4-0:あの日の日記
いつもご覧いただきありがとうございます。
草原で名を変えて何かが大きく変わった自覚はなかった。
前よりも視野が広がって、世界の色に目を奪われて。徐々に自分が世界の一部になるような不思議な感覚を全身で味わいながら歩を進めた。
生き残るために、守るために日々の修業は変わらず続け、対人戦の恐怖を払拭するために多くの人に協力を得た。
四肢を失いそうにもなった。体の内側から燃え尽きそうな経験もした。
自分の力に磨きがかかって、万能感を得た気すらしていた。いつだって冷静でいるようにと言ってくれた言葉は自分の中から時々抜けてしまうのだ。
そうなってからでは遅いのだと教えてくれていたのに、真剣に受け止めた気でいただけだと今更気づいた。
だが、二度と、もう一生忘れることはない。
いつも一歩も二歩も前を歩いて背中を見せてくれる兄の背中が、隣で快活な声で笑って肩を組んでくる力強い仲間の腕が、少しだけ恥ずかしそうに笑う柔らかな少女の声が、それに釣られて笑みを浮かべるハスキーな音が、背中を撫でてくれる温かな掌が。
愛しかった。
大事にしたかった。
守りたかった。
なのに、どうしてこうなったのだろう。
あちらこちらから爆発音がする。風に乗って砂と血のにおいが飛んできて、鼻の奥がかさかさになるような、空気の乾燥が酷い。
自分が腕を突いた地面は硬くて、胸に寄り掛かっている体が重くて困惑した。
誰かが叫ぶ。時間がゆっくりと流れて自分の呼吸すらわからない。
じわりと濡れた感触が広がっていき、それが温かくて鉄のにおいがして一呼吸ごとに消えていく何か大事なものが、理解できなかった。
名を呼び、叫び、向こうから駆け寄って来る青年の必死の形相にも感情が追い付かない。
空が青い。
まるで逃避するかのように視線を上げて見た先は悲しいくらいの晴天だった。
誰かに名を呼ばれ、視線を戻してようやく状況を理解した。温かなそれを流しているのも、か細い呼吸をしているのも自分ではなかったことに。
深緑のマントを真っ赤な血で染めていくその体が、ラングのものだということにようやく思い至った。
びくんっと震えたのは理性と意識と感情が自分に戻ってきたからだ。
「ラング」
寄り掛かっていた体を支え、腕に抱く。はっ、と短く零れる息が命の灯の弱さを示し、ぞわりと悪寒が走った。
「ラング!」
ラングの体を支える腕が震える。怪我を治そうとするが治癒魔法が上手く使えず、傷口をとにかく押さえようと怪我を見た。
そして、あぁ、無理だ、と思った。
古代石の胸当てはばっくりと割れて、肋骨に守られていたはずのその奥、ラングの体の中心にはぽかりと穴が開いていた。
お待たせしました、終章の開幕となります。
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