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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
終章 異邦の旅人

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4-19:【変換】をつかって

いつもご覧いただきありがとうございます。


 ヴァンの怒声に目を見開き驚いていれば、当の本人は誰にも目をくれずにリビングを通り抜け荒い足音を立てながら階段を上がっていった。初めて見るヴァンの形相にツカサは声も出なかった。


 扉を閉めて盛大なため息を吐いてシェイが疲れた顔で席に着く。エーディアがお茶を出せば小さく礼を言ってシェイはそれを飲み、再びため息を吐いた。


「危機感がなさすぎる」


 ヴァンからも聞いていた言葉が出てきて、なんとなく予想がついた。真面目に取り合ってもらえなかったのだろう。


「王家からの伝令は届いてんだが、冒険者ギルドのほうよりもこの近辺の統治者である貴族が問題だ」

「ここはバリマエル男爵だな」


 シェイが頷き、アッシュと軽い愚痴を言い合っているのを聞きながら、ふとマリナの手紙を思い出す。金を出し渋った領主のことが書いてあったはずだ。


「俺、貴族のことをよく知らないんだけど、この街に貴族も住んでるの?」

「あぁ、そうか。貴族のすべてがそうというわけじゃないが、だいたいは首都か、その近くに居を構えてることが多い。んで、バリマエル領の主都がここなんだ。お前の故郷での市政がどうかは知らないが、貴族の在り方にもいくつかの種類がある」


 シェイはアッシュに紙を出させて少し下手な絵を描いた。

 市政を細かく取り仕切る者。大枠を決め、冒険者ギルドや町長、市長に任せる者。最後に、何も関わらず市政官を立ててすべてを任せる者。ここオーリレアを有するバリマエルは市政を細かく仕切りたがる人物なのだという。

 やり方は家の方針でかなり違い、シェイの領地は大枠を決めその街の長と市政官をどちらも登用しているという。不定期で監査は行うらしいので不正には厳しいそうだ。

 紅茶を飲み切って椅子に深く座り、シェイは天井を仰いだ。


「バリマエルはうるさいことをぬかしやがってんだ。街から離れている間の税収だとか、本当にその危機があるのかとか、人のいない街の管理とかな。言っていることは正しいが、国としてその点を対応してねぇわけじゃねぇ。国庫と王族の個人資産から保障はあるし、王都近郊に仮滞在所も用意が進められてる。街の管理防衛に、二軍以下国軍の派兵も決まってる。奴らにどう説明したかはわからねぇが、フィルのことだ、言いくるめることくらいはしてのけるだろうさ。だから安心して人命を優先しろって言ってんだが、どうにも危機感がねぇ。まぁ上から通達されたところで、危機感や生きようとする意思のない奴はいくら助けようとしたって死ぬもんだ」


 お前に生きる意志がなければ守れない、とラングに言われたことを思い出しながら、ツカサは首を傾げた。


「王城から人命にかかわるって言われてるのに、そんな感じなの?」


 ツカサにしてみれば事態に直面していて危機感はよくよく理解しているが、目に見えないものに対して人が鈍いのは如何ともし難いのだろう。国軍のトップが二人揃って出向いたにも拘わらず、信じていないのだ。

 アッシュが肩を竦めた。


「実際、スカイは災害も少ないし戦争もなかった。俺らの祖父母世代までは例の二百年前の事件とかもあったから、有事に対しての気構えはあったらしいんだけど」

「うーん、でも、さっきも言ってたけど王城からのお達しなんでしょ? 従わないっていう選択肢、ないと思うけどな」

「ヴァンからいい貴族、わるい貴族の話は聞いてないか? してそうなもんだけど」

「あぁ、さらっと聞いたかも」


 自分を律せるかどうか、という話か。ツカサはアッシュに頷いて続きを待った。


「バリマエル男爵はもし本当に何かが起こったとしたら、住民を盾に逃げるつもりだろうな。責められたところでどうせ、住民の避難誘導や説得に時間を費やしていたため、初動が遅れました、と報告するだろうさ」

「最悪じゃん、それが許されるの?」

「いいや、王家は許さない。国王陛下は手足目耳が多い。貴族の対応はしっかり見られている御方だ。軍の諜報部である俺たちですら追えないところあるからなぁ。もしくは向こうと密約があって黙っている可能性もあるけど」

「だがまぁ、陛下のそれは軍事ではなく(まつりごと)の情報収集に比重が置かれてる。今回のマナリテル教の件では手が借りられん。はっきり無理だと断られた。こういう時だからこそ、内政の手を緩めてはならないのだ、とな」

「信じて任せられてる、ってことだ」

「単純に使えない貴族を片付けて、能力ある者に爵位を与えたいだけだろ。スカイじゃ貴族の入れ替わりはよくある話だ」


 何やら国の上層部とのやり取りもいろいろあったようだが、ツカサは別件で難しい顔をした。


「マナリテル教ってそもそも何人くらいで来てるんだろう?」

「その辺は把握してるよ、じゃなきゃ範囲は絞っていても【空の騎士軍】六百人程度で人海戦術なんてできないさ。言ったろ、俺ら数は気にするほうなんだ。数を知りたいなら先に教えてやるけど、教徒四十人、特殊部隊四十人、司祭一人、剣士一人、おまけが一人。ちなみに食った後の数だからな? 船一隻分三十人は腹ごしらえに消えてる。とまぁ、これは情報の一部、全員揃ってからすごい量の情報を詰め込まれると思うからな、覚悟しとけよ」


 口端が引き攣ったのが自分でわかった。シェイは壁際に控えていた二人を振り返った。


「エーディア、シルドラ、この拠点をしばらく使うことになった。この街に明るいのはお前たちだからな、情報操作に協力してほしい」

「もちろんそれはぁ、構いませんけどぉ。何をすればいぃですかぁ」

「ヴァンからの指示を伝える。まずは南から避難民が逃げてきているという噂を流せ。風の精霊から、ここから三日くらいの距離に人の列があると報告を受けたそうだ。王都へ向かう足を求め、一時的な休息を、食料を求め、この街に順次来るだろう。お前らは買い物ついでに話題に出して自然災害危機の信憑性を上げろ。同時に、潤沢な食料が王都には用意されていること、仮滞在所があること、道中を国軍が護衛していることなど安心材料もばらまけ。期間はおよそ一か月、そのくらいなら小旅行と考えられる者もいるはずだ」

「はぁい、わかりましたぁ。それでついでに何人分買ってくればぁ、いいんでしょぅ?」

「少し多めに十三、四人分でいい。一先ず一週間程度を見込んでる。お前たちの食料も忘れるなよ」


 シェイは革袋をエーディアに投げ、重さを確かめてから彼女は頷いた。


「委細承知ぃ」


 のんびりとした動作で軍式の礼をし、エーディアは軽やかな足取りで出て行き、その後をシルドラが追った。

 それを見送り、ツカサはなんとなく天井を眺めた。


「ヴァンは大丈夫かな」

「大丈夫だ、腹が減ればそのうち降りてくる。人命を尊ばないあたりが一番の逆鱗だが、随分見下されたからな。一介の冒険者風情がどうのこうの、床に這えとまで言いやがった」

「あれ、冒険者って体で行ったのか? 辺境伯の名は使わなかったんだな」

「使ってたらもっと厄介なことになってただろうしな。冒険者ギルドには金級冒険者としてのほうが話が早い」


 国軍のトップがいいか、冒険者がいいか、だ。よくよく話を聞けばギルドマスターと男爵が同席してのことだったので、【快晴の蒼】として対応したのだという。相手の立場で態度を変えるのは貴族らしくはある。

 もし高位貴族であるとでも名を出せば、ラノベや漫画で見る歓待など、何か面倒事があるのだろう。ある程度腹が膨れて気が緩んできた。


「ツカサ、部屋決めておいたら? 二階、早い者勝ちだぞ」

「あぁ、じゃあ、先に選ばせてもらおうかな。少し休んだら出かけてもいい?」

「俺がついてくよ、早く済ませたいだろ?」

「うん、頼むよアッシュ。そしたら三十分後くらいでいいかな」

「了解、シェイには経緯を話しておく」


 フットワークの軽さに感心しながら、ツカサは先ほどヴァンが上がっていった階段を上った。ヴァンのいる部屋がどこなのか聞きそびれてしまったが、一つのドアから近寄りたくない気配がしたのでおそらくそこだ。ツカサは適当な扉を開いてマントを外し、コートラックにかけた。

 部屋はシンプルで質素、仮滞在用で本当に必要最低限のものしかなかった。机、椅子、整えられたベッドが二つ、タンスが一つと見晴らしがいい。タンスの中は空っぽだったが、これは荷物置き場なのだろう。窓は中庭に面していてこの建物がコの字型なのがわかる。ルフレンのいる厩舎も、井戸もあり中庭で鍛錬ができそうだ。

 ここまで駆け足で来た疲れがあり、ツカサは少しだけベッドに横になった。


 ――― 僅かな休憩の後、ツカサはアッシュと共に再び市街へ出た。シェイからはまたとない機会だ、使うと決めたなら遠慮はするな、とアドバイスを受けた。怖いスキルを私利私欲で利用しないようにストッパーをかけていただけに緊張してしまったが、守ると決めたならば芽はすべて摘んでしまおうと自分を鼓舞した。

 東の四番通り、入ってすぐ手前には一軒家が、奥に行くにつれて横長住居が連なっていく。オーリレアが繫栄するにしたがって横長住居が増えていったのだ。

 新旧の建造物が混ざる光景は故郷でも見ていたというのに、この街がどう発展し広がっていったのかを想像するのは楽しかった。

 すっかり日も落ちて街灯が煌々と足元を照らしていた。家々を結ぶように吊るされたランタンもまた異国情緒を感じさせる。市内馬車を利用したとはいえ、すでに遅い時間帯だ。家によっては眠っているかもしれない。そう思うと足が自然と速まった。


「外食してる時間はないから、気になるもんあったら帰りに市場で買えよ。帰りの時間によっては値引きされてるかもしれないぞ」

「うん、わかった。帰り狙ってみようか」


 風景に目を奪われていたツカサを呼び戻し、アッシュはぐぅっと腕を伸ばした。


「青い花のある一軒家だったな」

「そう言ってた」


 オレンジ色の差した夜の色味は少しだけ青を探し難かったが、道行く人に尋ねれば眉を顰めながらも教えてもらうことが出来た。

 意外にも花の手入れや庭の手入れはきちんとされていた。性格の荒れている人は身の回りのことも荒れているイメージがあったが、特定の事項、エレナやマリナに関わらなければ案外まともな人なのかもしれない。家族構成を聞き損ねていたなと考えながら振り返れば、アッシュは家の敷地に入ったところで止まりじっと待っていた。ここからは手も口も出さないの意であると理解し、ツカサはドアノッカーに手をかけた。

 一つ深呼吸してドアノッカーを鳴らす。はい、と出てきたのは若い娘だった。


「こんばんは、突然すみません、ホリィさんに…会いたいのですが」

「母に? どちら様ですか?」


 驚いた、ホリィは結婚していたのかとツカサは目を見開き、その様子に娘は外に出て扉を閉め、首を振った。


「私はホリィの妹の子供です。あの人の実子じゃありません。あなた誰なんですか」

「本当に突然すみません、俺は、実子じゃないけどエレナの息子です」


 訝し気な表情で上から下まで眺められ、ツカサは仕方なさそうな苦笑が浮かんだ。


「あの人の愚痴でエレナに息子がいるとは聞いたことないけど」

「今日伝えたから、明日からは増えるかも」


 苦笑いをそのままにそう言えば、娘はまだ信用していない顔で睨んできた。


「だとしても、何しに来たのよ」

「ホリィさんの心持ちを変えられないかと思って。エレナのこととか、マリナのこととかお互い、いろいろ気を揉んでることがあるよね」

「勘弁してよ、親が病死して引き取られた伯母さんの家で、これ以上苦労したくないわよ。わかる? 毎食の食卓で同じことを延々を聞かされる苦痛」

「それが花の話題に変わったらどう?」

「さっきから何言ってんのか全然わからないんだけど」


 説明が難しい。マサトシたちはなんでもあり得るだろうという柔軟な思考があったが、こちらはそうではなさそうだ。日々のストレスに晒されて余裕がないのかもしれない。


「俺、ちょっとした魔法があるんだ。後ろ向きな人を前向きに変えられたり、そういう魔法」

「それが母、伯母とどう関係があるのよ。まさかあの人を変えようっていうの? 無駄に決まってる。変な宗教はもっと御免よ、私は敬虔なミヴィスト教徒なのよ!」

「違う、宗教じゃなくて! 無駄だと思うなら一度試させてもらいたいな。従兄弟夫婦に子供が出来てるから、心配なんだよ」

「そもそも、そっちの家が伯母の恋人を奪わなければこんなことになってなかったでしょ!」

「マサトシは自分がマリナを選んだって言った。俺には当時何があったかわからないけど、だからって君が毎日そんな目に遭わなくったっていいでしょ」

「誰のせいで」

「誰のせいでもないと思ってる。ただ、現状を変えたいんだよ。(きみ)息子(おれ)には関係ないことだろ?」


 目の前の娘は目の下にくまがある。充血した目もよく眠れていないからだろう。人の愚痴を聞き続けるのも体力と精神を消耗し、心が疲弊していく。思考だって鈍るものだ。

 もしそうだとしたらその隙を狙えと言ってきた軍人たちの言葉が怖かったが、そうさせてもらうことにした。

 なにより、ホリィを変えることで救われる人がここにいるのかもしれない。いると思いたい。


「胡散臭いのはわかってる」


 自分だってこんなことを言ってくる相手をすぐには信用できない。けれど、どうか少しの可能性に縋って折れてくれと祈った。

 娘は少しの沈黙の後、疲れ果てた顔で深い息を吐いた。


「もう、どうでもいい。本当に疲れてるの」


 伯母さん、と娘が声を上げた。向こうからぱたぱたと足音がして、市場で出会った女性が顔出し、嫌悪感を露わにした。


「ディーネ、こいつは」

「突然すみません、市場では失礼なことをしたなと思って、お詫びにきました」


 がなり立てようとするのを先手を打って止める。胸に手を当てて礼をすれば文句を言う姿勢のままでホリィはツカサを窺った。

 まずは二メートル、この距離で【変換】を意識する。ホリィは話の続きを待って首を傾げ、この距離ではだめなのだとわかった。足を踏み出して近寄れば流石に身構えられた。ツカサはポーチから宝石の原石を取り出して差し出す。


「お詫びです」


 ちらりと視線がいき、美しい原石の輝きに興味を惹かれ思わず手が伸びる。宝石に触れようとした手を包むようにもう片方で捉え、ツカサは【変換】を使った。

 過去の思い出がこの人を強くしてくれますように。そんなこともあったな、と苦笑いを浮かべるような、そんな過去に変わるように。姪を愚痴のはけ口にしないように変わってほしい。どうか今を幸せだと思えるようになってほしい。

 それが姪、ディーネをきっと救ってくれると信じて。


 時間にして一分も経たず、手元にあった違和感が消えた。ホリィは膝から力が抜けるようによろめき、へたりと座り込んだ。さぁっと青くなってディーネはホリィを支えた。


「伯母さん!? わ、私なんてことを! こんな不審者の言うことを信じるなんて! 伯母さん大丈夫!? ちょっとあんた!」

「大丈夫よ」

「伯母さん!」


 目元を押さえて何度か瞬き、ホリィは険の取れた顔をディーネに向けた。もう一度、伯母さん、と呼んで確かめるディーネに、ホリィは小さく微笑んだ。


「何かしら、なんだか、昔のことを引きずって、こだわりすぎていたように、今は思うの」


 今までのホリィならばしない発言なのだろう、ディーネはぎょっとした顔で伯母を見た。


「ごめんねディーネ、あなたに八つ当たりをしすぎてしまったわね」

「う、ううん、そんな…大丈夫…」


 ひどく困惑しているのがこちらにも伝わり、ツカサも困ってしまった。それはそうだ、今まで共に生活していた人が全くの別人のようなことを言うのだ、どう接すればいいかわからないだろう。


「家の中で休ませてあげて」

「そう、ね。伯母さん立てる?」

「大丈夫よ。あなたにも悪いことをしたわ。自分の母親が死んだように話されるのは気分が悪かったでしょう」

「もう、気にしてません」

「そう、ありがとうね」


 ディーネに支えられながら家に戻るその背中をツカサは見送った。そのまま踵を返してアッシュと合流しようとしたのだが、背後からばたばたと足音が聞こえて振り返った。

 次の瞬間、ディーネがまるで怒っているかのような表情でツカサの胸倉を掴んだ。


「なんなの! あれはなんなの!?」

「ま、魔法をつかって」

「伯母さんが! 謝ったの! 私に! あれだけ執着してたのに嘘のように! なんなのあれ! 本当に伯母さんなの!?」

「まほうで…」

「あんた神様なの?」


 一頻り叫んだディーネはゆるりと腕から力を抜いてじわりと涙を目に浮かべた。


「いや、違うよ、冒険者だよ。ちょっと特殊な魔法はあるけど」

「…あんたにはわからないでしょうね、七つのときからずぅっと聞かされてきた愚痴が、呪いが、こんな呆気なく、謝られることの困惑が、苛立ちが」


 感情が入り乱れてどれが正しいのかわからない様子でディーネは両手で顔を覆った。おろ、とツカサは手を彷徨わせたがそれが届く前にディーネが言った。


「嬉しい、嬉しいけど、嬉しいだけじゃない、どうすればいいのかわかんないのよ。これから伯母さんとどんな顔をして話せばいいの? 私、愚痴を聞くことでしか伯母さんと関わってないのよ」


 愚痴を言う人、愚痴を聞く人で出来上がった関係性は一朝一夕で変えることはできないだろう。片方を【変えた】としても、残ったほうの葛藤は残る。ディーネの受け取り方を【変える】こともできるだろうが、必死に受け止めようとしている彼女にそれをするのは、何かが違うとツカサは思った。

 勝手でごめん、と胸中で呟き、ツカサは自分の経験を伝えるに留めた。


「環境を変えてみたらどうかな。たぶんそのうち冒険者ギルドから報告があると思うけど、この近辺で自然災害が起きそうなんだって」

「なにそれ…、どうしてそんな話知ってるのよ」

「冒険者だから」


 理由になってはいないだろうが、それで収めてほしいと言葉は続けなかった。

 ディーネはゆるゆるとしゃがみ込んで先ほどホリィが手を伸ばしていた宝石の原石を拾い上げた。


「ほんと意味わかんない、長年苦労してきたの、なんだったのよ。どうすればいいのよ。伯母さんのこともその話も」

「王都のほうに小旅行でも行くつもりで、二人で避難したらどうかな。その原石、上手いこと使ってよ。その道中でいろいろ見れば感想とか、話はできると思う。俺がそうだったんだ」


 様々な街を見て、景色を見て、時に美しさに涙を流して、泣いて笑って。お互いに共有することもあれば、ただ黙って同じ空を見上げていたこともある。

 ディーネは憔悴した様子で原石を眺め、しばらくしてこくりと頷いた。ふらりと家に向かって戻りながらディーネはぽつりと言った。


「ごめん、たぶん助けてもらったんだと思う。人生変えてもらったんだと思う。でも、わかってるんだけど、どうしてもお礼を言う気にはなれないの」

「いいよ、俺の自己満足だから」


 そう、とディーネは扉を閉めた。

 大きく深呼吸、ツカサは無意識に握り締めていた手を開いた。ディーネのことも変えたほうがよかったのかもしれない、けれど、何もかもを変えることがいいことかどうか、ツカサにはわからなかった。これがツカサにとっての最善だったのだと覚悟を決めた。

 大変な仕事をやり遂げた気持ちで振り返ればアッシュがにっこりと笑っていた。そちらへ行けばどすりと胸板に拳を当てられ、ぐっと息が詰まった。


「上出来じゃん? 世渡りも上手そうだな、なんでラングがいるとダメなんだ?」

「褒めるか貶すかどっちかにしてくれない?」


 今ツカサの胸にあった小さなしこりをアッシュは揶揄って気にしないようにしてくれたのだろう。ラングともアルとも違う対処法に不思議な気持ちでいれば、アッシュは肩を竦めて歩き出した。

 その横を歩き、東市場に入る。街はすっかり真夜中だ。外に置かれたテーブルと椅子には酔いもいい頃合いで柔らかい笑みを浮かべている人々がいる。頬張る肉のジューシーさ、並べられたチーズの匂い、堪らずにいくつかのサンドイッチを買い込んだ。

 中には今日この日にプロポーズをしている青年がいて、テーブル横に膝を突いて愛を乞う青年の真剣な眼差しと、女性の泣きそうなほどに嬉しく、くしゃりとなった表情が耳目を集め、口笛や拍手などで祝福されていた。

 この営みを切り上げて逃げろと言われれば、住民たちの困惑も大きいだろう。どうしたらわかってもらえるのだろうか。


 食事をしっかり買い込んだところで、一瞬、地面がぐらりと揺れた。


「地震?」

「みたいだ、スカイじゃそんなにないんだけどな」

「うわっ」


 揺れが大きくなり、机が、乗っていたコップが振動でかちゃんと落ちる。ゴゴゴと地鳴りの音を立てて大地が揺れ、家々の間に吊るされたランタンが大きく振り子のようになっている。振動は三十秒ほどで収まった。

 揺れに慣れていない人々はざわつき、食事をとっていた相手と今のことについて話し合っている。食事を切り上げて帰る人もいて、急に慌ただしくなった。


「戻るぞ、状況を調べよう」

「はい」


 アッシュに言われ、ツカサはその後を追って走り出した。




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