4-28:作戦会議
いつもご覧いただきありがとうございます。
「まず、奴らは必ず二日以内に攻めてくる」
ヴァンは軽く指を振ってアッシュに地図を出させた。
机に広げられた地図を覗き込むには人数が多い。もう身長も子供ではないので誰が前に、後ろにとずれるわけにもいかず、座っていても後ろから覗き込もうとした体がぶつかってくる。
ラングが地図を奪い取りナイフで壁に貼り付けた。確かにこれなら全員が眺められる。立ち上がり地図に歩み寄った。
はい、と挙手をしてアルが尋ねた。
「二日以内の根拠は?」
「影に周辺を探らせた結果と、ツカサの【変換】の力だ」
取り出したペンの背で地図を指しヴァンは腰の後ろに手を当てて話す。そのスタイルは軍師としての癖なのだろう。
「ツェイスたち副隊長に小隊を動かすように指示をし、彼らはしっかりと勤めを果たしてくれた。結果、想定通り動けるマナリテル教徒の撤退を決めたようだ。特殊部隊も十人を残し、ほとんどを刈り取ることができたのも焦りを与えられたようだね」
「イーグリステリアの周囲を固めてるってことか」
「そのとおり。事実、【真夜中の梟】が慌てて移動するシュンを見かけ、追いかけた先で僕たちと合流している」
「近辺に潜んでいるのだな」
「あぁ、南側の再調査の結果、燃えていない円形の安全地帯を見つけた。先日の大爆発自体、こちらの手を窺う手段だったということだろう。もしくは、あわよくば敵対勢力を片付けようとしたか。だが失敗した。それでも【変換】が使われたとわかっただろう、目的の品がここにあると知らせたことになる。ヴァンドラーテを蹂躙したくらい欲しいものだ、必ず来る」
ふむ、と誰からともなく思案の音が零れた。ツカサは心を過ぎった不安を口にした。
「俺が【変換】を使ったのはまずかったかな。イーグリステリアが本当にこの力を求めているか未だにわからないけど、可能性があるんだし、隠しておくべきだった?」
「いいや、あれは大事なことだった。君が女神の魔力に対抗できる、それも僕やラングに特化した戦場を用意できるとわかったのは大きい。それに言っただろう、君を囮にする、その立場におくけどいいかい、と。【変換】を求めていないとしても、自分にとっての天敵を放置するとは思えない」
ツカサはぐっと姿勢を正した。怖くないといえば嘘になる。同時に高揚があることも事実だ。
ヴァンはペンを南側に滑らせて続けた。
「本来、南側の視野は僕が大地をならして見晴らしをよくするつもりだったんだけど、それは相手がやってくれた。お互い、視界に入れればそこから止まることはできないだろう。ではどうするのか」
ぱしりとヴァンがペンで手を叩いた。
「ここからは質問を挟まないでくれ。あとで受け付ける」
前置きを置いてヴァンは間髪入れずに地図を再び叩いた。
「シェイとツカサの協力もあってあの爆発が魔力と、女神の魔力の片鱗と、そしてそれを行使した魔導士の命そのものを使った大規模な自爆魔法だとわかった。そしてそれを使われた結果は既に把握しているだろう。周辺の焼け野原と、燃やされ、潰され、精霊の悲鳴が押し出される。早急にツカサが解決したからいいものの、魔法障壁から僕が出れば、ラングが触れれば、火傷では済まない怪我を負っただろう」
シェイが言っていたヴァンの触れた結果を思い出し、こくりと喉が鳴った。
「精霊の悲鳴を防ぐためには魔法障壁内にいる必要がある。僕も初めての経験だったものの、魔法障壁内にいた僕が無事で、魔法障壁外にいたラングが悲鳴に襲われたことを考えれば対処法は正しいはずだ。そしてこの方法は彼らの開戦の狼煙として再び使われるだろう」
ヴァンは地図に数字を書き、アッシュを見遣った。
「アース、報告を」
「ハッ、元々の数は教徒四十人、特殊部隊四十人、司祭一人、剣士一人、おまけが一人。おまけはシュンという元冒険者と判明、絵姿はこちらです」
さっとシュンの似顔絵もナイフで壁に留められた。
「人海戦術により捕縛、及び秘密裏に処理をした教徒の数は、クルドが片付けた者も含め三十五人。内五人は撤退の姿勢をみせたところを捕縛、尋問、処理をしたため、軍師の策どおりの動きをしたと判断できます。尋問時、話そうとした者は首が飛んだので情報漏洩に関しての契約魔法があったものと思われます」
ヴァンが五の数字をペンで指した。
「特殊部隊は副隊長のスー・シェンを始め斥候部隊と協力者に対処を引き継ぎ、結果、三十人の殲滅に成功。残り十人は撤退、イーグリステリアの周辺です。部下も一定の距離でオーリレアを囲み周辺を見ていますが、やはり南側に気配を感じるとのこと。…もちろん、踏み込まないようにきつく言いつけています」
かつん、と十が指される。
「司祭、剣士は居所を掴めていませんが、状況から推測して、イーグリステリアのそばにいると思われます。シュンに関しては先ほど軍師より連携があったため、割愛します」
「ありがとう」
こつ、こつ、こつ、と一の数字を上から順に叩いた。
「そしてオーリレアでの自爆魔法、これで教徒はまた一人減った」
五に斜線が引かれ、四に変わる。
「残りの教徒は全員が自爆魔法を使えると考えていい、こちらの徹底したやりように対抗をしてきたのだろう。理を壊す術まで仕込んでね」
ふぅ、と息を吐くのもパフォーマンスか、話題が切り替えられたのだとわかった。
「ここ、オーリレアにはまだ民がいる。逃げるにはもう数日かかるだろうし、そもそも逃げない者もいる。街中に相手を引き込むことは避けたい」
オーリレアの周囲を丸で囲みこつりとペンを向けた。
「防衛組と遊撃組、そして本命の部隊に皆を分ける。防衛は【真夜中の梟】の二名、ラダン、ヘクターに頼む」
ロナとマーシは顔を見合わせ頷き、ラダンは胸に拳を当てて軍式の礼をとる。ヘクターはぽりぽりと頬を掻いた。
「遊撃組にはクルド、アッシュ、ツカサ」
アッシュとクルドと顔を見合わせ、ツカサは頷く。
「本隊は僕、シェイ、アル、そしてラングだ」
アルは頭の後ろで腕を組み、ラングは沈黙を貫いた。
「ここからは質問も受け付けよう」
「分けた理由が知りたい」
アルが再び挙手をして問えばヴァンはそちらを向いた。
「今回の戦いで肝になるのは魔法障壁だ。爆発に耐え得るかどうか、咄嗟の治癒はどうか、その点で最も技量があるのはシェイにほかならない」
「ツカサの【変換】は?」
「実際に試した結果、ツカサは何かしらに触れられれば【変換】を発動ができるとわかった。オーリレアと僕らの中間地点に立って魔力に触れれば事足りる。わざわざ皿の上の料理になることはない」
「なるほどな」
多少の納得を息を吐くことで示し、アルは肩を竦めた。ラングはシールドをヴァンに向けて問うた。
「ヴァーレクスはどうする。経験上、ああいう輩は単独行動をとりがちだ」
「その件なのだけれど、ラング、君、あれをこちらに引き込めないかな」
シールドの中で眉を顰めたのがわかる。ヴァンは至極真面目に言った。
「君にすべてを押し付けるようで申し訳ないけど、君を求めてスカイまで渡ってくるほどの男なら、君が声をかければ聞いてくれるんじゃないか?」
「それって仲間になってくれって?」
「私との戦いを餌にするつもりか」
アルの発言を無視してラングが言い、ヴァンは肩を竦めた。
「ヴァーレクスがどんな事情で特殊部隊を引き継いだのか、引き連れているのかはわからない。ただ、僕はヴァンドラーテのこともあってあいつらを絶対に許さないと決めている。が、しかしだ。いずれ片はつけるけれど、今はそれよりも大きな敵を片付けなくてはならない。周囲をうろつかれるのは邪魔なんだ」
「ははぁ、なるほど、読めた。ラングがアズリアで追いかけっこしたから、向こうは続きがやりたいわけかぁ」
「確かに、戦闘狂だとしたら大局そっちのけでラングに集中しそうだな…。いるんだよな、強者を求めちゃ命のやり取りをしたがる奴ってよ」
クルドが傭兵の観点で呆れたように言った。クルドにもそういった経験があるのかもしれない。
「君に後のことを押し付けることになるからね、できればやってくれ、という言い方しかできないが、戦況を一つこちらに寄せるなら必要な一手でもある。それに」
ちらりと視線がツカサを見た。
「君が追いかけっこをしながらも腕の一本や足の二本、切り落とせなかった男がツカサを狙えば…」
「だめだめ! そういう言い方はラングには逆効果! 言い方変えて!」
「あぁ、そうなの? じゃあ、そうだな。君があいつを呼び寄せたんだから責任取って」
アルが慌てて差し込んだ結果、ヴァンははっきりと言った。ラングは深呼吸ともとれる息を吐いて小さく首を傾げた。それが努力する、ということだとツカサにはわかった。
相変わらず他の面子には通じなかったのでツカサが代わりに答えた。
「努力するって、あんまり乗り気じゃないみたいだけど」
「…君は本当にラングの弟なんだねぇ」
感心した様子で呟かれ、ツカサは笑ってしまった。
「ヴァーレクスは可能ならその方針で。基本の動きと、もう一つ、もし分断されたときの集合場所を決めておく。向こうだっていろいろ手を考えないわけではないからね」
再び地図に戻りヴァンはオーリレアの南側に長方形を二つ描いた。よく指揮ゲームでみる兵を示すものだろう。南側に二つ、中間地点にあるのがツカサのほうだ。
「マナリテル教徒の爆発をシェイが防ぎつつ、ツカサはとにかく【変換】を使用。オーリレアの防衛組であるロナはシェイが今張っている魔法障壁を引き継ぐ予定だから、頑張って」
「わぁ、そんな大役なんですね!? この魔法障壁を…ですか…」
「どさくさに紛れて、なんてこともあるかもしれないから、ラダンとマーシはしっかり護衛すること、ヘクターもよく周囲を見てほしい」
「おう、リーダーは守る!」
「尽力する」
「わかりやした」
指示を受けた者たちがそれぞれ対応について話し、一応の意思疎通ができればまたヴァンを見た。
「クルドとアッシュはツカサの護衛だ、要を失わないように」
「おう、任せろ」
「また一緒だな」
「うん、よろしく」
ばしりと二人から背中を叩かれてツカサは頷いた。
「そして僕らはイーグリステリアを目指して前進する。途中ヴァーレクスも、司祭のこともあるがその場で指揮をするよりも冒険者であるラングとアルは自己判断に任せたほうがいいだろう。だから君たちにはこう言うよ」
ヴァンはラングとアルを真っすぐに見て、言った。
「仲間を信じろ。後ろを信じろ。前だけを見て進め」
街を守る防衛組を、女神の魔力に対抗するツカサを、それを守る仲間をただ信じて進む。
それがどれほどに大変なことなのかツカサにもわかる。
不安や心配、恐れや予感を振り切って足を進めることがどれほど覚悟のいることなのか、もうわかっている。
「いいだろう、期待している」
ラングの言葉は全員に向けられているようで、その実ツカサに宛てたものだ。丹田を強く押されたような緊張を覚えるが、今はそれが心地よい。
ふっと笑ったのはヴァンだった。こほんと咳払いをして地図を叩き改めて注目を集めた。
「最後に戦力、パーティを分断された時の対処だ。撤退、この一手。全員オーリレアに戻れ。ここならシェイの魔法障壁がある、女神の魔力の片鱗を持つ者は入り込めない。一時防衛状態にはなるが死ぬよりはましだ。ラング個人が分断、もしくはツカサ個人が分断された場合は、真っすぐにツカサを目指すこと。ツカサはオーリレアを目指すこと、いいね?」
「はい」
カツッとオーリレアの門が叩かれ、ツカサは頷いた。
「正直相手の人数は皆の協力のおかげで想定以上に減らせている。教徒の自爆魔法さえ越えれば、と考える者もいるかもしれない。だが忘れるな、相手は半分とはいえ神の領域に足をかけている。整った状態でのみ渡り合えると考えてほしい。正直。僕らは弱体化した神しか相手にしたことがないからね」
皆が皆頷き、ラングだけは腕を組んだままだった。
ロナがそろりと挙手をした。
「あの、マジェタの迷宮崩壊の経験上疑問なのですが、他の冒険者や軍に共闘を依頼しないのは何故でしょう? こうした事態ですし戦線を共にすれば、この人数だけで対処をしなくても済むのではと」
「考えなくはなかったよ。【空の騎士軍】の皆に人海戦術以上の協力を頼もうと思ったこともあるし、王太子殿下を通して他の国軍にもと考えた。けれど、人が増えれば増えるほど被害が拡大すると判断したんだ」
ヴァンは眉間を揉んで言った。
「こういう時に協力を申し出る冒険者は手柄を立てたがる。そうすると指示も聞かず飛び出していき、死ぬ、食われる。それが何十、何百人となってしまえば相手に力を与えるだけだ。運が悪ければ自爆魔法を持たされて、街中で、とかね。国軍にしたってそうだ、【空の騎士軍】に軍師である僕がいるように、二軍以下にも軍師は存在する。国王陛下、王太子殿下の命令があったところでまっとうに指揮下に収まるとは思えない」
それにね、と眉間を揉むのをやめて顔を上げた。
「僕たちは関わってしまったからこそ真実を知っているが、こういった世界の危機は知らないほうがいい。知ってしまえば生きているうちにと羽目を外す者が現れる。治安の悪化は改善より早く広がるものだよ。だから今回自然災害として通達したわけだ。そして【空の騎士軍】は目をごまかすために救助、誘導活動に今後は数を割かねばならない。その分負担を強いることになるのは、本当にすまない」
「…すみません、理解しました」
「いや、僕も話しそびれていたね、ありがとう。相手の人数が少ないこともあって取れた策でもあるんだ」
はい、とロナが頷いたところでツカサが挙手をした。
「あの、そういえば、ヴァンたちが戦った神の技とかそういうのを知らないんだけど」
「良い質問だ、答えよう」
ヴァンはペンを手の中で回しながら言った。
「僕たちが戦ったのは理の神なので相違点は多いだろう。これから話すことは参考程度に留めてほしい」
ごくりと喉を鳴らしたのは何人だっただろうか。
ヴァンは経験した神の攻撃というのを語った。
まず一つ、神出鬼没。突然現れて突然消える。所謂ワープと言われる能力だ。これはセルクスもそうだったのでわかりやすい。ただ、イーグリステリアの場合は半人であるために相手の位置がわからなければ使えないだろうとヴァンは言った。今ここに来ないことがその根拠だという。その代わり視認された時には警戒をするようにとも付け加えた。
次に眷属。理の神は眷属を生み出し、それを用いて人を襲わせることができるという。防衛組に回ったロナやツカサを守るために人員が割かれたのはそのためだ。
オーリレア内であれば冒険者にも哨戒を依頼しているが、やはり信頼のおける者は仲間だけだという。
イーグリステリアは真の理の神ではないので、おそらくそれがマナリテル教徒、使徒にあたるのではないか、とヴァンは言った。
三つ目に神の力。ざっくりとした名称で伝えられたが要は魔力ではない何かで発せられる魔法のようなものだという。魔法だと思っておけとシェイが吐き捨てた。
その流れで最後に魔力を用いて扱う魔法。これはツカサたち魔導士が用いる術なので割愛はされたが威力のほどは桁違いだと考えておいたほうがいいらしい。実際、ツカサとロナはシェイの補助があってあれを耐えたようなものだ、心に刻んでおかなくてはならない。
「こんな感じだ」
ヴァンからの説明に相手の厄介さだけが残る。質問をできるほど理解ができていないのが自分でわかり、ツカサはじっと腕を組んだ。とにかく皆を守るための魔法障壁、【変換】を如何に咄嗟に使えるかという点でプレッシャーを覚えた。その姿をヴァンが眺めていたことには気づかなかった。
少しの咀嚼時間を置いてヴァンは手を打ち合わせ全員の注目を再度集めた。
「さて、そして僕らの最大の協力者にも話を聞いておこう」
虹色のビー玉を取り出したヴァンに神様の姿を思い出す。血まみれだった怪我は今はどこまで治っているのだろうか。
「セルクス、少し話せるかな」
「もちろんだとも」
ざっと全員が机のほうを振り返った。
椅子にゆったりと寄り掛かった楽な姿勢でセルクスが微笑を湛えていた。怪我の具合を頭の先から足の先まで確認し、ほっと息を吐く。前回は包帯まみれだった面積が少し減り、寝間着のような恰好なのは変わらないが顔の血色は良い。
同じように安堵したのかヴァンが親し気に尋ねた。
「声だけでも十分だったのに、怪我の具合は?」
「おかげさまである程度治ってきた。まったく不便極まりない、事が事だというのに制約をすり抜けられないのだからな」
苦笑を浮かべて返すセルクスに皆の表情が緩む。ロナとマーシは緊張の面持ちでいたが、久しいな、と声をかけられれば嬉しそうに笑った。
「さて、まずは話の前に受け取りたい」
「シェイ」
名を呼ばれシェイが掌を差し出す。ふっと魔法障壁に包まれた光の球が現れ、セルクスのほうへ移った。
「どこに隠しておこうかと思ったんだが、あんたが来てくれるならそれが一番だな」
「あぁ、すまないね。…ふむ、あぁ、なるほど、そうか…」
光の球をじっと眺めたセルクスがツカサを見遣り、視線で呼んだ。皆が道を開けたのでその間をそろりと歩いて近づき、前に立った。
「ばらばらになった魂を一つにまとめてくれたのだな、礼を言うよ」
「いや、そんな。正しいかわからなくて、あってたんでしょうか」
「私がこう言っているのだぞ?」
皆まで言わせるな、ということか。あまり詳細を話させるとまた血を吐くのではないかと思い、ツカサは慌てて頷いた。
「さぁ、船出の時間だ。よい旅を」
セルクスは光の球を膝に置くと横笛を取り出して一息吹いた。優しくて物悲しい一音だけの音色は光の球を誘い、そしてふわっと消えてしまった。思わず周囲を見渡して探してしまう。
ふわん、と音の余韻が響いて僅かな時間息が止まった。これが時の死神なのだ。ツカサは自分の肩に触れた冷たくも優しい刃の感触を思い出していた。
誘いが終わり、セルクスはついと目を細めて苛立ちを露わにした。
「舐めた真似をしてくれる。人の命を弄ぶなど、半分は神だからこそ許されることではない」
「抑えて、セルクス。街が潰れてしまう」
深呼吸をしてセルクスは瞑目、また開いた。
「もう大丈夫だ。ところで、話の前にもう一ついいだろうか」
「なんだい?」
「理の力がここにあるな?」
「あぁ、その件も聞きたかった。どうやらイーグリステリアの理の力を切り出して娘への最後の慈悲にしたようで」
「あぁ、聞いていた」
セルクスは呆れたように肩を竦めた。
「慈悲を与えるならば、こうなる前にどうとでもできただろうに。彼の神の怠惰具合には反吐が出る」
「セルクス、怪我じゃすまなくなるのでは…」
「本人を前にして同じことを言って無事なのでね、問題ない」
「言ったんだ…」
ツカサは思わず呟いてしまい口を押さえた。皆が思ったことだったらしく視線で同意を示された。
ヴァンは苦笑を浮かべて続きを尋ねた。
「あの子はどうすれば? イーグリステリアとの関係がわかればと思ってる。もちろん、貴方が抵触しない範囲で」
「私から言えることは少ない。ただ、そのまま生きるだけならば人の子、特別なことをする必要はない。強いて言うならば誰か引き取ってやれということくらいだ」
「それなら、俺が」
ラダンがこつりと一歩前に出た。
「王都で孤児院を運営しているんだ。だから引き取れる」
「それが無難かな」
「あぁ、ただ、そうだな、気をつけなさい」
全員の視線を浴びながらセルクスは言葉を選んで言った。
「イーグリステリアは半人、半神。なぜ半人なのかをよく考えるように」
「…会わせないようにしなくてはね」
魔法の女神として自称し、事実神へ半身を置いている。そこに本当に神の片鱗を与えてしまえば不味い、ということか。ヴァンの呟きに皆が頷く。
セルクスは次にラングを見遣った。またそちらでも皆が半身を向けて見守る姿勢だ。
「もし、いざという時には印をつけねばならん」
「あぁ、そう聞いた」
「私は制約を受けてしまった身ゆえ、イーグリステリアが見えなくなっている。一つ手間をかけてもらいたい。私の血がついた毛皮を持っているね?」
「あぁ」
「それにイーグリステリアを触れさせてほしい。私の血を目印に私は大鎌を振るおう」
だからあの時セルクスは血を片付けなかったのだ。
「では毛皮を裁断し、あの子供含め全員に持たせる必要があるな」
「それがいい。すまないな、よもや半神とは…悔やまれる」
「まぁ仕方ない、セルクスが生きててよかったよ」
アッシュが苦笑交じりに言えば申し訳なさそうな顔で神は微笑んだ。ツカサはふと気になったことを尋ねた。
「あの、俺たちの未来って見えないんですか?」
「すまない」
即答しセルクスは目を伏せた。こつんとクルドに小突かれそちらを見遣る。
「神に近くなった、神と距離が近い奴は見えなくなるんだと。仲がいいから寿命が、未来がわかるってのは不公平だからだそうだ。これも話させると血を吐くからな」
「そうなんだ」
正直なところ誰が無事か、何かあるのならば対策を、などと期待をしていたが物事はそう都合よくいかないものらしい。
ふわりとセルクスは浮かび上がった。話はここまでか。
「事態の大部分を人の手に委ねることになる。だが、介入できる権利は得たので私は最大限君たちに助力する。いざという時でなくとも、呼ぶことを忘れないでくれ」
「ありがとう」
皆を代表してヴァンが礼を言い、胸に手を当てた。それに倣う【快晴の蒼】と【真夜中の梟】、ツカサもアルもそっと同じようにした。
セルクスの視線は最後にラングを見た。何を言うでもなくただ視線だけが向いていて、ラングはそれを黙って見返していた。
結局言葉を交わすことなくセルクスは光の粒を残して消えたが、時間を止めて会話していたのだろうか、とツカサは思った。
「あぁ、もう夕方だね」
ヴァンの声に意識を引き戻され窓を見る。橙色の明かりはすぐに赤紫に変わり、しばらくの間青を残してやがて夜がくる。
黄昏時、何かの漫画かゲームで逢魔が時という言葉を見たことを思い出した。ぞわりと背筋を駆けたものがなんだったのか、ツカサは後になって振り返ってみても上手い言葉が見つからなかった。
「ツカサ」
名を呼ばれ振り返る。ラングが双剣に肘を置いてシールドを揺らしツカサを呼んだ。
「話をしよう」
それは最初に焚火を囲んだ時の言葉か、それとも魔獣暴走に巻き込まれる直前の言葉か。
ツカサは自分の感じた不安を振り切るように一歩を踏み出した。
「うん、話そう」
何があっても後悔をしないように、覚悟を決めるのだ。
面白い、続きが読みたい、頑張れ、と思っていただけたら★★★★★やいいねをいただけると励みになります。
 




