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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
終章 異邦の旅人

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4-12:提案

いつもご覧いただきありがとうございます。


「ねぇ、ツカサ。ちょっと話さない?」


 そう声をかけてきたのは【快晴の蒼】のヴァンだ。

 ソファで寝ているのだと思い、そのまま通り過ぎようとしていたためかなり驚いた。辺りを見渡して自分しかいないことを確認したうえで視線を合わせれば頷かれた。


「シャワー浴びてからでいいですか?」

「もちろんだよ、僕の借りている部屋わかる?」

「いや、どこだか…。誰かに聞いてお邪魔します」

「わかった、あと敬語はいらないよ。同じ冒険者だろう?」


 じゃあまたあとでね、と笑って立ち去るヴァンに、あんた軍の偉い人だろう、と胸中で呟き苦笑を浮かべた。

 部屋に戻りがてらメイドに尋ねれば、ツカサたちが滞在しているのとは逆側に【快晴の蒼】の部屋があるらしい。礼を言い、自室に戻りシャワーを浴びた。鍛錬の汚れも疲れも流して、完全防備で装備を整えた。ヴァンと会話するにあたり、鎧がなければ怖いと感じたのだ。理由はわからない。

 ラングも呼んだほうがいいのだろうかと思い、そちらへ立ち寄ってみたが不在。それならアルに声をかけるかと部屋へ行けばこちらも同様。

 エレナたちは商人ギルドへ行くと言っていたので、ほんの少しだけ心細かったが一人でヴァンの部屋を訪ねた。

 ドアをノックすれば手ずから扉を開けて迎えてくれた。


「やぁ、よく来たね。お入り」

「お邪魔します」


 どうぞ、と声をかけられながら足を踏み入れる。

 ラングの部屋とは装飾品の趣が違う。部屋により趣向が変わるのは細かい気配りだ。淡い緑を基調にした部屋は視覚的にも落ち着く色合いで、春らしいヴァンの風によく似合っていた。カーテンに施された金刺繍は何度見ても見事だ。寝椅子が設置されているのはヴァンの怠惰な生活のためだろう。

 ベランダのほうへ歩み寄ればここからも中庭が見える。ツリーハウスのない側、中庭のコンセプトも違い、こちら側は背丈の低い花で美しい庭園アートを造られているようだ。色とりどりの花がグラデーションを描いているのは目を見張るものがある。歩いたことはあっても上から見るのは初めてで、これは新しい発見だ。

 風に乗って届く微かな花の香りにすぅっと息を吸った。


「素晴らしいよね、スカイの王城の庭にだって負けてないよ」

「すごい、やっぱりというか、王城の中庭も見れるんだ」

「そりゃ、一応は役職に就いているからね」


 ふふ、と笑いながらヴァンが紅茶を淹れてくれた。アルが淹れるものとは違い普通に飲める味だ。

 どうぞ、とお菓子も勧められサブレを一つ齧る。こうして出されたものを口にするのは相手への信頼と礼儀なのだとラングに習った。毒は疑っていません、ということだ。ヴァロキアのジェルロフ家を疑っていたということでもあるが、今は置いておく。

 何よりツカサには【鑑定眼】もある。

 しかし、いったい何の話があるというのか。ちらりとツカサはヴァンの様子を窺った。


「そんなに警戒しないでよ」


 苦笑を浮かべ、ヴァンは両手を挙げて見せた。そんなに態度に出ていただろうか、とツカサは居住まいを正した。

 だらしない姿を見ていても相手が偉い人だと思えばこそ、どうしたって緊張してしまう。加えて、誠心誠意謝罪をしてくれたラダンと違い、ヴァンからはそれを受けたこともない。身構えるなというほうが難しい。

 ヴァンは小さく息を吐いて頬を掻いた。


「君がそういう態度だからこそ、話しておこうと思ったんだよ。以前捕縛しようとしたことを根に持っているね?」

「根に持っているとは少し違うけど、気にかかってるところではあるかも」

「なるほどね」


 ふぅ、と再び息を零すとヴァンは姿勢を正し、それから深々と頭を下げた。


「手荒な真似をしてすまなかった」


 真摯に告げられた言葉に胸の中でもやもやしていたわだかまりが少しだけ薄くなったような気がした。実際、ラダン本人から言い出したのは自分だ、とも言われ、床に押さえこんだのも彼の人だ。

 やり取りの多くがヴァンを主にしているので、八つ当たりに過ぎなかったと気づきツカサは深呼吸をし、勢いよく頭を下げた。


「すみませんでした。いろいろ聞いたうえでわかりそうなものなのに、割り切るのが下手で、いや、言い訳になってる、すみません」

「理解はするよ」


 ゆっくりと顔を上げたヴァンは少しばかりの憐憫を瞳に宿し、ツカサを見遣った。その視線を受けて苦笑を返し、差し出された手を強く握り返した。この件はこれで終わりということだ。


「ええと、それだけ?」

「あぁ、いやいや、これから始まり、座って座って」


 ヴァンは手で制しツカサを引き留めた。首を傾げながらも座り直し、先ほどよりもリラックスした姿勢で続きを待った。


「実はね、君のことをいろいろ調べさせてもらったんだよ」

「それはどういう」

「シェイが随分と君を買っているからね、興味もあったし、今後のためにと思ってさ」


 話の意図がわからず逆側に首を傾げれば、順を追って話すよ、とヴァンは笑った。

 

「少し驚いたんだよね、ハミルテで会った君と、ここで再会した君との違和感にさ」

「違和感、ですか」

「君にはわかりにくいかもしれないんだけど、ハミルテで会った君は大人びて見えたんだよ。ちゃんとリーダーとして立とうとしているというか、考えているというか、そういう、責任を背負うという気概を感じた。だけど、ここで再会した時にはとても子供っぽくてね。何があったのだろうと思って、個人的に調べたんだ。それで気づいた。君はラングのいない旅では随分気を張っていたんじゃないか、とね。あの時はそれがきちんと形に成っていたのではないかな」


 どきりとした。思い当たることがある。

 旅の間は頼れる人がいないこと、エレナから仮リーダーとして否応なしに立たされたことも大きかった。

 だが、渡り人の街(ブリガーディ)に辿り着き実父に再会したことが自身の立ち位置を、心を子供に戻させていたことを、今ならわかる。その後ラングに助けられたこともあり、旅の間張り詰めていた空気が抜けていたようにも思う。

 ヴァンも同じような結論に至ったらしい。ラング、アル、エレナやアーシェティア、モニカにシグレ、果てはジェームズにまで聞いたそうだ。ジェームズは今は軍部預かりだそうで、【鑑定】のスキルを活用してもらっているという。父のことは聞かなかった。

 ヴァンは少しだけ見定めるように目を細め、続けた。


「シェイが君のことを買っていると言ったね」

「うん、嬉しいけど、それが今の話とどう繋がるんだろう」

「君を戦力として数えるにあたり、そこが気になるということだ。加えて、僕から見た君は相手の理解に甘えている節がある」


 ツカサは少しだけ言葉を噛み締めた。

 父に再会し、子供としての立場を思い出し、そして失い。

 ラングに再会し、弟としての立場に甘え、その背に、隣にいることの安心感に溺れた。

 あれほど言われていたのに、振り払われないことをいいことにラングをすべてにしようとしていたのではないか。

 先程のヴァンの発言にもあったように、理解するという言葉を額面通り受け取ってもいた。

 気づきたくないことを前にすると、何故人は目を瞑るのだろう。どうにか開いた目は自分の拳を映した。


「俺は、ラングに、みんなに甘えて、頼りすぎてるんだね」

「自分でそう言えるだけマシだね」


 ほっ、とヴァンが胸を撫でおろしていた。その動作を見守っていれば、ヴァンは一度瞑目、それから透明の水色が射抜くようにツカサを見た。


「君を一時的に預かることにした」


 有無を言わせぬ決定事項、ツカサは膝の上で拳を握り締めた。了承も反論もないことを確認し、ヴァンは言う。


「一度君をラングから離したほうが良いと判断した。今後、神を相手にするならば、各自が自身の能力を遺憾なく発揮することが必要だ。そのために君にはラングを頼らないことを、ラングには背を守らないことを求めたい」


 はっきりと足手まといだと言われ心臓が痛む。

 ラングが力を発揮するためにツカサが後ろにいると邪魔であると他者から改めて指摘されると、たまらなく悔しかった。

 こうして言われるまで気づけなかったことが、ラングがその指摘をしなかったことが恥ずかしい。穴があったら入りたいとはこのことだ。

 ヴァンはぐうっと恥じ入るツカサの名を呼んで視線を合わせさせた。


「あの人は誰かの下につくことも無いが、誰かを下に置くこともしないだろう。それは君も同じなんだと僕は思う」

「…対等であろうとしなかったのは、俺ってことだね」


 ヴァンが頷いてみせ、ツカサは何度か息を吸った。肺が震えてしまったが目の前の人は気づかぬふりをしてくれた。


「なにより、君は【渡り人】であるからこそ(ことわり)に疎い。魔導士であればこそ、理と魔力の関係性はよく知っておくべきだ。それを教えるのにはやはり僕たちのほうがいいだろう」

「そういえば、何度も聞いているから知っている気になっていたけど、精霊とか理とか、ラノベや漫画、ゲームの、なんとなくのイメージだ」

「そうだろう? それに、魔力のことならリシェット…シェイをおいてほかに適任はいない」


 それもわかる。シェイは目が特殊だと言い、他の魔導士にはできないことを成してみせる力がある。相手の魔力を利用して実際に体験させてくれるのは経験値としても大きい。

 自分がわかっているからこその説明下手ではあるが、伝えようと努力はしてくれている。ツカサは強く頷いた。


「だから、君を預かる」

「お願いします」


 今度は顔を見てはっきりと言うことができた。

 ヴァンは頷き片手を挙げた。ぬるりと姿を現したのは傷を覆うように眼帯をつけた男だ。机の横に膝を突くと、さっと地図を広げた。


「僕の影だ。ラングも知っているよ」

「どこから出てきたの」

「ずっとこの部屋にいたよ、君にバレないように立っていただけ」

「アサシンってすごいんだ、忍者みたいだった」

「はい、はい、本題に戻ろう?」


 目を輝かせて男を見ているツカサを手を打ち合わせて呼び戻し、ヴァンは地図を指した。すっかり一つのことに夢中になる癖を見抜かれているようだ。


「今回、それぞれが目的をもって行動してもらうことになる。君は僕とシェイ、それからアッシュと共に。ラングはアルとラダン、クルドと共に行動してもらう」

「【快晴の蒼】も分けるんだ。意味があるんだよね」

「そのとおり、情報が届いたんだよ」


 情報という言葉に顔を上げた。それから地図に視線を落として考え込んだ。いったいどういう情報が入り、どういう目的で分けたのか。

 ヴァンはツカサの回答を待たずにまずは聞くように、と声をかけて続けた。


「マナリテル教、というよりはイーグリステリアかな、時の死神(トゥーンサーガ)にバレたからか食事を堂々とするようになったみたいで、船の着いたウォーニンの港、スカイ王国のいくつかの村が被害に遭ってるんだ」

「ええと、ウォーニンからスカイに入った、ってことは覚えてる。その後の情報が入ったってことだね」

「あぁ、結構な数の死亡報告も届いている。行方不明と報告されたものも村一つ丸ごととなるとね、そういうことだろう」


 命を食らう女神が歩む先にいる人々をそのままにするわけがないのだ。

 ラスの指はスカイの南側からゆっくりと北上した。


「王城からの情報が各主要都市には連携された。そこから街、村にまで情報は巡っている最中だ。マナリテル教の印を刺繍したローブを着る者、ペンダントをつける者、ラングが伝えてくれた女神と剣士と司祭の風貌、そうした該当者を街に入れず、拒否するように手配されてる。表向きは戦女神ミヴィストの信仰を侵すという理由でね」

「相手が宗教だから、宗教を理由にぶつけたんだ」

「そう。幸い、スカイ国民の多くは僕も含め、敬虔なミヴィスト教徒だ。【渡り人】のこともあって選民思想というものが根付かないように注意もされている。だから、できればそれで足止めをしたかったんだ、が、まぁ、なんというか、スカイの人ってのんびり屋が多くてさ。自国の人をこういうのもなんだけど、平和ボケして危機感がないんだよね。人が好すぎるせいで被害が出ている面もあって、動かざるを得なくなった」

「はっきりと神だとか、危険だとか言わないの?」

「危険思想の宗教ってことは広めている、けど、神と言われて敬虔な教徒が、たとえ他宗教の神だとしても神そのものを蔑ろにできると思うかい? 王城からそんな御触れがでてしまったら、恭しく迎えるだろうさ。さっきも言ったけど、危機感がないんだよ。今後のスカイの課題さ」


 ラスはとん、とん、とん、と地図を指で叩いた。それから腰のポーチからいくつかの駒を取り出した。少し形は違うがチェスのような駒だ。ことりことりと並べられていくものを、一つ手に取ってまじまじ眺める。


「セロチェって知っているかい?」

「白と黒の駒でやる、将棋みたいな。交互に動かして相手の駒を取っていくゲームなら知ってる。やったことはないけど」

「似たような盤上遊戯はあるんだね。見てごらん、スカイでのセロチェという盤上遊戯は、策指揮を競う遊戯なんだ。貴族がよくやる盤上遊戯でもあるから、これは狩りでもある」


 ツカサが机に戻せばヴァンがそれを並べた。

 地図上にいくつか置かれた駒はウォーニン側からスカイを見ているものと、スカイ側からウォーニン側を見ているものに分かれた。駒はよくある馬の形をしたものもあれば、杖を持つもの、剣を持つものなど、形と種類は多い。

 黒が敵、マナリテル側、白が味方、ツカサたちを表しているのだろう。

 ウォーニン側に黒い駒が四つ、イーグリスのところに白い駒が四つ置かれた。


「ちょうど、渡り人の街(ブリガーディ)の事後処理が終わったころ、彼らはウォーニンに上陸した。そして僕たちがここに来るころ、スカイへ入国したという。港は入国審査が厳しいから、わざわざ船でウォーニンに入ったようだね。運がいいのか金を積めば入れる領地を選んだみたいだ」

「スカイでもそういう場所があるんだ」

「清廉潔白な国なんてどこにもないよ、律している人もいれば、それをしない人もいる。どこだってそうだろう?」

「言われてみればそうかも」

「目立たないだけでスカイにもスラムはあるしね」

「それは意外、路地も明るい印象だったから」

「完璧に手を差し伸べることなんて不可能なんだよ。さて、話を戻そう」


 ウォーニンの港に置かれた駒が国境を越えてスカイに入った。ツカサはんん、と喉を鳴らして頷いた。


「俺はダヤンカーセの船だったから入国審査を受けなかったけど、厳しいって言ってたもんな。それで、さっきからヴァンさんの指が北上してるんだけど、もしかして」

「ある程度予想はしていたけれど、イーグリスを目指しているようだ」

「【渡り人】の魔力とかを好むから、ここはいい狩場ってことだね」

「そういうこと。もちろん、シグレ殿にも伝えてるし、王太子殿下も対策をすでに考えている。だからこそここは任せて、僕たちはイーグリステリアを追う」


 黒い駒がとん、とん、とイーグリスへ近づいてくる。

 

「でも、途中で見失った」


 ヴァンが淡々と言った言葉にツカサはそちらを見た。


「さっき理と魔力の話をしただろう? 理に属するものは、魔力の違和感に気づきやすいものなんだ。同じように、魔導士は理の違和感に気づきやすい」

「そっか、お互いが相反するものだからってことだね」

「そう、一部シェイみたいな特殊事例として、魔導士の中には魔力を追跡したり、魔力そのものに鋭い人もいるけどね。だから、精霊に頼んで魔力の強い人、場所を追ってもらっていたんだよ。精霊が近づけない、見えないほどの魔力の濃さは珍しいからね」


 その軌跡がイーグリスを目指していた、ということか。


「でも、見失ったんだ。精霊って聞いた感じだとどこにでもいそうだけど、どうして見失ったんだろう」

「精霊が潰されてるのさ。それも広範囲に渡ってね。おかげで領地一つ分は見えないようになってしまった。それでいろいろ曖昧で、おおよその位置しか掴めていない」


 言葉の意味がわからず眉を顰めた。ヴァンは難しい顔で腕を組み、少しの間沈黙を続け、ちらりとツカサを見た。


「ツカサ、君、確か魔力を見れたよね?」

「あ、うん。教えてもらって」


 ハッとした。体にぐっと力が入り、背筋を伸ばす。


「ラングが理の方面から、俺が魔力の方面から、追うんだ」


 ヴァンは頷いた。


「潰されてはいても、その土地に精霊は常に存在する。その悲鳴を聞くのが僕とラング。シェイと君には魔導士として、魔力の痕跡や違和感を追ってもらいたい。精霊が潰されている外側を見つける、あとは中心へ向かって進めばイーグリステリアがいるはずだ」


 イメージとして円の外側を見つけ、中心点を目指すということなのだろう。ふと脳裏にコンパスを思い浮かべてしまった。間違いではないだろうが、昔小学生の頃、くるくると回して円を狭めていく遊びをしていたことが懐かしく感じた。

 ただ、そうとなると疑問も浮かぶ。


「だったら、シェイさんと俺は分けるべきなんじゃ?」

「そうすると君の修行にならないだろう? 魔法の違和感と精霊の悲鳴はラングに任せることになるけれど、僕が教えたから彼なら問題ない。向こうにはもう一人、情報収集を得意とする人が合流するしね」

「もしかして、ヘクター?」

「そのとおり」


 それは王太子からいずれ連絡があるだろうと言われた男だ。


「今回、僕らが動くにあたり情報を持ってきたのもヘクターだ」

「どんな情報?」

「これから話すよ、落ち着いて。まずは聞いてと言ったろう?」


 ヴァンは苦笑を浮かべ指を唇に添え沈黙を促した後、セロチェの駒を四つ並べた。

 一つは魔導士、これが司祭。

 一つは剣士、これはラングと一戦を交えた男。

 一つはキング、イーグリステリアを表す。

 そして最後の一つは歩兵、ラングの報告にはなかった青年だという。


「今、イーグリステリアに与する者たちは四つに分かれて動いているとヘクターから情報が入った。それぞれが目的をもって行動をしているらしく、各地でそれなりの問題が起こっているというわけ。僕らは真意を探りながら中心にいるであろうイーグリステリアを追い詰める方針でいる」

「どれに誰を充てるの? 今聞いた限りだと二組しかないけど、あと残りの二組は?」

「君は少しせっかちだねぇ。気が急いているのはわかるけれど、軍師の策指揮は最後まで聞くようにするといい。これは全体像を伝えながら、意図を汲んで、理解と納得をしてもらうための作業なんだ」


 ツカサはぎゅっと唇を結んだ。それを見てからヴァンは続けた。


「とはいえ、君の疑問も尤もだ。まずはそこを解消してあげよう。僕たちのパーティ、ラングのパーティ、それから残りは我が【空の騎士軍】の部下たちのパーティ、最後に、僕しか知らない秘密のパーティ。この四組で調査と誘導、囲い込みをすることになる。質問、どうぞ」

「秘密のパーティって?」

「秘密だよ。話してしまったら秘密じゃなくなるだろう? たまたま名前を耳にして、早伝達竜を飛ばして協力を取り付けたんだから。ふふ、下手したら四組の中で一番情報収集が上手いかもしれないよ」


 いったい誰だというのか。思わせぶりに話しつつも答えを言うつもりはないらしいヴァンに、肩を竦めた。

 

「連絡はどうやって取り合うの? ここ、スマホとかないよね」

「そこはいろいろ伝手をね。なにせこの戦は神との戦だから、神を利用しない手はない」

「それもそっか。あ、だとしたらこれ使える?」


 セルクスから渡されたビー玉を取り出せば、ヴァンは満足そうに頷いた。


「君とラングを分けたのはこれも理由なのさ」

「なるほど」


 あの時、これを渡されるのを見ていたのだろう。


「僕らも同じものを渡されているけれど、すべてのパーティに別途マジックアイテムを渡してる。定時連絡は一日一回、これは生存確認も兼ねてる」


 生存確認、と言葉を繰り返し、ツカサはぞわりとした背中を伸ばすことでごまかした。

 今ヴァンがここでこうして生きているので感じていなかったが、神と戦うのは実力ある者たちとはいえただの人なのだ、いつでも死ぬ可能性がある。

 死なないためにどうすればいいのか、ラングと旅を始めたころに抱いていた危機感がようやく自分に戻ってきたような気がした。


「うん、いい顔になってきた」


 ヴァンの呟きに顔を上げる。真っすぐにぶれることのない眼差しが突き刺さり、逃げ場を失うような恐怖を感じさせた。それが自分を見極めようという視線であればこそ逃げるわけにはいかなかった。

 睨み返すわけではない、ただ、受け止めてみせる。しばらく無言でそれを続けていれば、ヴァンが小さく笑った。


「まずは一歩、かな。さて、早速だけど僕らの出発は今夜だ」

「今夜!?」

「ちなみにラングたちはもう発っているよ」

「え!?」

「君は突然の別れにも慣れないといけないだろうからね」


 ぴしゃりと告げられた言葉に声が出なくなった。

 まだ敵と対面していないので実感はないが、改めてこれがいつ死んでもおかしくない戦いの始まりなのだと教えられた。


「どの組をどの調査に充てるのかは移動しながら会話しよう。おや、もう日が沈むねぇ、夜だねぇ、出発の時間だ! 君も旅の準備は出来ているみたいだから、このまま出よう。大丈夫、シグレ殿への挨拶はラングが済ませているからね!」

「ちょっ、エレナとモニカと、アーシェティアに話さないと」

「それはシグレ殿が話してくれるさ、さぁ、行くよ」


 ヴァンは机の上の駒や地図をすべて片付けると置いてあった双剣を手早く身につけた。いつの間にか影と呼ばれた男はいなくなっていた。

 部屋を出る前にヴァンが一度振り返り、ツカサの覚悟を問うた。


「ここからは立ち止まっている時間はないよ。逃げるならこれが最後の機会だ」


 立ち上がり、ぎゅっと拳を握り締めて真正面から返した。


「大丈夫、もうわかってる」


 どうにも締まらない返事だったが、ヴァンは小さく笑って部屋を出て行き、ツカサもその後を追った。




少し長く話が続き、鈍足になります。先をお急ぎの方は【4-29:託されたもの】からでもお楽しみいただけると思います。


面白い、続きが読みたい、頑張れ、と思っていただけたら★★★★★やいいねをいただけると励みになります。

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