幕間:相棒
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戦い方というのは性格が出る。何に重点を置くかで立ち回りが変わるからだ。ラングという男はするりと掴みどころのない、水のようなその性格がそのまま戦い方に表れているように感じた。
アルは共に行動するようになったラングという男をじっと観察し続けていた。
ヴァロキアのジェキアで出会ったこの不思議な風体の男は、自分と自分の持つ槍を見て凡その実力を見切ったらしいとツカサに聞いた。強いと言ってもらえるのは嬉しいが、それを人伝に聞くと少しだけ恥ずかしく思うから不思議だ。
冒険者の中には見た目だけで実力を伴わない者もいるが、ラングの見た目は実力があるからこそ、そうでなくてはならないのだとわかるまでに時間はかからなかった。
強者にはプライベートがないのだ。否応なしに顔が知れ渡り強者である立ち居振る舞いを求めるのが他者だ。中には居丈高に振る舞うことこそ強者とする者もいるが、相手取るのに怖いと思うのは凪いだ水面のような人の方だ。
パッと見で実力が推し量れないというのはこちら側の不利につながる。
加えて、ラングはマントでしっかりと全身を覆い隠している。辛うじて双剣の柄があるかどうかを判断出来るくらいで腰の後ろの短剣や太腿に吊るしてあるナイフなど、同じ部屋になるまで知らなかった。
もしかしたら、一人で街に赴いているときにはその装備をすべて外し、誰でもない自分自身として楽しんでいるのかもしれない。
お互いの実力を正しく測らないうちに魔獣暴走に巻き込まれたこともあって、ぶっつけ本番よくやったと思う。
ここまで背中を預けられるとは思わなかったが、それは向こうも同じだったようで内心嬉しくはあった。任せられれば、おう、任せてくれよ、と胸を叩きたくなるのは男なら誰でもそうだろう。
そうして行動を共にし、早々に二人きりになったもので、お互いにお互いが娯楽に変わるのは当然のことだった。
「ラングって、魔獣との戦闘経験そんなにない?」
そう尋ねたのはヴェレヌのダンジョンに二人で潜りなおした後だ。転移石に登録した十六階層まで降り、そこからの見学攻略。意欲的に下層攻略をする冒険者はさっさと二十六階層まで行ってしまうので、今現在周囲には冬の稼ぎ目的か宿なしがいる。ラングは言語を変えて会話内容を伏せられないことを不便に思いながら、そうだな、と返した。
ラングの様子に話したくなさそうだと理解したアルは、それ以上は問わず出された食事をおかわりした。
その後さくりと降りてきた二十階層は外の気温とは違い空気を生温く感じる階層だった。これが七日も続けば嫌になるだろうと思う。案外人間というのは寒い、暑いの方が割り切れるのだ。
ここに至るまでヴェレヌのダンジョンは途中まで草原が広がっていて、空気が乾燥していたのでちょうどよかった。そこからのこの生温さは人により耐えられないだろう。そのせいか立ち止まる冒険者も少なく、癒しの泉エリアは場所により貸し切りだった。
二人きりなのを確認した上で前に尋ねたことを再度問えば、次は答えが返ってきた。
「私は外専門だからな。魔獣と戦うよりも、人を相手にしていることが多い」
「ふぅん、護衛とかそういうあれか」
「そうだ。私の故郷はここほど整っていないのでな、盗賊や山賊なども多い」
ふぅん、と返してラングの手元で出来上がっていく夕食を眺めた。
「じゃあ、ちょっと魔獣との戦い方、教えようか?」
「願ってもないことだ」
「代わりにと言っちゃなんだけど、俺はどっちかっていうと魔獣との戦闘が多くてさ、人との戦闘経験が少ない。その辺教えてくれよ」
「構わん、となれば」
ラングは鍋底の薪の位置を変え、鍋をずらして立ち上がった。双剣の位置を直しアルに向けて指を軽く折り曲げて首を傾げる。
「来い」
「えっ、今から!?」
「夕食を食べる前に済ませないと吐くぞ」
「どんな教え方するつもりなんだよ!?」
「何を言う、実際に動く方が身に着くだろう」
だとしてもこんな空腹で、と文句を言ったが、結果、空腹でよかった。
まずは対人戦を教えてやると立たされ槍で攻撃して来いと言われた。挑発されれば乗ってやるのも男かと軽い気持ちで考えていたら、これは少しの間見ていたツカサとの鍛錬と同じようなものだった。
一手槍を振るった後は一瞬たりとも気を抜けなかった。
槍を突けば僅かな動きで避けられ、それを振り上げれば握った双剣の柄を降ろしマントを払いながら上を向いた鞘が軌道を滑らせる。素早く体を回転させて石突を叩き込もうとすれば相手がそこにおらず、背中にとんと触れて体勢を崩された。
槍を握り、魔獣が多いとはいえ身を守るために人と戦うこともあった。それでもこれは初めてだった。
「どうした」
もう終わりか、とツカサが転がされていたのと同じ状況に冷や汗が流れた。ツカサと手合わせをしていた時には簡単に思えたものがその実そうではないと理解した。弟の成長に合わせ、時々越えられない壁を演出しながら、この男、丁寧に育てていたのだとわかった。
胸を借りよう、と覚悟を決めたのはようやくその時になってだった。
ふぅ、と息を吐いて集中、槍を構えなおしてぴたりと視線をラングに置く。集中したか、とラングは立ち方を直した。
ピンと張った糸がここだと呼ぶように地面を蹴った。槍を振るい結果を得る前に次の一手を繰り出す。ラングはこれもまた前に足を踏み出すようにしてするりと抜けてきた。まるで瞬間移動したかのような動きはアル自身の速さを逆手に取ったからだ。
「人は技術を持っている」
ラングの言葉と同時、と、と体を押す力を感じた。身を屈め肩をアルの胸板に当て、そこから腰を下ろして思い切り弾き飛ばされた。胸鎧と胴の隙間、ちょうど肋骨が開いたところに衝撃を受けて堪える体を無理やり離した。
ほう、とラングが感心したような声を出した。
「後ろに飛んだか」
内臓にじくじくとした痛みを感じ、長く細く息を吐いて痛みを逃した。
「さぁ、続けよう。対人戦を鍛えるならば経験に勝るものはない。私自身槍使いとの戦闘は知っていても経験が少ない」
ゆるりとラングの右手が前に差し出され折り曲げられた。
「来い、私に一手当てられたなら褒めてやる」
「くっそ余裕綽々、見てろよびびらせてやるからな!」
アルは楽しそうに笑って雄たけびを上げた。
かなりの時間対峙し続けていたような気がする。
ラングが避けて受け流して反撃してくるパターンの多さに最初はついていくだけで必死だった。恐らく、この手合わせでもその全ては出していないだろう。
徐々に集中力が増して目の前のラングだけしか目に入らなくなったころ、アルは一度だけラングを受け流すことに成功した。そして、握っていた槍から手を放しラングの腕を掴み、その胸倉にあと一歩、というところで掌底を顎に横から、ついでに足払いをかけられて体が傾いた。
地面に倒れ、そこでぶはっと息が切れた。どっと汗をかいて全身が脈動するように血液の巡る音が聞こえ、酸素を求めてぜひぜひと喉の奥で音がした。こんなことは初めてだった。手足の感覚がなく、恐怖に体を起こせば目が回り地面に再び倒れ伏した。
言うことを利かない体をどうにかしようと無我夢中で腕を振り、仰向けにはなれた。汗が目に入って痛い。
「手足の長さは強みだな」
ラングは自分の腕を伸ばして指先までぴんと伸ばして見せた。目の前でがくがくぶるぶる震えているアルには視線もやらずに言葉を続けた。
「元々の体の出来に加え、努力が見える。槍を選びそれ一筋に使って来たからこその仕上がりだな」
「そりゃ、どうも」
「お前に足りないのは貪欲さと言える。集中するのにも時間がかかるようだ。集中した後に呼吸を忘れるのも気になる」
「あの、さ」
「槍を手放したあと、どう手元に戻すかも視野に入れて」
「なぁ!」
まだ全力で息を整えている最中だが、どうしても言いたいことがあった。
「一手、届いた、ぞ」
胸倉まで手は届かなかった、だが、確かにその腕を掴み逃げる時間を与えなかった。
ラングは初めて抵抗を見せたのだ。
掴んでやったぞ、と荒い息に乗せて言えば、ラングはすぅ、ふぅ、と深呼吸してから腕を組み、少しだけ唸るような音を零した後、言った。
「やるな、相棒」
「ははっ」
どんなもんだ、とアルは片手をダンジョンの天井に向かって高く掲げた。
先日の投稿で記載し損ねていたのですが、第三章が完結しています。
次の投稿から最終章に入りますので、もう少し旅路にお付き合いいただけると嬉しいです。
完結した暁にはラングか、師匠のリーマスか、息子であるリシトの話を書けたらと思っています。
三人の話が中学の時から私の中にあり、どこにも載せていませんが趣味ながら絵で描き起こして保管してあります。
彼らの話のあと、今回のツカサの物語に繋がっている形なので、スターウォーズみたいな執筆順番になったなと…(リーマス→ラング→リシト→ツカサの順で私の中で構成されている)。
【処刑人の日記】は当時書いて保管していたものをそのまま投稿させていただきました。
【快晴の蒼】のヴァンが書いた【自由の旅行者】は小学校時代に一度書いたものですので、ブラッシュアップしていつかそちらにも手を伸ばしたいです。
書きたいことが多く、書いていて楽しくてたまらない。自分が読者でもあるので大変お得だなと感じています。
こうして書ける場所と、旅路に付き合ってくれる方々がいることに改めて感謝を。
早めにコンスタントな更新に戻れるように尽力します。
面白い、続きが読みたい、頑張れ、と思っていただけたら★★★★★やいいねをいただけると励みになります。




