4-18:【家族】との出会い
いつもご覧いただきありがとうございます。
「ははぁ、なんだか面倒な出会いを経験したなぁ」
先ほどあった出来事をアッシュに話せば、なんとも言えない表情で感想を返され、そのまま【変換】の使用について尋ねてみればこちらには難色を示された。
「俺の考えだから、結局決めるのはツカサなんだけどさ。俺にしてみればエレナだって知人程度、マリナはそもそも赤の他人、そこに首を突っ込むのもなぁと思うわけさ。故郷が変わってないなら、それだけその面倒事も流すなり対処してきたんじゃないか?」
「ううん、言われてみればそうだけど」
「ツカサはホリィだっけ? にしか会ってないし、どうしたいのか当事者に聞いて考えれば?」
「そうだね」
確かに、この街で生きてきたのはマリナとホリィなのだ。ツカサは感情的になっていた自分を自覚して、冷静であろうと深呼吸した。
気を取り直して前を向く。東の三番通りは市場から逸れてそう遠くないところにあった。家々の形は変わらず高い屋根にレンガ造りの一軒家と横長住居が混在して並び、一見すると違いがわからない。
あとで知ったことだが、一軒家は長い間オーリレアに住む人々の家で、横長住居は後から出来たそうだ。ルフネールの橋の上の街を彷彿とさせ、城郭の背が低いのは拡張をしやすいからだという。
すれ違う人に尋ねマリナの家の目印を教えてもらい、オレンジ色の鉢植えが玄関にある家を目指した。よくよく見れば花や色の違う、組み合わせが様々な花壇が各家にあった。住民たちも判別のためにいろいろ工夫しているのだろう。そこで選ぶのが花なのがのんびりとした気質を感じさせた。
しばらく行けばオレンジ色の花が揺れる家を見つけた。横長住居ではなく一軒家、腰丈の低い石垣の囲いの中にレンガ造りの一軒家があった。緊張して息を吸い、ドアノッカーを鳴らす。
遠くから声がして、少し待てばぱたぱたと足音が聞こえた。がちゃりと開いたドア、その先ではエレナによく似た女性が首を傾げていた。
「あら、どなたかしら」
ツカサは声を失っていたことに気づいて咳払いをする。
「突然すみません、マリナさんへ届け物を預かっていまして」
「届け物? マリナは私だけれど、何かしら」
腰のポーチから出すようにして、随分昔に預かった小箱を差し出した。
「エレナからです」
マリナは名前にハッと顔を上げて小箱を受け取った。そうっと開いてその中の石鹸と折りたたまれた手紙にじわりと微笑を湛えた。
「じゃあ、あなたがツカサ?」
「そうです。エレナ、俺のことも手紙に書いてくれてたの?」
「えぇ、手助けしてあげてねってこれには書いてあるけれど、つい最近連絡があって。まぁまぁ、顔をよく見せて頂戴」
お互いに笑いあって、頷きあう。マリナがツカサの両頬を包んで顔を眺めた後、ぎゅうっと抱きしめてくれた。
「いらっしゃい、それからおかえりなさい。甥っ子に会えるのを楽しみにしてたのよ」
温かい言葉に涙が出そうになった。もしこれでエレナと共にスカイに来れていなかったら、この人がスカイでの唯一の知り合いだっただろう。
草原に行っている間、エレナが連絡を取った内容については少ししか聞いていないが、自分のことがどんなふうに書いてあったのか温かい気持ちで想像した。
ハグを返していれば奥から男性が出てきて驚いた顔でツカサを見ていた。
「エレナの手紙の子か? もしかして、君は日本人?」
「はい、ツカサ・アルブランドーと言います。家名は違っても、エレナの息子です」
「ほう、帰化したのか」
「少しだけ事情が複雑なんです」
「込み入った話は中でしましょうよ! あちらの方も時間はあるかしら」
ツカサとマリナのやり取りを見守っていたアッシュに視線が向き、ルフレンを撫でていた手が止まる。アッシュが首を横に振り、ツカサは申し訳なさそうにマリナの手を取って笑みを浮かべた。
「すみません、実は他にも依頼があって、先にそっちを片付けないといけないんです」
「あら、そうなのね。いつまでここに滞在するの? お茶でも食事でも一緒に時間を過ごしたいわ。うちの息子とお嫁さんも紹介したいし、エレナのことも聞かせてほしいの」
「もう一つの依頼次第です。ただ」
ぎゅっと握った手をゆるりと離した。
「今はまず先に、逃げる準備をしてください」
脈絡のない言葉に夫婦は顔を見合わせ、夫よりも先に妻が口を開いた。
「理由を聞かせてもらってもいいかしら。エレナの石鹸と手紙を持ってきたあなたを疑っているわけじゃないの、ただ、どうしてそうしなくちゃいけないのか、突然のことだから理由がほしいのよ。逃げるといってもどのくらいの距離、時間なのかでも、荷造りが変わるもの」
とても強い人だと思った。人の話を馬鹿にするでもなく、自分の混乱した気持ちを抑え、理路整然と話す姿が姉であるエレナを思い浮かべさせた。
「信じてくれるんですか」
「異世界に来ているとね、なんだか常識の範囲外のことも、そうなのかぁ、と受け入れちゃうものなんだよ」
「マサトシの言うとおりよ」
苦笑を浮かべて言う男性、マサトシにマリナが笑う。
肩越しにアッシュを見遣れば頷かれたので声を落としてツカサは話した。
「えっと、もう一つの依頼というのが特殊なものなんです。自然災害が起きそうで、他にもいろいろ理由があって、とにかく王都のほうまで…イーグリスにエレナがいるので、マリナさんたちはそちらでもいいかも」
「王都までというと、かなり距離があるな? イーグリスにしたって生活資金は必要だろうし」
そうね、と夫婦顔を見合わせる。まだ納得はできていないだろうに、二人は前向きに受け止めてくれていた。
「身内、と言って怒られないか心配ですけど、俺も人なので贔屓する気持ちはあります。少しですが生活資金は出させてください。俺の個人資産からのことなので、文句も言われないと思い、ます」
「好きにしな」
ちらりと見遣ればアッシュは笑って肩を竦めた。
「イーグリスに行ってみようかしら。いろんなものがあるというし、エレナもいるというし、旅行ということで」
「サトルとシェリンにも話さないといけないね」
サトルが息子、シェリンがその妻なのだろう。ツカサにとっては従兄弟夫婦にあたる。
ここまで信用してもらえるとは思わなかったが、ツカサは革袋を取り出してマリナの手に持たせた。
「今、仲間が冒険者ギルドと役場にも出向いています。シェリンさん、が、冒険者ギルドにいると耳にしているので、そっちからも情報があると思います」
「わかったわ。あなたが何の依頼を請けているかはわからないけれど、気をつけてね」
「ありがとうございます。あ、そうだ、一つだけ」
少しだけ周囲を窺って、ツカサはホリィのことを尋ねた。二人は何度目か顔を見合わせて苦笑を浮かべ、手短に説明してくれた。
「あの人に会ったのね。ホリィは【渡り人】を好きになる質なのよ、最初はヨウイチ義兄さん、それからマサトシ、どちらも私たち姉妹が一緒になったから、奪われた気持ちでずっといるのよ」
「東区じゃ有名でね。義姉さんを選んだのはヨウイチ義兄さんだし、マリナを選んだのは私なのだが、どうにも」
「エレナが人を見下した態度で、とか言ってたけど」
「それは…エレナも悪いのよ。若気の至りというか、昔っから勉強ができて口も達者だったものだから。妹の私でさえ嫉妬した時期があったもの。ホリィのこと、相手にもしてなかったのよ。その態度を見下している、馬鹿にしているとホリィが感じても仕方ないと思うわ」
「そこにヨウイチ義兄さんが加わって、泥沼って感じでね」
「なるほど…」
ホリィの発言を真正面から受け止めていたが、当人たちからすれば日常の一幕なのだろう。成熟した人間としてのエレナしか知らないので新鮮にも感じ、もしかしたらヨウイチがエレナと旅に出たのはそうした悪意から守るためだったのではないだろうか。エレナにもラング同様、苦い記憶があるからこそツカサに様々な苦言を呈していたのだ。
だとしても、ヨウイチやエレナが死んだ前提での罵りようは気にかかる。
「とても聞いていられる愚痴じゃなかったですけど」
「そうね、私たちも不愉快ではあるわ。でも、言い方は悪いけれど哀れな人なのよ。悪口でしか人と話せなくて、今じゃ避けて通られて。ヨウイチ義兄さんやマサトシと一緒になれたからって、幸せになれるわけじゃないのに」
ふと、ヴァンの言う危機感が足りないという言葉が浮かんだ。もし、ホリィが最終的に殺してしまうほど一方的に恨みを募らせたなら、この人たちは止めようとして全員が死ぬ気がした。
ツカサはぐっと拳を握って顔を上げた。
「あの、俺、あの人が皆さんに絡まないようにできると思います。もし、それをしてよければですが」
「…もしかして殺すの?」
「いえ、違います。話を聞いて、今が幸せだと思えば罵倒や愚痴が減って、生き方が変わる可能性があるかなと思って。最初は変わりように驚くかもしれません」
マリナは先ほど逃げろと言った時とは打って変わって困惑の表情を浮かべて首を傾げた。マサトシはじっと考え込んでから尋ねた。
「正直、ホリィが変わるとは思えないが、君にはそういう伝手が?」
「まぁ、そうですね。詳細は話せませんけど」
「…マリナ、ツカサくんがどうするかはわからないが、頼ってみてはどうだろう? シェリンもおなかに子供がいるし、何かあってからでは遅い。サトルもその心配があるから住居を他の街に移そうと言っていたじゃないか。…君が生まれ故郷を、エレナの戻る場所を残したい気持ちもわかるけれど、いい機会だ、いろいろ決断するタイミングなんだよ」
ある程度不安要素として会話には出ていたのだろう。マサトシは縋るようにツカサを見た。
「その伝手というのは、どのくらいの時間がかかるものなのかな」
「ホリィに会いさえすれば、そんなには。イーグリスに行って帰ってくるころには解決すると思います」
「なら、我々はさくりと行ってしまおう。シェリンのこともあるからね」
「あ、ホリィの家だけ教えてもらえますか」
「東の四番通りの青い花の一軒家だ。他の色はないからすぐにわかると思う」
「ありがとうございます」
目の前で夫と甥っ子が決めていく話に、生まれた時からの隣人であるマリナには少しだけ思うところもあったようだが、最終的にはそうね、お願いしたいわ、と頷いた。
「孫の顔は見たいもの。それに、私たちにこだわらないほうがきっとお互いに幸せよ」
マサトシが優しくマリナの肩を抱いて慰め、再びツカサに視線を戻した。
「出会ったばかりだというのに、いろいろと気を配ってもらってすまないね。君の用事が落ち着いたら一緒に食事をしよう。息子夫婦にも、生まれてくる君の甥っ子姪っ子にも、ぜひ会ってほしい。その恰好、冒険者なのだろう? 旅の話も聞かせてほしい」
「ぜひ。いろいろ終わったら伝達竜を送ります」
「ツカサ、そろそろ時間だ。遅れる」
アッシュから申し訳なさそうな声が届き、ツカサは咳払いをして夫婦に向き直った。
「移動するまでにもう一度会えるかわかりません、だから言っておきます。エレナによろしく伝えてください、それから、道中お気をつけて。革袋の中身はしっかり使ってください」
「革袋…」
「ありがとう、ほかにも移動する人がいるだろうし、くっついていくさ」
マリナは革袋を軽く揺らして首を傾げ、マサトシは急ぐツカサを引き留めないように言い、手を差し出した。ぐっと握手を返しツカサはアッシュのほうへ足を踏み出す。
「気をつけてね、体を大事にして」
「はい! ありがとうございます!」
ツカサは大きく手を振って駆け足にアッシュの下へ戻った。アッシュは笑ってツカサを促し、約束の場所を目指し始めた。
道中会話はなかった。
ツカサはこうまでも受け入れてもらえるとは思わず、胸の中が温かいもので満たされている気がした。
マリナもマサトシも優しかった。血の繋がりはなくてもあの人たちからツカサへの親愛を感じられ、それに対して自分も返せていたことに不思議な心地でいた。もっと、親しくなるのに時間がかかったり、身内に接するような距離感は時間をかけて得るものだと思っていた。そうした予想に反してツカサ自身が彼らを受け入れられたことが今になって驚きとしてそこにあった。
マサトシ自身、ここで受け入れてもらった側だからこそ、ツカサの緊張を感じ取っていたのだろう。気配りに礼を言われたが、それはこちらのほうこそ、そうだったなと思い、戻ってお礼を言いたい気持ちに駆られた。そうするわけにもいかずツカサはアッシュが足を速めたのに合わせて小走りになった。ルフレンは余裕の表情で楽しそうにカッポカッポと並走して人垣をそれとなく割っていた。
「こういう時、馬に乗れたらと思うよ」
「アッシュはなんで乗れないの?」
「小さいころに馬から落ちて、かつ、踏まれかけたんだ。それから乗って、落ちる、踏まれる、みたいな苦手意識がさ」
「あぁ、それはちょっと、怖いかも」
恐怖症に対してルフレンだから大丈夫、とは言わないほうがいいだろう。トラウマというのがそう簡単に払拭できないのはよく知っている。
鐘が七つ鳴るころ、どうにか宿街から南に一本入ることができた。東から西へ移動したため、距離がかなりあった。途中アッシュを市内馬車に乗せツカサはルフレンに乗ってのぎりぎり間に合った。
剣と盾の意匠を探す余裕などなく、真っすぐにアッシュが正解の一軒家に辿り着いた。
「やっていいぞ」
ツカサがやりたいと言ったことをちゃんと覚えていてくれた。どきどきしながらドアノッカーを五回鳴らせば、向こうで人が止まる気配がした。
「ううん? 雨が降るかもしれないな」
「空はいつも晴れている」
中でじっとこちらの様子を窺っているのがわかる。鍵が開く音もしないのでツカサもじっと待った。
「早く開けろよ」
アッシュが嘆息しながら言えば、かちゃんと開く音がして女性と男性が顔を出した。
「あら、まぁ、悪戯にしては出来すぎてると思ったら、本物」
「お入りください」
「馬を預けたいんだ、厩舎裏だっけ」
「そうです、私がやりましょう」
男性が入れ替わりに外に出て、ツカサは促されて中に入った。
玄関から入ればかなり広い。部屋を小分けしてあるわけではなく、まず広いリビングが眼前にあり、大きいテーブルと六脚の椅子が添えられていた。仕切りのないキッチンが見え、食器の入った戸棚が一つ、必要最低限の調理器具がいくつかと、普通の家の様相ではない。
「奥には仮眠室が六つ、ベッドが十二、あとは滞在員用の小さい個室が二つと風呂と倉庫って感じぃ。お茶飲む?」
横から女性に声をかけられ少しだけ肩が揺れた。
「いただきます」
「アース隊長はぁ?」
「今は冒険者だぞ」
「はぁい、アッシュさん。小腹の具合はぁ?」
「そういえば昼抜きで走ったっけ」
「今になって腹減ったな」
「そしたら、軽いものだけど用意しますねぇ」
女性は軽い足取りでキッチンに行くと戸棚からパンやハムを取り出してナイフを添えてテーブルに置いた。それを勝手に食えということだ。
「一年放置されてすっかり忘れられてると思ってましたよぉ。軍の中じゃぁ気楽な仕事だと思ってたらぁ、まぁー面倒な仕事でしたねぇ。あ、私エーディアっていいます。アッシュさんの部下ですぅ」
薬缶をコンロに置いて女性、エーディアは軍式の礼を取った。桑の実色の髪に褐色の肌、ぽってりとした唇、少し垂れた目元がエキゾチックに映った。
「あなたはぁ、協力者の…誰ですかねぇ」
「あとで一回にまとめるから、とりあえず食わせろって」
アッシュがハムをナイフで削いでパンで挟みツカサに差し出した。礼を言って受け取り、席に着き空腹もあったのでばくりと食べる。生ハムのもっちりとした柔らかさとしょっぱさにじわっと唾液が溢れるのがわかる。動き続けたあとのしょっぱいものの美味しさは格別だ。チーズも置かれたので厚めに切ってそれも挟んだ。もっちりした生ハムとむちりとしたさっぱりめのチーズ、麦パンで一緒くたにいただくと不思議な充足感がある。口内に残るミルクの香りと生ハムの香りが喧嘩をしない。美味い。
エーディアはつまらなそうに唇を尖らせて紅茶を淹れ二人の前に置いて壁に寄り掛かった。ツカサは初めて見る女性軍人にちらりと視線がいってしまう。
「んふふ、珍しぃ?」
赤い目と視線が合って思わず逸らしてしまった。エーディアはぱくぱく食事を進めるアッシュが止めないのをいいことに席に着き、頬杖をついてツカサを見た。いつまでも視線が離れないのでゆっくりとそちらを見て頷いてみせた。
「冒険者でも女性って少なく感じてたし、今まで会ってきた軍人に女性がいなかったから」
「なるほどねぇ。旅をしたりぃダンジョンに入ったりぃ、女は準備が必要だからねぇ。もし女冒険者がいたならぁ、それはパーティの理解があるかぁ、女がリーダーをしてるかだねぇ」
エーディアはにんまりと笑ってみせた。確かにモニカを連れた旅は少しだけ大変だった。いつだか出会ったバネッサも彼女がリーダーだった、【微睡みの乙女】も女子だけのパーティだ。となると、【銀翼の隼】の女性たちはアルカドスたちの理解を得ているのか。
「【空の騎士軍】はいいよぉ、女医がいるしぃ、都合にも理解を示してくれるしぃ。その分、実力は求められるし大変だけどねぇ」
「そうなんだ」
「昔はねぇ、軍人は男だけだったんだけどねぇ、【渡り人】の影響もあって多くの女も剣を持つようになったのさぁ。魔法だったら女も男もないしねぇ」
女性の社会進出かな、とツカサは思った。この世界でも男性優位の時代があったのだろうか。あまり気にしていなかった部分がここでも気になった。
「軍師殿がぁ、世の中の半数は女性なんだしぃ、やる気があって実力ある人は取り立てていこうってぇ、方針なのがいいよぉ」
「ヴァンなら言いそう。でも厳しそう」
「厳しいよぉ! でもそれはぁ、全員を戦場で死なないようにさせるためだからぁ。私も鍛錬はかかさないよぉ」
えへへ、とエーディアは笑った。ツカサとアッシュが食事をする傍ら、聞いていようがいまいが話し続けた。
「私ぃ、言葉が訛ってるだろぅ? この国出身じゃぁ、ないんだよぉ。ウォーニンからもっと南ぃ、リジュアって砂漠の国があってねぇ、そこの生まれなんだぁ」
そういえばクルドもレテンダ出身だと鍛錬中に聞いたことがある。他国の者でも重用ができるのは懐が深い証拠だが、それは同じ国の者から疎んじられ、場合により敵を作ることでもある。ヴァンが時間を作るために不眠不休で働いたことやスカイアズリア戦争で皆と必死だったのは、そうした異論反論を実力で押さえつけるための一角なのかもしれない。長たる者が責務を果たしてこそ、部下の盾になれるのだろう。
紅茶を飲んで美味しいと伝えればエーディアはにっこりと笑った。
「なんだ、ハムとチーズしか出していないのか」
先ほどルフレンを預かってくれた男性が戻り、呆れた様子で戸棚から果物も出してくれた。もしかしてあの戸棚、冷蔵庫なのではなかろうか。生ハムもそうだが、果物は冷えていた。
「後はどなたが来られるので?」
「ヴァンとシェイ、明日にはクルドたちのパーティと、ヘクターと、もう一組来るはず。全部で十一人かな」
「では食事を用意せねばなりませんね」
「材料あれば作る面子がいるから、無理はしなくていい」
わかりました、と男性は礼を取る。ちらりと視線はツカサに向いた。
「お喋りに付き合わせてすみません、エーディアは失礼をしませんでしたか」
「大丈夫です」
「それならよかった、俺はシルドラ、アッシュさんの部下の一人です」
「自己紹介はあとで」
「承知しました」
ツカサは名乗ろうとしたところを止められ、一度でまとめるのはこちらもかと口を噤んだ。
あとで名乗りますね、と言おうとしたところでドアがものすごい勢いで開かれ、想像だにしない声が響いた。
「クソがぁ!」
シェイではなく、ヴァンが腹の底から叫んだ姿にツカサはぽかんと口が開いてしまった。
面白い、続きが読みたい、頑張れ、と思っていただけたら★★★★★やいいねをいただけると励みになります。




