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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
第三章 オルト・リヴィア

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3-64:草原の出会い

いつもご覧いただきありがとうございます。



 冒険者ギルドではいつもと違う光景が見えた。


 長衣を身に纏った者が大半で、ヴェン・アの族長同様に出稼ぎらしい姿につい目が惹かれてしまった。ツカサの好奇心溢れる視線に初見だとはわかるらしく、彼らはちらりと視線をくれるだけで絡んできたりはしなかった。長衣に施された刺繍の種類が様々だ。同じ模様もあったので部族ごとに違うのだろうと思った。

 ここの冒険者ギルドでは近隣の盗賊や山賊の討伐、遊牧民らしい馬の扱いに長けた護衛や荷運びが多いらしい。所謂普通の冒険者向けではなく、出稼ぎ向けなのだ。

 近辺にダンジョンはないのかと問えば、イファには存在せず、だからこそスカイへ出稼ぎがあるのだそうだ。


「草原の方って育つ過程で戦うことを学びますからね、それに仕事も丁寧で着実。だから毎年雇う商人とかギルドがあるんですよ。スカイはダンジョンも多いですし」

「なるほど」


 興味深い話にラングの真似をして腕を組む。


「出稼ぎに出て、お金を持って帰るのかな」

「それもありますけれど、一番は家畜ですね。彼らは家畜を財産としていますし、大事な収入源と食糧ですから! それを購入するためのお金にするんですよ。この街で羊毛製品といえば、彼らから輸入した物なんです」

「へぇ、そうなんだ? スカイでは作らない?」

「スカイでも羊毛産業はありますけれど、この辺ではイファが優勢です。彼らの商圏を侵せばイファの人々が困りますし、部族が一致団結してとなると、足の速い人達ですからね」

「厄介なのか」

「ここだけの話ですよ」


 苦笑を浮かべるスタッフにこくりと頷いてみせた。

 そういった理由でこの冒険者ギルドではツカサのような新顔に仕事はなく、草原の民専用と化しているのだ。通年通して出稼ぎと帰省が繰り返されているため、人手には困らないという。加えて、草原の暮らしよりも冒険者の方が良いと、スカイへ移住を決めてしまう若者もいるそうだ。長衣を纏わない冒険者はそういう者たちなのだ。観光で来るツカサたちの姿のほうが珍しいという。

 冒険者ギルドも場所により在り方が違うというのはツカサには新鮮だった。向こうの大陸(ズヴェトロニア)では冒険者ギルドは一貫して冒険者のためにあり、ダンジョンありきだった。

 こちらの大陸(オルト・リヴィア)に来て感じる、ダンジョンがオマケといった感覚が強くなっていく。その土地の生活があって、それに合わせて人々が工夫していて、ツカサは感動を覚えていた。


 夕方、宿に戻れば休む間もなくラングに連れ出されて夕食となった。献立はスープとパンだ。これも遊牧民の食事に合わせているもので、羊肉が使われていた。こちらは香草が多く使われていたのでどうにか食べられた。

 羊肉にはラムとマトンの呼称があるが、ツカサがダンジョンで食べたのはラム、こちらではマトンなのだろう。

 食事が口に合わない可能性を感じイファへの不安が芽生えたが、黙々と食すラングには何も言えなかった。


 翌朝、宿で朝食を済ませて出立した。

 宿の誰かがツカサの様子を見ていたらしく朝は簡単にパンと野菜を焼いたものを出してくれて、申し訳なくも有難くいただいた。

 お礼を言ってチェックアウトし、イファへの門を目指した。

 

「はい、行って良いぞ。迷子にはならないようにな? イファの玄関口の街、ボルテアはあそこの旗を目印に順繰り進めばあるぞ」

「ありがとう」


 出門手続きを済ませて指差された方を見れば、遠くにちらりと白い旗が見えた。あれが等間隔で置いてあり旅人を案内する、ジュマの草原エリアを思い出す光景だ。

 門を出て少しすれば馬の足跡が道になっていて、線路の横を歩くようにしてツカサたちは足を進めた。

 時折遊牧民がすれ違いちらりと視線を受ける。日中はまだ少し暖かいが日が傾いてくると肌寒くなった。

 キャンプエリアも無い中、旗の見えるところで草の生えた部分を根ごと掘って持ち上げ、出来た穴に持ってきた薪を置いて火を熾してキャンプを行う。ラングはいつものテントを使わず、ツカサの持つテントを出すように言った。


「この寒い中で使うの、こっち? 本気?」

「そうだ」


 地面に直接座るのも冷たく、ツカサはラングに倣って毛皮を敷いたあとに羊毛で出来た敷布を敷いた。ツカサのテントは焚火を守るように風上に置かれ、簡易竈で温かいスープが出来ると待ちかねたように啜る。塩っ気のあるスープが体に沁み渡るようだった。柔らかいパンを取り出せば、こちらを食え、とラングに差し出されたのはあの平たいパンだ。スープに浸して大人しく食べた。

 夜空は少し曇っていた。月が見え隠れして星が心細い。食事が済めばマントを手繰り寄せて中で手を擦り合わせてしまった。魔力の服が調整をしてくれるとは言え、手先や足は温めてくれないのだ。


「ラング、寒いよ、早くテント入ろう」

「堪え性のない奴だ」

「ここが寒いんだよ」


 焚火に手をかざして指先を温めながらツカサはぶつくさと文句を言う。

 ラングはホットワインを軽く煮たててツカサに差し出した。いつもよりアルコールとスパイスを感じて胃の辺りから温まる。

 何かの遠吠えが聞こえてハッと振り返った。暗闇の中でさわさわと草が擦れる音だけがして、昨日までいた街の明かりが恋しくなった。

 暗い場所というのはそれだけで人を不安にさせるのだ。ふとトーチを置こうとしてラングに手で制される。


「やめろ」

「どうして?」


 ラングのシールドが今日歩いてきた方角へ向いた。

 遠く、微かにぽくぽくという馬の足音とさくさくと草を踏む音がした。焚火の明かりが届く距離になって、ぬっと男と馬が現れた。


「邪魔をする、すまないが焚火を借りていいだろうか」


 黒髪の男、連れている馬も黒い鬣。あのパン屋で出会った遊牧民の男だった。向こうもツカサを覚えているのか小さく首を傾げていた。


「構わん、座れ」

「感謝を」


 男はバンダナを外して礼を取ると馬から毛皮と敷布を取り出して地面に置き、それからパンとチーズ、革袋を取り出して座った。

 焚火を借りるとはどういう意味かと思ったが、男はパンを半分に割って焚火で炙って温め直し、その上にまた炙ってとろけさせたチーズを乗せてばくりと食べた。それを繰り返して革袋を傾け、ふぅと息を吐く。

 それをじっと眺めてしまったからだろう、男から視線が返ってきた。


「食べるか?」

「あ、いや、食事はもう済ませたから。ごめん」


 そうか、と言って男はまたチーズを焼いてパンに乗せた。食事が済めば男は眼を瞑った。寝ている訳ではなさそうだが、突然動かなくなったのでツカサはそわそわと座り直した。


「草原を旅する者は珍しい。どこを目指している?」


 眼を瞑ったまま男が言い、ツカサは姿勢を正した。目指す場所を聞かれても、山々を見に来た、というのは怪しい気がした。

 そんなツカサの不安を他所にラングはあっさりと答えた。


「冠雪を頂く山を見せたくてな。国境ではまだ間に合うと聞いた」

「スカイから来たのなら、スカイでも見られるだろう」

「草原からの景色が良い」


 ふむ、と男はゆっくり眼を開いた。


「何か理由があるんだな」

「昔、草原から見た山々が美しくてな。同じ景色を弟に見せたい。どこか良い場所はあるか?」


 なるほど、と頷く男とラングの視線がツカサに注がれた。

 ツカサに置かれた視線は暫くそのままで、疑っているとか探っているという視線ではなく、ただ不思議そうに眺められる。

 男はラングに視線を戻すと一つの提案をしてきた。


「俺はヴェン・ア族のヤン、もし良ければ焚火の礼に冠雪が見られる場所へ案内しよう」

「いいのか?」

「構わない」


 男、ヤンの提案にラングは顎を撫でてから言葉を返した。


「我々は旅の期間が限られている。少なくともスカイの国境に一か月後、戻らねばならん。間に合うか?」

「馬が必要だな。軽装なのを見るところ、不思議な入れ物(マジックアイテム)を持っているんだろう。俺の荷物も引き受けてくれるならばボルテアで口を利こう」

「構わん。だがすぐに信頼してもらえるとは思わなかったな。こんな(なり)なのは自覚がある」

「草原に敬意を払っていたからだ。そういう相手は信ずるに値する」

「敬意?」


 ツカサが首を傾げれば、ヤンは少しだけ目を見開いた。


「弟は草原が初めてだ」

「そうか、では敬意を知っているのはあんたなのか」

「あの、敬意って?」


 ツカサが問えば、ラングとヤンから再び視線が向けられた。少しだけその質が似ているように感じたのは何故だろうか。


「草原では草が燃えてしまえば家畜が死ぬ。こうして草を持ち上げて焚火を熾し、あとで土を被せる要領で草を戻せばいい」


 なるほど、だからラングは最初に土を掘ったのだ。草一本一本への配慮を大事にする場所なのだと理解した。言われてみれば草の生え方が悪いから出稼ぎに、などという話があったわけで、然もありなん。


「じゃあ、トーチはなんでダメだったの?」

「灯り魔法か。そんなものを使えば草原に不慣れなのがバレる、馬賊に狙ってくれというも同然だ。特にここはまだスカイに近い」

「なるほど」


 ヤンが言うことに一つ一つ納得していく。かつてラングも同じように草原の民に教わったのかもしれない。それをラングの口からではなく、草原の民から聞くというのが乙なものだ。

 ちゃぽりとヤンが革袋を呷る。


「それは?」

「草原の酒だ、馬乳酒」

「美味しい?」

「飲み慣れているから、美味しいというか水だ。飲んでみるか?」

「いいの?」

「あぁ。ところで、あんたたち名前は?」


 ツカサは渡された革袋をぐいと呷って、ぐっと喉を詰まらせた。乳酒というので勝手に甘い物を想像していたが、実際はなかなかに独特な味だった。発酵した強い酸味と何故か感じる苦味、口の中で初めての味が渦巻き、どうにか飲み込んだものの何とも言えない味が口に残った。

 その様子にヤンは苦笑を浮かべ、ツカサが差し出す革袋を受け取ろうと手を伸ばす。それを横からラングが奪い、馬乳酒を呷った。一口、二口と飲んで懐かしい、と呟き、ヤンへ戻す。


「名乗り遅れてすまん、【異邦の旅人】のラングと弟のツカサだ。よろしく頼む」

「よろしく。明日には徒歩でもボルテアに着くだろう。馬のことは任せてくれていい」

「あぁ、頼らせてもらう。だが、どこへ向かう?」

「俺の部族がいる場所へ」


 ヤンは右手を右耳、左耳と移動させてから最後に喉へ手を置いて小さく礼をした。それは草原の礼なのだろう、ツカサは真似をしてヤンに小さく微笑まれた。


「今の時期、俺の部族は冠雪が見える場所にいる。戻るついでだから大した手間じゃない」

「それはよかった」

「パン屋で聞いたんだけど、ヤンさんはヴェン・アの族長さんなんだよね?」

「そうだ。敬称が付くのは慣れない、呼び捨ててほしい」

「ほう、詳しく聞きたいものだ。族長自ら外に出ているのは珍しいだろう。それにまだ若い」

「若輩であることは重々。俺はスカイに知人がいるから出稼ぎがしやすいだけさ。義理の兄が良くやってくれているから、安心して任せられる」

「結婚してるの?」

「いや、まだ、いや、気恥ずかしい話は、避けさせてくれ」


 焚火の笑い声が響き、新しい同行者を得て穏やかな時間が過ぎていった。




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