4-15:生存確認と軌跡
いつもご覧いただきありがとうございます。
宿での食事は美味しかった。イーグリスで様々な味の食事に舌が戻りつつあったが、やはり素朴な煮込み料理などはどれも口に合う。いや、素朴なのではない、きちんと各家庭の味を大事にされているから美味しいのだろう。
ワーテルーイはそれぞれの宿で味が違い、ここではセロリのようなシャキシャキした香草が何種類か入っていてさっぱりと食べられる。魔法障壁の展開、移動し続けていたこともあり三杯も食べてしまった。若者はよく食べるな、とアッシュが感心した様子で呟いた。
穀物酒で煮込む肉料理もいただき、微かな酒精がいい香りだ。こういった酒精を楽しめるのもホットワインやエレナに付き合って飲んだ赤ワインのおかげかもしれない。今のツカサの味覚を作り上げたのは実母の料理とファミレスとコンビニとラングとエレナとこの世界だ。そう思うとおかしくて自然と笑みが浮かんだ。
「そんなに気に入ったのかい?」
「うん、美味しいね」
説明するのが難しくて笑ってそう答え、また一口食べる。パンともよく合う。
「今夜の定期連絡には君も参加してもらうよ」
「わかった」
「温泉はゆっくり浸かれないと思うけど、そこは我慢しておくれよ」
「また来るよ」
ヴァンがにこりと微笑んでツカサはそれに同じような笑みを返した。この人は一瞬の隙を突いてツカサの覚悟を都度問うてくる。まだ見極めているのだというかのように、笑みの奥で感情のない目が真っすぐにツカサを見据えるのだ。
ツカサはまだ行動で信頼を示せていない。その機会があれば応えてみせるという気持ちもあれば、自然体でこそと思う気持ちもある。ただ、今は等身大であろうと背伸びをした自分をなだめた。
ふと、ハーベル港でダヤンカーセにかけられた言葉を思い出した。
「あんま背伸びすんなよ、か」
「うん?」
「なんでもない」
アッシュに首を振ってツカサは果実水を飲み切った。
多くの人が導こうとしてくれていたことが、今になって尊い。
何が英雄だ、何が主人公だ。自分が関わってきた人たちが真っすぐに見てくれるからこそくれる言葉が、今になって一つ一つ刻まれていく。
見ているようで、見ていない人。それらしい言葉で寄り添ったふりをする人。理解を示すようでその実自分に酔っている人。自分より誰かを下に置きたい人。たった二十年そこらの人生で人について語れることは多くはないが、嫌われても、敵愾心を持たれても、言わなくてはならないことを言ってくれる人たちがこの世界にはいる。
もちろん言い方の塩梅を考えてくれていたり、そういったことを言える覚悟や経験のある人たちだからこそ、ツカサも素直に受け取れるのだ。そうした後も変わらない態度で、在り方でいてくれる芯のある人たちであることも理由だと思う。
前を歩き、背中を見せ、先を示し、必要であれば殺してやると言える人がいるだろうか。
響かないのであれば、努力しないのであればすぐにでも見切りをつける厳しい人たち。彼らと並べることが、ある意味一つの答えなのだろう。
厳しい言葉や態度に正直ストレスを感じることもある。けれど、恵まれているのだと、今までとは違う温度感で受け止めた。
ツカサの様子に小さく首を傾げながらも【快晴の蒼】の面子は何も言わず、全員のコップの中身が空になったところで食事を終えた。
さて、それはそうと温泉である。
正直疲れた体には最高の誘惑で、食休みもそこそこに温泉へと急いだ。
ヴァシュティのように外に別で建てられてはおらず、ここは宿の中に温泉があった。色は少し濁っていて、天然温泉ならではの茶褐色というやつだ。温泉の湧く場所を掘り、土で埋まらないように石を敷き詰めた、そんな造りだ。開け放たれた窓から絶えず湯気が逃げていく。
ツカサにとっては外国人であるヴァンたちがきちんと体を清めてから入ることにホッとしてしまった。向こうからすればツカサがマナーを守るかどうか気になっただろう。日本人マナーをしっかり見せてやった。
「ぷはぁ、気持ちいいねぇ」
少しだけ滑る石を器用に踏んで進んで肩まで沈み、ヴァンがだみ声を出す。だが気持ちはわかる、疲れた体には本当に沁みる。アッシュは湯の中でふくらはぎを揉んで足を労わっていて、シェイは浅いところに座って茹らないように気を付けている。各々好きに温泉を楽しむ様子にツカサも笑顔が浮かんだ。
ここに来て仲間と入る初めての温泉に少しそわそわしてしまう。皆鍛えている軍人なので筋肉がきちんとついており、中でも意外なことにアッシュはぎゅっと力こぶを出せるほうだ。長身のクルドやラダンと並んでいると全体的に小柄に見えるので驚いた。シェイは細身ながら引き締まっていて無駄なものはないが、筋肉自体がつきにくそうな体をしていた。ヴァンはバランスよくついていて腹筋がうっすらとシックスパックだ。
ツカサは自分の体を眺め、触ってしまう。腹筋も感じられる、二の腕も、腕も硬い、胸についた傷跡だけが目立ってしまうが筋肉の付き方自体は悪くないはずだ。
ちらりと見遣れば流石軍人というべきか、三人にも傷痕があった。
シェイは左肩に剣の傷痕、いつもローブで見えなかった両腕は裂けたような細かい裂傷の痕がある。治癒魔法も素晴らしい腕前のシェイになぜその傷はついたのかが気になった。
アッシュは左腕に打撲の痕があり、治療をしても色が戻らないままなのだという。
ヴァンは一見傷がなく見えた。じっと観察していたら苦笑を浮かべ、ゆっくりと立ち上がって背中を見せてくれた。
「名誉の負傷でもなんでもないんだよ」
背中全体に薄っすらとだが、地面を長い間引き摺られたような傷跡が晒され温泉で温まっているはずなのに体が冷えた。
「どういう状況でついたの、その怪我」
「これは」
「おぉ、こりゃいい温泉だ!」
わいわいと冒険者のパーティが入ってきてヴァンの声が止まる。先客がいたことに気づくと頭を掻いて軽く会釈された。
「騒いですまんな、邪魔するぜ」
「いやいや、ごゆっくり。もうあがるところだ」
出ようか、とヴァンが皆を促した。もう少し入っていたいのは全員がそうだっただろう。
部屋に戻ればあまり時間をかけることでもないから、とヴァンが湯気を立てたまま一つのマジックアイテムを手にした。
一見するとただの紙だ。四つ折りに畳まれたそれを開くと不思議なことにぱらぱらと本をめくるような音がした。覗いてみれば紙の四か所がぼんやりと点滅していた。
そして故郷では聞き覚えのある、ざざ、というノイズ音がし、それから声が届いた。
『聞こえるか』
「ラング!」
『あぁ、大丈夫そうだな』
ほんの少し会わないだけだったが、無事が確認できてホッとした。そう簡単に死ぬような人ではないが、つい魔獣暴走のことを思い出してしまう。
ざざ、と別のノイズもして他の人が混ざる。
『ツェイスです。お待たせしました』
「お疲れ様、ちょうどだったよ。そちらも大丈夫そうだね」
『はい、四名、一人も欠けておりません』
部下のパーティは副隊長たちなのだろう。軍人らしい律された声に、あの日叱りつけてきた青年の顔が浮かんだ。
「もう一つは繋がっているのはわかってる。けど、喋れないかな?」
ヴァンの問いかけに微かな声で壁が薄くて、と返答があった。
「わかった、では生存確認は済んだのでそちらは切ってもらって構わないよ。お疲れ様、また明日」
はい、とまた微かな声で答えた後、ざざ、と音がした。恐らく、似たような紙を閉じる音なのだろう。
「ツェイス、そちらも問題ないかな?」
『一つご報告が』
「聞かせて」
『マナリテル教徒と接触しました。軍師の予想通り、魔導士であるルーンに対し、魔法の女神を布教してきました。そのほか魔力はあっても使えない俺とフォクレットに対しても、使いたくないか、と』
「どんな言い回しだった?」
『ルーン、頼む』
向こう側でがさがさ音がした。紙を差し出したのだろう。
『失礼します、ルーンです。彼らは魔法の力は選ばれた民の力、魔法の女神の加護、そして寵愛なのだと触れ回っていました。その力を正しく使うために、道を示すために大陸を回っていると。魔法をさらに洗練させるために、同行しないか、と誘われました。あとは、ツェイスの言うとおり、きちんと使えるようにさせてやる、と随分上から目線でした』
「魔導士として、どう感じた?」
『はっきり言って、見下した態度は不愉快でした。私は、生まれながらに魔法が使えます。彼らの言う、魔法の女神の加護、という言葉の意味が、選ばれた民というのがわかりませんでした。ただ』
向こう側でルーンは少しだけ言葉を選び、えっと、と何度かつなぎ言葉を置いてから言った。
『スカイでも、日頃、魔法があれば便利だな、と思う人がいるのも事実です。魔力量が少なく、実際に形にできない人々も、確かにいます。魔法には修練と一定量の魔力が必要ですから。マナリテル教は隊長の言っていた青い炎を用意していました。他の人に使うのをこっそり確認したところ、確かに魔法が使えるようになっていました。足りていない魔力量を一時的に補った形かと』
「魔法が使えるようになった人々はその後どうしていた?」
『今まで使えなかった力が使えるようになったことを喜び、冒険者に転身しようか、と話す人もいました。生活が安定している人は、日常に活かそうと工夫を考えていて前向きでした。多くは畑に水がやれると喜んでいましたね』
ふぅむ、とヴァンが顎を撫でる。
「マナリテル教に入信や同行をしなければ問題はないけれど、今後の動向は冒険者ギルドにも引き続き監視を頼もう。即座に問題が起きていないのは、今回マナリテル教に声をかけられた人たちの気質にも救われたか。よし、今後マナリテル教徒に遭遇した場合、秘密裏に処理してほしい。もちろん、身の安全は第一でね。魔法が使えるようになって、補われた力がなくなった人々がもう一度使いたいと本格的に頼っては不味い」
『わかりました』
はっきりとルーンが答え、ツカサは少し驚いた。あの人見知りでフォクレットの背に隠れていた青年が、殺せと言われて即座に頷いたことに言葉を失う。軍人という人々はツカサの理解の範疇外なのかもしれない。いや、黒幕が神なのだ、そんなことを言っている場合ではないだろう。
敵対するならば徹底的にやれ、とラングに言われたことを思い出し、深呼吸する。
やるかやられるかなのだ。自分が、仲間が生き残るために覚悟を決めろと自分に言い聞かせた。
ツカサがそうして人知れず覚悟を決め直している間にツェイスたちの通信も切れていた。残ったのはこちらと、ラングたちだけだ。
ヴァンは独り言を呟くようにぶつぶつと言った。
「影からの報告ではマナリテル教の教団服とペンダントが目印になって、街に入れないようにするのはある程度成功しているみたいだ。ローブを脱いで中に入る教徒がどのくらいいるかが気になる。そこは引き続き追わせよう。さて、休む時間も必要だ。そう時間をかけないで会話しよう。ツカサ」
「あ、はい」
「君の出来ることを僕らに教えてほしい」
思えば、ツカサが【快晴の蒼】に見せたのは魔法と【鑑定眼】くらいなもので、鍛錬以外で実際に戦うところや他のスキルを見せたこともない。
また深呼吸を一つ。手の内を見せることがこんなにも緊張するのは初めてだった。
ツカサは包み隠さずに話した。それが信頼を示せる行動の一つだと思い、隠し事はしなかった。なにより、シェイの前で隠せる気もしなかった。あの目はツカサのスキルなど簡単に看破するだろう。
ヴァンはツカサのスキルを聞いてじっと考え込んでしまった。視線はやや右下に、思索に耽る時の姿だ。
しばらく誰からも声が上がらず沈黙が続き、ヴァンがさらに深く思索に沈み目を閉じたころ、アッシュがそろりと尋ねた。
「ツカサは故郷でどうやって生きてきて、ここでどう生きてきたんだ? ラングからは軽く聞いてるけどさ、あんまりお喋りじゃないから大枠しかわかってないんだよな。ここでの生き方は多少伝えてやってもいいが、根本はお前に聞け、なんて言われてるし」
アッシュの口ぶりにくすりと笑ってしまった。
「それラングの真似? あーっと、そうだな、少し時間がかかるかもしれないけど」
「動きそうにないし、聞かせてくれよ。ヴァンも考えながら聞いてるだろうから」
「わかった。えっと、まず故郷はイーグリステリアの日本って国で、そこで高校に通ってた。高校っていうのは、ここでいう学院のことで…」
ツカサは懐かしい過去を話すように自分の軌跡を語って聞かせた。故郷の話はロナに、モニカに話したのが最後だったような気がした。
高校生であったこと、通学中、赤い光を見てここに来たこと。
いきなり死にかけ、冒険者に救われ、ギルドで保護されたこと。
毎日必死に働いて雀の涙の給金を稼いで、いつか装備を整え、自分がいた場所を調べようと思っていたこと、冒険者になれたらいいなと思っていたこと。
ある日突然ラングが現れ、【自由の旅行者】を求めて旅に出たこと。
人生経験一のツカサにラングが戦い方を、旅の仕方を教えてくれたこと。
【真夜中の梟】、友達と呼べる少年と出会ったこと。
魔法が使えるようになり、今の力になっていること。
同じ年のころの少年少女の死体に吐いたこと。
迷宮崩壊に巻き込まれたこと。
時の死神と出会い、祝福を貰ったこと。
通りすがりの金級冒険者に難癖をつけられ怖かったこと。
エレナが仲間になったこと。
初めての冬宿の生活、ファイアドラゴンを探すダンジョン攻略のこと。
ラングのお守りのこと。
アルと出会い、スカイを目指す共通点から仲間になったこと。
ヴァロキアの王都でも巻き込まれそうになった迷宮崩壊のこと。
分断されて先を目指したこと。
エレナとルフレンとの旅のこと。
オルワートで出会った少女たちのパーティのこと。
依頼を受けて共に旅することになったミリエールのこと。
アズリアの王都で守れなかったこと、死にかけ、記憶を失ったこと。
モニカを連れてヴァンドラーテに行ったこと。
ダヤンカーセの船であった新年祭のこと。
少し言葉は濁したが、【快晴の蒼】と出会ったこと。
アーシェティアを仲間に増やしてスカイについたこと。
イーグリスの反乱を聞き、どうしても確かめたくて仲間を危険に晒したこと。
ラングと対峙して不謹慎ながら楽しかったこと。
その後のあれこれは多少割愛したが、ラングと再び旅に出たこと。
道中【適応する者】を失い、自分がどうすればいいのかわからなくなったこと。
ラングと話し、ここで生きるために名を変えたこと。
そして、再び【快晴の蒼】と合流し、想像だにしない神の事変に巻き込まれたこと。
話せば長いようで短く、振り返れば遠く感じる過去もつい最近のように思えた。逆もまた真なり。
「それで、今ここにいる」
そうして締めくくったころには喉がからからで、ツカサはコップに水を注いだ。
「そうか、ギウデアなのか」
ヴァンが呟いたと同時、ツカサを見た。一瞬何を言われたのかわからず、言われた言葉を頭の中で反芻してもやはりわからなかった。
「ギウデア、ってなに?」
「それなら、そうか、そうだったんだ」
「ヴァンさん?」
「あぁ、もっと早く気づけばよかった。しかし、それはそれこそ伝承の世界の話で」
「おい、何を一人で騒いでんだ。思いついたことでいい、話せ」
立ち上がって部屋中を歩き回るヴァンを厄介なものを見る目で睨みながらシェイが促した。ヴァンは興奮を抑えるように息を吸ってから呟いた。
「理と魔力は切っても切れない関係性にある。理が強い場所では魔導士も多く生まれ、魔法の才を持つものが多い。ここまではいいね?」
「はい」
視線を置かれているものでツカサは小さく何度か頷いた。
「時として、吟遊詩人の詩でも、碑石でも、ある人物が歌われ、描かれているんだ」
ツカサはまた大きく頷き、シェイとアッシュは顔を見合わせている。紙の向こう側ではもっと状況がわからないだろう。ヴァンは構わずに続けた。
「導き手、もしかしたら導き手と読むかもしれないが僕は導き手派で」
『結論から言え』
ラングの声にヴァンは緊張の息を吸った。
「ツカサは必要な人を、必要な人に会わせるための導き手なんだ。針と糸なんだよ!」
『導き手? どういうことだ?』
混乱を極めたアルの声にツカサは激しく同意したかった。ヴァンは一人興奮状態で部屋中を歩きまわり、言葉が溢れて止まらない様子で話す。
「ツカサの話した軌跡を辿ろう。故郷で神の力によりリガーヴァルへ飛ばされてきた。その先で一度死にかけ、でも、救われた」
「マクシアっていう冒険者のパーティに助けてもらえなかったら、死んでた」
「そしてサイダルで同じ故郷の人と出会い、【自由の旅行者】を手にした」
「ギルドマスターが参考になればいいなって、渡してくれたんだ」
「君のような【渡り人】の手に届けばいいなと思っていたのは事実だ。いくつか向こうでばらまいたものが、まさか本当に届くとはね。君はそこで世界を越えるという人物を知った」
「そう、ですね」
「そしてラングが現れた。ここからだ」
ヴァンは抑えきれない様子で紙を広げるとがりがりと書き込み始めた。この行動はヴァンの癖なのだろう。
「君がラングに出会い、君がエレナに出会い、君がアルに出会い、君がアーシェティアに、モニカに出会った。そして時の死神に出会い、君が【快晴の蒼】を見つけ出会ったんだ。君を中心に繋がっている、君がいたから出会ったんだ、今に辿り着いたんだ」
シャッとすべてを囲むように丸が描かれた。アルがぽつりと呟いた。
『…なるほど、言いたいことがわかってきた。ラングが出会ったのはツカサだけだ。エレナはツカサが石鹸を求めたから、俺はツカサとぶつかって知り合った。ダヤンカーセは別途自力ではあったけど、あれだってルノアーの一言がきっかけだったはずだしな』
『【真夜中の梟】もツカサが騒いだことで知り合った。草原のヤンも、ツカサがパン屋で会ったと言っていたな』
「そう、そこだ。全部ツカサなんだよ、発端も起因もツカサからなんだ。出会い、糸を通し、ぎゅっと結びつける。そしてそこから、こうして僕らと、多くの人と縁が繋がり、広がっている」
ヴァンは確信を持った声で言った。
「縁を結び、導く人。そういう人のことを、かつて古代の人は導き手と呼んだんだ。そして導き手の多くは、大きな困難を前にし、理の傍に現れると言われている」
ぽかんとしてしまった。それからじわりと理解が脳に伝わり、心臓がうるさい音を立てる。不思議な緊張が全身を駆け巡った後、ちくちくした痛みを内臓に感じ、背筋に波が走った。
ヴァンは心からの親愛を微笑として表した。
「君の旅路が波乱に満ちていたことはもう知っている。ここまで生きて辿り着き、皆を結んでくれてありがとう、ツカサ。僕らはこの縁を最大の武器にして、神に勝とう」
真摯に礼を示すヴァンに倣い、シェイも、アッシュも胸に手を当てて頭を垂れる。
ツカサは言葉を失ってそれを見ていた。
ただ無我夢中で駆け続けてきた。生きてきた。
悩み、苦しみ、時に傷痕を刻まれ、叱られ落ち込んだことも数知れず。
その旅路が無駄ではなかったと言われることが、こんなにも嬉しいとは思わなかった。
導かれているだけではなく、自分も誰かを導けていたのだということがじわりと広がっていく。
聞きたいことはある。そもそも導き手とは何か、とか、それで納得できるあんたたちと違って俺は困惑しているんだぞ、とか、細かいことは気になった。
けれど、今はこの不思議な達成感に満たされていたかった。
面白い、続きが読みたい、頑張れ、と思っていただけたら★★★★★やいいねをいただけると励みになります。




