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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
終章 異邦の旅人

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4-8:魔法と料理

いつもご覧いただきありがとうございます。


 その日、ラングと会うことは出来なかった。戻るとだけ受け取った伝言を仲間に伝え、ツカサは努力して寝た。何があろうとまずは体を休めることだと教わったことを守った。


 翌朝、修練所に行けば会えるだろうかと期待していたがそこにもラングはいなかった。

 代わりに眠そうなシェイが木陰で座っていてツカサを見つけると手招いた。ラングもいないのでそちらへ寄って前に座った。


「おはようございます」

「あぁ、おはよう。じゃあ早速始めるか」

「え、何を?」

「三日間、今日が初日だろうが」


 教えて欲しいと頼んだ際、確かにそう言われたが、昨日の今日で付き合ってくれるとは思ってもみなかった。そう考えていることが表情から読み取れるのだろう、シェイは嘆息して腕を組んだ。


「あのな、昨日のあれこれで気まずいとか言って約束破るほどガキじゃねぇんだよ。それにラングは俺と差しで話してくれてる、きっちり返さねぇと何言われるかわかったもんじゃねぇ」


 なるほど、と思うより先に、相変わらず顔とのギャップがすごい口の悪さだなという感想を抱く。一拍おいてツカサはぺこりと頭を下げた。


「よろしくお願いします、シェイ先生」

「やめろ、ガラじゃねぇ。んで、何が知りたい」


 落ちていた木の枝を拾って弄びながら問われ、ツカサは腕を組んだ。


「何を聞けばいいんでしょうね」


 盛大な舌打ちに背が丸まる。今までなんとなく使って、なんとなく上手くいっていたものを、どう聞けばいいのかがわからない。目の前で答えを待つ相手がいると慌ててしまい考えがまとまらなくなる。ふと脳裏に水球を投げられたアルの姿が浮かんだ。


「あの、魔法障壁、教えてもらえませんか」

「使えないのか?」

「盾魔法って勝手に呼んでいるものなら」

「見せてみろ」

「はい、盾魔法(シードゥ)!」


 立ち上がり言いなれた言葉を唱える。パキン、と半透明の盾が現れてそれをシェイに見せる。シェイはよっこら立ち上がると盾をじっと眺め、少ししてから顎を撫でた。


「動かしてみろ。なるほど、それを周囲に展開してみろ、自分を覆えるか?」


 言われたとおりに動かして、最後にドーム状に自分を覆ってみせた。シェイは外からそれに触れ、中に入れろと言ってきた。

 ツカサは盾魔法の範囲を広げてシェイを包み込んだ。


「面白い、お前のイメージだけで魔法障壁が一応は出来てる。想像力が豊かなのか、それとも基があったのか。魔力の込め方にまだ粗さはあるが修正は出来る」

「これが魔法障壁でいいんだ」

「何をイメージした?」

「前に守護の腕輪っていうマジックアイテムを使っていて、それが壊れたから同じようなものを、ってイメージしました」

「その腕輪はまだあるか?」

「はい、なんだか捨てられなくて」


 空間収納から取り出してシェイに手渡す。ばっくり割れている腕輪を様々な角度から眺め、最後に両手に載せた。シェイの魔力が狭い範囲で凝縮され、押しつぶされそうな圧を目の前から感じる。


「なるほど、お前はこのマジックアイテムを再現したわけだな、器用なもんだ。でもなんで薄いんだ?」

「薄い?」

「例えばここ、ここ、ここも」


 シェイが指差し魔法を使えばバキン、とそれぞれにヒビが入る。呆気に取られていたら守護の腕輪を返されたので反射で受け取った。どういうことかとシェイを見れば、腰に手を当て眉を顰められた。


「魔法障壁のコツは絶対に攻撃を通さない、とイメージすることが基本だ。それから魔力をただ放出するのではなく、濃く使うことだ。後者はすぐに調整できそうだが、問題は前者だ。守護の腕輪が砕かれてることが原因だろうな、何があった?」


 ふ、とミリエールの顔が浮かんだ。

 ツカサはアズリアで守護の腕輪の盾ごと一刀両断されたことがあると話した。腕輪はその際に壊れ、自身の身に着けていた身代わりの指輪も砕けたことを説明した。シェイは少しの間腕を組み、それから一つ頷いた。


「本当なら経験の上書きが一番なんだろうが、今から誰かを呼びに行くのはめんどくせぇな。よし、お前は実際に体で覚えさせた方が早そうだ、ちょっとこっち来い」


 前に立て、と言われ素直に従う。背後に立ったシェイの右手がツカサの右手首を掴んで腕を上げさせ、左手は心臓の下部分に回され添えられた。何やらいい匂いがした。


「魔力を練り上げろ、いいか、魔法障壁の展開は魔力の濃さの調整、密度の問題だ」

「はい」

「俺がお前の魔力を使って展開するから、その感覚をよく覚えろ。やるのは一度だけだ」

「はい」

「いくぞ」


 ずっ、と体の中心から大量の魔力が持っていかれ、まるで磁石で引っ張られるように体が動きそうになった。左手でツカサの体を抱えて魔力を出すように調整され、右手から弾けるように魔力が展開された。

 キィンと高い音を立てて自分を覆うドーム状の魔法障壁に言葉が出ない。なんというか、美しい出来だ。


「まだ終わってねぇよ、集中しろ。これが基本形、咄嗟にこれを出せるようにしろよ。それでこっちが本命」


 ぎゅんっとさらに魔力が持っていかれ展開し続けている魔法障壁がぴたりと自分の体に貼り付いて不思議な感覚がした。


「目に魔力。三日間必ず魔力の流れを見る癖をつけろ、説明がめんどくせぇ」

「は、はい」

「魔力の質を見るんじゃなくて、魔力の発動されている状態を覗くようにしろよ。焦点を当てる深さが前とは違う」

 

 慌てて目に魔力を込めて自分を見た。最初は()()の魔力しか見えなかったが、徐々に浅くしていけば白いものが見えてきて、ここだ、と目を凝らせば自分の体の周りに白い膜が張られていた。


「これが常に身に着けられる魔法障壁だ。魔力の消費はまぁまぁあるが、お前一人くらいなら余裕だろ」


 腕を離され頷こうと振り返り驚いた。シェイの周りを美しい白銀の膜が覆っていた。


「うわぁ、綺麗」

「そりゃどうも、ここまで来るにはもっと経験が必要だ。俺でさえ一朝一夕では出来てねぇ、背伸びはするなよ、練習を続けろ」

「頑張ります」

「今この時からその状態を寝てる時も保てよ」

「え!?」

「使い続けてこそ真にコツを掴める。息をするように使えるとこれは便利だぞ、奇襲や夜襲にも備えられる。幸い、お前は魔力量にも恵まれてるからな、仲間にも使えるようになれば、お前が全員の盾になれる」


 思わず武者震いする。自分の可能性の幅を広げてもらい、かつ、魔導士としてのアドバンテージを上げてもらった気がした。

 昨日の駄々でシェイにも思うところがあったのだろう。実際、シェイはヴァンにすべてを背負わせてしまった側だ、ラングのそばにいるツカサに自分を重ねたところもあるのかもしれない。主人公どうこうではなく、傍にいる者としてだ。

 思案に沈みかけ白い膜が揺らいだので慌てて魔力を紡ぎ直した。全体を同じ魔力密度で保つのはなかなか難しい。

 ツカサが一つ頑張っているうちにシェイは次のステップに進んだ。


「攻撃魔法に関してはまぁまぁ応用が利くように見えたからな、後回しだ。先に治癒魔法でも見てやるか」

「それは、嬉しい、です」

「あのなぁ、前も言ったが魔力は筋肉じゃねぇんだぞ、そんな力んだって下から出るもんはねぇぞ」


 綺麗な顔をして排泄を思い浮かべる発言はしないでほしい。しかし言うことは御尤も、ツカサは深呼吸して魔力の調整に努めた。


「治癒魔法は使えるんだな? この間ヴァンの茶番で治してたしな」

「あれ茶番だったんですか。痛かったんですけど」

「悪ぃな、あいつ、怪我するとは本気で思ってなかったぞ。で、どう使ってる?」

「ええっと、説明が難しいんですけど。こう、治れ、って気合い入れてる感じです」


 シェイははぁーと長いため息を吐いて座り、置いておいた枝を手に持って地面にがりがりと丸を二つ描いた。座れとは言われていないがツカサも腰を下ろせば、枝を地面に突いてシェイの金目がこちらを向く。


「昨日の話を少し蒸し返すけどな、ポーションがどうして傷を治せるのか? 答えろ」

「はい、そこに人の命が使われているからです。それが傷を治します」

「そう、じゃあなんで治癒魔法は怪我を治せるのか?」

「わかりません」

「ちったぁ考えろクソガキが、答え出すまで続けねぇからな」


 バシッと容赦なく枝で頭を叩かれた。細い枝で助かった。

 しかし何故治癒魔法で治るのだろうか。今まで治癒魔法とはそういうものだと思っていたが、きちんと理由があるということだ。暫く悩んだ後、ツカサはとりあえず口にしてみた。


「治癒魔法って言うくらいだから、魔力とか?」

「当たり前だろ、遅ぇんだよ」

「えぇ、なんかすみません」


 シェイは二つ描いていた円の片方を指で削り、半円にした。もう片方は上にもう一つ丸を描いた。


「こっちの半円が怪我をしている状態で、こっちの丸が治癒魔法を使う。この上にあるのが魔力と思え」

「はい」

「治癒魔法を使えば魔力が減る、それで」


 シェイの指が魔力を削り半円に、先ほど怪我を仮定した半円を丸に戻す。


「こうなる」

「怪我で傷ついた部分を魔力で補うって感じですか?」

「あぁ、そうだ。お前説明上手いな」

「へへ」

「ただ気をつけることもある。例えば」


 木の枝が丸の中をぐさぐさと刺して土を掘る。


「こんな風に内臓がぐっちゃぐちゃになったとする。腹は破けて内臓が飛び出して、ってな」

「はい」

「一般的な魔導士には治せないだろうな」

「え!? シェイさん、ロナは五体満足にしてたじゃないですか」


 ロナのほぼ骨だけになった右腕が、露わになっていた内臓が、剝き出しだった歯列が集会所ではふっくらとした肉に戻っていたことを思い出す。

 

「俺の場合は()が特殊だ、どこをどう治せばいいかが視える。だが、その辺の魔導士は一般的に内臓の構造には詳しくない。医者をしている者ならひとつずつ治せばいけるだろうが、余程精通していなければ表皮しか治せない」

「ぐちゃぐちゃのまま傷口を閉めちゃうってことですか。構造を知っていてこそ、治す場所がわかるとか、そういう」

「そうだ。だから、本来癒し手は医者であってほしいんだがな。肉や筋繊維、少し欠けただけの臓器は元ある場所から魔力で補えばいい。俺は視えるから出来てしまうが、感覚としてはそんな感じだ。ロナやエレナは怪我を治した後、暫く動けなかったはずだ。それは魔力で作られた肉や筋肉が、元の位置に戻された骨が、骨に傷つけられた内臓が、本物の血肉と馴染むまでに時間がかかるからだ」


 そういえばそうだ、ロナもある程度療養を必要とし、エレナはかなりの日数を寝て過ごしていた。歩けるようになり、体が馴染んできたと言っていたのはそういうことだったのだ。

 ツカサがダンジョンの後眠くてたまらないのも、魔力消費と自身の体が補われたものを馴染ませようとしたからかもしれない。ジュマでは左半身を治し、ジェキアではラングと同時、自分の火傷も少なからず治した気がする。火傷というものは意外と厄介なのだと消防士の映画で見たことがある。

 思案の海に潜ろうとしたツカサを両手を打ち合わせて呼び戻し、シェイの講義は続く。


「こういう風に魔力がどこに補われるのかを知っておくだけで治される側の負担が変わる。ただ大量の魔力を流して治すだけだと、馴染みが悪いからな。あと、血は創れない」

「なんでですか?」

「さぁな、魔導士の多くが永遠の研究テーマにしているが、俺が思うに、血は命の流れだからだ。理論や原理は聞くなよ、俺が思っているだけだ。なんにせよ、事実として創れない」


 ツカサは思わず掌を空に掲げ、太陽の光で血管を見ようとした。


「忘れるなよ、魔法は有用だが万能じゃない。命を創り出すことが出来るのは神だけだ。そこにあるものを補うことは出来ても、元の場所に戻すことは出来ても、ないものを創ることは出来ねぇのさ。いいな?」

「はい」

「この世で何が一番すごいかと問われれば、俺は女と答える。人一人体内でつくれるなんて神の御業だ」

「本当にそうですね」


 ツカサは空を掴むように手を握り締めた。



 ――― シェイの講義は真面目に、そして有意義に進んだ。

 口の悪さと小枝で叩いてくる手の速ささえなければもっとよかった。

 魔力を使って出来ることがただ撃つだけではなく、体の周りに残す、くっつける、事前に置いておく、などツカサには思いつかなかったことをいろいろと話してくれた。ツカサの魔力を引きだして実際に体で覚えさせる方法なのもわかりやすい。経験に勝るものはないのだ。


 面白かったものの一つが魔封じだ。自分より魔力の低い相手であれば、ちょっとしたコツを使えば魔法を封じることができるというではないか。興味があって試したいと身を乗り出せば、ツカサより魔力量の多いシェイは魔封じをかけようとし、躊躇した。

 ツカサの右耳にある破魔の耳飾り、すっかり体の一部になっていたが、これが魔封じに対抗するアイテムなのを忘れていた。抵抗し壊れる可能性があると言われやめてもらった。大事なヨウイチの形見だ、昨日の今日で壊すのは忍びない。

 代わりにシェイは片手に魔力の球を創り出し、もう片方でそれに魔封じをかけてみせた。目に魔力を通して見ていたが、魔力の起こっている中心部に待ち針を刺すようなイメージだ。ぱちんと弾けたことに驚いた。


 シェイはこうして【渡り人】にも魔封じを施したのだと言った。待ち針は今も彼らに刺さったままで、シェイの魔力を超える相手でなければ抜くことは出来ないのだそうだ。

 いざという時のために、ツカサは自分で魔力の球を創り、かつ、そこへ待ち針を刺す練習も勧められた。そうしたことで感覚を掴み、もし自分にそれが降りかかった時は即座に魔力を圧として放ち、待ち針を中心に寄せないこと、それから相手を探して殺せと言われた。

 シェイの場合、魔封じや鑑定は圧縮した魔力の壁で防いでいるのだそうだ。船ではツカサの方が魔力量が少ないのでシェイの抵抗魔法に弾かれたのだ。そしてツカサの目にはそれがスキルとして見えた。

 そもそも、人の中にある魔力の中心部を見ることが出来るかどうか、そこも日々の修練次第か。エレナに頼んでみようと思った。


 たった半日で知ること、覚えることが多い。ラング同様実施訓練が多く日ごろ減ったと感じない魔力がごっそりと持っていかれる感覚は、何周か回って気持ちよくなってきた。伝えれば絶対に気持ち悪い顔をされるので言わなかった。

 そうして昼に差し掛かる頃、休憩含め食事にしようとシェイが立ち上がった。魔法をずっと使っているのでツカサも空腹だった。

 今日の昼は何かな、と体を伸ばし振り返ったところでこちらを窺うアルと目が合った。


「アル、何してるの」

「ツカサの手が空くのを待ってた」

「なに、どうしたの」

「厨房に来てくんない?」


 今から昼をねだりに行くところだと言えば、ちょうどいい、とアルはツカサとシェイを手招いた。

 今日は少し暑い、けれど風は涼しい。

 スカイに梅雨はないらしい。定期的に雨が降ってくれるので水不足になったことはないそうだ。

 山々が抱え込んだ雪がゆっくりと川になるものもあれば、潤沢な湧き水を湛える湖もある。様々な水がスカイを潤している。湿気も少ないので日影は涼しかったり過ごしやすい国だ。

 窓から入って来る風を感じながら廊下を行けば、先日皆で食事を食べた厨房に辿り着く。扉の外で【快晴の蒼】やフィル、料理人たちが中を覗き込んでいた。


「何してんだテメェら」

「シェイ、講義は終わったの?」

「小休止だ、腹が減った」


 そっか、とヴァンが笑い、また厨房の中に視線を戻す。

 ラダンに場所を譲られたので中を覗き込めばフードとシールド以外、部屋着のような服装でラングが厨房を占拠していた。半袖なのは袖が邪魔だからだろう。腰の後ろに短剣だけはあるが、その他は動きの邪魔になるのかすべて外してある。後ろ姿もスタイルが良い。姿勢が良いからそう思うのかもしれない。

 すんすんと鼻が動く、いい匂いだ。くつくつ音のする深鍋は得意の赤ワインシチュー、魔道オーブンで焼かれているのは香草を擦りこんだ肉、魚の香草スープだったりオイル焼きだったりと、ラングは作りたいものを作りたいように調理していた。今はパスタが深めのフライパンに移されている。じゅわっと蒸発する茹で湯にのってにんにくの匂いが香り、ぐぅ、と腹の虫が鳴ってしまった。


「そこで見ていないで、出来上がっているものは勝手に持っていけ」


 振り返ることなく言われ、そろりとツカサと【快晴の蒼】が中に入る。


「うわ、美味しそう」

「これあの時のシチューか? 鍋ごと持ってっていいのか?」

「好きにしろ。館の者や料理人にも分けてやれ」

「任せて、こっちの魚のもいいかな」

「何度も言わせるな」


 フライパンからざっと皿に移されたのはペペロンチーノだろうか。オイルの絡んだツヤツヤのパスタ、厚切りのベーコンもたっぷりで美味しそうだ。我慢できない様子でクルドが皿を持つ。


「運べ運べ、腹減ってたまらん! 食おうぜ!」

「御馳走になるよ」

「温かい食事だ、楽しみ!」


 わぁわぁと出来上がっている鍋や皿を運び出し、取り皿やカトラリーを手に皆が厨房を離れていく。

 ツカサも食事にありつくために後を追おうとした。


「ツカサ、そこのハーブを取ってくれ」

「え、っと、これ?」


 小麦粉のついた手で示された方に行き、ローズマリーを手に持って戻る。出された手に載せればありがとう、と返ってきた。すっかり置いて行かれてしまったのでラングの作業を見守ることにした。

 手元でこねていた生地を成形し、オイルを塗りぷちぷちと千切ったローズマリーを散らして天板に並べ、こちらも魔道オーブンに入れた。使い方は習ったらしく上手に使っている。

 ふぅ、と息を吐いてラングは顎を摩り、小麦粉がつく。いつも指先で料理するラングがグローブを外し、焼き印を晒していることに驚きつつ、ツカサは自分の顎を指さした。


「ラング、小麦粉ついたよ」

「あぁ」


 手についている粉を打ち合わせて払い、腕で顎を擦り拭う。ラングは違う深鍋をコンロに置くとツカサを見遣った。意図を察して魔法で水を入れ、それを確認してから火をつけた。

 空間収納から取り出した赤身肉をザクザクと切って野菜と共に放り込み、その間に別の料理を小鍋から器によそってツカサに差し出した。

 リゾットだ。


「いいの?」

「あぁ、腹が減っているのだろう」

「ありがとう、いただきます!」


 ぱくりと大きく頬張る。細かく刻まれた野菜が溶けて優しい出汁になっている。鶏肉も入っていてミルクとチーズと塩、少量の白ワインで味を整えられていてすごく美味しい。持って行ってもいいリストに入っていなかったということは、これはツカサとラング用の食事だったのだ。美味しさもあって面映ゆく口元が緩む。

 ラングは魚を捌いてフライパンにオイルと香草、洗った貝を放り込んで酒を注ぎ、自分の分もリゾットをよそうとツカサの斜め前に座った。


「すごく美味しい」

「そうか」


 ことことじゅうじゅう、何かしらの料理が出来上がっていく音の中、リゾットを食べる音だけが響く。

 棚からコップを持ってきてツカサに差し向けて水を求め、ツカサはそれに魔法で水を入れる。考えごとをしながら食べていたらカチャンと皿を叩いてしまった。空っぽだ。


「おかわりしてもいい?」

「あぁ、ほかの料理もあるが」

「そっちももらいたいな」

「用意しよう」


 ツカサがリゾットをおかわりしている間に、ラングは酒で煮た魚を器に盛りつハーブを散らしテーブルに置いた。先ほど赤身肉を入れた深鍋には塩と赤ワインを注ぎさらに煮込む。館の者に振舞うなら先ほどクルドが抱えて持っていっただけでは足りないので、こちらもシチューにするつもりか。ツカサも食いっぱぐれていたので食べたい。


 デカンタに水を入れればラングがライムを絞り、ミントを揉んで入れた。ツカサはそこに氷をいくつか浮かべ、よく冷やした。何を言わなくても成されるこの連携は気持ちのいいものがある。

 コップに注いで飲めばさっぱりとして美味しい。

 ラングはコップを手にワークトップに寄り掛かった。上部を摘まむようにして飲む姿がかっこいい。早速真似をした。


 新しく出してくれた皿はアクアパッツァのような料理だった。白ワインは敢えて少しだけ酒精を残し、ハーブの効いたスープに変わっていた。塩味が抑えられていてしょっぱくないのはラングならではの味付けだ。

 リゾットと白身魚の身を交互に摘まむ。ラングは厨房の音に耳を澄ませているようでゆっくりとライムミント水を飲んでいた。


「ラングは食べないの?」

「作りながら摘まんでいたのでな、ある程度腹は満たされている」

「あぁ、あるあるだね」


 ふふ、と笑えば小さな息の音がした。

 ちらりとラングを窺えば少ししてシールドの中の視線がこちらを向いた気がした。


「あのさ、昨日の話、してもいい?」

「あぁ」

「ラングはどうしたいの?」


 いろいろ前置きや雑談から話すつもりでいたのにまろび出たのは単刀直入に尋ねる言葉だった。いや違う、そうじゃなくて、と内心で自分を責めながらツカサは片目をそろりと開いた。

 ラングはコップを手に腕を組んで陽光を浴びて佇んでいた。そういった姿もまた様になるのだからすごいなぁと全く関係のないことを考えてしまった。

 ふむ、とラングはツカサへシールドを向けた。


「正直なところ、関わりたくない気持ちは今も強い。お前に話し、教えてもらったとおり、私は何人かの命を犠牲にして生きている。生きろと言われてここにいる」


 ラングを守り死んだ人、ラングが生きていけるように整え、ラングが今になって知った数々の想い。ツカサにはその全てが理解できる。


「死ぬ可能性が高いのならば、死ぬくらいなら逃げを選べと習った身としては、な」

「生きていればこそ、掴み取れるものがあるんだよね」

「そうだ。私の名前然り、お前の名前然り」

「確かに生きてたからこそ、俺も変えられた」

「だが、一つ、私は」


 ラングが言い淀み、小さく唸る。

 アクアパッツァのスープを飲みながらそれを見遣り、塩味に舌の付け根がぎゅっとした。


「私はいろいろと理由が必要な質でな」

「知ってる。自分のことを話すのに時間がかかるってことも」


 ふっと息が聞こえた。


「セルクスが嘘を吐かない神なのは重々承知している。あの男なら他の神相手に優位に立てるだろうとも思う、命を運ぶ船だというしな。なにより、あいつは私の信頼を勝ち取っている」

「リシトさんが人質扱いなのはちょっと、と思うけど」

「リシト一人、妻子を守るくらいであれば問題なかっただろう。あいつのパーティメンバーは胡散臭い奴らばかりだが、腕は立つ。問題はアイリスが眠っていることだ」


 会話したのはもう随分昔だが、ラングの家を見せてもらった時にそこに体が置いてあると言っていた気がする。眠り続ける人の体を抱え守り戦うのは大変そうに思えた。


「それに、私が不在の今、あいつは家を守ろうとするだろう。弱点が多すぎる」

「だからこそラングが間に合うように、って報酬が意味を持っちゃうんだね」

「そうだ」


 ぐっとライムミント水を呷ってラングは息を吐く。コップを置いて魔道オーブンを開き、つやつやのパンが取り出されてテーブルに追加された。パンが焼けるだけの時間を過ごしていることに驚きつつ、焼きたてを少しもらって手の中で躍らせながらツカサは呟く。


「あのさ、俺、ラングが何を選んでも傍にいるから。ラングが俺の背中を押してくれたように、リーマスさんみたいに背中は蹴れないかもしれないけど、出来ることをやるから」

「そうか」


 目の前にことりと置かれた新作、別の魔道オーブンから取り出した肉の香草焼き。ツカサはいい匂いに真面目な話を放り出し、添えられたナイフとフォークで厚めに切り分けて自分の皿に載せた。岩塩を置かれたので肉の上で軽く砕いて振りかけた。これが美味い。


「それは心強いな」


 肉を頬張る締まりのない顔を見ながらラングは言った。

 ぱくぱくと食事を進めるツカサをそのままにシチューの様子を確認、塩とハーブで味を調えてまだ煮込みは足らないが二皿テーブルに運ぶ。

 ありがと、とツカサはシチューも受け取ってよく食べた。魔法障壁の展開をし続けているからか、いつまでも空腹のままだ。

 ラングもシチューを食べ、柔らかいミノス肉を噛む。フォウウルフはついに無くなってしまったので筋の多い肉を探さねばならない。あのゼラチン質の味と食感はどうしても食べたい時がある。

 また暫く沈黙のまま食事が進む。元々食事時に話す人でもないのでいつもの光景だ。ツカサはこの沈黙が好きだった。


 食事を進めながら思う、ラングは料理をしながら自分に向き合っていたのではないか。趣味でストレス発散の一種で、ラングの数少ない意思表示である料理。煮込み料理やオーブンに放置する料理が多いこともその証明になっている気がした。リゾットだけは、ツカサのことを考えてくれたのだろう。

 ツカサが肉をおかわりしたところで食事の落ち着いたラングが顔を上げた。


「エレナに叱られたそうだな」

「誰から聞いたの」

「アルだ。料理を始めて早々、横でいろいろ言っていた」


 ツカサはたった一日で黒歴史に変わった出来事に頭を抱えたくなった。恥ずかしいうえに聞かれたくない人に届いていて、あとでアルに文句を言おうと思った。


「生きていて欲しいと言われるのは嬉しいものだ」


 一応、もしかしたら話すところは考えてくれたのかもしれない。ラングは小さく笑っていた。


「俺も同じだよ、ラングに死んでほしくない」

「あぁ」

「私もだ」


 ガタンと立ち上がってしまった。

 突然の声、ふっと圧を感じた次の瞬間、そちらを見れば包帯でぐるぐる巻きにされている時の死神(トゥーンサーガ)セルクスがいた。




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