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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
終章 異邦の旅人

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4-20:友達

いつもご覧いただきありがとうございます。


 地震の後のざわつく人混みを抜けるのは一苦労だった。


 屋根に上ったほうが早い気がしたがアルほど脚力に自信がなく、よじ登る時間と降りる時間を鑑みて急がば回れ、アッシュの先導で裏道を走った。アルのあの機動力も常人離れしていたのだといまさら気づき、空を仰ぎたい気持ちを堪えて走った。

 隠れ家に戻ればヴァンが大きな口でハムサンドを齧るところだった。


「おかえり、首尾はどうだい?」

「重畳、ツカサはよくやったと思う」

「ただいま、って、さっき地震があったのになんでそんな」

「あぁ、問題ないよ。あれやったの僕だから」


 変な声が出そうになったがすぐに思い至った。そうだ、この人は精霊の加護、それどころか愛されし申し子なのだ。地面を揺らすくらい簡単に成せるだろうと気づいてがっくりと脱力した。実力行使に出たのだとわかってちらりとそちらを見遣った。

 視線を受けてヴァンはにっこりと笑った。


「危機がないのなら作ればいい、危機感を持てないのなら持たせるまで。これもまた策の一つさ。まぁ僕だけしかできないけどね」

「被害的にはどのくらいなの?」


 故郷でいくつかの歴史上の地震を知っていて、避難訓練も経験している身としては気になるところだ。いや、これは建前だ。()()のことが気にかかり、駆け付けたい思いに駆られての質問だった。

 ヴァンはまた安心させるようにツカサに微笑んでみせた。


「置いてあった位置によってはコップやお皿が机から落ちたかもしれないけれど、余程不安定でなければ棚も倒れていないと思うよ。怪我をさせるのは目的じゃない」

「そっか」


 安心していいものかどうかわからなかったが、怪我人が出るほどの揺れにならないよう調整はしたようだ。だとしても恐ろしい力だ。【変換】も人を思うように変えてしまう力だが、ヴァンの持つ力はやろうと思えば国家そのものを物理的に沈められる。目の前の人が急に恐ろしい生きもののように思えた。

 同時に、それをしないのはヴァンが力の大きさをよくわかっているからだとも思った。もしヴァンがそうしようとしたならば、ツカサを殺すと言ったラングのように、ヴァンの周りの仲間が止めるだろう。少し前にも全く同じことを考えたような気がして、目頭を揉んだ。

 ふぅー、と深く息を吐いたツカサを不思議そうな顔で見ているヴァンに苦笑を返してごまかした。


「それより、ヴァン、落ち着いたの?」

「あぁ、態度悪くてごめんね。カチンときちゃってさ! 詳細はシェイが話したって聞いたけど、あってる?」

「うん、聞いた。貴族って面倒なんだ」

「そうだねぇ、困ったねぇ」


 食べるかい、とパンを差し出され、もう食べたと言えばそれはヴァンの口に運ばれた。


「やり方に賛否両論はあるだろうが、なんにせよ明日はもう少し建設的な話し合いができるだろうさ」


 シェイが言い、ツカサは頷いてみせた。


「今日の生存確認は僕だけでいいから、みんなはゆっくり休んでてよ。ここまでずっと走ってた面子ばかりだからね」

「わかった、俺ルフレンの世話をしてから休ませてもらうよ。ちょっと気疲れすごいし」

「どんなふうに【変換】を使ったのか、どんなことを考えたのか聞きたいところだけど、少し整理の時間は必要かい?」


 ツカサは少しだけ考え込んだ。思ったこと、感じたことを言葉に出せば整理もできるだろう。軍人であり自身より年嵩の彼らであれば、的確なアドバイスも貰えるだろう。けれど、とツカサは真っすぐに視線を合わせて言った。


「俺がコツを掴んでいないだけかもしれないけど、【変換】は触れてないと発動しなかった。思ったこととか、感じたことは、上手く言えないけど、これは俺が背負わなくちゃいけないことなんだと思う。覚悟をしてやったことだから、ただ言えるとしたら、後悔はないよってことだけだよ。結果恨まれるとしても、結果は受け止めるよ」


 ディーネが今後どうなるかはわからないが、その時は自分を恨んでくれればいい。余程のことがあればディーネにも【変換】を使えばいいというのは暴論だが、それは今ではない。

 ヴァンは目を細めて頷いた。


「君がそう言うのならば深くは聞かないよ。しかし、君は踏めば育つ麦のようで気持ちがいいねぇ。ラングが丁寧に育てるのもわかる気がするよ」

「麦?」

「おや、知らないのかい? 麦踏みというのがあってね、麦は踏むことで強くなるんだよ」


 へぇ、と思わず声が出た。聞けば、麦は踏んでこそ根が強く育ち多く実るのだそうだ。若者を鼓舞激励するときにスカイではそう表現されるらしい。面白い、ツカサの故郷ならば打てば響くとでもいうだろうか。


「ただ、こうしみると本当に君にとってラングの影響は大きいんだねぇ。離れてたった数日、随分な成長じゃないか」

「それはそうだよ、俺にここでの生き方を一番教えてくれた人だから。大きくないわけがないんだ」


 素直に認めて、ツカサは強く頷く。その様子に苦笑を浮かべるヴァンたちに真面目な言葉で続けた。


「ラングは兄であり、師匠であり、戦友だけど、背中を追うんじゃなくて隣を目指すって決めたんだ。だったら、後ろをついて歩くだけじゃ、だめだと思った」


 黄壁のダンジョンから出た時、ラングは様々な理由はあれどツカサを隣に並ばせ、そう在れと暗に教えてくれていた。それを嬉しいとしか思わなかったことが今は恥ずかしい。教えてくれる人がいることに、一生のうち何度感謝するのかわからないが目の前の()()()()にもゆっくり頭を下げた。


「ヴァンたちからもたくさん学ばせてもらってる、今後ともよろしくお願いします」


 一瞬の間をおいて三人が笑う。おかしなことを言ったかと顔を上げれば、今までになく親しみのある笑顔で、眼差しでツカサを見つめていた。


「こちらこそよろしくね、ツカサ。もちろん僕らとも並んで立ってくれるんだろう?」

「も、ちろんだよ。ルフレンの世話してくる」


 ここに来てようやく認められたのだと気づいて泣きそうになり、ツカサは頷いてから慌てて外に飛び出した。後ろで温かい笑い声が聞こえたのが面映ゆくて、何故だか涙を見せたくなくて、ルフレンの鬣に顔を埋めて感情の波が収まるのを待った。ぶるん、とルフレンが首元に温かい息をかけ、髪を食んで心配してくれたことも嬉しかった。


 ルフレンに慰められ、思ったよりしっかりしている風呂で汗を流し、ツカサは部屋で日記を書き記す。今日も今日とて書きたいことが多くて長くなってきたなと一度ペンを上げたタイミングでノックの音が響いた。日記を一度閉じて扉を開ければ、ヴァンがやぁ、と笑った。


「寝るところだったよね、ごめんよ、少しだけいいかい?」

「うん、なんだろう? 入る?」

「いや、手短に伝えるよ。今生存確認が終わったんだけど、一つ君に伝えてほしいと言われたことがあってね。シュンって知っているかい?」


 ツカサは目を見開いてから頷いた。


「ヴァロキアの王都でクラン攻略を率いて、迷宮崩壊(ダンジョンブレイク)を起こした人だ。なんでその名前が出てきたの?」

「まぁ知っているよね、君はあの迷宮崩壊(ダンジョンブレイク)に巻き込まれていたし。どうやらマナリテル教の正体不明の青年っていうのが、そのシュンらしいんだ」


 まさか海を渡って逃げてきていたのだろうか。いや、マナリテル教に拾われたのか、と考え込む。


「でもなんでシュンってわかったの」

「もうそろそろ隠す必要もなさそうなんだけど、秘密のパーティがシュンなる人物を見かけて、今追跡をしているところでね。馬車に乗り込むところをちらりと見ただけだけど、見間違いじゃないと言っているんだ。僕は顔を知らないから君に確認を頼むことになると思う」

「それで伝えに来てくれたんだ」


 頷くヴァンにツカサは腕を組んだ。【()()()()()】からシュンについての連絡が来たことは一度も無いが、可能性は確信に変わりつつあった。

 【真夜中の梟】がスカイにいるのではないか、何故スカイにいるのかはわからないが、もしそうだとしたら合流が楽しみだ。しかし待てよ、そうすると人数がおかしくはないか。

 取り留めもないことは後で考えることにして、ふるりと首を振って気持ちを切り替えた。


「わかった、どうすればいいかな」

「明日ここに着くかは馬車次第だけど、門兵と連携して監視をしてほしい。もちろん、アッシュも連れていってね。シュンという青年を見つけたら、それとなく隔離できるようにしたい」

「門兵に伝えればいいんだね」

「危険な橋は渡らないでおくれよ? 如何に難しい戦いでも、僕は軍師として、可能な限り全員の生還を導く責務があると思ってる。勇み足だけはしないようにしてほしい」


 真摯なヴァンの声に、視線に、ツカサも真摯に頷いて返した。

 それを確認してヴァンは雰囲気を和らげツカサの肩を叩いた。


「…皆が皆、君のように物分かりがいいといいんだけど。さて、寝入り際に神経を尖らせるような話をしてごめんよ、これもまた初動を早めるためだとわかってほしい」

「大丈夫、ホットワインを飲んで寝るから」

「いいね、ゆっくりお休み」


 それじゃ、とヴァンは笑い、階段を降りていった。階段の手摺りからヴァンの姿が見えなくなるまで見送り、扉を閉じた。

 着々とその時は迫っているのだと思い、ツカサは日記に向き合い直してからホットワインを飲んで眠る準備を始めた。

 目を瞑っても何やら落ち着かず、空間収納から荷物を取り出して大して片付きもしない整理整頓を行う。


「そういえば、これ、どんなショートソードなんだろう」


 黄金にぼんやりと輝くショートソードは豊穣を意味する意匠を纏っており、誰の目から見ても美しいだろう。黄壁のダンジョン最下層で手に入れ、それから一度も検分をしていなかった。

 【鑑定眼】で覗けばショートソードの正体がわかる。


 ――豊穣の剣。


「これだけ? どういうことだろう、なんか縁起が良さそうなのはわかるけど」


 首を傾げ、鞘から抜いて魔力を込めればさらさらぽろぽろ穀物が流れ出た。驚きショートソードをベッドに置いて床に広がった穀物を寄せ集めた。小麦や米、赤い粒は小豆、大豆もある。穀物類を出すことができる五穀豊穣のショートソードなのだろうか。

 食糧難には喜ばれるだろうし、穀物を有する黄壁のダンジョンで出るのもわかる。しかし問題は切れ味だと試そうとして不思議なことが起こった。

 

「あれ、斬れない」


 薄刃でよく切れそうな見目をしているにもかかわらず、強く押しつけても引いても肉が切れる感触も何もなかった。触れた感触すらそこにはなかった。

 空間収納から果物を取り出して押しつけても、どういうわけか刃が入っていかない。ツカサの握力でリンゴが多少凹んで終わり、認識や予想との相違に脳がじくじく痛む気がした。

 なにやら不可思議な剣だ、剣でありながら何かを切れないものは初めてだった。あまり深く考えず、そういうものだと一度受け止めておくことにし、空間収納にそのまま戻した。

 不思議を前にして緊張が緩み、睡魔を感じたので布団に潜った。次は豊穣の剣が気になってなかなか眠れなかったが、ヴァンにもたらされた緊張感よりはマシだった。


 ――― 翌朝、朝食を済ませて各々が動いた。

 ヴァンとシェイは昨日同様冒険者ギルドへ、ツカサはアッシュと共に南側の城郭へ移動した。

 アッシュが門兵に話を通し、ツカサは門兵の鎧を貸してもらい初めて変装という経験をした。それに、こうした所謂制服もこの世界では初体験だ。


「思ったより重くないかも」

「様々な技術が上がって軽量化は出来ていると思いますよ。動きの速さは求められる仕事ですしね」


 装着を手伝ってくれた門兵が笑い、バイザーを下ろして見せた。ツカサも真似をして下せば視界が少しだけ狭まる。

 腕当て、脛当て、胸当て、同じ制服であるチュニックにベルト、少し深めの帽子のような兜にバイザー、剣も借りて腰に吊るして門兵の完成だ。装備が軽いのはスカイの門兵を傭兵が引き受けていることも理由だろう。

 アッシュは城郭の上から不審者を探し、ツカサは門兵と共に門扉に立つことになった。とはいえ、前には出ず後ろでやり取りを偉そうに眺めているだけだ。

 門が開けば待っていた商人や冒険者、荷車を引く馬や人、乗合馬車から降りる人々が体を伸ばしながら列に並んだ。中には家族で分担して荷物を背負っている人たちもいて、彼らは王城からの伝達を真面目に受け取って誰よりも早く避難してきた者たちなのだろう。一泊してまた王都のほうに向かおう、と少し疲れた顔で言う父親とは裏腹に子供は元気いっぱいの様子で街の中へ駆けこんでいく。それを慌てて母親が追いかけて捕まえ、門兵が笑う。

 穏やかで賑やかな光景が広がっていた。面倒ごとはあるかもしれないが、こういう仕事も悪くはなさそうだと思った。

 朝から入門手続きは忙しい。ただ見ているだけなのも申し訳ないが、対応している間に見逃すのも怖い。ツカサは忙しいふりをしながら【鑑定眼】も使用して人々を調べた。マナリテル教はいなかった。

 昼を回るころだろうか、ふと嫌な感じがした。違和感の理由を探して周囲を見渡す。徐々に悪寒が混じりだし流石に気づいた、いるのだ。

 城郭の上にいるアッシュに視線を送れば目立たぬようにゆっくりと階段で降りてきて合流した。


「どうした?」

「嫌な感じがする」

「近いってことかな」

「たぶん」


 脂汗が滲み、顎を擦る。今すぐ冷たい水で顔を洗い熱い湯に浸かりたい気分だ。


「これ、来る、居るってわかるの不思議、魔導士が魔導士を感じ取るってこういうことなんだ。シェイさんの教えってすごいな。南から圧を感じるから、城郭の外で待ったほうがいいのかな」

「どいつか顔は見たいな、俺は哨戒してくるって言って少し出てみる。ツカサ大丈夫か? 顔色すごい真っ青だ」


 自分でもわかるくらいだ、他人から見れば明らかだろう。指先は冷たく足の感覚も失いそうで、これが女神か使徒かわからないが、使徒でこれなら女神はどうなるのかわからなかった。

 アッシュはここで待ってろ、と声をかけて門兵に事情を話に行った。その間に何度も深呼吸をして自分の魔力で全身を厚めに覆い直す。少しだけ楽になったような気がした。

 魔力を込めて目を開けば赤い魔力が門から街へ真横に勢いよく流れていた。他人の魔力を覆い潰すような赤い流れ、近くなればなるほど激流のようになってすべてを染め上げるだろう。

 来る方角はわかった。あとはその源流を追うだけだ。何度目かの深呼吸をしていればアッシュが再び合流し、背中を叩かれた。


「シュンの特徴は?」

「俺と同じ日本人。黒髪で、身長は俺より少し高いかも」

「なるほど、ツカサと同じ特徴を見ればいいんだな、わかった。どっちの方角から魔力は来てる?」


 ツカサは門扉の外へアッシュと共に移動し、やや南西を指さした。


「向こうのほうからぶわっと広がってる。道じゃなくて木立、森のほうなのが気になるけど。本当に行くの?」

「さっと顔を見たら戻る。顔さえわかれば、ツカサには違うことを頼めるだろ? 冒険者ギルドにいるヴァンたちにも伝えてもらうよう言っといた。たぶんシェイも気づいているだろうけど、あいつ体力ないし足遅いから、合流はそれなりに後だと思う。俺が斥候に行ったことだけ伝えておいて」

「俺も一緒に行ったほうがいいんじゃ」

「本当にシュンがいるかわからないし、最悪いるのが本命だった場合に俺だけじゃツカサを守れないし、二人だけなのは戦力不足だ。だったら俺一人のほうが逃げられる」


 な、とアッシュはツカサの肩を叩いて軽い足取りで走り出した。ツカサは魔法障壁をアッシュへかけてその背を見送った。シェイたちが来るならば合流し、後を追ったほうがいいだろう。

 冒険者ギルドの本部はオーリレアの北部にあるらしい。まだ行ったことがないので距離感に自信はないが、馬車や馬を利用して移動したとしても早くて一時間、昼の混雑に巻き込まれれば二時間はかかるだろう。

 このまま待つだけでいいのだろうか。先日ヴァンに話したように、【変換】がイーグリステリアの力の一部ならば出会うのは不味い。だが、待っているだけというのはどうにも落ち着かない。

 ヴァンとシェイに早く来てくれと祈りながら緊張を耐えていれば、ぶわっと魔力が弾ける感覚がした。自分ではなく南の方角から魔力の圧が広がり、衝撃が来ると思った、理解した。咄嗟に魔法障壁を広く展開しそれに備えた。

 門の外、入門のために並んでいた人の列が何かを感じて振り返る。その姿に叫んだ。


「逃げろぉぉ!」


 魔法障壁が届いていない人々が風圧に体をよろめかせ、そして浮かんだ。

 届け、間に合え、ツカサを中心に展開されている魔法障壁をもっと、もっとと広げるが、体の軽い子供が吹き飛ばされる。


魔法障壁(フォルウォル)!」


 ツカサとは別の方向から魔法障壁が展開され、同時、オーリレアの街からも魔力圧を感じた。

 いくつかの魔法障壁が重なり、ぶつかり、パァンッ、と弾けるように一帯を包み込んだ。

 次の瞬間、腕にびりりと衝撃が走った。魔法障壁に真っ赤な業火がぶつかり障壁の外でうねり駆け抜けていく。魔力を絶えず送り込み熱風がこないように遮断を心掛けた。

 時間にして三分もあっただろうか。グオウ、と炎が消えて青空が見えた。

 もう一度攻撃がある可能性に備えて魔法障壁はそのままに列に並んでいた人々に駆け寄った。

 先ほど地面を浮いて飛んだ子供や大人たちは圧がなくなって地面に落ちて転がったようで、呻き声や泣き声があちらこちらで上がっていた。


「怪我人は俺のところに、手当てする! 動けない人は呼んで!」


 叫んだところで今痛みに苦しんでいる人には届かないようで、ツカサはバイザーを上げて近い人から治癒魔法をかけていく。


「もう大丈夫、動けますか」

「あ、あぁ、ありがとう…! 門兵さん、なんだったんだ、あれは…」

「これから調べます、今は怪我人の治療を手伝ってください」

「わか、わかった」


 手当てをした人に他の人の救助を手伝ってもらい、ツカサは目の前に広がった阿鼻叫喚に震える足を無理矢理進ませ、声を振り絞って励ましの声をかけ続けた。


「門兵さん! うちの子を助けて!」

「大丈夫、今行きます!」

「いてぇ、いてぇよ! 誰か助けてくれ!」

「すぐ治ります」

「うわぁん! おかあさん! おとうさん!」

「大丈夫、治せるよ、泣かないで」

「なんなんだ、どうしてこんな目に」

「調べますから、大丈夫!」

「お願い! 早くして!」

「こっちが治ったらすぐに行く!」


 怪我人は百人はいるだろう、並んでいた人数の多さが仇となった。

 門兵も冒険者も出てきて救助と治療に当たるが、治せば治すだけ助けを求める人の声は増える。なぜ自分を優先しないのか、父が、母が、子が、兄が、姉が、妹が、弟が死んでしまうと叫ぶ声に誰を診ればいいのか、誰を治せばいいのかがわからなくなってくる。

 思考が止まり周囲を見渡してかける声を失ったツカサは自分の頭が回っていないことだけはわかった。重篤な者から救うのはわかる、だが、ツカサには怪我の度合いがわからないのだ。

 タッタッ、と軽い足音がしたのはその時だ。


「癒しよ癒し、生きる命を引き留めて」


 どこかで聞き覚えのあるフレーズが聞こえた。こちらの大陸(オルト・リヴィア)に来てから聞かなくなったその詠唱の仕方は、低くなったが優しい声は、ツカサはぎゅうっと目を瞑った。


「ヒール」


 ぱぁっと杖先から溢れた光が降り注ぎ、その光景に目を奪われた怪我人が、その家族が、恐怖に叫び続けていた人が声を失くす。そうしている間に外傷が治り、痛みが引いたことに安堵を覚え、脱力し息を吸う。


「騒がしい時、混乱が酷い時はそれを超えるだけの驚きを与えてしまえば静かになるんだよね。僕を治してくれたあの人が見せた光景は、何も治癒魔法の効果の高さだけじゃないって、学んだよ」


 振り返り、もっとよく見ようとして兜を外す。じわっと流れた汗がこめかみを伝い、それが目じりから零れる何かと混ざるのを感じながらも拭う余裕はなかった。


「範囲治癒なら任せて、魔獣暴走(スタンピード)で嫌というほど経験したんだから」


 すらりと伸びた身長、優しい目元はそのままに幼さを卒業し、精悍さを得た青年が懐かしそうに微笑んでいた。


「お待たせ、ツカサ!」

「ロナ!」


 この世界で初めてできた友達が胸を叩いてツカサに笑った。




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