは頬を膨らませ、手の中で杖をくるりと回し向かってきた男の顎をまた軽く殴る。脳が揺れてふらりとたたらを踏む盗賊をさらに上から叩いて地面に倒せば、震える手で商人が縛り上げた。
ふいと杖を振ればそちらには石の塊が飛んでいく。重い音を立てて盗賊の手足を砕く音に眉も顰めなくなった。
「昔のロナの初心さが恋しい」
「最前線で戦い続けて、わぁー怖い怖いなんて言ってられないでしょ。カダルさんからは襲ってくる人間は魔獣と思えって言われたじゃない」
「そうなんだけどさぁー! お前どう思う?」
尋ねられた盗賊は知るかよ、と呟いて項垂れた。盗賊はアズリアの法に基づいて処置を依頼した。どうなるのかと問えば、盗賊は死罪一択、縛り上げた一行は乗合馬車に引きずられるようにして近隣の街まで連行された。
そんな道中をのらりくらり過ごせば王都までそうかからなかったように思う。
堅牢で常に戦争に備えた城郭は緊張感を下っ腹に与え、マーシは剣の柄を一度だけ強く握り、ロナは癒しの杖を両手で握り締めた。その姿が感動に打ち震えているように見えたのなら良いのだが。
入門税を支払い中に入れば、思ったよりも賑やかで変わらぬ人の生活が見えてホッとした。さくりと宿を取って目指したのは冒険者ギルドだ。ここでどうしても会いたい人が居た。
「お待たせしました。カシア・ルノアーと申します」
冒険者ギルドの酒場で果実水を手に喉を潤していれば、動きやすい清潔な服を着た青年が現れて挨拶された。立ち上がり胸に手を当てて礼を尽くす。
「突然すみません、【真夜中の梟】のリーダーのロナです」
「俺はマーシ」
「お会いできて光栄です。お噂はかねがね、ヴァロキアの金級冒険者パーティですね? しかし、お二人ですか?」
「メンバーが卒業して、今は二人なんだ」
「なるほど、そうでしたか。あっと、すみません、お話があるんですよね、場所を変えましょう」
「助かります」
丁寧な案内に従い、ギルドの会議室を借りて入る。扉が閉まり、向こう側に誰もいないことをマーシが確認してから頷く。
「ツカサとラングさんのお知り合いですよね、カシア・ルノアーさん」
「はい、そちらはツカサさんの友達のロナさんと、マーシさんですね。ツカサさんから聞いています。いかがしました?」
「ヴァンドラーテのことは聞いてる?」
ルノアーはちらりとドアの方を見遣り、マーシが大丈夫だと再び頷くのを見てから再びロナに向き直った。
「現在はある程度復興がされています。住民が逃げる際に船を利用したこともあって、船も大半が無事だとか。けれど、今は避けた方がいいです」
「それはどうして? スカイへの船がないから?」
「いえ、そうではなく、今行くと敵じゃないかと疑われるそうでして」
「あぁ、受け入れる側の心がまだざわついてんだな」
「そのようで。でも、ラングさんたちの知り合いということであれば、もしかしたら」
ルノアーは腕を組んで思案し、暫く顔を上げなかった。もしかしたら、の先が気になり、ロナとマーシは黙って続きを待った。
「…お二人を、斡旋しても?」
「斡旋?」
「私、冒険者と商人を繋ぐ斡旋業を営んでおりまして、一つヴァンドラーテまで行く隊商があるんです。その護衛についていただけるなら、スムーズに移動できるでしょう。ヴァンドラーテの方々と顔なじみの商人ですし、街にも入れます」
「入れたあと、船を探せるかはこっち次第ってわけだ」
「そうなります、どうでしょう?」
「そこまでしてもらえたら十分です、お願いします」
さくりと話がまとまって握手をする。ルノアーは手を離すとそのまま胸に当てた。
「あの、もしラングさんとアルさんに会えたら伝えていただけませんか」
「何を伝えればいいの?」
「カシア・ルノアーは良い商売を続けています、と」
それだけを伝えれば何かが通じるのだろう。ロナはわかりました、と頷いて依頼を受けた。
準備が出来るまで二日ほど体を休め、斡旋された商人の馬車について出門。長であるルノアーの見送りはなかったが、腹心だという少女が丁寧に門まで見送りに来ており、手紙をロナの手に忍ばせた。
出門して暫く、周囲の緊張感が薄れた頃合いに手紙を開けば、話しきれなかったツカサとした会話の内容や、ラングやアルのことが書かれていた。
この道を同じようにあの人たちが行ったのだと思うと、それだけで嬉しくなる。
「もうすぐだな」
「うん、もうすぐだね」
護衛をしている馬車は遠く想像の中できらきらと光を反射させる大きな湖、海を目指して進んでいった。
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