4-4:脱線
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紆余曲折あったがアルは許された。シグレに問えばお前の恥部などいくらでも出てくるのだぞ、という言葉は反省にさせるには十分だったようだ。
ラングのアルに対する態度は、遠慮をしなくていい相手にするものだ。それだけアルのことを信頼していてその分容赦がないのだろう。同様にアルもまたラングへ遠慮がない。お互い礼節は守ってはいるが雑に扱っていいところを知っている感じだ。
ツカサはそれを何度羨ましいと思ったかわからないが、今はアルとは違う特別な繋がりがあると思えば溜飲を下げることが出来た。
一頻り【快晴の蒼】のざわつきも収まれば、理由はともかくラングの泰然自若な姿に合点がいった様子だった。シェイだけは引き続き興味を惹かれ問い詰めたい顔でラングを見ていたが、今この場でそれを根掘り葉掘りするつもりはないらしい。
ツカサとの年齢差については最近正式に弟になったのだと伝えれば、養子縁組に慣れている貴族の四人も、孤児院などを見慣れているクルドもそうかと頷いた。そのままそれぞれの兄弟の話に脱線してしばらく盛り上がった。
ヴァンとシェイは一人っ子、アッシュは兄と妹がいる真ん中、ラダンは妹がいて、クルドは弟がいるという。クルドの弟はスカイの王都でパン屋をしているので、もし行くなら寄ってやってくれと言われた。
エレナには妹がいるのを知っている。ツカサとラングの旅の間、手紙を出して無事を知らせ近々帰郷すると伝えたそうだ。
アーシェティアは下に弟が二人、妹が一人の四人姉弟で、手合わせの相手には困らなかったと微笑んだ。年下の扱いが上手いのはそういう理由だったのかと一人納得した。
アルは草原の旅の間に一時帰宅した兄嫁と甥っ子と対面し、それはそれは可愛がったらしい。甥っ子はイーグリスのごたつきもありそのまま王都の初等部に通うことになったそうで、まだしばらく祖父母と母と共に王都生活が続くという。シグレは久々の妻子との再会を喜び、アルも兄夫婦と楽しく過ごしたそうだ。
最後に視線を注がれたラングはツカサを指さし一言、弟、と言って終わった。その場の全員がそうだけれどそうじゃないと言いたげに溜息を吐いた。
雑談が捗るのは世の常。思い返せば眠い授業も話が脱線すると急に目が覚めていた気がする。
ラングとアルはダンジョンで【快晴の蒼】と行動を共にしていたが、ツカサはハミルテと前回のことくらいで彼らのことを知るのに時間はいくらでも必要だった。
以前ツカサを捕らえることを提言したラダンは心咎めているようで、丁寧にスカイについて教えてくれた。ツカサが知りたいと言ったことへ教鞭を執るように紙に書いてくれたりとまめまめしい。
ちょうど勉強がしたいと思っていたツカサにこれは嬉しかった。
文化や風習、教壇に立つこともあるというラダンの説明はわかりやすく、流石は民俗学者と言ったところだった。
ラダンはスカイ王国の成り立ちについても触れ、吟遊詩人が歌ういくつかの詩歌から推測し、一人の若者の定着から興ったのではないかと言った。過去、オルト・リヴィアには旅人が多く、家という固定の住処を持つ人がいなかった。一か所に居つくという文化がなく、今でいうイファと近い、放浪する生き方が多かったのだろうという。その中で家を建てるという若者が現れ、徐々にそういった人が増えたのではないか、と。
ヴァンはそれに対して別の詩歌を持ち出し、違う解釈もあると言った。家を建てるのはそこを終の棲家にするため、元々は自分の死に場所を決めた者が発端で、そこに同じ安寧を求めたからこそ人が集まったのではないかと言った。
面白い、文献ではなく吟遊詩人が歌い継ぐ詩歌の内容からそんな推察も出来るのか。故郷での歴史学者がどう真実を調べていたのかが知りたくなった。
お互いに相手の意見を否定はせず、可能性について話し合い目の前で繰り広げられる議論はツカサの脳の深いところでパチパチと電流が走るようだった。
ラダンはさらに戦女神ミヴィストを引き合いに出した。スカイでは戦女神が祀られていて今なお戦士の魂を鼓舞し安寧に誘う女神として愛されている。
それは建国時、若者のそばに人々が集まり、己の生きる場所を守るため立ち上がった者たちがいたからではないかというのだ。ラダン曰く、スカイ各地には各々の住処を襲う侵略に立ち向かった者たちが戦女神に毛髪を捧げる風習があったという。死ぬことを恐れないというのは、戦場では大きな強みなのだ。
ヴァンは考古学の観点から意見を言った。スカイの王都地下にはかつての礎が残っており、そこに書かれた碑石には終の棲家を皆の手で守れるように、安寧の未来を示すために戦女神を祀ったのだと話した。古語ゆえに解釈の幅は広い、けれど、詩歌に準ずるならそうではないか。
ヴァンは、自分の居場所を守るという観点では同じなんだよねと腕を組む。
鶏が先か卵か先かだ。
家を建てて憧れた、死ぬべき場所を求め終の棲家にした、そこに人が集まった。結論は同じではあるが経緯と理由が違う、そこに絡み合って来る戦女神の存在はいったい何時からなのか、なぜ戦女神を祀るようになったのか。そのあたりを楽しそうに議論する姿にツカサは目を輝かせた。
場はすっかりヴァンとラダンの討論会になっていた。
「戦女神ミヴィストがいつから祀られているのか、スカイの建国秘話を紐解くためにもいつか解きたいなぁ。紐解いても関係なかった、なんて可能性もあるけどさ」
「そうだな、スカイ王国の建国は年代の数え方もその実ざっくりだ。史料の謎の紛失もあったりしたみたいだし、明確にいつなのか、というのがわかればもっと深いルーツがわかる」
「今の王家がどうして、どうやって王家に成ったのかも諸説あるよね。こんなに続いている血筋も諸国を見渡しても珍しいし」
「俺としてはヴァンと同様に旅人の定着、終の棲家を創った旅人由来を推したいが、有力なのは戦女神の血筋だっていう説だったな」
「いやぁ、実際に王家見てると女神の血筋とか思えないけどね…。王家がそう謳っているわけでもなく、学者が言ってるだけだしなぁ。そう考えると我が国の王家は現実主義だよね」
「確かに。これは褒めているんだが、声高に戦女神の血筋を否定しない辺り、王族らしい狡猾さもある。ううん、一度でいい、王家の禁書庫に入りたい」
「僕は一回潜り込んで本気で怒られちゃったんだよねぇ、役職に救われて厳重注意で済んだけど」
「今なら頼めばいけないか」
「どうかな、どうだろう。あの時は本当に殺されるかと思ったんだよ」
二人はううんと唸って、ようやく周りの視線に気づいた。
「ごめん、盛り上がっちゃった」
「いや、すごい、面白かった! そっかぁ、いろんな説があるんだ、何が真実なんだろう、浪漫だなぁ」
「お! ツカサ、君、話がわかるね!?」
ツカサは目を輝かせて二人を見ていた。
生きるために戦う力を身に着けてきた今のツカサにとって、勉学は娯楽の一つになりつつあった。新しいこと、知らなかったことを知れることは戦闘技術とはまた違う刺激を受けるのだ。
ラングは会話をお茶請けにゆっくりと紅茶を楽しんでいた。クルドが年長者を敬い適宜おかわりを用意していたようで、三杯目に差し掛かるところでラングが断った。
「ご馳走様、喉は潤った。ツカサ、話は聞けるだけ聞けばいい、教壇があるならば学舎があるのだろう」
「もちろんだ、いろんなことを学べるとは思うよ」
「俺でも入れるのかな」
「試験は必要だけど、王都の学院は随時やる気のある学生を受け入れてるよ。年齢に制限もない」
「そうなの?」
「学びたければそれだけの気概を見せればいいのさ。僕たちにもそれを示せるなら推薦状を書いてあげてもいいよ。ラダンの推薦状は強いぞぉ」
「俺のなのか、軍師であるヴァンの方が効果ありそうだけどな」
「いや、君は教壇に立っている実績があるじゃないか、ねぇ?」
ぱちんとウィンクされ挑戦してみたい気持ちになった。故郷では勉強がそんなに好きではなかったのに、自由に出来なくなるとやりたくなるのだから人間は矛盾している。いや、求めずとも享受出来ていたからこそ、環境に甘えていたのだろう。草原でそれゆえにラングに叩きのめされたことを思い出し、すぅっと悟りの表情で天井を見遣った。
自分で考え求めること、受けられることへの感謝は大事だ。
「ところで王太子とはいつ話せる」
ラングが盛大に逸れた話題を再び本題に戻し尋ねた。
「明日にはエフェールム邸に来るよ」
「王太子様が直接来るの!?」
「そうだよ、僕らと話して王太子と話して、話しそびれたことをまた改めてって、手間でしょ?」
「でも王太子なんだよね?」
「そうだよ?」
きょとんと首を傾げられ喉から変な息が抜けた。
ツカサは漫画や映画でよく見るように登城して謁見の間のようなところで話すのだと思っていた。よもやここまで本人が来るとは思わないではないか。ちらりとラングを見れば興味がない様子で腕を組んだままだ。
「明日の同じ頃にこの部屋でどうだろうか」
「そのくらいでいいと思う。正確な時間は、王太子殿下が到着次第ウィゴールに声をかけてもらえるように頼もうか」
「わかった」
そんなあっさりでいいのか。ツカサは今は深く考えるのをやめた。じゃあ、と場を解散する空気の中、一つ思い出して声を出した。
「あの、シェイさん!」
突然の大声に全員から視線を受け、ツカサは膝に手を置いてぴしりと背筋を伸ばした。
「俺に魔導士としての修業をつけてくれませんか」
「修行だぁ?」
心底面倒そうな顔で眉を潜められ気持ちが少し負けそうになる。深呼吸して改めて叫んだ。
「お願いします!」
「めんどくさい」
はっきりと言われがっくりと肩を落とす。ラングは腕を解いて小さく息を吐いた。
「すまんが私からも頼む」
横からの援護射撃にぱっとそちらを見れば、ラングのシールドは真っすぐにシェイを見ていた。それからゆっくりと頭を垂れ、ツカサのために誠意を見せた。それを見てツカサも慌てて頭を下げる。
「私は理に属する者だ、魔導士のことはわからない。私が知る最高の魔導士はお前だ、頼めないだろうか」
またゆっくりと頭を上げて視線をシェイに戻し、暫く睨み合いが続いた。
ヴァンが、アッシュが、ラダンが、クルドがじぃっとシェイを見ていた。言外に引き受けてやれよと訴えられ、舌打ちをしてシェイはツカサを睨んだ。
「明後日から三日間だけだ、その後は俺もぐぅたらしたい」
「ありがとうございます!」
「それから、ラング、あんたと差しで話す時間が欲しい。その時間を取らないというなら引き受けない」
「構わん、このままここで話すか」
「そうだな、早い方が良い」
「わかった。では全員出ていけ」
「ラング、言い方!」
「はいはい、さくっと出ようぜ。飯とかおやつとか貰いに厨房行こう」
「お! 便乗させてくれ、腹減ってさ」
アルとクルドが促して立たされた者たちが扉の方へ向かう。ヴァンは伸びをしながら欠伸を零し、僕は寝る、と扉を出て一人逆方向へ歩いていった。足取りがふらふらしていたのでアッシュが部屋まで付き添いについて行った。
「アル、こちらにも軽食を運んでほしい」
「わかった、伝えておく」
軽く手を振り頷くアルと律儀に一礼をしてアーシェティアが最後に出て扉が閉じられる。一体何を話すというのだろう。
気になって扉を何度か振り返ればエレナがふぅと切なげな息を零した。
「私はラングにとって最高の魔導士ではないのねぇ」
「そんなことないよ、エレナだって俺にはすごい魔導士だよ!」
「そうそう、シェイってこう、こうな」
ダンジョンでその力の片鱗を見てきたアルは手をパタパタと動かして何かを伝えようとした。廊下に出た全員の視線を受けても言葉は形にならず、手がやがて横に下りた。クルドが思わず叫んだ。
「いや言わないのかよ!」
「うるさいぞお前ら! さっさと消えろ! 邪魔だ!」
シェイが扉を開けて舌打ちと共に言い捨て、バンッと扉が閉じられた。苦笑を浮かべながら次こそ厨房に足を向けた。
足音が遠のいて聞こえなくなってからシェイは息を吐く。ソファに戻って座り、じっとラングを見つめた。観察されているのではない、ただ見極めようとしているその視線にラングは鼻先を見せるようにシールドを少し上げた。
――― 暫くその時間が続き、広い応接室にはお茶と果実水、食事の乗ったカートが運び込まれ再び二人きりになった。どちらからともなく果実水を飲み、軽食を摘まみ、先に口を開いたのはシェイの方だ。
「その仮面は外せないか」
「あぁ」
「ならいい。どちらにしろ俺には視えてる」
サンドイッチを齧ろうとした口が止まる。真意を探るようにラングの視線がシールドの中でこちらを向くのが視えた。サンドイッチを置いて防音の宝珠に触れ、起動されていることを改めて確認した。
「そう不審がるなよ、眼が良いんだ」
「前回も似たようなことを言っていたな。わざわざ呼び止めたのには理由があるのだろう? それも他の奴らには話し難いことが」
「察しが良くて助かる。早速だが聞かせて欲しい。 ――― ラング、あんたは」
防音の宝珠は二人の声を一切外には出さなかった。
――― 厨房に腹が減ったとがやがや顔を出したものの、料理長や部下が手早く食事を出してくれた。もうそろそろ何か届けに行こうとしてくれていたそうで手の込んだものも並んでいた。これを食堂ではなく厨房で食べるというのが特別感があって良い。夕食の仕込みをしている料理人たちの邪魔にならないよう、出来るだけ端の方でテーブルに広がった食事を好き好きに摘まむ。正式な食事の場ではないので部下の練習に付き合って欲しいと言われ、男性陣は胸を叩いた。彼らは自由に使うことが許された食材で思う存分に腕を振るってくれた。一番食べたのは相変わらずアーシェティアだったが、美味しいと素直に顔に出るのも彼女なので最終的にそこに食事が集まっていた。
真面目で重い話はもうおしまいと言いたげに雑談と食事を楽しんだ。
「ラダンは槍を使うよな、手合わせしてみたいなぁ」
「俺は御免だな、ダンジョンで見た感じお互いに怪我をして終わる気がするよ」
「棒は? ほら、ツカサを押し倒した時みたいなの」
「それは悪かったと思ってるんだ、勘弁してくれ」
わはは、とアルは可笑しそうに笑ってラダンと槍トークに花を咲かせた。
「クルドさんは剣なんですね、俺そのサイズの剣って使ったことも、手合わせもあんまりなくて。ラングは細身の剣をよく使うから」
「おー? んじゃちょっとやるか? 鞘に納めたままになるけどよ」
「是非!」
「シェイに修行申し込んだのもあるけど随分やる気じゃん、どうした?」
ツカサとクルドの会話に割って入ったのはヴァンを送り届けてから合流したアッシュ。ヴァンは部屋に辿り着くとあっという間にベッドで寝息を零し始めたそうだ。
問われたツカサは果実水の入ったコップをぎゅっと握り締めた。
「ラングに言われたんだ、最高の技術を持つ師匠を常に求めろ、って。今絶賛頑張ってるところ」
「前向きなのはいいことだ。それにラングの言うことも尤もだな。ラングの体格じゃクルドが使うような剣の大きさは難しそうだし」
「ラングは受け流すカウンター戦法の人だからなぁ」
「あれ、どういう理由であのスタイルになったんだろうな」
横からアルが混ざり首を傾げた。ぱくりと二度揚げポテトを食べながらその言葉の意味を視線で問う。
「いやさぁ、あれでラングって短気なところもあるじゃん。受け流すのとか反撃するのとか、相手の一手があってこそだろ? 自分から行くことが少ない気がするんだよな」
「カウンターだからそうだね」
「魔獣相手には自分から行くけど、対人戦で進んで戦ってることそんなに無いような気がするんだよな。ラングが選んであのやり方なのか、それともその師匠がそういう方針だったのかな」
「聞けば早いと思う」
「それもそうか。おい、拗ねるなよ」
ツカサがぶすっとした顔で言うもので、アルは苦笑を浮かべてその頭をぐしゃぐしゃにした。再会してからツカサはこうだ。ラングのことをアルの方が知っているような口ぶりで話すと拗ねてしまう。
「悪かったって、お兄ちゃんっ子」
「ちが、そういうんじゃないけど!」
「ははは! ツカサ、顔真っ赤だぞ」
「大丈夫かしら、自立が心配だわ」
「大丈夫だって!」
全員が笑い、拗ねていた気持ちも恥ずかしさで吹き飛んで。厨房からは明るい笑い声が溢れていた。
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