4-13:軍人の彼ら
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ツカサを伴って廊下を行くヴァンの足は速い。ざくざくとした大股でツカサは最初スピード感が掴めず小走りになってしまった。
ヴァンは通り過ぎ様、顔を知っているメイドや従僕に声をかけた。
「すまないがシグレ殿とカイラスによろしく伝えてほしい、我々は出立する。君たちにも世話になったね、礼を言うよ」
誰も質問をせず、ただ深々と頭を下げて了承と礼を返す。その光景を異様に思いながら先を行く背中を追い、そういえばこの人はスカイのトップの一人なのだと思い出した。会話を続けているとなぜか忘れてしまう。
一度も迷わずに正面玄関を出れば旅支度を整えた面子が待ち構えていた。シェイとアッシュの二人だ。
今日鍛錬に付き合ってくれたアッシュはツカサがシャワーを浴びヴァンと話している間に、すっかり支度を済ませていたらしい。
シェイが不機嫌に言った。
「遅い」
「話が盛り上がっちゃってね、さぁ行こうか」
「よろしくな、ツカサ!」
さくりと合流し改めての自己紹介やこれからの意気込みなどは会話しない。シェイは傍に控えていた馬に乗ってツカサを見下ろした。ぶるる、と親し気に鳴いてツカサのこめかみに頭突きをするのは長い間ともに走ってきた牝馬だった。
「ルフレン」
「シェイは体力がないからね、体力よし、器量よし、性格よしの馬を借りたいと話していたら、ラングがこちらに回してくれたんだ」
それはラングの配慮だったのだろう。ルフレンの健脚を知るからこそであり、ツカサが一つ心を許せるようにだ。ルフレンの顔を横からぎゅっと抱いた。長いまつ毛が前髪を擦って少しくすぐったい。慰めるように顔を擦り寄せてくれたルフレンに胸の中に温かいものが広がった。
「本当に、くそ」
こうした配慮を有難いと思う反面、そうしなくては折れるのではないかと思われていることもわかり、悔しい。ツカサが見せてきた態度の結果だと受け止めて、ルフレンから離れた。
次に会った時は本当の意味で驚かせてやる、と心に決めて顔を上げた。
「まずはどこに行く?」
「歩きながら話そう。ここを早く離れなくちゃいけない理由もあるんだ」
「わかった」
お世話になった人々にありがとうと言い損ねたことが後ろ髪を引いて、ツカサは館に向かって一度だけ深々と頭を下げ、すぐさまヴァンたちを追った。
エフェールム邸を出て街を行けば火点し頃、紫がかった街中にオレンジが灯る。屋台も店も書き入れ時になり、いい匂いがしてくる。
アッシュが駆けていって商店街に消え、それを気にも留めずにヴァンとシェイは進む。多少困惑しながらもツカサはふと思う。これはアルが向こうの大陸で【炎熱の竜】と行動を共にした時や、【異邦の旅人】に加入したての時の感覚ではないか。
思い返してみればツカサは自分のパーティに人が入ってくることの経験は多いが、自分が入ったことは少ない。【真夜中の梟】とはある程度知り合った後の仮加入で、こうして緊張するメンバーに囲まれたこともない。
ルフレンの頭絡を掴む手に力が入ってしまった。胃のあたりがきりきりして、振り払うように強く足を踏み出した。
「別にね、今ここで即座に大人になれ、自立しろと言っているわけじゃないんだよ」
ツカサの緊張を思ってか、ヴァンの柔らかい声が前から流れてきた。
ざわざわとした賑わいの中、見失わないよう確かめていた背中が人混みの中で一つだけピントが合うように思えた。
「君にもいろいろあったから、支えが必要だったということもわかる。ただね、いつか人は何かを乗り越えなくてはならない」
「何かを、乗り越える」
「それは過去であったり、人間関係であったり、もしかしたら大事なものや人を失うことかもしれない。だけど悲しいことに人は慣れる生きものなんだよ、忘れる生きものなんだよ。それらを振り返って懐かしむのはすべてが終わった後でいい」
足は止まらない。それでもヴァンの声はしっかりとツカサに届いていた。雑多な匂いの中に、ふわりと森林のような香りを感じた。頬を冷やすような場違いな冷たさ、心地よく顔を撫でて通るそれに風の精霊が助力しているのだと気づく。
「厳しいことを言うようだけれど、心折れるようなことがあってもこの先それに膝を突いている時間はない。立てないのならば僕たちは君を置いていく」
いろいろと言いたい気持ちはあった。何がわかる、とか、言われるまでもない、とか、ありきたりな文句から強がりまで様々な言葉が胸を巡っていた。
ただ、常に冷静であれ、と響いた声に深呼吸してヴァンの背中を見つめ直した。
この人は冒険者だが、軍人だ。駐屯地で見かけた部下全員の命を、自分の指揮一つで失うそれを常に背負っているのだろう。
セルクスが言っていたイル事変、六、七年前とのことだが、いったい今いくつなのか。
真実を余すところなく【自由の旅行者】で書いたならば、イル事変でヴァンは協力者を喪っている。異世界に放り出された先でヴァンを助けてくれた人だ。短い文章で哀悼の意を表し、遺しておきたい、と一言添えられていたことがヴァンなりの振り返り方だったのではないだろうか。
すべてを理解することは難しい。自身はヴァンではないのだから。それでも、想像することだけはできる。
ツカサは決意表明をするように言葉を返した。
「折れない、堪える、受け止めるよ。今は前だけを見て進む」
「ふふ、そうかい」
ヴァンは笑って歩き続けた。
いい匂いに誘われて店に入りたい気持ちもあったが誰も足を止めないのでそのまま南門まで来てしまった。冒険者証を差し出してあっさりとイーグリスを出た。
こんな出門は初めてだった。しばらくしてアッシュが追いついてきた。
「いろいろ買ってきた、もう少し移動したら飯にしよう」
にっとツカサに対して明るく接してくれるアッシュが優しかった。笑顔を返し、おなかぺこぺこ、と言えば買ってきた品物のラインナップを教えてくれた。もっと空腹を感じた。
歩いて二時間もした頃だろうか、キャンプエリアの明かりが見えてヴァンがそちらへ足を向けた。ツカサはルフレンの首を撫でて移動を誘導し、アッシュはさっさと平たそうな場所を選んで布を敷いた。
ほかの旅人や商人からは少し距離を取った。ツカサは魔獣除けのランタンを点けルフレンを近くの木に結び、水と食事を置いて体をブラシで撫でて世話をした。それが終われば火を熾すアッシュを手伝った。ポットを取り出して水を入れて火にかける。その間に食事を広げた。
イーグリスらしい多種多様な屋台飯だ。焼き鳥を始め揚げ物から蒸しパンまで揃えてきてくれた。
「ツカサが何を好きかまだ知らないからな」
「ありがとう」
なんでも食ってくれ、と笑うアッシュの心遣いに胸に手を当てて礼を示した。
「じゃあ、いただこうか。今日の糧を食べられることを、戦女神へ感謝して」
「いただきます」
ヴァンが本を開く動作を、それをうけてシェイとアッシュは瞑目し胸に手を当てた。僅かな時間だったがそうして祈りを捧げるのだろう。ヴァンはツカサが手を合わせている動作を眺めた後、自分も同じようにした。
「いただきます」
顔を見合わせたシェイとアッシュもそれに倣い、食事が始まった。
「そのイタダキマスって何に対してのイタダキマスなんだ? イーグリスじゃシグレ殿たちもやってたけど」
「えっと、命をありがとういただきます、とか、用意してくれてありがとういただきます、とか、そういう感じかな」
「口にするものの命を大事に、相手に感謝を、か、いいねぇ」
開幕から甘めの蒸しパンを手にしたヴァンがしみじみと呟く。ツカサは焼き鳥と蒸かし芋を木皿に載せて岩塩を砕いた。あとでたこ焼きも食べよう。
「あ、ツカサ、悪いんだけど明日から料理担当になってもらっていいかい?」
「いいけど、俺でいいの?」
「というかたぶんお前じゃないとだめなんだよ」
ヴァンとアッシュが苦笑を浮かべてツカサに頷く。
「僕ら料理が出来ないんだ」
ツカサは三人を順繰り眺め、シェイからは目を逸らされる。
「そういえば三人とも貴族だっけ…、冒険者ならレパートリーの一つや二つあってもいいと思うけど」
じとりと見遣ればヴァンは悪びれずに笑った。
「そうだねぇ! 僕はとりあえず塩で焼くくらいはできるよ、ただねぇ、いまいち美味しくないんだよね」
「そいつは精霊が張り切って手を貸すから消し炭になんだよ」
「うわ、そんな弊害あるの!?」
「あはは、困っちゃうね」
頬を掻き首をすくめ、ヴァンは寂しそうな顔をした。別に料理は嫌いなわけではないらしく、いろいろやってみたい気持ちはあるのだそうだ。ただ、自分の思いとは裏腹に精霊が手伝おうとするせいで良い結果にはならないのだという。
その点、ラングが羨ましいとヴァンは言った。
「僕は生まれながらの申し子だったから、物心ついた時にはもう精霊が家族のようなものだった。時には親戚の兄姉のようにね。だから、彼らはいろいろ手伝おうとしてくれる。自分でやりたいと言っても頼んでも、聞き届けてもらえなくなっているんだ」
加護は良いものだという理解だったが、こうして聞くと不憫にも思える。そうしてヴァンが諦めたことはきっと料理だけではないのだろう。
代わりに、その大きな力を生きるため、戦うためにも借りている、とヴァンは微笑んだ。
「アッシュさんは?」
「呼び捨てでいいよ、俺は正直料理に興味ないなぁ。こうして買っておけばいいだろ、っていう認識」
時間停止付きのアイテムバッグがあればこそできることだけど、と言い、アッシュはワッヘルにハムを合わせて食べた。甘いものにしょっぱいもの、美味しいのは知っている。
「シェイさんは?」
「俺は食べる専門だ」
焼き鳥を串からぐいっと引き抜きながら言い、そこにパンを合わせシェイが言う。食べ合わせも様々だ。
なるほど、このメンバーでは確かにツカサが適任だろう。
「食材はちゃんと仕入れてあるからさ」
「あ、そしたら目録もらえる? 何が作れるか考えたい」
言われたアッシュが目を瞬かせ、それから頷いた。
「へぇ、なんだ、思ったよりしっかりしてるじゃないか」
「合同パーティでそうした経験があるからだよ。それに料理をするのが俺だけなら、メニューに文句は言わないでよね」
「はは! 了解だ料理長!」
「寝る前に書き出しておくよ」
ヴァンが楽しそうに胸に拳を当てて礼を取り、アッシュも笑いながらそれに倣う。軍式の挨拶だ。
「そういえば、二人は隊長さんなんだよね?」
「あれ、言ってなかったっけ。俺は斥候・工作部隊の隊長、シェイは魔導士隊の隊長。クルドが歩兵隊、ラダンが騎馬隊の隊長だ。それでヴァンが軍師殿な」
「フィルが隊長たちって言ってたし、ヴァンさんが軍師殿だから察してはいたけど、挨拶はなかったよ」
「悪い悪い、でもこれでもう知ってるな」
アッシュは飲むか、と赤ワインの瓶を差し向けてきた。一杯だけ、とコップを取り出して注いでもらう。いつも飲んでいるのよりも少し上等に感じた。
共に食事をすることで多少気心が知れたような気がして、ツカサは踏み込んだ。
「軍人ってどういう感じなの?」
「随分と抽象的な質問だねぇ、ちょっと待ってね、ううん、どういう感じ、どういう感じ…」
蒸しパンを齧り、香辛料を揉みこんで焼かれた肉を食べ、また蒸しパンをかじる。ヴァンは咀嚼しながら考え込んだ。ごくりと飲み込んで水を飲み、うーん、とややしばらく悩んだ後、言葉を零した。
「スカイにおいては本来、暇な職業だったはずだ。出撃要請があったとしても、それは賊の討伐であったり、他軍との演習であったり、国を脅かすような大きな脅威がここ二百年なかったからね。先の計画的迷宮崩壊みたいなことも初めてだったし。準備にいろいろ奔走したなぁ」
「アズリアとの戦争が稀な事態だった、とは、ちらりと聞いたかも」
「そう、まったく嫌になっちゃうよ。僕らが着任した途端の戦争だったからさ、今代の【空の騎士軍】は戦を呼ぶなんて言われちゃって」
「はは、だからスカイに上陸されてたまるかって全軍で必死だったんだよな」
「そうだねぇ、いやぁ大変だった」
意外だ、外から見ていた人たちはアズリアを無謀だ、スカイは余裕綽々だった、悪魔の国だ、と評していたが、本人たちの覚悟は違ったということだ。
アズリアを海上で叩きのめすために、二度とおかしな気を起こさせないためにヴァンは全軍を走り回って準備したらしい。魔導士の力を、海上での弓矢の距離を、最悪、衝角させた後の歩兵隊の突撃方法まで寝る間を惜しんで調べ、策を練ったという。
最終的には魔導士隊の魔法障壁と風に助力を得ての矢の飛距離、推進力でアズリアを打ち破ることができた。最悪に備え、一つがだめなら次善策をとありとあらゆる事態を想定しての準備は幸いなことに出さずに済んだそうだ。
「ただ、アズリアの宣戦布告があまりに稚拙すぎて逆に不穏でね、ダヤンに頼んで調べ続けてもらってたんだよ」
「俺、あんまりそのへんがわからないんだけど、聞いてもいいものなの?」
「君になら構わないよ。面白い話かどうかは責任取らないけど」
「大丈夫」
それなら、とヴァンは続けた。
「アズリアの宣戦布告は、先代の国王が崩御して喪に服す間もなくの戴冠式でされたことでね。うちの王子様が国王代理で参加してたんだよ」
「そんな場所で宣戦布告とかするもんなんだ?」
「いやいや、超異例、普通国家間で戦争をするなら、それぞれの国と、もう一つ見届け国を指定して三か国会談をしたうえでするんだ。じゃあ戦争しましょうってね」
「そんな面倒なことするんだ」
「ばっ、こら! 面倒とか言うな! そうやって手間をかけるから二の足を踏むんだって! そういう手順を踏まないでいきなり攻め込んだら、周辺各国から蹂躙されても文句言えないくらいの事態なんだぞ!」
「そ、そっか、ごめん」
アッシュが慌てて言うものでツカサは何度も頷いてちらりとヴァンを窺った。苦笑を浮かべて返され、それでね、と続いた。
「三か国会談はなかったものの、各国が参列していたために宣戦布告がある意味の形を成してしまって、まぁ、開戦になった。結果はもう知っているだろうから割愛するけど、その後が問題でねぇ…」
また考え込んだヴァンに代わり、いつの間にか食事を終えていたシェイが引き受けた。
「俺たちはアズリアまで出向いて、特殊部隊の解体と新国王の退位を求めた。その代わり賠償金は通常通り、かつ、兵と国と民には手出しをしないという取り決めでな」
噂とは違い、いろいろとやり取りがあったわけだ。
「新国王、いや、今は元国王だな、本家筋の男だったが、分家に譲るのを随分と渋った。その時に言われたのがアズリアを変えるな、ってことだった」
「変えるな? なんか変な言い方をしたんだね」
「ね、引っ掛かるよね」
まだ考え込みながらもヴァンがツカサに相槌を打つ。ゆっくりと視線がツカサを向いた。
「今回のことがあって調べた結果、アズリアがマナリテル教の温床だっただろう?」
「うん、そうだったね」
「国教ハルフルウストは今もアズリア国民には根付いている、けれど、彼らは戦闘力を持たない。ただの民だからね」
逆に、マナリテル教は魔導士の集まりだ。戦闘力を持つ宗教ということだ。
「俺、国教っていうのもよくわからないけど、アズリアにしてもスカイにしてもそれが大事にされているのはわかる。国教が変わるってもしかして、国の根底が変わるってこと?」
「そう、ある意味で大きな革命だ。元国王はそれを危惧して、スカイを取り込み、マナリテル教を潰せるだけの戦力を得ようとしたのだと思う。僕らが叩き潰したから真意はわからないままだけれどね。彼も沈黙を守ったまま退位したから」
「本当に国を守りたかったなら、すべてを話すべきだった。それをやめた時点であいつに国王としての資格はない」
シェイが舌打ちとともに言い、ツカサは手に持った芋に視線を落とした。
だとするとあれはどういうことだったのだろう。
「向こうの大陸でフェネオリアって国に居た時、アズリアの分家の王様がその国の第三王女に婚約打診して、暗殺して、無理矢理戦争を起こそうとしてたんだけど」
「あぁ、あったねそんなこと。どこかの冒険者が横やりいれたおかげで不発に終わったとか?」
にんまりとした笑みを浮かべて言われたのでその冒険者がツカサだということを知っているのだろう。芋を食べてごまかした。ヴァンはくすりと笑ってから冷たい声で言った。
「今なら確証を持って言えるよ、向こうの大陸での様々な事象はマナリテル教が裏で糸を引いていたのだとね」
「戦争を起こして、何をしたかったんだろう」
「僕らは良くも悪くもアズリアの戦力のほとんどを削らずに返した。分家王はおそらくマナリテル教に唆されたか、自ら乗ったか、その戦力を使って大陸を統一しようとしたのだろう。突然の侵略をするよりは、なんでもいいから小さな言いがかりがあった方がやりやすい。各国に支部のあるマナリテル教を兵力として考えるなら、正直戦争で勝てないこともないだろう」
ううん、とツカサは考え込んだ。
「だとしても、マナリテル教が戦争を唆して、どんな利益があるんだろう」
「神の目を引きつけられる」
シェイが言った。少しだけ時間をおいてハッと息を吸う。
「セルクス」
「そう、魂に関わることだからね。それにイーグリステリアが関わっていることが確かめられたことで、彼の神は今回の事変に首を突っ込む権利を得た」
「輪廻を司る神はある意味で強い。だが、同様にだからこそ魂の誘いを優先しなくてはならない立場だ」
「そっか、本物の神様が相手だと厄介だから仕事を…、それって人が死ぬってことだ」
「いやな手を使うよね」
ツカサはぞくりとした。自分の目的のために人の命を餌にしようというイーグリステリアの考えに嫌悪を抱いたことも、一つの事象があらゆることへ繋がっていることにも鳥肌が立ってしまった。
自分がその渦中にいるのだということも強く意識してぶるりと震える。
「だが、これは僕らの好機でもある」
ヴァンはコップを手に水を眺めながら呟いた。
「セルクスは怪我を見られていると言った、でも、仕事を他の神に手伝ってもらうことをイーグリステリアは知らないだろう」
「引き付けていられると思い込んでいる間に囲い込むんだね」
頷き、ヴァンは瞑目した。僅かな沈黙の後に苦笑交じりの声で続く。
「軍人がどういう感じかと聞いたね、若干、横道にもそれてしまったけれど、こういう感じ。大変な仕事だよ」
質問に立ち返り、ツカサはヴァンを見た。
「様々なことを考えなくてはならない、様々なものを背負わなくてはならない。もちろん、それは軍人に限らず、どんな職業でも生き方でも同じだろうけどね。ただ、いざという時、僕はこの首を差し出す覚悟はある。重くて、苦しくて、それでも守りたいものがあるからこそ、軍人になった。そうできるだけの力を持っていたのも理由だ」
理の申し子として、精霊との関係のことを指すのだろう。ツカサは小さく頷き、続きを待った。
「こうして様々な情報を知れて対策がとれるという点では非常に有利だ。僕は自身を懸けて、ここにいる」
君にはまだ難しいかもね、と苦笑を浮かべ、ヴァンは空を見上げた。その視線を追って空を眺めながらもう一つ問いかけた。
「死ぬかもしれないこと、怖くないの?」
「怖いさ、でも、それより僕が怖いのは何もせずに死ぬことかな」
あぁ、とツカサは声にならない感嘆を零した。
ラングが逃げ道を選べる人ならば、この人は自らを逃せない人なのだ。
結局、両者ともに抗うことに変わりはない、そしてどちらも常に覚悟を持っている。
「それにね」
考え込んでいたツカサに柔らかな声がかかった。
「僕には背中を預けられる仲間たちがいる、親友たちがいる。それが僕の一番強い力なんだよ」
ツカサは何か気づきそうになって言葉が出なかった。
考えはまとまる前に弾けた焚火の音で消えてしまい、慌てて拾おうとしたが間に合わなかった。
また時間のある時に拾い直そうと決めて、ヴァンと目を合わせた。
「ありがとう、少しだけわかった気がする」
「それならよかった」
ツカサは焚火に埋めていたポットからコップに湯を注ぎハーブティーを淹れた。強請られたので三人にも用意した。
「そういえば、距離があるとはいえ他の人もいるのにこんな話、大丈夫だったの?」
「防音のアイテムはなくても、僕らにはすごーい魔導士様がいるのでね」
ね、と話しかけられたシェイはハーブティーに氷を入れていた。
「随分前に魔法障壁を張って音漏れを防いでる」
「どうやったのか教えてください」
ツカサの食いつき方にヴァンとアッシュが笑った。
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