4-31:運命の日
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女神を前に、アル、ヴァン、シェイの三名が立った。ツカサは今になって切れた息を必死に整え膝から力が抜けそうになったのを堪えた。
さっと周囲を見渡してラングを探す。いない。
「ラングは!?」
「ヴァーレクスと特殊部隊を引き付けてる、やってくれたよあの老人」
ヴァンが双剣を握り吐き捨てた。槍を構え直してアルが言った。
「特殊部隊とヴァーレクスがジジイと一緒に来たんだよ。さっさと首取るつもりだったんだけど、自爆魔法で視界が遮られちゃってさ」
「加えて理殺しときた、イラっとするね」
「お前の【変換】と同じタイミングでラングがヴァーレクスと剣を交えて、それをジジイが吹っ飛ばした」
「どういうこと!?」
「要は距離を取られたってことさ。しかし不味いよ、シェイの単体魔法障壁があるうちはいいけど、この女、常に嫌なものを出してる。クルドとアッシュは?」
「やられた! あぁ! どうしよう、今の自爆魔法…!」
「問題ない、お前の魔力残滓を感知しておおよその位置にも魔法障壁を張った、生きてる! その前は何があった」
「アッシュが首筋を、クルドが全身を叩かれてた!」
っち、と舌打ちが聞こえた。黄金の杯がリズミカルにシェイの魔法障壁を殴り続けている。日頃ポケットに手を入れたまま魔法を行使するシェイが杖を構え集中しているのを見れば、どれほどの威力なのか、魔力圧なのかが想像できる。
黄金の杯、ヴァンの視線はそこにあった。
「目の前に触媒があるな」
「引くか、ヴァン」
「いいや、まだだ」
シェイの言葉にヴァンは一歩踏み出した。
「アル! この中で一番機動力があるのは君だ、あの黄金の杯を狙って槍を振るってほしい!」
「了解!」
「シェイはアルへの魔法障壁を展開、悪いけど耐えて! ツカサ、今から言うことをよく聞いて」
「はい」
アルが駆けていく姿を、シェイの服が靡くのを視界の端に映しながら、ツカサはヴァンの背中をしっかりと見た。
爆発音と打撃音、アルの雄たけびと火花が散る音の中、ヴァンの指示は単純明快だった。
神との戦いを経験したからこその発想だとも思った。
「さぁ行って!」
「はい!」
ツカサはマントを一度握り締めて走り出した。
魔法障壁を張って目指した方角はクルドとアッシュを置いてきた場所だ。
「あっ、ちょっとぉ! きゃあ」
地面がばきばきと音を立ててせり上がり、ツカサにとっては下り坂になる。その背を押すのは風、必死に足を動かし続けた。最終的に滑り落ちるようにして速度を上げて目的の場所へ向かった。
「邪魔しないでよー! あなたたちのことも後で片付けてあげるから!」
「邪魔するなって言われてしない馬鹿がいるか」
シェイは、ひゅっ、と指先を振って魔力圧の発生源である女神を球体で覆う。それはぐいっと外に押しやられてしまうが壊されないように耐えた。濃い魔力をそこに留められればそれでいい。【同化】し、琥珀色の目をしたヴァンが叫んだ。
「大地よ、ツカサを導け!」
視界を遮る幾重もの壁、探知器代わりの魔力を理の力で押し返し、ツカサの居所を掴ませない。
女神は不愉快そうに目を細めた。
「理の力、気持ち悪いのよ。今すぐ死なせてあげる」
「そうだよな、だってお前捨てられたんだもんな!」
シェイの魔法障壁に入り込み、その内側、女神の魔法障壁にガキンッとぶつかった後に振りぬいた音が続く。今日は槍を振るう速度が自分でも驚くほど上がっている気がした。
鋭い槍の一撃は黄金の杯に防がれ、その度に女神の魔法障壁を蹴ってアルは距離をとる。じりじりと自分の身を覆う魔法障壁が削られるのがわかる。
女神の微笑がゆるりとアルを見た。
「捨てられた?」
「知ってるんだぞ、お前が元々理の神だったってこと!」
炎が、氷が、風が、ビリビリしたものが先ほどまで立っていた場所を崩していく。アルは叫び続けた。こちらへ気が向くように、少しでもツカサから意識が逸れるように。
「理にとって魔力は【穢れ】なんだろ!」
「黙りなさい、女神を前に不敬だわ」
「女神なんかじゃないだろ!」
ははは、とアルの笑う声はよく響いた。
「偽物のくせに!」
「黙りなさい! 私は! 神なのよ!」
子供が駄々をこねるように女神は叫び、黄金の杯を振りかぶった。ヴァンが叫んだ。
「シェイ! 今だ!」
パッと一部の魔法障壁が解けてアルが槍を振りぬく。狙いは黄金の杯。
火花が散る、腕が持っていかれそうになる。それでもアルは槍を握り続けた。
ヒューンッ、と風を切る音が鼓膜に届いた。
槍と競り合う黄金の杯に、開いた魔法障壁の隙間から赤い毛皮を巻いた矢が、風の助力を得て飛んできたのだ。
「いやっ、気持ち悪い!」
女神は瞬時に黄金の杯を引き寄せ腕に抱いたが、矢はその血を少しだけ届けたらしい。血が蒸発、金物が熱で溶けるように精巧な柄がほんの僅か一部だけ歪んでいた。
「酷い! 聖杯を造るのがどれほど大変かわかってるの!? こんなことして、みんなの命を無駄にしたいの!?」
「どういう意味かな」
横に戻ってきたアルを、シェイを手で制してヴァンが悠々と尋ねた。もう、もう、とおやつがもらえない幼い少女のように女神は拳を振った。
ふわっとヴァンの目が翡翠色に変わった。
「理の民の命を燃料に、大きな魔力で焼いてながぁい時間をかけて出来た特別製なんだからー! 修理するのにも命がかかるんだから! かわいそうに、あなたたちのせいよ!」
「…ははぁ、なるほど、それでエルキスは燃えたのか」
アルは呟き、かつて大火に焼かれ精霊との絆を失った緑と水の豊かなあの国を思い出した。
ラングが睨んでいたとおり、あの事件を起こした張本人は目の前にいる女神なのだ。
「もぉー邪魔しないで! 私は私のものを取り返したいだけなんだから!」
「そのために人の命を食らうのはどうなんだい? それに…君の管轄していた世界は」
ちらり、とヴァンの視線が女神を見た。ふふん、と女神は胸を張った。美しい絹の衣がふわりとそれに続いた。
「よく知っているみたいね、でもだからなぁに? 取り上げられてしまっただけで、私はまだここにいるもの。頑張ったらご褒美があるものよ、そうでしょう? 人の子」
「人の世界を奪ってご褒美と言えるのかな。それに、君の世界の子たちに聞いた感じ、こことはかなり違うだろうに」
「うんうん、そうねぇ。ここまでお話ししたついでに、教えてあげてもいいわよ」
「おや、優しい女神様だ。ぜひお聞かせ願いたい」
大仰な身振り手振りでヴァンは胸に手を当てて続きを促した。アルはシェイを横目に見遣り、シェイはそれに待てと示した。
ヴァンは飄々と応対するものの一瞬たりとも気を抜いていない。ただの時間稼ぎだ。指示があればすぐにでも飛び掛かれるようにアルは槍を強く握り締めた。
女神は敵わないと知ってヴァンが観念したように見えるのだろうか。もしくはどうとでもできるからこその余裕か。見惚れるほどの笑顔を浮かべて言った。
「ぜーんぶ、変えちゃうの」
たった一言、女神は両腕を広げて明るく言った。
びきりとシェイは腕に痛みを感じた。今なお魔法障壁を張り続けているそこに、圧が強くなったのがわかる。
「この世界を根底から変えて創りなおすの、私の箱庭をもう一度」
「大掛かりな目的だ、生きている人たちはどうするつもりだ」
「変えるのにも力が必要なんだもの、一回みんな私の中に入れてあげる、私のものに変えてあげる。私がちゃんとこの世界の神に収まってから、そのあとに創りなおしてあげる」
ぐ、とシェイの呻き声にヴァンは女神を睨み据えた。
「どういう事情で持っていた世界を失ったかわからないけど、それを別の世界で代替しようなんて、発想をどうかと思うよ」
「人の子の感想なんて聞いてないわよ。もうおしゃべりも飽きたわ」
んー、と腕を伸ばすようにしただけで空間が歪んだ。
「さぁ、あなたたちの命も私が大事に使ってあげる」
差し出された黄金の杯、聖杯が眩い輝きを放った。カァッと力が溜められているのがいるのがわかり、アルが槍を手に飛び出した。
ぶつかり合って、キィンッ、と高い音がした。穂先がキリキリと震え焦点が定まらない。普通の槍であればすでに壊れているだろう。槍よりも先に自分の腕が壊れそうだ、とアルは思った。
離れるわけにはいかないが、離れたほうがいい、ジレンマを振り払い槍に力を籠め続ける覚悟を決めた。拮抗したぶつかり合いは向こうの気まぐれ一つで簡単に押し返されるだろうことがわかり、歯を食いしばった。
「風よ!」
ヴァンが双剣を手に刃を振るった。風の助力はアルにも恩恵を与え、シェイの魔法障壁が二人を包む。
体を押し退けようとする力は消えなかった。それでも。
「ぅああああぁ! あとちょい! あと少し!」
「シェイ! 僕らにかまうな!」
「わかって、る!」
女神の魔力とシェイの魔力の板挟み、アルはまだしもヴァンにはきつい。
この穂先が、この剣がじわじわと聖杯に近づいていっているからこそ、引くわけにはいかなかった。
ぎゅっと女神は苦しそうな顔をしてから、しばらくしてにこりと微笑んだ。
「私知ってる。こういう時、強者は最後に、なんてね、って笑うのよ」
ゴッ、と全身を満遍なく殴られた感覚がした。
槍を、剣を手放さなかった自分を褒めてやりたい。シェイの魔法障壁で壁が創られ転がっていくことを防ぎ、即座に立ち上がり、膝が折れた。
「あっ…ぐぅ!」
折れていた。頬骨が、鎖骨が、肋骨が、上から下まで骨が砕かれていた。目を失わなかったことが奇跡だ。アルは初めての激痛に全身が痙攣し意識を手放しては痛みに目を覚ました。
ヒールを、と虚ろな視界でシェイを探せば、遠くで鈍い音がしていた。
聖杯から降り注ぐ光そのものが魔法なのだろう。シェイがヴァンとアルの前に立ってそれを防ぎ、耐えていた。
ぶしゅ、と腕が裂けて血がシェイに、倒れ伏したアルとヴァンの顔に降り注ぐ。
「させねぇ…させねぇぞ…!」
ぐぐっと足を踏ん張り、圧に耐えてシェイが叫んだ。
「もう二度と! 俺は、守ってみせる!」
「もー、仲良く死ねばいいじゃない」
「お前がくたばれ! 偽物が!」
そこにいる人だけではなく広範囲のすべてを壊し尽くそうと聖杯がさらに高く掲げられた。
シェイは杖を掲げ魔力をぶつけ返した。
雄たけびが響く。血の雨を背後に散らしながらシェイは己を燃やし続けた。
ひゅぅん、タタタ、と何かの音が聞こえたのはその時だ。
「…グ」
血のついた毛皮を纏い、女神の魔力とよく似たものを纏い、矢が再び聖杯を貫こうと線を描いた。
咄嗟に腕を引いて女神は魔法の発動をやめ聖杯を抱いた。そこをもう一本の赤い矢が襲った。女神の魔法障壁に弾かれはしないが肌に届きもしなかったそれは、シャフトの半分まで魔法障壁を越えたところで止まった。
「なんで!」
自らの魔法障壁を貫き肌に届きかけた矢に女神は驚きの表情を浮かべそれを払った。
そして辿り着いた。
普段立てない足音は、こういう時、何よりも心強く感じた。
一気に距離を詰めた処刑人が女神の首へ一閃を振りぬいた。
「ラング…!」
赤く濡れたそれに女神は短い距離を消えた。少し離れたところで我が子のように聖杯を抱いて、まるで悪夢に怯える少女のように顎を引いた。
「なぁにそれ、すごく嫌な感じ。見たところ魔導士でもないのに、どうして無事なの?」
「良い盾があった」
ラングはどさりと老人を放り投げた。
すでに事切れている老人は元々白かっただろうローブを真っ赤に染め上げていて首がなかった。
「あぁ、ヴォルデイア! なんて役に立たない子なの」
殺され、かつ、女神の片鱗を与えていたからこそ女神の魔力の盾になってしまった。はぁ、とため息を吐いて女神は呟いた。
「ヴォルデイアにも爆発するのをつけておけばよかった」
最低だ、と言いたいのにアルは声が出なかった。
「なんという言い種ですか」
代わりに見知らぬ男の声がした。長身の男はその手に老人の首を持っていた。それがラングの持ってきた胴体のものだとわかり、アルはじっと男を窺った。
「さして好きな男ではありませんでしたが、貴女様のためによく尽くしていたでしょう」
「ペリエ、ペリエヴァッテ! ちょうどいいところにきたわ! そこに転がっている人たちをさくりと殺してほしいの!」
「そんなことより、主様、一つお伺いしたいことが」
ラングの隣に並んだ男、ペリエヴァッテ・ヴァーレクスに女神はきょとんと首を傾げた。
「私が望んだ世界は、貴女様により用意されると聞いています」
「えぇ! もちろんよ! 戦い続けたいのでしょう? 大丈夫、全部お手入れして変えるときに、ちゃんとペリエも用意してあげる!」
「私がこのまま残れる、というわけではないようですねぇ」
「当然でしょ? 変えるんだもの。変えないと奪えないもの」
すぅっと男は深呼吸して老人の首を放った。どっ、ごろりとそう転がらずに老人は女神に頭を垂れた。
「主様、私は私を変えるつもりはございません」
「大丈夫よ、最終的には似たように創るから」
「主様…」
「なぁに、ペリエ」
首を傾げる女神にヴァーレクスは強く目を瞑った。
そんなやり取りを見守っていればシェイのヒールがぶわりと広がって骨が治り苦痛が引く。槍を支えに立ち上がったアルは片方を押さえ鼻血を飛ばし、拭い、ラングの隣に立った。
う、と小さく呻いてヴァンもどうにか起き上がり、杖を支えに立つシェイの肩を叩いた。
「ごめん、ありがとう」
「ツカサが指示通り、やってくれたな。間に合った」
「あぁ、そうだね」
ヴァンはラングの背中を見て、にっと笑った。
――― ヴァンがツカサに指示をしたのは四つ。
クルドとアッシュを手当てし、セルクスの血のついた毛皮を射り、ラングが合流するまでの時間を稼ぎ、そしてラングが合流したら逃げろ。
神に対し、神の血が何もないわけがないとの予想を元に立てた策だ。
もしクルドもアッシュも死んでいたならばオーリレアへ逃げろと言われていたが間に合ってよかった。
ツカサはスケートボードをするかのように大地を滑り降り、ヒールを周囲にばらまいた。必死で駆けだしてきたのでクルドとアッシュをどこに置いたのかがわからなかったのだ。
ヒールが何かに触れた。そちらへ走って向かえば喉を押さえるアッシュがいた。抉り取られた首筋はやはり八割ほど治っていたが、治りきらない部分からの出血で不味い状態だった。即座に傷を塞ぎ背中を叩いてからクルドのほうへ行った。
こちらは痛みに呻いてはいたが意識ははっきりとしており、怪我を治せばよろりと立ち上がった。
「悪い、アッシュは生きてるか」
「ぎりぎりだった、放置してごめん」
「生きてりゃいいさ、それで、撤退か?」
「その前にやれって言われたことがある」
身長も高く、ガタイもいいクルドに肩を貸してアッシュの下へ戻り、指揮を伝えた。
「なるほど、セルクスの血か。黄金の杯が触媒ってやつか。加えて女神自体に血をつけられれば幸運ってところだな」
「アッシュ、できる?」
「あぁ、できる、が、距離が難しいな。俺の持っている弓じゃ弦が弱くて届かないかもしれない。一か八かになる。あと悪いけど見えるところまで運んでくれ、余力を残したい」
「それは俺が運ぶ。ヴァンがそのために高台を作ってくれてるしな」
ツカサが滑ってきた大地の隆起を見上げ、クルドはアッシュを背負った。
「階段に【変換】するよ」
滑り台になっていた大地に触れて手すりつきの階段に変え、そこをクルドが上がっていく。その度に揺れるアッシュの腕に不安になったが、本人の目は死んでいなかった。
一番高いところに立てば幾重もの壁の向こう、隙間から遠くで動く人影が見えた。高台に膝を突いて姿勢を正し、アッシュは弓を手に預かった毛皮を切り裂いて矢じりにぐるぐると巻いた。
「ツカサ、悪い、背中支えてくれ」
「わかった」
「圧っぽいのがちょくちょく来るな、ヴァンが【同化】してごまかしちゃいるが、斬るか」
クルドが剣を上段に構え、アッシュは弓を構え、ツカサはその背を支えた。
ぎちりと弦が鳴いてアッシュはタイミングを見計らい、アルが槍を振るい動きを押さえたところで最後まで引き絞った。
「クルド!」
「おう!」
ここまで届く圧を斬り裂き、その場所にひゅぱりと矢が射られた。
「掠った!」
ツカサが叫び、アッシュはもう一本を番えようとして手が止まる。
魔力圧や渦に飲まれたせいで弓が傷み、今のが最後の力だったらしい。芯が折れていた。
「予備は」
「ない」
拳を握り締めるアッシュにツカサはハッと空間収納から取り出したものがあった。
「草原の弓、使える?」
それはイファで弓を習った際、贈られたものだ。アッシュは弓とツカサを交互に見遣り受け取った。
「こっちのが扱い慣れてる。でもこれ子供用だな? 飛距離はどうにか足りると思うけど、威力は保証できない」
「俺が魔法を付与するのはどう? マーシの魔法剣じゃないけど、魔法矢」
「だがそれじゃバレるんじゃないか?」
「応用だよ、アイシクルランスのように螺旋をつけて飛距離と威力を、バレにくいように【変換】で魔力を変えてごまかすんだ。あいつの魔力なら、もう何度も触ってる」
「やってみる価値はある、クルド、毛皮を裁断してくれ」
「わかった」
渡されたナイフで毛皮を裂いて、それをアッシュが矢じりに巻き付けた。ギッと鈍い音を立てて二本の矢を番え、アッシュはぴたりと止まり、ツカサは自分の魔力を【変換】し矢に纏わせた。
ふと風に乗って女神の声が届いた。
この世界を根底から変えて創りなおすの、私の箱庭をもう一度
大掛かりな目的だ、生きている人たちはどうするつもりだ
変えるのにも力が必要なんだもの、一回みんな私の中に入れてあげる、私のものに変えてあげる。私がちゃんと神に収まってから、そのあとに創りなおしてあげる
ツカサはぐっと体に力を入れた。
「絶対にさせちゃだめだ」
「あぁ、何言ってるかよくわかんないけど、違う何かに変わる? 納得がいくかよ」
「やるぞ、準備だ」
頷き合って構えた。
「急で、少し、魔力がぶれるかも」
「いい、ツカサ、そのまま。届けるのは俺の仕事だ」
「圧は俺が斬る。待てよ、まだだ。トドメを刺す瞬間っていうのが、どんな生き物だって気が抜けるはずだ」
眼下の光景が酷くなっていく。どす黒い魔力が膨れ上がった。ここまで届き、ぴしり、がらりと大地の壁が崩れていく。街すらも消し飛ばすような圧が膨らんだところで三人が動いた。
斬って、纏わせ、射る。
「おらぁ!」
「届け!」
「いけぇ!」
果たして、矢は聖杯と肌には届かなかったが女神を一時的に退かせることはできた。そしてそこに合流したラングに全身から力が抜けた。
無事だった、声をかけずともそうであってくれるその存在に力が戻ってくる。
「血は届かなかったか、撤退だ、俺たちは下がるぞ! ツカサ、階段を滑り台に」
「でも、今の方法なら援護ができる!」
「だめだ、引き際を弁えろ! ヴァンの指揮に従え! お前だって狙われる! 視界を、魔力を防いでいた理の壁は崩れてただろ!」
「だけど!」
「避けろ!」
とん、とツカサとクルドを押したのはアッシュだ。
階段になっていない部分へ器用に押し出され、アッシュが自分の頭を抱え込むところまでスローモーションで見えた。
どしゅりと鈍い音がしてアッシュの体を何かが貫いていた。
名を叫ぶより先に重力がきてツカサとクルドはごろごろと転がり落ちた。落ち終わりヒール、顔を上げればその後に続くようにアッシュの体が空を飛んで落ちてくるところだった。
素早くクルドが地面を蹴って無抵抗で落ちてくるアッシュの体を抱き留めた。悲鳴を上げるより先にツカサもヒールを使って手当てを優先した。
「手当てしながら撤退だ!」
「…ぅ、はい!」
あの時粘らなければ、できると思わなければ。
ヒールが効いて怪我は治ったものの、アッシュは意識を取り戻さない。クルドが肩に担ぎ直して走りだし、それについていく。
「仕方のない子」
ふわ、と嫌な圧を感じた。先ほどまでいた高台に立つ気配を感じ、思わず振り返った。
「ツカサ!」
クルドの声が遠い。美しい宝石の視線がツカサの心臓を鷲掴み、力を奪おうとしていた。
軽い足取りで布の揺れと合わない速度で距離を詰め、ゆるりと優雅な動作で聖杯を向け、桃色の唇がおいで、と囁いたように思えた。
その背後に深緑のマントが揺れた。
「―――― うおおおぉ!」
女神の後を追って来たのはラングだった。風を纏い、大地を蹴り、シールドに守られた視界で状況を確認、赤く濡れた鋼線を振りぬき女神の腕を捕らえた。
自身の魔法障壁をすり抜けてひゅるりと巻き付いた鋼線に女神は目を見開き、ぷつ、と肌にめり込む感触に恐怖より先に苛立ちを覚えたらしい。
「いっ、たいじゃない! なにするのよ!」
ツカサに向けられていた聖杯はぐるんと向きを変えた。鋼線を引き絞り腕を引いて女神の腕を呼び、胸を開けたラングに向かって形状を変えた聖杯が差し出された。
信じたくなかった。
それがラングの胸鎧を砕いて刺さるなどと。
花開いた形の聖杯が胸を抉るように蕾になり、そこにあったものを取り出すなどと。
ラングの口元からきらりとしたものが零れ、聖杯が引き抜かれた後、何度か足を踏みだして堪え、それから。
「ぁ…」
ラングが膝を突いて、ぐらりと倒れるなどと。
「――― うわあああぁぁ!」
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