4-2:力の使い方
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活動報告も投稿させていただきました。
久々の再会はお説教から始まった。
おかえりなさい、と笑顔で歓迎されることを想像してエフェールム邸に戻ってみれば、ラングがエントランスホールでエレナに捕まって怒られていた。
夜になるまで帰らないツカサと、いつ戻ると日程を連絡しなかったラングに非難轟々だった。
ラングは日程までに戻ってきたから問題ないと言ったがそれは火に油を注ぐ一言で、女性陣から長々と文句を言われ肩を竦めていた。
ツカサはモニカにお小言をもらった後は笑顔で迎えてもらえて胸を撫で下ろしていたが、ラングの態度からエレナの文句はツカサにも飛び火した。
曰く、何故ラングの手綱を握っていなかったのか。ツカサは苦笑を浮かべ謝ることしか出来なかった。
アーシェティアは胸に手を当てて無事を喜んでくれた後、あなた達は反省をしないのだな、とぐさりとくる一言をお見舞いしてきた。
アルはそれらを見て楽しそうに笑い、食堂に夕飯があることを伝えて空気を変えてくれた。
一通り文句と説教が過ぎた後、アルに促されて全員で食堂に向かう。前を歩く仲間たちの賑やかな姿にツカサは目を細めた。
すっかり動けるようになったエレナ、また少し女性らしくなったモニカ、前よりも親し気に話すようになったアーシェティア、変わらずムードメーカーなアル。
戻ってきたのだと思い、嬉しさに自然と笑顔になった。
そんなツカサにアルが歩幅を狭めて横に並んだ。
「なぁ、ツカサ。あとで旅路は聞かせてもらうけどさ、先に一つ聞いてもいいか?」
「なに?」
肩を組まれて足を止められ、合わせて廊下で立ち止まる。少しだけ皆が先に進んだところでアルは小声で言った。
「雰囲気が変わった、何があった?」
流石鋭い、ツカサは驚いて唇を結んでしまった。その様子に余程のことがあったのかとアルはツカサに向き直った。
「本当に何があった。大丈夫か?」
「うん、大丈夫。確かに変わったは変わったんだよ」
ツカサは少し思わせぶりに腕を組んで難しい顔を作り、目の前のアルがごくりと緊張したのを見てからそっとひそひそ話の手を作った。
「俺、ツカサ・アルブランドーになったんだよ。正真正銘、ラングの弟になった」
ひゅっと息を吸ったアルが大声でエレナを呼んだ理由を、ツカサは夕食前の緊急会議で知ることになった。
いろいろ心配をかけていたらしいことがわかり、揶揄ったことが申し訳ない反面、アルの反応が面白すぎてツカサは笑いが止まらないでいた。アルは顔を真っ赤にして心配したんだぞ、と叫びながら、ツカサにヘッドロックをかけた。
結局緊急会議からのなし崩しで、おにぎりやサンドイッチ、摘まみやすい食事がサロンに運び込まれて締まらない夕食となった。
ラングは何をくだらないことを想像しているんだと呆れた様子だったが、修業風景を話し出すとまた白い目でエレナから見られていた。ラングの心には特に響いていなかった。
兎角ひと悶着終われば旅路の話だ。ツカサは何故アルブランドーの名を継ぐに至ったかを改めて語り、草原でどんな出会いがあって何を経験したのかを根掘り葉掘り聞かれることになった。一度フィルに話しているのでスムーズに語ることが出来た。
「そっかぁ、スキルが一つ消えたのか。それじゃ焦るよな」
食後の緑茶を飲みながらアルが労わるように感想を零した。それに頷いて返してツカサはお茶を啜った。
「理解が出来ているかって言われたらまだ全然だけど、それでも【適応する者】が消えた理由には納得はした。他のスキルは消えてないからたぶん、もう大丈夫。それに…いろいろ…思うことはあるしね」
イーグリステリアが消滅してもう帰る世界がないのだと言おうとしたら、喉が詰まる感覚がして言葉を変えた。そうだ、エレナとモニカは知らないのだと思い出した。この先もモニカに真実を話せる機会は来ないだろうが、伝えなくてはならないことはある。
「モニカ、ラングと旅をして、俺、決めたことがあるんだ」
「なぁに?」
「俺、元の世界には戻らない。ツカサ・アルブランドーとしてここに、モニカといる」
そんなに過去ではないはずなのに、遠い過去に感じるあの日。
ツカサは戻るならモニカを連れていくと言った。方法を探すと言った。故郷を楽しみだと言ってくれたモニカに見せてあげられないことは心苦しいが、出来ないことをずるずると隠し続けるつもりはなかった。
ツカサの想像に反してモニカは泣きそうなほどの笑顔で安堵を伝えてきた。慌てて背中を撫でればそれが引き金になってモニカは背を丸めて泣き出してしまった。
「よかった、ごめんね、よかった。ツカサが戻っちゃったら、きっと離れちゃうと思ったの。ツカサが帰らないって決めたの、すごい大変だったと思う。覚悟したと思う。なのにごめんね、帰らないって聞いて嬉しいの」
「いや、モニカ、それなら俺だって、モニカを故郷から離しちゃって、ごめん」
「私はいいの、だって、ツカサと行くって決めたのは私だもの」
涙を拭いながら顔を上げて笑うモニカに、胸がぎゅっと締め付けられた。
「覚悟はちゃんと出来てたから」
その覚悟をするまでが長かったツカサには眩しく思えた。
「お前よりしっかりしている」
人間、痛感していたことを改めて言葉にされると無性に腹が立つのは何故だろう。わざわざ言う必要ないだろと文句を言おうとして、甘味のことで同じ言葉を聞いた覚えがあって押し黙る。エレナがくすりと笑って空気を和ませてくれた。
「思った以上に得るものの多い旅になったみたいね」
「それはもう」
「ラングと話して、ってさっきはまとめられてたけど、詳細はよ?」
「それは秘密」
「なんでだよ!」
「秘密を持つのは、男になるための一歩なんだよ」
ね、とラングを見れば緑茶を飲んでいた。湯気がふっと揺れたので笑ったのだと思う。
「大人の真似をするのも、成長の兆しだな」
アルがにやにやと言い、軽いじゃれ合いが起こる。今日は椅子に座っているアーシェティアも少しだけ声を上げて笑っていた。本当に馴染んできたらしい。
「そいでさ、ツカサの心のあれこれが落ち着いたっぽいから聞くけど」
ツカサを解放し膝に肘を置いて前のめりになって、アルが真剣な顔で言った。
「渡り人の街のこと、聞く?」
「街そのものは冒険者と商人を入れてから【渡り人】をいれるって聞いたけど」
「え!? 誰から聞いた? それ機密だけど」
「え!?」
お互いに顔を見合わせて首を傾げる。そこでラングを見てしまうのは何故なのだろうか。
「処罰はどうなった」
すぱりと話題を切り替えられたのが気にはなるが、次の話題も気になるため進むことにした。
アルは小判型の焼き菓子を摘まみながら話してくれた。話の途中でツカサも摘まめば煎餅だった。懐かしくて美味しい。
まず、渡り人の街は三つの処遇に分けられた。
一つは炭鉱業務従事、一つは奴隷契約による懲役労働、もう一つが無罪放免だ。
「まぁ無罪放免って言っても、【渡り人対応要員】の訓練の一環でいつここに来ましたか、とか、実際に仕事を割り振られたりとか、あんまり選択肢はないみたいだけど。渡り人の街には戻れないしな。この呼び方も消えるし」
「仕方ないね」
ツカサがあっさりとそう言ったことにまた驚きながら、ラングがとんと湯呑を置いて次を促したのでアルは咳払いした。
「懲役労働組はそのまま軍預かりで軍の雑事とか、書類仕事できる奴はちゃんと登用されたりとか、監視下に置かれてるけど悪い待遇じゃなさそうだ。もしかしたら一番マシな処遇かもしれないな」
「有能な者は利用するほうがいいと判断したのだろうな」
「たぶんな。ほら、あの軍師、猫のように日向ぼっこしたいって言ってたし」
あぁ、とツカサも思い出して頷く。しかしそうすると話が違うようにも思える。
「極刑になる人もいるって言ってたけど、聞いてるといないみたい」
「きょっ」
「モニカは聞いてないものね。どうする? お部屋戻ってもいいのよ?」
「き、聞くだけ、いる」
エレナが苦笑し、モニカはぎゅっと服を掴んだ。それで、と再び場を仕切りなおすのはラングだ。
「処罰の度合いからすれば炭鉱組が一番重いのだろう」
「だろうな。でもスカイは魔石があるし宝石もダンジョンから出るから、今更、とは思う」
「少しでも使い潰そうとしているか、或いは」
「なに?」
「自分で考えろ」
立ち上がり、ラングはマントを腕に持った。その動作のスムーズさと姿勢がかっこいいといつも思う。
「私は先に休む。二、三日でヴァンたちも到着するようだからな、休むのは今のうちだ」
「ラング、誰から聞いた? それもまだ話してない」
「運がよかったのでな」
「当日になればわかるってことな、了解」
アルは苦笑しながら肩を竦めラングとの問答を切り上げた。ラングは扉に向かい、出ていく前に一言。
「明日はいつも通りの時間に修練所だ」
「わかった、早めに休むよ」
再会を喜び夜通しそれを祝うわけにはいかないということだ。ラングは手段はともかくとして帰ることを決めている。帰る日までにツカサに教えられる全ての術を叩き込もうというのだ。それがわかるだけに文句を言う気にはならない。
パタンと扉を閉めて先に出たラングの背中を見続けるようなツカサに、アルがぽつりと呟いた。
「ツカサ、お前良い顔になったな」
嘘のないアルの言葉に照れてしまったのは仕方のないことだと思った。
――― 翌朝から久々に修練所の石畳に顔を打ち付けた。
昨日は短剣、今日は体術らしく、ぐるんぐるん体が回転し関節が外されそうになった。なっただけで実際には外れていない。ラングは癖がついて外れやすくなることを懸念しているらしい。騎士団の視線を感じながら無様な真似はしたくないと思いつつ相手が悪すぎる。雑念を振り払って一つ一つを吸収するつもりで立ち向かう。
一瞬ラングの雰囲気が変わり、ツカサが足を踏み出し捕まえようとしたラングの腕が消えた。足をかけられ前のめりに倒れかけるのを逆側の足を踏み出して堪えれば、その勢いを利用したラングの膝が先にみぞおちに入った。
うっ、と呻いて背を丸め、どうにか体勢を戻さねばと体を逸らせば背中に掌を置かれ、ドンッと押された。顔面から行かなくてよかった。引っ掛けられた足を持ち上げられ体を支えるものを失い、びたんとカエルのように四肢を開き石畳を味わったツカサは自分を見下ろしているラングを見遣った。
もう終わりか、と小さく首を傾げられ苛立ちが募る。
ヒールをかけながら立ち上がり、また飛び掛かる。ラングが受け流す掌の向きを、するりと前に出てくる体の動きを、ツカサは具に目に記憶に留める。今自分が知り得る最高の技術を惜しみなく与えてくれるラングから、受け取り漏らしてはならないのだ。
心意気はあったとしても肉体の疲弊と精神的疲労はどうにもならない。
修行用にしている服がどろどろになって動けなくなり、石畳の冷たさを求めて無駄にごろごろする。余計に汚れるのだが暑さに耐えきれなかった。魔法で冷を取るのは冷えすぎる気がして躊躇した。
水よ風よ、と声が聞こえて体を仰向けにすればそれなりの水量が上から降ってきた。冷たくて気持ちいいが鼻から水が入って痛い。
「いって」
「お前にもう一人師匠が必要だな」
「なんの師匠?」
井戸から直接水を呼んだラングは周囲にバスケットボール大の水玉を浮かべながらふむ、と息を吐く。
「私は理に属するので魔導に触れることは適わない。だが、お前にとって最大の能力は魔法だろう」
「まぁ、想像力も故郷のおかげで結構上手くいってるし」
「だが原理を知らん」
「えっと、それは、魔法を発動するためのイメージじゃなくて、ってこと?」
「そうだ」
ラングは浮かんでいる水玉を分裂させ、一口大にした水をはぷりと口に入れた。器用な水の飲み方だなと思っていればそれもまた会話の一環だった。
「私がこうして水を浮かせていられるのは、水だけではなく風の精霊にも力を借りているからだ。水自体に浮かぶための力はなく、風が水をそこに在れるように支えてくれている」
「あ、なるほど」
「逆に、水の中で空気は形を保っていられない。吐いた息はそのまま水面に上がるだろう」
「うん、そうだね」
「そうした空気を水が押さえ、留めてくれる」
「ラングそんなことも出来るんだ」
感嘆していれば盛大な溜息が聞こえた。居た堪れなくなって起き上がり、石畳に座りなおした。
「それぞれの精霊に出来ること、兼ね合わせることで出来ること、基本的な仕組みを私はアクアエリスやウィゴールから習った」
言わんとすることがわかってきた。
「俺の魔法も、もっと使い方を教えてくれる人がいたほうがいいってことだね」
「そうだ」
ラングが水を寄せてくれたのでお言葉に甘えて喉を潤す。
「それに、こうしたことを出来るようになった方がいい」
言いながらラングは野球ボール程度の水を指先でついと払い、凄まじい速さでアルの方へ飛ばした。
あれは当たったら痛い、と声を上げようとする前にアルが振り返り槍を振りぬく。水球は不思議な散り方をした。
「なに!? びびるんだけど!?」
「あれは珍しく魔力を持ちながら精霊に気に入られている」
ちょっと、とアルがぷんぷん怒りながら向かって来るが意に介さずラングはツカサに続けた。
「危機があるとき、危ないと声をかけられたか、それとも風が押し返したか定かではないが、身を守るための一枚の壁になる」
「魔法でもそれが出来る? 盾魔法を工夫しろってこと?」
「矢は痛かっただろう」
「そうですね」
「何の話してんの」
怒ってこちらに来たものの思ったよりも真剣な空気に首を傾げ、ラングから水を貰って口に入れる。今までの会話の経緯を話せば、アルは得心が言った様子で頷いた。
「精霊ってすぐそこに在るものだから、っていう強みあるよな。さっきの場合、俺は自分の身の周りがこう、ざわってしたっていうか。何かが後ろに集中したんだよな。それでその集中するところに槍を振りぬいた、けど、当たる前に弾けた」
「霧散って言ったらいいのか、そんな感じだったね。でもちゃんと感じるんだ、そういうの。ラング殺気ないのに」
「なんかこう頭と首の境目がぎゅってなるんだよな。ラングはああいう時どんな感じなんだ?」
「推測に過ぎないが、私が水と風の精霊に助力を得て飛ばしたものを、アルを気に入っている風の精霊が守り、無効化したと言ったところだろう」
「聞いた? こいつ俺の質問聞き流したぞ」
「理使いと理使いが戦ったらどうなるんだろう。精霊に気に入られている方が勝つのかな」
「理使いは理使いと戦っても意味がないよ」
早春の森林のような声にツカサは驚いて振り返った。
やぁ、と手を上げて挨拶をしたのはヴァンだ。いつもの冒険者の風体で柔らかく笑って軽く手を上げた。
「ヴァンさん! 久しぶりです」
「やぁツカサ。うん、いい顔になってる。なんの旅だかわからないけれど、余程良い経験をしたと見たね」
「えぇ、まぁ」
立ち上がって項を摩り、少しもじもじしてしまう。床に捕えられたことや冷たくあしらわれた記憶はあっても、褒められるのは嬉しい。
「理使いは理使いと戦っても意味がないって?」
アルが問い直せばヴァンはふふっと笑った。
「僕も理使いなのだけど、精霊は精霊同士で争わない性質なんだ。例えば今ここでラングの首を刎ねて、と風に頼んだところで、風はラングを避けて通る。それはラングの周りにいる精霊が精霊を受け流すからだ」
「面白い」
「やろうとしないで、ほんとやめて」
アルががっしりとラングの腕を掴んで止めた。ヴァンは笑っていたがツカサとアルはひやひやものだった。
「だから、理使いを倒せるコツを教えてあげるよ。対象を指定しないことさ」
「それはラングをあれこれしろって言わないとかそういう?」
「そう、例えば。風よ、周囲に風を巻き起こして欲しい」
ぶわっとヴァンを中心に風が吹き、吹き飛ばされそうになった。
「鋭い刃に変わっておくれ」
「押し返せ!」
ひゅぱっと頬に腕に細かい切り傷がつき、ひりついた痛みを感じながら即座にヒールを使う。ツカサが防御に徹した最中、ラングは精霊に声をかけその風を掻き消した。
「ね、当たっただろう? ツカサ、びっくりさせてごめん、ラングたちは怪我は?」
「無いが、不愉快だ」
「ごめん」
言葉に振り返ればラングの服も少し切れていた。ヴァンに一番近いツカサが一番被害を受けたが、ラングまで届いたことに驚いた。それにしても、やるなら先に言って欲しい。
「とはいえ、これは味方にも被害が大きくなる。だから僕は精霊に力を借りるとき、人に向けない。助けてもらうのは声を届けるための風の協力であったり、砦を築くために土に協力を仰いだり、船を押し返すために水を頼ったり、火の中を進むために避けてもらったり、とね」
「聞いてる内容だけでも、すごく有用性が高いんだ」
「まぁね」
ツカサには使えない力だけに聞いている分には面白い。ラングは顎に指を置いて少しだけ考えてから問うた。
「つまり、敵しかいなければ大地を壊すことも出来る」
「そうだね、ひっくり返してくれとでも頼めば」
「何故それだけの大きな力を理使いは悪用しない?」
「そもそも、最上位精霊と話せる人なんていないんだよ」
うん、とヴァンは一つ頷いてツカサを見遣った。
「今回、会話するために結構時間を確保したんだよね。理使いのこともいろいろ話そうか。ツカサ、先に着替えておいでよ」
「あ、はい」
「僕たちは朝食を済ませて来ているから、落ち着いた頃に応接室に集合でどうかな」
「構わん」
「じゃあそういうことで、また後でね」
さくりと話がまとまればヴァンは先に館へ戻っていき、向こうで待っていたシェイが瞑目だけで挨拶を済ませてついて行った。その背が見えなくなるまで見送って、ツカサはラングを見上げた。
「どのくらいの時間を確保してるのかな。俺、シェイさんと話したいことが出来たよ」
「あの軍師が猫のように日向ぼっこ出来る程度は確保しているだろう。あれはちゃっかりしている男だ」
ラングの評価に笑ってしまったが、きっとそうだろうなと思った。
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