3-68:ヴェン・アの宴
いつもご覧いただきありがとうございます。
きりのわるさが気になり、68と69をまとめました。
結局、自分自身でスキルと向き合わなくてはならないことに変わりはない。
消えたものの理由も、真実がどうであれ自分で納得し受け止められるかどうかだ。
どう生きるか、どう活かすか、どうしたいのか。
どうすればいい、と尋ねて返って来る答えはなく、全て自分で考え、覚悟せねばならない。
シグレが言ったように、日頃【変換】を使用して言語を合わせていたり変えている時点で、もしこのスキルが吸収されたとしても使いこなすことは出来るだろう。何故かそう思えた。
元々魔法のスキルがなかったのも、発想の転換で言えばスキルとしての付与に失敗し、外部からの圧力でようやく芽吹いたようなものだったのだろう。
向こうの大陸ではそうした失敗作がたくさんいたのかもしれない。穴に落ちたアーサーもそのタイプだったのかもしれない。
気づけば、思えば、なんとなく物事の答えがわかるような気がした。答え合わせをしてくれる神様はいないが、ツカサは一つ頷いた。
話し過ぎた、とラングが少し掠れた喉で言い、ポットの湯でハーブティーを淹れ渇きを潤していれば、焚火の明かりの下へヤンが戻った。二人きりで会話させてくれたのだろう、ラングがすまんな、と声を掛ければ目を泳がせて頷いて返していた。嘘の吐けない人なのだと思い、小さく笑ってしまった。
よもや失敗作と言われるとは思わなかったが、イーグリステリアが消滅して何千何万、何億という人々が転移、或いは転生したならば、抜け落ちる者もあるだろう。この世界に渡って来る時期がバラバラだったり重なっているのも、あまりに人数が多いからだろうか。
焚火を眺めながらラングの作ったスープを啜り、ツカサはぼんやりと考え込んでいた。美味しい。
食事をしながらふと、ラングを信頼するのは時の死神もか、と思った。
かなり人間臭い神様だったので、思わず呟いたことだったのかもしれない。それをラングが聞き洩らさず、一言一句を覚えているとは思わなかったのではないだろうか。腐っても神、意図して言ったことだったとしても、それを掴み、掌にある情報を開いて教えることを選んだラングにツカサは感服した。
マナリテル教の時だってそうだ、疑問を解消するために出来ることをやって、その情報を【快晴の蒼】にもたらした。
そうした行動の結果に多くの人が信頼を寄せる。信頼は金では買えないと見聞きしたことがある。ラングの行動と結果がそれを勝ち取るのだろう。
それに、とツカサは横目にラングを眺めた。
ラングの周りには運命があるのではないか、と考えてしまった。
「明日は晴れる」
ヤンがぽつりと呟き、それに釣られて空を見上げた。
「わぁ」
焚火以外に光のない暗闇、さぁっと広がっていた眩しいほどの天の川と色とりどりの宝石を思わせる輝きが頭上に広がっていた。
真っ暗なのにいっそ明るい。美しい星空に思わず涙が流れた。不思議とさらさら静かな音楽が聞こえそうな気さえした。いや、それは草の小波が風で揺れる音か。
「綺麗」
「そうだな」
ツカサの感動に水を差す人はいない、茶化すこともない。分かち合ってくれたことが嬉しかった。
――― 翌朝、朝食は前夜残ったスープを温め直して食べ、移動を開始した。
移動を初めてすぐに白い塊が見え始め、昼過ぎには辿り着いた。
羊や山羊が柵の中に囲われ、馬が草を食み、子供たちが走り回っている。ヤンの服と同じ刺繍が施されていて、ここがそうなのだとわかる。
「ヤンだー!」
「族長だ!」
わぁ、と気づいた子供たちが駆け寄り、ヤンはムーェをひらりと降りて足元に群がる子供に小さく笑みを浮かべた。その向こうから老若男女問わず一族の者たちが駆け寄って来る。
「おかえり! 随分かかったな」
「おかえりなさい」
ヤンが見せてくれた右耳、左耳、喉の礼を全員が取り、ヤンに礼を尽くす。若くとも慕われていることがわかりツカサは目の前の若者に目を瞬いた。出稼ぎに出て一族の元にいなくてもこうして歓迎されるのは、それだけヤンがしっかりと結果を持ち帰っている証拠だ。
ツカサの故郷では、その周りでは、若くして尊敬される人がいただろうか。
年を経て経験を積み、そうして尊敬をさせる人々はいた。年上を敬えと叫ぶ老人、これだから最近の若い者はと侮蔑する中年、自分より僅かに年下なだけの存在をいきり散らして怯えさせる青年。大人を大人と思わなくなった子供。
草原の風に吹かれたラングを眺めた。覚悟を積み重ねて来た大人の、身の詰まった立ち姿に改めて唇を噛んだ。
「ヤン、おかえりなさい!」
軽やかに走って来てヤンに跳び付く女性がいた。艶やかな深い緑色の長髪を風に靡かせ、ふわりと腕を広げて抱き着いた。それを慌てて抱き留め、勢いを殺すためにくるりと一回転してヤンはほーっと息を吐いた。
「リアン、危ないだろう」
「ヤンは受け止めてくれるでしょ? ただいま、は?」
「ただいま。遅くなってすまない」
へへ、と嬉しそうに笑って、それから後ろにいるツカサとラングに気づいてヤンの腕から降りた。
「珍しいのね、お客様? それに馬が多くない?」
「馬賊と戦って、持って帰って来た」
「戦ったの? 怪我はない? 大丈夫? ヤンってばすぐに我慢するんだもの。ご飯ちゃんと食べてた? やっぱり私も一緒に行く方がよかったんじゃないの?」
「リアン、リアン」
「なぁに?」
「客人の、前だ」
途中からヤンの肩から腹からぱたぱた叩いて怪我の有無を確認し始めたリアンに、真っ赤な顔を隠すようにして言う。何やら顔がニマニマしてしまった。
「ごめんなさい、つい。ええっと、ようこそヴェン・ア族へ!」
腕を広げて歓迎の意を示す女性、リアンに倣って、子供たちも腕を広げる。
ぱっちりとした目に綺麗な深い青、美人と言える造形の女性はヤンとお揃いの帯を巻いていた。察した、この子が嫁か許嫁なのだろう。隅に置けない男だ、と視線をやれば咳払いをされた。
リアンはくるりとヤンを振り返り、顔を覗き込んだ。軽やかなステップを踏む様に、踊るように動く人だ。
「それで、どんなお客様なの?」
「リアン、嬉しいのはわかるが戻ったばかりのヤンを困らせるな」
ゆっくりと近づいて来て苦笑を浮かべた男はリアンと同じ髪色をしていた。ヤンと抱き合って無事を喜びあった後、ラングとツカサに向き直り、いつもの礼をされた。
胸に手を当て礼を返すラングに倣い、慌ててツカサも返した。
「妹が失礼した、ヤン族長の客人とお見受けする」
「構わない、女子供の元気が良い一族は良い場所だ。冠雪の美しい山々を求めて草原に来ている。族長の厚意で案内してもらった、【異邦の旅人】のラング、こっちは弟のツカサだ」
「珍しい目的で草原に来たようだが、ヤンの連れて来た方々だ、歓迎するよ。俺はカトン、このリアンの兄で、ヤンの義兄にあたる」
「結婚してるんだ?」
ツカサがにんまりしながら問えば、ヤンはまた咳払いして視線を泳がせた。
その横でリアンがむっすり頬を膨らませて言った。
「まだ許嫁なの。ヤンってばちょっと草原の様子が悪いとすぐ出稼ぎに出ちゃうんだから」
「それは、すまないと、でも俺が出なければ」
「別に誰も強制してないし、頼んでもないじゃない! だいたい、私たちは他の部族とは違って」
「リアン、客人のユルテの準備と羊の移動、馬を休ませてやってから文句を言いなさい」
「はぁい! ユルテに案内するわ、ヤンは後で文句言うから逃げちゃだめだからね!」
「う、む、わかった」
ヤンはムーェの首を撫でて誤魔化し、ラングはリアンの誘導に従ってついて行く。ラングの横に並んでツカサは声を潜めて笑った。
「ヤン、尻に敷かれているね」
「お前も人のことは言えまい」
ぐっと喉が詰まった。
確かにモニカの押しに弱いところはある。エフェールム邸の中庭で叱られたことを思い出して急に会いたくなった。
「だが、男はそれでいい」
ラングはそう言って一歩大きく前に出た。言われた言葉に少し首を傾げ、ツカサは再び駆け寄った。
羊が柵に入れられ、子供たちがそれを世話する、そんな光景を横目に見ながらユルテに案内された。
教科書やテレビで見たような形だ。どうぞ、と扉を開けて中に入れば思ったより広く見えた。
中央から放射状に広がった天井の骨組み。移動するときはこれが畳めるというのだからすごい。中央に暖炉のように火を入れる場所があり、ここで暖を取り料理をするのだと説明を受けた。
それ以外は思ったよりものが揃っている。布団ではなくベッドがきちんと置いてあり、毛皮や羊毛の布団がふかふかと乗っている。
「左がお兄さん、右が弟くんね」
「決まりがあるの?」
「一応ね」
ふむ、とラングはユルテを見渡してリアンに礼をした。
「すまん、世話になる。食料を提供したいのだが、失礼に当たるだろうか」
「いいえ、とっても助かるわ! でも今夜はヤンの無事祝いと歓迎に羊を一頭捌くから、明日いただいていい?」
「あぁ、わかった」
「ありがとう! あ、そうだわ」
ぱん、と軽く手を叩いてリアンはツカサを振り返った。
「あなた、魔導士?」
「え、なんで」
「私も魔力を持つ者、魔導士だもの、わかるわ」
リアンはふふん、と自慢げに胸を張ってから心配そうに眉尻を下げた。
「草原ってね、魔法が忌避されるの。わかるでしょ? 火起こしも楽だし、水だって川から汲まなくていいんだもの」
「便利が許されない場所なの?」
「ううん、そうじゃなくて、そうじゃないの」
指先をもじもじと摩ってリアンは言い難そうに視線を落とした。ぱさ、と軽い音を立ててマントを外し視線を集めて、ラングが呟く。
「マナリテル教における私と同じだ」
「えっと、穢れし者?」
「隣のスカイでは魔導士という立場が歓迎されるが、土地によりそうではないということだ」
確かめるように振り返れば、リアンは寂しそうに微笑んでいた。
「たぶんね、ヤンから聞いてないんじゃないかって思ったの。ヤンはおしゃべりがとっても下手だから。あなたたちがヴェン・アで過ごすとなると、絶対に逃れられない敵意というのがあるから教えてあげる」
火、いれるね、とリアンがストーブ前にしゃがみ込んで薪を入れ、種火を魔法で出して火を点けた。ゆっくりとそれが広がってその内このユルテは暖まるだろう。
座って、と促されてストーブ周りの敷物に座った。水魔法で桶を満たし、そこから小鍋に水を汲む。ストーブ上に置いてリアンは茶葉の入った筒を手にした。
「草原の忌避すべきものは知ってる?」
「赤とか、夕日とかって聞いてる」
「そう、魔法の赤もそうなの。いくらでも出せる火は草原を燃やして生きるすべてを殺しちゃう」
「そんなの、使い方と使う人の問題じゃん」
「私もそう思う、ヤンのお父さんもそう言ってくれた」
ツカサが自分のことのように怒ってくれたことが嬉しいのだろう、リアンはふふ、と嬉しそうに笑った。やはり素朴な笑顔に弱いらしい、ツカサは照れて視線を逸らした。
湯の具合を確かめながらリアンは続け、とんでもない話をした。
「草原で魔力があるってわかると殺されちゃうのよ。魔の原って呼ばれる魔力持ちの死体を埋める場所があったりしてね」
ツカサはびくりと目に見えてわかるほど狼狽えた。リアンはそれに驚いて掬った茶葉が多く湯に落ちた。
「大丈夫?」
「続けてくれ」
ラングに促されてリアンが頷く。
「ヤンのお父さんは魔力持ち、魔導士は少し人より工夫が出来るだけで何も変わらないって言ったの。それで、古い考え方の一族は半分が去っていったわ。今いるのは柔軟に受け入れられた人とか、実は魔法を扱える人とかなの」
ヤンの言った前はもっと多かった、はそういうことか。湯を掻き混ぜて煮出し、リアンは鍋に視線を置いたまま、少し不機嫌に言う。
「私が魔法を使えるから子供達には教えられる、でも、やっぱり悪意ってあるものだから。物々交換にしたって売買だって、私たちは避けられるし嫌われる、何が嫌って足元を見られるのよ!」
ふん、と怒って腕を組んだついで、握っていたスプーンから湯が飛んでツカサの膝に当たる。
「あ、ごめんなさい」
「大丈夫、熱くないよ。じゃあ、俺たちも同じように見られるってことだね」
「そういうこと、悪いけど他の部族と会った時には覚悟しておいてね」
「何も変わらん」
ラングが言えばリアンは笑った。
「そうね、あなたのその仮面、魔導士どころじゃないもんね!」
はい、どうぞ、と差し出されたお茶はストレートの紅茶で、ツカサはほぅっと息を吐いた。
――― いろいろと聞いて驚いたが、忌避されているからこそ進んで絡んでくる部族も少ないらしい。
ゆっくりしててね、とリアンが出て行ったあとツカサは脱力して床に倒れた。
毛皮と羊毛の敷き詰めてある床はそれだけで温かく、緊張が抜けていく。ストーブのおかげで気持ち暖かくなって来た気がする。
ユルテの天井を見上げながらツカサは呟いた。
「本当、場所によって全然価値観って違うんだね」
魔導士が様々な職を得ているスカイや、向こうの大陸のことを思い出して目を瞑る。国境一つ越えた先で魔導士がそんな風に言われているとは思わず、急に居心地が悪くなってしまった。この場所が安全地帯なのだと明確にわかっただけマシだ。
紅茶を空にしてラングはマントを掴んで立ち上がった。
「どこ行くの?」
「ヤンのところだ。預かっている荷物を返す」
「そっか」
ラングは小さくシールドを揺らした。その中では眉を顰めたのだろう、ふー、と鼻で息を吐いてユルテを出て行った。
ツカサは暫くストーブでチリチリ薪が燃える音を聞いて、心臓が落ち着いたころ体を起こした。
馬賊の襲撃で彼らが驚愕していたのはツカサの使った盾魔法に対してだったのだ。ラングが武器を当てて矢を落としたことは、ヤンが成して見せたように出来ないことではないのだろう。それもツカサにはあり得ない技術なのだが。
ふと気づいた。
「俺、ラングについて行くって言わなかったの初めてじゃない?」
ラングがどこかへ行くと言った時、ツカサはいつも俺も行くと言った。それが断られたのはジェキアのダンジョンと先日の軍の駐屯地だけだったはずだ。自分のいつもと違う行動が急に怖くなり、ツカサはユルテを飛び出した。
考え込んでいた時間が思ったよりも長かったらしく外はすっかり暗くなっていた。魔導士の誰かが置いたトーチが点々と灯っていて、視認していなくともこうして留まり続けるのは技術ある魔導士の証拠だ。
本来こうした明かりもないだろう草原の家々が照らされ、小さく安堵の息が零れた。ツカサもトーチを浮かべて周囲を見渡しやすくして、ヤンのユルテを探した。
ここで問題に直面した。ヤンのユルテがわからない。しかも外には誰もいない。ツカサはオロオロとその辺を歩き回った結果、自分たちに宛がわれたユルテすらわからなくなった。
いっそどこかのユルテの扉を叩き教えてもらった方がいいかもしれない。意を決して一つのユルテの扉に狙いを定めた。
ゴンゴン、と思ったより鈍い音がした。
「すみません、今日から少しの間お世話になることになった、ツカサです。ヤン族長のユルテを教えてもらえませんか」
暫く待っても中からの反応はなく、もしや無人かとツカサは浮かした拳を上げたり下げたりした。違うユルテに声を掛けようと振り返ったところで、向こうの方の扉が開いたのが見えた。
「何をしている」
つい最近もそう声をかけられた気がするが、気づかぬふりをして駆け寄った。入口で腕を組んでラングは明らかに不機嫌だ。
「ラングのところに行こうとして、ユルテを聞いてないの思い出したんだよ」
「どうせ自分のユルテも分からなくなったのだろう」
「それも、あるけど」
「入れ」
顎で中を指されぶつくさ続けたい気持ちを我慢して入った。中にはヤンとカトンが居て、しょっぱいミルクティーを手にしていた。
カトンが笑って尋ねた。
「夕食を待ちかねたか?」
「あ、いや、そうではないんだけど」
「一先ず座ったらどうだ」
手で勧められてツカサは先に座ったラングの隣に倣う。ヤンの位置だけ良い毛皮が敷いてあるのでここがそうなのだろう。
「戻り遅かったけど、なんか話してた?」
「ヤンとの出会いと、スカイの話を聞かせてもらっていた。しかしヤンもラングも口下手で、なかなか要領を得ない、君に助けてもらいたい」
「あぁ、なるほど、いいよ」
ラングは話すべき時には話してくれるが、基本は寡黙なタイプだ。背中を見せ、見て学べというスタンスでもあるので言葉で説明するのは苦手な質だ。だからこそおしゃべりで明るいアルとは相性がよかったのかもしれない。
カトンは困ったような笑みを浮かべていたので素直に助けた方が良いだろう。
ツカサはイファとの国境で出会ったところから、焚火を貸したことで関わったことを話した。それからボルテアで世話になって馬賊に襲われてと、道中のことを伝えればカトンは得心がいったと頷いた。
「なるほど、それでヴェン・アに。確かに冠雪を見るならここからが近いだろうな」
「ここだってすごく近く見えるけど」
「恐らく、ヤンが見せたいのもラングが見せたいのも、ここからもう少し北に向かったところだ。突然近くなるから驚くだろう」
「へぇ」
昔話を語るように話す人だなと思った。ヤンよりも年上なだけあって、落ち着きのある良い声で物事を教えてくれる。不思議な感覚を覚えた。
ゴンゴン、と扉が叩かれ、中からの返答を待つ前に開かれる。
「ヤン、夕食が出来たからラングとツカサを呼びに行ったのだけど、誰もいない、いた!」
ホッとリアンが笑って胸を撫で下ろした。それからくるりと背を向けた。
「ここに居るなら丁度いいわ、運んじゃうね」
ぱたぱたと扉を開けっ放しで走り去るリアンの背に、ヤンが驚くほど優しい顔で微笑んでいて思わずまじまじ見てしまった。視線に気づいてヤンはサッと立ち上がった。
「手伝ってくる」
「俺も行こう、客人はそのまま座っててくれ、慌ただしくなるからな」
ユルテに残されてラングに共有しようとしたら呆れた雰囲気を感じ取った。
「野暮な奴だ」
ぐさりと刺さる一言だった。
――― おかえりと歓迎の宴は賑やかだった。
リアンの実家であるユルテで調理された食事がたくさん運ばれてきた。
若い羊を一頭潰し、野菜や石と共に蒸し焼きにしたものは柔らかくて肉汁が溢れ美味しかった。その汁を吸った根菜もまたほくほくで、味付けは塩だけだというのに深みを感じた。
スープもまた塩だけで味をつけたというが、香草がたっぷりと入った薬膳スープで汗をかいてしまった。小麦を練って肉を包み茹でたものは、中の羊肉と香草が鼻孔を抜けて心地よい風味だった。スープとは違う香草を使われていたのも変化があって楽しい。道中もそもそしたパンを食べていたこともあって、こういったつるんもちもちとした小麦製品の食事は喉が嬉しかった。
食事が進めば酒も進む。馬乳酒ではなく特別な酒が出され、誰かが楽器を弾き始めた。手拍子に踊りにとユルテの中を狭そうにはしゃぎ、ツカサは自身の知らない文化に自然と体が揺れていた。
宴会が盛り上がって来ると暑い暑いと皆が外へ出る。そこでは魔法の明かりの下で老人の保護の下、子供たちもはしゃぎ回っていた。
「ヤン、音をお願い」
リアンが強請り、ヤンは渡された楽器に指をかけた。低めのヤンの声が響き渡る。それに合わせてリアンが躍る。
歌の内容は馬賊と戦っていた時のように少し特殊で聞き取れなかったが、それを【変換】で知ろうとするのも野暮だと思った。
ただ、おかえり、ただいま、と二人がそれで会話しているような心地良さを感じ取って、ツカサはほろ酔いの気持ちよさに揺れていた。
宴もたけなわ、徐々に賑やかな声が落ち着いて行って、少しずつ皆がヤンにお帰りを告げてユルテに戻っていく。
残ったのはラングとツカサ、ヤンとカトンだけだ。のんびりと話題はツカサが外にいたことになった。
「最初に案内をすればよかったな」
「いや、俺も聞かなかったし」
「夜になったら外に出ない、特に子供はな。扉も家族以外には開けないものなんだ。今夜のような宴は特別だ」
「あ、それでか。怖がらせちゃったかな」
「大丈夫だ、あの人迷子だな、とはバレたかもしれないけどな」
「案内しておいてもらえばよかった」
ははは、と笑い声が響く。ラングは馬乳酒をゆっくりと口に含んで楽しんでいるようだった。
笑い声が収まるとしんとした静寂が残る。気を張る必要のないそれにツカサは眼を瞑った。
「温石が冷めて来たな、そろそろ休もう」
ユルテを出て来る時にストーブで肉と野菜と共に入れられていた石を拭いて、渡されていたものだ。布の中ですっかり冷たくなってしまっていたので本当だ、と小さく呟く。
「明日、朝食が済んだら冠雪の見える場所を案内しよう」
「あぁ、頼む」
ユルテは向こうだ、と案内され、ツカサは少しふらつきながらついて行く。ユルテの取っ手に布が巻かれていた。
「子供たちが巻いたようだな、目印だ」
カトンに言われ、ツカサは額を抑えた。恥ずかしさと酔いで顔が熱い。
「ゆるりと休まれよ」
「おやすみ」
「ありがとう、おやすみ」
ユルテに入り、右のベッドに倒れ込む。
「ツカサ、装備を外せ」
「うん…」
生返事のまま、ツカサは夢の中に落ちようとした。ぐいと首根っこを掴まれて毛皮の床に放られ、目を回す。
「何すんの!」
「装備を外せ、ここは借りた場所だ」
確かにマントや靴など外を歩いたものなので汚してしまうだろう。普通に宿に泊まる時もラングはそういった点で配慮を忘れない。いつだったかラングに背負わせて戻った宿では仕方なくベッドに放られていたことを思い出した。
唇を尖らせながら言われた通り装備を外し、同じように脱いでいるラングを睨んだ。
「ラングって時々すごく親父くさい」
「何を言っている」
呆れたような声が続いた。
「私は五十路だぞ」
すっかり忘れていたがそうであった。
面白い、続きが読みたい、頑張れ、と思っていただけたら★★★★★やいいねをいただけると励みになります。




