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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
第三章 オルト・リヴィア

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幕間:処刑人の日記

いつもご覧いただきありがとうございます。


 まず最初に挨拶から。

 どうも、初めまして目の前のあんた。なんだか日記を書くのが癖になっちまった。書き始めたのは随分昔なんだけどな。


 俺の名前はリーマス。本名は別にあるがここで語らうのは野暮だろう。

 以前はキルトレイにいたが、訳あってレトキア経由でフィオガルデまでやって来た。

 レトキアのパーニャという街でギルドマスター・ベネデットにスカウトされてパニッシャーになった。そうだ、ギルドがない国のあんたにもわかるように説明しておこう。


 ギルドっていうのは冒険者組合のこと。

 ギルドマスターはギルドの取りまとめ。だいたい一つの街に一つのギルド、ギルドのルールは至って簡単。


 依頼は受けたら受けたところに報告すること。

 というのも、一つの依頼書の作成に最低銀貨一枚。報酬の一割がギルドの収入になる。つまり、依頼を受けたところに報告義務がないと、至る所のギルドがマイナスになる訳だ。あちこちで好き勝手報告しだすギルドラーが現れる。

 ギルドラーというのはギルドに属する冒険者のことだ。まぁだいたいが自分勝手なやつらだ。俺も含めてな。だからルールは厳しい。依頼書をギルドに預けておくのが基本と言えば基本だ。


 パニッシャーというのは、ギルドに属する処刑人だ。

 ルールやモラルに違反したギルドラーや、ギルドを窮地に追いやるギルドラーを殺す、所謂同業者狩りの担当者だ。

 今までの例としては、領主を殺しちまったギルドラーをギルドの面目のために狩ったり、相棒 (バディっていう)を裏切って殺したりしたやつを狩った。

 ただ、後者のバディ殺しは中々判明しないから件数が少ない。だいたいは前者の面目を保つ方の狩りや、盗賊まがいに一般人を殺したりしたやつのトラブル処理が多い。


 そんなパニッシャー職に、レトキア国属パーニャの街のギルドマスターだったベネデットがフィオガルデの国境街に移る際、俺をスカウトした。

 移る経緯は一言で言うなら出世だ。ベネデットはギルドラーからも信頼が厚く、ギルドマスターの中でも信頼が厚かった。まだギルドが建っていない街にギルドを建てる創設者として抜擢された訳だ。

 決して、ギルドの長老陣に噛み付いてパーニャでのギルドマスター権限を剥奪されただけが理由じゃない。

 いや、訂正、それが理由の九割だ。ただ残りの一割でレパーニャまで行けばギルドマスターを続けられたんだから諦めが悪い。しかも結果を出したっていうサクセスストーリー。やっぱり出世だな。

 蛇足だが「フィオガルデの国境街レパーニャ」は、ベネデットが名付けた名前だ。嫌味だと言ったらその通りだと笑顔が返ってきた。

 最初から最後まで喰えないギルドマスターだった。


 …おっと失礼、書いてる今の段階ではあいつはピンピンしているな。


 そんなこんなでギルドラー(パニッシャーと名乗るのは好きじゃない)として生きることになった俺の人生は、それはそれで波乱万丈だった。

 ギルドラーに流れ着く前から波乱万丈だったけどな。


 さて、俺の紹介が終わったところで、新しい登場人物を紹介しよう。

 すったもんだあった末、腰を据えて生活をレパーニャで始めた矢先にシェバが連れてきたガキが、新しい登場人物だ。

 失礼、また加筆しよう。元々文字を書くのは得意じゃないからこういうことは多々ある、許してくれ。


 シェバというのは知人の騎士だ。正しくは元騎士。こいつもあれこれトラブルがあった末に、ベネデットが新しくギルドマスターを務めることになった「レパーニャ」へ流れ着いた。

 アホだけど人の好い性格で、トラブルに進んで首を突っ込むけどなんでか憎めない。そんな奴だ。

 まぁなんというか俺が住むところを見つけてくれたりして、そこそこ頭が上がらないのが悩みの種だ。

 だから、言い訳だが、ガキを連れてきたときも俺は強く出られなかった。


「旧傭兵・騎士宿舎をお前の家として譲れるようにしたの俺だからな!」


 なんて、あいつは事あるごとにキメ顔で言ってきやがる。


 連れて来られたガキは、ガキと呼べるか微妙な、大人びた顔をしていた。

 歳を聞いたら「九つ」と言った。

 名前を聞いたら「捨てた」と言いやがった。

 何者だと聞いたら「何者でもない、何者でも良い」とも言いやがった。

 癖のあるもん連れてきやがって、とそれはそれはシェバを恨んだ。


 ただ、これを書いてる今は思う。

 俺はこいつと出会って良かった。

 とね。


 レパーニャのある地域は空気が乾燥している。四季は基本一定だが、年に1ヶ月ずつ夏場は微かに暑く冬場はそこそこ寒くなる。山が近いからかな。あいつが来た日はそこそこ暑い日だった。

 忘れもしない、昼の前だ。シェバが馬で訪れて、こう言った。






「――― リーマス、頼みがあるんだ」


 またか、と声を掛けられた瞬間に思った。


 だいたい、この男はこう言ってとんでもないトラブルに自分を巻き込もうとするのだ。そう思いながら薪割りの手を止めて振り返る。壮年に入るか入らないか、苦労を滲ませる表情は男との今までの関係性を如実に表していた。


「で、次はなんだ? そう言ってお前俺をあちらこちらでトラブルに巻き込んで、おかげで俺といると死ぬなんて死神扱いするやつらまでいるんだぞ、シェバ」

「まぁそう言うな、それで無駄な喧嘩も減ったんだろ? 良い結果だ」


 シェバと呼ばれた男は肩を竦めて、半身を切って背後を見せる。

 薪割の斧を肩に担ぎ直して、黒髪の男は眉をひそめる。半身を切ったシェバの後ろには子供がいた。ボロボロの洋服、ボロボロの体、背に負った体に釣り合わない大剣、だが腰に携えた短剣だけは手入れが行き届いている。

 なるほど、このガキはこれでここまで生き残ったのか。

 眼には意志がある。そんじょそこらのクソガキには出来ない眼だ。


「リーマス、そんなにじろじろ見てやるな」


 シェバがたしなめるように言うと、男、リーマスは肩を竦める。


「ならここに連れてくる前にドレスアップでもしてくれば良かっただろ? 俺がこういう性格なのは流石に知っていると思っていた」


 斧を切り株に叩きつけて、薪を片付ける。


「リーマス」


 シェバが呆れたような、いい加減にしろと言いたい様子で腕を下す。


「そのガキはなんなんだ? ここは託児所じゃないんだ。俺は日常を噛みしめることに忙しいんだ、シェバ。帰れ」


 リーマスは薪を担いで置き場に向かう。その後ろをついてくるシェバと、みすぼらしい子供。


「おい、ついてくるなよ」


 リーマスが言うと、子供はピタリと足を止める。あまりに素直な動きにまた眉が動く。


「そのガキはなんなんだ? こう尋ねるのは二回目だ」

「この子をお前の弟子にしてくれないか?」


 唐突な申し出にリーマスは動きを止める。子供はシェバとリーマスをゆっくりと交互に眺め、ゆっくりと頭を下げる。

 動きに見覚えがある。

 大きな「家」のバルコニーから、知り合いがその様に頭を下げ挨拶をしていた。


「なんとなく素性はわかった。で、なんでここにいる?」

「フィオガルデの内乱は知っているだろう?」

「やめろ全部言うな聞きたくない」


 シェバの発言を右手で制し、リーマスは左手で顔を覆う。

 まいった、またこいつは揉め事を持ち込んだ。それもかなり、超ド級の火種だ。


「シェバ、ちょっと来い」

「断る。お前にそう言われてついて行ったら殺される」

「そういう発言が俺を死神って言わしめるんだやめろ。話すだけだ」


 焦れたリーマスがシェバの首を掴んで家の影へ連れ込む。子供は黙ってその場から動かずにいた。


「なんのつもりだ?」

「お前の弟子にして欲しい」


 改めてはっきりと言われ、リーマスは両手で額を押さえながらゆっくりと歩き回り円を描く。苛立っているのがひしひしと感じられ、シェバはすぐにでもその場から離れたくなった。

 こういう時のリーマスという男は、アサシンの名残か元からの気性か、非常に危険なのだと知っている。何度か技を極められて気を失った経験もある。


「なんで俺が? 弟子はいらない、ガキもいらない、お前が育てりゃいいだろうが」

「お前のところが一番安全なんだ」


 またはっきりと言い切る。


「一体なんの確信があってそう言うんだ。俺は死神、パニッシャー、追う追われるが毎日だぞ」

「日常を噛みしめてるんだろ?」

「うるさい黙れ。いいか、俺は、嫌だ」

「子供みたいに駄々をこねるなリーマス。頼むよ、俺じゃ、あの子に勝てないんだ」

「どんだけワガママを許してるんだ、ガキだ、何とでも言うことを聞かせられるだろう」

「リーマス、勝てないんだ」

「勝てよ、言い聞かせろお前のが大人なんだから!」

「だから「勝てない」んだって!」


 シェバが叫ぶ様に言い、ようやく言葉の意味を噛み締めてリーマスは固まる。


「勝てないって、腕っぷしのことか?」

「そうだ。負けたんだ」

「なんで、お前のことは過大評価じゃなく強者に入ると思っていたんだが、手を抜いたのか?」

「何度も言わせないでくれ、本気で…負けたんだ」


 項垂れるシェバの様子にリーマスは口を開けたまま黙る。それはもう、あんぐりと。

 シェバは、過去には王城に勤める騎士だった。それも試験の厳しいセルブレイの王城に勤めていた猛者だ。頼んだことではないが背中を守ってもらったこともある。代わりに助けたこともあるが、背中を預けて戦うことが出来た数少ない相手ではある。


 そのシェバが、ガキに負けた。


「どういうことなんだ?」

「傭兵団に雇って欲しいと言って、道場破りだ」


 シェバの現在はレパーニャの自治警備団の団長だ。本人は傭兵団というが街人の認識は自警団だ。リーマスもベネデットもそう考えてそう呼んでいる。持ち前の人柄と腕であれよあれよという間に団長になり、ぶつくさ言いながらこなしているあたり、やはり人が好い。


「負けたなら雇ってやれよ」

「年端もいかない子供だ。訳を聞いたらそうもいかなくなった」

「じゃあ聞かないフリをしろよ、俺に問題を持ってくるな」

「リーマス」


 頼む、と、シェバの声のトーンが落ちる。シェバのグレーカラーの眼を睨み、リーマスは不機嫌に顔を歪める。


「…なんで負けた? 技術なら、お前の方が明らかに上だろう」


 体の仕上がっていないガキだ、腕力もない、技術もあの年齢ならいくつか知ってはいても動けないだろう。

 それに弱ってもいた。


「眼を見てしまった」


 リーマスの睨みつける漆黒の眼を見返して、シェバは、はっきりと答える。


「…あの子は戦うことを恐れていない」


 つまり、気圧されたという訳か。リーマスはうなじをゆっくりと摩る。


「お前の眼にそっくりだ。お前ならあの子を育てられる」

「アサシンにでもしろってか? 中々酷なことを…」

「違う」


 じゃあなんなんだ。さっきから遠回しに外堀埋めながら話しやがって、とリーマスが悪態を吐く前に、


「お前が死にたがりだから、子供でも育てたら死にたくなくなると思ったんだ」


 とシェバが続ける。


 予想だにしない発言に次こそリーマスは絶句した。

 正直、こいつはトラブルを押し付けに来たのだと思っていた。自分に扱うことのできない子供を、生きていても死んでいてもどうでもいい自分に預けて、責任逃れをしに来たのだと。それが人間というものだとリーマスは思っていた。むしろ自分ならそうしている。


「あの子も、目標が出来れば戦う以外に生きても良いと思ってくれると思ったんだ」


 こういう時、シェバの眼は本当に「口ほどにものをいう」のだ。こいつは本気でそう思っている。本気で心配している。

 俺と、あのガキを。


「…俺のところが一番安全なんだ、ってのはどういうことだ」


 幾分か冷静になって来ていた。二回深呼吸。家に寄り掛かってリーマスは話を聞く姿勢を見せた。


「お前がみなまで言うなというから詳細は省くが、パニッシャーの弟子ならギルドからの支援ももらえる。パニッシャーはギルドの庇護をもらえる代わりに、ギルドのゴミ掃除をするんだってお前が教えてくれたんだぞ」

「ゴミ掃除とは言っていない、ギブアンドテイクって言ったんだ」

「嘘だ、ゴミ掃除って言ってベネデットに怒られていた」

「んなこたどうでもいい。ギルドの庇護があるから俺の元が安全なんだってお前の認識もわかった。だがな、シェバ」


 白黒つけたがるシェバの性格にすぱりと見切りをつけて、リーマスは改めて言う。


「俺は嫌だ」

「リーマス」

「ガキを言い含める時みたいに俺を呼ぶな。お前より年上だ」

「年上扱いすると年寄りくさく感じるからするなって言うだろ」

「ああ言えばこう言うな、お前は」

「失礼します」


 喧々囂々、子供じみた喧嘩を始めようとする二人の間に子供が入る。


「シェバ殿、紹介したい人がいると、ここに連れてきてくれたことには感謝します。お話しを伺うにご高名なパニッシャー・リーマスだということもわかりました。ですが、ご本人が嫌がっているのに無理強いをするつもりは毛頭ありません。…お気遣いありがとうございます、シェバ殿。他を当たらせていただきます」


 とても。

 とても流暢に自分の意見を言うガキだ、とリーマスはその時思った。

 シェバはその言葉に申し訳なさそうに、そうか、と応えるだけだったが、リーマスは顎に手を添えて子供を眺める。


「お前年はいくつだ」


 不意にかけられたリーマスからの質問に、子供はゆっくりとリーマスを見上げて見据える。

 物怖じもない。視線も揺れない。手は解いて緊張もしていない。対等であろうとしている強い意志を、その眼に感じた。


「九つです。この年に十になります」


 声の震えもない。


「名前は」

「捨てました」


 確固たる覚悟がある声だ。


「お前何者だ?」

「何者でもありません。何者でもいいです」


 余程のことがあったのだろう、とリーマスは眼を細める。なるほど、シェバが心配をする訳だ。こいつは自分に似ている。リーマスはそう感じて一つ頷く。


「お前、飯食ったか?」


 それが承諾の返事だとわかったのは、シェバではなくその子供の方だった。




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