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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
終章 異邦の旅人

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4-33:ヴァロキアの再興と過去

いつもご覧いただきありがとうございます。



 少し時を戻り、その日、ヴァロキアの王都マジェタは歓喜に沸いていた。


 ようやくダンジョンが正常化され、迷宮崩壊(ダンジョンブレイク)に終止符が打たれた。二年近くにも渡り対応に追われたギルド関係者も、王室関係者も心から互いへ賞賛を送り合った。

 壊された城郭は新しく、死者へは追悼の意を、生者にはこれからの未来を、女王となったサスターシャは朗々と語って見せた。

 陣頭指揮を執り続けたサスターシャのリーダーシップは全国民に広く知れ渡り、ダンジョン正常化の声明を出すこの日、彼女は女王として即位した。

 父王は最愛の娘の成長に目を潤ませ、苦労をかける、と囁きその王冠を娘に被せた。

 王笏を手に民へ己を示すサスターシャの横にはカダルが立った。正装に身を包み髪を梳かれ、冒険者としてではなく王配として佇む姿にエルドは込み上げるものを堪えきれなかった。

 

 カダルは上手に外堀を埋められた気持ちでいた。

 サスターシャへの気持ちはもちろんあったが、周囲が囃し立て、サスターシャが既成事実を以てして逃げ腰なカダルを捕まえたのだ。

 エルドが貸します、と言ったあの後、場所を酒場からサスターシャの宿に変え、ただ愚痴や弱音を聞いて慰める気でいたカダルを襲ったのはサスターシャの方だ。婚前交渉など本来許されるものではないだろうに、とカダルはすぃと遠い眼をして晴れた空を見上げた。魅力的な女性があれよあれよという間に乱れていく様を思いだし、僅かに頭を振る。凛然と立つ女性の違う一面は男を興奮させるものがあった。自身にそういった感覚があったことに驚きつつ、ラングには情けないと言われるか、祝福されるか、残っている圧倒的な存在感に思いを馳せ、視線を戻した。

 冒険者は廃業、これからは彼女を支えるのだとカダルはサスターシャに目を細めた。


 迷宮崩壊(ダンジョンブレイク)を発生させた張本人のシュンは行方不明、グランツは危険とわかりながらクラン攻略を許可した責を問われ、ギルドマスターの座を辞し、財産を賠償金として没収されている。

 【レッド・スコーピオン】のメンバーは一部シュンの被害者という立ち位置に収まり、無罪とまではいかないが情状酌量となってランク降格処分、今後のヴァロキアでの活動では五年間納品や報酬が今までより二割引かれることで長期賠償にあてる方針となった。

 一番責任を取らせたい男がどこにもいなくなってしまったことは、サスターシャの心にしこりとして残ってしまった。


 【真夜中の梟】はロナをリーダーに、マーシと二人のパーティに名を譲られた。ロナがリーダーなのはマーシに財布管理が出来ないからだ。酔いに任せていいぞパーティ加入しろよと言ってしまう可能性もあり、一度も検討もされないうちにロナに決まった。マーシに異論はない。エルドはグランツが辞した空席を埋めるために収まり、副ギルド長に教えられながらのスタートになった。

 ジュマのギルドマスターは祝福と恨み節半々で【真夜中の梟】に手紙を寄越してきた。ジュマの金級が【銀翼の隼】だけになってしまうのだから仕方ない。功績を鑑み、ロナとマーシは金級に上げられているので【真夜中の梟】が金級パーティであることは変わらなかった。


 今回の迷宮崩壊(ダンジョンブレイク)で若手も育ちはしたが、攻略の練度が上がったわけではない。稼いでしまったがために羽目を外さないよう、エルドやカダルが声明を発表していなければ死者はとどまるところを知らなかっただろう。

 意外なことにアルカドスもまた後進の者へ声をかけるようになった。ぶっきらぼうで粗野なところは変わらないが、忠告する内容はエルドが言うのと変わらず、その変化には仲間も驚いていた。

 恐らく、その影響の元は【真夜中の梟】の世代更新と【異邦の旅人】のツカサに押し付けられた少女たちにある。



 ――― また少し時を戻り、未だ迷宮崩壊(ダンジョンブレイク)中、ツカサの紹介状を握り締めて辿り着いた王都マジェタ。

 賑わう冒険者と、チャンスがあちらこちらに転がっている状況にタチアーナとベルベッティーナは大興奮だった。ここでなら冒険者として一旗あげられる、経験を積める、もっと早くくればよかったという後悔も浮かんだが、頭から追い出した。

 まずは冒険者ギルドでツカサの書状を差し出して内容を確認してもらい、明日もう一度来てくださいと言われて赴けば、そこにいたのは優しそうな顔をした青年だった。

 白いローブに良い杖、柔らかな微笑を湛えた青年に年頃の少女が赤面してしまうのは必然だった。


「ツカサの紹介状を持ってるって聞いて、君たちが元【微睡みの乙女】?」

「は、はい! タチアーナといいます!」

「私、私はベルベッティーナ、です」


 あわあわと髪を整え裾を直しながら自己紹介をすれば、ふふっと笑う音が心地良い。はわぁ、と声が出てしまいそうなほど少女たちはうっとりと青年を見つめた。


「僕は【真夜中の梟】のロナ、君たちの案内をさせてもらうよ」

「【真夜中の梟】って、金級の」

「歩きながら話そうか」


 オルワートとは違うざわめきの音に心臓がどきどきしていた。ここからが冒険者として始まりなのだと思うと、少女は二人手を繋いでロナのあとをついていった。

 やぁロナ、と声を掛けられるのにも丁寧に会釈しながら進む背中に憧れが募る。道中、ツカサとどうやって知り合ったのか、今回紹介状を渡された経緯を尋ねられ、素直に答えた。

 ロナはツカサの話に懐かしそうに目を細め、経緯には大変だったね、と苦労を分かち合ってくれた。道すがら屋台の食事も奢ってくれて、大口を開けるのが憚られて随分お行儀よく食べてしまった。ミノス肉の串焼きはおかわりしたいところだったが、乙女の気持ちがそれにストップをかけた。

 しばらく行けば前線基地に着いた。魔獣暴走(スタンピード)初期、簡易的な天幕だったそれは建物に変わり、すっかり冒険者ギルド出張所だ。中に入ればこちらもまた賑わっていた。

 

「おお、来たか!」


 大きな声で大柄な男性が手を振った。ロナがそちらへ合流したので少女たちもついていく。


「この子らがツカサから頼まれた子たちか」

「マジェタへようこそ」

「ようこそ!」


 少女しかいないパーティだったもので、男性の色香にくらくらきてしまった。ロナの柔らかい雰囲気、エルドの雄々しい雰囲気、カダルの静かな雰囲気、マーシの明るい雰囲気。フェネオリアの湿気とは違い、からりとした男性陣の様子は目新しく映る。

 そして何より身綺麗なのが良い。年頃の少女が様々な期待に胸を躍らせてしまうのも仕方のないことだった。

 だが、その期待は早々に打ち砕かれる。


「おい、アルカドス」


 エルドが呼べば向こうで仲間と話している大きな剣を背負った赤髪の男が舌打ちを交えながら近寄って来た。ぞろぞろと連れ立ってくるその仲間たちは苦笑を浮かべている。


「ツカサからの依頼だ、頼むぞ」

「なんで俺たちが」


 少女たちは絶句した。自分たちが【真夜中の梟】と冒険出来るのだと思った矢先、別のパーティに渡されるのだ。素直にショックだった。


「仕方ないだろう、うちには女手がないんだ。そっちにはベテランのミリアムとマチルダがいる、女冒険者の在り方を知るには良いだろう」

「そうは言ってもさぁ、その子たち、あんたらと行動する気満々だったみたいだけど」


 マチルダがちらりと少女たちを見遣る。視線を集めてしまい、タチアーナとベルベッティーナは目が泳ぐ。マーシが頭の後ろで腕を組んだ。


「いやぁ、俺ら女子と行動は無理だよ。何気遣えばいいのかわかんないし」


 はっきりと言われ再び言葉を失う。確かに、男所帯の【真夜中の梟】より【銀翼の隼】の方が冒険者女子あるあるを教えてもらえるだろう。それに、パーティメンバーも女性ありきで行動を調整しているところがあるので慣れている。

 言わんとすることはわかる。ただ、イケメンと行動出来る機会を失うのだということが嫌だっただけで。

 別に【銀翼の隼】がブ男の集まりだと言っているわけでもない。厳めしい顔をしているが人によりアルカドスが男らしいという人もいるだろう。剣士らしい出で立ちの男は思ったよりも目元が優しく、遊撃手らしい男はひょろりとしているが鼻筋は通っている。魔導士だって少女たちにすればかなり年上で垂れ目だがそれを好きな人もいるだろう。

 最初に関わった冒険者が礼儀正しい青年、次が柔らかな【真夜中の梟】という雰囲気の順番だけが良くなかった。

 思ったよりも目元が優しい近接のレイドラントが苦笑を浮かべて前に出た。


「高齢のミデラーが魔導士と癒し手の兼任だからな、幅を広げるのにはありだと思う。魔獣暴走(スタンピード)も前ほどの波はなくなったし、面倒みる余裕はあると思うぞ、リーダー」

「まだ四十になったところだから高齢とは言われたくはないが、違いない、治癒魔法含め魔法に関しては俺が見てやってもいい」

「女の子仲間は欲しいとは思っていたけれど」


 ミデラーとミリアムも続き、ちらりとアルカドスを見る。ずばりと遊撃手のジャシャルが言った。


「というかあれだろ、前にアルカドスがしでかしたことの貸しを返せってことだ。諦めろよ」

「クソが!」


 ガン、と近場の椅子を蹴り飛ばしたアルカドスに一瞬辺りが静まり返る。が、中心にいるのがアルカドスとわかれば皆が元通りだ。少女たちはびくりと震えた姿のまま固まっている。


「でかい借りを作ってるからな」


 エルドが鼻で笑えばアルカドスは今にも斬りかかりそうな顔でそれを睨んだ。何があったのかを知らない二人にマーシがさっくりと話した。

 話の中心はアルカドスの剣戟を耐え続けたツカサと、助けを求めて駆け込んだエレナ、それから一番はラングのことだ。ヴァロキアの冒険者であれば誰でも知っているそのエピソードは国境都市キフェル近隣の魔獣の死体も相まって、勝手にラングという男の人物像を上げてしまっていた。今や吟遊詩人が詩にもしているくらいだ。

 少女たちもオルワートの冒険者ギルドで聞いたことがあった。本当の話だったと知り、思わず顔を見合わせた。

 マーシの語りがこれまた臨場感あるものだったので場は一気に【異邦の旅人】の話で盛り上がり始めた。それを横目にカダルが咳ばらいをする。


「まぁ、そういうわけで君たちは【銀翼の隼】に預けられる。マチルダとミリアムは実力者だ、アルカドスも乱暴だが仲間を雑に扱うこともない、はずだ」

「あら、嬉しいわカダル」

「はい、そこまで、その板から先に来るなよ、カダルは姫さんのもんだからな」


 しゃなりと近寄ろうとしたミリアムをマーシがしっしと追い払う。残念そうにミリアムは微笑み、代わりにマーシの顎をついと撫でて離れた。うぅぶるぶる、とわざと口で言って離れればロナがよしよしと撫でてくれた。ここも、と顎も擦ってもらい、ミリアムが失礼しちゃうわ、と笑う。

 茶番が終われば本題に戻る、エルドはアルカドスに向き合った。


「引き受けてくれるな? 俺は冒険者を引退してギルマスに収まることが決まったし、カダルは王配、ロナとマーシは【真夜中の梟】を継ぐが、目指すは隣の大陸(オルト・リヴィア)だ」

「ッチ、お前に務まるのかよ」

「まぁそこは慣れだ、慣れ」


 暫くの沈黙の後、アルカドスは盛大に息を吐いた。


「そんな装備じゃ俺たちの居る場所では数秒も持たねぇ、マチルダ、ミリアム、先行投資してやれ」

「はぁい、じゃ、いこっか。あ、名前は? 私はマチルダ、ジャシャルと同じ遊撃手をしてる。ちょっと魔法も使えるよ」

「え、あ、タチアーナ」

「ベルベッティーナ」

「可愛い名前じゃない。私はミリアム、遠隔武器を得意にしてるわ。さぁ、タティ、ベル、お姉さんたちとお買い物よ」


 両側からマチルダとミリアムに腕を組まれ、二人はそのまま冒険者ギルド出張所を連れ出された。

 タチアーナは足元まで覆っていたローブはまだるっこしいとズボンに変えられ、帽子は視界が悪くなると外され、すっきりとした装備に変えられた。革の胸当てなど着けたこともなかったがテキパキと御姉様方が教えてくれた。

 ベルベッティーナはローブの性能が悪いと膝丈までの別のローブを着せられ、その下に同じように革の胸当てを着けるように言われた。

 自分たちの思っていた姿から変わったことに困惑もあったが、先輩の言うことはいちいち尤もなことだった。


「足元がすっきりしていないと動きが遅くなるでしょ、裾を踏んで逃げ損ねるなんてヴァロキアじゃ駆け出しもやらないヘマなんだから」

「視界が悪いといざという時に困るわ。帽子なんて被らなくても死にはしないわよ、そもそも必要ないわ」

「革鎧の一つくらい着けておかないと、一撃で死んじゃうこともあるんだから」

「信じられない、このローブ、ただの布じゃない! 癒し手は魔力切らせないんだよ」

「動きやすさ重視! 靴もそんなの変えてフィット感のあるブーツ!」


 先行投資と言われているので、これは二人に対する期待値だ。

 自分を見てくるくると回って、とても現金な話ではあるがやる気に溢れて来た。【銀翼の隼】は良いところかもしれない。



 そんな女性陣とは別で、残された男性陣は難しい顔をしていた。

 ギルドマスターに収まるエルドは冒険者として前線に出ることはなくなるだろう。腕利きのカダルも王配、これからはサスターシャの護衛と王配としての役割を求められることになる。加えて、【真夜中の梟】の名を継ぐ二人は隣の大陸に行く。


「なんでだ」


 アルカドスの問いは当然のことだった。エルドとはこのまま二強としてジュマで競い合えると思っていた。いや、そうでなくてはならなかった。


「引き際を弁えただけだ、カダルがいなきゃ、俺だってやっていけん」

「なら王配になど譲らなければいいだろうが」

「カダル自身の望みでもある、俺は意思を尊重する」

「逃げんのか」


 ずい、とアルカドスが一歩を踏み出す。


「逃げるわけじゃない、ただ、ヨウイチさんの遺志を違う形で全うするだけだ」


 睨み合いが続いた。やがて眼を逸らしたのはアルカドスの方だった。


「腑抜けが、もういい」

「嬢ちゃんたちを頼んだぞ、あまりハイペースで行くなよ」

「黙れ」


 肩越しにエルドを睨んで、アルカドスは言った。


「俺は最前線で戦い続けるだけだ」


 冒険者ギルド出張所を出ていくアルカドスの後ろでレイドラントが軽く手を上げて挨拶し、ミデラーは胸に手を当てて礼を尽くした。やはり最後に残るのはジャシャルだ。

 あの日、エルドと共に居たカダルと同じように、アルカドスと最も長く組んでいるジャシャルは過去の迷宮崩壊(ダンジョンブレイク)の当事者の一人だ。

 カダルはロナとマーシの背中を押して移動を促し、二人が離れるとエルドと共にジャシャルの前に残った。

 じっと沈黙を続ける三人が思い出していたのは、最前線で肩を並べた冒険者と、たった一人で周囲を指揮した異国の男。本来ならば通りすがり、専属でもないのだから見ないふりをして背を向ければよかったものを。

 片刃の剣と小回りの利く盾を手に、困ったときはお互い様さ、と口元に笑みを湛えたあの顔を、今も目を瞑れば思い出せる。


「ガキだったよな」

「そうだな」


 ジャシャルの自嘲を含んだ声にエルドが返す。血気盛んで今が一番だと思い込んでいたあの時分、結果的に体力と気合だけで乗り切ろうとしていただけだった。技術や他のパーティとの連携を謳う異国の男の言葉がうるさくて、最前線で魔獣を狩って調子に乗っていた【真夜中の梟】と【銀翼の隼】。


「作戦というのは大事なんだ、気力が続かない時もある、誰かに位置を譲り、守り、守られることが短期戦でも、長期戦でも大事だ。周りを見るんだ」


 そう言い含める男も年齢はそう変わらないだろうと馬鹿にしていた。実際、今日この日までこのやり方で生きてきたという自負もあった。パーティメンバーがいれば怖いものはないと若さゆえの謎の自信が溢れていた。

 男、ヨウイチは妻と二人パーティの冒険者だった。妻であるエレナは土魔法が得意だったこともあり、防備や砦造りに回されたため、夫婦別の場所で協力することになった。エレナはヨウイチと共に行きたがったが、それを許さなかったのは当時のギルドマスターだ。拠点陥落は冒険者のみならず、住民や近隣への不安も煽ることから優先順位が高かったことも理由だ。結局、討ち漏らした魔獣により壊滅した村々もあったが最終的なギルドマスターの判断評価は高い。

 ヨウイチは死の恐怖を超越したような男だった。元々死人だと影のある笑みを浮かべ、それでもエレナのために生きていたいと不思議な言い回しをよくしていた。

 そして目端が利く男でもあった。津波のように押し寄せる魔獣の突破口を常に切り開き、エルドが前に出過ぎれば隣に出て下がるように言い、アルカドスが夢中になって剣を振るえば前に出て背中を見せ、冷静になることを促した。

 最初は目につく動きに苛立ちも覚えた。邪魔をするなと不満も蓄積された。ただ、少しずつ変わってきてもいた。生きることの大事さを、無我夢中になって命を粗末にすることの不毛さをヨウイチは伝え続けた。

 駆け出しの冒険者たちは着実な実績と功績のためにパーティ内での密な連携を大事に、中堅は壁として防衛線を出たり下がったりのヒットアンドアウェイを、最前線は全てを狩るのではなく、後ろの冒険者が対応するには難しい魔獣に絞って戦い、メインパーティを補助するように他のパーティが立ち回る。

 その中心にいたのがヨウイチだった。

 他のパーティが従うようになり、カダルが進言してエルドが折れ、アルカドスはヨウイチに直接説き伏せられて陣形に参加した。


 そしてその日は来た。


 ダンジョンから溢れる魔獣が今までになく多く、陣形に乱れが見え始めヨウイチが叫んだ。


「下がれ! 防衛線に合流して体勢を立て直す!」


 号令に冒険者たちが少しずつ後退し、最後に【真夜中の梟】と【銀翼の隼】が残った。


「エルド! アルカドス! もういい、下がるんだ!」

「わかってる! こいつにトドメを刺したら下がる!」

「クソがぁ!」

「粘りすぎだ!」


 ヨウイチが駆け寄り、ジャシャルを狙った中型の爪を盾で受け流して斬り落とす。ジャシャルは夢中で気づかなかったことにゾッとして他メンバーへ撤退を改めて叫んだ。


「下がろう! 今なら先に下がった奴らに追いつける! アルカドス!」

「エルド、俺たちも下がろう! この機に乗じるべきだ!」


 カダルは負傷した仲間に肩を貸してただでさえ足が遅い。先に走り出して拠点を目指した。

 責任感の強さが、後ろの冒険者を守るのだという決意が足を引っ張った。少しでも引き留めようと剣を振るってしまったがゆえに、エルドとアルカドスは孤立してしまった。側面を守る他のパーティは居らず、背面の逃げ道はまた違う魔獣に塞がれる。気づいた時にはエルドとアルカドスは背を合わせていた。

 不味い、とお互いの背中の悪寒が言っていた。どこから対処すればいいのかわからず、右に、左に背が揺れる。

 ぱっと飛び込んできたのはヨウイチだった。


「撤退を決めた時は即座に動けと言っただろう!」


 その目で突破口を見極めて魔獣の陣を崩し、早く、と叫ぶ声に従った。

 エルドとアルカドスは背中を守られるのを感じながら必死に走った、前だけを見ていた。だから、ヨウイチの最期を知らない。

 逃げて、逃げて、他の冒険者たちと合流して振り返ったらヨウイチはもうどこにもいなかった。先に撤退し途中振り返ったカダルとジャシャルだけがヨウイチの最期を見ていた。

 その時のことをカダルもジャシャルも語らない。あれから十数年、一度として口に出すことはない。エレナにだけ最期を伝え、二人はそれ以上知らせるのをやめた。

 ヨウイチの指導者としての能力を、冒険者としての誇りを、優しく、責任感のある男としてのみ、皆の記憶に残した。


「――― あの時、ジャッデも死んだんだったな」


 カダルの肩に担がれていた当時の仲間は、深手が原因で撤退したところで息絶えた。


「体があるだけマシだったさ」


 固い声でカダルが言い、ジャシャルが頷く。


「そうだな、ヨウイチさんは」


 肉片一つエレナに返してやれなかった。報復戦だと冒険者たちが憤り、獅子奮迅の勢いで魔獣を狩って戦線を押し戻し、ようやくヨウイチに辿り着いたのは五日後だった。

 残っていたのは装備の破片と傷ついた剣と盾。地面に染みこんだ黒い跡。アルカドスは怒りと後悔で雄たけびを上げ、エルドはせめてもの弔いに一つ残らず拾い、エレナに届けた。

 エレナが無言で装備を、愛しい男を抱き締めて泣く姿は今でもエルドの心を痛ませる。責任を取ろうと思ったこともあるがカダルに殴って止められた。

 アルカドスがどう思ったのかはエルドにはわからない。だが、自分よりもあいつの方が乗り越えられていないのだろうと思った。ダンジョンから戻る度にエレナの石鹼屋に顔を出し、何を言うでもなく生活を見守っていたのだから。

 エルドは鼻息をふんと吐いて、決意を伝えた。


「ヨウイチさんが言ったように、俺は冒険者の生存率を上げるために努力する」

「王都の冒険者ギルドから広めてくれりゃ聞く耳持つ奴もいるだろうしな。アルカドスはあぁ言うが、俺としては期待してる」

「ま、やってみるさ」


 差し出された手を握り返し、お互いの前途を祈る。

 そうして、再びエルドとアルカドスは別の道を行くこととなった。




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