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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
終章 異邦の旅人

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4-17:オーリレアへ

いつもご覧いただきありがとうございます。


 突然決戦が近いことを知らされて緊張感が高まったところで、ヴァンはそろそろ休もう、と会話を切り上げた。詳細な指揮は合流してからとのことだ。


 すべてを一気に話したところで合流するまでに状況は変わる。それを考慮して全員の思考を狭めないために今は大枠なのだという。ツェイスたちの動きについてかなり詳細だったのはその逆なのだろう。

 各々思うところはあるだろうが、だからこそ、それぞれが消化をするために無言のうちに通信は切られた。

 不寝番はアッシュがやるからいいよ、と言われツカサは自分のテントに入って横になった。

 【変換】のスキルをどう使えばいいのか、お手本のない動きは頭を悩ませる。ただ、発想を変えればツカサのやりたいようにできるともいえる。

 このスキルとも向き合わなければならないだろう。ツカサは体を起こして胡坐をかいた。目を瞑り、魔力を循環させながら思案に耽る。

 そもそも、このスキルはなんなのか。ラングと話した時には本来消化されるものが残ったと自分を納得させたが、今はセルクスの一言が胸に残っていた。

 

 ――― 神の失敗、或いは失策、もしくは運命。

 今、私は運命だと思っている。君が、ここにいることをね。


 ヴァンの言う導き手(ギウデア)が本当に自分なのだとしたら、セルクスの言葉がすとんと落ちてくる気がした。制約の罰を受けることを覚悟の上で伝えてくれたあの神様の言葉が、そっと背中を押してくれる。

 思わせぶりなことばかり言うが、今までのセルクスの言葉は常に何かを導いてくれていたように思う。彼の神の目に自分はどう映っているのだろうか。

 深呼吸をして本題へ戻る。【変換】のスキルの意味、使い方だ。

 そもそも、今自分がどう使用しているのかを振り返る。言語を理解できるものに変えたり、ミラリスを変えたり、自分の名を変えたり。他には貨幣を変えたりしていた。ふと気づく、ツカサは【変換】に対し等価交換を求めていたような気がする。

 サイダルを出て早々にラングの故郷の貨幣を変換した際、無意識に等価値を求め、価値基準はわからないが銅貨は銀貨になった。あの時、銅貨をこの世界の白金貨に変えることだってできたはずだ。

 銅貨を取り出し【変換】を使う。ただ使うのではなく、自分の思い通りに変えるのだという意思をもって使う。掌を開けばそこには予想通り白金貨があった。


「これは」


 確かに、使い方を間違えればどこまでも堕ちることのできる力だと思った。一枚の銅貨を白金貨へ。たったそれだけのことだが高揚より先に危機感を覚えたのはラングの言葉が残っていたからだ。

 もう一度閉じる。次は銀貨に変えられた。もう一度、もう一度、ツカサは掌の中で質量も法則も無視をして様々なものに姿を変える()()に手が震えた。

 これはなんでもできる力だ、ただ、その分気をつけなくてはならない。自分が無意識に何かを、誰かを変えてしまう恐怖をいまさら自覚し、じわりと汗が滲んだ。ミラリスのように意図して変えるのではなく、ツカサが自身の名を変えた時のように理由があってしたのではなく、この手が触れて、こうだったらいいと思ったようにその人を変えていたら。

 仲間にそれはないと思いたい。こうだったらいいと願うこともなく、彼らはそうであってくれたはずだ。仲間に触れる際、ミラリスに使った時のようにぞわりとした感覚もなかった。

 心配になったのはモニカだ。命の危機はもちろんあった。だが、仕事を捨て国を捨て海の向こう側までついてきてくれる覚悟は、本当に彼女が自分自身で選んだことなのだろうか。

 あの日、膝を突いて共に来てほしいと手を握った際、違和感はなかったとはいえ本当に、無意識に使っていないと言い切ることは出来なかった。生き延びられたらもう一度ちゃんと会話し、モニカの本音を聞かせてもらい、可能ならば関係性を、思い出を作っていきたいと思った。もしそれでモニカが離れていくのならば、その時は出来る限りのことをしよう。


 いくつかの不安から目を逸らし、【変換】に向き合い直す。魔法と同じだ、制御し、調整し、自分を律することで自由に使えるスキルなのだと理解した。

 それを敵に使うというのならば、有効なのは相手の魔力を根本から消すこと、魔法を使わない、使いたくないと思わせることかもしれない。マナリテル教に嫌悪を抱かせ、裏切らせることだってできるだろう、情報を入手することも可能だろう。そう考えると不謹慎ながら早くマナリテル教に遭遇したくなった。無機物には試せるが、人に対しての効果も、効果のある使用距離も、検証したくてたまらない。

 ハッとして頭を振る。こういう考え方から堕ちていくのだと改めて自身を律した。ごまかすように独り言ちた。


「監視カメラとかがないから、どうしたって人伝に聞いたり、精霊に頼ったりだもんな。魔力で潰されてるとその精霊からも情報収集難しいみたいだし。だからこそのツェイスたちの人海戦術ってやつだよなぁ」


 ツカサは物理的に得られる情報に飢え始めていた。スマホで見られる情報が物理かといわれれば微妙なところだが、直接当事者から、こうだ、という確定事項を聞きたいのだ。

 もしかしたら、ヴァンはそういったことも期待しているのではないだろうか。こうしろ、ああしろ、こう使えと言わないのは策指揮と同じだ。思考が狭まって出来ることが限られるのを避けたのだ。信頼されていると思いたい。

 ふわ、と欠伸がでた。どのくらい考え込んでいたかわからないが、そろそろ真面目に休んだほうがよさそうだ。

 魔力の循環を続け、魔法障壁を自分の身の回りに展開、さて、睡魔に落ちようというところで、ふっと思い浮かんだ文字があった。


 ――― もし、いくつかの命が…


 ガバッと起き上がった。今眠りに落ちようとしていた睡魔は一気に消え、脂汗が浮かぶ。思い過ごしかもしれないが、可能性があるのならば話さなくてはならないと焦燥に駆られた。頭ははっきりしていても体は寝ようとしていたので少し躓き、テントを転がるように出た。

 外ではアッシュが一人ナイフの手入れをしていてツカサが飛び出してきたことに驚いていた。


「どうした? 怖い夢でも見たか?」

「ヴァンさんは、寝ちゃった!?」

「急ぎだな? 起こす」


 アッシュはさっとテントに入ってヴァンを引きずりだした。こういう時、軍人らしいキビキビした動きには感心する。一度寝ると寝起きが弱いのだろうヴァンは、目元をしょぼしょぼさせながらツカサを見遣った。


「どうしたんだい?」

「自意識過剰かもしれないけど、可能性の話をさせてください」

「…聞こう」


 二度ほど瞬いてヴァンは息を吸い脳に酸素を送り込んだ。布を敷いてあるところに座り直し、ツカサに向き直った。


「覚えてますか、ラングの古語で訳した神託の話。最後のほうのいくつかの命がってところ」

「もし、いくつかの命が全てを持って渡った時は、守れ。全て、は力、知恵、万能と解釈の意味が多く、守れ、は守護、護衛、防ぐ、という意味があるんだったね」

「すごい、そこまで」

「記憶力には少し自信があってね、それがどうかしたのかな」

「想像と直感の話になりますけど、あの赤い光がイーグリステリアの手による転移なら、イーグリステリアは上手いことやるだろうなって思ったんです」

「…続けて?」

「今【渡り人】を食べているのは力を取り戻すためなんだと思う。魔力を重ねて力とするのもそうだけど、本来イーグリステリア自身が持っていたものを再度吸収するためなんじゃないかって」


 ヴァンは言葉の意味を考えて、ゆっくりと視線をツカサに向けた。


「もしかして【変換】のことを言っているのかな」


 ツカサは頷いた。


「前にラングから聞いたことがあるんです、セルクスがこの【変換】は本来人が持つべきものではないと言っていたと」

「…それは重要な言葉だね」


 ツカサは土を握って開いて見せた。アッシュは思わずツカサの手の中のものを一つ取って目を見開いた。


「砂金粒…!? 嘘だろ!? 本物か? 本物だ…こんなことが…」

「同価値のものじゃなくても【変換】を使うと、なんにでも変えられる。変えられちゃうんだ」


 もう一度手を握って開けばそこには土が残った。アッシュの指に摘ままれたものはそのままだ。アッシュが自分の唇をぎゅっと摘まんでいるのは、夢か現か幻か、確かめるために頬をつねるのと同じ意味合いだろう。

 土を払い視線をヴァンに戻し、ツカサは言った。


「ラングとその話をした時は言語とかが【変換】されるのを消化吸収されないまま、スキルとして残ってたんじゃないかと思ってたけど、今だったら違うように思うんです。イーグリステリアが取り上げられるはずの力を、世界渡りさせる【渡り人】に隠したんじゃないかな。それで俺にはこれがあったんじゃないかと」

「なるほど、神託の解釈はラングの古語のほうが正確だったようだ。いくつかの命が全て…力、知恵、万能の力を持って渡った時は、守れ、イーグリステリアに渡ることを防げという意味なら…」


 じっと、ヴァンは難しい顔で黙り込んだ。もう知っている、これは待ったほうがいい沈黙だ。ツカサはアッシュとともにヴァンの言葉を待った。


「僕たちはツカサを守らなくてはならないが、同時に囮にもできる。君をその立場に置いてもいいかい?」

「はい」


 ツカサは迷いなく頷いた。


「最終的な策指揮に手を加える必要があるな、君の情報に感謝するよツカサ。それから、いい加減僕のことを呼び捨てにしてくれないかな。僕は君を部下にした覚えはないんだから」


 微笑みながら言い、ヴァンはふらふらとテントに戻っていった。なんとも締まらない話の切り上げ方だ。それなりに重要な話をしたのだがちゃんと覚えているのだろうか。

 そんなツカサの不安を表情から読み取って、アッシュは苦笑を浮かべた。


「大丈夫、ほんと寝起き弱いだけで頭には入ってるよ」

「ならいいんだけど」


 一先ず話せたことで安堵が浮かび、また欠伸が出た。もう真夜中だからな、とアッシュが薪を足す。


「明日も移動は早朝からだけど、寝れるだけ寝とくといい」

「うん、ありがとうアッシュ」


 アッシュは三人の中で一番ツカサにとって接しやすい大人で居ようとしてくれる。その姿にも感謝を示し、ツカサはテントに戻り、布団に潜りなおした。


「…ヴァン、本当に大丈夫なのかな」


 不安は拭えないが次こそツカサは夢の中に落ちた。


 ――― 翌朝、アッシュの言うとおり早朝に食事を済ませ移動を開始した。

 ルフレンはシェイにようやく慣れたらしくシェイが水桶に用意した魔法水を口にしてくれていた。今日は移動を優先し、昼食もなしで走り続けた。

 オーリレアが見えたのは午後三時くらいだろうか。街道を挟む黄金色になりかけの小麦畑は青々とした草の匂いと、心なしか香ばしさを感じられた。ざぁざぁと気持ちよさそうに風に身を任せる小麦の波は見ていて飽きない。

 オーリレアは柔らかい赤茶色のとんがり屋根だ。雪もそう多くないスカイでは珍しい屋根の形に思えた。一つ前のメルシェツとはまた雰囲気が違い、柄なのか強度を上げているのかレンガを利用して家は建てられているようだ。窓枠やドアに蔦を絡ませている家もあり、いい感じだ。

 門番に手続きを頼んで中に入れば、城郭の中は不思議と広く感じた。振り返れば今までの街よりも少し城郭の背が低く、風通りが良いからだと気づく。

 家々の間隔も広く、路地も馬車が通れるくらいの幅がある。


「オーリレアは小麦の街でもあるんだ」


 前を行くヴァンが見てごらん、と指さしたほうを見る。街中に大きめの水路が通っており、水車がいくつも回っていた。中からガタン、ガタンという音がして、これには聞き覚えがあった。


「街の外にも風車はあるけれど、オーリレアは街中の水車で小麦を挽いて料理に使うから、特に香りがいいんだよ。各家庭で小麦を長期保存したりするから屋根は高く通気性がいい。レンガが選ばれるのは室温が変わりにくいからだ。湿気が籠りにくいように工夫されているんだね」

「なるほど」


 現地の人から説明を受けるのも面白い。ツカサは天色(あまいろ)の布があちこちに飾られていることにも気づいて笑う。前にエレナがわざわざ天色の旗を説明してくれたのは、故郷を思い出していたからなのだろう。


「さて、ここからは少しだけ別行動をするよ」


 道の端に寄ってヴァンが全員を振り返った。


「僕とシェイはこのまま冒険者ギルドと役場へ行く。昨夜伝えたとおり、王城からの連絡が既にいっているだろうからね。ツカサは依頼を済ませておいで」

「わかりま、わかった。合流はどこにすればいい?」

「この大通りを真っすぐに進むと橋があって、それを渡ると時計台があるんだ。そこを右に進むと宿街がある。南に一本入ればドアに小さく剣と盾の意匠が彫ってある家がある、そこで合流にしよう」

「もしかして、隠れ家的な?」

「そういうこと、普通に一軒家だから全員集合するのにもいいだろうしね。合言葉があるから気をつけるように」

「なんて言えばいいの?」


 そわりとした。合言葉と聞くとわくわくしてしまう。ヴァンは少しだけ顔を寄せて言った。


「ドアを五回ノックして、中から、雨が降るかもしれない、と聞こえたら、空はいつも晴れている、と言うんだ」

「おぉ…」


 感嘆の声を上げればアッシュが楽しそうに笑った。


「一応、俺はツカサについて行くから、合言葉忘れても大丈夫だぞ」

「俺が言いたい」

「はいはい、じゃあ、そういうことで別行動だ。引き留められても鐘が七つ鳴るころには必ず来るんだよ」

「わかった、ありがとう」

「ルフレンもそちらに預けておく。ありがとうな、厩舎があるからゆっくり休めるぞ」


 シェイはひらりと降りるとルフレンを撫でて労い、アッシュに手綱を預けた。それを見届けてからヴァンは微笑を浮かべてツカサの肩を叩き、シェイと共に違う道を行った。

 それを見送り、アッシュがよし、と気合を入れた。


「んじゃ、まずはその依頼先の家を探さないとだな。名前は?」

「マリナ・ストレアさん。街で人探しをしたことがないんだけど、コツとかある?」

「そうだなぁ、俺なら大通りの市場で聞く。オーリレアは人口が千人程度の中都市だ、世帯数に変えればまぁまぁ広いんだ」

「人口ってあんまり考えたことなかったかも。数も想像しにくいし」

「まぁ俺ら軍人だからさ。人の数っていうのは気にするもんなんだよ」

「なるほど。それで、市場で探すのは、毎日買い物をしていれば知っている人がいるからだね?」

「そうそう」

「さっき役場とか言ってたけど、そっちで探さないのはどうして? 手続きが面倒なのかな」

「まぁー、役場っていうのはそういうもんだからな」


 アッシュは頬を掻いて苦笑いを返し、ツカサも苦笑を浮かべた。故郷でも母が諸々の手続きで苦労していたような気がする。最近はネットでできるから楽になったわ、なんて聞いた記憶もある。この世界がどんな魔道具を利用しているのか、どんな手続き方法をしているのかは気になったが、それは後にしよう。


「じゃあ、まずは市場だね」

「ツカサも知っているだろうけど、こういう都市だと市場も点在してるからな。鐘が五つ鳴ったら時計台の下で合流、情報共有でどうだ?」

「うん、効率がいいと思う。付き合わせてごめんね、アッシュ」

「いいさ、んじゃ、早速動こう。俺はルフレンと南と西に行くから、またあとでな」


 アッシュはルフレンを伴って人混みに消えていく。ツカサは近場の市場へ足を踏み入れた。

 八百屋や肉屋でマリナ・ストレアという人について尋ねて回ったが、北側の市場ではないらしい。都市内の品物の流通を聞けば、東西南北で似たり寄ったりで、ある程度の商圏はあっても競合するほどではないという。だとすると、決まったところで買い物をする人が多いだろう。情報料代わりに買い物をして東へ場所を移した。

 市内馬車を利用して時間を短縮し降り立ってみれば、市場の造りは事前に聞いたとおりよく似ていた。先ほどと同じようにマリナについて尋ねれば、買い物をしていた女性が話に混ざってきた。


「マリナってエレナの妹の?」


 まさしくそうだ。ツカサは驚いた後、破顔一笑した。


「そうです。石鹸を届けてほしいと言われていて」

「あらぁ、そうなの。エレナは死んだの?」


 ぴく、と指が動く。浮かんでいた笑顔が自分でも消えるのがわかる。買い物かごを腕に女性はお喋りを続けた。店の人はそっと奥の方に逃げてしまった、

 マリナは生死不明の姉を生きているようにごまかしているだの、息子の嫁も冒険者ギルドの乱暴者だの、ネチネチとしたことを楽しそうに言う。エレナが嫌いなのかマリナが嫌いなのかは知らないが、初対面の人間に聞かせるような話ではない。

 目の前のツカサが冒険者の風体であることもお構いなしの言い様に不快感が募る。

 そもそもエレナが死んだ前提の話は感情を冷えさせるものがある。


「俺も冒険者だ。冒険者ギルドには世話になってるよ」


 それなりに大きな声で口を挟めば女性はハッとした様子で苦笑いを浮かべた。


「いやねぇ、あなたのことを言ってるんじゃないのよ」

「マリナさんのご自宅がどこか、さくりと話してくれないかな」

「東の三番通りだよ、その辺まで行けば誰か教えてくれる」

「ありがとう」


 逃げてずっと苦笑いを浮かべていた店主がおおよその場所を教えてくれたので礼を言い、果物を買った。東の三番通りがわかりにくいが、それも道行く人に聞けば教えてもらえるだろう。アッシュとの待ち合わせまで一時間を切っているので早いところ戻らなくてはと踵を返したツカサの耳に、不愉快な音が飛び込んできた。


「本当にしぶといったら」


 エレナだって完璧ではない。マリナだってそうだろう。誰かに好かれるならばその逆もまた然り。どうしても合わない人がいるなら離れるのが楽だろうが、同じ街の中でそれが簡単にできるかと問えば、できないだろう。

 手紙から感じたマリナの明るさを思い出す。それと同時、エレナという理解者がいればいいと書いていたことも思い出した。あれはスカイアズリア戦争の経過か何かについてだったが、こういうことに関してもそうではないかと感じた。

 ツカサはゆっくりと振り返った。


「死んだとして、人が死ぬことがそんなに嬉しい?」

「そんなに目くじら立てなくてもいいでしょう? あなた知ってる? エレナってすごい人を見下した態度をとる女だったんだから」

「過去のことは知らない、けど、今のエレナならよく知ってるよ」


 ずいと一歩踏み出して女を見据えて言った。


「俺はエレナの息子だからね」


 あら、やだ、と女は視線を泳がせて聞き取れないほどの小ささでぶつぶつ言いながら足早に逃げて行った。

 しまった、いっそ、あの女で【変換】を試せばよかった。何も性格を変えるのではなく、エレナやマリナのことを別の記憶に変えてやれば、ああした言動もなくなる気がした。烏滸がましいかもしれないが、命を奪うのではなく、違う道や考えを、エレナとマリナを見えなくするように変えることもできるはずだ。

 守りたいのはあの女よりもエレナの家族だ。惜しいことをした。


「ホリィはマリナの旦那さんが好きだったからな」

「だとしても、中傷する理由にはならないだろ。それも人の生死を罵る形でね」

「そう怒らないでくれ、すまなかったよ。エレナは元気かい? ヨウイチは?」

「エレナは健在、ヨウイチは亡くなったよ。エレナを守ってね」

「…そうか、残念だ」

「情報には感謝するよ」

「あぁ、東の三番通りはあの布屋の角を曲がれば、そうだ」

「ありがとう」


 ツカサは銀貨を置いてリンゴをもらい、位置を確認して集合場所へ戻った。市内馬車を利用しぎりぎりに戻ればアッシュは既に戻っていて、知らない人と話していた。ツカサに気づくと手を振られ、その間にもう一人は人混みに消えていった。


「南と西は不発だった、そっちはみつかった?」

「うん、東の三番通りにあるって。そっち行けば誰かが教えてくれるってさ」

「重畳! いいな、そしたら早速行くか。ヴァンたちとの合流まで二時間もないし」

「そうだね、あと、道中で少し相談したいことがあるんだ」

「なんだろうな、聞くよ」


 アッシュは首を傾げながらも笑ってルフレンの手綱を引いた。




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